第十章 第一節 懐かしきトラック前線
陸奥の死から二ヶ月が経った。辛い事であったが、みんな少しずつ元気を取り戻し、今では前とあまり変わらないくらいまで回復していた。そんなある日――
蒼い海の上を大艦巨砲主義の頂点に君臨する巨大戦艦が翔けていた。浮かべる城と呼ばれる山のような巨体を威風堂々とさせている二隻の超弩級不沈戦艦の名は――戦艦『大和』、戦艦『武蔵』。大日本帝国海軍の象徴である。
二隻とその護衛をしている駆逐艦はトラック島に向かっていた。ようやく両艦の整備が終わったからだ。先に整備が終わった他の戦艦は主に二隻ずつ数回に分かれてトッラクに向かった。ただし、『伊勢』と『日向』は航空戦艦への改装の為に呉に残っているが。
今回は最後の部隊で、日本海軍の象徴である大和型戦艦の二隻がトラック島に向かっている。
艦橋の中では久しぶりの海を楽しんでいる大和がいた。その隣には航海室から持って来た資料を航海長に渡している翔輝の姿もあった。
「これが頼まれた物です」
「おう、ありがとう」
航海長は受け取った資料を艦長である松田に渡し、何かを相談する。
急ぎの仕事を終え、翔輝が安堵の息を漏らす。
「長谷川中尉も大変だな。すっかり航海長のお気に入りで」
隣にいた若い航海士の言葉に、翔輝は苦笑いする。その時、
「長谷川中尉はいますか?」
その声に振り向くと、そこには水上がいた。
「水上? どうしたんだ?」
「港を出る時に預かった手紙を今配ってたんですけど、中尉宛てのがあったので届けに来たんです」
「そう、ありがとう。でも後ででも良かったのに」
「早く渡そうと思いましてね。またいつもの人からですよ」
「あぁ、瑠璃だろ?」
「はい。恋人さんからです」
「ははは、違うって」
そう言いながらも、翔輝は嬉しそうに水上から手紙を受け取る。
「今は仕事中だからね。手紙は後で読むよ」
「そうですか。では自分はこれで」
そう言って敬礼すると、水上は艦橋を出て行った。それを見計らってか、大和は翔輝に話し掛ける。
「また瑠璃さんからですか?」
「うん。そうだけど」
「よくもまぁ飽きもせずに送って来ますね」
「コラコラ。瑠璃の悪口は言うなよな」
「むぅ、中尉は瑠璃さんと私。一体どっちの味方なんですか?」
「別に。中立だけど」
「何で私の味方じゃないんですか?」
「何でって言われてもなぁ」
笑う翔輝を不機嫌そうに見詰める大和。いつもと変わらない、平和な会話。平和なひと時。何もかもがのどかな時間が流れる。その時、
『前方にトラック諸島を確認!』
艦橋に見張り兵の声が伝声管を伝わって響いた。全員が窓の外を見詰めると、水平線の上にポツポツと黒い点が見えた。
――懐かしの、トラック諸島だった――
「みなさん、お元気にしているでしょうか?」
大和はもう笑顔満開でトラックを見詰めながら言う。久しぶりに会える仲間などの顔を思い浮かべているのだろう。
「さあな。雪風とも久しぶりに会えるしな」
「はい。呉の護衛には参加できませんでしたからね。久しぶりに会えます」
「他にもいろんな駆逐艦や潜水艦の子とも会えるしね」
嬉しそうに言う翔輝に、どこか素直に喜べない大和だった。
その間も艦隊はトラック島に向かって進み続けた。
トラック島に入港し、『大和』と『武蔵』は錨を下ろして停泊した。すると、それを待っていたかのように『大和』の甲板に多くの艦魂達が現れた。翔輝と大和も急いで甲板に行くと、そこにはトッラク島に待機していた艦の艦魂達が二人を出迎えていた。
「おっせーぞッ!」
先に来ていた榛名が嬉しそうに手を振る。その横には相変わらず不機嫌な顔をしている金剛の姿もあった。
「ごめんごめん」
翔輝が笑いながら現れると、一瞬にして多くの艦魂達に取り囲まれた。
「中尉。お久しぶりです!」
「うわぁ、身長伸びましたか?」
「中尉がいなくて寂しかったですよ」
「は、長谷川中尉。お、お久しぶりです」
