第十章 第十四節 翔輝を取り巻く新たな波乱
翌日、翔輝は昼休みの時間を利用して艦魂達の会議が行われている第三会議室に向かった。その途中水上が後輩達を指導している所を会った。すっかり先輩が似合うようになった水上に激励を送り、翔輝は目的地を目指す。
そして、いつも見慣れた部屋をノックしてドアを開くと、そこにはいつもの光景が広がっていた。
指揮棒で海図を示しながら何かを説明していた武蔵は翔輝の登場に口を閉じた。まわりの皆の視線も翔輝に注がれる。
「あれ、邪魔しちゃった?」
「テメェッ! また邪魔しに来たのかぁッ!」
榛名が椅子を蹴り倒して立ち上がった。ポニーテールを炎のように揺らして激怒する。どうやらかなりまずいタイミングに来てしまったらしい。無言でこっちを睨む金剛の視線には軽い殺意が込められている気がする。
「す、すみませんでしたぁ・・・」
「ちょっと待ってください! 別に邪魔じゃないですよッ!」
退出しようとした翔輝を慌てて大和が止める。閉め切る前にドアの淵を掴まれ、閉鎖を止められる。逃げる手段を失った。
「大尉! いい所に来ました! これからみんなでお昼を食べようと思ってたんですよ!」
「そうなの?」
「何をバカな事をぉッ! さっさと会議を――もごぉッ!?」
「あらあら、金剛ったらもうお腹ペコペコなのねぇ。じゃあお昼にしましょうか」
長門が暴れる金剛の口を塞いでにこやかな笑みを浮かべる。場の空気からして大和の言葉は確実にうそだが、その笑顔には昼食を一緒に摂るという強制の意が込められている。あの笑みは逆らわない方がいい。
「じゃあッ! 食堂から大尉の分の昼食を持って来ますね!」
大和は翔輝が止める間もなく消え、十秒後には戻って来た。その手にはしっかりと今日の昼食であるカレーライスが握られていた。
海軍の伝統である海軍カレー。本来はインド原産のカレーだが、イギリス海軍はこのカレーに目をつけてパンと組み合わせて食事をするようになった。そしてイギリス海軍式の組織である日本海軍もまたカレーを導入した。最初はパンに合うようにカレーが作られていたのでカレーとパンだったが、パンでは食べた気がしないと兵達から批判が噴出し、試行錯誤の末にとろみをつけさせて白米と合うように改良された。これが海軍カレーであり、後の日本家庭に並ぶ日本式カレーの原型となった。
香ばしいスパイスに匂いに、翔輝は空腹だった事を思い出す。そんな彼の反応に大和は嬉しそうにうなずく。
「では昼食ターイムッ!」
長門の号令で大和は力を発動する。艦魂の能力の一つ、具現化である。艦魂は自艦でしか能力が使えないので、当番は毎回大和になっている。
白いテーブルクロスの上には前菜だろうか、スープが置かれている。
翔輝は大和に「さぁここへ!」と引っ張られて抵抗できずに座る。刹那、音速の戦いが起きた。
素早い視線の撃ち合い。縮み切った筋力を一斉に解放し、大和達が飛んだ。
一番近場にいた大和が翔輝の右隣の席へ。次に反応の早かった武蔵が左隣へ。正面の椅子には一番近かった隼鷹が座り、伊勢はその隣に腰掛ける。この間わずか〇・七秒。
翔輝を取り囲むように座った翔輝派の艦魂達。もはや神業的な速さだ。
長門は苦笑いして適当な席に座る。他の艦魂達もだ。あれだけギャーギャー言っていた金剛と榛名も時計が十二時を回っているのに気づくと意外と呆気なく席に着いた。軍人とは時間に厳しいもの。それは昼食も同じだ。
翔鶴と瑞鶴、飛鷹もそれぞれ座る。視線に気づいて向くと、二人の隣に座った龍鳳がこちらを不安そうに見詰めていた。男性恐怖症の彼女には自分の存在自体が怖いらしい。少なからずショック。
ふと気づいた。そんな空母達の面々の中に昨晩会った少女の姿がない。不思議に思って訊こうとしたら、部屋の中の異常な空気に口を閉じた。いつの間にかドアの前には雪風が立ってしきりに部屋の中と外を見比べる。何なのだろうか。
その時、みなの視線が一ヶ所に集中しているのに気づいた。視線を追うと、それは隣に座る武蔵に注がれていた。
