第九章 第四節 戻りつつあるいつもの日常
翌朝、翔輝、大和、武蔵、隼鷹の四人は朝の空気を吸う為に外に出ていた。
「今日は快晴。雲一つない青空がどこまでも続いている。そんな清々しい朝に――」
翔輝ははぁと疲れたようにため息する
「何で一言も口を利かないの?」
そう。今日起きた時から三人は冷戦状態になっていた。
原因は隼鷹が不可侵条約を無視して夜中に翔輝のベッドに潜り込んだ事だ。これには大和と武蔵も合同で戦うかと思ったが、武蔵は「・・・足手まとい」と大和の同盟提案を一蹴。大和はそんな武蔵の態度にキレて武蔵にも宣戦布告。結局同盟は結べず、三国時代に突入してしまったというのが原因である。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
それぞれ大和が翔輝の右手に、武蔵が左手に、隼鷹がおんぶの状態という典型的な位置を確保し、現在は休戦条約が結ばれている。
「あはは・・・」
空笑いする翔輝。その時、
「翔輝様!」
「バカ翔輝!」
突然の声に振り向くと、そこには肩で息をしている瑠璃と珊瑚の姿があった。その奥には瑪瑙もいる。
「瑠璃!? 珊瑚!? 瑪瑙姉さんまで! 何でここに!?」
翔輝は驚愕する。なぜなら三人は瑠璃の両親に連れられて揃って貴族会の旅行で伊豆半島に行っていたのだ。帰って来るのは明々後日で、今ここにこの三人がいるのはあまりにも不可思議だ。そんな瑠璃は翔輝に駆け寄り、彼に群がる三人を虫を払い落とすかの如く追っ払い、心配そうな瞳で翔輝を見詰める。
「戦艦『陸奥』が沈んだとの情報が入ったので、急いで戻って来たんですわ。翔輝様と陸奥様は良きお知り合いだと存じていたので、翔輝様が心配になって途中退場したのですわ」
「あ、そうなんだ・・・ありがとう」
三人が翔輝の顔を見詰めると、翔輝の顔は寂しそうな笑顔を浮かべていた。そんな翔輝の表情を見て、瑠璃は慌てる。
「ご、ごめんなさい。お、思い出させてしまって・・・」
「いや、別にいいよ」
そう言い、瑠璃の頬を撫でる。驚く瑠璃に、翔輝は優しい笑みをする。
「久しぶり。せっかく呉に帰って来たのに、あの後しばらくしたら貴族会の旅行でいなくなっちゃったし、ちょっと、寂しかったかな?」
「申し訳ないございませんですわ。どうしても断り切れなくて」
「ま、仕方ないさ。当主様のお誘いじゃ断れねぇし」
珊瑚はため息しながら言う。彼女の言う《当主様》とは瑠璃の父の事だ。分家の令嬢である珊瑚と瑪瑙は本家当主には逆らえないのだ。本人はかなり優しい人だが。
「そっか、ごめんね。迷惑掛けちゃって」
そう素直に謝ると、珊瑚はそっぽを向いてしまう。
「別にあんたの為じゃないわよ。瑪瑙姉さんがどうしてもって言うから仕方なくよ」
そうツンと言う珊瑚の横では、瑪瑙が「まったく仕方のない子だ」と小さく笑っていた。
「瑪瑙姉さんまでごめんね。心配掛けちゃって」
「気にしないで。それより、翔輝の方は大丈夫?」
「うん。大和達のおかげでなんとかね」
「そう、ありがとう」
瑪瑙は翔輝の後ろに隠れていた三人に笑みを送った。超絶美人である瑪瑙が笑みを浮かべると、それはもう美しいの何の。同じ女性なのに大和達からもため息が漏れてしまう。
一方、瑠璃はどこか疲れた様子の翔輝を心配そうに見詰める。
「でも、本当に大丈夫なんですの? 元気がないように見えますが」
「うん。最初はショックも大きかったけど、今はもう大丈夫」
「本当ですの?」
「うん」
翔輝の言葉に瑠璃は安堵すると、にこやかな笑顔になる。
「そうですか。本当に申し訳ございませんでしたわ。翔輝様が一番辛い時にいられなくて」
「別にいいよ。それよりお前と会えて良かったよ」
翔輝が笑顔で言うと、瑠璃は頬を赤らめて笑顔で「私もですわ」と答える。そんな春風のような二人を、鉛筆があったら折りたい衝動に駆られている大和。頬をぷっくり膨らませて不機嫌そうな顔をしている隼鷹。無表情を貫く武蔵が見詰める。