駆逐艦や潜水艦の子達に囲まれ、翔輝も嬉しそうにみんなに話し掛ける。その様子を、大和はどこかおもしろくなさそうに見詰める。その時、
「司令! お久しぶりです!」
「雪風!? 久しぶり!」
大和に元気良く声を掛けたのは大和の従兵を務める雪風だ。雪風は嬉しそうに大和にあいさつし、大和も嬉しそうにそれに答える。
「三ヶ月ぶりですね」
「えぇ、もうそんなになるのね」
「はい。戦艦が一隻もいなくなると寂しいものでした」
「そう。ならもう安心ね。こうして戦艦が七隻もそろったんだから」
「はいッ! 世界最強帝国海軍がこうしてそろうと威風堂々としますね」
「そうね」
「おぉ、雪風。久しぶり」
ようやく多くの艦魂達から解放された翔輝がにこやかな笑みを浮かべて二人の所にやって来た。雪風はすぐに敬礼する。
「お久しぶりです。長谷川中尉」
「久しぶり。元気にしてたか?」
「はい。この通りです」
「そっか。良かったな」
久しぶりの再会を嬉しそうに三人は笑顔で色々な話をする。だが、そんな陽気な雰囲気と相反して、にぎやかな艦魂達の輪から少し離れた所では、金剛と武蔵が深刻そうな顔で何やら重々しい話をしていた。
「連合軍の侵攻状況は?」
「・・・ソロモン海のニュージョージア島のムンダ飛行場が陥落。我が軍の防御拠点は後方のコロンバンガラ島に集中。防御陣地の建設の為に輸送船団を派遣するも、敵艦隊と遭遇。護衛の駆逐艦が壊滅し、輸送作戦は失敗(ベラ湾夜戦)。さらにその後連合軍はこちらの予想を裏切り、コロンバンガラ島のさらに後方のベララベラ島に上陸。これによりコロンバンガラ島の友軍は孤立し、輸送路も断たれた。今現在はこんなところ」
武蔵の説明に、金剛は不機嫌そうに眉を吊り上げる。
「まったく、護衛の駆逐艦四隻中三隻が沈没とは、体たらくにもほどがある」
不機嫌そうに吐き捨てて竹刀をピシャリと甲板に叩きつける金剛。彼女は輸送作戦の失敗は駆逐艦の無能さが原因だと思っていた。しかし武蔵はそんな金剛に対して首を横に振る。
「・・・仕方がない。向こうはレーダーでこちらの艦隊を捕捉して攻撃したけど、こちらは敵艦隊の存在には気づかず、完全な奇襲になったんだから」
武蔵の言葉に、金剛はさらに不機嫌そうになる。口をへの字に曲げて何事かを考えると、小さくため息をした。
「しかし、日本海軍の十八番の夜戦までもがアメリカに敗北してしまうなど、そのれーだーとやらはすごい性能を持っているらしいな」
「・・・それに対し、我が軍は夜間で敵艦隊を発見するのは困難。見つけたとしても照明弾か照射灯で敵艦隊を照らし出し、その後は目視射撃。さらに照明弾や照射灯を使えばこちらの位置まで気づかれ、集中攻撃を受ける。これではいまだに目視射撃を行っている我が軍が圧倒的に不利」
「れーだーという物は好かんが、できる事なら我が軍の艦艇全てに設置したいものだ」
「・・・同感」
二人はため息をすると、トラックの平穏な海を見詰める。この一歩外洋に出ればもう戦地なのだ。それだけ敵の包囲網が迫っているという事だ。
金剛と武蔵が戦況の悪化に頭を悩ましているのも知らず、他の艦魂達は楽しそうに会話をしていた。
その夜、久しぶりの大和と武蔵の登場に、戦艦『大和』の第三会議室では宴会が開かれていた。
「そうなんですか、伊勢さんと日向さんが航空戦艦に」
「そうなんだ。半分戦艦半分空母みたいなものだって」
「重巡『最上』や利根型重巡みたなものですか?」
「まぁ、似たようなものだって」
大和から戦艦『伊勢』『日向』の航空戦艦改造の話を雪風は興味津々で聞いていた。そんな友好を深め合っている二人から少し離れた所で、翔輝は武蔵と二人きりで会話をしていた。
「相変わらず、トラックにいる連中は元気がいいな」
わいわいと騒ぐ艦魂達を見詰め、翔輝は嬉しそうに微笑む。だが、武蔵の顔は明るくない。翔輝と二人きりなのに、いつもと変わらぬ無表情。
「・・・一応、ここも前線だから。元気がなくちゃ、やってけない」
