艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(85/129)PDFで表示縦書き表示RDF


ついに時代は激動の一九四四年(昭和十九年)の準備期間に入りました。大和型戦艦の対空強化、日本海軍の大反撃作戦の用意、
――そして、新鋭空母『大鳳』の登場。
激動の時代に生まれ、激動の時代に生き、激動の時代に散った短き命の最強空母は、日本海軍の最後の希望として生まれた。
そんな短き命の中で必死に生きた小さな少女の話が、いよいよ始まります。
原作の頃と大鳳は大幅にキャラ設定が変更されているので、前に読んだ方でも楽します(たぶん)。
自分的には武蔵に続くくらい好きなキャラである大鳳を、どうぞご覧ください!
艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第十章 第十二節 日本海軍最後の希望 新鋭空母大鳳爆誕


 一方、海軍が連戦連敗しているほぼ同時期、陸軍も劣勢になっていた。
 各日本陸軍・関東軍及び満州帝国満州軍は中国を舞台に中国軍(国民党軍)と成都せいとを基地とした米軍、さらには中国の周辺諸国を拠点とする英軍の主力三国による連合陸軍・空軍に追い詰められていた。
 敵軍――特に米軍は西都から爆撃機を出撃させ、日本軍の拠点に爆撃を繰り返し、陸上戦では強力な機甲部隊(戦車部隊)で歩兵を主力とした日本陸軍を粉砕していった。
 この状況を打破する為、日本陸軍は捨て身の大作戦『ウ号作戦』――後年日本陸軍批判の象徴とも言える『インパール作戦』を発動した。これは補給困難な中大きな川、二〇〇〇m級の山々を越え、ジャングルを越えて大遠征をして英軍の主力基地があるインパールまで一気に攻め込もうという暴挙に等しい無謀な作戦だった。
 三月八日にこれは発動され、作戦の立案者である牟田口むたぐち廉也れんや中将率いる日本陸軍(参加将兵九万二〇〇〇人)は各軍に分かれて同時進行した。だが、この無謀な作戦は途中で食糧不足や疫病などで苦しみ思うように進めず、さらには連合軍の猛反撃に遭って各軍は壊滅状態になった。
 その後、被害甚大の為に本作戦は七月一日に中止された。
 この作戦で陸軍は参加将兵九万二〇〇〇人のうち戦死者三万八〇〇〇人、戦病者四万人以上という大損害を受けて大敗北した。
 日本軍はついに陸軍も海軍も壊滅的になってきていたのだ。
 これが後に《陸軍悪玉海軍善玉論》において陸軍の評価を著しく下げる原因の一つであり、陸軍悪玉論の筆頭に、牟田口中将の名が挙がる事となった。

 三月八日、日本海軍の切り札とも言える期待の新鋭空母が完成した。
 その名は正式空母『大鳳たいほう』。『装甲空母』と言われる強力な空母だった。
 日本軍は主に《戦闘空母(翔鶴型空母がこれの頂点)》と言える空母を主に生産してきた。航空機の搭載量を極限まで極めた、まさに《攻撃こそ最大の防御》という日本らしい空母だった。しかし、ミッドウェー海戦の際に急降下爆撃で四隻の空母を撃沈され、さすがの日本海軍も防御面を考慮した空母の生産を開始した。それがこの『大鳳』である。飛行甲板には五〇〇キロ爆弾に耐えられる強力な装甲を施し、側面装甲も従来の空母とは段違いの防御力を施された。まさに装甲空母と言う名にふさわしい防御力だった。ただし、防御力強化の為に搭載機を犠牲にしているので、搭載機は六一機と控えめになっている。《防御こそ最大の攻撃》という逆転の発想である。
 煙突は『飛鷹』『隼鷹』と同じ傾斜煙突を採用した。それらの装備面から他の大型空母とかなり違う外見をしている為かなり目立つ。
 『大鳳』には同型艦はいない。だが、この技術は後に出てくる世界最大最強空母に応用されているが、その話はまだ先の事である。
 そんな空母『大鳳』は日本海軍最強の空母として機動部隊に配置された。
 日本近海で飛行訓練を行っていた機動部隊に新たに加わった空母『大鳳』。その飛行甲板には一人の少女が立っていた。
 蒼い空をぼーっと見上げるその少女は日本人の中では異彩を放つ茶色の髪をボブカットに切り揃えている。風に揺れる髪から覗く顔は年の頃は十歳ぐらいに見える。幼いがかわいい顔立ちをした美少女だった――彼女が空母『大鳳』の艦魂である。
 大鳳はまるで何か見えないものが空にあるかのように、ぼーっと空を見上げている。その先を飛行訓練中の艦載機が横切るが、その後を目では追わない。彼女が見ているのはそのもっと先だ。
 ぼーっとしている彼女の顔には表情はない。瞳にも何の感情も込められていない。
 その整った顔や表情は、まるで人形のようだ。
 大鳳は海風に揺れる髪を押さえる事もなく、ぼーっと空を見上げ続ける。
 なんとも不思議な女の子だ。
 その時、ふと彼女の前を白いチョウチョが舞い踊った。
「・・・チョウチョさん」
 大鳳の視線は今度はチョウチョを追いかける。表情はさっきまでとは違って小さな笑みを浮かべ、頬はほんのりと赤い。
「・・・待って。チョウチョさん」
 大鳳はチョウチョを追い掛けて強力な装甲の施された飛行甲板の上をパタパタと走る。
「・・・チョウチョさん」
 大鳳はチョウチョを追い掛けて甲板を走る。と、
 ズデンッ!