武蔵は無言でスプーンを手に取り、上品に音を立てずに皿に注がれたスープにスプーンを沈め、スプーンに入ったスープを口に含んだ。刹那、雪風が素早く手を上げた。すると、どこからか柔らかな音色の演奏が聞こえて来た。続いて大和達もそれぞれ食事を開始する。一体今のは何だったのか。戸惑う翔輝に、武蔵がそっと説明する。
「・・・司令部の将校達は司令長官が食事を開始するまで食事はできない。そして、司令長官が料理に口をした瞬間、すぐさま待機している軍楽隊がBGMを流す。これが海軍のトップに君臨する連合艦隊司令長官の食事。もっとも、これは山本元帥までで終わってしまったけど。私達艦魂はそれを習ってこのように食事をしている」
武蔵はそう説明するとスープを飲む。
なるほど、いつもは礼儀なんて知らなそうな振る舞いをしているのに、こういう時は律儀に作法を守っているらしい。感心する。
翔輝も食事を開始する。と、
「あ、大尉は関係者じゃないので普通に食して結構です。金剛さんもそれくらいは目をつむってくれますよ」
大和は笑顔でそう言った。何が大丈夫なのかと訊くまでもなかった。
皆スープを飲んでいるのだが、誰一人音を立てていない。まるで貴族のような食事の仕方だ。大和はきっと翔輝が一般人だからそんな高等技法ができない事を考慮してくれたのだろう。だが、残念だがその心配はご無用だった。
翔輝はカレーの中にスプーンを入れて持ち上げ、口に含む。その間音は全く発生していない。これにはまわりの皆も目を見開いて驚いている。かなり意外だったのだろう。
「長谷川はん、上品に食べるんやなぁ」
伊勢が食事の手を止めて驚いたような声を上げる。そんな彼女に、翔輝は苦笑いする。
「あははは、たいした事じゃないよ。ほら、僕の幼なじみって貴族でしょ? 色々と仕込まされたんだよ。前にも話したでしょ?」
そういえば、と大和達は思い出す。
翔輝の幼なじみである瑠璃は翔輝を未来の夫とする為、どこへ出しても恥ずかしくないように貴族の作法などを徹底的に叩き込んだのだ。皮肉にも、嫌々やっていたあの訓練がまさかこんな所で役に立つとは、世の中わからないものだ。
そんな上品に食事をする(食べている物は思いっ切り庶民的な物だが)翔輝を、うっとりとした目で見詰める大和達。彼女達の心の中では《これが私の未来の旦那かぁ》と、それぞれすでに結婚確定していた。なんとも迷惑な話だ。
そんなこんなで食事を再開させる大和達だが、翔輝はすっかり忘れていた事を思い出して慌てて翔鶴に問う。
「あ、あのさ翔鶴。大鳳はいないの?」
「うん? 大鳳か。あいつなら今頃自艦で書類仕事でもしているだろう」
翔鶴の意外な返答に翔輝は驚く。
「え、だってあいつは一艦隊の旗艦だろ? ここに来なくていいの?」
「まぁ、あいつはこの極上幹部会に属している訳ではないしな。それにあいつはあまり人前に出たがらないからな。こういうみんなでいる事に抵抗があるのだろう」
翔鶴は気にした様子もなくパンを食べる。どうやら彼女がまだ旗艦だった頃もそんな感じだったのだろう。
「そっか・・・」とつぶやき、翔輝は視線を落とす。そんな彼をどこか不機嫌そうな顔で見詰める大和。
「そんなに大鳳が気になるんですか?」
「え? いや、そんな事はないけど・・・」
大和はじーっと翔輝を見詰める。その瞳には疑惑の念が込められている。「本当ですかぁ?」という言葉がいつ口から出てもおかしくない。その前に先手を取る。
「本当だよ。ただ昨晩会っただけあって今日いないのが気になるだけだよ」
「うん? 長谷川お前、昨晩大鳳と会ったのか?」
「うん。昨日は結局歓迎会では何もしゃべれなかったけど、そこでは何とか」
そう言って微笑む翔輝に、翔鶴はどこか複雑そうな顔をして「そうか」とだけ小さくつぶやく。そんな姉の姿に瑞鶴は首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、やはり長谷川に任せて正解だったなぁと思ってな」
「そうだね。なんだかんだ言っても結局話ができたみたいだし、長谷川大尉の人の心の扉を開ける才能は右に出る者はいないね」
