艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(71/133)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第九章 第三節 長門を繋ぐ大切な絆


 陸奥の死からしばらくしたある日、金剛は『長門』に来ていた。慣れた様子で迷う事なく進み、目的の場所に到着する。そこは使われていない士官室だった。金剛はドアをノックすると、返事も待たずに「入るぞ」と言って入った。
 部屋の中はびっしりと本が詰まった本棚が二つとベッド、机とそれとセットの椅子だけというシンプルなものだった。だが、そんな部屋の床は脱ぎ捨てられた軍服と下着、本、その他もろもろが散らばっていた。いつもならきれいに片付けられているが、陸奥の死以来長門は全く掃除をしなくなってしまったのでこんな状態になっている。
 金剛は気にする事なく進み、ベッドの端に腰掛けた。
 ベッドの掛け布団は膨らんでおり、ここに誰かいるのを表していた。
「長門。気分はどうだ?」
 金剛はいつものぶっきらぼうの声を出すが、そこにはどことなく心配している気持ちがこもっているような気がする。
 声を掛けられた長門は沈黙したままだ。起きているだろうが、今は何もしたくないのだろう。
「今日の会議には先任参謀の貴様はもちろん、参謀長の大和。さらに伊勢までが出席しなかったせいで会議にならなかったぞ」
 金剛は愚痴(本人は愚痴だとは思っていない)を言う。そんな金剛にも、長門は反応しようとしない。
 金剛はため息つくと立ち上がった。もうこの場に踏みとどまる必要はないと判断したのだ。
「まぁ、貴様が話をしたくないならそれでも構わん。今はゆっくり休め」
 そう言う金剛の表情は、少し優しげに見えた。返事のない長門を一瞥して部屋を出て行く。その時、
「金剛」
 名前を呼ばれて振り向くと、長門が上半身を起こしてこちらを見ていた。少し見ない間にずいぶんとやつれていた。サラサラと流れ美しく輝いていた髪は風呂に入っていないのかベトつき、いろんな方向に跳ねていた。そして、瞳は真っ赤に充血し、目の下には隈ができている。ひどい有様だった。
「・・・寝て、いないのか?」
「えぇ、ずっと泣いてて眠れなくてね」
「そうか――隣、いいか?」
「えぇ」
 金剛は再びベッドに腰を下ろす。うつむいている長門の乱れた髪を、金剛はそっと撫でる。
「ふん。貴様がこんなにひ弱に見えたのは、一体何年ぶりだろうな」
「さぁ、どうかしらね・・・?」
 小さく笑う長門に、金剛は優しく笑う。
「やっと、笑えるようになったか」
「・・・えぇ」
 そう答えると、長門は再びうつむく。そんな長門から視線を外して、金剛は窓の外の赤く輝く空を見詰める。
「どうだ? 少しは落ち着いたか?」
「えぇ、心配してくれてありがとう」
「ふん。何を今さら。これでも私と貴様は長い付き合いだ。心配しない方がどうかしている」
 そんな明らかに照れ隠しの発言に、長門は微笑んだ。金剛は頬を赤くして不機嫌そうに腕を組む。
「な、何がおかしい」
「別に♪」
「別にって――ならその音符マークは何だ!?」
「さぁ、何でしょう♪」
「き、貴様・・・ッ!」
 顔を真っ赤にして怒る金剛に、長門は今日一番の笑いをした。そんな嬉しそうに笑う彼女を見て、金剛は「ふん」と視線を逸らしただけだった。
 夕日が徐々に傾き始めた頃、長門はふと聞いた。
「最近、みんなどう?」
「どうって――何が?」
「陸奥の死で、何か変わった?」
 心配そうに訊いてくる長門。自分の事を棚に上げて他人を心配する態度に、金剛は心の中で笑った。だが、表情は依然不機嫌そうなままだ。
「そうだな。大和と伊勢は情報によると部屋に閉じこもっているらしい。ただし大和は武蔵の部屋にいるそうだ」
「え? どうして」
「長谷川が部屋を占領してしまったからだそうだ。奴も今は休暇をとってずっと引きこもっているらしい」
「長谷川君が・・・」
 長門は最後に見た彼の姿を思い出す。彼は『陸奥』に乗っていたはずなのに、『扶桑』の甲板で倒れていた。あれはきっと陸奥が最期の力を振り絞って彼を転送したのだろう。陸奥は彼に生きていてほしかった。そして、翔輝は陸奥の最期を見たただ一人。