 転んだ。しかも何もない平らな所で。顔面から。
 鼻を押さえながら起き上がった大鳳は一言。
「・・・痛い」
 そしてすぐにチョウチョの姿を追うが、どこにもいない。残念そうにうつむくと、
「・・・雛鳥?」
 少し離れた所に小さな雛鳥が落ちていた。まだ飛べない翼をパタパタと動かし、必死に起き上がろうとするが、そんな力はまだない。
 ピヨピヨと鳴くその雛鳥に大鳳はそっと近づくと、それを手で包むようにして持ち上げる。 温かな温もりを感じたのか、雛鳥は鳴くのを止めた。じっと、大鳳を見詰める。
「・・・親鳥」
 大鳳はキョロキョロと辺りを見回す。と、何かを見つけた。それは傾斜煙突と一体化した特徴的な艦橋の上に立つ軍艦旗を掲揚しているマストの中ほどにある茶色い木屑などの塊――鳥の巣。
 大鳳はじっと鳥の巣を見上げ、もう一度雛鳥を見詰める。そして、
「・・・お家、帰る」
 その瞬間、大鳳の身体がまばゆく光った。その神々しいまでの白い光は大鳳の背中に集約され、一対の白い翼となった。
 純白に光る翼からはキラキラとした輝きと白い羽毛が舞い踊る。
 翼を羽ばたかせ、大鳳は空へと飛んだ。
 一直線にマストへ向かい、鳥の巣に到達すると、そこには他にも数羽の雛鳥が口を開けていた。
 大鳳はそっと小さく微笑むと、手に抱いていた雛鳥をそっと巣に戻す。と、親鳥らしき小鳥が戻って来て、大鳳のまわりを飛んだ。まるで感謝しているかのよう。
 小さく微笑むと、純白の翼を羽ばたかせながらふと海を見詰める。その先には同じ第一航空戦隊を組む空母『翔鶴』『瑞鶴』が見える。その向こうにいる小さな空母は自分が入った為に第三航空戦隊に転属となった『瑞鳳』。さらにその向こうには自分を小型化したような外見を持つ『飛鷹』と『隼鷹』も見える。これが自分の仲間、第三艦隊だ。
 大鳳は機動部隊の面々をぼーっと見詰める。
 これが自分の仲間。
「・・・仲間」
 大鳳はより強く純白の翼を羽ばたかせた。
 木板ではなく装甲が張られた鈍い銀色に輝く飛行甲板に、一枚の白い羽が輝きながら落ちた。

 第三艦隊旗艦兼機動部隊旗艦・空母『翔鶴』の甲板では機動部隊のメンバーが大鳳の登場を歓迎していた。
「私は空母『翔鶴』の艦魂。この艦隊の全艦魂の命を預かる旗艦だ」
「・・・初めまして。空母『大鳳』です」
 新しい仲間の登場に嬉しいのを顔に出さないように気をつけながら、翔鶴は目の前に現れた瑞鶴よりもずっと幼い、隼鷹と同じくらいの少女――大鳳に手を伸ばす。大鳳もそれに応えて手を伸ばし、握手した。
 小さな手だった。
 この小さな手、小さな身体に、日本海軍全ての希望が詰まっていると思うと、複雑な気持ちになる。
「これからよろしく頼むな」
「・・・はい」
 手を放すと、大鳳はぼーっと自分の仲間達を見詰める。
 色々な人がいる。自分と同じくらいの子から大人な女性まで、長髪やセミロング、ポニーテールなど様々な人がいる。これが、自分の仲間。
 瑞鶴や翔鶴、瑞鳳など機動部隊の艦魂達は新たに仲間になった大鳳を見て、思った。
 ――武蔵に似てるなぁ・・・――
 幼い外見に無表情なその姿は、連合艦隊のトップに君臨するある少女と重なる。
 大鳳はぼーっとまわりを見回す。と、
「えへへ、大鳳よろしくね。私隼鷹って言うの。空母『隼鷹』の艦魂だよ」
 そう満面の笑みを向けてあいさつした隼鷹に、大鳳はぺこりと頭を下げる。と、
「ね、姉さん! 上官になんて無礼な態度を!」
 慌てて隼鷹の口を塞ぐと、飛鷹は「す、すみません!」と明らかに自分よりも年下な女の子に頭を下げる。
「ねぇ、大鳳の髪って変わってるね。茶色い髪なんて私初めて見たぁ」
「姉さん!」
 飛鷹が慌てて隼鷹の口を塞ぐ。そんな飛鷹と隼鷹をじっと見詰める大鳳。そして、
『あ・・・』
 唐突にその姿を消した。
 大鳳のいなくなった甲板の上で、艦魂達は呆然とする。
「あ、あれが・・・私達の新しい指揮官になる方?」
「だ、大丈夫かな・・・?」
「きっと大丈夫よ。ほら、大鳳司令って武蔵長官にどことなく似てるし」
