第十一章 第一節 負けられない戦いへの道
一九四四年五月、日本軍は決戦作戦である《あ号作戦》の用意を開始した。これは米軍主力部隊であるPOA(太平洋地域軍)とSWPA(南太平洋地域軍)が合流し、フィリピンに上陸するであろうという希望的観測を基礎に立てられた作戦であり、日本海軍はこれを迎え撃って殲滅しようと全主力部隊をフィリピン付近のタウイタウイに集結させていた。
五月二七日、米軍はニューギニアのビアク島に上陸を開始した。
ビアク島は日本軍の飛行場があり、米軍はこれを占拠して使用しようとしていたが、同島を守る一万人を超える守備隊が奮戦し、米軍の侵攻を遅らせていた。
米軍の侵攻に対し、日本軍は防衛作戦として《渾作戦》を発動した。これはビアク島に増援部隊を送り逆上陸。同島を死守するというものだった。
第一次渾作戦として六月二日、ビアク島守備隊支援及び兵力増強の為に陸軍兵員を載せた輸送艦隊を派遣。その護衛に戦艦『扶桑』以下重巡洋艦三隻、軽巡洋艦一隻、駆逐艦八隻。輸送部隊として輸送艦一隻、駆潜艇二隻、敷設艦二隻が派遣された。
艦隊はビアク島に向かったが、翌日に敵機動部隊発見の報に作戦を中止。ソロンに転進した。
第二次渾作戦は敵の動向から一挙に全軍を輸送するのは不可能と判断し、駆逐艦による高速小規模輸送に転換。八日にソロンから駆逐艦六隻が再出撃した。だが、途中空襲で一隻沈没。さらにその夜米豪連合巡洋艦隊(重巡洋艦一隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦十四隻)に遭遇してレーダー射撃を一方的に受けた。輸送部隊は高速な巡洋艦隊からなんとか離脱。しかし至近弾などを受けて被害が大きく、再出撃は不可能となって作戦は失敗した。
第三次渾作戦は二度の失敗から日本海軍も本気を見せた。参加艦艇は戦艦『大和』『武蔵』以下重巡洋艦三隻、軽巡洋艦二隻、駆逐艦六隻、輸送艦一隻、駆潜艇二隻、敷設艦二隻、掃海艇一隻、油槽船一隻の大艦隊を編成した。
タウイタウイに錨を下ろしていた戦艦『大和』『武蔵』は作戦参加の為に抜錨。一路集合地点であるソロンを目指した。
蒼い海を護衛の駆逐艦数隻に守られながら二隻の超弩級戦艦が翔ける。大艦巨砲主義の頂点に君臨し、日本海軍の象徴である戦艦『大和』『武蔵』。全長二六三メートルの巨艦が作り出す白波は横にいる駆逐艦を大きく揺らす。その巨艦に載る世界最大最強の四六cm砲。ついにこの主砲が敵に向かって砲弾を撃ち出す時が来たのだ。
海を翔ける『大和』の艦橋には机の上に航海図を置いて鉛筆を走らせる翔輝がいる。その横ではそんな彼を嬉しそうに見詰めている大和。その笑みはいつになく幸せそうだ。
どうして大和がこんなに幸せそうかというと、今は翔輝を独り占めできるからだ。伊勢や榛名達はタウイタウイにいるし、武蔵は距離が離れているので瞬間移動が使えないので『大和』へは来られない。
文字通り、独り占めなのだ。こんな邪魔者のいない事はほとんどない・・・いや、部外者が一名いるにはいるが・・・
「大和。口の端からよだれが垂れてるぞ」
「垂れてませんよッ!」
顔を真っ赤にして怒る先にはイタズラっぽい笑みを浮かべた森下がいる。人望厚い戦艦『大和』艦長だ。
「ははは、これから作戦があるというのに楽しそうだな君達は」
そう言ったのは今年の二月に戦艦『大和』『武蔵』『長門』が所属する第一戦隊司令官に就任した宇垣纏中将。彼は『大和』と『武蔵』を交代して旗艦にしている。今は『大和』が旗艦なので、マストには彼の中将旗が翻っている。
