第十章 第十節 大和型戦艦大改造計画
そして、時代はついに一九四四年に突入した。戦争が始まって四回目の年越しである。艦魂達もお正月を少しだけれど満喫した。だが、それもすぐに終わる。この瞬間にも米軍は確実に侵攻して来ているのだから――
一月十日、『大和』以下戦艦部隊は整備の為にトラック島を出航。一路呉を目指した。特に『大和』は去年の暮れに受けた敵潜魚雷の傷の修理。及び『武蔵』と共に対空装備の大幅な増築改造を受ける事になった。
蒼い海を白波を立てながら進む艦隊の中心にいる戦艦『大和』の会議室ではその大和型戦艦の大改造の話で盛り上がっていた。
「第二、第三副砲を撤去して高角砲と機銃の増強をするだと?」
改造計画の内容を聞かされた金剛は明らかに不機嫌そうな顔をして当事者である大和と武蔵を睨み付ける。大和は縮こまるが、武蔵は平然とその視線と対峙する。
「・・・そう。艦の防空能力を上げる為に対空装備を増強。その犠牲として副砲二基を撤去する」
「だが、そんな事をすれば砲撃力が不足するであろう?」
「・・・問題ない。これからは艦隊決戦よりも対空戦闘の方が多くなる。防空能力が低くては敵機に撃沈される恐れもある」
武蔵の言った《撃沈》という単語に、金剛は激怒した。
「大和型戦艦は不沈艦だ! 例え敵機が数万と襲い掛かって来ても沈む事はありえんッ!」
怒鳴る金剛を、武蔵は呆れたような目で見詰める。
「・・・神話論はいらない。大和型戦艦は注排水タンクが桁違いに大きいので《沈みにくい艦》という理論にはなる。だけど、絶対沈まない《不沈艦》なんていう神話論は存在しない」
「貴様! なぜ自分の価値を下げるような事を平気で言うのだ!」
「・・・事実を言っているだけ。不沈艦でなくても沈みにくい艦で十分。それでも敵戦艦を撃滅する事に問題ない。だが、無数に来襲する敵機に大砲で挑むのは無謀に近い。だからこそ、戦艦に重要な砲撃力を犠牲にして対空能力を上げる。これのどこに問題が?」
「飛行機で戦艦を沈めるなど――」
「・・・真珠湾攻撃の時にいた米戦艦。マレー沖海戦での英新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』。他にも我が方なら戦艦『比叡』などが有名」
「米英の戦艦はもろいのだ! それに『比叡』は連戦で傷ついた艦体に食らっただけだ。敵機のみにやられたのではない!」
「・・・例えそうであったとしても、戦艦が飛行機に負けた例はこんなにある。艦の防空能力を上げる必要がある判断材料が満載だと判断する」
「だが、艦隊決戦が――」
「・・・艦隊決戦を果たした戦艦は『霧島』のみ。もはや時代は航空機。貴様は今まで一体何を見て来た?」
鋭い眼光で睨み合う両者。先程から永遠とこんなやり取りを繰り返している。
過去の栄光や誇りを刀に攻める大艦巨砲主義の金剛。
完全理論武装を盾に返り討ちにする航空機主義の武蔵。
この異色の二人が結論を出すのは難しい。というかどちらかが妥協しない限り無理だが、どちらも妥協するような者ではない。つまり永遠に二人に結論が出るのは不可能なのだ。
睨み合う二人を一瞥して長門はため息して大和を見る。武蔵はこの改造に賛成しているが、大和はどちらかというと反対の立場だ。ちょうど今も翔輝に改造の話をしている。
「副砲の撤去なんて言語道断です。世界最強の砲撃力を持つ私が、なぜ対空装備程度の為に大事な砲撃力を犠牲にする必要があるんです?」
「ぼ、僕に聞かないでよ」
すっかり関係が回復した翔輝と大和。だが、今の大和はかなり不機嫌な為翔輝も対応に困っている。
大和は大艦巨砲主義の王者としての誇りを持っている。確かに航空機を優先させるなど航空主義はしているが、自分の対空装備増強の為に砲撃力を下げるのは彼女のプライドを傷つけている事になる。
唇を尖らせて不機嫌そうな態度を続ける大和に、翔輝はため息する。すると、そんな彼の横にいる雪風がおろおろと大和に近づく。
