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『明治浪漫譚(仮)』 作者:矢玉・奏嘉 (リレー小説)
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柘榴の上の蜘蛛 *矢玉

*今回本編にやや女性向けな内容を含んでいます。いやほんとにたいしたことないですけど。一般商業誌でありなレベルですけど!

嫌いな方は読み飛ばしお願いします。
「それでね、いま薫さんうちの屋敷に滞在しているんだ。母さんとすごく仲良くなって、紫子さんがちょっと振り回されてる。この間も着せ替え人形にされて困った顔してたよ」
「・・・・・・」
「ああ、それと結納を急ぐことにしたらしいよ。母さんや兄さんと紫子さんはそうでもないんだけど、なんか大林さんの噂を聞いた女中さんたちがすごく焦っていて」
「・・・・・・」
「何か“あのお方を逃してはいけません!!”ていう剣幕。父さんも顔には出さないけどそんな気持ちみたい」
「・・・・・・」
「紫子さんは将臣兄さん一筋だからそんなに慌てなくてもいいのにね。でも明代さんが、あ、知ってる?紫子さんの育ての母上なのだけど、どうしても実家から持ってきてほしいものがあるから少しだけ待ってほしいって。だから今、徳次郎さんが取りに行っているんだ。それが来たら結納するみたいだよ」
「・・・・・・おい」
「え?なに」
「何でそんな話を俺にする?」
 不機嫌そうに顔をしかめる総一郎に、伊織はきょとりとした顔で首をかしげた。
「だって君、紫子さんの兄弟じゃないか」
「・・・・・・誰もがお前の異母兄弟みたいにべったりだと思うなよ」
 心底嫌そうに顔をしかめるのにしかたないなぁと笑う。その表情すらも気に入らないようで、総一郎は体ごとあさっての方角を向き、原稿用紙に集中することにしたようだった。
「何か紫子さんに伝えること、ある?」
 おめでとうとか、尚も言い募る伊織に心底うんざりしたように総一郎は吐き捨てるように言った。
「破局したら俺が娶ってやるって言っとけ」
 相変わらず悪趣味だな、と思うがこれ以上言うと大切な原稿を窓から投げ捨てられかねないのでようやく伊織は口を閉じた。
 寒いような秋風が、教室に吹き込んでくる。めっきり深まった秋は、そろそろ冬の足音が聞こえてきそうだ。吹き込んできた銀杏の黄色い葉を床から拾い上げ、伊織はくるくるともてあそぶ。
 ばさりと目の前の机に紙束をたたきつけられ、驚いた。
「どうだった?」
「最初の風景描写がくどい。主人公の友人の助言が意味不明。恋人の心変わりの理由があれじゃ弱い。主人公の逡巡が長すぎてうざい」
 あいたたた、と伊織は内心でうめく。自分でもそのあたりはまずいなと思っていたのだ。
「相変わらず手厳しいなぁ」
「読めっつったのお前だろ」
 伊織は時たまこうして、書いた文章を総一郎に読んでもらっている。誰よりも鋭く、毒舌といえるほど厳しい総一郎の言葉は、しかし彼の才能をうかがわせるように的確な事ばかりなのだ。誰の意見より、参考になると言ってもいいかもしれない。
 ただ本当に気まぐれなので、気が向いた時しか読んでくれないのだが。
「うーん書き直すかなぁ、今度の締め切り間に合うかな。あ、そうだ総一郎」
 うさんくさげな顔を向けられても、伊織はにこにこと返すだけだ。それにますますうんざりした顔をされようともめげない。こんなことでめげていたらこの男の友人などやっていられない。
「今度、挿絵描いてよ」
「・・・・・・は?」
 本当に驚いたのだろう。その気だるげな黒い瞳が、澄んだ幼子のようなものになる。伊織は総一郎のこの眼が好きだった。
「気が向いた時でいいから。いつか、総一郎が挿絵かいてもいいと思うような作品を僕が書けたら、描いて」
 いつものひょうひょうとした声色とは違うひどく真剣な物言いだった。
 総一郎は鼻を鳴らしただけで返事は得られなかったが、否定もされなかった。
 そっと原稿へと手を伸ばす。
「お前の書く話は、まるで望遠鏡でのぞいたみたいだな」
 その例えにきょとんしと伊織は眼を瞬かせた。
「“お前自身”が希薄すぎて、お前の匂いや感情が感じられない。お前はお前をこの中の人物と同じ目線を持つ人間とはとらえていない。どこまでも傍観者でしかない、俯瞰図みてぇな小説」
 きょろりと向けられるのは、真実を見抜くような猫の眼。
「お前は人を、自分と同じ人間だとは思っていないんじゃないのか?いや、違うな。お前の方が人間じゃないのか」