「ま、どうせ何かあっても平気な顔してるからね。このバカ翔輝は」
そう言ってズイッと人差し指で翔輝を挿す珊瑚。口調こそは不機嫌そうだが、その顔には笑みが灯っている。
「ま、元気そうで何よりだよ。あんたに何かあったら、瑪瑙姉さんや瑠璃が悲しむからね。特に姉さんを泣かせたら、承知しないんだから」
どこか嬉しそうに笑いながら言う珊瑚に、翔輝も自然と笑みを浮かべる。
「ははは、瑪瑙姉さんって泣くのかなぁ?」
「失礼な。私だって泣く事はあるさ」
瑪瑙が無表情で翔輝の頭を小突く。そんな彼女に翔輝は「ごめんなさい」と笑いながら謝ると、瑪瑙は「まったく」と腕を組む。だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
久しぶりの再会に、翔輝も嬉しそうに微笑む。すると、瑪瑙はそんな翔輝の軍帽を取って頭の上にポンと手を置き、かわいい弟の頭を撫でる。
「大きくなったな」
「も、もう。人前でこういう事はやめてよぉ。恥ずかしいのにぃ・・・」
翔輝はそう言って怒るが、自分の頭を撫でる瑪瑙の手を振り払おうとはしない。恥ずかしそうに頬を赤らめるばかりだが、それでも少し嬉しいのだ。
そんな誰かに甘える珍しい翔輝をとてもうらやましそうな目で見詰める大和達。
しばし翔輝の頭を撫でていた瑪瑙だが、ふと何か名案を思いついたような顔をして、笑顔で翔輝を見詰める。
「そうだ翔輝。これから一緒に食事でもどう? まだ食べてないでしょ?」
「お、いいね。朝食まだだからお腹ぺこぺこだったんだぁ」
「それはもう行動ありですわ。すぐに行きましょう!」
そう言ってなぜか翔輝の手を取って走り出す瑠璃。そんな独占禁止法に違反(?)しそうな瑠璃の行為に二人が先陣を切る。
「ダメです!」
「お兄ちゃんを連れて行っちゃダメ!」
大和と隼鷹が阻止するが、瑠璃は毅然とした態度で、
「これはすでに決定事項ですわ」
「いや、それは違うと思うが」
瑪瑙がツッコミを入れるが、瑠璃は気にせずにグイグイと引っ張る。
「翔輝様も私達と一緒にお食事したいですわよね?」
瑠璃は必死な瞳で翔輝を見詰める。そんな瞳にえらく弱い翔輝。さらに、
「ねぇバカ翔輝。あんたに選ばせてあげてるんだから、さっさとしなさいよね。私は早くみんなで楽しく食事がしたいんだから」
きっと首を縦に振らないとえらい目に遭わされるであろう珊瑚の鋭い視線。こんなダブル攻撃に晒されては、翔輝に拒否権なんて絵に描いたモチよりも意味のないものだ。しかし、
「中尉! 行かないでください!」
「お兄ちゃん! 行っちゃ嫌だよぉッ!」
今にも泣きそうな大和と隼鷹に服の裾を引っ張られる。この状況も翔輝はものすごく弱い。
基本的に優柔不断が服を着て歩いているような翔輝にこんな究極的な選択をしろという方が無理な話だ。
翔輝は武蔵か瑪瑙に助けを呼ぼうとするが、なぜか二人は黙って自分を見ている。そして、その瞳を見て翔輝は悟った。
――二人は、信じている。自分が彼女達の方へ行くと。
しかし、残念な事に二人は相反する主張をしている。優柔不断な翔輝にそんなの決められるはずもなく・・・
「翔輝様!」
「バカ翔輝!」
「中尉!」
「お兄ちゃん!」
「・・・翔輝」
「翔輝」
六人の乙女の視線が翔輝の心を貫く。
「もうッ! どうすりゃいいんだよぉッ!」
翔輝が悩みすぎて発狂し掛けた、その時、
「こんのクソガキイイイイイィィィィィッ!」
突然野獣の咆哮が轟き、翔輝達の目の前にポニーテールを揺らす格闘系少女が見事な跳び蹴りを放ちながら登場した。だが、少女の感度抜群の跳び蹴りを瑠璃紙一重で回避した。
「また、あなたですの?」
呆れる瑠璃の前にきれいに着地した少女は、連合艦隊戦艦でも古参に入る艦魂だった。
「ちっ、避けられたか。もうちょっと助走が必要だったか。悔しいな。後もう少しでテメェの首をぶっ飛ばしてやったのによ」
とんでもない事を言っている少女の名は――榛名と言う。
「榛名。久しぶり」
翔輝が笑顔であいさつすると「お、おう」と驚いた顔で翔輝を呆然と見詰める。
