第一章 第八節 空の戦姫達の新たなる戦場
「で、『大和』でパーティを開く事になったんだけど」
「・・・少尉、さっきの話忘れたんですか?」
ここは翔輝の部屋。
今は今晩の機動部隊出撃祝いの話だ。
「それはそれ、これはこれだよ」
翔輝はさっきの出来事を一旦置いておいて大和を説得する。
そんな翔輝を見て呆れる大和。だが、ふっと静かに笑う。
「でも、その方が少尉らしいですよね」
大和は空間から紅茶の入った二つのティーカップを出現させる。
「どうぞ」
「ありがとう」
艦魂が空間から出すものは全て幻みたいなもの。だからステーキを出されても味はするが満腹にはならない。しかし紅茶で腹を膨らませる訳ではないので、今回はその効果は意味を成さない。
翔輝はカップを受け取り、湯気が立つ紅茶を、そっと口に含む。
「うん、おいしいや」
「本当ですか? 良かった」
安心した大和も紅茶を飲む。
「それで、どこでやろうか?」
「そうですね。第三会議室はどうでしょう」
「あぁ、あそこか。確かに普通使わない部屋だしな」
第三会議室とは臨時会議室みたいなものだ。基本的に使用されるのが艦橋に近い第一、第二会議室。この二つで事が足りる上、第三会議室は艦内後部に位置するので普段は使用されていない。
「では、そこで決定ですね」
大和は紅茶をくいっと飲む。
翔輝も紅茶を飲むと、悲しげな笑顔を向ける。
「・・・機動部隊の艦魂達とも、しばらくのお別れだね」
翔輝が寂しそうに言う。
「そうですね。でも、またいつか会えますよ」
大和が笑顔で言う。その笑顔に、翔輝もつられて笑う。
「そうだな。また、会えるよな」
「はい、いつか私達主力部隊と機動部隊が合同で大規模な作戦を実行する時がくるといいですね」
「あぁ、そうだね」
翔輝は笑いながら窓を見る。
もう日は傾き、青空は夕空になっていた。
出撃祝いまであと数時間。これからが忙しくなる。
夜中の十二時を回った頃、艦内は静まり返っていた。
しかし、第三会議室では普通の人間には聞こえない声が飛び交っていた。
「日本連合艦隊機動部隊の出撃を祝って、乾杯ッ!」
『乾杯ッ!』
艦魂達がぐいっとラムネを飲む。先日の二日酔いが明日起きては困るという長門の計らいだった。
「がんばってね」
「はい! 機動部隊旗艦赤城。殊死奮戦の覚悟で戦って参ります!」
長門の激励を受け、赤城はすごく嬉しそうに敬礼した。
「姉さん。御国の為にがんばろうね!」
「あぁ、天皇陛下の為にも」
翔鶴と瑞鶴がラムネを天に向けて叫ぶ。
「「日本機動部隊の力、今こそ発揮する時!」」
『おおおぉぉぉッ!』
二人の声に、艦魂達も咆哮する。
「今度こそ、仇を討ってやる!」
真珠湾攻撃に失った搭乗員達の仇を討とうと意気込む加賀は本日三本目のラムネを飲む。
二人して掛け声を上げた翔鶴と瑞鶴はラムネを飲んで喉を濡らす。
「姉さん。明日はいよいよ出撃ですね」
「あぁ」
表情豊かな瑞鶴と違い、翔鶴は無表情でラムネを飲んでいる。そんな二人の横で、大和と翔輝もラムネを飲んでいた。
「ふわぁ・・・」
翔輝は目の縁に涙を溜めながらあくびした。
「眠いんですか?」
二本目のラムネを空にした大和が心配そうに顔を覗き込んでくる。そんな大和に翔輝は優しく微笑む。
「あぁ、もう夜中だしね」
「本当にすみません。明日は早いというのに」
「気にすんなって」
翔輝は笑顔で言う。そんな翔輝を見て、一応笑う大和。その時、
「しかし、機動部隊は戦争の最前線に出れていいな」
近くにいた柱島駐留艦隊の陽炎型駆逐艦の艦魂がぼやく。
「そうそう、私達主力艦隊はまだ何もできてないもんね」
「いいなー」