「それって・・・有能だけどちょっと壊れた人って事・・・?」
「・・・それはそれで困るなぁ」
 駆逐艦達は次期第三艦隊旗艦、つまりはいずれは上官になるであろう大鳳に、一抹の不安を感じるのであった。
 そして、瑞鶴達は・・・
「か、変わった子だね、姉さん」
「うむ・・・少し不安だな・・・」
「良かった。三航戦に転属になって」
「瑞鳳、それは左遷なんじゃないかな?」
「お姉ちゃん大好きぃッ!」
 それぞれ(一人違うが)新たな仲間、及び新たな指揮官となるであろう大鳳に、不安を覚えるも、きっと大丈夫だろうと・・・自分に言い聞かせた。

 数日後の夜、月明かりに照らされる『大鳳』の艦橋の上、軍艦旗靡くマストの横を白く光り輝く翼を生やした大鳳が羽ばたいていた。
 巣の中ではピヨピヨと雛鳥達が口を大きく開けてエサを求めている。さっきも親鳥がエサを持って来ていたが、雛鳥の食欲の前では焼け石に水。再び陸に向かって飛んで行った。ここは洋上。親鳥も大変だろう。
 大鳳はポケットから畳まれた白い和紙を取り出す。開くと、そこにはミンチ状になったわずかな魚の肉があった。本物だ。悪いとは思ったが、さっき烹炊所から失敬してきたのだ。
 大鳳はミンチ状になった魚の肉を発現させたピンセットで小さく摘み、一羽一羽の口に運ぶ。雛鳥達はそれを喜んで食べる。
 少ししかなかった魚はすぐになくなってしまう。恐るべき雛鳥の食欲。
 ピヨピヨと雛鳥達はさらにエサを求める。しかし大鳳にはもう何もない。
「・・・ごめんなさい。もうないの」
 そう言うと、雛鳥達はピタッと鳴くのをやめた。まるで彼女の言葉がわかったかのようだ。
 大鳳は白く細い指で雛鳥の頭を撫でる。かわいい。その時、
「そんな所で何してるんだ?」
 下から誰かに声を掛けられた。不思議そうに振り向くと、そこには見慣れない少年が立っていた。誰だろう。しかしその横に立つ人物なら知っている。瑞鶴だ。
「大鳳! ちょっと降りて来てよぉ!」
 瑞鶴の声に、大鳳は不思議に思いながらも雛鳥に手を振って降下する。
 甲板の上にコツと足を着くと、大鳳は翼を消す。
 彼女の前にいたのは瑞鶴。そして少年の二人だった。
「えっと、突然ごめんね。この人の事を紹介したくて」
 この人とは隣に立つ少年の事だろう。大鳳はじっと彼を見詰める。
「彼は神風刹那飛行大尉。明日からあなたに配属される事になった戦闘機乗りだよ」
「神風刹那。よろしくね。へぇ、瑞鶴の言うとおり本当に茶色い髪なんだ」
 大尉に昇級したばかりの刹那は笑顔で大鳳に手を差し出す。大鳳もそれに応えて手を差し出して握手する。
 優しそうな人だった。だが、その手はとてもたくましい。この手で今まで数多くの敵機を撃ち落として来たのだろう。
「・・・よろしくお願いします」
 か細い小さな声であいさつすると、手を放す。
「大尉は私に配属されてたんだよ。これでも彼は真珠湾からの生き残りなんだ。その実力は折り紙つきだよ」
 真珠湾・・・自分の生まれるはるか前にこの戦争の発端となった戦い。
 大鳳はそんな歴戦のパイロットにぺこりと頭を垂れると、くるっと踵を返し、瑞鶴が止める前に光に包まれて消えた。
「もう、まだ話は終わってないのにぃ」
 不満そうに唇を尖らせる瑞鶴に、刹那は苦笑いする。
「お前の言うとおり変わった子だね」
「そうなんですよ。大変だと思いますけど、彼女の事をよろしくお願いしますね」
「いや、別に僕は彼女の保護者って訳じゃないんだけど・・・」
 刹那は新鋭空母の鉄の甲板の上で、彼女の消えた場所を見詰め、これから先の事を考えた。
 神風刹那の新たな物語が、始まった瞬間だった・・・

 連合艦隊司令部はトラック空襲でパラオに移転したが、その一ヶ月半後の三月三〇日、パラオも空襲された。
 古賀連合艦隊司令長官以下首脳部は翌日二機の二式大型飛行艇でフィリピンのダバオに向かったが、その途中で低気圧に巻き込まれて墜落。古賀長官は殉職した。