 人の死にもろい彼が、目の前で絶命し掛けている陸奥を目にして、無事でいられるはずはなかった。
「長谷川君、立ち直れるかしら・・・」
「ふん。あいつはアホでバカではあるが、そう簡単には折れない心を持っている。きっと大丈夫だろう」
 金剛は珍しく翔輝をほめた。そんな彼女に長門も驚く。
「あら、金剛は長谷川君にそんなに優しい人だったかした?」
「アホか。落ち込んでいる人間にとどめを刺すほど、私は冷酷ではない」
「ふふふ、そうね」
 くすくすと笑う長門に、どこか釈然としない金剛。
「まぁ、貴様はもちろん、親友だった伊勢と好敵手だった大和。そしてその原因だった長谷川。陸奥の重要関係者は全滅といった所だ」
「そう・・・」
 長門はため息した。予想通りか、それとも予定外なのか、それは彼女にしかわからない事だ。そんな長門を見ていた金剛だが、ふと時計を見ると眉をひそめた。
「もうこんな時間か。そろそろ行かなくては」
「・・・仕事?」
「あぁ、お前や大和の不在と陸奥の欠員で執行部とその補佐をする遊撃部の統制が取れてなくてな、極上幹部会の仕事が進まないらしい。そこで武蔵から野党である審理部部長の私に直々に救援要請が来ていてな。本当は友軍の劣勢しか書かれていない書類を処理するなど気は進まんが。旗艦直々の命令とあれば仕方がない」
 そうつまらなさそうに言う金剛だが、その表情はどこか嬉しそうだ。そんな金剛に、長門は小さく微笑む。
「・・・変わったわね。金剛」
「そうか?」
「えぇ、今までなら上官であろうと自分より年下の命令を受け付けなかったあなたが、武蔵の命令を聞くなんて。よっぽどあの子がお気に入りみたいね。榛名がやきもち焼くわよ?」
 長門のからかうような物言いに、金剛は鼻を鳴らす。
「ふん。武蔵は極めて優秀な人材だ。お前以来の優秀な艦魂だからな。その能力は私や貴様をも凌駕する。いずれ我が帝国海軍を導いてくれるだろう。その時に奴の下で機敏に動けるように今のうちに慣れとかんとな」
「それって、ただ単に恩を売っていつか彼女が重役になった時いい役をもらう為にこびを売ってるだけじゃない?」
「なぁッ! 貴様・・・ッ!」
「あら? 大当たり?」
 長門が嬉しそうに言うと、金剛は殺意たっぷりの瞳で彼女を睨み、腰に挿した竹刀の柄をグッと握る。
「おい貴様。頼むから一発だけ殺らせろ。安心しろ。痛みは一瞬だから」
「そ、それはちょっと・・・」
 冷や汗を流す長門を見て、金剛は苦笑した。
「思ったよりも元気になっているようだ。安心した」
 金剛はそう言うと、立ち上がってドアに向かった。夕焼けに照らされてキラキラと輝く金色の髪は、天の川のように美しい。そんな彼女の背中に、長門をそっと声掛ける。
「金剛」
 呼び止められ、金剛は振り返って不思議そうな顔をする。そんな彼女に、長門は満面の笑みを送る。
「私がいない間、みんなをよろしくね」
 長門の言葉に、金剛も静かに笑みを浮かべた。
「あぁ、わかった。なぁに、お前や大和がいなくても、武蔵と私が何とかしておくからな」
「・・・えぇ、よろしく。相変わらず頼もしいわ」
「ふん。当然だ。私は大和の民だからな」
 そう言い残すと、金剛は部屋を出て行った。
 金剛が出て行った後、長門は再び布団に潜った。
 なぜだろう。今度は今までなかった眠気を感じた。
 金剛の顔を見て、安心したのだろうか。だが、今はもうどうでもいい。今はただ、眠りたい。それだけだった。
 長門は数日振りに眠りについた。

 その夜、涼しい風が流れ、月の光に照らされる戦艦『武蔵』の一室には二人の少女がいた。ベッドで横になっている元気のない大和と書類を見詰める武蔵の二人だ。
 書類を見詰めている武蔵は書類から目を離し、ベッドを一瞥する。見詰めた先のベッドは微動だしない。
「・・・姉さん。大丈夫?」
 武蔵はベッドの上で暗い雰囲気をかもし出している自分の姉の背中を見詰める。ここ数日ずっとこんな背中しか見ていない。
「うん。大丈夫・・・」
 そう答えるが、あまり大丈夫そうには見えない。武蔵はため息して立ち上がった。そのまま鏡の前に立つと、身だしなみを整えて部屋を出ようとする。そんな妹に大和は不思議そうに声を掛ける。