「前線と言っても、ラバウルみたいに敵機が襲ってこないけどな」
「・・・」
翔輝はラムネを口にする。炭酸のさわやかさとほのかな甘みが口の中を心地良く刺激し、のどにうるおいをもたらす。翔輝はもう一本を武蔵に渡す。武蔵はそれを無言で受け取ると、フタを空けて一口飲む。
「・・・でも、いつかはここも空襲される」
武蔵はそうぽつりと言った。そんな彼女の言葉に翔輝は小さくため息する。
「まぁ、このままアメリカが侵攻して来ればそうなるな」
「・・・このトラック島が陥落したら、次はパラオに司令部を移転させる」
「だけど、そこもいつかは落ちるだろうな」
「・・・(コクリ)」
「シンガポールの方はまだ安全だったよな?」
「・・・インド洋作戦以降、英東洋艦隊は隠れていて目だった戦いも起きていない。でも、対米戦にはあそこはあまり戦術的価値はない」
「だけど、あそこが落ちれば南方資源地帯の拠点を失う。戦略的価値はずいぶんと高い場所だよ」
「・・・でも、シンガポールまで攻めなくても、フィリピンを落とせば南方資源地帯との補給路を断たれる。もし敵が攻めて来ても、フィリピンは死守しなければならない」
「だけどさ、マリアナ諸島や台湾が落ちてもヤバイだろ? どっちも日本本土に近い重要拠点だから」
「・・・そこも死守」
「・・・なんか、死守するものが多くてやんなっちまうな」
「・・・同感」
二人は先の見えない未来にため息する。
すっかり防衛戦になったこの戦いも、いよいよ日本の重要拠点までもが危うい局面まで来ているのだ。
後にマリアナ諸島もフィリピンも失う事を、彼らは知らない。だからこそ、今に全力を注ぐしか方法はないのだ。
――例えそれが、命を失う事になってもでも・・・――
「武蔵?」
急に黙りこくった武蔵に翔輝はそっと声を掛ける。武蔵は小さく首を振り「・・・何でもない」と小さく答えた。
「そ、そうか」
「・・・」
武蔵は手に持ったままのラムネを口にする。
自己犠牲を覚悟しているところは、そっくりな二人だ。決して自己犠牲がいいという訳ではない。だが、それが間違っているとも、否定できないのはまた事実。
何かを守る為には、何かを犠牲にしなければならない。
大きなものを助ける為に、小さなものを犠牲にする。それが世の中の摂理。例えその犠牲が自分だとしても、構わないと考えるのが翔輝と武蔵だ。
似ているからこそ、お互いを信用でき、理解できる。その証拠に、この二人の間には他人ではわからない絆がある。
武蔵の微妙な表情の変化を読み取れる翔輝。
翔輝の考えに同調し、常に彼をフォローする武蔵。
同じような者同士だから、わかり合える。それがこの二人。
そんな他とは違う絆を持っている二人を不機嫌そうに睨んでいるのは、この二人とは考え方がまったく逆な少女――大和。
彼女は自己犠牲を認めない。何かを助ける為に何かを犠牲にするなど、考えられない者。全てを助ける事を前提に行動する。
例え小さなものでも犠牲は犠牲。そんなものは絶対に必要としない。それが大和という少女である。
「中尉。何武蔵と話をしているんですか?」
雪風を連れた大和は二人に近寄ると不機嫌そうに翔輝に尋ねる。
「別に。たいした事じゃないよ」
「たいした事じゃないなら、言っても構わないのではないですか?」
「別にいちいちお前に言う事はないだろ?」
「そ、それはそうですが」
そう言われてしまうと言い返せない。どうすればいいか考えを模索する大和に、翔輝は少し不機嫌そうに口を尖らす。
「だいたい、お前は何かしら僕を束縛するような事をするけど、一体何なんだよ?」
「そ、束縛だなんてそんな・・・ッ!」
そんな事をしているつもりはない。翔輝は自分のものでもないし誰のものでもない。彼は彼自身のものだ。そんな彼を束縛しているなんて、大和は考えた事すらなかった。
「・・・事実」
「う、うるさいなッ!」
ふんっと大和はかわいくない妹の武蔵にそっぽを向ける。武蔵は別段気にした様子もなく無表情でラムネを飲む。
