艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(81/129)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第十章 第八節 海中に潜む悪魔 初めての戦傷


 十二月八日、翔輝の十九歳の誕生日は盛大に祝われた。去年できなかった分を取り戻すかのような大盤振る舞いだった。
「でも、いくら何でもやりすぎだろ」
 翔輝は目の前の光景に呆れてしまう。
 第三会議室は通常は会議や宴会に使われているが、宴会でもここまではやらない。
 部屋はきれいに飾りつけされていて、ライトアップまでされている。あれはLED? 何であるのこの時代にというツッコミは野暮だろう。
 だが、みんなで盛大に祝ってくれるのは恥ずかしいながらもすごく嬉しい。並ぶ豪華な料理や飾りつけはもちろんだが、特に嬉しかったのは雪風以下駆逐艦の有志で編成された艦魂軍楽隊の演奏だった。なぜ戦時中の日本で《ハッピーバスデートゥーユー》を演奏するのかツッコミを入れたかったが、あの金剛も黙殺しているのでそれもやめる。
 そして、なぜか戦時中の日本なのにケーキが用意され、ご丁寧に十九本のろうそくが灯っていた。もう流れにを身を任せる事にした翔輝はろうそくの火を一回で吹き消す。と、次の瞬間には爆発のように皆の拍手や激励の言葉が飛び交った。
 本日最大の山場を越えると、後は皆それぞれ料理を食べたり雑談をしたりしている。なんとなくいつもの光景に見えてきた。
「大尉! おめでとうございます!」
「長谷川はんおめでとぉ!」
「まあ、めでてぇな」
「おめでとぉ」
 などなど、多くの艦魂から次々にお祝いの言葉をもらう。ただし、プレゼントは今回はなしという事に翔輝から全員に通達しておいた。理由は前回一部だけでもあの量だったので、今年はたぶん殺人級の量が押し寄せると予想して却下したのだ。一部からは不満の声が上がったが、そこは耐えてもらうしかない。
 そんな誕生日会だが、皆はプレゼントの分まで大いに彼を祝った。みんなの笑顔に触れられた翔輝も、嬉しそうに微笑む。
 途中やっぱり武蔵と大和達がケンカに発展したが、ケンカも祭りの華と長門はこれを放置。殴り合いのケンカになる寸前で翔輝が慌てて止めるという騒ぎも起きたが、誕生日会は大いに盛り上がった。
 ともあれ、翔輝の誕生日はこうして無事に終わったのであった。

 嵐のような翔輝の誕生日が過ぎてから一週間ほど経った十二日、『大和』と『武蔵』の両艦は整備、補給の為にトラックを出発した。行き先はいつもの呉ではなく横須賀だった。
 ちなみに横須賀は武蔵の故郷である横須賀海軍工廠がある。海を進む時、武蔵の機嫌が多少なりとも良かったのは、故郷に帰れるからというものなのだろう。
 航海は問題なく終わり、十七日に両艦は横須賀港に入港した。
 対空機銃の増強が主な整備である為、両艦は船渠に入る事もなく海の上で整備作業が行われた。
 兵達にも一泊二日の休みが与えられたが、翔輝は『大和』に残った。大和達と一緒にいたかったからだ。途中瑠璃が現れるかと思ったが、この時瑠璃は瑪瑙や珊瑚と共に貴族会の旅行で四国にいたので来られないのが道理。そんな事を知らない翔輝ががっかりすると、大和にすねを蹴られた。めちゃくちゃ痛かった。
 整備作業は三日で終わり、二〇日には横須賀港を出港した。
 二隻の超弩級戦艦は護衛の駆逐艦数隻に守られながら進み続けた。
 何もかも順調な航海。このまま無事にトラックに入港する。誰もがそう思っていた。だが、そこで悲劇が起きた。
 二五日、トラック島北東海域を戦艦『大和』『武蔵』を中心とした艦隊は南に向かって進んでいた。
 その日は朝から鉛のように思い雲が空を覆い隠していた。
「お日様が現れませんね」
 大和が残念そうに艦橋の窓から空を見上げる。空は晴れるどころか雨が降りそうなくらい怪しげな天気だ。
「あぁ、この調子だと今日丸一日はこのままだな」
「そうですか。残念です」
 大和はどんよりとした空をつまらなそうに見詰めている。そんな彼女を見て、翔輝は小さく笑う。
「大尉。どうして笑うんですか?」