「まぁ、そうなのだが。こうも簡単にいくとなぁ・・・」
「なぁに? 長谷川大尉のまわりまた敵が増えて困ってるのかなぁ?」
ニヤニヤと笑う瑞鶴の首元に、翔鶴は無言でナイフを突きつける。たったそれだけで、瑞鶴の顔からサーッと血の気が引く。
翔鶴は恐ろしく低い声で言う。
「斬るぞ」
「ごめんなさい! 本当の本当にごめんなさい!」
泣きながら謝る瑞鶴と食事中に血を見たくない者代表の飛鷹の仲裁でなんとかその場は治まった。ケガ人が出なくて本当に良かった。
翔輝は大鳳のあの小さな笑顔を思い出す。確かにあまり人と接する子ではないが、みんな一緒の方が楽しいに決まっている。
「じゃあ、後で会いに行くか」
「その必要はないみたいよ」
突如長門が言った言葉に「え?」と驚くと、長門はそれそれと言いたげに指を挿す。その先を視線で追うと、
クイ・・・
袖を引かれる感触。そして振り返ると、そこにはぼーっとした顔でこっちを見詰める大鳳が至近距離にいた。いつの間に・・・
「た、大鳳?」
驚く翔輝に、大鳳はじっと見詰める。よく見ると、先程までぼーっとしていた瞳が、なぜか今は強い意志を感じる。
まわりでは大和達が驚きの声を上げ、武蔵が警戒心むき出しで睨みつける。そんな中、大鳳はじっと翔輝を見詰め、クイクイと袖を引く。
「・・・かのん」
静かに小さな声で言ったのは、翔輝が名づけた彼女の名前だった。きっとそれで呼べと言いたいのだろう。だが、今はまずい。というかそもそもあれは第三者のいる時には封印してほしいのだが。
「あ、あのさ大鳳。大和達がいる前では――」
「・・・かのん」
「いや、だから大和達の前では――」
「・・・かのん」
言い終わる前に大鳳は全てピシャリと封鎖して自分の言葉を向ける。どうやらその名前がかなり気に入っているらしい。そして、どうしてもその名前で呼んで欲しいらしい。
翔輝は苦渋の決断を迫られた。
彼女を傷つけて自分の保身に走るか。
彼女を幸せにして自分が死ぬか。
なんだ。答えは簡単じゃないか。
翔輝はスッキリとした頭で決断を下すと、満面の笑顔を大鳳に向ける。
「おう。昨日はちゃんと眠れたか――かのん」
ピシッと、早速部屋の空気に亀裂が走った。予想通りだ。そしてやっと《かのん》と呼ばれた大鳳は、
「・・・(コクリ)」
「そっか、良かった」
翔輝は優しく微笑む。そして大鳳もじっとそんな彼を見詰める。そんな見詰め合う二人に呆然とするのは大和達。特に翔鶴達機動部隊の艦魂達は皆目の前の光景の驚愕的光景に目を疑う。
「ま、まさかあの大鳳が・・・」
「さ、さすが長谷川だ・・・奴は女に対しては国士無双だな」
瑞鶴と翔鶴は呆れ半分感心半分といった感じで優しげな笑みを浮かべる翔輝と決して自分達には心開かなかった大鳳を見詰める。
一方、大和達は別の意味で呆然としていた。
昨日は翔輝なんか眼中にないといった感じの態度をとっていた大鳳が、今目の前では翔輝をじっと見詰めて視線を放さない。翔輝もそんな彼女に優しく微笑んでいる。信じられない光景だ。
そして、一番のショックは・・・
「かのんもカレー食べる?」
翔輝は大鳳を呼ぶ時、《かのん》と呼んでいる。《大鳳》とではなく《かのん》と。それは今まで自分達には絶対になかった愛称。それが今大鳳には使われている。
うらやましくて、悔しくて、色々な感情が胸の中で渦巻く。
「大尉。これは一体どういう事ですか?」
自分でも驚くくらい冷たい声。まるで一切の感情が含まれていないかのよう。胸の中で渦巻く感情は、言葉にはできないという事だろうか。
大和の絶対零度のような冷たい声に、翔輝はビクリと震える。背後から、殺気のようなものを感じる。振り返ると、そこには感情を殺した無表情の大和が立っていた。
「や、大和・・・?」
「詳しいご説明を聞きたいです。いえ――聞いてあげます」
大和の背後からはいつも激怒する時に出る紅蓮の炎はなく、絶対零度のブリザードが吹き荒れている。
いつもより、怖い気がします・・・
「・・・翔輝」
そこへ救いの女神が現れた!