宇垣は艦魂が見えないながらも紙とペンを使って会話する武蔵と仲がいい。作戦会議には彼女の意見を提出したりするなど、艦魂の意見を上層部に送れる数少ない人物だ。
元連合艦隊参謀長を務めていた宇垣にとっては第一戦隊司令官というのは司令部から前線に左遷されたと言っても過言ではないが、元々大艦巨砲主義者にして大和型戦艦建造推進者である彼は適任であった上、大和や武蔵といった艦魂とも見えないながらも良好な関係を持っていた彼はこれを喜んで引き受けた。
司令官席に座る宇垣の言葉に森下は「す、すみません・・・」と腰を低くする。そんな彼を大和は「いい気味です」と小さく笑う。
「なぁ、お前俺の事嫌いなのか?」
「そんな事ありませんよ。好きでも嫌いでもない至って普通の人です」
「ある意味それが一番傷つくよ」
苦笑する森下の脇を大和が楽しそうにうりうりと笑顔で肘を入れる。なんとも仲のいい二人だ。そんな二人を見て仕事をしていた翔輝は笑みを浮かべる。
「仲いいね。艦長と大和は」
「そ、そんな事ないですよ! 艦長は艦長です! 私がお慕い申し上げているのは大尉ただ一人ですッ!」
「何の話?」
翔輝は首を傾げ、大和は顔を真っ赤にし、森下は笑いながら宇垣に事の成り行きを説明し、説明を聞いた宇垣も微笑ましく見詰めている。
楽しげな『大和』の艦橋。これが新たな『大和』の司令部の面々だ。翔輝は良くなったなぁと思う。もちろん高柳少将や松田少将など歴代の艦長達も良かったが、艦魂が見える森下とは話が合うし、開戦時からミッドウェーまでずっと共にいた宇垣が司令官になってくれたのも嬉しい。翔輝としては歴代最高が揃っている。
「あ、しまった」
翔輝はよそ見していて間違った場所に線を入れてしまった。
「はい。消しゴムです」
「あ、ありがとう」
突如現れた一七五センチという長身に膝まで掛かるような超ロングヘア少女は笑顔で消しゴムを渡してくれた。翔輝はその自分の身長を超える少女にびっくりしながらも礼を言って受け取る。
少女は消しゴムで線を消す翔輝をじっと見詰め、小首を傾げた。
「貴官は、長谷川翔輝航海大尉ですか?」
「え? あ、そうだけど」
「そうですか。とてもお優しい方だと伺っています」
「あ、ありがとう・・・」
翔輝は少女の笑顔に照れてしまう。よく見ると、自分より身長は高いが年齢は下に見える。だが幼顔の中にもしっかりとした大人の女性への兆しが見えている。服装が水兵服だと見ると、どうやら駆逐艦の子らしい。きっと護衛している駆逐艦の一隻なのだろう。
「おや? 誰だいその子?」
森下がそんな二人に気づいて声を掛けてきた。すると、横にいた大和も振り返って驚く。
「あ、島風。どうしたの?」
大和は長身の少女――島風に笑みを向ける。
少女の名は島風。日本海軍最新鋭駆逐艦『島風』の艦魂。『島風』は日本海軍の保有する最大級にして最速の駆逐艦。雷装も充実した、まさに日本海軍最強の駆逐艦である。
「武蔵司令からの命令で来ました」
「武蔵から?」
「はい。長谷川大尉を連行して来い、と」
「第一戦隊旗艦からの命令。即刻その命令は破棄しなさい」
「は、はぁ」
わがままな大和。戸惑う島風。呆れる翔輝。宇垣に説明して共に苦笑いする森下。
「え? じゃあ、私は戻っていいんですか?」
「いいよ。それともう武蔵の命令は聞かなくていいから」
「そ、それはちょっと・・・」
きっと無理だろう。相手は彼女にとっては超が付くほどの上官。逆らえば軍法会議ものだ。
「まぁ、僕からも無茶言うなって言っておくから。安心して」
翔輝が笑顔で言うと、島風は笑みを浮かべて「ありがとうございます」と礼を言う。
