第十章 第十六節 滝川の笑顔 金剛の想い
四月十日、戦艦『大和』の改造が終了。二番、三番副砲を撤去し、新たに高角砲六基十二門を装備。他二五mm対空機銃を増強。『武蔵』は高角砲の数が集まらずに二五mm対空機銃を代わりに装備したが、両艦の防空能力は他の戦艦を凌駕するまでになった。
翌十一日、『大和』と『武蔵』は伊予灘にいた。
『甲板員総員艦内退去! 繰り返す! 甲板員総員艦内退去!』
スピーカーからけたたましく警告とジリリリリリッ! という警報が甲板に鳴り響く。甲板にいた兵達は大急ぎで艦内に入る。一体何が始まるかと言うと・・・
「全砲左砲戦! 全砲九時方向砲旋回!」
森下が命令し、『大和』の一基で駆逐艦一隻分に相当する巨大な主砲砲塔がゆっくりと旋回する。その数三基。他に二基の副砲がそれに続く。
後ろを翔けている『武蔵』の主砲副砲も同方向を睨み付けている。まるであの海の向こうに憎き敵艦隊がいるかのように。
主砲副砲は旋回を終えると今度は各砲身が目標地点に向かって仰角を取る。全砲身が水平線を睨むと、不気味な沈黙が流れる。そして・・・
「撃ち方始めッ! 撃てぇッ!」
森下の号令一下、目をつむっても入って来る激光が迸り、鼓膜を粉砕しそうな大爆音と内臓がグチャグチャになりそうな衝撃が『大和』全体に響いた。
空気を突き抜けて滑空する九つの一・五t砲弾とそれに続く六つ副砲弾。一瞬にしてそれははるかかなたに飛翔していった。
世界最大最強の主砲の威力は桁が違った。
すさまじい黒煙が艦を包む。その黒い視界の向こうでは『武蔵』が砲撃を開始していた。
艦橋の者全員が双眼鏡で砲弾の飛んで行った方向を見詰める。そして、数十秒後・・・
ドドドドドオオオオオォォォォォンッ!
遠くの海面で十五個の巨大な水柱が上がった。そのうち九個は天高く海面を爆発させた。その爆発は双眼鏡なしでも視認でき、その後には兵達の咆哮が響いた。艦橋の空気もヒートアップする。
「さすが『大和』! 世界最強の戦艦の砲撃は桁が違います!」
参謀の一人が嬉しそうに大声を出す。その参謀だけでなく全員が嬉しそうに握手したり抱き合ったりした。そんな中、翔輝も目を輝かせていた。
「僕・・・初めて『大和』の砲撃を見たよ」
「あれ? そうでしたっけ?」
隣にいる大和は驚いたような顔をする。
「そうだよ。前に主砲を撃ったのは完成前の公試運転の時だろ? その時はまだ僕大和には配属されてなかったもん」
「そういえばそうですね・・・で、どうでした?」
大和のイタズラっぽい笑みに翔輝は満面の笑顔で答える。
「最高だよ! やっぱり『大和』に配属されて良かった!」
「大尉にそう言われると私も嬉しいです」
航空機の有用性を理解はしているが基本的には大艦巨砲主義者である翔輝は世界最大最強戦艦の砲撃で本当に嬉しそうな笑みを浮かべる。
「どうやら、問題なさそうですね」
副長が森下に言うと、森下はうむとうなずく。
「あぁ、電探のおかげで命中率も上がってるしな」
「これから定期的に対空機銃を増強していきます。これで我が艦の防空能力は日本最強です」
「これにアメリカのVT信管とやらが加われば、もはや難攻不落の要塞になるのだがな」
「近接信管は我が日本では造れません。何せ空気入りの真空管が出回る国ですからね」
「・・・それは真空管と言わんのじゃないか?」
森下のツッコミに艦橋は爆笑の渦に包まれた。翔輝と大和も楽しそうに笑っていた。
戦艦部隊は整備を終えていつでも出撃可能な状態にあったが、トラックに続いてパラオまで落ちている今、低速な戦艦部隊が急行できる拠点はどこにもなかった。