 だが、生存者が残っており、なんとか陸地に流れ着いた。だが、そこで米軍に協力する現地人のゲリラに捕虜にされ、重要な機密文書を奪われてしまった。その機密文書はマリアナ防衛作戦の参加兵力、航空機や艦艇の数、補給能力、指揮官の名前等が書き込まれた超重要書類で、米軍はこれを元に作戦を立案し、日本軍のその後の作戦遂行に甚大な影響を与えた。
 これを海軍乙事件と呼ぶ。

 時代は少し戻り一九四四年二月、マリアナ諸島に内地で温存されていた基地航空隊を基幹とした第一航空艦隊所属の一八〇〇機もの超航空部隊が配置された。これは日本軍の名実共に精鋭部隊であった。そんな第一航空艦隊の司令長官にはあの角田覚治中将が務めていた。
 角田中将は南太平洋海戦で南雲中将以下司令部が被弾した『翔鶴』と共に退陣した後に空母『隼鷹』で敵空母部隊を撃退した人物で、ミッドウェー海戦の英雄山口多聞中将の先輩に当たる闘将である。
 そんな角田はマリアナ諸島に配置された航空隊を用いて敵艦隊撃滅出撃を繰り返した。敵艦隊発見の知らせがあればそれが例え小規模な艦隊だろうが大艦隊だろうが全力攻撃を行い、数々の戦果を上げ、角田は米軍からも恐れられた指揮官であった。
 だが、数々の戦いを行えば飛行機の消耗も激しく、さらにはニューギニア方面防衛の為に戦力が分散され、四月頃には角田の手元には初期の四分の一以下の四〇〇機の可動機しか残されていなかった。
 この第一航空艦隊の戦力不足が、後の大作戦の致命的な敗因となった。

 その頃、内地にいる戦艦部隊は平和なものだった。
 その日開かれた艦魂会議には珍しく翔輝、さらには森下までが見物に来ていて、いつも以上に(特に大和以下翔輝連合)張り切って会議をしていた。
「・・・現在、私が考えたとおり日本軍の太平洋戦線の防衛線はマリアナ諸島を中心に、千島、マリアナ、フィリピンを絶対防衛とした《絶対国防圏》を制定。これを死守すべく角田中将率いる第一航空艦隊がマリアナ諸島に布陣し、敵艦隊迎撃を行っている。今現在多方面に戦力を分散している一航艦(第一航空艦隊の略)の可動可能機は四〇〇機余り。決定的な戦力不足になっている。決戦までに何としてでも航空機の増強を行わなければならない。米軍の進撃がこちらの予想よりも早いので、早期にマリアナ諸島の防備を増強する必要がある」
 武蔵はいつもと変わらずに無表情で説明をする。だが、時々チラチラと翔輝を見ている事は翔輝以外の全員に丸わかりだった。
「ここでうちから機動部隊代理として報告するどす」
 立ち上がったのは航空戦艦となった伊勢だった。
「第三艦隊こと機動部隊には先日、日本海軍空母技術の粋を集めた最新鋭空母である正式空母『大鳳』が配置されたどす。『大鳳』の性能は手元の資料に詳細が書かれとるからので省くどす。これにより機動部隊の戦力は大幅に上昇。それと後に機動部隊旗艦は『翔鶴』から『大鳳』に移る可能性があるという事を報告しておくどす」
 伊勢の報告に全員が『空母大鳳性能一覧』を見た。しばらくするとおおむね理解したのか、資料から目を離す。
 続いて大和が大和型戦艦の改造状況の報告をする。
「今現在私達大和型戦艦は二番、三番副砲の撤去が完了し、高角砲、機銃の配置に取り掛かっている状況です。さらに十五m測距儀の上には『三式二号電波探信儀二型』が取り付けられました。これにより、我が『大和』には対空用電探『一号電波探信儀三型』、『二式二号電波探信儀一型』、そして今回装備された水上兼射撃の『三式二号電波探信儀二型』の計三つの電探を装備し、艦の性能は飛躍的に向上しました」
 大和の説明が終わる。続いて武蔵が再び立ち上がって手元の資料を見ながら説明を始める。
「・・・次に第一機動艦隊の説明に入る。第一機動艦隊とは新設された航空艦隊。これは先日解体された第一艦隊の戦艦部隊を併合した第二艦隊と、機動部隊主力の第三艦隊との合同艦隊。第一機動艦隊の指揮権は第三艦隊司令部に置かれる。これにより海軍の主力が完全に航空部隊に移行される。つまり、私達戦艦は決戦の際は第二艦隊司令長官栗田健男中将の指揮下ではなく、第三艦隊司令長官小沢治三郎中将の指揮下に入り、機動部隊護衛の任務に就く事となる。以上」
