12:不運率120%
ヴァンがどこにもいない。あたしは焦り始めていた。
彼を怒らせてしまったのは、あたしのミスだ。ヴァンはあたしに贈り物をしたかったんだからお金のことなど気にせず買って貰えば良かったのだ。
けど、ついあたしの悪い癖が出て……
(今更後悔したって仕方ないじゃない)
あたしはため息をつくと、パンフレットの地図にバツ印を付けた。
探したところに印を付けて一カ所ずつ探す。方向音痴のあたしが、ちゃんと地図を見られているのか怪しいけど、こういう方法で探すのが一番良いはずだ。
もうすでに地図の1/3がバツ印で埋まっている。20分以上もヴァンを探して歩き回っているのだから当たり前だけど。
「次はここね」
あたしは扉をノックしようとして、止めた。
扉は半開きの状態になっていた。
中から人の話し声が聞こえてくる。
「お前馬鹿だろ? せっかくの売り物をはがすやつがいるか!」
少年の声だ。翻訳機で変換された日本語も、成人男性よりちょっぴり高い少年の声。
「そんなこと言ったって、ダブカはがしたくなるの当たり前じゃないか……」
こちらも少年の、ちょっと掠れた声だ。
二人は何か言い争いをしているようだった。内容はよく分からないけど、ダブカがどうとか、オークションがどうとか話している。
あたしはパンフレットにバツ印をつけた。ここにもヴァンはいないようだ。
(次、行きますか……)
あたしは踵を返した。するとその時、
「誰だ!!」
突然扉が開いて、中から二人の少年が現れた。
「え?」
あたしはビックリして身動きがとれなかった。
というのもその二人……ものすごく可愛かったから。
少年の一人は金髪で、まるでフランス人形みたいだった。緑色がかった青い目は宝石のようにきらきらしてて、女の子みたいだ。おとぎ話か童話の主人公みたい。そうだな一番ぴったり来るのは……『雪の女王』に攫われるカイかな。
年は14〜5歳くらいだろうか。ドラゴンボールの……サイヤ人の戦闘服を着ているのだけれど、それがとっても似合わない。彼だったらふりふりレースのシャツとか、それこそ女の子が着ているような服を着たほうが似合いそうだとあたしは思った。
もう一人は茶色い髪のこれまた美少年! つんと上を向いたいたずらっこっぽい鼻に、きりりとした眉毛をしている。金髪の彼が童話の主人公なら、こっちは児童小説の主人公みたいだ。活発そうな……そう、トムソーヤ。
こっちも年は14〜5歳くらいだろう。なんだか大きくなったら女泣かせになりそうだ。涙ぼくろっていうんだっけ? 左目の下に黒子があるんだけど、それがちょっと艶っぽい印象を与える。
彼もサイヤ人のスーツを着ていた。ちょっとデザインが違うけど。
あたしが二人に見とれていると、ふいに茶色い髪の少年に腕を掴まれた。
「お前、今の話聞いてたな?」
たしかにちらっとだけど、話を聞いたといえば聞いた。でも、なんでそんな事で彼が怒っているのかあたしには分からない。
「もしかして、スパイ!?」
金髪君の顔が青ざめる。
スパイって。一瞬あたしはこのあり得ない展開に笑ってしまった。すると、冷たくて固い物があたしの腰に押しつけられた。
「スパイなら、生かしておけないな」
冷たい眼差しであたしを睨む茶髪君。
その手には、美少年には似合わない物……
黒光りする自動拳銃が握られていた。
*
どうしてこういう状況になっているのか……今あたしは、固い木製の椅子に座らせられ、両手を後ろ手にひもで縛られていた。
……うん。なんというか、危機的状況?