「武蔵! ちょっと助け――ねぇ、何でバズーカ砲を構えてるの?」
「・・・違う。これは陸軍が採用した最新鋭噴進砲、四式二〇糎噴進砲」
「何でお前がそんなもの持ってるんだよッ!? 何でそんなものを構えてるんだよッ!?」
頭を抱える翔輝を無視し、武蔵はその巨大な二〇〇mm(実際は二〇三mm)の銃口を――大鳳に向ける。
「ちょっと待てぇッ!」
翔輝が慌ててその斜線上に入って大鳳の前に立つ。と、武蔵は慌ててその銃口を下げる。翔輝に武器を向けるなんて、彼女にはできないのだ。
「・・・翔輝。どいて」
「どける訳ないでしょッ!? ほら、早くそんな危ない物はしまって!」
翔輝に怒鳴られ、武蔵は渋々服の中にしまう。一体あの軍服の中はどんな状態なのだろうかと思いながら、消えていく噴進砲にため息する。
袖を引っ張られる感触に振り返ると、背後にいた大鳳が翔輝にピッタリとくっ付いて袖を引いている。どうやら大和や武蔵に恐怖を抱いているらしい。小さな身体が小刻みに震えている。
「大丈夫か? ほら、お前らのいせい――ぬおッ!?」
再び前を向くと、そこには武装小隊が全火力を向けていた。
武蔵は右手に先程の噴進砲を左手には軍刀を構え、大和は九七式自動砲を、伊勢は一式軽機関銃、隼鷹は使い方がわかっているのだろうか、八九式重擲弾筒を構えている。誰かの号令があれば一斉掃射できる構えだ。翔輝の顔からさーっと血の気が引く。
「そんなものどっから出したんだよッ!?」
ここは『大和』だ。艦魂の力が使えるのは大和だけ。という事は大和が出したのだろうか? いや、それはたぶんない。大和は陸軍の装備品なんて知るはずがない。翔輝だって陸軍の友人がいるからこそどんな武器かは何となくわかるだけなのに。
翔輝の謎は、意外にもあっさりと解決した。
「・・・雪風。あなたにはこの九九式長小銃がおすすめ」
「い、いえ! 私はそんな――」
「お前かぁッ!」
あっさりと犯人はわかったが、着剣したその全長は一六四・二cmにもなる。武蔵の身長よりも二〇センチ近く高い。そんなものを一体どこから出したかのかは永遠の不思議だ。
「・・・撃ち方用意」
「待てえええぇぇぇッ!」
一斉に引き金に指を掛けた大和達に怒鳴る。だが、翔輝が怒っても誰も狙いは正確に――大鳳を狙っている。
「やめろッ!」
翔輝が慌てて大鳳を背後に隠す。これで彼女を撃ち抜くには翔輝ごと貫通させなくてはならない。さすがの大和達も翔輝の身体をぶち抜く訳にはいかないので銃を下ろした。
「・・・隼鷹。擲弾筒撃ち方用意」
「え? これを引くの?」
「待てぇッ!」
擲弾筒とはいわゆるグレネードランチャーの事。敵陣地攻撃用の兵器で、放物線を描いて飛ぶので翔輝は貫通せずに後方にいる大鳳だけを――
「やめろぉッ! 熟練の射手ならともかく撃ち方もわかってないような隼鷹にそんな物を任せるなぁッ!」
翔輝の激昂に、さすがの武蔵もこれ以上はまずいと撃ち方止めの命令を下す。
翔輝は疲れたようにため息する。大和達と関わるとなぜこんなに疲れるのだろうか。
スッと後ろから大鳳の手が伸びて、翔輝の額をハンカチで拭った。驚く翔輝を、大鳳は無表情で見詰めるが、額や頬を拭う彼女の手はとても優しい。
「あ、ありがとう」
「・・・(フルフル)」
礼はいらないという事だろうか。優しい大鳳に、翔輝は自然と微笑む。
「・・・撃ち方用意」
「やめろっつーのッ!」
翔輝はそう怒鳴ると踵を返し、
「行くよかのん!」
「・・・(コクリ)」
翔輝は大鳳を連れて出て行ってしまった。これには大和や武蔵は大慌て。