「司令。もっと冷静に」
「雪風は黙って」
「はい・・・」
従兵の雪風にも当たる始末。これはかなり危険な状況である。翔輝が万策尽きて助けを呼ぼうとすると、長門の方からやって来た。
「大和。まだごねてるの?」
「はい。断固として副砲撤去に反対しています」
「大和も金剛に負けず劣らず頑固者よね」
「そりゃあ自分の事ですから、慎重になるのは当然です」
「でも、姉妹でここまで意見が真っ二つになるなんて、すごいわ」
「元々正反対な二人ですから仕方ありませんよ」
翔輝は笑って言うが、大和が不機嫌そうなのは彼にとってもあまり気のいい状況ではない。なんとか雰囲気を正の方向に移行しようと翔輝は大和に声を掛ける。
「ほら大和。そんなに不機嫌そうにしてるとかわいくないぞ」
「そんなの関係ないです」
見事に一蹴された。向けた笑みは行き場を失って空しく散る。
「あらあら」
長門もこれには苦笑いしかできない。そんな状況でいると、金剛との激戦を終えた武蔵が戻って来た。
「あら武蔵。金剛は?」
「・・・悔しそうに顔をゆがませて不機嫌そうに出て行った」
「あらあら」
武蔵の勝利という誰もが予想したとおりの結果に終わったらしい。
少し疲れたのか、武蔵は肩をトントンと叩く。
「お疲れ様」
翔輝はそんな武蔵に優しく声を掛ける。すると、武蔵は別段気にした様子もなく。無表情を向ける。
「・・・問題ない。この程度の相手では疲れに入らない」
「金剛さんで《程度》なら、もう誰も君には勝てないよぉ」
翔輝の言葉に、武蔵は珍しく口を《へ》の字に曲げて細くした瞳を向けて不機嫌そうな顔になる。
「・・・いや、まだ難攻不落の要塞が残っている」
「え、誰?」
武蔵が勝てないような相手など、残ってはいないはずだ。そもそも彼女こそ最強の艦魂である。そんな彼女に勝てる艦魂などいる訳が――
「・・・今目の前にいる」
そこで二人の視線は一人の人物に当たった。当人は「んー?」と人差し指を唇に当てるという色っぽい仕草をしながら不思議そうにこちらを見ている――確かにある意味難攻不落だ。
「まぁ、それはそれとして・・・」
翔輝は再び不機嫌そうに唇を尖らせている大和に説明する。これからの時代は飛行機であり、艦隊決戦の機会はかなり少ない。それに比べて敵機の猛攻撃を受ける可能性の方が高い。ならば、使うかわからない砲撃力より、実用的な防空能力を上げた方がいいと説明する。大和自身も航空機の方が有利とはわかっている。だが、世界最大最強戦艦の誇りが彼女にはある。それを曲げる事になるのは嫌らしい。
金剛のように頭ごなしに否定している訳じゃないので、時間が経てばわかるだろうと、翔輝達は思った。ただ今は心の整理がついていないのだろう。
艦隊は順調に進み、十六日には呉に入港した。
各艦それぞれは船渠に入ったり沖に停泊したりと様々だったが、『大和』と『武蔵』は船渠に入った。半年ぶりに入った船渠で、『大和』は大改造を行われるのであった。
船渠に入り、兵達はそれぞれ休暇をもらった。これから『大和』は何ヶ月にも及ぶ大改造が行われる。兵達は久しぶりの内地の土を踏む為に我先にと艦を降りていった。
そんな仲、翔輝は休暇を取るか取らまいか迷っていたが、大和が「降りないでください」と泣きそうな目で言うもんだから、とりあえず休暇は先延ばしにする事にした。
「瑠璃には悪いけど、会うのはもう少し先だな」
と、翔輝は苦笑いした。
だが、お忘れだろうか。あの瑠璃という少女はこの呉海軍工廠の重要なスポンサーの一人娘。翔輝の為なら軍部だって動かすような彼女の強行突破を止める事など、ここにいる者は誰もできない。
だから――
「『大和』。相変わらず大きいですわ」
不敵な笑みを浮かべる少女が権力を使って『大和』に乗り込んで来ても、仕方がない事なのだ。
その頃、何も知らない翔輝は第三会議室にいた。艦魂達がこれからの事を話し合っているのを傍聴しようと思ったからだ。