そんな余裕な態度をする武蔵にイライラする大和。その後ろから事の成り行きを見ていた雪風は不思議そうに自らの上官に問う。
「司令。何か少し会わないうちに武蔵長官と中尉がずいぶんと仲が良くなったようですが――」
「う、うるさいなッ! もうッ!」
「す、すみませんッ!」
縮こまる雪風に少し言い過ぎたなと思う大和。だがすぐにその考えは消え、翔輝と武蔵に視線を戻す。
先程とは打って変わって楽しげに話す翔輝。
表情に変化があるかないかよくわからない武蔵。
雪風の言うとおり、最近翔輝と武蔵は仲が良い。前々から翔輝は何かしら武蔵に肩入れする事が多かったが、最近は特に多い。時期的には陸奥が死んだあたりからだ。今月にあった武蔵の誕生日には、なんとなく自分の時よりも祝っていた(完全な気のせいだが)気がする。
実の妹である武蔵が――非常に恨めしい。
だから、楽しそうに話す翔輝が憎らしく、そんなに優しく話し掛けられているのに、全く表情を変えずに聞いているのか聞いていないのかよくわからない反応をしている武蔵が――許せなかった。
「ちょっと武蔵。せっかく中尉がそんなに親しげに話し掛けてくれているのに、どうしてそんなに冷たくしてるの?」
「・・・え」
武蔵は目をパチクリとさせる。彼女にしては珍しく誰が見ても驚いた顔だ。
「大和。何言って――」
「表情の一つも変えないなんて、どこまで心が冷たいの?」
「・・・」
大和の言葉に、武蔵は無表情のまま大和を見詰める。その瞳に対し「何よ」と少し動揺する大和。そんな大和に、翔輝はため息する。
「大和」
「な、何ですか?」
「武蔵はちゃんと表情を変えてるよ?」
「はぁ? 何言ってるのですか? 武蔵は先程から一切表情に変化などさせていませんじゃないですか」
「お前、本当にわかってないのか?」
翔輝のその少し小ばかにしたような言い方に、大和はむっとする。そのせいで自然と口調が強くなってしまう。
「わかりませんよ。中尉が言っている言葉の意味が全くわかりません」
大和のやけクソの一撃に、翔輝は本当に呆れているようなため息をする。そんなため息にも大和はカチンとくる。
「な、なんですか」
「あのなぁ、お前こいつの姉だろ? 自分の妹の表情の変化ぐらいわからないのかよ」
「だから武蔵は表情なんか変化させてなんか――」
「してるってば」
「へ?」
大和はぽかーんとした顔をする。そりゃあもうアホ面全開である。そんな大和に翔輝は再びため息して頭を掻く。
「慣れなくちゃわかんねぇけど。微妙に変わってるんだよ」
「う、ウソです。全然変わってないじゃないですか」
「だから変わってんだよ。本当に微妙だけどな――見てみろ。お前にひどい事を言われて、武蔵かなり傷ついているぞ」
翔輝の言葉に大和は驚いて武蔵を凝視する。しかし彼女はいつも通り無表情をしている。眉もピクリとも動かない。どう見ても、いくら見ても何もわからない。
「やっぱりいつもと一緒です」きっぱりとそう答える。
「お前なぁ」
「・・・」
「何の話?」
長門達が何やら四人の間に発生した険悪な雰囲気に気づいて来て見ると、そこでは大和と対峙している翔輝と、二人を見詰めている武蔵と雪風の四人がいた。
「ねぇ、一体どうしたのよ」
長門が不思議そうに問うと、翔輝は聞いてくださいよと言わんばかりに話す。
「それが、大和は武蔵の姉なのに、彼女の表情の変化がわからないと言うんです」
「武蔵の表情の変化?」
長門は不思議そうに首を傾げる。そんな長門の反応に今度は翔輝が驚く。
「え? 長門さんも、わからないんですか?」
そう問うと、長門は少し考えた後に首を横に振る。
「一応わかるわよ。たまにすごくわかりやすい感情を表情に出すから」
「それは本当にすごい時だけです。それ以外の彼女の微妙な表情の変化はどうですか?」
「え? 武蔵ってそんなに表情が変わってた?」
翔輝に雷が落ちたように見えたのは気のせいだろうか?