それにしても、高い身長だ。自分や長門よりも高い。金剛や蒼龍と同じくらいの長身だ。
翔輝がじっと見詰めていると、島風は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「身長が高いと思ってますか?」
「え? あ、いや・・・」
「いいんですよ。まわりにも言われてますから」
「え、いや・・・」
島風はくすくすと笑う。なんとも優しげな少女だ。幼さを残していてもどこか大人びている。かわいい子だ。ちょっと自分よりも身長は高いが。
一方、翔輝と島風のやり取りを見ていた大和は不満そうな顔をする。そりゃあそうだろう。せっかく二人っきりだったのに島風がやって来て翔輝を取られてしまったのだから。だから・・・
「ねぇ、島風って付き合ってる人がいるんだよね?」
以前雪風から聞いた情報。それは彼が自艦に乗る士官の少年と付き合っているという情報だ。
大和の言葉に、島風は顔を真っ赤にする。
「ち、違います! だ、誰があんなチビを・・・ッ!」
「確か身長差二〇センチのカップルだっけ?」
「カップルじゃありません! わ、私と九重はそんな関係じゃ・・・ッ!」
「へぇ、九重さんって言うんだ」
「・・・ッ!」
大和の言葉に島風はもう顔を真っ赤に染めている。一七五センチもの長身なのに、すっかり小さくなっている。翔輝はそんな彼女の表情から恥ずかしさと嬉しさを感じ取った。きっとその人の事が本当に好きなのだろう。
「へぇ、幸せにね」
「違いますよぉッ! あぁもう九重のバカぁッ! チビぃッ!」
島風は顔を真っ赤にしたままそう叫ぶと艦橋を出て行ってしまった。不思議そうに首を傾げる翔輝に対し大和はちょっとからかい過ぎたと反省する。
「おいお前ら、これから初めての実戦になるかもしれないってのに、何浮かれてるんだ」
森下の言葉に二人は「すみません」と謝る。
そう、これから『大和』と『武蔵』は初めての実戦になるかもしれないのだ。輸送部隊の護衛というのは少し不満があるが、それでも今までずっと待機していたのに比べればずいぶんマシだ。
大和は嬉しさと怖さという全く違った感情に挟まれて複雑そうな顔をする。《戦艦大和》としては嬉しいけど、《大和》としては怖いのだ。
そんな大和の心内を感じたのか、翔輝は彼女の肩をそっと叩いた。
「まぁ、がんばろうよ。僕じゃ力不足だけど、協力するから」
「そ、そんなもったいないお言葉・・・ッ! ありがとうございます!」
「いや、お前一人いてもいなくても『大和』は動くけどなあああぁぁぁッ!?」
「艦長? あまり大尉を侮辱しないでくださいね」
「してないだろッ!? っていうか俺は艦長だぞ! 一介の航海士との待遇が違い過ぎのわあああぁぁぁッ!?」
「かーんーちょーおー?」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
「おい大和ぉッ! 艦長の背骨が変な方向に曲がってるぞぉッ!? やめろってばぁッ!」
宇垣はそんな三人(彼には大和は見えないが)を見詰め小さく笑みを浮かべると、前を向き直って深く軍帽を被る。そしてそっと、腰に挿した亡き山本元帥の短刀を掴む。その時何を彼が思っていたのか、それは彼にしかわからない。
超弩級戦艦『大和』と『武蔵』は、白波を立てながら自らの作戦を成功させる為にソロンを目指して進んだ。
艦隊は十二日にソロン沖に集結した。だが、肝心のその作戦は中止された。
米軍がついに日本の絶対国防圏の重要拠点――マリアナ諸島に来襲して来たからだ。