「『大和』と『武蔵』はこれから長い間の休暇ね。私達も休暇だけど、あなた達ほど長くはないわ。だから最後まで一緒にいられないの。だから長谷川君。二人をよろしくね」
「ぼ、僕がですか?」
「そうよ。他に誰がこの二人の仲を取り持ってくれるのよ?」
「ま、まぁ、そうですが・・・」
翔輝は長門の説明に一応納得した。そんな翔輝を見詰め、長門は申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「ごめんね。あなた以外に二人を抑えられる人はいないのよ。お願い」
頭を下げて頼み込む長門に、翔輝も諦めたようにため息する。
「はい。まぁ、仕方ないですね。今回の休暇は少し少なめにするしか――」
「そんなの断じて認められませんわ!」
突如響いた声。これほど特徴のあるしゃべり方をするのは一人しかいない。
ある者はその懐かしい声に心躍らせ。
ある者は天敵の登場で不機嫌そうに顔をゆがめる。
またある者はこれ以上ややこしくなる展開に頭を痛める。
そんな色々な反応が飛び交う中、けたたましく部屋のドアを開けて入って来た人物は全員の予想通りの人だった。
「瑠璃!」
翔輝が嬉しそうに瑠璃に駆け寄る。瑠璃も翔輝を見つけると天真爛漫の笑みを浮かべる。その光景をおもしろくなさそうに見詰めている者数名。
翔輝は目の前にいる少女に少なからず驚いた。
たった半年しか離れていないのに、瑠璃はずいぶんと大人に成長していた。年齢はもう十五歳になっているはず。もう子供ではなく立派な大人の女である。出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる。かなりのスタイルである。
少し見ない間にずいぶん変わってしまった瑠璃に翔輝は困惑する。
「瑠璃・・・だよね?」
「そうですわ。何を言っているのですの?」
不思議そうに首を傾げる瑠璃。そんな仕草は変わっていない。翔輝はすっかり大人らしくなった瑠璃を見詰めて顔を赤くしながら、
「いや、その・・・ずいぶん大人らしくなったなぁ・・・って・・・」
「え・・・?」
お互いに次の言葉がなくなる。瑠璃は頬を赤くして翔輝を見詰めている。その視線は次の言葉を待っているかのようだ。そんな瑠璃に見られて翔輝は恥ずかしそうに視線を外す。
「その、翔輝様も十分かっこよくなられました」
沈黙に耐えかねて最初に開口したのは瑠璃。その瞳はしっかりと翔輝を見つめている。
「そ、そうかな?」
「はい。また背が高くなったと思います」
「うーん。自分じゃよくわからないなぁ」
翔輝が困ったように笑うと、瑠璃も嬉しそうに笑う。そんな二人の間に流れる甘い桃色の空気が気に入らない武蔵は突如翔輝の腕を掴む。
「・・・翔輝」
「む、武蔵? どうしたの? って、何か目が怖いよ?」
「あら、誰かと思ったら武蔵様じゃありませんか」
瑠璃は不敵な笑みを武蔵に向ける。それに対し武蔵は瑠璃を睨み付ける。常の彼女なら無視するが、瑠璃に対しては強い敵対心を抱いているようだ。
「今翔輝様とお話していますの。お邪魔虫は引っ込んでいてほしいですわ」
「・・・却下」
瑠璃の顔から事務的なものとはいえ笑顔が消え、武蔵を睨み付ける。両者の間にバチバチと火花が散りそうな睨み合いが起きている。
さすがの翔輝もこれは止めないといけないと思い止めに入る。
「ちょ、ちょっと二人とも。ケンカはやめてよ」
「翔輝様は黙っていてください」
「・・・翔輝。口出ししないで」
睨み合う両者はすでに互いしか見えていない。こうなってしまうと止めるのは難しい。翔輝がどうしようか悩んでいると、今度は大和が腕を引っ張った。振り返ると、大和は頬を赤らめながらどこか嬉しそうな笑みを浮かべている。
「大尉。二人の事はもうほっといてどっか行きましょう」
「え? でも・・・」
「あの二人のせいで大尉が困る必要はありません」
「いや、そうもいかないと思うんだけど」
「さぁさぁ行きましょう」
「え? あ、ちょっと――」
