艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(93/133)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第十一章 第四節 マリアナ沖に集まりし戦姫達


 翌朝、『大和』の甲板では一時の別れが行われていた。これから艦隊は前衛部隊と本隊とに分かれて進撃を開始する。距離が離れるので、会えなくなるからだ。
 前衛部隊は第二艦隊旗艦愛宕が妹の高雄、摩耶、鳥海や他の巡洋艦などと最後の確認をしている。
 一方の本隊は護衛艦隊に属する長門と最上が飛鷹と龍鳳と確認をし合っている。
 そんな中から離れた位置にいる翔輝を中心としたメンバー。翔輝とその腕に抱き付く武蔵、袖を引っ張る大鳳、ちゃっかり背中を占領している隼鷹、そんな三人をうらやましそうに見詰める大和と雪風。そして他に翔鶴と瑞鶴、そして瑞鳳などが揃っている。
 翔鶴はあまりしゃべらない大鳳の代わりに皆に声を上げる。
「これより、第二艦隊こと前衛部隊、第三艦隊こと本隊甲部隊、乙部隊に別れ、全軍小沢中将の指揮下に入る。及び、マリアナ諸島に展開している角田中将率いる第一航空艦隊とも連携を組み、付近海域に展開している敵機動部隊を殲滅する。壮絶な戦いになるだろう。みんな、覚悟してほしい」
「何だよ翔鶴。急に改まっちゃってさ」
 榛名が笑いながら気楽そうに声を掛ける。が、翔鶴の表情は暗く、その瞳は何かを覚悟したような強い意志を煌かせていた。
「今度の作戦――私はもう二度と内地に戻れないかもしれないからな」
『なッ!?』
 翔鶴の言葉に、それぞれ話し合っていた艦魂達が一斉に黙って彼女を見詰める。大和や武蔵やもちろん、昨晩会った翔輝も驚きを隠せない。だが、そんな彼の肩を、誰かがぽんと叩いた。振り返ると、そこには悲しそうな顔をした瑞鶴がいた。
「それほど、今回の作戦は危険なんです」
「瑞鶴・・・」
「私達空母部隊は二倍以上の敵空母と対峙しなければならないのです。もし、サイパンを守れたとしても、こちらの空母が全滅するという可能性は十分にあります」
「そんな・・・ッ!」
 飛鷹の言葉に翔輝は愕然とする。
 この作戦、確かに壮絶で負けられない戦いになるだろうとは覚悟していた。だが、空母全滅という覚悟までするなんて、想像もしていなかった。
 驚く翔輝の背中で、隼鷹がギュッと強く抱き付いてきた。
「お兄ちゃん。今回の任務、文字通り――命懸けなの」
「隼鷹・・・」
 幼い隼鷹までもが《命》というものを懸ける戦い。それがこんな気の作戦なのだ。だが、そんな彼女達の強い思いに、翔輝は首を振る。
「戦いってのは、生きて帰るのを前提にするものだ。命を懸けるか懸けないかは現場で個人が考える事。だから、最初から命を懸けるなんて言うものじゃない」
 翔鶴達は驚いたような目で翔輝を見詰める。そんな彼女達に真剣な瞳で訴えていた翔輝だったが、ふと優しい笑みで大和と武蔵を抱き寄せる。