「どこ行くの?」
「・・・翔輝の所」
「え? わ、私も行くぅッ!」
 さっきまでとはうって変わって大和は布団を吹き飛ばして起き上がった。ドアに手を掛けた武蔵はそんな姉を半目で見詰める。
「・・・翔輝の所と言っても、翔輝が入れてくれなきゃ入れない」
「大丈夫ッ! 瞬間移動を使えば簡単に入れる!」
「・・・」
 呆れた目で見詰める武蔵。だが、大和はそんなの気にしない。そんな姉に武蔵は諭すように言う。
「・・・あくまで翔輝の様子を見るだけ。翔輝を困らせる事は厳禁」
「しないよッ! ただ、最近中尉に会っていないから・・・中尉は私以上に陸奥さんと仲良かったから・・・」
 大和の悲しげな言葉に、武蔵もうなずく。
「・・・私も最近会ってない。会いに行ってもいつも面会謝絶」
「そう・・・会って、くれるかな?」
「・・・わからない。でも、やれる事はやる。ただ、それだけ」
「うん」
 武蔵の後に続いて、大和は部屋を出た。刹那、瞬間移動で一瞬にして翔輝の部屋の前に着く。二人はお互いの顔を見合ってうなずき、武蔵はドアを叩く。
「・・・翔輝。私」
「中尉。私です」
 返事はなかった。会いたくないという意味だろうか。
「・・・入る」
「え? でも・・・」
「・・・日本人なら、玉砕覚悟の突撃あるのみ」
「・・・それ、間違ってない?」
 武蔵は無言でドアを開ける。意外にも鍵は掛かっておらず、すんなり入る事ができた。中に入ると、久しぶりの翔輝の部屋だった。だが、そこには目的の人物はいなかった。
「・・・翔輝? いない?」
 武蔵は無表情を少し崩した。変わった表情には焦りがあった。
「・・・翔輝がいない。どこ行ったの?」
「・・・あそこかな?」
 大和は思い当たる場所があった。
「・・・どこ?」
 武蔵はそんな姉を切羽詰ったような顔で見上げる。いつになく焦る妹に、大和は言う。
「防空指揮所。中尉はそこから星空を見るのが好きだから。幸いこの船渠には天窓があるから、たぶん・・・」
「・・・突撃あるのみ」
 武蔵はそう言い残すと、光に包まれて消えた。おそらく防空指揮所の行ったのだろう。大和も慌てて後に続いて消えた。

 その頃、翔輝はやはり防空指揮所にいた。
 天窓から見える星空は、光り輝いていた。そんな星の輝きに照らされる翔輝の顔は、とても寂しげなものだった。
「・・・陸奥」
 翔輝は静かにつぶやいた。その声は、とても小さく、弱々しかった。
 金色に輝く月を、生気のない瞳で見詰める。この状態はもう一時間以上続いている。だが、彼はそんなに時間が経っている事もわからない。ただ、星を見ているだけだから。
「お前がいないと、寂しいよ」
 翔輝はうつむく。今でもはっきりと思い出せる陸奥の顔。翔輝はそんな陸奥の笑顔を瞳に映していた。
 瞳が濡れているのを感じる。
(また、泣いてるんだ。本当に情けないな、僕って)
 一人沈黙している翔輝は、扉が開く音に気づき、扉の方を見る。そこには、
「大和、武蔵・・・」
 そこには大和と武蔵がいた。
「・・・翔輝」
「中尉・・・」
 二人とも翔輝を見詰めている。そんな二人に、翔輝は力ない笑みを送る。
「どうしたの? こんな所に来るなんてさ」
「・・・翔輝が部屋にいなかったから、捜しに来た」
「そっか、ごめんね。心配させちゃって」
「・・・気にしないで。私達が勝手にやった事だから」
 武蔵は無表情でそう答える。そんな武蔵を、翔輝は悲しい目で見詰めた後、気まずそうに視線を逸らす。
「あのさ、この前はその・・・ごめん。あの時の僕、どうかしてた」
「・・・気にしないで。私は別に翔輝を責めたりしない。翔輝は悪くない」
「で、でも、僕は君にひどい事を――」
「・・・問題ない。その時受けた傷も、今では問題なく回復している。その程度の事で翔輝が考え込む事はない」
 武蔵はどこまで翔輝の事を想っているのだろうか。小さな笑みを浮かべてそう言う武蔵は、天使に見える。
「本当?」
 不安げに訊く翔輝に、武蔵はコクリとうなずく。
「・・・当然。翔輝にうそを言う理由は何もない」
 武蔵の言葉に、翔輝は自然を笑顔になる――その笑みは、心なしかいつもの雰囲気を纏っていた。