 今日の会議はすごい勢いで色々な事が解決していく。そんないつもと違う艦魂達に金剛は戸惑いを隠せない。
「おい長門。一体どういう事だ? 今日はなぜこいつらこんなにやる気がみなぎっているんだ?」
「それはもちろん長谷川君がいるからよ」
「・・・そういう事か」
 金剛の大和達を見る目が好奇のものから呆れのものに変わる。その先にはすさまじい勢いで会議をこなす大和達が。
「ゲンキンな奴らだ」
「まぁいいじゃない。これで一気に片付けましょ」
 前向きな長門の言葉に、金剛は呆れながらうなずく。
 そんないつもとは違う会議を見て、日頃を何も知らない翔輝と森下は感心する。
「ほぉ、艦魂達はいつもこうやって議論してるのか?」
「はい。ですがこんなにマジメだと思ってませんでした。以前は会議と言っても実際に会議しているのは数人だけというものでしたから。成長したみたいです」
 翔輝はしみじみと思う。立派に成長した彼女達を心から嬉しく思うが、どこか寂しい気持ちもあったりする。
 完全に騙されている二人(特に翔輝)を観察しながら大和達は会議を進めていく。ここで好感度を一気に上げようという魂胆だ。
 結局、戦果は会議が通常の十倍以上の議題を終えるという大勝利だった。それに対し金剛は複雑な表情で報告書を見詰めるのであった。

 三月半ば、呉軍港に休養の為に機動部隊が入港した。
 呉に待機している艦隊の艦魂達は機動部隊を待ち望んでいた――新鋭空母『大鳳』の艦魂に会う為に――

 旗艦代理艦・戦艦『大和』の甲板には多くの艦魂が集まっていた。そこには翔輝の姿もあった。久しぶりに瑞鶴達に会うのが楽しみだったからだ。その時、翔輝達の目の前に光が輝き、機動部隊の艦魂達が現れた。
 多くの艦魂の仲に、翔鶴、瑞鶴、飛鷹、隼鷹の四人がいた。第三航空戦隊に転属になった瑞鳳は同じ戦隊の空母と共に別の軍港にいるからここにはいない。
 そして、そんな彼女達の中央には見た事がない少女が立っていた。
 年の頃は十歳くらい。武蔵や隼鷹のような年の子だ。
 日本人離れした茶色い髪をきれいに切り揃えられたボブカットにをした幼い女の子。まだまだ子供だ。着ている真新しい黒い士官用の軍服も、滑稽こっけいに見えてしまう。
 そして何よりぼーっとした瞳が特徴的だ。何を見ているか視線を追うが、何もない。
 整えられたその顔には一切の感情がなく無表情。翔輝は思わず隣に立つ無表情少女を盗み見た。似ている。顔とかではなく、雰囲気が・・・
 少女は右に翔鶴、左に瑞鶴を従えて武蔵に近寄ると、静かに敬礼した。
「・・・第三艦隊新旗艦兼第一機動艦隊旗艦・空母『大鳳』艦魂です」
「・・・連合艦隊旗艦・戦艦『武蔵』艦魂」
 かなり変わった光景がそこにあった。無表情の組み合わせなら武蔵と山城で見慣れているはずなのに、今度はそれに幼さが加わったせいかかなり奇妙な光景だ。
 お互いに無表情でお互いを見詰め、無言で握手を交わす。
 そんな二人を苦笑いしながら見詰めていると、袖を引かれた。振り返ると、翔鶴が「久しいな」と手を振っていた。
「翔鶴、久しぶり。元気にしてた?」
「まあな。やっと旗艦という大役を降りられたんだ。肩の荷が下りて楽になったよ」
「そっか、お疲れ様。あのさ翔鶴。ちょっと聞きたい事が――」
 言い終わる前に、翔鶴は首を振った。言わなくてもわかるという事だろうか。
「貴様の言いたい事はわかっている。だが、その前に紹介させてくれ。たぶん貴様は初面識のはずだからな」
 そう言って彼女の後ろから現れたのは長い髪を三つ編みにした細メガネの少女。縁なしメガネのブリッジを人差し指でクイッと上げると、少女はじっと翔輝を見詰める。
「え? だ、誰?」
 少女はその声にピクリと反応し、踵を揃えて直立し、ビシッと見事な敬礼をする。その服装を見る限り下士官なので巡洋艦の艦魂だろうか。
「いつも妹がお世話になっています」
「妹?」
 翔輝は知っている艦魂を頭の中に並べるが、組み合わせそうな艦魂がいない。さすがに資料不足である。