「た、大尉!?」
「・・・翔輝?」
 顔を真っ赤にする大和とほんのりと頬を赤らめる武蔵を一瞥し、翔輝は皆に満面の笑みを向ける。
「それに、今回は大和や武蔵も出る。連合艦隊の象徴であるこの二隻が。敵の目はこっちにも向くはずだ。だから、安心して戦ってよ」
 翔輝の言葉に、翔鶴は驚いたような顔をしていたが、フッと口元を緩めて苦笑する。
「いつも頼りないお前がそんな事を言うのは似合わないぞ」
「むぅ・・・頼りないは余計だよ」
「ふん、日頃のお前を見てればそう思うのは仕方ない」
「まぁ、そうですね」
「私もそう思う」
 翔鶴だけでなく飛鷹に瑞鳳までもが賛同し、翔輝はがっくりと肩を落とす。そんな翔輝を、隼鷹はようやく背中から降りて笑みを浮かべる。
「大丈夫。お兄ちゃんはとっても頼りになるよ」
「・・・翔輝さんを、信頼してます」
 隼鷹と大鳳にそう言われ、翔輝は小さく笑う。そんな三人を翔鶴は一瞥し、天空を仰ぐ。
「姉さん?」
 不思議そうに見詰める瑞鶴に、翔鶴は小さな声で言う。
「――瑞鶴・・・今度の戦いでも、お前の幸運が起きればいいな」
「うん・・・でも、そうすると姉さんが・・・」
 瑞鶴は言いよどむ。『瑞鶴』が助かれば、『翔鶴』が被害を受ける。それが今までの海戦の基本だった。この戦いで『瑞鶴』がまた無傷でも、今度こそ『翔鶴』は・・・
「気にするな。私も武人。覚悟はできている」
「姉さん・・・」
 翔鶴の真剣な瞳に、瑞鶴は背筋が冷たくなるのを感じた。
 自分の姉、翔鶴は――この戦いで全てを懸けている、と。
 翔鶴は瑞鶴の頭をそっと撫でる。そんな彼女らしからぬ行為に驚く瑞鶴。そんな彼女に、翔鶴は優しく微笑む。
「安心しろ。もし敵機が来ても――私が全て引き受ける」
 その言葉に、瑞鶴は目を見開き、慌てて反撃する。
「ね、姉さん! 私も日本海軍の誇る歴戦の正式空母よ! そんな自分一人で全部を背負わないでよ!」
 必死に翔鶴に訴えたが、翔鶴は真剣な瞳で瑞鶴を見詰める。その瞳には、軍人としての彼女ではなく、姉としての彼女の姿が会った。
「妹を守るのは――姉の役目だ」
 そう言うと、翔鶴は大和の下に行く。そんな姉の後姿を見て、瑞鶴の不安は増すばかりだった。
 翔鶴が大和の前に立つと、翔輝を取り囲んでいた隼鷹や大鳳は瑞鶴や飛鷹達に所へ戻った。
 じっと自分を見詰める大和に、翔鶴は真剣な瞳を向ける。
「大和。今作戦、敵の目をなるべく引き付けてくれ」
「わかりました」
 大和にそう言った後、翔鶴は翔輝に声掛ける。昨日の今日だ。二人は一瞬顔を合わせただけで顔を赤らめたが、すぐに翔鶴はいつもどおりの態度をする。
「長谷川。まさかお前と一緒の作戦に出れるとはな」
 翔鶴の言葉に、翔輝もいつもの彼に戻る。
「まぁ、いつかは来ると思っていたよ」
「そうなのか?」
「でも、こんなに危機迫った状況下だとは思わなかったけどね」
「まあな。よろしく頼む」
「わかった」
 翔鶴はそう答えると、彼の横を通り抜ける。その瞬間、