 唇を尖らせて問う大和。そんな彼女に翔輝は「ごめんごめん」と謝る。
「いや、なんかかわいくてさ」
「か、かわ・・・ッ!」
 翔輝の突然のそんな言葉に、大和は顔を真っ赤にさせてうつむく。そんな彼女を見詰め、翔輝は優しく微笑む。
 いつもと同じ平和な日常だった。
 ――だが、二人は忘れていた。
 ここがもう、敵に制海権を握られつつある危険な外洋――戦場であるという事を。
『四時方向より魚雷三本接近ッ!』
 突然響いた見張り兵の絶叫が、悲劇の始まりだった。
 参謀の一人が窓に立って確認すると、蒼い海の中に三本の白い線があった。それは、敵潜水艦が放った魚雷攻撃。そしてそれらは確実にこちらに向かって来ていた。
「面舵いっぱぁぁぁいッ!」
 大野はすぐさま回避行動を取るが、ここで大きな問題があった。普通なら右後方からの攻撃に対しては取舵を回すのだが、『大和』の左には『武蔵』がいた。この為、衝突しない為に大野は面舵を回した。だが、大和型戦艦は巨体ゆえに舵の反応が遅い、魚雷がずいぶん接近してからようやく艦は右に大きく回り始めた。だが、もう遅い。
『魚雷接近!』
 見張り兵の悲鳴が艦橋にこだまする。
「大尉!」
 大和は翔輝の胸に跳び込んだ。その肩は突然の戦闘――死への恐怖に小刻みに震えている。翔輝はそんな大和を抱き締める。
「大和。大丈夫。大丈夫だよ!」
 翔輝の行った言葉は自分へ向けたものでもあった。震える大和を、強く抱き締めた。そして・・・
 ズドオオオオオォォォォォン・・・
 鈍い音と振動が響き、魚雷一本が『大和』の第三砲塔付近に命中した。
「ひぐぅッ!」
「大和ッ!」
 大和は膝を着くと、顔をしかめて足を押さえる。翔輝が慌てて確認すると、白い肌を切り裂いて赤い切り傷ができていた。そこからは真っ赤な血が流れ出している。
「大和! しっかりしろ!」
『後部第三砲塔付近に魚雷一本命中!』
『機関室! 火薬庫に浸水! 防水ハッチ閉まります!』
『浸水区画封鎖!』
 幸いにも被害は軽微なものだった。大和型戦艦の持つ装甲は普通の戦艦のそれとは比べものにならない。確かに浸水はあったが破口は小さく済み、浸水も少ない。だが、いくら軽微とはいえ、彼女に痛みがない訳ではない。大和は苦しそうに足を押さえる。
「大和。しっかりして!」
 翔輝は自分のハンカチで大和の傷口を強く結んで塞ぐ。艦魂にやるだけなら痛みを和らぐ事くらいはできる。艦橋にいる全員がその光景を見詰める。翔輝が艦魂が見えるのはすでに皆知っている。彼らには空中に浮かぶ結ばれたハンカチしか見えないが、それでも翔輝の慌てぶりを見て少なからず大和が苦しんでいるのは理解できた。
「長谷川。お前はもういい。早く大和を安静な所で休ませておけ」
 航海長の言葉に翔輝はうなずき、苦しむ大和を抱え上げると、急いで艦橋を出て行った。向かった先は翔輝の部屋。翔輝は部屋に入ると自分のベッドに大和を寝かせた。大和は痛みを堪えるようにして苦しそうに顔をゆがめている。
「ううっ・・・くうッ・・・」
「大和・・・」
 翔輝が大和の看病をしていると、状況を理解した武蔵が現れた。その顔は無表情ではあるが、瞳は暗い。
「・・・姉さんの具合は?」
「右足をケガしてる」
「・・・そう。敵潜水艦は駆逐艦二隻が追撃してる」
「わかった」
 翔輝と武蔵は苦しんでいる大和を見て、何もできない自分達の無力さに唇を噛む事しかできなかった・・・

 その後、敵潜水艦を追撃した駆逐艦は敵を見つけられずに戻って来た。
 艦隊は逃げ込むようにしてトラック湾に入港した。

 鬼の金剛の怒りはすさまじいものだった。
 みすみす敵潜水艦に魚雷を放たれ、しかもそれが日本海軍の象徴である『大和』に命中してしまったのだ。その怒りは紅蓮の炎となって燃え上がる。
 金剛は護衛をしていた駆逐艦をすさまじい怒号で怒鳴る付ける。
「貴様らは一体に何をやっていたんだぁッ!」
 鬼の怒号が空間を振動させる。そのすさまじい迫力の前ではどんな者だろうと畏怖する。そんな彼女の目の前にいるのはいずれも彼女よりも年下かつ階級も下の者ばかり。そのどれもが金剛の憤激に小さくなっている。中には涙を流す者もいる。
「敵潜水艦を発見できないどころか、みすみす魚雷を発射され、あまつさえその魚雷が『大和』に命中するなど、万死に値するぞッ!」
