4:小市民、未知との遭遇
『お友達』のために用意されたというその部屋で、あたしは一人大きなため息をついた。
だって、広い。広すぎる。あたしが生活していた2LDKの部屋の大体4個分だから何畳だ?
さすが国家。規模が違うなあと感心しながら、あたしは部屋の中を見回した。キングサイズのベッドの脇にはシンプルなサイドテーブルが一つ置いてあり、その脇にはお茶を飲めるスペースが設けてあった。そして窓とは反対側の壁面には大きなクローゼット。その隣りにはメルヘンチックなデザインの鏡台がひとつ。
出入り口の扉がある壁面には本棚があり、ぎっしりと本が並べられていた。本の背表紙は皆日本語。日本人が読めるように日本語の本を用意してくれたようだ。
クローゼットの中はかなりの収容力があり、これの中でも十分暮らせると思うほどだった。洋服が何着かかけられていて、またコスプレかと思って見たら、それらは皆同じフランスの有名ブランドの服だった。あたしみたいな小市民には、普通なら手が出せないような一着うん十万とかするもの。
あたしはその中から一番シンプルな黒のカットソーとカーキのパンツを選ぶと、ヴァンに文句を言われた貧乏くさい服から着替えた。コスプレはしなくても良いとレインから聞いてほっとしたんだけど、あまり変な格好では『王子のお友達』としてふさわしくないと言われたのだ。
だけど高い服は、着る物じゃない。いつも着ている物より肌触りがよく、本来なら着心地もいいはずなのにあたしはどうにもそのブランド服に心地悪さを覚えた。
というのは、高い服だから汚したらどうしようとか、ついつい考えてしまったのだ。与えられた物だからそんなこと気にしなくていいのに。あたしって本当に貧乏性だ。
恐る恐る鏡台に自分の姿を写してみる。ブランドの服に身を包んだ自分を見て、あたしは大きなため息をついた。ついつい洋服が可哀想だ、と思ってしまったのだ。もし洋服が人を選べるなら、きっとあたしみたいな人間じゃなく、もっと美人でスタイルの良い人に着て貰いたいはずだ。こんな高級な服、ちっとも私に似合っていない。
鏡台にはこれまたブランド物の化粧品が用意してあったんだけど、あたしは化粧をする気が起きなかった。すっぴんを見られているのに、今更化粧をするのも変だ。ただ、伸びきった髪の毛が邪魔だったので、髪留めで軽く後ろ髪だけ束ねた。
「さてと」
レインに「食事を用意するから待て」と言われていたので、待たなければならない。それまで一体どうしようか。あたしはとりあえず、例のお茶のみスペースでくつろぐことにした。
しかし……まさに乙女の部屋という感じだ。このペルシャ絨毯が敷かれた一角には、豪奢な赤い長椅子が二つと、長椅子とデザインを統一した一人がけ用の椅子が3つ置いてあった。中央にはゴシックなデザインの長テーブル。その上には美しいバラの花が置いてあって、花が生けられている花瓶もなんだかとても高そうだった。
この花瓶、鑑定番組なんかにだしたら一体いくつ0が並ぶんだろうと思いながら、あたしはまず長椅子に腰掛けてみた。
「うおお!!」
つい、変な声を出してしまった。だって、あまりに座り心地が良いものだからビックリしたのだ。この椅子、見た目は硬そうだったのに、座ってみたら体にフィットして何とも言えない気持ちよさなのだ。
本当に、あまり長く座っていたら溶けてしまいそうだ。あたしは深呼吸をして自分を落ち着かせると、この優雅なスペースにあるものを物色した。
テーブルの上には何かのリモコンが一つと、昔の映画に出てきそうなダイヤル式の電話が置かれていた。そしてバラの模様が描かれたドーム状の物体が一つ。
そのドームのてっぺんには取っ手が付いていた。興味本位でひねってみたら、ぱっくりとドームが開いて、中からティーセットが現れた。シンプルな白い陶磁器のポットと、ティーカップにソーサーが5つずつ、卵形のシュガーポットが一つ。
番茶に煎餅というのがおやつだと言い聞かされて育ったあたしには、英国風のティーセットなんて未知の物体だった。どう扱えば良いのか分からないし、壊しでもしたら大変だ。あたしはすぐにドームを閉じてそれらをしまった。
そして今度は、例のリモコンを手に取った。
(これって……)
それはちょうど携帯電話くらいの大きさだった。4つのボタンが付いていて、その下にはシンボルがついている。
