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作:北加チヤ



8:ヴァンの秘密とある事件


 レインの部屋はあたしの部屋より少し狭くて、実にシンプルな内装だった。必要最低限の物しか置かない、そういうことなのだろう。部屋にはベッドと簡単な事務机と応接セットしかない。この応接セットっていうのは、ソファーと長テーブルが置いてあるだけであたしの部屋みたいにお茶のセットや花瓶なんかはない。インテリアもモノトーンで統一されていて、落ち着いているというよりは少し物寂しい印象を受けた。
 部屋はその人の性格を映すと言うけれど、レインの部屋が彼の性格そのものであるならやはり、黒一色で塗りつぶされたイカスミとしかあたしには思えない。それに、部屋に入ってきたあたしを面倒くさそうな、また気怠い目つきで見ているあたり、この男が何を考えているのか見当がつかいない。来いというから来たのに、お客をおもてなしする気配すらない。本当にむかつくヤツ。
 あたしはとことんこの男が嫌いらしい。だってレインが頬に絆創膏を貼っているのを見て、ついついザマーミロと思ってしまったのだから。

「そんな所でつっ立っていないで座ったらどうだ?」

 レインに言われて、あたしは彼の向かい側に腰かけた。ちょっと硬めのソファーは革張りで、触れたらひんやりとした。

「これを、肌身離さず持っているように」

 レインはテーブルの上に銀製の腕輪を置いた。あたしはレインの顔をちらりと伺うと、それを恐る恐る手に取り観察した。幅約2センチメートル、厚み5ミリメートルくらいの銀色の輪っか。腕に付けてみたら思ったより軽くて頑丈だった。よく見ると細い溝が2本あって、そこをスライドすると中に二つボタンがあった。赤と青の小さなボタン。あたしがそれを試しに押してみようとすると、レインに止められた。

「むやみやたらに押すな」

「これ、何?」
 あたしが尋ねるとレインはふうとため息をつき、

「通信機だ」
 と言ってその腕輪について説明してくれた。

 この腕輪は最新型の通信機なのだという。青いボタンは親機と通信するスイッチの切り替えで、赤いボタンは緊急事態の場合に押す物……らしい。
 緊急事態って。一体どんな危険があるんだよとあたしが思っていると、彼は真剣な顔で、

「さっきの王子を見たろう?」
 と言った。

 さっきの……暴れてレインに取り押さえられていたヴァン。彼の悲痛な泣き顔と苦しそうな叫び声。彼に一体何があったのかは分からないけれど、あたしが立ち聞きしたことやこのレインの言い方からして頻繁にヴァンがああなることは予想ができた。レインがあたしにこれを持たせるのはおそらく、ヴァンがあんな風になったときに彼がすぐ駆けつけられるようにする為なのだ。

「あの状態の王子を、女のお前が押さえつけるなど無理だ。だが、あの状態で長く放置するのはまずい……ああなったらなるべく早く薬を飲ませなければならないのだ」

 あの赤い薬。あの時あたしがもたもたしてたから、レインはあんな強引な手を使ってヴァンに薬を飲ませたんだ。

「あれは、何なの? どうしてヴァンは」
 
 あたしが尋ねると、レインは複雑そうな表情であたしを見つめ返した。彼の灰色の瞳があたしを射抜く。

「いつかは受け入れねばならぬことだ。だが、まだ王子はそれを受け入れる準備ができていない……そのため偶にああなる」

「それって、どういう意味……」

 全く意味が分からない。あたしが問い返そうとすると、

「それ以上は聞くな。日本に帰れなくなるぞ」
 レインは威圧的な口調であたしの声を遮った。

 じっとあたしを睨み付ける彼の目は真剣だった。ヴァンの事は、あたしが興味本位で知ってはいけないのだと、その目が語っていた。

(あたしは雇われただけ……必要以上のことは知る必要もない、ということなんだ)

 あたしはほんの少し寂しさを感じながら、それ以上レインに尋ねることはしなかった。今日会ったばかりでヴァンのことも、レインのことも全然分からない。『お友達』という仕事がどういうものなのかも、あたしには分かっていないのだ。レインや……国家の望む『お友達』というものがそういうものなら、あたしは従うしかない。
 でも。
 ヴァン……どうしてか会ったばかりの彼を、あたしは心配している。あたしの頭からは、あの時の……ヴァンの泣き顔が離れなかった。