「・・・もし、この戦いが無事に終わったら、もう一度・・・想いと伝えるからな」
 
 そう言って通り過ぎた。翔輝が振り返ると、翔鶴は多くの空母達や本隊の皆を率いて歩き出していた。
 いよいよ、前衛部隊と本隊に分かれる時がきたのだ。
 前衛部隊の皆に敬礼して消えていく本隊の艦魂達。そんな中にいる彼女の背中に翔輝は叫ぶ。
「なあッ! 翔鶴!」
 翔鶴は皆が消える中でその声に振り返る。そんな彼女に、翔輝は真剣な瞳で、大切な言葉を叫ぶ。
「絶対、死ぬなよぉッ!」
 翔輝の言葉に、翔鶴は一瞬驚いたような顔をしたが、コクリとうなずき、頬をほんのりと赤らめながら見事な敬礼をして去った。
 翔鶴達がいなくなった甲板で、まだ残っていた二人の子が近づいてきた。武蔵に負けない無表情をした大鳳と、天真爛漫な笑みがまぶしい隼鷹だ。
「かのん? 隼鷹?」
「・・・翔輝さん」
 大鳳はじっと翔輝を見詰める。キラキラとしたクリッとした瞳が揺れ、大鳳はわずかに顔を綻ばせる。
「・・・この作戦が無事に終わりましたら・・・一度私のわがままに付き合ってください」
「え? あ、いいけど」
「・・・約束ですよ」
 大鳳の真剣な瞳に翔輝はうなずく。そんな二人を少し離れた所から見ていた大和はなんとなく不安になったりする。
 大鳳が離れると、今度は隼鷹が翔輝の胸の中に飛び込んでくる。
「お兄ちゃん、がんばろうね」
 隼鷹の屈託のない笑みに、翔輝も満面の笑みを浮かべてうなずく。
「うん。がんばろう」
 隼鷹は嬉しそうに笑って走って行った。その後を大鳳が追い、二人は光に包まれて消えた。残された翔輝と大和は互いを見合うが、大和は不機嫌そうに目を逸らす。そんな大和に翔輝は不思議そうに首を傾げるのだった。

 自分の艦に戻った大鳳は甲板の上で空を眺めている刹那を見つけた。
 近づくと、彼の方から声を掛けてくれた。
「よぉ、大鳳。みんなとのお別れは済んだのか?」
 大鳳は無言でいうなずく。そんな彼女の返答に刹那は「そうか」とだけ嬉しそうに答える。そして再び天を見上げる。
 雲ひとつない蒼い空がどこまでも続く快晴だ。
 大鳳も自然と空を見上げ、その美しい青空に口元がわずかに綻ぶ。
 そんな彼女を盗み見て、刹那は優しく微笑む。
「今度の戦いは今までとは比べ物にならない。そんな戦いが初陣になるなんて、君も大変だな」
 大鳳は答えずにぼーっと空を見詰める。刹那はそれを見て嬉しそうに微笑む。
「でも安心して。僕は真珠湾から生き残る戦闘機乗りだ。それこそ真珠湾、インド洋作戦、ミッドウェー、ラバウル、ソロモン、い号、ろ号作戦っていう激戦を生き残ってきたんだ。実力は折り紙付きさ。必ず守ってやるからな」
 その言葉に、大鳳は刹那を見た。無表情の中にある瞳にはしっかりとした意志があって、それはしっかりと自分に向けられている。
 目の前の小さな少女を、命に代えても守ろう。そう決意した。
「僕はミッドウェーで蒼龍を守れなかった。だから、命に代えても君を守ってみせるよ」
 大鳳はじっと刹那を見詰める。すると、わずかに口元をフッと綻ばせた。
「・・・ありがとうございます」
「気にするなって。必ず生きて帰ろうな」
「・・・はい」
 小さくうなずく大鳳を見て、刹那は故郷に残してきた妹を思い出す。もうずいぶん会っていないが、きっと元気で自分の帰りを待っていてくれてるだろう。その時、
「・・・あ」
 その小さな声に向くと、大鳳が空を見上げて普段はあまり変えない表情を喜びに変えていた。その笑顔は、とてもかわいらしい。
「どうした?」
 刹那が問うと、大鳳は空を見上げたまま答える。
「・・・鳥が、巣立った」
 その声に天を見上げると、マストにある鳥の巣から次々に鳥が飛び出した。巣立ちの瞬間だ。
「ほぉ、あの巣の鳥がもう巣立ったのか。時間が経つのは早いな」
 鳥達は一度大鳳の近くで旋回した。まるでお礼を言っているかのようだ。そして、そのまま天高く飛び立って行く。
「・・・バイバイ」
 大鳳は小さく胸の前で手を振る。そんな彼女のかわいい仕草に、刹那は小さく微笑んだ。
 鳥が見えなくなっても、大鳳はぼーっと鳥が去った方向を見詰め続ける。
 ぼーっと空を見詰める大鳳に、刹那はふと瑞鶴から聞いた話を思い出す。
「そういえば瑞鶴達から聞いたけど、お前『大和』にいる艦魂が見える航海士が好きなんだって?」
「・・・」
「・・・」
「・・・(ぽっ)」
「・・・」
「・・・(コクリ)」
「そうか」
 それだけを言うと、刹那は大鳳の頭をそっと撫でる。頬を赤らめたまま自分を見上げる大鳳に、刹那は優しく微笑む。
「だったら、その人の為にも必ず帰って来ような」
「・・・はい」
 刹那と大鳳はどこまでも澄んだ青空を見上げた。
 この空の向こうに、敵の大艦隊が展開する海がある。そここそが、日本海軍が全力を注いで戦うべき決戦場。生きて帰れるかわからな、戦場なのだ。
 だが、必ず生きて帰ってくる。
 残してきた家族の為、愛する人の為に、必ず生きて帰って来よう。そう、決意する。
 頬を撫でる風には夏の気配が感じられた。
 もうすぐ夏だ。せみがうるさく鳴く、暑い季節。だけどそれが、今はすごく楽しみだ。
 刹那は故郷に戻って妹と一緒に海に行きたいと思い、大鳳は初めての夏に心をわずかに躍らせる。
 この戦いの後には、幸せが必ず待っている。
 それと出会う為、必ず生き残ろう。そう決意した。
 輝く太陽の光に照らされる蒼い海を、第一機動艦隊は白波を立てて進撃した。