よく見たらボタンが付いているのは上蓋で、それをスライドすると、中にはまた小さなボタンがいくつも並んでいた。おそらく上の4つのボタンが主電源を切り替えるためのものなのだろう。シンボルを見ればそれが何のボタンなのか予想が付く。あたしは一番左端のボタンを試しに押してみた。それは丸の中に四つ葉が描かれているボタンだった。
すると、天井から涼しい風が吹き込んできた。ファンが回るゴーンという音が鳴っている。どうやらこれは『空調』らしい。あたしは右端のボタンを押した。すると、ファンの動きがぴたりと止まった。予想通りこれが『OFF』のボタンだ。右端は丸の中にばつ印が描かれていたのだ。
左から2番めのボタンはテレビだった。丸の中に四角が描かれていて、押したら天井から1メートル四方の液晶画面が飛び出てきた。この部屋のカーテンは遮光になってるから、カーテンを閉めたらミニシアターができる。
ちょうどつけたチャンネルでは謎のバラエティ番組をやっていたんだけど、言葉がちんぷんかんぷんでさっぱり内容が分からなかった。色々チャンネルを変えてみたけど、どこもその知らない言葉。どうやらそれがこの国の言葉らしいんだけど、あたしには分からないのでどれを見ても面白くなかった。
だからあたしはすぐにテレビの電源を切ると、最後のボタンを押した。
右から3番目で右から2番目のボタン。シンボルは、丸の中に動物のシルエットが一つだ。それが何のボタンなのか、あたしには全く見当がつかなかった。大体この動物、犬にしては耳がないし妙に顔がひょろ長い。横を向いていると考えると、もしかして象だろうか? でも象にしては体の形もひょろ長いし、太くて大きなしっぽがあった。どこかで見たことがあるなとよく考えてみたら、それはアリクイやバクに似ていた。長い爪がついているのもアリクイの特徴と合致する。
すると、
「ヒューン!」
突然扉の向こうから、動物の鳴き声のようなものが聞こえてきた。すこし高音の、ソプラノリコーダーの音に似ている。
あたしが訝しがっていると、扉が突然ぱっと開いて奇妙な生き物が現れた。
「ヒューン、ヒュヒュ、ヒューウン、ヒュー!」
ヒューンというのは“それ”の泣き声だ。
“それ”は首に赤い蝶ネクタイを付けた、2足歩行の生き物だった。長い顔はアリクイに似ていて、くりくりとした目は真っ黒で可愛らしい。ただしアリクイと大きく異なるのは、体がこげ茶色の固そうな鱗で覆われていたことだ。動くと鱗どうしがこすれるためにジャッジャと音がする。アルマジロにも似ているようだけど、鱗が大きいししっぽも長い。それにぴょこんと出ている小さな耳は平べったかった。
身長は幼稚園児くらいで、ちょうどあたしの腰の高さとおなじ。“それ”はとても奇妙で、それでいて妙に愛らしい姿だった。
「ヒュンヒュヒュヒュ、ヒュヒュンヒュ、ヒューン、ヒュ?」
と言うと“それ”はあたしにぺこりとお辞儀をした。
「え? 何? あんた誰?」
何か尋ねられたようなんだけど、あたしにはさっぱり分からなかった。ただヒュンヒュンと言ってるようにしか聞こえない。
すると、そんなあたしを見た“それ”は、あたしに近づいてくると、ひょいとあたしの手からリモコンをもぎ取った。そして自分に向けてリモコンのボタンを押した。
「こんにちは。お嬢さん。はじめまして。ワタクシ、ポウと申します」
いきなり日本語を喋ったので、あたしは驚いた。
なんだかよく分からないが“それ”の名前はポウというらしい。
「もしかして……機械動物を見るのは、はじめてですか?」
ポウはそういうと、しゅるりと長い舌を出した。真っ赤な舌は少々不気味だ。
機械動物とは何だろう? 機械でできた動物なのだろうか? だが、ポウが機械でできているのだとしたらすごい技術だ。2足歩行というのは不自然だけど、瞬きしたり舌を出したりする仕草は本当の生き物みたいだ。こんなロボット見たことがない。
「あんた……ポウはアルマジロ?」
あたしが尋ねると、ポウは首を横に振って「違います」と言った。そしてポウは、本棚までひょこひょこと歩いていくと、鋭い爪の生えた手で器用に本を掴み、あたしの所まで持ってきた。
それは動物図鑑だった。ポウは本をテーブルに置くと、爪を紙に引っかけてぺらぺらとページをめくった。
「これです」
ポウが指さしたページには一枚の写真が載っていた。動物名は、『有鱗目センザンコウ科・ミミセンザンコウ』と書かれている。その写真の生き物は、2足歩行はしていないものの、あたしの目の前にいるポウとそっくりだった。
「センザンコウ……」
あたしが呟くと、ポウは大きく頷いた。機械動物というけれど、動きや反応は人間に近い。見た目が動物で知能は人間並みということなのだろうか?