 そんな翔輝の反応が予想通りだったのか、少女は敬礼をやめると再びブリッジを上げる。
「申し遅れました。私の名前は祥鳳型航空母艦同型艦、空母『龍鳳りゅうほう』の艦魂と言います」
 少女、龍鳳はペコリと頭を垂れる。という事は妹というのは・・・
「瑞鳳のお姉さん?」
「はい」
 あぁ、なるほど。姉妹揃ってメガネという事か。
「瑞鳳のは祥鳳さんをマネして伊達メガネだけど、君のもそう?」
「いいえ。私のは度が入っています。瑞鳳と違って前線に出る機会が少なく、いつも事務仕事をしていたのでいつの間にか視力が落ちてしまったんです」
「大変だね」
「長谷川大尉ほどではありません」
 さらっと自分の名前を言った龍鳳に驚くが、きっと瑞鳳や翔鶴達から聞いていたのだろう。
「瑞鳳は第三航空戦隊に転属になりましたが、私は隼鷹と飛鷹と共に第二航空戦隊に転属になりました。これから先色々とお世話になると思いますので、こうしてごあいさつさせていただきました」
 丁寧な言葉遣いで言う龍鳳。妹の瑞鳳と違ってかなりしっかりしている。翔輝はあまり知らないがどことなく祥鳳と似ている。
「これからも妹共々よろしくお願い申し上げます」
「こ、こちらこそ」
 翔輝はそっと手を伸ばす。握手の合図だ。
 だが、差し出された彼の手を見て、龍鳳の顔色が変わった。先程のクールな表情は消え、新たに現れたのは恐怖。
「え・・・」
 驚く翔輝の前で、龍鳳はおろおろとする。そんな彼女の耳に翔鶴が何事かをささやいた。口の動きを見ると《奴なら大丈夫だ》と言っていた。一体何の事だろうか。
「よ、よろしくお願いします・・・」
 先程までのクールさはどこへやら、龍鳳はなぜか少し怯えながらおずおずと手を差し出してきた。心なしかその手は小刻みに震えている。
 一体何なのだろうか。
 先程までの彼女の健康そうな肌が、今は真っ青になっていて、脂汗を流している。これはあまりにも危ないのではないか。
「だ、大丈夫?」
「ひゃ、ひゃい」
 たぶん《はい》と言ったのだろうが、なぜか口まで回らなくなっている。
 そして、そっと差し出された彼女の細い手が、翔輝の手に近づく。その指先がそっと・・・触れた。
 瞬間、龍鳳の顔が凍りついた。
 身体は小刻みの震えからガクガクと激しく震え、青い顔色は真っ白になった。そして、
「い――」
 戸惑う翔輝は一瞬、顔に手を当ててがっくりとしている翔鶴の姿を見た。そして、
「いやぁあああああぁぁぁぁぁッ!」
 超音波的な叫び声を発し、激しく表情をゆがませながら、左手で翔輝の襟元を握る。
 そして――
「いやあああぁぁぁッ! 私に触らないでえええええぇぇぇぇぇッ!」
「ごふぁッ!?」
 容赦のないフルスイングの右拳が、翔輝の左頬にめり込んだ。
「いやぁッ! もういやぁッ! 何でこんな生き物が存在するのよ! ありえないありえないありえないありえないッ! 意味わかんないよぉッ!」
「な、何がわからごぶぅッ!?」
「半径五メートル以内に近寄らないで! 無理無理無理無理無理ぃッ! 無理に決まってるじゃないッ! Y染色体なんて滅んでしまえばいいのよッ! っていうかあんたが死になさいよゴミ虫ぃッ!」
「意味わかぐはぁッ!?」
 龍鳳はなぜか急にキレ出し、翔輝の存在意義激しく否定しながら問答無用の拳を顔面に打ち込んできた。それはあまりにも理不尽な言動と暴力だった。
「こわいこわいこわいこわいこわいッ! こわいよおおおおおぉぉぉぉッ!」
 最後には身体全体をしならせて放った強烈な拳が顔面を貫いた。その少女とは思えないすさまじい一撃に翔輝は吹っ飛んだ。
 甲板にぐったりと浜に打ち上げられたクラゲのように倒れた翔輝を見詰めて頭を抱える翔鶴の後ろに、身体をガクガクと震わせながら龍鳳は隠れる。
 あまりにも強烈な拳の連打に顔面に激痛が走り、立ち上がれない。鼻血が出てないのが奇跡だった。
「い、いってぇ・・・ッ!」
「大尉! 大丈夫ですか!?」
「長谷川はん!? どうしたんや!?」
「・・・翔輝!?」
「姉さん!? また何をやらかしたの!?」
