GAME ! + ガメ +(2/13)縦書き表示RDF


GAME ! + ガメ +
作:北加チヤ



2:状況把握ができません


 さらさらと心地よい風が頬をなぜる。ふかふかの布団はとても心地よく、あたしの体をやさしくくるんでいる。枕からはアロマオイルの良い香りがした。
 なんて気持ちがいいんだろう。このまま布団からでないで、ずっと眠っていたい……あたしは夢と現実の間をふわふわと行ったり来たりしていた。
 だけどいつまでもそんな状態でいられるはずもなく、あたしはふっとバイトのことを思い出し、起きなければと思った。遅刻でもすれば減給だ。一時の気持ちよさに負けて眠り続ければ、その後には恐ろしい現実が襲ってくるのだ。あたしは寝返りを打つと、目を閉じたまま右手を伸ばして目覚まし時計を探した。
 とにかく今は何時なのか確かめなければ。ギリギリまで布団の中にいようと思って手探りで目覚まし時計を探す。けれどいつも目覚まし時計を置いているはずの所には何もなく、あたしの手は空を切るだけだった。
 ……おかしい。あたしはうっすら目を開けると、静かに首を動かした。妙に天井が高いような気がする。それに、部屋の内装が違う……
 あたしがぼんやりとそんなことを考えていると、ひょいと誰かがあたしの顔をのぞき込んだ。灰色の瞳と目が合う。

(!?)

 あたしはビックリして勢いよく顔を上げた。その瞬間、

 ゴチン

 あたしをのぞき込んできた誰かのおでこに、思いっきり頭突きをしてしまった。

「〜〜っつう……誰!?」

 叫んでから、あたしは自分に起きたことを思い出した。確かあたしは黒ずくめの男達に誘拐されたのだ! よく見れば自分が今寝ているベッドは、あたしのぼろっちい安物のベッドではなくお姫様が眠るような豪華なベッドだ。内装が違うのではなく、部屋自体が違うのだ。

「いきなり顔を上げるな。ビックリするじゃないか」

 あたしをのぞき込んでいた人物は、おでこをさすりながらそう言うとにっこりと笑った。黒髪に灰色の瞳の、整った目鼻立ちをした男の人。笑ったら右頬にだけえくぼができた。
 このえくぼ! サングラスをしていないけど、彼はあたしを誘拐したあの男に間違いなかった。

「気分はどうだ?」

 それに、この抑揚のない日本語。

「あんた、誰? あたしをどうするつもり?」

 あたしが尋ねると、彼はすっと目を細めて言った。

「私はレイン。君のこれからについては、後で説明する」

 あたしは彼を睨み付けた。とにかくこういう場合、弱いところを見せては駄目だ。相手に付け入られる。あたしはベッドから起きあがろうと身を起こした。そして、

(え!?)

 自分が下着姿になっていることに気が付いた。
 あたしはすぐに掛け布団をたぐり寄せると、彼に見えないように体を隠した。なぜこんな格好をしているんだ!

「ああああ、あんた! あたしに何したのよ!?」

 あたしは真っ青になった。まさか、そんな……!
 恐ろしい想像がぐるぐるとあたしの頭の中を駆けめぐる。すると、レインはくっくと笑って言った。

「何もしていない。君が寝ぼけて勝手に脱いだんだ。それに私はそんな貧相な体を見せられて欲情するほど子供ではない」

「なななな!」

 あたしは金魚みたいに口をぱくぱくさせた。言い返せないのが悔しい。
 確かにあたしは寝ぼけて服を脱いだようだった。よく見れば、ベットの近くに脱いだ服が転がっている。そういえばあたしは寝てて気持ちよくなると、パジャマを脱いでしまうというくせがあったのだ。そのせいで子供の頃には、よく風邪を引いていた。
 あたしは布団にくるまったまま、急いで散らかった服をたぐり寄せた。彼に見られないように布団で隠しながら洋服を着る。あたしのその様子が面白いのか、レインはベッドの脇に腰をかけて肩を振るわせながら笑っていた。

「こんなことしていいと思っているの? こんな、誘拐……だなんて」

 あたしが強い口調で言うと、彼は眉をひそめた。

「誘拐……? 何を言ってるんだ君は」

「何って、無理矢理こんな所に連れてきておいて、とぼける気!?」

「……おかしいことを言う。まだ寝ぼけているのか?」

 彼はそういうと、鞄からB5サイズの茶封筒を取りだした。そしてその中に入った用紙をあたしに差し出す。

「あたしの、履歴書……それに、これは」

 出した憶えのない履歴書に契約書が一枚。その契約書には、「御社の規定に従い、1年間の雇用契約を結ぶ」と書かれていた。ご丁寧にサインとはんこまで押してある。

「このサイン……お父ちゃん!?」

 サインは父の名前になっていた。筆跡も、父のものに間違いない。
 あたしはまだ眠ったままの脳細胞を無理矢理叩き起こすと、それをフル回転させて今の状況を分析した。
 考えられることはただ一つ。いつまでも就職先が決まらないあたしの変わりに、父がどこかの会社に履歴書を送ったのだろう。よく見れば履歴書の写真は高校時代のものだ。
 あたしは勝手にこんなことをするなんて、どういうつもりだろうと父に対して怒った。
 だけど父がこんなことをするくらい自分は田舎の両親に心配をかけてしまったのだと思ったら、なんだかだんだんと申し訳ない気持ちになってきた。