「た、大尉! どこへ行かれるんですかぁッ!?」
「・・・翔輝! ダメ! 帰って来てぇッ!」
後ろから大和達の悲鳴に近い声が聞こえたが、無視した。
翔輝は怒りながら足早に部屋から遠ざかる。そんな彼の袖を、大鳳はそっと掴んでいた。
大鳳の登場から数日、状況は翔輝連合の最悪の予想通りに進行していた。
「かのん。これそっちに持ってって」
「・・・(コクリ)」
航海室で翔輝と大鳳は整理をしていた。海図や航海日誌、測定器など様々な物が置かれた部屋はそれなりの広さがあるはずなのに狭苦しい印象を受ける。
大鳳は脚立に上って海図が満載された箱を棚の上に載せる。ここが『大鳳』なら艦魂の力でなんとかなるが、いかんせんここは『大和』。彼女は力を使えないのでこうして自分の力でやるしかない。
「気をつけてね」
「・・・(コクリ)」
大鳳は小さな身体で大きな箱を棚の上に載せる。これで終わりだ。が、
「・・・!?」
「かのん!」
突如大鳳はバランスを崩した。だが脚立から落ちる寸前、床の彼女の間に入り込んだ翔輝がクッションとなり、大鳳にケガはなかった。
「・・・! 翔輝さん!?」
身体にあまり痛みがなく、自分の下に何か温かいものがあると気づき、大鳳が下を見ると、そこにはうつぶせで倒れて下敷きにされている翔輝がいた。
「いたたた・・・ケガはない?」
翔輝が笑顔で言うと、大鳳はおろおろとする。
「・・・平気、ですか?」
「うん。なんとかね」
翔輝の無事を確認し、大鳳は胸をなで下ろす。薄い表情にはまだ不安が残っている。
「・・・良かった」
「あはは、心配してくれてありがとう」
「・・・(フルフル)」
頬をほんのりと赤らめながら首を横に振る大鳳に翔輝は優しく微笑む。
「かのんって本当にえらいよね」
「・・・(フルフル)」
翔輝にほめられ、大鳳は微妙に頬の赤みを増す。そんな彼女に翔輝は微笑む。
「本当にえらいよ。大和なんかあんまり手伝ってくれないし、強情だし、頑固だし。武蔵は僕の頼みは何でも聞いてくれるけど、暴走する事が多いし。本当に君みたいな子がいると助かるよ。かのん」
「・・・ありがとうございます」
大鳳はうつむいたまま小さな声で言った。
翔輝はそんなかわいい反応をする大鳳を見て微笑んだ。本当にいい子だ。
「悪かったですね。強情で頑固で」
「え?――って大和!? それにみんな・・・」
振り返ると、そこには大和以下武蔵、長門、伊勢、山城、榛名、隼鷹、雪風の八人がいた。その時、隅の方にいた武蔵がなぜか悲しい目で見ているのに気づいた。
「む、武蔵?」
「・・・ごめん。暴走して」
どうやら先程の会話で少なからず傷ついているらしい。
「いや、さっきのはその・・・」
「おい長谷川。テメェ何大鳳とイチャイチャしてんだ」
榛名がこめかみに青筋を立てて言う。その構えはいつでも突貫可能だ。
「べ、別にイチャイチャしてなんかいないよ」
「けッ、信用できるか」
榛名は不機嫌そうに言い放つ。それに対し翔輝も彼女の理不尽な態度に不機嫌そうに彼女を睨み付ける。そんな二人を見て長門はため息する。
「まったく、ケンカするほど仲がいいって言うけど、あんた達仲良すぎよ」
「違いますよ!」
「誰がこんなガキなんかと!」
二人は一度見合うと、ぷいと互いに反対方向を向いた。そんな二人を見て長門は苦笑いする。
「はいはい。もうそれくらいにして。それより長谷川君。こんな所で何やってるの? また航海室の整理?」
「あ、はい」
「あなたもう通常航海士じゃなくて先任航海士なのよ? 何でそんな雑用をやってるのよ?」