米二軍は合流する事なくSWPAがビアク島に、POAがマリアナ諸島を奇襲攻撃。マリアナ沖には敵の機動部隊が展開を開始した。十三日にマリアナ諸島重要拠点であるサイパン島に空襲を敢行。続いて戦艦部隊が艦砲射撃を開始。十五日には上陸を開始した。
サイパンが陥落したら絶対国防圏が崩壊する。そうなれば日本の戦争継続は不可能になる。日本海軍は持てる力を全て投入する事にした。
豊田連合艦隊司令長官はこの危機的状況に決戦作戦――あ号作戦の発動を決定した。
機動部隊旗艦・空母『大鳳』の会議室で旗艦である大鳳を中心に作戦会議が開かれていた。
「連合艦隊司令部から出撃命令が下った! 我が機動部隊は明日夕方には出撃し、マリアナに向かう!」
翔鶴は机上の地図に描かれたマリアナ諸島を指差して力強く言った。そんな機動部隊艦魂参謀長の翔鶴を瑞鶴達が補佐する。
「敵はおそらく大機動部隊を進出させているわね」
「正式空母と護衛空母が無数にいる大機動部隊ね」
瑞鶴と瑞鳳の表情は余裕のないものだった。こちらの空母は数も足りなければ大型空母の数はもっと用意できない。艦載機の数は半分ほどしか使えない。圧倒的にこちらが不利なのだ。
「角田中将が指揮してる第一航空艦隊は連日の戦闘でほとんど壊滅してるから、基地航空隊の支援はあまり期待できないね」
瑞鳳の言葉に隼鷹が浮かない顔をする。彼女にとって角田中将は南太平洋海戦で翔鶴の仇を討つ機会をくれた恩人なのだ。その彼の部隊が壊滅したという報告は、彼女を苦しめるのだった。
「姉さん、大丈夫よ。角田中将の為にもがんばりましょう」
「うん」
隼鷹は小さく笑みを浮かべる。そんな二人の同戦隊に所属する龍鳳がじっと見詰める。自分は彼女達より役に立たないかもしれない。速度は速いが、搭載機数は彼女達の半分もない軽空母。今まで出番がなかったのは、その少ない搭載機数のせいだろう。だが、それでも妹の瑞鳳は常に前線に立ち続けた。立派な軍人だ。
「ねぇ、姉さん」
その声に振り返ると、そこには妹の龍鳳が立っていた。小さな笑みを浮かべる、かわいい妹だ。
「何?」
「いやぁ、初めて一緒の作戦だからさ――がんばろうね」
瑞鳳は恥ずかしそうにしながらも満面の笑みを浮かべる。そんな彼女に、龍鳳も自然と笑みが浮かぶ。
「えぇ、がんばりましょう」
瑞鳳と龍鳳は笑みを浮かべ合って、初めての共同作戦に場違いかもしれないが喜びを感じていた。
そんな二人を見詰める下士官服を着た少女が二人。どちらも長い髪を流した瑞鶴達よりも年上の少女達だ。
「千歳、千代田。何か意見はあるか?」
翔鶴はその二人の少女に尋ねる。
「い、いえ。特に何もありません」
そう言ったのは白いリボンを付けたかわいらしい少女。
「別にないわよ」
そう言って少し釣りあがった瞳で翔鶴を見詰める少女。
二人は千歳姉妹。千歳型航空母艦一番艦『千歳』と二番艦『千代田』の艦魂だ。優しそうなのが千歳で、少し怖そうなのが千代田だ。
千歳型空母は祥鳳型空母と同じで軍艦を改造した安定した性能を持つ軽空母である。元々両艦は水上機母艦だったが、空母に改造された。どちらも『翔鶴』や『龍鳳』より艦齢は上だが、空母に改造が終わったのは去年である。外見は軽空母なので艦橋が甲板にない祥鳳型空母に類似している特徴がある。
そんな千歳姉妹は生まれた時期が近いので双子のように似ている。ただし、性格は正反対で姉・千歳は穏やかで優しく、弱気な性格。妹・千代田は姉と違って強気で姉想いな性格。外見の特徴は二人とも同じ長髪だが、千歳はリボンをつけているのですぐにわかるし、千代田も釣り目なのですぐにわかる。
そんな二人も龍鳳と同じく輸送任務や訓練に従事していので表舞台にはあまり出てこなかったのだ。