「何か嫌な予感がしたから来てみりゃこのクソガキはいるわ、しばらく音信不通だった長谷川はいるわ、一体どうなってんだ?」
「音信不通って、蒸発した訳じゃないんだからさ」
「似たようなもんだろ?」
相変わらず礼儀もクソもない物言いの榛名。だが、そのいつもどおりの彼女が嬉しい。
榛名は瑠璃の隣にいた珊瑚と瑪瑙にあいさつする。どうやら彼女が目の仇にしているのは瑠璃だけらしい。まあ、瑠璃ほどの自己中心的な人もそうはいないだろう。
榛名は大和と隼鷹、武蔵にも一応あいさつを済ますと、再び翔輝を見詰める。その瞳には心なしか心配しているような感じがした。
「もういいのか? 陸奥が死んでからずっと部屋にこもってたんだろ?」
榛名はそう言って翔輝を下から上まで見回す。どうやら異常がないか確認しているらしい。そんな彼女に翔輝も笑顔で答える。
「うん。でももう大丈夫。それにそろそろ仕事をしないとまずいし」
「だな。いつまでもその調子じゃクビになるかもしれないしな」
「これでも一応エリートコースを生きてきたからね。ここで舵を取り間違えちゃ本気でまずい」
「けっ、自慢話かよ」
「事実だしな――それよりお前は平気なのか?」
「は? 俺か?」
突然自分に話を振られた榛名は驚く。そんな彼女に翔輝は言葉を繋ぐ。
「あぁ。僕よりお前の方が陸奥と長い付き合いだろ?」
翔輝の質問に榛名は「あぁ」とうなずくと、小さく苦笑する。
「まあな。俺も結構ショックが大きかったけど、大和に長門が倒れたから極上幹部会の指揮系統が混乱してたからな。それの処理を姉貴とやっているうちに落ち着いたな」
「す、すみません」
榛名の言葉に大和が謝ると「何言ってんだよ」と榛名が笑い返す。
「お前らのおかげで俺は落ち込まなくて済んだんだ。礼を言うのはむしろこっちの方だぜ」
「榛名さん・・・」
嬉しそうに互いを見詰め合う榛名と大和。そんな二人を一瞥して瑠璃は何事もなかったように翔輝の手を引っ張る。が、そう簡単にはいかないのがこの両名である。
「瑠璃さん! 中尉を連れて行くのはなしです!」
「テメェッ! いい加減にしろ!」
睨み付ける二人に、瑠璃は満面の笑みで、
「翔輝様は私の許嫁ですわ。どうしようと、私の勝手ですわ」
「その設定、まだ続いてたんだ・・・」
「抑止力には十分な効力を発揮しますわ」
「まぁ、そりゃそうだろうけどさ・・・」
どうもその設定が新たな火種になりそうで翔輝はため息する。そして見事にそれは命中した。
「許嫁が何だって言うんですか!」
「そうだそうだッ!」
「所詮テメェらの親同士が決めただけのしょぼいもんだろうが」
三人が瑠璃を睨み付ける。瑠璃も反撃するように三人を睨み返す。そして、冷戦はついに開戦した。三対一のケンカは過激なものになった。
「何でこうなるのかな?」
「さあ、瑠璃が敵を大勢作るのは昔からじゃない」
「確かに。それでいつも翔輝が巻き込まれてたな」
「私も巻き込まれて大変だったんだから」
「あははは、そういえばそうだね」
翔輝、瑪瑙、珊瑚の三人はそんな光景を昔と重ね合わせてどこか懐かしそうに会話する。こういう時に共通の思い出があるのはうらやましい。こうしたところに積み重ねてきた年月の差というものが色濃く出てくるのだ。
昔話を楽しそうに話す翔輝を見詰め、どこか寂しそうに瞳を揺らした武蔵はそのまま翔輝の服の裾をちょこんとつまんだ。その時、
「まったく、いつも元気いっぱいね」
突如響いたその大人びた声に、大和達の喧騒は止んだ。全員がある一定の方向を見詰める。その先には、
「みんな、おはよう」
「長門!?」
『長門さん!?』
そこには死んだ陸奥の姉である長門がいた。その表情はいつもと変わらずほがらかなもので、とても優しげだ。その横には相変わらず不機嫌そうな顔をした金剛と無表情を貫く山城もいる。
「貴様ら、一体何をしとるんだ? 榛名。貴様もだ」
「あ、姉貴・・・悪い。ちょっと調子にのってた」
