『もの思う』 in グラインドハウス
盆を過ぎての夏の夜。例年ならば、窓を開けるとほんのりと秋の匂いを感じるはずなのだが。
今年の夏は馬鹿みたいに連日猛暑続きで、日中の熱がいつまでも冷めずに、夜でさえエアコンを稼働し続けなければ室内熱中症でオダブツだと連日テレビから喚き声が響いている。
しかし私の部屋にはエアコンなどという洒落たものはなく、あるのは十年前にホームセンターのバーゲンで二千円程で購入した古い扇風機一台のみだ。
だらだらと不快な汗をかく寝苦しい夜が続き、若干の睡眠障害が起きてはいるものの、しかし私は別段変わりなく日々何事もなく生きている。
 
先日、旧友である長坂が酒を片手に私のアパートへ訪れた時に「お前、こんな暑いところでよく生活しているな」と怪訝そうな顔を向けた。
私は、「夏は暑くて当たり前だ」と小さく笑んだが、真面目な顔で、
「いや、今年の夏は異常なんだよ」
私を諭そうと、エルニーニョやラニーニャといった現象について雄弁に語った。
そんな長坂に私は、
「ラニーニャと聞いたら、何だか北欧の民族衣装を纏った、白く柔らかな肌の清楚な女性をイメージするよ」
と再度小さく笑みを含ませた。
「対してエルニーニョは、褐色の肌のパワフルなサンバを踊る女ってとこだな」
長坂はそう言って、私と同じように笑みを含ませた。
「俺はラニーニャがいいな。白い肌のあちらこちらに顔を埋めて、サカリのついた猫のように彼女を狂い鳴かせてみたいものだ」
長坂は鼻を鳴らすようにひとつ笑い、グラスのぬるい酒を飲み干した。
「私はエルニーニョがいいな。情熱的な女に、魂を抜かれる程激しく組し抱かれたいものだよ」
同じように私も酒を飲み干し小さく息を吐いた。
「夏というだけで情熱的になれたあの頃がとても懐かしいな……」
五十半ばを過ぎ、定年間近。子供も立派にひとり立ちをし、妻は二年前に死去した。
私に残された時間はあとどれ程かはわからない。
このまま、静かに老いてゆくのも悪くはないと思う自分と、まだまだ人生を謳歌したいと望む自分と。
天秤のように日々揺れる。だが、私にはどう謳歌すれば良いのかがわからない。
扇風機の回る音を耳にしながら、まるでぬるま湯のような酒を飲み、私はぼんやりと窓に目を遣った。
三日月の輝きがやけに儚げに見えた。