少年二人の会話をちょっと聞いちゃっただけなのに、なぜかスパイ扱いされて拘束された。日本じゃ……日本じゃなくても普通は起きないこの展開に、あたしは戸惑っていた。
それにあたしにはヴァンを捜すという仕事がある。こんな所で時間をつぶしている暇はないのだけれど、茶髪君の右手には拳銃が握られている。
あれは残念なことに玩具ではなく本物だ。だって、あたしが逃げようとしたら発砲したんだもの。音が小さくなるような装置(サイレンサーって言うんだっけ?)が付いてるから、周りは誰も気が付かなかったようだけど……本当にやばい。やばすぎるって。
なんとか隙をついて逃げ出したいのだけど、二人はさっきからあたしの前を落ち着かない様子で行ったり来たりしていた。
出口の扉までは数メートル。二人が見張っている状況では、逃げることは不可能だ。
あたしはとりあえず様子を伺うことにした。
「で? 縛って逃げられないようにしたのはいいけど、どうすんだよこの女!」
少年の一人、金髪君が苛立たしげに言った。
「知るかよ、馬鹿!」
尋ねられた茶髪君は金髪君を怒鳴りつけた。どうやら彼もイライラしているみたいだ。すると金髪君はむっとして、
「馬鹿っていうな、馬鹿!」
というと、茶髪君の胸を押した。
大人しそうに見えるけど、金髪君は結構やんちゃみたいだ。さっきからうろうろしながら辺りにある物を蹴ったりしている。もしかして短気なのかもしれない。
一方押された茶髪君も負けじと反撃した。彼は見た目からして血の気が多そうだ。茶髪君は金髪君の頭をぽかりと叩いた。
「何を!? 馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ?」
金髪君は茶髪君を睨み付けると、彼のほっぺたをつまみ引っ張った。
「いてて、やめろよ! 俺は馬鹿じゃない! ちゃんと計算だってできるし、物覚えもいいってシャア様に誉められてるんだぞー!」
茶髪君は金髪君の手を振り払うと、つままれて赤くなった頬をさする。
「計算って、足し算しかできないじゃないか! 僕は引き算できるんだぞ! 僕の方が頭いいもんねー!」
べーと赤い舌を出す金髪君。その年で引き算ができるくらいでは、自慢にならないような気もするけど。
「何を! 俺なんか、九九の3の段まで暗記できるぞ!」
茶髪君は1の段から九九を数えだした。
(……馬鹿二人)
いつのまにか、子供のケンカが始まっていた。二人とも、あたしの存在を忘れてしまっているようだ。逃げるならきっと今がチャンスなのだろう。
あたしは二人に気付かれないように、手を縛っていたひもをほどくと、椅子から立ち上がった。
ひも……別にあたし、縄抜けの術とかつかえる分けじゃないんだよ? ただちょうちょ結びで結んであったから簡単にほどけたってだけ。あたしの手を縛ったのは確か金髪君だ。どうやら彼、本当に馬鹿みたい。見た目かわいいだけになんだか勿体ない。
あたしは二人を警戒しながら、そろりそろりと足音を立てないように後ろに下がった。二人はケンカに夢中であたしが逃げだそうとしていることには気が付かない。
(よし!)
とうとうあたしは扉までたどり着いた。
あたしはそっと扉を開けようとノブに手をかけた。
その時だった。
誰かがその扉を勢いよく開けた。
バターン
(いた〜〜!!)
なんと扉は内開きで……あたしはおでこを思いっきり扉にぶつけてしまった。
でも、とっさに扉の影に身を隠したのは利口だと思う。扉を開けた誰かは、そこにあたしがいることに気が付いていないようだったから。
「何を騒いでるんだ、お前達!」
ケンカしている二人を怒鳴りつける誰か。声から察するに、男の人だ。
「「シャア様!」」
異口同音に叫ぶ金髪君と茶髪君。その声が、心なしか嬉しそうだ。
(今入ってきた人、シャアって名前なのか)
シャア……アニメオタクでないあたしでも、赤い服の人を思いだしてしまう。変な名前だ。
あたしはおでこをさすると、そっと後からやって来た人物を見た。
背の高い男の人。赤く長い髪を、後ろで一つに結んでいる。後ろ姿だけで顔は見えない。何のコスプレなのか分からないけれど黒いマントが見えた。
「それが、クリスのやつがダブカをはがして」
茶髪君が頬を膨らませながら訴える。
「でもそんなこと言ったらティーンなんかスパイに……あー! あの女逃げた!!」
金髪君改めクリスは、あたしが逃げたのに気が付いたようだ。
「スパイ?」
シャアがくるりと振り返る。
(やばい……)
あたしは扉の影に身を隠した。けれど無情にも、
「誰だ、そこに隠れているのは?」
あたしはすぐに見つかってしまった。
シャアはつかつかと大股でこちらまでやってくると、扉の後ろで固まっていたあたしを無理矢理引きずり出した。
「ひゃあ!」
強い力で引っ張られ、転びそうになる。あたしは思わずシャアの服を掴んだ。
「女……お前、日本人だな?」
低い男の声にあたしは顔を上げた。
「その怯える顔、そそるな」
蛇のようなシャアの瞳に射抜かれて、あたしは石になってしまった。
赤い髪、少しつり上がった緑色の瞳。白い肌と、赤い唇。
吸血鬼がそこにいた……
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