11:闇コミケへようこそ
闇コミケの会場に着いたのは、ちょうど夜中の3時頃だった。ヴァンの城から隠し通路で外に出て、歩いて15分くらいだろうか。そこは緑色のとんがり屋根が特徴の大きな館だった。ゴシック様式というのだったか。中世ヨーロッパ風の立派な建物。ヴァンの城よりは小さいけれど、結構立派な造りをしていた。
会場内に入ると、深夜三時だというのに中にはたくさんの人がいた。それこそ若い人からお年寄りまで。それもなぜか皆様々なコスプレをしている。
そのことをヴァンに尋ねると、何かのアニメの格好をして来ないとこの闇コミケには参加できないのだと教えてくれた。今回はドラゴンボールと遊戯王のカードオークションが行われるためか、それに合わせたコスプレをしている人が多い。けれどもそうでない人もたくさんいて、猫耳をつけたメイド姿の女の子に、顔に切り傷のメイクをした黒ずくめのおじさん、今は懐かしいセーラームーンの格好をした三段腹のおばさんに、何のアニメかは分からないけど青い軍服姿の青年……と個性的な人達がたくさんいた。
日本人とは違いメリハリのある顔立ちをした人達がコスプレしている姿は、妙に似合っていてそれほど違和感がない。それに会場内にいる全員が色々な格好をしているので、だんだんと仮装パーティーをしているかのようにも思えてきた。
実はあたし、日本のコミケには二度ほど友達に連れられて行ったことがあった。けれどあたしの記憶の中のコミケでは大半が普通の格好をした人で、コスプレなんてしているのはごく僅かしかいなかったのだけど……
多数決の問題?
……みんなでやれば怖くない?
とにかくその会場は異様ではあったけれど、不思議と想像していたよりは怖くなかった。
「オークションは半からなんだって。カナン、何か欲しい物があったら買ってあげるよ」
ヴァンが会場に並んだ店を指さす。店と言っても簡素な机の上に商品が並べられただけのものだ。その商品も、漫画や便せんなどが主であたしが欲しかったアグモンのぬいぐるみなんてものは見あたらない。
あたしが首を振ると、
「そうだ。アグモンとパタモンだよね? 今回来てるかなあ……」
ヴァンは受付の時に渡されたパンフレットを広げ、会場の地図を見た。そしてぶつぶつと呟きながら何かを探す。しばらくすると彼は「あった」と言ってあたしの手を取ると、人波をかき分けながら一直線に進んで行った。
ここに来てからヴァンのテンションが妙に高い気がする。もしかしたら、自分と同じような人達がいっぱいいる場所に来て楽しいのだろうか。
「ディクスンさーん!」
ヴァンが誰かを見つけて駆け寄る。すると、
「おう! 坊主!」
四十代くらいの男性がにかっと笑って手を挙げた。
赤い衣装に黄色いスカーフ。サイボーグ009の格好をしているちょっと太めのおじさんだ。浅黒い肌にくりくりと人なつっこそうな目は青色で髪は……かつらかもしれない。茶色の髪の毛に妙な違和感を感じた。
おじさんはヴァンと一緒のあたしを見ると、一瞬妙な物でも見るような目であたしをみつめた。けれど何かぼそりと呟くと、笑いながらヴァンの肩を小突いた。
(ヴァンの知り合いかな……)
あたしはまだ翻訳機に慣れないので、早口だと何を言っているのかよく分からない。けれど、おじさんの態度や表情から大体何を言ったのかは想像できた。
「お前の女か? 紹介してくれよ」
おじさんはにやにや笑いながら言った。
「違うよ。カナンは友達」
ヴァンが頬を膨らませると、おじさんはつまらなそうな顔をしてあたしに目配せした。
(本当は、どうなんだ?)