 いきなり龍鳳にリンチにされた翔輝に驚いて大和、伊勢、武蔵、瑞鶴が駆け寄って来た。武蔵なんかはすっかり大鳳を置き忘れている。忘れられた大鳳はぼーっとこちらを見ている。
 一番背が似ている伊勢の肩を借りながら立ち上がると、泣きそう顔をした龍鳳の頭よしよしと撫でる翔鶴がいた。
「やはり長谷川でもダメだったか。女顔の貴様ならなんとかなるかと思ったのだが」
 ため息する翔鶴。
「ど、どういう事・・・?」
「龍鳳はな、男性恐怖症なんだ」
「だ、男性恐怖症・・・?」
「あぁ、男が怖くて、男が傍にいるだけで体調を崩すのだ。さらにもし万が一にでも、髪の毛一本でも男に触れれば、過剰な自己防衛本能で相手の男を再起不能になりかねないほど暴行してしまうんだ」
 翔鶴はまるで台本に書かれているかのように淡々としゃべる。なるほど。男性恐怖症か。男だらけの軍艦の艦魂には致命的な気がするが、この際はツッコミはなしだ。むしろ入れるべきは、
「だったら何で僕が握手を求めた時に止めなかったんだよぉッ!」
 そうすればどちらも辛い思いをしなくて済んだのに。
「いやだから、貴様なら大丈夫だと思ったんだ。貴様は私の知っている男の中で一番女性に人畜無害な存在だから賭けてみたんだ。女顔だしな。しかし全ては失敗に終わった」
「うぅ・・・そんな根拠のない可能性に賭けたせいで・・・」
 顔面が痛い。大和が心配そうに頬を撫でた。その瞬間鋭い痛みが走る。伊勢がそっと手鏡を見せてくれた。いつも見慣れた自分の顔は頬が赤く腫れていた。まあそうだろう。あれだけの攻撃を喰らえば。
「す、すみません・・・わ、悪気はないんです・・・」
 そう今にも泣きそうな声で翔鶴に隠れながら言う龍鳳。きっと彼女も身体が勝手に動いてしまうのであって、本心から殴りたい訳ではないのだろう。そんな彼女に怒る事なんてできる訳もなく・・・
「う、うん、平気。気にしないで」
 そう笑顔で返しながら、背後で重機関銃を構えていた武蔵にデコピンする。
 龍鳳は翔鶴から差し出されたハンカチで目の縁に溜まった涙を拭う。一見して普通の女の子と何ら変わりない彼女はどうしてまた男性恐怖症になったのだろか。
 翔輝が不思議に思っていると、その考えに気づいたのか、翔鶴が説明してくれた。
「別に龍鳳自身が男に暴行されたという事はない。だが、どうやら生まれた直後に兵と下士官の本気のケンカを見てしまって以来、男全般が怖くなってしまったらしい」
 なるほど。確かにそれなら男性恐怖症になっても仕方がないかもしれない。
「まぁ、とりあえずこんな子だが、悪い子ではない。仲良くしてやってくれ」
「龍鳳がいいなら別に構わないけど」
「わ、私も長谷川大尉とは仲良くなりたいです。姉さんからいつもあなたの話は聞いていますし、とても優しい人です――ですが、最低でも半径五メートルは離れてください。でないと、私の右ストレートが大尉を貫きますよ」
 彼女の気持ちは嬉しい。だが、後半の言葉はしっかりと覚えておこう。お互いの為にも。そして自分自身の命を守る為にも。
 それにしても、
「い、痛い・・・」
 艦魂は人間よりも強い。例えかわいい外見をした少女でも、その力は並の成人男性よりも強い。そんな強力な拳の連打を受けたのだ。痛くて当然だ。
 翔輝が再び頬に手を当てようとした時だった。
 ピト・・・
 突如頬に冷たい何かが触れた。痛いけど、気持ちいい。視線を向けると、そこにはわずかながらも心配そうな表情をした大鳳が自分を見上げていた。その手にはハンカチが握られ、それが頬に当たっている。しっとりと冷たいのはハンカチが冷水に浸けたものだからだ。
「あ、ありがとう・・・」
 驚きのあまり言葉を失った翔輝だが、なんとか声を出して礼を言う。だが、大鳳は無言のままハンカチを翔輝に渡すと、踵を返して、光と共に消えてしまった。
 呆然としていると、目の前にいた翔鶴がため息した。
「まったく。大鳳は一体何を考えているのか全くわからない」
「そうだよねぇ。私も全然わかんないよ。まるで武蔵みたいに無表情で、しかも武蔵以上に何もしゃべらないんだもん」