陽炎型駆逐艦は比較的最近生まれた次世代型駆逐艦なので、まだ実戦では戦った事がないのだ。最近誕生したので、全員大和と同じくらいの女の子ばかりだった。
「そう言うなよ。いつか僕らにも大事な役目ができるはずさ」
翔輝がそう言うと、駆逐艦の艦魂達は互いに見合い、そして笑った。
「そうですね」
「少尉の言うとおりです」
「まだ戦争は始まったばっかだもんな」
「そうそう」
そう言って嬉しそうに笑う。ちなみに、今は様々な方面に散っているので少ないが、陽炎型駆逐艦は十九隻存在する。つまり陽炎十九姉妹という事だ。その内機動部隊護衛駆逐艦隊にも回され、『霞』と『霰』以外の駆逐艦は全て陽炎型駆逐艦が空母を護衛している。
「少尉は本当に優しいですね」
大和が静かに言う。
「そうかな? そんな事はないと思うけど」
真正面から言われると、さすがの翔輝も照れてしまうのか、頬を赤くして笑う。
翔輝が照れていると、
「少尉!」
陸奥が手を振りながら寄って来た。そんな彼女を見て翔輝は笑顔を向ける。
「おぉ、陸奥。どうした?」
「一緒に飲もうと思って、向こうに行きませんか?」
陸奥は楽しそうに言う。しかし、翔輝は少し困った顔をして隣の大和を一瞥する。大和はこちは見ずに三本目のラムネを飲み始める。
「悪い、僕はここにいるよ」
その答えが意外だったのだろう。陸奥は目を大きく見開いて驚く。
「そ、そんな。な、何でですか?」
「いや、ちょっとね。今日は大和といるよ」
「え?」と大和が驚く。
翔輝が「ごめんね」と付け加えると、陸奥は「わかりました・・・」とちょっと悲しそうに退散して行った。
残された二人は再びラムネを飲む。
「・・・いいんですよ。無理しなくても」
大和が静かに言う。そんな大和に翔輝は首を横に振る。
「いや、いいんだ。少し疲れてるし」
ラムネを飲みながら返す。
「少尉」
「ん?」
大和は真剣な瞳を翔輝に向ける。その真剣な眼差しに、翔輝もただ事ではないと真剣になり、翔輝は大和の次の言葉を待つ。
そして、大和の口が開く。
「私の弱点って、何でしょうか?」
「・・・はい?」
どれだけ真剣な話かと思えば、かなり突拍子もない事を訊いてきた。
「うーん、それって君の事? それとも『大和』の事?」
「両方です」
あまりにも意味不明な質問だが、大和は真剣に訊いてきている。その真剣な眼差しに対して翔輝も手を組んで真剣に考える。
「うーん、そうだな。『大和』の弱点といえば、それは航空機だけど。それは戦艦共通の弱点だしね」
翔輝は真剣に考える。これでも戦艦には詳しい方である。そういう事は結構熟知している。
「うーん、強いて言うなら。副砲だな」
「副砲ですか?」
大和は意外な返事にビックリする。自分にとって副砲も大事な主力火器だから、まさかそれが弱点だったなんて想像もできなかったらしい。
「どうして副砲なんですか?」
大和の当然の問いに、翔輝は一度うなずく。
「うん。『大和』の副砲は元々最上型軽巡洋艦を重巡洋艦に改装した時に余った余剰品だろ? 元々軽巡用に造った砲塔だから断片防御程度の装甲しか施されていないから、『大和』の強力な防御力の中では著しく脆いんだ。特に第一、第四副砲の真下には『大和』の重要設備もあるし、主砲に近いだけあって砲弾薬庫や火薬庫もある。もしも戦闘で一発でも副砲に砲弾を撃ち込まれて装甲を貫通されたら、爆発、誘爆、そして大爆発。それはかなりヤバイ事になると思うよ」
「なるほど」
大和は翔輝の適切な説明に理解してうなずいた。自分の弱点を知り、どうやらまた一つ彼女は成長したらしい。
「で、私の方の弱点は何でしょうか?」
大和的にはこちらの方が気になった。なにせ自分の事なのだ。それを理解して受け止める事で自分はまた一つ成長できる。そう思っているのだろう。