彼の問いに、あたしは大きく首を振った。
あたしとヴァンは友達だ。それ以外の何でもない。
「ディクスンさん、僕カナンにアグモンとパタモンを買ってあげる約束したんだ。ある?」
ヴァンが尋ねると、おじさんの顔が急に商売人のものに変わった。
「おう! あるぜ〜。それに、今回はドラゴンボール祭りだからな。プーアルとウーロンもあるぜ? どうだ坊主、お得意さんだから安くしとくぞ〜」
おじさんは机の裏に置いてあった段ボールからぬいぐるみを取りだしてヴァンの前に並べた。デジモンやドラゴンボールのものだけでなく、遊戯王のモンスターやらポケモンまである。
「1個で2000ガメ、2個で3800ガメ、4個だったら……7000ガメにおまけするぜ!」
手を擦り合わせながらにかっと笑うおじさん。あたしはおじさんの言葉の『ガメ』という単語に驚いていた。このような活用形をされるのはもしや……
「ヴァン、あの……ガメって」
あたしがこっそりと尋ねると、ヴァンは笑って言った。
「この国の通貨単位だよ。あれ? そういえば、カナンのあだ名と同じ発音だね」
あたしはヴァンに引きつった笑みを返すと、心の中であのイカスミ男に呪いの呪文を唱えた。
すると、おじさんはあたしとヴァンがこそこそ話しているのを、買い物の相談をしているのと勘違いしたらしい。厳しい顔で唸るとずらりと並べたぬいぐるみをにらんだ。そして、
「ええい! こうなったら大まけだ! 全部で20000ガメでどうだ!」
とおじさんは勢いよく言った。
20個以上もあるぬいぐるみが全部で20000ガメ? さっきまでと比べるともの凄く安くなっている。けど、なんだかとっても……怪しい。
うまい話には必ず落とし穴がある。こういうものはよく考えてから買わなければならないのだ。テレビショッピングなんかで、今なら同じ物を二つ付けてとか、さらにお得なこれらをつけてとかいうものがあるけど、ああいうものは最初からセットにすることを前提に価格を組んでいるのだ。だからこのおじさんだって損をしないような価格を提示してきているはずだ。
あたしはぬいぐるみを手に取ると品質チェックをした。
まずは山吹色の恐竜……あたしが欲しかったアグモンのぬいぐるみからだ。
「おう、お嬢ちゃん。お目が高いね〜。そいつぁ、昨日入荷したばかりの品物だ」
おじさんは定番の文句を言った。
「入荷したばかり」とか、「最後の一点」なんて言葉は販売の基本トークだ。人は今買わないと手に入らないと思うと、ついそんなにいらないものでも買ってしまうのだ。
あたしが「はあ、そうなんですか」と適当に返事をすると、おじさんはにこにこ顔でぬいぐるみの材質やら再現度について説明した。
手触りを良くするために特別に開発した生地を使用しているとか、しっぽの裏についているボタンを押すとしゃべるとか。商品についてとても丁寧に説明されて、あたしは相づちを返しながら、このおじさんただ者じゃないなと思った。根っからの商売人なんだろうか、売り込みの気迫が違う。
おじさんはあたしがあまり良い反応を示さないのを見ると、ターゲットをヴァンへと変えた。彼はにこにこ顔でヴァンの元へ近寄ると、
「友達には、贈り物やらなきゃあな。坊主」
と囁いた。
それを聞いた瞬間、ヴァンの表情がぱっと変わった。彼はポケットから財布を出すと、真面目な顔でおじさんにお金を渡した。
「全部ちょうだい!」
「ヴァン、駄目!!」
あたしはヴァンの腕を掴んだ。おじさんの作戦にまんまとはまっていらないものまで買うなんてヴァンの素直さは危険すぎる。
それに、よく考えてみればヴァンのお金は国のお金だ。つまりは税金。税金の無駄遣いに憤慨している日本人のあたしが、別の国の国家予算をこんなことに使って良いのか?
