3:オタク王子と詐欺師とゼニガメ
「あの、これは夢ですか?」
あたしが真面目な顔で尋ねると、レインは思いっきりあたしのほっぺたをつねってくれやがった。
「痛い! 痛いって! 放して!」
彼はにこにこしながら手を放すと、
「私は、いくら教えても学ばない馬鹿は嫌いなんだ」
と言い放った。なんだかとっても嫌みったらしい言い方だ。
「それと、教科書にあることが全てだと思いこんでる馬鹿も嫌いだ。素直に事実を受け入れる。それしか君にはできないんだよ? ガメちゃん」
「!?」
なんでこの男、あたしのあだ名を知っているんだ!? あたしが驚いていると、レインはふふふと意地悪そうに笑っていった。
「君のことは色々調べさせて貰った。私は、君の性格だけでなくスリーサイズや好きな食べ物まで把握している」
「な!」
「王子が選んだとはいえ、相手は外国人。危険人物でないかどうか調べるのは当然のことだろう」
危険人物でないかどうか調べるのに、なぜスリーサイズを調べる必要があるのだ。それに今、王子とか言った……?
あたしがそのことを確かめようとすると、
「レイーン!!」
勢いよく扉が開いて、一人の人物が現れた。
煌びやかな衣装を纏った、若い男の人。二十歳か、もしかしたら十代かもしれない。肩までかかる長い黒髪に、レインと同じ灰色の瞳をしている。彼もレインに劣らぬ美青年で、東洋と西洋の中間くらいの神秘的な顔立ちをしていた。
「日本人! ああ、カナンだね? 僕がヴァンだよ。よろしく」
彼はびっくりしているあたしに目をとめると、なぜかとてもうれしそうに微笑んだ。そして突然両手を掴んできた。
いきなりのことに、あたしはびびった。165センチのあたしより、頭一つ分大きい。レインも背が高いが、彼の方が少しだけ大きいようだ。
「え、えと……」
「何、その服ー。僕、君のためにちゃんと服用意してたんだよ! ちょっと待ってて、持ってくるから!」
ヴァンはそういうと、走って部屋を出ていった。風のように現れて、風のように去ったヴァン。彼は一体……? あたしは何が起きたのか全く理解できなかった。
そっとレインの方を見ると、彼は意味深な笑みを浮かべてこう言った。
「あの方が、ヴァン王子。君が仕える方だ」
「えっと、あたしの仕事って?」
恐る恐る尋ねると、レインはふふふとまた意地悪そうに笑って、
「王子の『お友達』だ」
と言った。
そして彼は鞄から一枚の広告を取り出してあたしに手渡した。
「何、これ」
その広告には、『病弱の御曹司のお友達募集』と書かれていた。資格は特になく、16歳〜25歳の女性であれば誰でも応募可、その上完全週休二日制、手取り20万〜となっている。三食昼寝つき、寮完備、各種保険あり……ものすごく怪しい!! アニメチックな女の子のイラストが描かれているのが、広告をより怪しく見せていた。
(病弱の御曹司って何だ。あの走り方からして、ヴァンは健康そのものじゃないか。それにお友達募集って、なんか出会い系とか風俗っぽくないか?)
なぜこんなものに、うちの父親が応募したのかあたしには分からなかった。
「違うバージョンもある」
そう言って渡されたチラシは、さっきのと比べとてもまともに見えた。募集内容も「秘書」となっている。女の子のイラストではなく、ビルの写真が載っている。
(お父ちゃんが騙されたのは、こっちであってほしい……)
切実に、そう思った。すると、
「カナーン!」
ヴァンが戻ってきた。手に、何やら紙袋を抱えている。
「どれがいいか、好きなの選んでー」
彼はそういうと袋の中から服を取りだして、あたしの前にずらりと並べた。全部で10着ある。赤、青、緑、紺……様々な色があるが、そのどれも形は同じ。デザインは少し変えてあるがどれも、セーラー服だった。それもスカート丈がやたら短い。
「……」
あたしは絶句した。やばい、やっぱり風俗か! イメクラってやつか! あたしは身の危険を感じた。
するとヴァンはにこにこしながら、
「これはエヴァのデザイン。それでこっちが……」
セーラー服について説明しだした。
(えば……?)