空母『龍鳳』はこれが初陣。『千歳』と『千代田』はミッドウェー海戦以来の出撃である。
「今作戦では小沢長官提案のアウトレンジ戦法を使う」
翔鶴の声に千歳が申し訳なさそうに手を上げる。
「すみません。アウトレンジ戦法って一体どんな戦法なんですか?」
まだ機動部隊では新入りの千歳の質問に歴戦の空母瑞鳳が答える。
「アウトレンジ戦法とは敵射程範囲外から一方的な攻撃を行う事。私達日本海軍の飛行機は米軍機に比べて航続距離が長い。だから敵の艦載機が来る距離よりも遠くから攻撃隊を出す事で敵よりも先に攻撃でき、こちらは攻撃されないと言う画期的な戦法なのよ」
「へぇ、それはすごいですね」
千歳は柔らかな笑みを浮かべる。戦争とはまったく無縁な感じの千歳は緊迫した空気までも柔らかくする優しい存在感を放つ。だが、そんな千歳の頭を千代田が小突く。
「すごいですねじゃないよ。わかってるの? この戦法は少ない艦載機で敵に大打撃を与える危険な戦法なのよ。距離が遠ければただでさえ弱い搭乗員の集中力が下がる。そのまま敵の猛烈な防空網に突っ込めば戦果よりも被害の方が多くなるの」
「え? じゃあ、被害は大きいの?」
「犠牲はかなり出るのを覚悟した方がいいわよ」
「えええええぇぇぇぇぇッ! それは困るよぉッ!」
千歳はおろおろと動揺する。基本的に平和主義な彼女にとってこれはあまりにも過酷な現実なのだ。そんな千歳に龍鳳は、
「犠牲が多いなら、それ以上の打撃を敵に与えるまで。それこそ、敵全空母撃沈を目指す。私達空母にできるのはそれぐらいのものよ」
龍鳳はしっかりと意見を放つ。義妹瑞鳳よりもしっかりした少女だ。そんな姉の姿を見て嬉しそうに瑞鳳は微笑む。
「あー、瑞鳳。悪いんだが和む雰囲気を放たないでくれないか?」
翔鶴が申し訳なさそうに言うと、瑞鳳は慌てて姿勢を正す。
「今作戦には新型艦上爆撃機彗星と新型艦上攻撃機天山が作戦に導入されている。両機種の艦載機としての実戦はこれが初だ。この二種類の新鋭機投入は戦果増大を期待できる」
翔鶴の言う彗星と天山とは九九式艦上爆撃機と九七式艦上攻撃機の後継機である。基地航空隊としては配備されていたが空母艦載機としてはこれが初めての実戦となる。
瑞鶴は書類を見詰める。そこにはサイパン島守備隊の兵員の配置などが書かれていた。その中の名簿表に守備隊に守られている中部太平洋方面艦隊の名簿があった。その中に懐かしい名前、中部太平洋方面艦隊司令長官南雲忠一中将の名があった。
「ミッドウェー海戦では失敗したけれど、私達空母を輝かせてくれた司令長官です。何としても、彼は守りたい」
「南雲か・・・機動部隊司令長官を小沢に任せた後どこに行ったかと思っていれば、こんな所にいたのか・・・確かに、奴には生きていてもらいたいな」
翔鶴と瑞鶴にとっては真珠湾攻撃を成功に導いた大事な司令官である。そんな彼を守りたいという意思も、この作戦に気合を入れる理由の一つだ。
「出撃は明日一六〇〇! 各員、準備に入れッ!」
翔鶴の号令一下、空母艦魂達は解散した。そんな中、部屋を出て行こうとする大鳳を隼鷹が止める。
「ねぇ、大鳳。ひとつ訊きたい事があるんだけど」
隼鷹の言葉に大鳳は振り返ってじっと彼女を見詰める。それは「・・・何?」と訊いているのだ。隼鷹は一度大きくうなずいて彼女を見詰める。
「お兄ちゃんの事、どう思ってるの?」
「・・・翔輝さんの事?」
「うん」
大鳳は真剣な瞳で見詰める隼鷹を見詰め、小さく口を動かす。
「・・・とても、大切な人」
「それって、好きって事?」