 その日の夕飯は、自分の部屋で食べた。ヴァンはまだ薬で眠っているのだと、夕飯を運んできたポウが教えてくれた。
 一人の食事。ゆっくり誰にも気兼ねせずに食べられるというのに、お昼の時ほど用意された食事は美味しくなかった。夕飯はお昼の時みたいなファミレスメニューではなくて、ちゃんとした日本食だった。それも料亭で出されてもおかしくないような上品な味付けで、パンの耳ばかりの生活をしていたあたしにとってはもの凄いご馳走! なのに……

(ヴァン、大丈夫なのかな? それに、これからどうしよう……)

 これからのことなどを考えると、どんなご馳走も味気なく感じられた。
 気持ち一つでこんなに料理の味って違うのか。あたしは白いご飯を食べながら、だんだんと気持ちが沈んでいくのを感じていた。

(そういえば、高校の時つき合ってた彼と別れたときもこんなだったな)
 とぼんやり考えていたら、ポウが浮かない顔をしているあたしを心配そうにのぞき込んできた。

「料理、お気に召しませんか?」

「え? ううん。美味しいよ」

 あたしは慌てて顔を上げるとにっこり微笑んだ。せっかく用意してくれた料理を食べないなんて作った人に失礼だ。あたしは考えるのを一端やめて食べることに集中した。何も言わず黙々と食事をする。
 するとポウはそんなあたしを見て、大きなため息をついた。

「王子のこと。気になさっているのですか?」

 ポウはまん丸の瞳でじっとあたしを見つめた。どこか不安そうなポウの瞳。それを見たら、自分の中の不安をごまかすことができなくて、あたしは箸を止めると静かに頷いた。

「レインは詳しくは教えてくれなくて、なんかそのせいで余計に心配になったというか」

 あたしがそういうとポウは「そうですか」と呟いた。そしてジャッジャと鱗を鳴らしながら歩いてくると、あたしの隣りにちょこんと腰掛けた。

「カナン様はお優しいのですね。会って間もない王子のことを心配してくださっている」
 あたしを見上げながらポウが言った。

「だって、それは……あんなの見たら誰だって心配になるじゃない? 普通さ……」

 心配というか、怖いというか。目の前であんな風に暴れている人間を見て、色々不安にならない人がいるだろうか? それにあたしは王子の『お友達』になるのだ。これから関わっていく人間が目の前であんな風になったら……色々考えるだろう。
 あたしが「ただこれからのことが心配なだけよ」というと、ポウはにっこりと微笑んだ。

「ワタクシ、カナン様に仕えられることを嬉しく思います。王子があなたを選んでくれたことに感謝します」

 ポウはぺこりと頭を下げた。
 あたしはポウがどうして頭を下げたのか、そしてとても嬉しそうなのか分からなくて戸惑った。それにお辞儀するセンザンコウなんて初めて見たからビックリした。動物がお辞儀する姿って、かわいい。

「王子のことは、ワタクシの口からはお話できないようにロックがかけられています。ですから、カナン様が不安になられると分かっていてもお教えすることができないのです。申し訳ありません……」

「ポウ……」

「ですが、それ以外のことでしたらお答えすることができます。カナン様、何かワタクシに聞きたいことなどございますか?」

 ポウに尋ねられて、あたしは廊下で立ち聞きした二人の会話を思い出した。エドガーとアランの事件。それを確かめなければ……

「ねぇ、ポウ。エドガーとアランって誰? エドガーとアランの事件って、ポウが生き残ったってどういうこと?」

 あたしが尋ねると、ポウはビックリした顔であたしを見つめた。予想外のことに目を丸くしている、そんな感じだった。
 ただ、センザンコウの顔は人間よりもずっと表情が乏しいため、その時ポウが本当に驚いた顔をしていたかどうかはわからない。それに機械動物というものが……どれほど高度な感情を持っているかなんて、あたしのような凡人には想像がつかなかった。
 だから次の瞬間ポウの声が震えているのを聞いて、あたしはポウが話したくないことを尋ねてしまったのだと知った。