 瑞鶴はため息混じりに言う。きっと彼女もがんばって大鳳に挑んだが、ことごとく返り討ちになったのだろう。
「うーん、確かに似てるよね」
「長谷川もそう思うか? だからあいつの事は貴様に任せようと思ったんだが」
「ちょっと待ってよ! 僕に押し付けるつもり!?」
「長谷川大尉が適任なんですよ」
「いくら僕でも二人もあんな子を相手にはできないからね」
「うーむ、確かに・・・あてが外れた」
「ど、どうしよう姉さん」
 翔鶴と瑞鶴は珍しく本気で悩んでいる。それほどにまで厄介な子なのだろう。良かった。武蔵のおかげで助かった。
 一方、新たな仲間の登場に喜ぶ一同の中、金剛は不機嫌そうに顔をゆがませていた。
 確かにあまりにも幼すぎるという事はあった。しかし外見年齢的には武蔵とそう変わらない。しかも武蔵のような艦魂だ。武蔵ほどではないが、戦闘向きな翔鶴や補佐が得意な瑞鶴よりは機動部隊の旗艦には向いているだろう。そうも思った。
 しかし気に食わない。
 顔でも、性格でも、存在感でもない。気に食わないのは――あの茶色い髪だ。
 日本人なら黒い髪をしているのが当然だ。それでこそ大和撫子。日本女児だ。だがあの髪の色はそれを全て否定している。それが気に食わない。
 翔鶴の報告書によると、どうやら染めている訳ではなく地毛らしい。ならば仕方がない。自分では変えられない運命をとやかく言うほど、金剛は愚かではない。
 だが――
 不安だった。
 髪の色が違う。たったそれだけの事なのに、不吉な気がして震える。
 こんな気持ち、屈強な精神を持つ金剛が思うなんて滅多にない事だ。それほどの不安。
「・・・不吉だ。何か良からぬ事が起きぬといいんだが」
 金剛の独り言に、隣にいた山城はうまく聞き取れなかったのか首を傾げる。だが、それ以上訊く事はなく、再び翔輝達のやり取りを見詰める。無表情ながらも、その瞳にはわずかだが楽しそうな光があった。
 こんな幸せがずっと続けばいい、戦艦の魂だけど、彼女は平和を願った。
 大鳳のいなくなってしまった甲板では、目的を失った艦魂達が次々に自主退場していったが、翔輝達だけはいつまでもその場に留まっていた。交わされる会話は何気ない世間話。そんな何気ない時間が、幸せだった。
 長い髪を靡かせながら長門はそんな彼女達を見詰め、小さく優しげに微笑んだ。


・・・えっと、とりあえずすみません。
武蔵のファンの皆様には特にすみません。以前の大鳳が好きだった方々にはもっとすみません。
えっと、無口無表情キャラは設定当初は武蔵と山城と決めていたんですが、どうも最近はよく武蔵はしゃべるし、山城は出番が少ない(これは僕の配置ミスですが)。この状況の中、もう一度真の無表情無口なキャラを再降臨させなくてはいけないという考えから、大鳳のキャラを変えました。他にはツンデレキャラを増やしたいという考えもあったので、最終選考までこの二つが残ったのですが、結果はご覧の通りです。
大鳳、かなりミステリアスな女の子の予感。これからどうなるのか、僕にもわかりません。
さらに新たなキャラに龍鳳も加わりました。こっちも原作とはずいぶん設定が変わっていますが、あまり使っていなかったキャラですので大丈夫だと思います。ですが、男性恐怖症の女の子なんて初めて書きましたので、一体どうなるか僕にもわかりません(わからない事だらけだ)。しかも触れられただけで暴行行為。翔輝の受難は続きます。
これから先、いよいよ連合艦隊が破滅していく物語です。悲劇と同時に奇跡もある、そんな時代。
これからも応援よろしくお願いします!

追伸、先日《第一章第二節 艦魂の少女》に新しくある有名な言葉を入れました。
戦艦大和の最期に詳しい方なら、有名な士官、臼淵うすぶちいわお少佐を知っている方も多いと思います。
臼淵少佐のあの有名な言葉を見て、もう一度『大和』の生きた記憶を見詰めなおしてみましょう。
・・・うわぁ、ダサイ言い方。






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