「・・・わからない。そういう感情が、どういうものか」
大鳳はまだ生まれて三ヶ月である。まだ自分の中に渦巻く感情が一体何なのか、わかるような年ではない。
うつむく大鳳に、隼鷹は握りこぶしを握って彼女を見詰める。その頬は赤く、瞳には真剣な光が煌いていた。
「わ、私はお兄ちゃんが好きぃッ! 大好きだもんッ! だから、誰にもお兄ちゃんは渡さないッ! 大和や武蔵、もちろん大鳳にもぉッ!」
そう宣言すると、隼鷹は身を翻して走り去った。
残された大鳳はぼーっと窓の外を見詰める。窓の向こうは厚い雲に覆われている。昨日までは晴れていたのに、まるで迫り来る敵を隠すかのように不気味に漂う。
大鳳が見詰める方角は、あ号作戦発動の為に第三艦隊に合流する予定の第二艦隊が艦隊編成を行っているであろう海。
――そして、翔輝がいる海だ。
「・・・翔輝さん」
大鳳はじっとその方向を見詰める。その顔は無表情で何を考えているかわからない。だが、その瞳にはわずかに不安の色があった。
大鳳は灰色の雲に覆われた海をずっと見詰めていた・・・
一方、艦隊の編成を行っている第二艦隊でも第二艦隊旗艦・重巡洋艦『愛宕』で会議が開かれていた。
「今回我々第二艦隊は第一機動艦隊に属し、前衛部隊として第三艦隊に対する敵の攻撃を吸収する事が任務です。私はあくまで第二艦隊旗艦なので、全体的な作戦の指揮は第一機動艦隊兼第三艦隊旗艦を務める大鳳長官に一任します」
第二艦隊旗艦の愛宕の言葉を皆は静かに聞いている。事前に今回の作戦が航空機主力の作戦だと聞いていたので、機動部隊が主役を務める事は先刻承知であった。だが、
「我々戦艦が空母ごときの囮になるというのか・・・ッ!」
一人、戦艦こそ海戦の主力であるという前時代的な考え方を捨て切れない金剛がすぐさま激怒の声を上げる。いきなり立場上部下であっても実質的には上官に位置する金剛に怒鳴られ、愛宕はビクリと震える。
「仕方ありません。今回は第三艦隊と第一航空艦隊が主力ですので、戦艦や巡洋艦で編成された我々は敵の攻撃を吸収する事になります。護衛及び攻撃には第三航空戦隊が我が艦隊に協力してくれます」
「結局は空母ではないかッ! 貴様は自らの主砲で敵を殲滅したいという海軍軍人の志はないのかッ!?」
「そ、そんな事言われましても・・・」
「ちょっと金剛。そんな無茶な事言わないでよ。愛宕が困ってるじゃない」
そう言って助け舟を出したのは長門。この中で唯一金剛の暴走を止める事ができる重要人物だ。
「今度の敵はマリアナ諸島近海に展開している敵機動部隊なのよ? 空母には空母で挑む戦む。この戦争の常識でしょ?」
「構うものか! 艦砲射撃で撃滅するのみ!」
「無理言わないで。敵空母に近づく前に撃沈されるわよ」
「戦艦は航空機の攻撃ごときでは沈みはせんッ!」
金剛の理解不能な戦艦無敵発言に長門は頭を抱える。
もう航空機戦争に入って三年以上過ぎていると言うのに、彼女はいまだに戦艦無敵神話を信じ続けているらしい。とんでもない堅物だ。
「・・・今回の作戦では空母が主力となる。だからこそ護衛部隊である私達には高速艦隊が重視される。その為、苦渋の決断だが今作戦には戦艦『扶桑』『山城』『伊勢』『日向』は不参加となる」
この四艦は日本戦艦の中でかなり低速なので高速艦隊には向かないのだ。準低速な『長門』『大和』『武蔵』はその攻撃力が重要視されたので参加している。『金剛』と『榛名』は言うまでもなく高速戦艦なので参加している。ただし、『長門』だけは機動部隊の方に配置される事になっている。