「何しているんですの!?」
「・・・姉さん!」
睨み合っていた瑠璃と武蔵は、翔輝を連行しようとしていた大和に怒鳴ると、今度は大和を睨み付ける。大和の漁夫の利作戦は失敗に終わった。
「翔輝様を勝手に連れて行かないでほしいですわ!」
「・・・姉さん。最ッ低ッ!」
瑠璃と武蔵が大和という共通の敵に攻撃を開始する。だが、そんな劣勢な大和にも助っ人が現れる。
「何やねん! あんた達やってずいぶんと横暴な行為をしているやないどすか!」
「ぐだぐだうるせぇんだよ! 黙ってろッ! 特に瑠璃!」
「航海士が困っている」
「そ、そうですよ! 大尉は誰のものでもないです!」
伊勢、榛名、山城、雪風の四名が参戦。これで大和が有利になるかと思われたが、
「・・・うるさい。おばさん」
「殺すぞッ!」
「航海士は誰のものでもない。私の執事になってもらう」
「山城姉はん! どさくさに紛れてとんでもない事言わんといてぇな!」
「翔輝様は私の許嫁ですわ!」
「そ、そんな事関係ないと思います!」
「っていうか、何で雪風がいるのよ?」
たった数秒で全員が全員敵になり、状況はさらに悪化した。七人の女の子が睨み合う光景はそうそう見れるものではない上にかなりの迫力がある。正直かなり怖い。
そんな中、あわあわとする翔輝にいつもと同じように屈託のない笑みを浮かべている長門が他人事のように笑う。
「あらあら、これはまた大変な事になったわね」
「長門さん! 笑ってる場合じゃないでしょ! 何とかしてくださいよ!」
「原因はあなたにあるのよ? 止めるのはあなたの責任だわ」
「ぼ、僕ですか!? 僕は何もしてませんよ!」
基本的に鈍感な翔輝は自分の存在がこの戦いの火種になっているなど知る由もない。だが、わからないくても翔輝はこの戦いを止めたい。
「ちょ、ちょっとみんなッ! 落ち着いてよ!」
間に割って入り、翔輝は七人の危険な少女達を止める。だが、翔輝が止めに入っても、戦いは止まらない。だが、こういうおいしい瞬間を狙っている少女にとっては絶好のチャンスだった。
「翔輝様! 逃げましょう!」
瑠璃は突如翔輝の腕を掴んで引っ張る。
「えッ!? 何で!?」
「愛の逃避行ですわッ!」
「いや、愛って!? 逃避行って!? ちょっと――うわっ!」
瑠璃は翔輝の腕を掴んだまま走り出した。その後を引きずられるようにして翔輝が続く。だが、戦いは終結するどころか冷戦から追撃戦に変化しただけだった。
「待てやゴラァッ!」
「大尉を返すです!」
「・・・ここは停戦条約を結ぶべき」
「長谷川はんを追いかけるんやぁッ!」
「はいッ!」
「機関銃の弾はフル」
逃げる瑠璃+αを追撃する六人。すさまじい足音を響かせて戦いの舞台は新たなステージに移った。
長門はただ一人残されてくすくすと笑っている。
「楽しそうね。長門」
そこに現れたのは屈託のない笑みを浮かべて現れた、今までここにはいなかった扶桑だった。
「あら扶桑。ずいぶん遅れての登場ね。重役出勤?」
「休みの日くらいゆっくりしたいのよ」
「そうね。確かにあなたの言うとおりだわ」
長門はおもしろそうに笑う。そんな長門に扶桑が不思議そうに首を傾げる。
「そういえば、さっき瑠璃って言ったけ? そんな女の子をが長谷川君を拉致ってそれを追い掛ける集団とすれ違ったけど、何?」
「今あなたが言ったとおりの連中よ」
「なるほど」
長門と扶桑は互いに笑い合った。どこか似ている二人はいつも仲が良い。二人はその後も笑みを浮かべ続け、他愛のない話で盛り上がった。
二五日、戦艦『大和』艦長が大野竹二大佐から森下信衛大佐に変わった。
就任したその日、彼は『大和』の前は『榛名』の艦長だった事を教えてくれた。そしてもう一つ――
「聞いて驚くなよ。俺は艦魂が見えるんだ」
森下は――艦魂が見える人物だった。
「そうか。君が榛名の言っていた長谷川大尉か。俺は森下信衛。よろしくな」
「こ、こちらこそ」