「いやぁ、航海長が新入りをいじるより僕をいじった方が楽しいとか言って雑用を任してくるんで」
翔輝の言葉に長門は呆れたように苦笑いする。
「大変そうね」
「まぁ、でも僕結構雑用とか好きなんで」
翔輝はそう言うと、再び書類の整理に戻る。すると、そんな彼の袖をちょこんと大鳳が掴む。手に持っている荷物をクイクイと動かす。これはどこに置くのか聞いているのだ。
「あ、これはあの棚の上に置いて」
「・・・(コクリ)」
大鳳も手伝いに戻る。二人はテキパキと作業を再開する。そんないつの間にかすごく仲が良くなった二人を見て大和達は、
「大鳳一人に得点を上げられては困ります!」
「・・・同感」
「うちもがんばるぅッ!」
「お兄ちゃん! 私もお手伝いするぅッ!」
「大尉。わ、私にも手伝わせてください」
大和、武蔵、伊勢、隼鷹、雪風の五人が加勢に入る。残ったのは長門に山城。そして榛名の三人。
「ねぇ山城。私達も手伝っちゃおうよ」
「わかった」
長門と山城も加わり、賑やかに整理を始める一同を見詰める残された榛名。その顔は不機嫌そうにゆがんでいる。
「俺は手伝わねぇからな」
そう言ってスタスタと立ち去ってしまった。
結局、計九人での大仕事になってしまったが、翔輝は終始笑顔だった。そんな彼の横で、ずっと彼の袖を掴みながら整理をする大鳳は、わずかに表情を綻ばせていた。
その夜、会議室では久しぶりの宴会を開いていた。最近は敗戦の色が濃くなってのん気に騒ぐ事もできなかったので皆は盛り上がっていた。
艦魂達が飲んで歌えの大騒ぎをしている中、一部の艦魂達が殺気を体中からみなぎらせていた。その鋭さは刃のごとく。その原因は・・・
「さぁ翔輝様。もう一杯いかかですか?」
「え? あ、うん。ありがとう」
瑠璃にお酌(酒ではなくてラムネだが)をされ、恥ずかしそうながらもそれに答える翔輝。その幸せな雰囲気は新婚生活のごとく。だが、それが気に入らない者は大勢いる。その筆頭が、
「おい瑠璃! テメェまた『大和』に乗り込んできやがったのか!」
榛名は怒鳴り声を上げる。それに呼応して大和達も文句を言い放つが、瑠璃は気にした様子もなく翔輝に抱き付く。刹那、殺気がパワーアップ。
「翔輝様との幸せな雰囲気をあなた方ごときに破壊されたくありませんわ」
「うるさい! テメェはすっこんでろ!」
「うるさいですわよ。そんな意味不明な事ばかりおっしゃる口は生ゴミの日に捨てるべきですわ」
「んだとゴラッ! やんのか!?」
「お下品ですわ」
瑠璃を殴り殺そうとする榛名を翔輝が慌てて止める。
「榛名! 落ち着いてよ!」
「どけ長谷川! 一発でいいからあいつを殴らせろ!」
「ダメだってば! ごめん! 本人に代わって僕が謝るからさ!」
翔輝の必死な声に、榛名は苦虫を噛み潰したような顔だが一応納得し、武力衝突は避けられた。
翔輝はため息する。すると隣にいた瑪瑙が小さく笑った。
「相変わらずのようだな。翔輝も大変だ」
「まぁ、慣れたとはいえこう毎日だと疲れるよ」
瑪瑙は翔輝の言葉に優しげに微笑むと、そっと彼の頭を撫でる。翔輝もそれを嬉しそうに受け入れる。なんとも幸せそうな雰囲気に大和達は敗北を認めるしかなかった。
「うぅ、瑪瑙さんはずるいですぅ」
「翔輝は、弟は誰にも渡さない。翔輝をこの私から奪いたければ私を倒してからよ」
真剣な表情で言う瑪瑙。そこには微塵の隙もない。横に置かれた刀をいつでも引き抜けるように配置している。侮れない相手だ。