 その後、第二艦隊こと前衛部隊が先に出撃。その後方二〇〇キロ地点を第三艦隊こと第一機動艦隊本隊が続く形で再進行した。
 決戦兵力である第一機動艦隊は、無数の敵が展開する敵地――マリアナ諸島に向かって白波を立てて急行した。

 一方その頃、アメリカ海軍第5艦隊の第58任務部隊こと高速空母艦隊はマリアナ諸島を包囲していた。その戦力は空母を主軸とした大機動部隊。海を埋め尽くす空母群がアメリカの底力を思わせる。
 そんなアメリカ第5艦隊旗艦は重巡洋艦『インディアナポリス』。そして作戦の要である第58任務部隊旗艦・空母『レキシントン』(エセックス級空母6番艦)の防空指揮所では古参エンタープライズが銀髪をサイドテールで纏めた少女と口論をしていた。
「だからッ! 今すぐに全艦載機を使ってサイパンを攻撃しろと言っているんだ!」
 きれいな金髪を乱暴に振り回して怒鳴るエンタープライズに対し、目の前の少女は小さく首を横に振る。
「無理ですよ。今攻撃すれば上陸した味方まで空爆してしまいます。それに我々空母部隊の真の目的は必ずや進出して来るであろう敵機動部隊を迎え撃って殲滅する事です」
「そ、それはそうだが」
 エンタープライズは不服そうな顔をする。そんな彼女を諭すように少女は言葉を繋げる。
「エンタープライズさん。お気持ちはわかりますが、ここは陸軍に任せましょう。遅かれ早かれマリアナには星条旗が翻ります。我々海軍は来たるべき敵艦隊撃滅に全力を注ぎましょう」
「う、うむ・・・」
 少女の言葉にさすがのエンタープライズも黙ってしまう。まわりの皆はそんな少女に改めて感心する。
 彼女こそ今回の作戦の要となる第58任務部隊旗艦を務める空母『レキシントン』の艦魂だ。エセックス姉妹の6女だが、冷静沈着で的確な指揮を執る有能なリーダー。そして何より人を説得するのがうまく、暴走したエンタープライズを止められる数少ない一人。ちょっと長い名前なので皆から親しみを込めて《レン》と呼ばれている。
 そんな感情的なエンタープライズの腕に抱き付く少女がいた。エンタープライズのもう一人の妹、ホーネットだ。ホーネットは血は繋がっていないが本当の姉のように慕っているエンタープライズに優しく微笑む。
「お姉ちゃん。落ち着いてよぉ」
 子猫のようなかわいい声を上げるホーネットにさすがの猛将エンタープライズも牙をもがれた虎のようにおとなしくなる。
「だ、だがなホーネット」
「頭を冷やしてよぉ。お姉ちゃんは笑った方がかわいいってば」
「か、かわいいとかそういうのは私には関係――」
「お姉ちゃんは顔はかわいいんだからもっと笑ってよぉ」
「うむむむ・・・ッ!」
 何も言えなくなるエンタープライズにまわりを囲む他の艦魂達もおかしそうにくすくすと笑う。
「わ、笑うなっ!」
 エンタープライズはそう怒鳴るとホーネットを引き剥がして姿勢を正す。これでもこの空母部隊の最古参の空母艦魂なのだ。威厳というものがある。
 コホンと咳払いをして一度話を立て直す。
「ともかく、ジャップの守備隊は陸軍が何とかしてくれるだろう。なら、私達海軍はこちらに来るだろう敵空母部隊を叩くまでだ」
「ですから、それは私が先程から何度もご説明していたんですけど」
「うっ・・・」