金剛に掛かれば強暴な榛名もヘビに睨まれたカエルのようにおとなしくなってしまう。だが、さすがの榛名も長門の登場には驚く。
「長門。もういいのか? もう少し休んでた方が・・・」
「遊撃部の副部長である陸奥がいなくなった今、部長である私まで休んでちゃ混乱するでしょ?」
「けどよ・・・」
心配する榛名の頬を、長門は笑顔でそっと撫でる。
「大丈夫よ。金剛のおかげでずいぶん落ち着いたから。ね?」
「ふん」
金剛は不機嫌そうな顔を向ける。長門にはそれが照れ隠しだというのは丸わかりだった。
次に長門は大和と翔輝に近づいた。
「それよりあなた達は大丈夫なの?」
「あ、はい。もう大丈夫です」
大和はそう答えて微笑んだ。そんな大和の頬を撫でて、今度は翔輝を見詰める。
「長谷川君は?」
長門はこの日一番心配していた翔輝にそっと問う。翔輝はそんな長門に包み隠さずちゃんと今の自分の気持ちを言う。
「最初は辛くてしょうがなかったけれど、今じゃずいぶん落ち着きました。みんなのおかげです」
翔輝の返事に、長門は安堵したのか、静かに笑みを浮かべた。
「そう・・・長谷川君。陸奥の事、忘れないでよね?」
「当たり前です! 忘れたりなんかしません!」
本気で怒る翔輝を見て、長門は「やっぱり長谷川君は優しいのね。陸奥の目は確かだったようね」と小さく笑った。
次に長門は霞家の三人に微笑む。まず最初に一番接点の多い瑠璃にあいさつする。
「久しぶりね。瑠璃」
「・・・そんなふうに呼ぶような仲ではないと思いますわ」
「いいじゃない。仲良き事は良き事よ」
「全然良くないですわ」
呆れる瑠璃に対しても、長門はほがらかな笑みを崩さない。そんな長門を見て、瑠璃は小さく微笑んだ。
「妹さんの死は悲しい事でしたわ。でも、これからも御国の為にがんばっていただきたいですわ」
「もちろん。最善を尽くすつもりよ」
笑い合う二人は、強く手を握り合った。そんな光景を、まわりにいる艦魂達は微笑ましく見詰めている。
次に長門は珊瑚と瑪瑙にあいさつするが、長門とこの二人はあまり話した事がないので会話が成り立たず、お互いに沈黙してしまう。だが、
「妹さんのご冥福をお祈りします」
そう言ったのは瑪瑙。これに会話の糸口を見つけた長門は小さく微笑む。
「ありがとう。そういえばあなたは長谷川君と長い付き合いなのよね?」
長門の問いに、瑪瑙は誇らしげにうなずいた。何が誇らしいのかはわからないが。
「その通り。私は翔輝のオムツを替えた事もあるほどの長い付き合いだ」
「ね、姉さんッ!」
「ちなみにこれが翔輝のこれまでの写真を満載した《翔輝・愛のメモリーアルバム》よ」
「げぼおおおおおぉぉぉぉぉッ! ね、姉さん! そんなもんどっから出したんだよ! つーかそもそも何でんな物を持ってるんだよッ!」
「これが幼稚園の頃の写真」
『見せてぇッ!』
瑪瑙の広げたアルバムに大和達が群がる。翔輝はもう何からツッコミを入れればいいのかわからず立ち尽くす。
「これが小学校の入学式の写真」
「うわぁ、かわいいですぅ!」
「お兄ちゃんが弟みたい!」
「あら、かわいいじゃない」
「こ、これが長谷川?」
「・・・焼き増しして」
「何度見ても、翔輝様のかわいさは爆発ですわ」
「ほんと、この頃の翔輝はかわいかったわよね」
「おいッ! 何で人の成長記録を見てほんわかした雰囲気を作ってんだよ! 姉さんもそれはしまってよ! 恥ずかしいから!」
翔輝の悲鳴をも無視し、瑪瑙は次々に写真を見せていく。その度に大和達からはキャーとかいやーんとか黄色い悲鳴が聞こえる。そして、翔輝はどんどんブルーになっていく。
「これが翔輝が幼稚園に通っていた頃の写真。この時の翔輝もとてもかわいかった。ほっぺなんかぷにぷにとしていてね」
『かわいいーッ!』
「だーかーらーッ! 恥ずかしいからやめてくれえええぇぇぇッ!」
「この頃の翔輝は、近所のバカな子供達にいじめられていたんだ。それを見つけた私が、そいつらを追っ払ってやったのよ。そしたら翔輝、すっごく感謝してくれて・・・大人になったら結婚しようって約束してくれたの・・・あの時の翔輝の言葉、今でも忘れられない・・・」