「それより珊瑚が風邪を引いたって本当?」
翔輝は今日は病欠で来れない珊瑚を心配そうに訊く。
「まぁね。でもたいした事じゃない。もう熱もずいぶん下がってたし。でもまだ身体はよく動かないみたい」
「そっか・・・」
「あと珊瑚から伝言があるけど、聞く?」
「え? う、うん」
「『風邪が治ったらドロップキックでぶっ飛ばすから!』だって」
「姉さん。悪いけど珊瑚に大量の下剤を呑ませておいて」
翔輝は迫り来る恐怖にため息した。相変わらず変わりない幼なじみに嬉しくもあるが悲しくもある。もう少し彼女にも大人になって欲しい。特に精神部分を。
そんな平凡な一日。何事もなく進む・・・なんて彼のまわりではそうない事。
クイッ・・・と袖を引かれる感触に振り返ると、そこには無表情で自分をじっと見詰める大鳳が。
「あ、かのん。どうしたの?」
「・・・」
大鳳は返事はせずにそのまま袖を掴み続ける。その目には優しげな光が灯っている。
「・・・疲れてませんか?」
小さな声で大鳳は言った。それは隣にいた翔輝にしかわからないくらい小さな声。そんな純粋な瞳を持つ彼女に翔輝は努めて明るい笑みをする。
「ううん。心配しないで」
大鳳は無言で袖を引っ張る。彼女は心の底から心配してくれている。そんな彼女の純粋さに翔輝は嬉しくなってしまう。が、
「翔輝様? その方はどなたですの?」
瑠璃の目が細くなり、大鳳を見詰める。その目は獲物を狙う虎のような凶悪な目である。そのあまりの迫力に大和達も何も言えない。目標の隣にいる翔輝ですら顔が引きつるほど恐ろしいのだ。睨まれている大鳳の恐怖は計り知れない。事実、大鳳は翔輝の後ろに隠れて身体を震わせていた。
「・・・怖いです。妖気を感じます」
殺気はわかるが妖気まで感じるとは、瑠璃は本当に人間なのだろうか?
「何やらまた新キャラが現れたと、私の第六感が告げているんですけど」
女の感というものは恐ろしいものだ。電波探知機なんかよりずっと高性能だ。
このままでは大鳳の命が危うい。翔輝は慌てて瑠璃を止めに入る。
「瑠璃。そんな怖い目をしないでよ。この子は日本機動部隊期待の新生・現機動部隊旗艦を務めている空母『大鳳』の艦魂だよ」
「『大鳳』というと、最新鋭の装甲空母のですの?」
「うん――知ってるんだ」
翔輝がもはや驚く事もなく力なく言うと、瑠璃は機嫌良く小さな胸を張る。
「当然ですわ。空母『大鳳』に関する情報はもうとっくに霞家の諜報機関が捕捉していましたわ」
相変わらず謎の情報網を駆使して多種多様な情報を集めているらしい。そういえば情報収集と言えば武蔵も一体どんな情報網を持っているか不思議である。
だが、場の空気はいい方向変わった。翔輝にほめられた瑠璃はとても上機嫌だった。これを利用して翔輝は話を進める。
「かのん。紹介するよ。彼女は霞瑠璃。僕の幼なじみで日本でも指折りの裕福な貴族である霞家の一人娘なんだ。そしてこっちがその分家のお嬢様の霞瑪瑙。」
翔輝の紹介に、大鳳はじっと瑠璃と瑪瑙を見詰めたが、ふと翔輝の袖を引っ張る。
「・・・翔輝さんも貴族の方ですか?」
「いや、ごく一般的な庶民の家だけど」
大鳳は小首を傾げる。そりゃ誰だって首は傾げるだろう。翔輝はため息してもう何度言ったかわからない事を簡略化して言う。
「長谷川家と霞家はちょっとした仲なんだ。もう結構何度も説明してるからもう一度言うのはだるいんで、そういう事だと思ってくれ」
「・・・手抜きですか」
「まぁ、そんなに重要な事じゃないさ」
「十分重要な事ですわ」