 もはや威厳も何もなくなったが、空母の艦魂は全員エンタープライズを慕っている。そんな彼女も自分達のリーダーなのだ。一応『レキシントン』が旗艦だが、艦魂達にとってのリーダーは頼れる姉貴――エンタープライズである。
 エンタープライズは作戦の大まかな説明を行うと解散命令を出した。
 散っていく艦魂達を一瞥し、エンタープライズは自分の防空指揮所に移ると海を埋め尽くす艦隊を見詰める。そのどの艦のマストにも星条旗が掲げられ、遠く離れた故郷を守る為に戦う戦士達がいる。
 頬を撫でる風に、エンタープライズは不敵な笑みを浮かべる。
「・・・来るなら来いジャップども。一隻残らず海に沈めてやる。そして、黄色い猿どもに思い知らせてやる。世界の正義であるアメリカに逆らって、生き残れると思うなとな!」
 エンタープライズは敵艦隊が来るであろう西の海を睨む。その海に必ず奴らはやって来る。そして、その向こうに敵の本拠地である日本本土がある。手を伸ばせばもう届く距離。己が艦載機で、その地表を焼き払ってみせる。そう決意していた。
 海のように澄んだ蒼い瞳は、美しく、そして勇ましく煌いていた。

 一方その頃、ヨークタウンは自艦の烹炊所にいた。
 むあっとするような熱気と色々な食材の匂いが混ざったこの空間は、戦闘時以外は常に戦争状態だ。
 軍艦には比較的大変な役職が3つある。
 艦の針路や運動など全てに関わるので休暇が少ない航海科。艦の心臓とも言うべき機関を常に動かし続け、沈没の際は真っ先に死の恐怖が襲い掛かる機関科。そして365日3回戦争状態に突入する主計科烹炊班だ。
 そんな大変な役職のひとつである烹炊班が活動する烹炊所ではすでに今晩の夕食の用意がされていた。大きな肉を豪快に切り、野菜を切り、パンを用意したりと忙しく兵達が動き回る中、ヨークタウンは彼の傍にいた。
「悪いな。手伝ってもらっちゃって」
「いいの。気にしないで」
 そう言って包丁で肉を切るヨークタウンが微笑む先にいるのはこの空母『ヨークタウン』烹炊班副班長を務めるフェイト・J・フォックス主計少尉だ。優しげな笑みにはこの部屋のすさまじい暑さに玉のような汗を掻いている。
 包丁を器用に動かして肉を切るヨークタウンに、フェイトは感心したような顔をする。
「へぇ、すっかり包丁さばきがうまくなったな」
「えへへ、フェイトが丁寧に教えてくれたからだよ」
「そっか、そう言ってもらうと嬉しいよ」
「えへへ、それに今晩はミートローフでしょ?」
「おうよ。ちゃぁんとお前の分も作ってやるからな。楽しみにしとけ」
「うん。私フェイトが作るミートローフが一番好き」
「そう言ってもらえるとこっちも作りがいがあるよ。それじゃ張り切ってがんばらないとな。ヨークもちゃんと手伝ってくれよ」
「うん!」
 ヨークタウンは嬉しそうにうなずくと、上機嫌に鼻歌を歌いながら肉をきれいに切る。そんな彼女の横でフェイトも部下達に指示を出しながら肉を切る。
 ヨークタウンはそんなかっこいい彼をそっと盗み見て、嬉しそうに顔を綻ばせる。
 今日の夕食はミートローフ。それは決戦前のアメリカ艦隊の将兵達を歓喜させた。
 そして今日もまた、烹炊班で働くフェイトは忙しそうに動き回り、そんな彼を手伝うヨークタウンは嬉しそうに微笑んでいた。