「ま、マジですか?」
目を大きく見開いて驚く翔輝。それに対し長門も真剣な顔で、
「うん。すっごくマジ」と答える。
「それはちょっとひど過ぎるんじゃ――」
「・・・翔輝。もういい」
二人を会話を遮ったのは少し怒ったような(翔輝にしかわからない)声で言う武蔵。表情も不機嫌そう(翔輝にしかわからない)で翔輝の服の裾クイクイっと引っ張る。
「で、でも・・・」
渋る翔輝に、武蔵は小さく首を横に振る。
「・・・私は、翔輝が理解してくれているだけで十分」
武蔵はそう言って翔輝の服の裾を掴んだまま立ち上がり、歩き出す。
「む、武蔵。ちょっと――」
「中尉!? ちょっと武蔵! 中尉をどうするつもり!?」
「・・・姉さんには、関係ない。これは私と翔輝との問題」
「そうはいかないわッ! 中尉を返して!」
「ちょっと二人とも! やめてよ!」
睨み合うよくケンカする困った姉妹。そんな二人をなんとかなだめようとがんばる翔輝。そんな彼の前にいきなりラムネが現れた。
「航海士。すこし落ち着け」
「山城」
ラムネを渡したのは、武蔵の最終進化形態(仮)である――山城だった。山城は彼がラムネを受け取ると、武蔵をじっと見詰める。
「先に言っておく。私は武蔵の表情の変化は読める」
「え、うそッ!」
「私は武蔵に似てるからだいたいはわかる。だが、長谷川ほどではない」
「さすが同族」
「ほめているのか?」
「一応」
「そうか」
なんとなく納得いかない山城は無言で翔輝を見詰める。そんな視線から逃げるようにして翔輝は大和姉妹のケンカの仲裁を始める。もうすでに殴り合いに発展しそうな勢いだった。
「ほら、女の子がそんな恐怖の目をするなって」
翔輝の言葉に、二人は睨み合った後お互いに反対方向を向く。
「お、お前らなぁ」
あまりの姉妹の仲の悪さにさすがの翔輝も呆れる。
「・・・行こ。翔輝」
「え? のわッ!」
「あぁッ! 武蔵! 中尉を返しなさい!」
「司令!? どこに行かれるんですか!?」
翔輝を捕獲して逃亡する武蔵。そんな武蔵を追跡して飛び出す大和。驚いて自分が使える主を追い掛ける雪風。
そんな相変わらずな翔輝達を見て、艦魂達は嬉しそうにほがらかな笑みを浮かべていた。
翔輝は何とか二人に停戦条約を結ばせ、自分の部屋に連れて来た。
「お前らなぁ。いい加減仲直りしろよ」
停戦条約を結んでも、いまだに冷戦状態が続く二人。そんな一触即発な臨戦態勢の二人を、翔輝は呆れながら見詰める。そんな三人を見て、雪風は嬉しそうに微笑む。
「相変わらず仲がよろしいのですね」
「そうかな?」
「はい――いえ、以前よりも、ずっと・・・」
優しく微笑む雪風に翔輝は見とれた。
――雪風って、こんな優しい笑顔ができたんだ・・・――
その笑みはとても幸せそうに見える。が、そんな瞳の奥に、秘められた悲しみがあるのが翔輝には見えた。
トラックに来る途中に艦魂達の状況を確認する為に見た資料の一つを思い出した。その資料の名は――陽炎型駆逐艦・各艦戦没記録。
「なぁ雪風」
「はい。何でしょうか?」
翔輝の声に、雪風は優しげな笑顔で対応する。そんな彼女い翔輝は確認するように訊く。
「僕らがトラックを離れて呉に戻っている間に、お姉さんや妹さんが何人か亡くなったんでしょ?」
「・・・はい」
悲しそうに返事する雪風。
この戦艦部隊――特に『大和』が内地に戻っていた三ヶ月の間に、陽炎型駆逐艦は五隻沈没した。