 激昂する金剛を止められる者はそういない。だが、そんな金剛をその一人である長門が穏やかに止めに掛かる。
「まぁ、金剛。大和もたいしたケガじゃなかったんだし。彼女も許しているわよ。だから――」
「たわけえええええぇぇぇぇぇッ!」
 怒号と共に豪風まで吹いた。蒼い瞳は怒りに染まり、危険な光をギラギラと放っている。それらの全てが彼女の怒りが尋常じゃないのを物語っている。
 怒り狂う金剛は今度は楽観的な態度を取る長門に噛み付く。
「長門! 貴様みたいな楽観主義者は黙ってろッ! それに大和も甘すぎる! 指揮官としての自覚が足りんッ!」
 金剛は牙をむき出しにして震える駆逐艦達をギロリと睨み、怒鳴り付ける。
「しかも、追撃に失敗しただと? そんな体たらくでどうするッ! 貴様らは軍人としての自覚が足りんッ!」
「す、しゅみましぇん・・・」
 金剛の強烈な怒号についに泣き出す駆逐艦達。そんな彼女達があまりにかわいそうだったので、長門は怒り狂う金剛を説得する。
「金剛。いい加減にしなさい。彼女達のせいじゃないでしょ? 悪いのは彼女達に乗っていた見張り兵達でしょ? それなのにどうして彼女達が怒られなきゃいけないのよ」
「艦魂の精神がたるんでいると、艦全体の士気が下がるのを知らんのか?」
「そんな曖昧なものを理由にして怒るなんてどうかしてるわ」
「もういいッ! 話にならんッ!」
「えぇ、そうね。話にならないわ」
 金剛と長門お互いをキッと睨み付けると、ふんと互いにそっぽを向く。そして金剛は手に持っていた竹刀をバシィッ! と床を叩く。その音に駆逐艦達はビクリと震える。竹刀を腰に戻し、金剛は部屋を出て行ってしまった。
 去って行く金剛の背中を見詰め、長門は疲れたようにため息する。
「まったく、頑固な人よね」
 金剛とまともに口論できる数少ない人物である長門のおかげで、駆逐艦達の命は助かった。駆逐艦達は泣きながら長門に感謝する。それに対し長門は笑顔で一人一人の頭を撫でて泣き止ませる。本当にお姉さんみたいな人だ。
「ねぇ長門。大和は大丈夫なの?」
 扶桑が心配そうに訊く。それはここにいる全員が知りたい情報だった。
「まぁね。今は長谷川君と武蔵、それに雪風が看病してるはずよ。司令部は大慌てよ。まさか『大和』の装甲に穴が開くなんて思ってなかったみたい。どうも継ぎ目の部分で爆発して変形しちゃったみたい。でもさすが『大和』よ。すぐに浸水区画を封鎖してそれ以上の被害は食い止めたわ。被害自体はたいした事ないみたい。すぐに治るわよ」
 長門の言葉に、皆は安堵する。特に駆逐艦達は自分達の失態のせいで大和にケガをさせたと責任を感じていたのでほっと胸を撫で下ろす。
「でも、せっかく整備が終わったのにそのすぐ後に魚雷で傷つくなんて。これじゃあまた整備のし直しね」
「たぶんね」
 長門扶桑は互いに珍しく深刻そうな顔を浮かべながらため息した。
 ついにトラック島周辺にまで敵潜水艦が侵入するようになっていた。以前『大和』が敵潜水艦の攻撃を受けた際は、偵察程度の潜水艦だっただろうが、今回は違う。確実に迫る敵の包囲網の一端。それが今回の魚雷攻撃だ。
 二人はまるでのど下に刃物を突きつけられているような日本軍の戦況悪化に、もはや打つ手なしといった感じに首を横に振ると、静かにため息した。

 一方、ケガした大和は翔輝と武蔵、それに彼女の従兵である雪風の三人に看病されていた。
「足。大丈夫か?」
 心配する翔輝に、痛みがほとんどなくなった大和は笑顔で答える。
「はい。もうすっかり良くなりました。これも破口を応急処置してくれた兵の皆さんや大尉達のおかげです。ありがとうございました」
「礼を言われるような事じゃないよ」
 照れたように言う翔輝に、大和は再度礼を言う。そんな二人の雰囲気にピクリと眉を動かすのは武蔵。
「・・・むしろ、姉さんは一回ケガした方が良かったと思う」
「武蔵。それは一体どういう意味なのかな?」
 引きつった笑みを浮かべる大和に、武蔵は少し考えこう答える。
「・・・あれ。壊れたテレビは叩いて直せ」
「あんた。遠回しに私をバカにしてない?」
「いや、どう聞いたってストレートに言ってるぞ。バカだって」