翔輝の発言に瑠璃は否定を入れが、翔輝は笑ってごまかす。瑠璃はまだ何か言いたさそうだったが仕方なくといった感じで浮いていた腰を下ろした。
気を取り直して宴会を再開する。
組み合わせは長門、扶桑の年長組と大和達翔輝連合、隼鷹を除く空母達、金剛と山城は一人で酒を飲んでいる。他には巡洋艦や駆逐艦などの連合が宴会を楽しんでいる。
翔輝にぴったりとくっ付いている瑠璃は大和達から反感を買ったが、瑠璃は毛筋ほども感じていない。そんな臨戦態勢な状況の中、翔輝は必死に火消し作業に追われていた。そんな大変な翔輝を見詰め、大鳳は不安そうに彼の袖を引っ張る。
「・・・大丈夫ですか?」
「うん。慣れてるし」
大鳳は無言でラムネを差し出す。これでも飲んで一休みしてと言いたいのだろう。翔輝は「ありがとう」と言ってそれを受け取って飲む。そんな彼を見詰め、大鳳は誰にもわからないくらい小さく微笑んで彼の袖を掴んだ。
そんなどこか幸せそうな二人を見て瑠璃は明らかに不機嫌そうになる。
「翔輝様。今日は私がいるのですから、私を構ってほしいですわ」
「あ、うん」
瑠璃はそう言うと翔輝に抱き付く。翔輝は慌てるが、瑠璃はとても幸せそうな表情を浮かべている。さらに瑪瑙まで後ろから彼を抱き締める。これには翔輝はもう大慌て。だが、そんな独占行為を他の者が許す訳もなく、
「瑠璃さん! 大尉から離れてください!」
「クソガキッ! テメェは本当に死にたいらしいなッ!」
「むーッ! お兄ちゃんから離れてよぉッ!」
特にこの三人が激怒する。しかしなぜか瑪瑙には一切攻撃がなく瑠璃に集中する。きっと瑠璃の感情は危険因子だが、瑪瑙の感情は姉弟愛か何かを判断しているのだろう。実際はどうだかわからないが。だがそんな彼女達に瑠璃は余裕満々な表情で、
「何ですの?」と返す。
「『何ですの?』じゃねぇよッ! テメェは今すぐに長谷川から離ろッ!」
「あら、思想相愛な二人を引き離すつもりですの?」
「テメェの妄言なんか聞きたくねぇッ!」
「あら、妄言だなんてぇ。事実を言っているだけですのよ?」
「テメェはそうでも長谷川にんな気持ちはねぇよッ!」
「そうですの?」
「え、あ、その・・・」
瑠璃はうるうるした目が翔輝の瞳を捉える。その上目遣いな行動は翔輝の行動を制限する。
「その、えっと・・・」
「テメェもしゃきっとしろッ!」
榛名がどこからか取り出したハリセンで翔輝の頭をぶった叩く。
「大尉! 瑠璃さんに言ってください! そんな事をされても迷惑なんですと!」
「む、無理だよぉ・・・ッ!」
十数年間こうした関係だったのを、急に変えろと言うのは無理だ。ましてや瑠璃の瞳がそれを許さない。
「翔輝様・・・」
「そんな悲しげな瞳をしないでよッ!」
「翔輝・・・」
「何で瑪瑙姉さんまでそんな瞳をするのッ!?」
もうツッコミ全開の翔輝をむぅと膨らんだ顔で見詰める隼鷹。
「お兄ちゃんに抱き付いていいのは私だけだもん!」
隼鷹は後ろから翔輝に抱き付く。
「隼鷹!? ちょっと――」
「邪魔ですわ」
「ふんだもん! あなたにばっかりいい思いはさせないんだから!」
睨み合う両者。そんな二人に挟まれた翔輝は苦笑いするしかなかった。
「って言うか隼鷹! お前もそいつから離れろよ!」
「そ、そうよッ!」
「・・・斬る」
「翔輝は私のだから、誰にも渡さない」
「姉さん! これ以上ややこしくしないでぇッ!」
こうして翔輝連合は睨み合いをする事になった。そんな大和達を見て翔輝はため息する。大鳳だけが、翔輝に同情の気持ちを抱いて彼の袖を引っ張るのだった。 |