柔和な笑みで話し掛ける森下に翔輝は小さくなる。相手は大佐。しかもこの戦艦『大和』の艦長で務めてる人である。軍人たるもの上官に無礼な態度はできない。小さくなってしまうのも仕方がない事だ。
「おいおい。そう緊張するな。俺は今まで艦魂が見える奴と話した事がなかったんだ。まぁ、友達感覚で付き合ってくれや」
「そんな事できません!」
翔輝の必死な反応に森下は嬉しそうに笑う。その笑顔からはとてもいい人に見える。だが、
「艦長。冗談はやめてください・・・」
すっかりからかわれている翔輝は泣きそうだった。
「榛名!」
翔輝はその日の艦魂会議に殴り込みをした。
「・・・しょ、翔輝?」
指揮棒を持って黒板の海図を使って説明していた武蔵が目を見開いてこちらを見ている。他の者も同じような反応だった。
「あん? 何か用か?」
目的の人物――榛名は奥の席でふんぞり返っていた。そんな彼女に翔輝は怒鳴る。
「何で森下艦長の事を言わなかったッ!」
「森下? あぁ、今日『大和』艦長に栄転したんだっけ?」
「そうだ! 前はお前で艦長をしていた人だ! 何で教えてくれなかったんだよ!」
「何をだよ」
「艦長が艦魂が見えるって事だよ!」
「はぁ? 言う必要なんてなかっただろ?」
「あるよ! おかげで今日僕は艦長に話し掛けられても何を言えばいいのかわからなくて硬直したんだぞ!」
「知るかボケッ!」
「ボケって言った方がボケなんだよ!」
「んだとゴラァッ! 表出ろッ!」
いつになくキレている翔輝と噛み付く榛名。そんな睨み合う二人にまわりの者はどうすればいいかわからなくておろおろとするばかり。その時、
「お、ここか」
突然声が響き、中年の男が部屋に入って来た。それは大佐の階級章を輝かせた渦中の人――戦艦『大和』艦長・森下信衛大佐、その人であった。
「何だ森下。何しに来た?」
金剛が顔だけ向けて問う。その顔は相変わらず無愛想だ。
「いや、せっかく会議をやってる『大和』に来たんだ。ちょっと見学してみようと思ってさ」
「ふん。好きにしろ」
「・・・相変わらず素直じゃないな」
金剛と普通に森下は話している。そうやら彼女も森下を知っているらしい。妹の艦長なら当然か。しかしあの金剛と対等に話せるとはなかなか侮れない。
森下は部屋の中の艦魂達を見回し、嬉しそうにうなずく。
「それにしてもずいぶんと艦魂がいるじゃないか。長谷川大尉。紹介してくれないか?」
突然森下に指名された翔輝はめちゃくちゃ驚く。
「ぼ、僕がですか!?」
「そうだ。この空間では男は私と君だけだからな」
「いや、榛名とか、親しそうに話していた金剛さんに頼んだ方がいいかと」
「この二人が俺の頼みを聞いてくれる訳がないだろ?」
確かに。この二人に頼み事は無理だ。むしろ頼みたくない。後が怖すぎる。
結局、翔輝は森下に押し切られるようにして艦魂達の紹介をした。機動部隊の不在の為にここにいるのは戦艦の艦魂だけだったのですぐに終わった。
「長門は見た事があったな」
「えぇ、一度だけ面会したことがあったわね」
「悪いが、他は知らない顔ばかりだ」
「んまぁ、俺に来る奴なんてほとんどいねぇしな」
「でも、もう顔と名前は覚えたぞ。これからはよろしくな」
森下は優しく笑う。本当に笑顔の似合う人だ。その瞳は年を感じさせないほど少年のように若々しい。
そんな中、大和はとても嬉しそうに森下を見ていた。
「大尉。なんか今度の森下艦長って優しそうな人ですね」
「あぁ、艦魂が見える人はただでさえ少ないのに、艦長みたいな上級階級の人はそういないと思うよ」
ちなみに『瑞鶴』艦長貝塚大佐の事は、まだ彼らは知らない。
翔輝と大和が仲良く話していると、森下が近づいて来た。
「君が『大和』の艦魂かい?」
「あ、はい」
「これからよろしく頼むよ」
「は、はいッ!」
大和は見事な敬礼をした。そんな立派になった彼女を見て、翔輝は嬉しいような寂しいような複雑な心境だった。
戦艦『大和』新司令部は、後に《操艦の神様》と謳われる森下艦長の下で発足した。 |