「・・・バカにされているに気づかないのは、本当にバカな証拠。証拠と証明。作用反作用。サイン・コサイン・タンジェント」
「あぁもううるさいなぁッ!」
 さっきまで看病されて(特に翔輝に)幸せ気分だった大和は武蔵のせいで機嫌を悪くする。そんな姉妹二人を見詰め、雪風はくすくすと笑う。
「相変わらず仲がよろしいんですね。司令と武蔵さんは」
 雪風が嬉しそうにそう言いながら水の入ったコップを持ってくると、大和に差し出す。
「どこをどう見ればそうなるのよ」
 大和は口を尖らせて雪風が持ってきた水を受け取って飲む。そんな大和がいじらしくて、雪風は嬉しそうに微笑む。
「いえ、あらし舞風まいかぜがいつもケンカばかりしてたんですが、やっぱり一番その組み合わせが仲が良かったんですよ」
 嵐と舞風は雪風の妹で、今はもう二人とも海の底にいる。そんなもう二度と会えない妹達を嬉しそうに言う雪風は、心の強い子だ。
「ことわざでもあります。《ケンカするほど仲がいい》って」
「そうかな?」
「・・・正確にはそれはことわざじゃないし、私達の間にはないと判断する」
「八割がたケンカしてるよな。お前ら」
 真剣に考える三人を見て、雪風はおかしそうに笑う。そんな彼女の反応に大和は頬を赤らめて不機嫌そうに唇を尖らせる。
「な、何で笑うのよ」
「すみません。なんか、ちょっとかわいくて」
 くすくすと笑う雪風に、三人は自然と笑顔になる。そんな彼女達をオレンジ色の夕焼けが照らす。
 日本ではもう雪降る真冬だが、南海のトラックは逆に夏だ。でも、冷房完備の『大和』艦内ではそれは関係のない事だ。
「甲板の兵達は大変そうだな」
 翔輝は窓からふと甲板にいる兵達を見た。みんな汗水たらして仕事をしている。
「こう見てると、冷房の恩恵を受けて働いている僕がなんか楽してるみたいだな」
「そんな事ありませんよ。大尉は大変なお仕事をされているんですから」
「・・・姉さんのおもりとか」
「ケンカ売ってるの?」
 睨み合う両者。そんな二人を無視し、翔輝はふとある事を思い出して不機嫌そうに口を開く。
「なんか他艦の兵からは『大和』を『大和ホテル』。『武蔵』を『武蔵御殿たけぞうごでん』とか言って皮肉ってる奴もいるらしいけど。何もそこまで言わなくても――」
「長谷川大尉ッ!」
 雪風の慌てた声に振り返ると、そこには重苦しい雰囲気を出してうな垂れる超弩級不沈戦艦姉妹がいた。
「大和? 武蔵?」
「そうなんですよ。大和ホテルって、あはは・・・」
「・・・これ以上の屈辱はない」
 どうやらこの悪口はかなり二人の心を傷つけていたようだ。なんやかんやで二人は日本海軍の象徴である。一応プライドみたいなものがあるのだろう。それが見事に粉砕されるこの皮肉。うーむ。誰が考えたかは知らないが、すごいネーミングセンスだ。
 落ち込む二人に、翔輝は慌てて励ます。
「まぁ二人とも、そう落ち込まないでよ。『大和』も『武蔵』もトラックっていう前線で敵に対し抑止力としてちゃんと役に立ってるんだからさ」
 空前絶後の超弩級不沈戦艦が前線にいれば敵も畏怖してそう簡単にはトラックを攻め込めないというメリットがある。だからこそ両艦はトラックに配置されているのだ。今や航空機の時代とはいえ、航空機に次に恐ろしいのは海戦元主力である戦艦に変わりはない。
「そうですよね。私達の四六cm砲は敵を破壊するだけでなく、敵を畏怖させる効果もあるんです。だから役立たずじゃない。だから大和ホテルじゃない。大丈夫、大丈夫・・・」
 大和はまるで自分に暗示を掛けているかのようにブツブツと言い続ける。そんな彼女の横では武蔵が銃の手入れをする。なぜこのタイミングでやるのかは不思議だが、怖くて訊くに訊けない。なぜなら彼女の目がかなりヤバイくらいに血走っているからだ。
「・・・誰が言い始めたのか。私の四六cm砲でこの世から消し飛ばしてくれる」
 相当怒っているようであります。
「だ、大丈夫かな? この二人」
「大丈夫ですよ・・・たぶん」
 翔輝と雪風はそんな世界最強姉妹を見て苦笑いし合うしかできなかった。







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