「それで、お嬢さんの名前をうかがっても宜しいでしょうか?」
恭しく尋ねられて、あたしは自分の名前を名乗った。するとポウは「カナン様ですか。これからどうぞよろしくお願いします」と言った。そして、頼んでもいないのにお茶の準備をすると言って、さっきのティーセットをテーブルに並べた。
あたしは長い爪でよく細かい作業ができるものだと感心しながら、その様子を長椅子に座って眺めていた。手伝いをさせる目的で作られたロボットなら、もっと作業性を考えた構造にするべきなのにと思いながら、あたしは大きな欠伸をした。
すると、
「カナーン!」
扉が勢いよく開いて、ヴァンが現れた。まただ。また風のように現れたよ、この王子様は。
ヴァンはなぜかコックの格好をして、手にはフライ返しを持っていた。料理でもしていたのだろうか。彼の白いエプロンにはケチャップがついていた。
「あれ? ポウを呼んだんだ? 後で紹介しようと思ってたのに。カナン、ポウは君の執事だから好きに使っていいからね」
にこにこと言うヴァン。するとその後ろから、2足歩行のネコが現れた。大きな鈴付きの、フリルのリボンを首に巻いた黒猫。瞳はエメラルドグリーンで、お腹の所と鼻の上だけが白い。身長はポウの半分くらい。ちょうどあたしの膝くらいの高さだった。
「ネコちゃん!」
あまりの可愛らしさにあたしが抱きつこうとすると、ネコはさっとヴァンの後ろに隠れてしまった。
どうやらあたしはネコを怖がらせてしまったようだ。ネコはびくびくと震えながら、ヴァンの足にすがりついていた。
「ごめん。ルルゥは人見知りするんだ。『寂しがり・どじっこメイド属性』だから慣れるまで時間がかかるんだよ……」
ヴァンに言われて、あたしはしゅんとなった。
あたし、実は大のネコ好きなのだ。特にネコの肉球には目がなくて、ネコを飼っている友達の家に行くたびに触らせて貰っていた。あのネコも機械動物なのだとしたら、ぜひとも肉球のぷにぷに再現度を確かめたかった。だけど怖がられているんじゃ仕方がない。あたしは大きなため息をついた。
すると、つき刺さるような視線が自分に向けられていることに気が付いた。ぱっと振り返ると、ポウが寂しそうにあたしを見つめていた。
2足歩行のセンザンコウが今にも泣きそうな顔で、「ワタクシでは駄目ですか?」と目で訴えている。なんだかそれを見たら申し訳ない気持ちになって、あたしはにっこり微笑むとポウを安心させるように「大丈夫」と言った。
だって、あんな風に見つめられては「あたしセンザンコウじゃなくて、ネコがいい!」とはとてもじゃないけど言えない。
本当はやっぱり……ネコがいいんだけど。怖がっている所もルルゥって可愛らしいなとか思ってるんだけど。
「そうそう僕、ご飯ができたからカナンを呼びにきたんだよ」
とヴァンは言うと、あたしの手を掴んだ。
「ご飯?」
ポウがお茶の準備をしてくれていたのに悪いなあと思いながらも、あたしはお腹がすいていたのでヴァンについて行くことにした。お茶では腹は膨らまない。優雅なひとときより、がっつりとした食事の方が今のあたしには必要だった。
ポウに向かって「ごめんね」と手を振ると、ポウはルルゥにときめいちゃった時ほど寂しそうな様子は見せず、むしろ当然だという顔で「いってらっしゃいませ」と言った。
(ポウ?)
なんだかポウの様子に違和感を覚えながらも、あたしはヴァンに引っ張られて部屋を出た。
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