だが、武蔵の説明に外された四人は納得いかない。これから始まるのは日本海軍が総力を掛けて行う決戦である。そんな戦いに参加できないのは彼女達には不満でしかない。
「私や山城が抜けるのは仕方ない事よね」
扶桑と山城は自分達がお荷物だと理解しているので作戦に参加できない事を仕方ないと思っている。だが、
「なぜ、航空戦艦となった『伊勢』と『日向』は参加できないのだ?」
山城が長門や武蔵を睨み付ける。その瞳は真剣に妹達に航空戦艦としての初陣を飾ってやりたいという姉の気持ちが溢れていた。そんな扶桑と山城の想いに伊勢と日向は嬉しくなった。だが長門は・・・
「今の日本は飛行機が足りないの。少ない飛行機をわざわざ『伊勢』と『日向』に分割する余裕はないのよ。今回は正式空母、軽空母、商戦改造空母を合わせて九隻が参加してるから、その全部に飛行機分散して十分足りる量しかないの。言い方は悪いけど、戦艦としての能力は四隻とも低いでしょ? はっきり言って、足手まとい」
「長門さんッ!」
「大和。何も言うな。それは私達が一番理解している」
怒る大和を山城が押さえる。その瞳は何も言うなと訴えていた。そんな山城の瞳に大和は黙ってしまう。
「うちらは大丈夫やでぇ。それよりも、大和はん達はうちらの分までがんばってきてぇな」
明るく微笑む伊勢に大和はもう何も言わなかった。
「こら大和ぉ。そんな悲しそうな顔しないでよぉ。大丈夫よ。これから先私達が出撃する機会は必ず来る。だから、ね? 笑って私達の分までがんばってよ」
天真爛漫な笑みを浮かべる日向に大和にも自然と笑みが浮かんだ。そんなほがらかな空気に金剛がイラ立つ。
「笑っている場合か! 敵はもう日本本土手前まで来てるのだぞ! このままでは本土決戦という最悪の事態になる! この戦いで敵を殲滅できねば、本土にいる一億人の国民を戦闘に巻き込む事になる! それだけは絶対に避けねばならんのだッ!」
金剛の必死な叫びに一同は沈黙する。そんな中、常に無表情の武蔵の顔が苦しそうにゆがんだ。
「・・・金剛。本土決戦といかなくても、日本が火の海になるかならないかは、この戦いに掛かっている」
「何ッ!? どういう事だッ!?」
金剛のみならず全員が武蔵を驚愕の視線で見ている。それに対し、武蔵はある書類の束を取り出した。その資料には――米陸軍が開発した新型四発長距離戦略重爆撃機の情報が記されていた。
「・・・米陸軍新型四発長距離戦略重爆撃機B‐29。《超空の要塞》と称されるこの新鋭機は現在中国成都に配置されて日本陸軍を苦しめている。その爆撃機の性能は爆弾搭載量九トン、高々度一万mを戦闘機並みの高速で飛行可能。そして、その最大航続距離は・・・約五〇〇〇キロ」
「ご、五〇〇〇キロだとッ!?」
金剛が悲鳴を上げる。長門も苦しそうに顔をゆがめる。ただ一人その言葉の意味がわからない大和は不思議そうに首を傾げる。そんな大和に、武蔵は苦しそうに言う。
「・・・もしも本作戦が失敗してサイパンが陥落すれば、米軍はサイパンに飛行場を建造する。そして新鋭機B‐29を配置すれば・・・その広大な攻撃範囲は、日本本土ほぼ全域を占める」
「そ、それって・・・ッ!」
ようやく理解し、大和の顔から血の気が失せる。それはここにいる全員が同じだ。そんな彼女達に、武蔵は泣きそうな声で結論を言う。
「・・・つまり、この作戦が失敗すれば、日本機の限界を超える高々度から飛来する爆撃機に有効な迎撃手段もできず、日本本土は火の海になる」
武蔵の言葉に、一同は愕然としてその場に崩れ落ちた。
もし、この作戦に失敗すれば愛すべき祖国、守るべき祖国を、火の海にしてしまう。
もはや、絶対に失敗が許されない状況に陥っていた。