いや、良いはずがない。
大体ヴァンはお金持ちだからお金の正しい使い方なんて知らないのじゃないだろうか? お金は使うことよりも、増やすことが楽しいのに。一円でも得をするようにお金を使うのが、大人の嗜みってものなのに……
(そうか。正しい資産運用について教えるのも、友達の仕事なんだ)
あたしはおじさんからお金をもぎ取ると、ヴァンの手に戻した。
ヴァンにはまず無駄なお金を使わないことから教えなければならない。どうやってお金を増やすかはその後からだ。
あたしが「行こう」と言うと、ヴァンはどうしてあたしがそんなことをしたのか分からないのか、妙なものでも見るような目であたしを見つめ返した。
「何で駄目なの? 僕がカナンに買ってあげたいんだ。別にカナンがお金出すわけじゃないんだからいいじゃないか」
ヴァンが頬を膨らませてそういうと、後ろでおじさんが「そうだそうだ!」と言った。
(このおじさん……)
あたしはおじさんを怒鳴りつけたいのをなんとか我慢すると、笑顔でいった。
「でも、そんなに買っても持って帰られないでしょ?」
あたしが山盛りのぬいぐるみを指さすと、
「宅配サービスもやってるぜ〜」
おじさんはにこにこしながらチラシをあたしに渡した。
(この国の言語、あたし読めないんですけど!)
このおじさんには遠回しに断ろうとしても通じない。
あたしはチラシをおじさんに突き返すと、毅然とした態度で言った。
「いりません! とにかく……こんなにぬいぐるみがあっても困りますから」
あたしはさっさとその場を離れようとした。
けれどヴァンは、あたしの行動が納得できないのか動こうとしなかった。
彼はあたしの顔を見つめ、
「ぬいぐるみが欲しいって言ったのはカナンでしょ? それがどうして急にいらないなんていうんだよ?」
とちょっぴり怒った顔で言った。
確かにあたしはぬいぐるみを買ってくれると言うからここまで着いてきたのだ。それをいきなりいらないだなんて言うのだから、ヴァンがおかしいと思っても仕方がなかった。
「とにかく……いらなくなったの。別にいいじゃない、ヴァン」
あたしがヴァンをなだめるように言うと、彼は急に怖い顔をしてあたしの左腕を掴んだ。
「レインからの贈り物は受け取るのに、僕からのは……いらないの?」
(え……?)
あたしはビックリしてヴァンを見返した。
ヴァンの目線の先には銀色の腕輪があった。あたしの左手首につけられたあの通信機。それをヴァンは今まで見たこともないような怖い顔で睨んでいた。
その腕輪は確かにレインから貰ったものだ。けれど、それは贈り物などではなく仕事に必要なものなのだ。ヴァンがあれになってしまった時の、非常事態用の通信機……
「違う、そういうわけじゃなくて……」
あたしはヴァンが誤解しているのは分かったけれど、それが通信機であることを彼に言えなかった。なぜならヴァンが自分があれになることを分かっているのかどうか、あたしはまだ判断できずにいたからだ。
ヴァンはあたしが答えないのを見ると、乱暴にあたしの腕を放した。そして、
「カナンのわからずやぁ!!」
と叫ぶと、その場から走り去っていった。
「ヴァン!!」
人の波にのまれてあっという間にヴァンの姿は見えなくなる。あたしは突然のことに彼を追いかけることもできず、ただ呆然と立ちつくしていた。
ヴァンを怒らせた。それは分かったけど、どうして贈り物一つであれほど怒るのか、あたしには分からなかった。
「お嬢ちゃん、見かけによらずやるねぇ。二股か?」
おじさんはあたしを見ながら、にやにやと楽しそうに笑っていた。
「違います!」
あたしはおじさんを睨み付けると、大きなため息をついた。
広い闇コミケの会場で、ヴァンを見つけだすのは大変だ。
だって、あたしもヴァンも携帯電話などの通信機器をもっていないのだ。だからはぐれた場合、連絡の取りようがない。
それにあたしはここにはじめてきた。会場内のどこに何があるのかさっぱり分からないのだ。
(あああ〜、どうしよう……)
あたしは広い会場を見渡すと、もう一度ため息をついた。
これは最悪の事態だ。
何せあたしは、極度の方向音痴なのだから。
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