あたしは耳を疑った。
聞いたことがある日本アニメのタイトルが次から次と出てくる。時には知らないものも混ざっていたが、おそらくアニメだろう。タイトルは知っていてもアニメの内容を知らないものが多かったので、ヴァンがどんなに熱く語ってもあたしには彼の話の半分以上は理解できなかった。
もちろんあたしにはたくさんのセーラー服の中からひとつを選ぶことなどできない。大体、24にもなってセーラー服など着られるはずがない。
「オプションで、ネコ耳としっぽも作らせたんだ」
「……」
あたしはどう反応すればいいのか分からなかった。ただひとつ分かったことは、目の前の美青年がとんでもないアニメオタクだということだ。
「この格好でいいですから……」
あたしがそういうと、ヴァンは突然厳しい顔になった。
「分かった。メイドがいいんだね?」
「え?」
なぜそうなるのか分からない。ヴァンはあたしがセーラー服を嫌がるのを、別のコスプレをしたいのだと思ったらしい。巫女だの魔女っこだのとまたマニアックな単語が出てきたところで、レインが止めに入った。
「王子、まだ彼女と契約の話の途中なんです。着るものについては、私が聞いておきますから、お部屋にお戻り下さい。そろそろ……ポケモンが始まる時間ですよ?」
すると、ヴァンはいきなり「ああ!」と叫んだ。彼はまた勢いよく扉まで走っていくと、今度はそのまま出ていかないで立ち止まり、くるりと振り返ってあたしの方を向いた。そして、
「またね」
と手を振りながらヴァンは去っていった。
なんだかその仕草が妙に子供っぽくて、あたしはつい微笑んでしまった。
見た目が良いと得する。汚らしくて太っていたらかなりやばめなアニメオタクだし、気持ち悪いと思うんだろうけど、ヴァンは美形だからそんなことも許せてしまう。
あたしって……いや、女って皆そんなもんよね。
「王子のことは、今ので大体分かったと思う。あの通り、日本のアニメをこよなく愛している。だから日本の女の子の……友達が欲しいとおっしゃったのだ」
レインはそういうとふうとため息をついた。彼は王子に対して『オタク』とか『マニア』という単語は使えないようだ。
「あなたは……レインは、王子の何なの?」
あたしは気になることを尋ねた。どうも目の前の人物が胡散臭くて仕方がない。
すると彼は微笑んで、
「家庭教師だ。それと、護衛でもある」
と言った。
家庭教師……なんだかそれだけではないような気もしたけれど、あまり深く突っ込むと命を取られそうな雰囲気だったので、あたしはそれ以上聞かなかった。大体、レインのことを詳しく聞いても仕方がない。あたしは日本に帰るのだから。
「あたし、やるって言ってないんですけど」
すると、レインは真面目な顔で言った。
「君が断ると国際問題になると言っただろう? 我が国はそれだけの権力を持っている」
地図に載らないとかなんか色々理由がありそうだけど、そんなこと知ったこっちゃない。大体『友達』を雇おうということ自体間違ってる。
「でも、意志のない人間に『友達』なんて無理でしょう? それこそ王子が喜ばないと思う」
あたしがそういうと、レインはあたしを馬鹿にするようにふっと笑った。
「先ほどの王子を見れば、その心配はいらない。それにこれは決定事項だ。君を日本へ帰す気はこちらにはない」
「でも、こんなのは」
「これだけ出そう」
うんと言わないあたしに向かって、彼は指を一本突き立てた。
「年間契約として、1年王子の友達をしてくれるなら、君が日本に帰るときにこれだけの報酬を用意する」
指一本。年間だから、100万ではないだろう。ということは、一千万円だろうか?
一千万!? 月給に換算すると月八十三万円くらい。時給だと……
あたしはめまいを感じた。それだけのお金があれば、もうパンの耳生活とはおさらばだ。タイムセールスでおばちゃん達と格闘することも、電気代をけちって夜7時にねなくても良い。そして何より、田舎の両親にも親孝行ができる。だけど……
「これくらいは」
あたしは指を三本立てた。交渉しても損はないだろう。一千万なんてすぐになくなる。せめて三千万あれば、それを元手に事業を始められる。お金は稼いで大きくしないと、どんどん消えていくんだから。
すると、レインは眉をくっと上げると、うーんと唸った。
やっぱり駄目だろうか。よくよく考えてみれば、ただ『友達』になるだけでそんなお金用意するのはおかしい。無理か……
そうあたしが諦めかけたときだった。
「分かった。支払おう」
と彼は言った。
「ええ!?」
これは予想外だった。あたしはレインは賃金交渉には応じないと思っていた。それに元々断るつもりでふっかけたのだ。それがまさか。
レインがあっさりと折れたものだから、あたしは拍子抜けというか、戦意喪失というか、かなり驚いてしまった。
彼は何も言わずに鞄から契約書を取り出すと、お金のことを書き加えていた。
(三千万円……)
あの王子のお友達をやって、日本へ帰ればビッグマネーを手にすることができる。そんな夢のような話……
あたしは頬を思いっきりつねった。痛い。その痛さが、これが現実であることを証明していた。だとすれば。
(ええい! やってやる!!)
あたしはさっきまで嫌がっていたのが嘘のように、俄然やる気になった。
なぜなら、「仕事はきっちりこなして、がっちり儲ける」というのがあたしの信条なのだ。
それに……もしかしたら王子があたしを好きになっちゃって、玉の輿ということもあり得る。フリーターから事業家か、はたまたプリンセスか。どっちに転んでも損はない。
あたしはついついにたにたと笑ってしまった。
するとそれを見たレインは、吐き捨てるように言った。
「三十億円も要求するとは、このゼニガメめ!」
(え……?)
契約書を見て驚いた。
3の隣りには、0が六個ではなく、なんと八個並んでいたのだ。
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