誰もが沈黙する中、長門は必死な表情で皆に訴える。
「今度の作戦・・・絶対に失敗はできない。日本海軍の総力を結集して行わなければならない。それこそ――死んでも成功させなくてはならない」
長門の言葉に、全員がうなずく。
連合艦隊旗艦大淀不在の今、連合艦隊旗艦代理を務める連合艦隊艦魂参謀長の武蔵は、真剣な眼差しで全員に今作戦の意気込みを放つ。
「・・・今作戦・・・大鳳達機動部隊は、その命に代えても守り抜け」
武蔵の言葉に、ついに金剛も決意を決めて立ち上がった。もはや誇りはプライドは足手まといでしかない。地面に這いつくばってでも、勝たなければならない戦いなのだ。
「今回、私は意地もプライドも捨てる。この命にかえても、必ずや機動部隊を守り抜く。祖国を守る為に・・・ッ!」
真剣な表情で言う金剛に、榛名もうなずいて立ち上がる。
「あの姉貴が空母死守にその身をかけるって言うなら、俺はもう何も言わない。ただ、大鳳達を守るだけだ」
金剛と榛名。日本海軍戦艦古参の二人の決意に、全員が覚悟を決めた。
長門は皆の決意にうなずくと、愛宕を見詰める。愛宕は小さくうなずく。
「全力を注ぎましょう。必ず、機動部隊を守り抜いてみせましょう」
愛宕の言葉に全員がうなずく。
「・・・おそらく、この戦いには各艦それぞれのマストにZ旗が翻る。その旗の意味と、今作戦の重大性を胸に刻み、作戦に当たってほしい」
連合艦隊艦魂参謀長である武蔵の言葉に全員は立ち上がって敬礼する。そんな中、金剛はテーブルに置いていた軍帽を被り直して不敵に笑う。
「――だが、敵戦艦部隊と出会ったら、私は艦隊決戦をするぞ?」
「金剛・・・本当、あなたって人は・・・」
長門も金剛の諦めの悪さには苦笑する。そんな長門に金剛は唇を吊り上げて笑う。
「明日の午前中に出撃します。各員準備用意」
愛宕の解散命令に、全員は散った。
たった一人残された武蔵は、窓の外の厚い雲に覆われた空を見て唇を噛んだ。
負けられない戦いが、始まろうとしていた。
翔輝と合流した大和の表情は暗いものだった。それは翔輝も同じ事。何だかんだ言っても戦争が始まって三年、今まで二人とも実戦経験はないのだ。
「この作戦に失敗したら、日本本土が――」
「火の海になります」
「そんな事になったら、海軍の駐屯基地がある呉が狙われる。そしたら瑠璃や呉のみんな――翔香の墓までもが危ない」
翔輝の顔は真っ青だった。大切な者を失うという危険性が、現実を帯びた事によって翔輝は戦争に改めて恐怖する。
そんな真っ青な顔をした彼を、大和は今まで見た事がなかった。彼女が知っているのは、いつも優しく微笑み、だけど本当は心が弱い、そんな人。
「大尉、大丈夫ですか?」
「う、うん」
そう答えるが、翔輝は明らかに動揺していた。あのいつも余裕でそれなりに冷静な彼とは思えないほどの慌てぶりだ。当たり前だ。自分の故郷が火の海になるかもしれないと聞いて落ち着いてられる訳がない。
翔輝は一度立ち止まると、大和の肩を持った。急な行動に大和も驚く。そんな彼女に、翔輝は優しい笑みで言う。
「僕達にってこれが初めての実戦だけど、いきなり負けられない戦いになっちゃったね。でも、全力を出そう――お前なら必ずかのん達を守れる。僕は、信じてるよ」
「大尉・・・」
翔輝の言葉に、大和は嬉しそうにうなずいた。
彼がいればできる。そんな根拠のない力が体の奥から溢れ出してくる。
辛い戦いになっても、彼がいれば乗り越えられる。そう思えた。
翔輝と大和は覚悟を決めた。この戦いは、絶対に勝利しようと。
敗北を許されない戦いが、始まろうとしていた。 |