四月の半ば、その日翔輝は甲板で大和と雪風と話していたが、そこへ突然の訪問者が現れ、翔輝はもちろん大和や雪風まで驚いた。
「おうッ! 久しぶりだな長谷川!」
「た、滝川ッ!?」
「「滝川中尉!?」」
「おいおい、俺はもう中尉じゃねぇぜ」
そう言ってイタズラっぽい笑みを浮かべて青年は襟の階級章を輝かせた。
驚く三人の前に現れたのは、日本海軍軍楽隊隊員トランペット奏者にして日本海軍一の変人――滝川健太軍楽大尉その人だった。
その夜の艦魂会議は急遽滝川来艦パーティーになった。みんな久しぶりに戻って来た滝川に質問の連射を浴びせる。
「滝川さん。今まで何をしていたんですか?」
「あぁ、主にラバウルに送られてたなぁ」
「ら、ラバウルって・・・最前線じゃないですか!?」
「そうだよ。俺も敵機に何回も空襲された」
「だ、大丈夫だったんですか!?」
「おうよ。仲間が数人蜂の巣になったが、俺はピンピンしてるぜ」
なっはははと笑う滝川は以前にも増して豪快になっていた。同時に以前よりもまたかっこいい青年に成長していた。ニッと歯を見せて笑うその笑みに、駆逐艦達からは歓喜の声が上がる。
「休暇はいつも何をされてるんですか?」
純情そうな駆逐艦の子がそう興味津々といった感じで質問すると、滝川は何をバカな事とい痛げな顔をする。
「何ってお前・・・女遊びに決まってるだろ?」
「お、女遊び!?」
艦魂達がその返答に顔を真っ赤にすると、滝川はニヤニヤと笑う。
「遊郭なんか最高だぜ? 美人が多くてな。どれを食べようかと――」
「貴様の口は開けばエロ発言しかせんのかッ!」
「のわッ!?」
笑っていた滝川の前にあった酒瓶が砕け、次の瞬間には《海軍精神注入刀》と金字で書かれた立派な竹刀がその存在を畏怖させていた。
「き、金髪ヤローッ! お前何しやがんだッ!」
滝川は今確実に自分を一刀両断しようとした金色の髪を流した女性――金剛に怒鳴る。金剛はそんな滝川の言葉に鋭い眼光をさらに鋭くさせる。
「やかましいッ! 久しぶりに会ったと思ったらますます変態になってるではないか!」
「変態とは失礼な。青春を満喫しているだけだ」
「その満喫方法がおかしいと言うのだ!」
金剛はバンバンと激しく竹刀を床に叩き付ける。
またいつもの壊れかけの金剛になりつつある金剛。そんな彼女をじーっと見詰める滝川。
「な、何だ?」
金剛がその視線に不思議そうに訊くと、滝川は真剣な顔で、
「いやぁ、お前また一段と美人になったなぁって思ってさ」
「なッ!?」
滝川の驚きの爆弾発言に金剛は顔を真っ赤してフリーズする。十数秒の沈黙の後、金剛の竹刀が音速を超えて滝川に飛来。滝川は避ける事もできずに顔面でそれを受けた。
「ごがあああああぁぁぁぁぁッ!」
滝川は身体をありえないくらい反らして悶絶する。そんな滝川に金剛は攻撃の手を全く緩めない。それどころかさらに追撃を加える。
「貴様と言う奴はッ! 死ねッ! 貴様なんか死んでしまえッ!」
「ちょっと待てぇッ! 死ぬッ! 本当に死ぬっつってんだろうがッ!」
「だから死ねと言うにッ!」
絶叫する滝川に金剛は学校教育なら問題どころか事件に発展するような攻撃を続ける。そんな金剛を見詰め、小さなツインテールをピョコピョコと揺らして日向が不思議そうな顔をする。
「ねぇ扶桑お姉ちゃん。何で金剛はあんなに怒ってるの? 美人って言われたのにぃ」
「それはね日向。金剛は照れてるのよ」
「照れてるの?」
「そう。あれは素直じゃない彼女の愛情の裏返しなの。つまり金剛は滝川さんの事が好きなのよ。そりゃあもう好きで好きで夜も眠れないくらいね。だから睡眠不足でイライラしているから怒りやすいの」
「へぇ、そうなんだぁ」
「扶桑ッ! 貴様何を日向に吹き込んでいるのだ!?」
金剛の怒りが今度は扶桑に向くが、扶桑は罪のない優しげな満面の笑みでこう返した。
「結婚式には呼んでね♪」
「貴様あああああぁぁぁぁぁッ!」
金剛の竹刀が炸裂するが、扶桑は見事な動きで全部回避する。どうやらこの日本海軍の艦魂社会ではあまり目立たないがお姉さんキャラは最強らしい。
「扶桑ッ! お前ふざけんなッ! 誰が好き好んでこんな悪の権化みたいな魔神と結婚なんかするかッ! 俺は金髪と結婚するくらいならお前とする。ちなみに夜は寝かせない」
「あらぁ」
「き、貴様あああああぁぁぁぁぁッ!」
扶桑は顔をぽっと赤らめ、金剛は再び竹刀で滝川を痛めつける。だが、そんな滝川が虐殺されているのを見詰め、扶桑は申し訳なさそうに、
「ごめんなさい。私には心に決めた――伊勢ちゃんがいるからぁ」
その言葉で顔を真っ青にして震えながら逃げようとした伊勢を扶桑は見事に捕獲。あのいやらしい手つきで伊勢の体中を触りまくる。伊勢は顔を真っ赤にしながらよだれを垂らして痙攣する。そんな扶桑を見て長門は、
「やっぱり、扶桑は百合なのね」
「大尉。百合って何ですか? 花の名前ですよね?」
「大和。その先は深追いしないほうがいい。きっと十八禁に繋がるから」
不思議そうに訊く大和を翔輝が制止する。これはこんな純粋無垢な女の子に教えてはいけない事なのだ。ついでにこういう知識には疎いのか、百科事典で《百合》を調べようとしていた武蔵を慌てて止める。
そんな外野は置いといて、滝川を散々竹刀で殴り付けた金剛は肩で息をするのに対し、滝川はもう回復していた。
「何だ金髪。お前体力落ちてないか?」
「そ、そんな事・・・ッ!」
「やっぱりメガネがないからだぜ。メガネしろよ。黒ぶちメガネ限定だけど」
「だ、誰がするかッ!」
「えー、だってお前のメガネ姿めちゃくちゃかわいいのに」
「き、貴様! それは言わない約束――」
「えええぇぇぇッ!? 金剛ってメガネをかけた事があるの!?」
時すでに遅し。金剛メガネ装着疑惑は一瞬で艦魂達に広まった。金剛は顔を真っ青にすると、続いてすぐに真っ赤に染める。一方の滝川はあははと笑い、
「バレちゃった♪」
「バレちゃったじゃないだろうがッ!」
金剛は顔を熟れたトマト以上に真っ赤にすると、突然竹刀の鍔から先の部分を抜き取った。その中には光り輝く真剣が・・・
「ちょっと待てえええええぇぇぇぇぇッ! それはやばいってばッ! と言うか何だよその竹刀ッ!? 完全に仕込み刀じゃねぇかッ!」
「これが《海軍精神注入刀》の真の姿だ!」
「もはや注入じゃねぇだろ!《海軍違反者惨激刀》って名前に変えろよッ!」
「やかましいッ! 何も言わずに死ねッ!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
本気の本気で逃げ回る滝川を本気の本気で金剛が竹刀(真剣)を振り回して追いかける。そんな姿を見て長門は微笑む。
「青春よねぇ」
お忘れかもしれないが、長門は金剛より年下である。落ち着いてるので大人らしく見えるハヤテ○ごとく!登場の十七歳の某メイド現象である。
「っていうか、あの竹刀は仕込み刀だったんだ」。
「驚きですね」
「まあな、姉貴は基本的にいつも竹刀として使ってるからな。そう見れねぇと思うぜ」
翔輝と大和は驚くが、さすがは金剛の腹心。彼女の竹刀の真の姿は知っていたらしい。という事は以前にも抜いた事があるのだろうか?
「前にあの刀を抜いた事はあるのか?」
「あん? 確か十一・二八事件の時だったけか?」
「え? 何それ」
翔輝と大和は同じような顔をして首を傾げる。
「あぁ、そっか。テメェらは知らねぇのか。戦前に起きた大規模な艦魂内乱の事さ」
「な、内乱ッ!?」
いきなり飛び出した物騒な単語に二人は驚く。そんな二人の反応に榛名は「うそみたいだけど、本当に起きたんだぜ? 内乱が」と念を押す。
「ど、どうして?」
翔輝が問うと、榛名はめんどくさそうに頭を掻く。あまり人に説明するというのが得意ではないのだ。
「内乱自体は明治の頃から十年に一回くらい小規模で起きてるんだよ。言論じゃ言う事を聞かない堅物がいたからな。でもこの四〇年代に入ってからは今までとは桁が違う流血を伴う大規模な内乱が二度起きたんだよ」
「に、二度も?」
「あぁ。一九四〇年十月十六日に十・十六事件。翌年の十一月二八日に十一・二八事件。どっちも百数十単位の大規模な暴動でな。俺達保守派の艦魂と反乱派とが入り乱れて激闘したんだ。多くの艦の甲板で激しい銃撃戦や砲撃戦が起きてな。艦魂は死なねぇとはいえ負傷者が桁外れに出たんだよ」
榛名の話に戦中生まれの大和と戦中に軍艦勤務となった翔輝は驚きを隠せない。こんな女の子達が敵味方に分かれて戦争をしたなんて。
「言っとくけど、保守派の筆頭はもちろん姉貴だ」
「え? じゃあ反乱を起こした首謀者は?」
「うん。それあたしだよ」
そう軽く言ったのは突然現れた長門だった。その顔にはいつものように優しげな笑みがある。
「な、長門さんが反乱を起こしたんですかッ!?」
「失礼ね。あれは反乱じゃなくて聖戦よ」
「俺達が勝ったんだからあれは反乱だ」
いつもの笑みを浮かべる長門に対し、榛名は不機嫌そうに彼女を睨みつける。え? って事はこの二人は元敵同士って事?
「な、何で反乱なんて起こしたんですか?」
大和が少し怯えながら訊く。そりゃあそうだろう。彼女が実は武力行使に訴えるような過激派の艦魂だったのだから。
「反乱じゃないって言ってるでしょ? 十・十六事件は日独伊三国軍事同盟締結に反対した聖戦で、十一・二八事件は対米英開戦に反対した聖戦よ」
「まるで人間と同じような道筋ですね」
「まぁ、長谷川くんの言うとおりね。結局人間も艦魂も思想ってのがあって、それは時にぶつかる事もあるのよ」
そう言う長門はどこか遠くを見ているような気がした。
日本の為を思って反旗を翻した長門と、同じく日本の為を思って反乱派と武力衝突した金剛。こんな小さな社会である艦魂社会でも、人間と同じように衝突する事があるのだ。翔輝は複雑な心境になる。自分が生まれる前にそんな事があったなんてと、大和はうつむく。
「まぁ、私達が思ったとおり日本は戦争を始めてこんなになっちゃったけどねぇ」
長門はトゲのある言い方で榛名を見る。榛名はそんな彼女の言葉に「知るか」と不機嫌そうに視線を反らす。長門は笑みを浮かべる。
「でさ、本当に金剛はメガネをかけた事があったの? 私は金剛と付き合いは長いけど、見た事ないわよ?」
いきなり話題を戻した長門。ちょっと強引だが、この気まずい状況を打開するにはちょうど良かった。
「そうそう。俺だって見た事ねぇ」
榛名もその話にのって答える。そんな長門と榛名の発言に滝川は逃げながら回答する。
「そうなのか。あいつあの時しかかけた事がなかったんだ」
「あの時って?」
「俺とこいつが始めて会った時なんだけど、最後の別れの時にこいつ顔を真っ赤にしながら黒ぶちメガネをかけてくれたんだぜ」
「マジかよ!?」
「滝川! 貴様あああああぁぁぁぁぁッ!」
金剛の速度がさらに過激に、鋭利になる。だが同時に滝川の避け方も高速、華麗になる。
「いやぁ、あん時の金髪はマジでかわいかったぜ」
「や、やめろッ! それ以上何も言うなッ!」
もはや金剛の威厳は内閣支持率のごとく急降下。みんな金剛に対する見方を変えた。恐怖の鬼暴君からやっぱり女の子なんだと。
「そういえば、今度会った時はネコミミ+メガネ(黒ぶち)+スクール水着+セーラ服(上だけ)にルーズソックスを希望してたんだが、まだ着てもらってないな」
「誰がそんな物を着るかあああああぁぁぁぁぁッ!」
金剛はもはや神の領域を超えた動きで滝川を追撃するが、滝川も人間離れした動きでそれを回避する。もはや頂上決戦(?)である。
そんな金剛を見て龍鳳が、
「金剛長官、大丈夫でしょうか?」
「いや、もうダメだろ」
「ダメね」
「ダメだね」
「・・・あの、この部屋から出てってください」
「はい・・・」
翔鶴と瑞鶴の横でうなずいた翔輝は龍鳳の強烈かつ悲惨な言葉に泣きそうになりながら部屋を出て行こうとする。そんな翔輝を慌てて大和が止め、武蔵が龍鳳に機関銃を向け、翔鶴は慌ててそれを制し、隼鷹が龍鳳の背後から擲弾筒を構え、瑞鶴と飛鷹が慌ててそれを止め、大鳳が翔輝の袖を握り、雪風がうらやましそうに見詰め、長門が笑い・・・と、翔輝達らしいいつもの時間が流れた。
翌日、滝川以下軍楽隊隊員の演奏が行われた。滝川達軍楽隊の演奏によって『大和』乗組員の士気は上がった。
その日の午後、滝川は雪風に頼んで彼女の姉妹を集めてもらった。
十九人いた陽炎姉妹も、壮絶な戦争の中で次々に命を落とし、今ではもう九人になってしまっていた。陽炎姉妹次女にして今現在一番上の姉である不知火に滝川は花束を渡した。驚く一同に滝川は寂しい笑顔を向け、
「今月の十一日に、秋雲が死んだって聞いたからさ」
秋雲は南太平洋海戦で敵空母『ホーネット』沈め、その後海を駆け回った駆逐艦の艦魂で、滝川にとってずいぶん親しかった人物だ。その『秋雲』は今月の十一日にインドネシア近海で敵潜魚雷を受けて沈没した。
「ありがとうございます。きっと、秋雲も喜ぶでしょう」
不知火の言葉に滝川はおだやかな笑みを浮かべる。常の彼とは人違いと思わせるほどの違いだ。
彼女達に見送られて滝川は艦内に戻った。すると、
「ふん。貴様も人並みの事ができるんだな」
壁にもたれ掛かって腕を組んでいた金剛が苦笑したような顔でそう言った。それに対し滝川も苦笑する。
「何だよ。盗み見なんていい趣味じゃねぇぞ」
「ふん。見られたくないならもっと場所に気をつけるべきだな」
「はいはい」
滝川は気にせず歩き出す。すると金剛もそれに続く。
「何だ? 何でついて来んだ?」
「うぬぼれるな。進行方向が同一方向なだけだ」
「そもそも何で『金剛』でおとなしくしてねぇんだよ」
「それはいつもの事だ。今さら言う事じゃない」
「・・・言いたい事があんならさっさと言いな」
滝川の真剣な言葉に一瞬金剛は驚くが、すぐに表情を変えて苦笑する。
「ふん。貴様には丸わかりという訳か」
「長い付き合いだろ?」
「ふん。そこまで長くはないわ」
金剛は腕を組んで威圧感たっぷりで立つ。そんな金剛に振り返る滝川の目はいつになく真剣だった。そんな彼に金剛は言葉を放つ。
「滝川。軍楽隊が解体されるらしいな」
「あぁ。そうだぜ」
金剛の言葉に滝川はさして驚きもせずに答える。だが、軍楽隊が解体されるという日露戦争以来の事件は同時に、軍楽隊の通常兵への転換を意味している。
「貴様もどこかの艦に派遣されるんだろ?」
「まあな。まずは駆逐艦で下積みするだろうがな」
「つまり、生き残ればもっと大型軍艦にも配置されるのか?」
「そういう事だ。お前に乗る可能性もある」
「ふん。それはすさまじく迷惑だな」
金剛は心底嫌そうな表情を浮かべる。だが、そんな彼女の瞳はどこか嬉しそうだ。滝川はそんな素直じゃない金剛に苦笑する。
「まあ、生き残れれば・・・の話だがな」
「どういう事だ?」
滝川の意味深な物言いに金剛は眉を吊り上げて不機嫌そうに訊く。
「お前も知ってんだろ? 陽炎姉妹はもう九人に減っちまってる。元々十九人いたのにな。そんな消耗率の激しい駆逐艦で敵機の雨の中や敵の潜水艦が潜んでいる海に行けば、撃沈される可能性は高い。死ぬ確率がな」
「滝川・・・」
「・・・もしかしたら、もう二度とお前の無愛想な顔を見る事はできないかもしれないな」
「ふん。無愛想は余計だ」
金剛は憎まれ口を叩くが、滝川からの返答はなかった。あるのは彼の元気のない表情だけだった。そんな彼の姿に、金剛は否定しながらも傷つく。
「言っておく。今のは本気発言だ」
「滝川・・・貴様・・・」
「明日にはここを出て兵学校で基礎訓練に入る。六月頃から実戦に配備されるだろう。だから、お前に言っておく事がある」
滝川は姿勢を正して、真剣な瞳で金剛を見る。そして、
「今まで、世話になったな。色々問題発言をして悪かった。だがな、これだけは言わせてくれ――生きろ。金剛」
滝川の真剣な言葉に――金剛はうつむいた。その表情は読めないが、でも苦しんでいるのはわかる。
「貴様が真剣な事言うなんて・・・似合っておらんぞ。それに――」
顔を上げた金剛の表情は、苦しそうにゆがみ、目は微かに濡れていた。
「――こんな時に限って・・・私の名を呼ぶな」
震える口から漏れた声は、常の彼女にはない弱さがあった。
「すまん」
「謝るな・・・貴様に謝罪は似合わん・・・」
沈黙する二人。
滝川の真剣な言動に金剛は頭をバットで殴られたような感覚を覚えた。彼が真剣に何かを言うなんて、想像もしていなかったからだ。でも、彼だって大日本帝国海軍の軍人だ。やる時はやる。それがどんなにふざけていてもだ。
「最後に、お前にお願いがある」
「何だ? 遺言か?」
滝川は真剣な瞳を向けて金剛に対峙する。そして・・・
「頼む。ネコミミ+メガネ(黒ぶち)+スクール水着+セーラ服(上だけ)にルーズソックスを着用してくれんか? 最後にそれだけは見たいんだが」
金剛からの返答はなかった。あるのは、光り輝く刃をギラつかせた竹刀(真剣)を構える金剛の武力行使だった。
「貴様という奴は・・・最後までそんな事を・・・ッ!」
「俺に真剣な話は似合わないって言ったのはお前だ。だからやっぱりこういう路線で進む事にした。俺もその方がいいしな」
「死ねッ! 滝川あああああぁぁぁぁぁッ!」
跳躍する金剛の表情は生き生きしていた。やっぱり自分達はこういうノリの方が合っている。そう二人は以心伝心していた。
逃げる滝川は終始笑顔だった。
二人の追撃戦と回避戦は『大和』艦内全域で繰り広げられたのであった。
翌日、滝川は去った。
陸に去って行く内火艇に、金剛は静かに敬礼した。そんな彼女を長門と扶桑は嬉しそうに見詰め、榛名は不思議そうに見詰めるのであった。
四月二一日、戦艦部隊は呉を出港。フィリピン首都マニラ、インドネシア諸島のリンガ島泊地を経由してにフィリピンの小島タウイタウイに到着。錨を下ろした。
これからの戦いを行く末を見詰める為に・・・
一九四四年五月四日、一年以上も連合艦隊旗艦を務めた戦艦『武蔵』のマストから豊田大将の大将旗が下ろされた。連合艦隊旗艦の変更であった。
次期連合艦隊旗艦は――戦艦でなく軽巡洋艦『大淀』に移された。
この頃になると日本の石油不足は深刻化し、大型艦を頻繁に動かせなくなっていた。その為司令設備の充実した小型及び中型の旗艦が必要になった。そこで白羽の矢が立ったのが司令設備の充実したこの『大淀』だった。
元々軽巡洋艦『大淀』は潜水艦隊旗艦として建造された。登載されている水上機で敵艦隊を発見すると隷下の潜水艦に指示を出して撃滅させるという構想の基に建造された軽巡洋艦だった。それは開戦前まで日本海軍が方針としてきた両軍主力艦隊による艦隊決戦の前に敵戦力をすり減らす作戦の要であった。だが時代は航空機の時代になり、潜水艦隊の出番は少なくなった。さらに偵察や追撃など、個々の潜水艦としての任務が多くなったのも原因だ。そんな中あくまで潜水艦隊旗艦として造られた『大淀』は高角砲や対空機銃も少なく、連合艦隊からは浮いた存在になっていた。空母に改造しようという意見まで出るほどであったが、そんな『大淀』に連合艦隊旗艦の任が来たのは命拾いに近かった。
こうして、連合艦隊旗艦は軽巡洋艦『大淀』に変更された。
その夜、大淀の旗艦就任パーティーが開かれた。主に巡洋艦達が舞い上がった。自分達の仲間から一国の艦隊を全指揮するリーダーが生まれたのだ。これを祝わずしていつ祝うの如くだ。
多くの下士官(巡洋艦)に囲まれてはにかむ癖のないストレートロングヘアに細メガネを掛けた知性的な少女――彼女が大淀だ。彼女が着ているのは巡洋艦ながらピカピカの士官服を着ている。一国の艦隊総司令官が下士官服では示しが付かないという理由からだ。
大淀はまじめで働き者として有名だった。自分が海軍でも浮いた存在だとは理解していたので呉艦魂司令部で下仕事に全力を挙げていたのだが、そんな自分がまさか連合艦隊旗艦になるとは夢にも思っていなかった。
彼女の特徴は潜水艦隊旗艦として生まれたので潜水艦の艦魂と仲がいい事と――連合艦隊艦魂の中でも数少ないメガネを装備した子だという事だ。滝川がいたら今頃彼女の体をなめ回していただろう(その後確実に金剛に殺されただろうが)。
そんな大淀に旗艦を譲与した前連合艦隊旗艦である武蔵は大和の時と同じように落ち込んでいるかと思ったが、意外と落ち着いていた。
「武蔵。旗艦をやめたの辛い?」
隣に座る翔輝が訊くと、ちゃっかり彼の腕にしがみ付いている武蔵は首を横に振る。
「・・・元々あまりやりたい役職じゃなかったし、それに――」
「それに?」
「・・・これからはもっと翔輝と一緒にいられる時間が増えるから、私は素直に嬉しい」
「そっか」
翔輝は物事を前向きに考える武蔵に素直に感心した。そもそもこんな小さな女の子が一国の海軍総司令官を務めていたのだ。さぞ大変だっただろうに――ってあれ? 確か大淀の方が年下だったような・・・まぁ、艦魂自体は年上そうだからいいのか・・・いいのかな?
武蔵は翔輝と一緒にラムネを飲む。そんな二人に集まるようにして大和達がまわりを囲む。いつの間にか二人のまわりは賑やかになっていた。
そんな和やかな雰囲気の中、今にも爆発しそうな活火山が一つあった。
戦艦こそ軍艦で最も有能かつ最強と信じて疑わない前時代的な考えを持ち、今の世で大艦巨砲主義を信じ続ける日本海軍戦艦最古参の艦魂――金剛であった。
「なぜ巡洋艦ごときが連合艦隊旗艦になるのだ。なぜ武蔵が旗艦をやめねばならんのだ・・・ッ!」
「あ、姉貴? 落ち着けよ。何か頭から湯気が出てるぜ?」
「そうよ。こんな時代だもの、仕方ない事じゃない」
「こんな屈辱を受けて湯気の一つや二つ立たん方がおかしいだろ!」
今にも暴動を起こしそうな金剛を榛名と長門が必死に抑える。そんな金剛から少し離れた所には伊勢に絡んでいる扶桑がいて、その二人を幸せそうな目と冷たい目で見詰める日向と山城もいる。
しばらくすると、新連合艦隊旗艦大淀があいさつを始める。
「今回連合艦隊旗艦に任命された軽巡洋艦『大淀』の艦魂です。私は今まであまり表舞台には出て来ませんでした。しかし連合艦隊旗艦という重大な責務を受けた今、私は全力でがんばります。どうかよろしくお願いします」
大淀の言葉に拍手喝采が起きる。特に巡洋艦達や駆逐艦から。
大淀のあいさつが終わると、再び宴会に戻る。が、大淀は仲間数人を率いて戦艦や空母の艦魂が陣を取っている場にやって来た。
「これから、よろしくお願いします」
大淀は頭を下げて大和達にあいさつする。金剛は不機嫌そうに睨み付けていたが、長門が優しい笑みを向ける。
「こっちこそよろしくね――あ、そうだ。どうせなら一緒にお話しましょうよ。これから仲良くしていかなきゃいけないし」
「はい――ですが・・・」
大淀は怯えながら自分を殺気を含んだ視線で睨みつける金剛を見る。その意図を察した長門は笑顔を向ける。
「大丈夫よ。金剛は昔の人間だから頭が固いのよ。気にしないで」
「は、はぁ」
一応返事はするが、大淀の全神経は金剛の方向に向いている。そんな状況で大淀は一番安心できそうな長門の隣に腰を下ろす。そのまわりには元呉艦魂司令部司令を務めた最上と大淀の親友であるポニーテールの少女が腰を下ろした。
「武蔵司令。今までお疲れ様でした」
最上の言葉に武蔵は小さくうなずく。
「・・・もうケガは、治ったのか?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
武蔵の言うケガとは昨年の暮れに起きたラバウル空襲の時のものである。修理が終わった今彼女はいつもと変わらない優しい笑みを浮かべる。
「その節は申し訳ございませんでした」
「・・・気にする事じゃない」
武蔵はそう言ってラムネを飲む。そんな彼女を嬉しそうに最上は微笑む。
「長門参謀。こちらは矢矧。私の親友です」
「矢矧です」
大淀に紹介された少女――矢矧は榛名とは違って柔らかい髪質のポニーテールを下げた優しげな女の子だった。
「矢矧です。阿賀野型軽巡洋艦三番艦『矢矧』の艦魂です」
矢矧は優しげな笑顔を大和達に向ける。そんな彼女を見て武蔵が少し何かを考え始めた。
「・・・阿賀野型軽巡洋艦と言えば、確か一番艦『阿賀野』が今年のトラック島空襲で島を包囲した敵潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈んだんじゃなかったか?」
「えぇまぁ、阿賀野姉さんはトラック島空襲で死にました」
「・・・それと二番艦『能代』は『最上』と同じラバウル空襲で損傷したらしいが、大丈夫なのか?」
「はい。今はリンガ泊地にいます」
「・・・そうか」
武蔵はそう言ってラムネを飲み始める。相変わらずすさまじい記憶力と情報力を持っているらしい。
そんな武蔵を大淀と矢矧がキラキラした目で見詰めると、武蔵は照れたのか視線を逸らして翔輝を見る。
「・・・翔輝。そのラムネちょうだい」
「え? でもこれ僕の飲みかけだけど」
「・・・いいから」
「あ、ちょっと――」
翔輝が止める暇もなく武蔵は翔輝のラムネを飲む。そんな彼女を大和が不思議そうに見ていると、武蔵は不敵な笑みを浮かべる。まるで決定的な勝利を得たかのような笑みだった。
「・・・翔輝と間接キス成功」
「なッ!?」
大和は驚愕する。なぜあそこまで武蔵が翔輝のラムネに固執したかがようやくわかった。そして、武蔵のした行為も・・・
「武蔵・・・あなた・・・ッ!」
武蔵は何も答えずにラムネを飲み干す。その表情はこの上なく幸せそうなものだった。
「・・・完全勝利」
「くやしいッ! 大尉! このラムネに口を付けてください!」
「いや、意味わかんないから! 意味わかんないから!」
翔輝の口に無理やりラムネを押し込もうとする大和を見て、大淀は隣にいた日向に尋ねる。
「あの、あれが一時期でも連合艦隊旗艦を務めた方なのですか?」
「まあね。そもそも連合艦隊旗艦になる艦魂は一くせも二くせもあるような人が多いからね。大和はもちろん長門だってそうだし、武蔵も指揮官としては有能だけど人格が危ないからね。それに比べたら大淀はずいぶんおとなしいよねぇ」
「何か、自信をなくしました」
「早いって・・・」
その後大淀は歴代連合艦隊旗艦に旗艦とはどういうものかと教わったが、まともな回答が返って来たのは武蔵だけだった。
新たに連合艦隊旗艦となった軽巡洋艦『大淀』は内地に戻り、東京湾木更津沖に停泊した。豊田連合艦隊司令長官以下新連合艦隊参謀長となったあの草鹿龍之介中将他司令部要員は『大淀』から部隊を直接指揮。これからの戦いに全力を投入するのであった。
数日後、機動部隊はより前線に向かって出撃した。
連合艦隊司令部は米軍に大反撃作戦を決行する為に艦隊を大規模に動かしていた。
石油不足の中、フィリピンと日本のシーレーンも危うい状況でこれほどの大規模移動を行うとは、次の作戦は壮大な物になるのだろう。
こうして、各地に散っていた残存日本海軍のほぼ全軍が集結し始め、次の大作戦に向けて着々と準備を整えるのであった。 |