「そんな事言ってないよッ! 僕がその時に言ったのは、いじめっ子達をもう許してやってくれって事だけだッ! 僕がいじめられているのを目撃して怒り狂った姉さんは、いじめっ子達を全員半殺しにしたんじゃねぇかッ! あの時の修羅のような姉さんの顔は忘れられないよッ!」
翔輝は今さらながら重大な事を思い出した。
――瑪瑙は、極度のブラコンだったのだ。
本当の姉弟じゃなくても、ずっと似たような関係で育ってきた二人は、本当の姉弟のようだった。そして、そんな中瑪瑙は極度に翔輝に惚れ込んでしまい、翔輝の為なら何でもするというブラコンになってしまったのだ。今でも彼女の家には翔輝の写真しかない本格的なアルバムが七冊あり、金庫の中には翔輝が幼稚園の頃にプレゼントした肩たたきが大切に保存してあり、豪華な宝石が散りばめられた宝石箱の中には瑪瑙の十四歳の誕生日に当時まだ小学生だった翔輝がわずかなお小遣いを全部使って買ってあげた安物のネックレスが大切に保存してある。確かにそのネックレスはそんなに高価なものじゃない。だが、瑪瑙にとってそのネックレスは何十億円もする宝石なんかよりもずっと価値のあるもの。いつか翔輝との結婚式ではこのネックレスをしようと心に決めていたりする。
そんな誰もが引いてしまうほどのブラコン。それが霞瑪瑙であった。
散々翔輝の写真+翔輝の思い出話を披露しまくって何かをやり遂げたような顔をする瑪瑙と、それを見たり聞いたりしてすごく幸せそうな表情を浮かべる大和達と、恥ずかしさのあまり精神崩壊寸前の翔輝と、それぞれな一同。
なんとか翔輝が立ち直った途端、今までその時を見定めていた瑠璃が突然翔輝の腕を取った。驚く大和達を無視し、瑠璃は笑顔で一言、
「では、翔輝様と朝食を食べて来ますので。失礼させていただきますわ」
「え? ちょ――」
翔輝は断る事もできずに連行された。その後を苦笑いしながら珊瑚と瑪瑙が追いかけて行き、大和、榛名、隼鷹の三人が激昂しながら追跡した。少し遅れてから、どこから出したか不明な上に用途不明の九九式七・七mm軽機関銃を構えた武蔵が前進した。
急に静かになった通路に残された三人は二人苦笑いと一人無表情をしていた。
「まったく。うるさい連中だな」
金剛はもう呆れながら言う。そんな彼女に、長門はくすくすと微笑む。
「まぁ、仲がいいのはすばらしい事だと思うなぁ」
「ふっ、貴様らしい考え方だな」
「あら? それってほめてるの? それともけなしてるの?」
「ふん。両方だ」
金剛の素直じゃない答えに長門は嬉しそうに優しく微笑んだ。その時、
「・・・貴様。何をやってるんだ?」
「・・・」
山城はどこから出したか不明な上に用途がまったくわからない九二式七・七mm重機関銃を構えていた。弾倉を確認すると、無言で歩き出した。
「ちょっと。どこ行くのよ?」
長門が恐る恐る訊くと、山城は一言、「排除」と言って立ち去ってしまった。
残った二人のうち、金剛が呆然と立ち尽くし、長門は困ったように苦笑いを浮かべる。
「山城も、結構一途なのね」
「知らん」
金剛はつまらなさそうにそう吐き捨てると、歩き出した。その後を、長門は優しい笑顔をしながら続く。途中、外の景色が見える窓の前で、長門は立ち止まった。
まだ昇り始めたばかりの太陽を見詰め、長門は小さく微笑んだ。
「陸奥。お姉ちゃんがんばるから」
そのつぶやきに、金剛は軍帽を深く被り直した。その鍔の下の表情は優しく微笑んでいた。
結局、追撃戦は武蔵と山城の機関銃掃射の嵐で鎮まり、瑠璃は不満ながらも艦魂達と一緒に食事をする事になった。瑪瑙と珊瑚もこれを了承し、珍しい組み合わせで食事をする事となった。だが譲歩として翔輝の隣を独占した瑠璃は二人の仲の良さを猛烈にアピールし、食事中も乱闘が何度か起きた。その度に大和達は怒号を放ち、長門は小さく微笑み、瑪瑙は静かにシャッターを切り、珊瑚は呆れ、翔輝は泣いた。
いつもと同じ、変わらぬ平和な一日が始まった。 |