「君は180人の応募者の中から選ばれた。こうして契約書もある」

 レインは淡々とした口調でそういうと、あたしの手から書類をもぎ取った。

「採用通知も送ったはずだが、届いていなかったか?」

 貰った憶えがない。あたしが首を振ると、レインはため息をついた。

「とにかく、これはもう決まったことだ。今更、嫌だと言っても変更はできない」

「そんな! だって、それ本人のサインじゃないんだから無効でしょ?」

 あたしがそういうと、レインは契約書を指さして言った。

「このサインはちゃんと『保証人署名欄』に署名してある。それに、ここをよく見たまえ」

 あたしは彼が示した場所を見て驚いた。

「君の拇印がちゃんとついているじゃないか」

 はっとして両手を見ると、右手の親指にうっすらと朱肉がつけられた痕が残っていた。あたしが眠っている間に、この男がかってに押したのに違いない。あたしは彼を睨み付けた。

「こんなの、詐欺じゃない! 大体、あんな連れ去り方して……普通の会社じゃない! おかしい!!」

 あたしが叫ぶと、レインは突然大きな声で笑い出した。何がおかしいのか。あたしはただ黙って彼の様子を見つめていた。すると、

「確かに。雇用契約ではあるが……会社ではない。当方は、国家だ」
 とレインは言うと契約書を鞄にしまった。

「……はい?」

 あたしは彼が何を言っているのか分からなかった。『国家』とか言っていたような気がするけど、そんなおかしな話があるわけがない。
 なんだか話が変な方向に走りだして、あたしはこれはドッキリではないのかと思い始めた。目の前の男が無駄に格好いいのも、俳優さんかなにかだからで、今自分がいる部屋はスタジオのセットか何か。なぜ自分みたいな凡人にドッキリをするのかは分からないが、その方が納得がいく。
 するとレインはふうとため息をついて言った。

「君がこの契約を破れば、国際問題になる。我が国と日本の」

「へ?」

「こういう形で君をここへ連れてきたのにも、色々事情があるんだ」

「何いってんの?」

「ここが日本ではないと、窓の外を見れば分かる」

 レインはそういうと窓の所まで大股で歩いていき、カーテンを一気に引いた。
 まぶしい光が目に飛び込んでくる。少し開かれた窓から、木の葉が一枚風に運ばれて部屋の中に入ってきた。
 あたしは半信半疑でベッドから飛び降りると、窓際までのたのたと歩いていった。大理石の床はツルツル滑って歩きにくい。ようやく窓の前までたどり着くと、あたしは窓の縁に手をかけ外を眺めた。

「うそ……」

 眼下には中世ヨーロッパ風の建物が軒を連ねていた。古い町並み。なのに、なぜかどの家の屋根にもソーラーパネルが組み込まれており、ぎらぎらと太陽の光を反射している。
 ちぐはぐだ。古いのか新しいのか分からない。
 それにあたしがいる建物の周りに生えている植物も、おかしかった。南国なんかに生えている椰子の木のようなものもあれば、寒い地域にしか生えない針葉樹もある。
 どう見ても日本の風景には思えない。百歩譲ってここが日本のどこかだとしても、一つだけおかしなことがあるのだ。それは、決してありえないこと。

「雪が降ってる……」

 今は5月だ。たとえ北海道でも雪が降るはずがない。それに雪は周りの気温が零度以下でないと雨になるのだ。まあ、そうでなくても降る場合はあるが、今の条件で降るのはおかしい。だってこんな風に薄いパーカー一枚でちょうど良い気温で雪が降っているなんて、常識でいったらあり得ない。日本どころか世界中のどこでもそんなこと、起きるはずがないのだ。

「あれは、国土が暖まりすぎないように定期的に降るようになっている」

 レインは当然のように言った。

「ここ、一体どこよ」

 ドッキリにしては手が込みすぎだ。その時ようやく、あたしはなんだかとんでもないことに巻き込まれたことを確信した。

「ようこそ、アリーテナル国へ」

 聞いたことのない国の名前だ。



「または、『地図に載らない国』へ……」

 レインはそういうとにっこりと微笑んだ。
















ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう