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艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第十章 第十五節 決して癒えぬ心の傷


 大鳳の登場から数週間後、その日の翔輝は少しおかしかった。どこか上の空で話し掛けられても聞いていないような感じだった。
「大尉? 大丈夫ですか?」
 大和は心配になってそっと声を掛けるが、翔輝は答えない。
「大尉」
「え? あ、何?」
 袖を引っ張るとさすがに翔輝も気づいた。驚いたように振り返る。
「大尉。お体の具合が悪いのですか?」
「いや、そんな事ないけど、何で?」
「いえ、どうも今日はどこか上の空ですので、どうしたのだろうと思って」
「あぁ、うん。何でもない。気にしないで」
 そう小さく笑みを浮かべながら言うが、自分から離れた翔輝の目は再びどこか遠くを見ている。その表情は翔香の事を思い出した彼の辛そうな表情を思い出させる。
「大尉・・・」
 結局、大和は翔輝に何もできなかった。
 翔輝が悲しそうに瞳を揺らしていると言うのに、何もできなかったのだ。
 そんな無力な自分が、大和は本当に嫌だった。

 その夜、翔輝は忽然こつぜんと姿を消した。会議の最中に大和はみんなに訊いたが、彼の行方は不明だった。
「というか、今日の長谷川君変だったわよね」
 長門が読んでいた作戦書から目を離して言うと、まわりの皆もうなずく。
「せやなぁ。長谷川はん今日はどっか上の空っちゅー感じやったなぁ」
「どうしちゃったんだろ?」
「さぁ? 何かあったんでしょうか?」
 伊勢と日向、瑞鶴の三人は顔を見合って心配そうに話す。他の者も皆心配そうな表情だ。翔輝は崩壊しつつある日本艦魂社会において皆の心の支えとなっている。だからこそ皆本当に心配しているのだ。ただし、たった一人大事な会議をそんなどうでもいい話で逸らされた金剛は不機嫌そうに眉を吊り上げていた。
「また星空でもバカ面下げて見てんじゃねぇの?」
 どうでもいいと言いたげな榛名の意見がもっともだった。大和は「そうですね」と言って後で防空指揮所に行こうと決意した時、今までずっと沈黙していた武蔵が書類から目を離した。珍しく今日は翔輝の話に食い付かずに書類を見ていたのだが、
「・・・今日は、翔輝をそっとしておいて」
 武蔵の突然の言葉に全員が彼女を見る。その中で榛名が不思議そうに首を傾げる。
「あん? 何でだよ」
「・・・お願いだから、今日は翔輝をそっとしておいてあげて」
 武蔵にしては珍しく榛名に強気で掛からない。そんな彼女の妙な態度に榛名が不思議そうに見詰める。
「武蔵、貴様まさか長谷川の様子が変な理由を知っているのか?」
 翔鶴の問いに、武蔵はコクリとうなずく。
「・・・一応」
「ほ、本当か!?」
 全員の視線が再び武蔵に集中するが、武蔵は気にした様子もなくその視線を真っ向から受ける。その瞳には強い意志が込められていた。
「・・・今日は、翔輝は一人にしてあげた方がいい」
「何でよッ! 大尉の様子が変なら助けてあげないとッ!」
 大和が悲鳴のような声でそう叫んだ。それは皆の意見を代表したものだったが、武蔵は小さく首を横に振る。
「・・・姉さん、今の翔輝に必要なのは自分の力だけ。私達には、何もできない」
「武蔵長官は大尉を放っとけと言うんですかッ!?」
「・・・雪風。今度ばかりは、私達じゃ何もできない」
「お兄ちゃんをほっとくなんてできないよ!」
「・・・それをするの」
「長谷川はんを見捨てるなんてうちにはできへんッ!」
「そうだそうだッ!」
 伊勢と日向がそう叫んで部屋を出て行こうとするのを武蔵が一瞬で回り込んで止める。
「どいてぇなッ!」
「・・・みんなわからないの?」
「何がッ!?」
 大和が食い付く。その反応に武蔵はため息する。本当にわからないらしい。
 武蔵は無表情の仮面を崩し、一転して悲しげな表情をする。武蔵の表情の変化に他の者にも緊張が走る。
「・・・今日は、何の日?」
 武蔵の意味不明な質問に全員が頭に疑問符を浮かべる。
「何言ってるの? 今日は別に何もない四月――・・・ッ!」
 突如大和の表情が凍り付いた。大和だけじゃない。長門に山城、さらには金剛までもが表情が凍っていた。
「な、何だよ! 今日が何だってんだ!」
 榛名がわからない者達を代表して叫んだ。それに対し武蔵はうつむきながら小さな声で話す。自分の口から言うのも辛い、そんな感じで。
「・・・今日は四月一日・・・翔輝の妹――翔香の命日」
「な・・・ッ!」
 ――そう、今日は四月一日。翔香が死んで四年目の春だった。
「そ、そうか・・・だから長谷川の奴・・・」
「大尉・・・」
「長谷川はん・・・」
「お兄ちゃん・・・」
 榛名以下大和と伊勢、隼鷹他皆が表情を曇らせる。
 ――翔香。それはいまだに翔輝の心の中の大半を占めて彼の心の中で生き続ける彼の妹――
 そして、翔輝を想う者の最大の恋敵。
 彼女の存在が彼の心から消える事はない。永遠の存在。それが翔香。
「そっか・・・今日は翔香ちゃんの命日だったわね」
 長門もいつものお気楽な笑みを出さずに真剣な表情で腕を組む。
「確かに、それなら今日は彼一人にさせるのが一番ね」
「でも・・・ッ!」
 食い下がる大和に長門は力なく首を振って説得する。
「大和。私達ができるのは彼を見守るだけなのよ」
「そんなの絶対嫌です!」
「私達にできる事は何もないのよ」
「嫌ですッ! 私は絶対大尉のお力になります!」
「大和ッ!」
 長門の制止を振り切って、大和は部屋を出て行ってしまった。行き先は防空指揮所だろう。
 大和を追いかけるようにして長門以下も慌てて部屋を出て行った。
 
 その頃、翔輝はやっぱり防空指揮所にいた。
 星空の下、手の中にある何かを見詰める彼の瞳は濡れていた。そんな彼の手には翔香のペンダントが握られている――二度と会う事のできない大事な妹の形見を・・・
「翔香・・・」
 もう呼んでも帰ってこない妹の名をつぶやき、翔輝は空を見上げる。今日の星空も最高に輝いていた。雲一つなく、輝く星は何の障害物もなくその輝きを煌かせている。
「もう、四年になるんだな・・・お前が死んで」
 この四年間、彼は幾度となく挫折し、そして這い上がって来た。
 多くのものを失い、多くのものを得た。だが、彼女の匹敵するだけのものは何も得られなかった――大和達との出会いも、彼の心にぽっかりと開いた《翔香》という大きな穴を埋めるには足りないのだ。
「もう四年。僕は十分生きたと思うなぁ。もうそろそろ潮時・・・なんちゃってさ」
 小さく翔輝は笑う。と、
 クイ・・・
 袖を引っ張られる感触に驚いて振り返ると、大鳳がじっとこちらを見詰めていた。
「か、かのん・・・?」
 大鳳は無言で翔輝にハンカチを渡す。
「・・・涙、拭いてください」
「・・・ありがとう」
 翔輝はそのハンカチを受け取るとそっとそれで涙を拭う。
 大鳳はじっと翔輝を見詰めている。その瞳は「・・・どうしたんですか?」と言いたげな瞳だった。
「ちょっとね、昔の事を思い出して」
「・・・昔の事?」
「あ、そっか。かのんにはまだ言ってなかったっけ――僕の心の傷を」
 翔輝はこの際だからと大鳳に翔香の話をした。大切な妹で、たった一人しかいなかった家族だった彼女の存在を。そんな彼女の突然の死を。彼女を失ってから今日までの苦悩を。
 大鳳はそれを相槌も打たずに無言で聞いていた。
 全てを話し終えた翔輝は彼女との思い出を思い出したせいか溢れた涙を大鳳が渡したハンカチでそっと拭う。
「・・・ははは、情けないだろ」
 翔輝は力ない笑みを浮かべる。本当に自分が情けない。大和達はこんな弱い人間を信頼しているのだ。それではまるで彼女達を裏切っているみたいだ。こんな話を聞いて大鳳に嫌われても仕方がない。そう思った。だが、
「・・・(フルフル)」
 大鳳は小さく首を横に振った。
「かのん・・・」
「・・・翔輝さんの想いは、みんなと同じです。私には姉妹がいない。でも、長門さんにはいた。私が会った事のない、陸奥さんが」
「うん・・・いい奴だったよ」
 翔輝は陸奥の笑顔を思い出す。まさか彼女の事まで思い出してしまうとは、連鎖的に霧島や比叡、赤城達の笑顔も思い出す。なんか、また泣きそうになった。
「・・・それはみんな同じ。あなただけが特別じゃないです」
「そうかもしれないけど、やっぱり辛いよ」
「・・・(コクリ)」
 大鳳は小さくうなずくと、じっと翔輝を見詰める。その手はしっかりと翔輝の服の袖を掴んで放さない。
「・・・翔香さんって、どんな人でした?」
「うん? 優しい子だったよ」
 翔輝はそう言って内ポケットから一枚の写真を取り出す。それはいつもは机の上に置いてある翔香の写真だった。もう見られない彼女の輝かしい笑みが、心に痛い。
「・・・大和さんに、似てます」
「うん。性格も結構似てる。優しくて、ちょっとバカで、でもすんごくまじめで、僕なんかの為にいつも一生懸命だった」
「・・・(コクリ)」
「もう四年になる。あいつがいなくなってから。その間に日本は戦争に入り、僕が帝国海軍軍人として戦艦『大和』に乗って、君達と出会った」
「・・・嬉しかったですか? 私達に会えて」
「うん。良かったさ。君達のおかげで、僕はこうして笑えるんだからさ」
 そう言って翔輝は笑みを浮かべる。そんな彼の笑みを見詰め、大鳳は小さくうなずくと、彼の手を握った。
「・・・来てください」
「え?」
 翔輝がどこへと言い終わる前に、大鳳は光り輝いて瞬間移動した。
 防空指揮所にいた二つの影が消え、そこへ大和達が現れた。
「大尉!」
 だがもちろんそこに彼の姿はなく、大和達は顔を見合わせた。
「・・・他に翔輝が行きそうな場所を検討する」
 武蔵の指揮の下、駆逐艦の艦魂を大規模に動かし、発見次第突入という作戦を執った。
 翔輝が見付かるのは時間の問題だった。

 翔輝が大鳳に連れられて来たのは、『大鳳』の甲板だった。
「かのん? 何でここに連れて来たの?」
「・・・来てください」
 大鳳は翔輝の問いに答えずに彼の服の袖を引っ張る。翔輝はとにかく彼女に連れられて歩く。と、大鳳は突如光り輝いて背中に純白の翼を生やすと、天空へ舞い上がった。もちろん翔輝も一緒に飛ぶ。そしてそのまま天に昇る。てっきりマストの鳥の巣でも見るのかと思っていたが、その高さはもうとっくに越え、眼下には『大鳳』の強固な飛行甲板が見える。視線を変えれば『大和』や『武蔵』、『翔鶴』や『隼鷹』の姿も見える。と言っても、夜間攻撃を警戒して灯火管制が布かれているのでどの艦も明かりはない。だけど、輝く月がそれを薄っすらと照らし上げている光景は幻想的だ。
「・・・きれいですね」
「うん。すごくきれいだ」
 確かにきれいな光景だ。だが、彼女はこれを自分に見せて一体何をしようというのだろうか。翔輝が首を傾げると、
「・・・これが、あなたが守って来た仲間」
 大鳳は小さくそう言った。
「いや、そんな大げさな。僕は艦どころか対空機銃一基ですら動かせないような人間だよ? これは僕じゃなくてその艦の艦長が守ってきたんだ」
 それはそうだ。艦長の的確な回避行動や攻撃で、この軍艦達はここまで生き残ってきたのだ。自分は何もしていない。
 だが、大鳳は小さく首を振る。
「・・・艦魂は艦の魂です。もし艦魂が戦う事が嫌だと思えば、艦内の兵の士気は下がり、結果的に艦の動きは鈍くなるんです」
 それは以前金剛に聞いた事があった。艦魂はまさしく艦の魂。艦の心なのだと。艦魂がたるんでいれば、それは艦全体のたるみとなり、生き残る事はできない、と。理屈はよくわからないが、納得はできた。
「・・・そして、ここにいるみんなは、翔輝さんに支えられ、励まされ、生きてきた。だから、この軍艦達は翔輝さんが守って来たも同然です」
「そんなバカな」と言い返す事は簡単だった。でも、翔輝はそれを言わなかった。
 自分が守って来たという軍艦達を見詰め、翔輝が小さく笑顔を浮かべた。
 こんなちっぽけな自分でも、こんな目に見える結果が残せていた。そう思うと、嬉しくなる。
「そっか・・・」
 うなずく翔輝に大鳳は続ける。
「・・・翔香さんも同じ。失ってしまったけれど、その結果はずっと残っている。あなたがいたから、翔香さんという物語は存在します。そして、あなたが彼女の事を忘れず、ずっと心に留めておけば、翔香さんの物語は終わらない。ずっと、続くんです・・・あなたが生きている限り」
 大鳳の言葉に、翔輝は涙を流した。
 そんな事を言われたのは初めてだった。
 自分の存在が、今の彼女を残している。そんな考えは今までなかった。
「そっか・・・」
 翔輝はそれだけ返すと、天に輝く月を見上げる。
 月明かりに照らされる艦隊も、心に残る翔香の存在も、自分が知らず知らずに守って来たものだったのだ。
 心に、小さな光が灯った。
「ありがとう、かのん」
「・・・(フルフル)」
 大鳳は首を横に振ると、翼を大きく羽ばたかせた後降下した。ゆっくりと『大鳳』の甲板が近づき、そしてそっと着艦する。
 大鳳は翼を消すと、クイッと翔輝の服の袖を掴む。
「・・・大丈夫ですか?」
「うん。君のおかげだ。僕はずっと死の事ばかり考えて――」
「そんなのダメですうッ!」
 突然の声と何かとてつもない金属音が響き、扉を蹴破って大和が転がり込んできた。
「や、大和? どうしたの?」
 驚いて呆然としている翔輝に対し、大和はいきなり彼に抱き付く。
「大和!?」
「大尉ッ! また死ぬなんて考えてたんですか!?」
「え? えぇ?」
 驚く翔輝の首を絞める勢いで大和は迫る。
「ぬおおおぉぉぉッ! 死ぬッ! これはたぶん死ぬッ!」
「あわわわッ! ご、ごめんなさいッ!」
 大和は慌てて翔輝の首から手を離す。大和から解放された翔輝は何度も咳き込む。危うく気道に空気が二度と入らない事態になるところだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ゲホッ! ゴホッ! お前は僕に死ぬなとか言って殺すつもりなの!?」
「ご、ごめんなさいぃ」
 翔輝は不機嫌そうに彼女を見詰めるが、ふと優しい笑みを向ける。
「まったく、お前はいっつもやかましい奴だなぁ」
「うぅっ・・・」
 申し訳なさそうにうつむく大和の頭を、翔輝はそっと撫でる。
「大尉?」
「まぁ、それがお前のいいところでもあるけどね」
「大尉・・・」
 優しく微笑む翔輝を大和はじっと見詰める。翔輝が不思議そうに見詰めるが、大和はそんな彼に優しく抱き付く。
「どうしたの?」
「いえ、ただ、こうしていたいと思って」
「甘えん坊だな、お前は」
「はい」
 翔輝の腕の中で心地良さそうに微笑んでいると、再びドアが慌しく開き、長門が現れた。
「長門さん!?」
「あら? 長谷川君」
 そんな彼女の後ろから次々に艦魂達が顔を出す。そんな彼女達を見て翔輝は呆れる。
「お前ら・・・何やってんだ?」
「う、うるせえッ! お前こそ何やってんだよッ!」
 榛名が翔輝に食って掛かる。すると、突如榛名の横に現れた武蔵が腰の軍刀を鞘に入れたまま抜き、それで榛名の頭をぶっ叩いた。
「ぐわあああああぁぁぁぁぁッ!」
 榛名はあまりの痛さに床に突っ伏して悶絶する。そんな榛名を冷たい視線を向けながら武蔵は翔輝に近づく。
「おい、今のはやり過ぎじゃない?」
「・・・問題ない。あの女はこれくらいじゃ死なない」
「いや、死んだら困るんだけど」
 翔輝が心配そうに榛名を見詰めていると、榛名が目の縁に涙を溜めて起き上がった。その顔は憤怒一色。
「おいゴラッ! 武蔵テメェッ! いきなり何しやがんだッ!」
「・・・うるさい。貴様は黙ってろ」
「んだとゴラッ!」
「ちょっと榛名。落ち着いてよぉ」
 暴れる榛名を扶桑が止める。そんな二人を山城は無表情で見詰めているが、どこか呆れているように見える。
 武蔵は翔輝から大和を引き離して翔輝を見詰める。その表情は常の無表情ではなく心の底から心配そうな表情だった。
「・・・翔輝、大丈夫?」
「うん? 何が?」
 翔輝は笑顔で答えるが、それは彼女を心配させたくないという彼の思いやりだったが、すぐにそれに武蔵感づいた。
「・・・今日は、翔香の命日でしょ?」
「・・・知ってたんだ・・・今日が・・・翔香の命日だったって事」
 先程までの優しい笑顔とは一転、翔輝は寂しそうな表情で武蔵を見詰める。
「・・・翔輝」
 武蔵が心配そうに見詰めると、翔輝は優しい笑みを向ける。
「大丈夫だよ。安心して」
 翔輝はそう言うが、その笑みはどこか寂しげなものだった。妹の、家族の死を《大丈夫》の一言で片付けられるなど、できるはずはない。
「・・・翔輝。星がきれい」
「あぁ、そうだね」
 星空はどこまでも輝き、その神々しい光を大地に注いでいる。その光は一体何を物語るのか、それは誰にもわからない。
「お兄ちゃん・・・」
 隼鷹が心配そうに声を掛けると、翔輝は苦しそうに顔をゆがめた。
「お、お兄ちゃん?」
「悪い隼鷹。今日は・・・今日だけは・・・僕の事を《お兄ちゃん》って呼ばないで」
「ど、どうして?」
「頼む・・・ッ!」
 隼鷹は辛そうに顔をゆがめる翔輝に声を掛けようとして飛鷹に止められた。飛鷹は小さく首を横に振る。
「今日だけは、大尉の事を《お兄ちゃん》と呼んでいいのは、大尉の本当の妹さんである翔香さんだけ。わかって」
 隼鷹は飛鷹の言葉に何か言い返そうとするが、彼女の真剣な瞳と翔輝の表情を見て力なくうなずいた。
 翔輝は空を見上げていたが、ふとその瞳から涙が流れた。その突然の事に全員が驚くが、翔輝は苦しそうに笑う。
「・・・ダメだなぁ、僕は・・・翔香が死んでもう四年になるのに、まだ全然立ち直れないや・・・情けないよ・・・本当に・・・」
「大尉・・・」
 翔輝は力なく笑うが、その瞳からは止めどもなく涙が流れ続ける。
 男が涙を流すのは情けない行為だが、そんな事を思う者は誰もいなかった。
 家族の死を、妹の死を苦しんで涙を流さない者など存在しない。その苦しみは計り知れなく、心を締め付ける。翔輝はそれを四年間という長い間たった一人で耐え続けてきたのだ。誰にも言えない苦しみを抱えながら。
 翔輝はしばらく星空を見上げていたが、そっとうつむく。すると、今まで大和達の眼中の外にいた大鳳は再びハンカチを差し出した。
「・・・時間は掛かります。でも、忘れないでください。あなたがさっき見た光景を。あれが、あなたが今まで守って来たもので――そして、これからも守っていかなければならないものだから」
 大鳳はそう言うと、光に包まれて消えた。
 大和達は今のやり取りを呆然と見詰めていたが、翔輝は消えた大鳳に「・・・ありがとう」と小さく礼を言って大和達を見る。
「ごめん、みんな。今は・・・一人にして――大丈夫だから」
 翔輝の小さな声は全員に聞こえた。だから、
「行きましょう」
 長門の言葉に反対する者は誰もいなかった。
 艦魂達はそっと『大鳳』から去った。
 自分一人しかいなくなった空間の中、翔輝は腕に顔を埋めた。この星空の中に翔香の星があるなら、自分の情けない顔を見せたくなかった。
 翔香のいない四年目の春。だが、翔輝の春は永遠に来ない。翔香という太陽を失い、花が咲く事は永久に失われた。
 永遠に溶ける事のない氷を持ち、翔輝の季節は永遠に冬でしかない。
 うつむく翔輝のはるか上で、一つの星が光ったのは誰も見ていなかった。

 その後、翔輝は大鳳に『大和』に戻された。

 翌日、大和達はとても心配していたが、翔輝は復活していた。
 毎年四月一日には落ち込むが、翌日になればすっかり回復するのだという。みんなが安心した中、武蔵だけはずっと翔輝を見ていた。
 その後、瑠璃が乱入したり榛名が瑠璃に奇襲したり、大和が武蔵と取っ組み合いのケンカになったり隼鷹が隙を見て翔輝に飛びついてみんなから罵声を受けたり、大鳳が袖を引っ張ったりと、忙しい一日が始まった。







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