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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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溶けゆく声と鍵の在り方 *奏嘉

それから何時間経ったのか、空が夕に焼け暮れ始めたころ、青年は「薔薇」に見送られながら再びその小さな門を潜った。



あれ程までに数日間自身を苦しめ続けた筈の心の重石は、驚くほどに軽くなっており青年は心の底から驚いた。


苦しみから解放され、素直なまでに感謝の言葉を告げた青年に、「薔薇」はおかしいといった様子で薄紅の扇子で口元を隠しながら上品に笑ってみせる。


「また、お会いできるかしら」


「薔薇」から発せられた言葉に青年は先ほどまでの会話を思い出すと苦笑を浮かべ、「その時は初対面ですね」とだけ答えた。



美しいその女性はその笑みを一層深めたらしく―――――先程までの話題にしては軽すぎるのではないかというほどの軽い挨拶を2人は交わし、青年は曖昧にしか覚えていない帰路へと着こうとその一歩を踏み出す。


「……、」


しかし直ぐに振り返ると、青年は「薔薇」を真っ直ぐに見つめた。



「…何か、お忘れかしら?」



丁寧に問いかけながら優雅に首を傾げたその「薔薇」の表情を見れば、青年は直ぐに冷静を取り戻す。
しかし躊躇したように数度唇を震わせた後、青年はその形の良い唇を開いた。



「……この想いは、罪悪でしょうか?」




それはまるで親に叱られることを恐れる子供のような問いで、「薔薇」は目を丸くする。


しかし直ぐに慈愛に満ちた母のような――――それでいて娼婦のような艶かしさを含んだ微笑を浮べると、「薔薇」はその白い指先で扇子を閉じるとくるりとそのまま一回転させ、青年の額を器用に弾いた。



「罪悪であることがいけないのかしら?…背徳はどんなに甘い甘味よりも甘く、それでいて中々に香辛料の効いた、とても美味なものですのよ」



額への衝撃とその予想だにしない言葉に、青年は目を丸くする。

罪悪であると肯定しながらもそれを良しとする彼女の言葉は、あまりに「彼」に類似していて、青年は文字通り面食らった。


その青年の様子に肩を竦めると、「薔薇」は再びその美しい唇を扇子の影に潜める。



「それに、毒を食らわば皿まで…なんて言葉もあるでしょう?」



―――――――囁かれるような、その言葉。


毒が、人を捕らえて離さない彼を指すのか、この胸を蝕むだけの虚しい恋心を指すのか。



「…成るほど」


「流石です」、そう呟いた後青年はつられるようにおかしいと笑って見せると、再び彼女へと感謝の念を込め頭を下げた。





(この想いに、鍵をかけよう)




そう心に誓いなおすと、青年は静かに眼を閉じる。




(誰も幸せになんてならない、こんな報われない虚しいだけの想いなら)






―――――その鍵すら失くしてしまえば良いのだ。





「、」




不意に唇に触れた柔らかな感触に、青年は驚き咄嗟に飛びのく。
その前にあるのは、同じように驚いたような表情を浮べた「薔薇」の姿だった。







「驚いた」




―――――それはこちらの台詞であると、そう反論しようとした矢先。


彼女から紡がれた言葉は、皮肉にもあの夕の日に照らされた彼と、全く同じ台詞だった。



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