爛々と輝く瞳が翔輝を捉えて離さない。そんな大和の眼差しに対し、翔輝は即答した。
「無駄にプライドが高くて、自分の意見をなかなか曲げようとしない所」
「うぐッ」
翔輝の発言は大和にクリーンヒットした。
心の中で悶絶する大和。まさに自分の恐れていた一番言われたくない所をストライクでぶち入れられたのだ。
「あ、あのー、大和?」
いきなり倒れた大和を心配する。しかし、
「やっぱり、そこですか。ははは・・・」
大和は泣きそうになるのをなんとか押さえて空笑いする。もうそれしか自分を保てないのか、大和は少し笑うが、再びうつむいてしまう。
そんな大和を見て、翔輝が苦笑いする。
「・・・なんか、急所をぶち抜いちゃった?」
翔輝がどうしようか考えを模索し始めた、その時、
「はーい、皆さん。祝いの席も盛り上がってきたので、ここはパアッと気合入れて、軍艦行進曲でも歌っちゃう!?」
『おおおぉぉぉッ!』
長門の掛け声に、艦魂達の咆哮も臨界点を突破する。
長門は嬉しそうに喜び、大和に頼んで空間から必要な演奏道具を出現させ、近くにいた駆逐艦達の中から演奏員に抜擢した。
長門自身も指揮棒を持って指揮を始め、それに合わせて演奏が始まり、艦魂達も歌い出す。
『守るも攻むるも黒鉄の
浮かべる城ぞ頼みなる
浮かべるその城日の本の
皇国の四方を守るべし
真鉄のその艦日の本に
仇なす国を攻めよかし
石炭の煙は大洋の
竜かとばかり靡くなり
弾撃つ響きは雷の
声かとばかりどよむなり
万里の波濤を乗り越えて
皇国の光輝かせ』
海軍では定番の演奏がされ、艦魂達嬉しそうに歌い上げた。大和もノリノリで歌っていた。だが、翔輝は小さめな声で歌っていた。艦魂達の声は普通の人間に聞こえなくても、人間である自分の声は聞こえるのだ。夜中に誰もいない部屋で一人で軍艦行進曲を歌っている所を目撃されてみろ。次の日には病院送りにされてしまう。本当は歌いたいのだが、ここは我慢して明日、ではなくて今日の昼に歌う事にする。
軍艦行進曲を流した事で場は大いに盛り上がった。
「少尉。そろそろお休みになられてはどうですか?」
大和が心配そうに見詰める。気になって懐中時計を見ると、もう一時も回っていた。
「うーん、そうだね。仕方ない。今日はもう寝るよ」
翔輝は立ち上がり、ドアへと向かう。
「あっれー? 長谷川君帰っちゃうのー?」
長門が横から訊いてくる。その顔には不満の表情が浮かんでいる。そんな長門に翔輝は申し訳なさそうに頭を下げる。
「はい、明日はこちらの方でも機動部隊出撃式をしなければならないので」
こちらとは人間の方である。そう言うと、長門も納得してくれたようだ。
「そっかー、うん。じゃあもう寝るんだ。お休みー」
長門が笑顔で手を振ってくれる。
「はい、お休みなさい」
『長谷川少尉、お休みなさい』
部屋にいた艦魂達全員が翔輝を見送る。これだけの大人数に言われるとさすがに照れる。
「あ、はい。お休みなさい」
翔輝は笑顔で部屋を後にする。
真っ直ぐ自室に戻り、まずどこかの誰かさんの為の布団を敷き、その後即行でベッドイン。即寝る。
さすがの翔輝も眠いのを我慢していたのだ。
翔輝は解放されたベッドの中で、ぐっすりと寝てしまった。
一方、艦魂達はまだバカ騒ぎを続けていた。
「大和、一人で寂しいの?」
ぼんやりとしている大和に瑞鶴が声をかける。
「そ、そんな事ないよ」
顔を真っ赤にして全力反論する大和。
「眠れないのなら、私が寝かせてやろうか?」
翔鶴がそう言い、指をボキボキと鳴らす。それを見て青ざめる大和。
「いえッ! 結構です! というか安眠じゃなくて永眠してしまいます!」