 顔から表情が抜け落ちる。呼吸が、止まる気がした。
「どういう、意味」
「人間がただの観察対象になっている。普通、自分以外の人間つまり他人には何かしらの感情を抱くものだろ。お前にはそれがない。まるで、水槽越しの魚でも見るように人間を見ている」
 なぜこんなにも動揺するのかはわからない。いや違う、真実と、どこかで感じるからこその、それなのか。
――――――如何にも人らしい姿が、酷くいとおしい。
 そういうふうに、考えたこともある。“いかにも人らしい”そんな風に思うのは自分はその“人”の範疇に入っていないのだろうかと、ふいにそんな考えが沸き起こる。
 確かに自分は何かに思い入れすることが少ない。友人は多いが、誰か特別に親しくなりたいと思う相手はいない。唯一の例外は、この目の前でつまらなそうに原稿を指ではじく青年だけだ。
 何を言おうとしたか自分でも判別しかねたまま口を開こうとしたが、それはがらりと開けられた戸の音で遮られ伊織のうちに沈みどこかにいってしまった。
「逢崎、少しいいか」
 逆光の中いたのは、先日飛び級で帝大に転入が決まったと噂の青年ではなかっただろうか。それを見ると、ちらりと総一郎の顔に笑みが浮かぶ。あまり性質の良くない、いつもの悪い笑み。
「いいぜ。じゃあな、伊織」
 引き留める言葉も浮かばず、伸ばそうと思った手は硬直して動かなかった。
 一人きりになった教室は、寒々しさしか感じさせない。ひときわ強い風が吹き、たくさんの銀杏の葉が吹き込んできた。まるで床にしきつめた模様のようなそれを、ただ見つめる。
 ふとその中に赤いものが混じっているのに気が付いた。手を伸ばし拾い上げる。
 赤い漆の蒔絵の、西洋風の髪留め。総一郎のものだった。
 あまり物に執着するということがない総一郎が、唯一長く手元に置いているそれ。いつも彼の髪を飾っているそれは気に入りの品なのだろう。意匠は、割れた柘榴に小さな蜘蛛が乗っている。
 ためつすがめつし、届けた方がいいのだろうと立ち上がった。
 どこへ向かったからわからないため、適当に校舎を徘徊する。人気のない放課後の校舎は、夕日に赤く染められどこか異界じみていた。
 ああそうか、逢禍時が近いのかとなぜかそんな考えがふと浮かんだ。
 それと同時だっただろう、その影を見つけたのは。
 総一郎と重なり合う、男の影。
 誰もいない美術室。そこで口づけを交わす青年たち。
 かつんと、髪留めが手からこぼれ大げさな程大きな音を立てた。硝子越しの視線が、伊織を見る。禍々しさしさ魅力に感じる黒い総一郎の瞳。
 相手の男もそれに気づいたのだろう。振り向いた先に伊織がいたのを見とがめると、動揺したようにその身を震わせた。そんな男に二、三言葉をかけた総一郎は悠然とこちらに足を運ぶ。
「のぞき見か?」
 反対側の入り口から、男が出ていく物音がひどく遠い。からからにのどが渇いて舌がひりつく。
「何、してたの」
 それを面白そうに眼を丸め、総一郎ふざけるように肩をすくめた。
「説明しなきゃわからねぇか?」
 総一郎のそういう噂は聞いていた。女学校で“S”――――――少女同士の恋愛が流行するように、書生や学生の間でも“B”もしくは“龍陽主義”などと言って男同士の、いわゆる衆道があるのを。とりわけ総一郎はそんな噂によく上った。
「せめて場所選びなよ・・・・・・」
「たいしたことしてねぇよ。この学校出る思い出がほしいんだとよ」
 応じておいてそれを、くだらないと冷笑する。
 何も言えない伊織、何か用かと尋ねられ我に返った。
「髪、留めが落ちてたから渡そう、と」
 落としてしまったそれを拾い上げ、手渡す。
 指先が触れそうになり、熱いものでも触ったかのように手を引っ込めてしまう。
 その過剰な反応が面白いのか、ますます総一郎の眼が愉悦に歪む。
「何なら、お前にもしてやろうか?」
 などとふざけてた調子で言われて思わずその唇を注視してしまった。ほんのりとした薄紅の少女めいた唇、面白がる猫のようなその黒い眼、白く美しいかんばせ。それが近づくのを避けようと思えば避けられたはずなのに、体が動かなかったのか、動きたくなかったのか。
「・・・・・・物書きの割には結構上手いな」
 どれくらいの長さだったかよくわからないが、息が切れてた。
 どくどくとうるさいぐらい耳裏に鼓動が響く。
 逢禍時に染め上げられた教室に浮かび上がるようにいる青年は妖しいほど美しかった。
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