陽炎十九姉妹の内、すでに四人――つまり四隻が沈没している。さらにこの三ヶ月の間に五隻も沈没し、その中には陽炎姉妹の長女――陽炎も入っている。よく妹達の不祥事に自ら頭を下げて大事な妹達を守って来た陽炎も、『大和』がトラックを出たその日、輸送作戦中に機雷に触れて損傷し、航行不能になった所で敵機の来襲を受け、ソロモン海に沈んだ。
長女を失った陽炎姉妹は次女の不知火と義理の姉妹である夕雲十九姉妹の長女――夕雲が統一している。
雪風は先程の笑みをやめ、悲しそうに顔を伏せる。その姿は、翔輝も知っている大切な人を失った悲しみに包まれている。
「陽炎姉さんも死んだ。黒潮姉さんも、親潮姉さんも、夏潮姉さんも、早潮姉さんも、時津風も、嵐も、萩風も、舞風も――みんな死にました。残っているのは、私を含めてあと十人。姉妹も、半分近くいなくなってしまいました」
「駆逐艦は最も活躍している艦艇だからね。損失率も高いんだ。仕方がないと言えばそれまでだけど、辛いよね」
「はい・・・」
「僕も仲の良かった艦魂を多く失ったよ」
「・・・二ヶ月前、陸奥参謀が亡くなられたんですよね」
「あぁ」
「とても仲が良かったですよね」
「うん。だから、すごく辛かった。自殺未遂までしたけど、大和や武蔵に止められちゃった」
「あ、当たり前ですよ! 何考えてるんですか!?」
途端に本気で怒る雪風。それは彼の事を本気で心配している証拠だ。そんな彼女の姿を見て、翔輝は自然と笑ってしまう。
「あはは、何にも考えてなかったなぁ」
「笑い事じゃありませんッ!」
「――でも、心配してくれるんだ」
「え?」
驚く雪風に、翔輝は優しく微笑む。
「ありがとう」
「あ、いや、その・・・ッ!」
急に慌て出す雪風に翔輝は不思議そうに彼女を見詰める。雪風は顔を真っ赤にしながら翔輝から視線を外す。その表情は少し嬉しそうに見える。
「中尉は、お変わりになりませんね」
「そう? 成長してないって事?」
「違います。その・・・相変わらずお優しいと」
「えー、僕はそんなに優しくないよぉ」
「そんな事ありません。私が見てきた人間や艦魂の中で、一番お優しいと思います」
「雪風。どんだけ優しい人に会わなかったの?」
「たくさん会いましたよ。でも、やっぱり一番は中尉です」
「・・・真正面から言われると照れるなぁ」
翔輝は嬉しそうに頬を桜色に染める。そんな翔輝の反応に、雪風は嬉しそうに笑う。そんな久しぶりに話す二人。傍から見てもとても中が良さそうに見える。そんな二人を見て約一名が妨害工作に出た。
「ちょっと雪風。何一人で中尉と楽しそうに話してるの?」
少し怒ったような顔をしている大和が雪風を睨む。そんな大和に雪風は小さくなって口ごもってしまう。
「いえ、その・・・」
「中尉も中尉です。私と武蔵が決別状態だという事を忘れていませんか?」
「いや、忘れてないけど」
「仲裁とかは考えていないんですか?」
「・・・っていうか、姉妹ゲンカに仲裁が必要なのはおかしいだろ。姉妹ゲンカなら姉妹の中で解決しろよ」
「無理です」
「何でそんなに自信たっぷりなんだよ・・・」
呆れる翔輝だが、このまま大和姉妹が決別状態になるのは翔輝自身あまり好ましくない。仕方ないなと言いながら大和と武蔵の仲裁を始めるのであった。そんな優しい翔輝を、雪風は優しく微笑みながら見詰めていた。 |