 世界最長の戦艦であるアイオワ級戦艦1番艦である戦艦『アイオワ』の艦橋では桃色の髪をポニーテールで纏めた少女――アイオワが作戦書を読んでいた。司令部の皆はCICにいる中、彼女はこの外が見える艦橋が気に入っていた。
「アイオワ。コーヒーでも飲むか?」
「うん。ありがとうクルス」
 アイオワは笑みを浮かべて士官服を着た青年からコーヒーを受け取る。彼の名はクルス・F・ブレード航海中尉。戦艦『アイオワ』の航海士をしている青年だ。アイオワとは竣工すぐからの間柄で、この戦争はいつも共に行動して来た親友同士でもある。
 クルスは彼女が読んでいる作戦書を覗き込む。
「今回はずいぶんと厄介だな。サイパン島上陸部隊の援護と敵艦隊迎撃っていう2つの事をしなくちゃいけないんだからな」
「そうね。確かに厄介よ」
「それに今度の戦いは、きっと空母達ばっかりが活躍するだろうな。まったく、やっとの思いで戦艦に乗れたってのに、これじゃ張り合いがないよ」
「後悔してるの?」
 イタズラっぽく訊くアイオワに、クルスは「まさか」と苦笑いする。
「俺は夢だった戦艦の乗組員になった。それにお前とも出会えた。これ以上の幸せはないってぇの」
「そうか。そう言ってもらえると私も嬉しい」
 アイオワが小さく微笑むと、クルスは照れ隠しの笑みを浮かべる。
「まぁ、これからも色々と大変だろうけど、一緒にがんばろうな」
「えぇ」
 クルスから出された手を、アイオワはそっと掴む。
 今や時代遅れとなった戦艦は、何も日本だけでない。アメリカもまた、時代遅れとなっていた。それでも、戦艦に憧れる者は数多い。それが、この時代だった。
 再び作戦書を読み始めるアイオワに、クルスは静かに微笑んだ。

 海を埋め尽くす星条旗を掲げた大艦隊。それがアメリカ海軍第5艦隊だ。
 総戦力は正式空母『エンタープライズ』『エセックス』『ヨークタウン』『ホーネット』『レキシントン』他2隻、軽空母『プリンストン』他7隻、戦艦『アイオワ』他6隻、重巡洋艦『インディアナポリス』他7隻、軽巡洋艦8隻、防空巡洋艦(通常主砲の代わりに対空砲を積んだ軽巡洋艦)4隻、駆逐艦67隻の大艦隊は迫り来る日本艦隊を万全の防御態勢で待ち構えていた。

 互いに接近する両軍艦隊。その戦力は今までとは比べ物にならない大規模なもので、マリアナ沖にすさまじい嵐が吹き荒れようとしていた。
 時に一九四四年六月十六日、マリアナ沖海戦の全ての駒が揃った瞬間だった。







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