あるところに、幼女が1人いた。
その幼女の名前は「日産・マリア・プレマシー」といって、日系アメリカ人だった。日産が母方の姓で、マリアが名、プレマシーが父方の姓である。
小学校からの帰り道。日産・マリア・プレマシーが歩いていると、突然、空からハンドスコップが降ってきた。
「あれぇ? なんだろー」
日系ハーフという外見が災いしてなのか、現在、友達が1人もいないマリアは、普段から独り言が多い。
「あっ、スコップだー。しかも、キラキラしてるー。きれー」
その残念な独り言が示すとおり、空から降ってたハンドスコップは、黄金色に輝いていた。
「ラッキー。マリアって、ラッキー」
マリアは幼女である。
幼女に法の遵守を求めても仕方がない。
つまり、マリアは黄金色に輝くスコップを拾い上げ、その場から持ち去ったのである。
しかし、ちょっと考えてみてほしい。
もしこれが大人であれば、真っ先に交番に届けないばかりか、たとえ道路の真ん中に落ちていてそれが原因で交通事故が発生する恐れがあるとわかっていたとしても、多くの者は見て見ぬふりを決めこむだろう。
つまり、いちおう大人と呼ばれているそのような連中に比べれば、欲望のおもむくままにハンドスコップという拾得物を横領したマリアこと「日産・マリア・プレマシー」容疑者(7)の方が、起こりうる悲劇を未然に防いだという意味では、いくらかマシなのである。
ところで、ハンドスコップとは何か。
簡単にいえば「チューリップの球根」や「サツマイモの種芋」を植える際などに用いる、長さ15センチほどの園芸用スコップのことである。
その他の用途としては、気に食わない連中をブン殴ったりメッタ刺しにしたりというように、まあ色々なことに使える優れものである。
マリアは幼女なので、ハンドスコップを手に入れると、まっさきに公園の砂場へと向かった。
「まーぜーて。マリアも、まーぜーて」
砂場には、先客がいた。
猫が3匹、皆でそろって用を足していたのである。
用を足していたとは、つまり、砂場の上にしゃがんだり寝転んだりしたうえで、小便や大便を垂れ流していたという意味である。
「かわいー。にゃーちゃん、かわいー」
と、無邪気に言い放ちながら、マリアが砂場に駆け寄っていくと、3匹の猫たちは一斉に逃げ出してしまった。
「犬は自ら隷属を望んでヒトに近づき、猫は自ら貧窮を望んでヒトを避ける」とはよく言ったもので、いやそんな格言は無いのだが、とにかく、砂場にはマリアだけがひとり取り残された。
「よーし。マリア、おしろつくるー」
そんな7歳日系アメリカ人ハーフ女児の可哀想な独り言が示すとおり、砂場といえば「砂のお城」である。
お城と言っても、子供の場合、単に砂を無造作に積み上げたものを「お城」と称する場合が多い。
ちなみに彼らが言う「お城」とは、石垣や天守閣などでイメージされる我が国固有の城郭ではない。
西洋の、いまだに貴族の末裔たちが住居として使用していたり、安くない見物料を徴収しつつ公開しているような「キャッスル」や「パレス」のイメージを、子供たちは山盛りの砂に投影しているのであって、これは実に嘆かわしいことである。
もし、現代に島津義久や三好長慶が生きていたら顔を真っ赤にして即座に抜刀――いや、生きていられるはずがないし、タイムスリップとかも有り得ないので、考えるのは止めておく。
「ざっくり、ざくざくー。ざっくり、ざくざくー」
さっそく「野良猫たちの公衆便所」こと「公園の砂場」にしゃがみこんだマリアは、奇妙な掛け声とともに、さきほど拾ったハンドスコップを砂地に突き立てる。
そして、ゴールドの輝きを持つスコップの刃先が、黒褐色の砂を掬いあげた瞬間――マリアの身に驚くべき変化が起こった。
「あれー? あれー?」
突然、マリアの2つの瞳が潤みはじめたのである。
そこで、さらにもうひと突きしてみると、目頭が熱くなりはじめ―さらにもうひと突きすると、その火照りが全身に行き渡りはじめ―さらにさらにもうひと突きすれば、火照りを越えて7歳女児の肉体がにわかに疼きはじめ―ひと突き―身悶えが止まらなくなり―ひと突き―双眸からまるで小便のような涙が溢れ出し―ひと突き―今度はとうとう正真正銘の失禁をしてしまい―ひと突き―全身の毛穴という毛穴から何か生暖かい透明な液体が噴き出しはじめ―ひと突き―そんな異様な状態に陥っているにもかかわらず、マリアは砂場の砂をハンドスコップで掘り進めることを止められなかった。
不思議な現象は、それだけに留まらない。
あまりにも砂場の砂を掘り過ぎたために、気がつけば、大きな穴というか空洞が発生していた。
広さにして、小選挙区ひとつ分くらいのもので、ちょっとした市町村レベルの面積をもつ大穴をつくってしまったのだ。
そして気がつけば、マリアはその大きな穴の中心にしゃがんでいた。
さらに気がつけば、その広大な空洞をもってしても、マリアは窮屈さを感じていた。
「せまいよー。くるしーよー」
つまり、マリアは巨大化していた。
全身をめくるめくウィル・スミスに襲われていたため、本人は気付かなかったのだが、マリアがスコップで砂場を掘り進めるごとに、マリアの肉体の容積が倍化していたのである。
倍化したといっても、7歳女児の肉体が均等に肥大したのではなく、主にハンドスコップを持っている右腕ともう一方の左腕の筋肉が著しく増大していた。わかりやすくいえば、上半身だけがマッチョ体型になっていったのである。
首から上や、下半身は、マッチョになった上半身を支える最低限度の肥大を遂げたに過ぎなかった。
「せまいよー。きんにくムキムキだよー。」
そして、巨大化していたのはマリアの身体だけではなく、ハンドスコップも同様だった。たったひと掻きするだけで、数十キロメートルの深さを掘削できるほどに、マリアとスコップは巨大化し続けていた。
「ざっくり、ざくざくー。ざっくり、ざくざくー」
ハンドスコップによりもたらされる悦楽に恍惚としながらも、とりあえずマリアが地面を掘り続けていると、地下水脈に突き当たった。
マリアの足元が水浸しになる。
「つめたいよー。パンツがスケスケだよー」
さらに掘り進めると、水がお湯に変わった。
つまり温泉である。
「あったかいよー。ビバノンノンだよー」
もはや本人の意思に関わらず、マリアのハンドスコップは地面を掘り進めていた。
温泉が湧出する地点まで掘り進めてしまった後、その先に何が待っているかなど関係なく、マリアのハンドスコップは、ひたすら地球の地殻部分を掘削し続ける。
「ざっくり、ざくざくー。ざっくり、ざ…………アーッ!」
マグマが噴き出した。
マリアが溶け始めた。
マグノリアは面白い。
マリアは死にました。 |