「どこでその事を聞いたのかはお聞きしません。そのようなことはもう……」
 ポウはそういうと俯いた。

 ポウの表情は堅い。それを見て、あたしは例え作り物の生物であろうとちゃんとした感情があるのだと知った。ポウだって話したくない、思い出したくないことがある。でもポウは機械動物であたしの執事だから、尋ねられたら答えなければいけないのだ。人間とは違うから嘘をつくことも、秘密にすることもできないのだ。
 その事に気がついて、あたしは自分が考えなしに尋ねたことを後悔した。

「エドガーとアラン、ふたりはワタクシの兄にあたるような機械動物でした。エドガーはパンダ、アランはアライグマです」
 ポウは寂しそうな顔で微笑んだ。

「2年前、王子がああなられたときに、ふたりは王子を止めようとして……再起不能になりました」

「再起不能って……?」

 あたしは嫌な汗が背中を伝っていくのを感じた。その続きを聞かなくても、大体は想像がつく。それはでも、とても恐ろしいことだ。

「王子はとても暴れられて……ふたりを粉々にうち砕いたのです。それはもう無惨に……修復不可能なほど。ワタクシは机の下に隠れていたので助かりました」

 粉々にうち砕かれたエドガーとアラン。それを目撃してしまったポウにとって、ヴァンは恐怖の対象なのかも知れない。だからどこかヴァンに対してよそよそしいのだ。

「ワタクシには自己防衛機能が組み込まれていました。危険から身を守る、そのために王子がああなられたときも自分だけ隠れていました……けれど、ふたりにはその機能がついていなかったのです。だから、ただ王子のために尽そうとしたのです」

 暴れているヴァンを止めようとしたエドガーとアラン。もしふたりが機械動物でなく人間だったら、大怪我どころじゃ済まなかったかも知れない。

(え? 待てよ。だとすると)

 あたしの脳裏に、レインから貰った腕輪のことが思い浮かんだ。
 もしかして、レインがあたしにわざわざあの腕輪を持たせたのはそのため? もしヴァンがああなった時、早く来ないとあたしに危険が及ぶから。あたしを守るために……

(じゃあ食事の時も、ヴァンの部屋にいたときも……レインが突然現れたのは、ふたりっきりにしてあたしに危険がないか心配したから?)

 あたしはその事実に気がついて驚いた。だってあのイカスミが、あたしの心配をするだなんて信じられない。
 ……いや、信じたくないのかもしれない。
 あたしは大きく首を振った。

「カナン様? どうされたんですか?」

 ポウが不思議そうに顔をのぞき込んできて、あたしは我に返った。あたしったら一瞬、ポウの事を忘れていた。

「ごめん。何でもない」
 あたしがそういうと、ポウは心配そうな顔をして言った。

「カナン様、疲れていらっしゃるんですよ。今日一日で色々なことがありましたから。どうか今夜は早めにお休みになって下さい。そうだ、ワタクシ浴室の準備をしますので」

 ポウはソファーからひょいと飛び降りると一度あたしに向かって礼をし、「ゆっくり食事なさってください」というと部屋を出ていった。
 パタリと静かに閉められた扉。あたしはそれをしばらく見つめていた。そして一度ふうと大きく息を吐くと、視線を自分の前の食事に向け再び箸を手にとった。
 考えなければならないことはたくさんある。これからやらなければならないこともたくさん。だから、そのためにまず体力を付けないと。
 あたしは少し冷めて固くなったご飯を口いっぱいに頬張った。

(ごはん食べなきゃ……)

 目の前は不安だらけで、あたしは何をすればいいのか、何ができるのか分からない。けれど、体力がなければ途中でへばってしまうことは確実だ。
 あたしは自分の中の心配事もご飯と一緒に噛み砕くと、ごくりと飲み込んだ。






間が空いてしまいましたが、他の連載と平行して少しずつ執筆しております。今回謎を投げかけるままでしたが、ヴァンの秘密はこのお話の重要なかぎとなるので少しずつ明らかになっていく予定です。恋愛が走り出す気配が全くありませんが(汗)そのうち少しずつでてくるはずなので、見守ってやってください。
☆感想お待ちしています☆











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