先日の翔鶴の一撃を受けた大和は彼女の異常なまでの戦闘能力を身をもって知っている。彼女の腕なら自分の命など簡単に危険に晒されてしまう。
「そうか、それは残念だ」
翔鶴は本当に残念そうな顔をする。それを見て大和はぞっとする。
そんな三人がのん気にラムネを飲む。
それからしばらくしても艦魂達の勢いは高まるばかり、一向に終わろうとはしない。このまま皆徹夜で宴会を開こうとしたその時、
「・・・帰る」
山城が突然立ち上がり、光に包まれて消えてしまった。
最高潮まで達していたテンションは、山城の退散により海より深く落ちてしまった。
ハッと我に返った艦魂達は慌てて現実に戻る。
「そういえば、今何時?」
「げっ、もう二時近いよ!」
「うわッ! 明日起きられなくなっちゃうよ!」
駆逐艦の艦魂達が騒ぎ始める。さすがの長門も、懐中時計で時間を確認すると困ったような笑みを浮かべる。
「うーん・・・もうヤバイわね。みんなッ! 今日はこれでお開き! 早く自艦に戻って休んで! 明日は早いわよ!」
長門の掛け声のすぐ後、艦魂達は次々に光に包まれ、消えていった。
「じゃあ大和。お休み」
「はい。お休みなさい」
最後に長門が大和に挨拶をして消えた。
一人残された大和は全て物を空間に戻して会議室を後にした。
大和はそのまま翔輝の部屋に入った。
翔輝はベッドで爆睡していた。その横には大和用の布団が敷いてあった。最近は寝る所は翔輝の部屋と決めていた為、翔輝が毎晩布団をしいてくれるのだ。今日も疲れているのに自分の為にやってくれて、大和は嬉しくなる。
「少尉、ありがとうございます」
大和は軍帽と上着を脱いで布団に潜り込む。
こうして、連合艦隊は眠りについた。
翌日の昼。柱島軍港には大勢海軍軍人が集まっていた。
軽快な軍歌が演奏され、海軍幹部達が第一航空艦隊司令長官を務める南雲忠一中将に敬礼する。南雲司令長官もそれに応え敬礼する。その横には同参謀長草鹿龍之介少将。その後方には機動部隊の主役を担う四隻の正式空母の艦長達がいる。
南雲は幹部達に敬礼すると、草鹿と『赤城』艦長青木泰二郎大佐と共に、機動部隊旗艦・正式空母『赤城』に乗り込んだ。その後、各艦長も自艦に戻る。出撃が近いのだ。
機動部隊を見送る兵の中に翔輝はいた。その隣には翔輝直属の部下の水上がいる。
そこからかなり離れた場所で、柱島駐留艦隊艦魂達が機動部隊艦魂達を見送っている。
「赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、がんばってきなさい。比叡、霧島、利根、筑摩、阿武隈、谷風、浦風、浜風、磯風、陽炎、不知火、秋雲、霞、霰、空母達をよろしく」
普段とは全く違う真剣な表情で言う長門。そんな長門に激励され、機動部隊艦魂達は嬉しそうに敬礼する。
瑞鶴はそっと大和に近づくと、優しく微笑んだ。
「大和。しばらくのお別れだね。元気でね」
「瑞鶴こそ」
大和も笑みを浮かべる。親友二人があいさつし、硬く握手した。その時、空母部隊が汽笛を鳴らした。出港の合図だ。
「司令。行って参ります」
赤城が敬礼する。それに対し長門が答礼し、他の艦魂達も敬礼する。
機動部隊艦魂達が光りに包まれ、徐々に消えていき、最後には誰もいなくなった。
ボオオオォォォ・・・
汽笛を鳴らしながら、機動部隊は出港した。
大和達主力艦隊もいつかこうやって出撃できる事を夢見た。
次第に小さくなっていく機動部隊を、艦魂達はずっと見詰めていた。
そして最後、微かに汽笛が聞こえた後、機動部隊は見えなくなった。
蒼い海は今日も平和な波の音色を流し続けていた・・・
もうすぐ年も明け、戦争は本格的になるだろう。
艦魂達はいつ来るかわからない出撃の時を夢見て、今日も柱島で楽しい日々を過ごす事になった。 |