「そっか、良かった――でも、本当にごめんね」
「・・・だから、気にしなくていい」
「一応謝らなきゃ」
 そう言うと、翔輝は今度大和を見詰める。翔輝に見詰められ、大和は緊張して硬直する。そんな大和に、翔輝は心配そうに声を掛ける。
「大丈夫か? あれから、どうだ? 立ち直ったか?」
 翔輝の言う《あれ》とは、陸奥の死の事だろう。それに対し、大和は力なく首を振る。
「まだダメです。夜はほとんど眠れませんし、辛いです。でも、武蔵のおかげで少しずつ元気を取り戻しています」
「・・・私は何もしていない」
 大和にほめられ、武蔵は珍しく頬を赤くして恥ずかしそうに姉に背を向ける。そんな妹に、大和は笑みを送る。
「ううん。武蔵のおかげだよ。武蔵がいつも傍にいてくれたから、私は錯乱せずにここにいられる。一人じゃないから、辛いのも和らぐ。本当に、あなたには感謝してる――ありがとう」
 大和の笑顔に、武蔵は頬をさらに赤らめて「・・・うん」と小さく答えた。そんなかわいい反応をする武蔵に、大和は優しく微笑む。そんな二人を見て、翔輝も自然と笑顔になる。だがすぐにそれは引っ込み、再び悲しい表情で天空を見上げる。
「中尉?」
「――僕は、まだそこまでは立ち直ってないな。夜は全く眠れないし、陸奥の死が苦しい。それに、陸奥を思い出すと、霧島や翔香の事も思い出しちまう――本当に苦しいよ」
「中尉・・・」
 翔輝は本当に辛そうな顔をしている。どれだけの辛さ、苦しさなのだろうか。彼の背負っているものはあまりにも重過ぎる。その辛さや苦しさはとてもじゃないが計り知れない。
「僕ね。こうやってよく星を見てるけど、まだ翔香の星は見つけてない」
「翔香さんの・・・星?」
「そう。人は死ぬと星になって大切な人を見守っていてくれる。それを僕は信じてる。だから、僕は僕を見守っていてくれる翔香の星を探してる。なのに今じゃ霧島や陸奥のも見つけなくちゃいけない。大変だよ」
 翔輝は弱々しく笑った。翔輝につられ、二人も星空を見上げる。煌く星が三人を照らす。きれいだ。素直に思った。
(あの中に、翔香さんの星や、陸奥さん霧島さんの星があるんだ)
 大和は翔輝の言葉を自然と信じられた。そう思うと、少し悲しみが軽くなった気がした。
 そんな夜の世界に心を落ち着かせている二人に対し、武蔵は表情を変えずに無表情を貫いていた。
「・・・翔輝」
 武蔵は翔輝の服の裾を掴んだ。振り向く彼を、武蔵は邪念のない純粋な瞳で見詰める。
「・・・夜の星空に心を寄せるのは悪くない。でも、輝く太陽の下で生きた方がいい。翔輝には、星の下じゃなくて紺碧の空の下で生きてほしい」
 武蔵はそう力強く訴える。翔輝がもう一度太陽の下で生きてくれるように、
 そんな武蔵を、翔輝は笑顔で見詰める。
「わかってるよ」
 そう答えると、突如翔輝はお腹を抱えて笑い出した。
「・・・な、何?」
 武蔵が混乱したような顔で見詰める。そんな彼女を、翔輝は目の縁に涙を溜めて笑いながら見詰める。
「なんかさ、お前らを見てたら嬉しくなっちゃってさ。まだ僕にはお前達が残ってるんだなって思ってさ」
「・・・翔輝」
 翔輝はそう言うと、立ち上がった。おもむろに武蔵の頭を撫で、そのまま抱き締めた。急激な状況変化に武蔵は顔を真っ赤に染めて慌てる。
「・・・しょ、翔輝? な、何するの?」
「なんか、急に抱き締めたくなったから」
「・・・そ、そう」
 武蔵はしばらくすると、そのまま翔輝の腕の中に落ち着いた。その表情は翔輝から見えないが、大和から見れば一目瞭然。彼女らしくなく口元が緩んで瞳は幸せそうに細まり、大好きな主人の膝でくつろぐ子猫のような顔をしている。
「むぅ・・・」
 大和は頬を膨らませて翔輝と武蔵を睨む。最近武蔵ばかりおいしい思いをしている。すごく不満だ。その時、大和と武蔵の視線がぶつかった。その瞬間――ニヤッ・・・
「なぁッ!?」
 武蔵は勝ち誇った笑みを向けたのだ。大和は唇を噛んで悔しそうに武蔵を睨み付ける。その怒りは自然と翔輝の方に向く。
「中尉。私の妹を勝手に抱き締めないでください」
「え? あ、ごめん」
 翔輝は武蔵を離すが、武蔵は翔輝の服の裾を掴んで離れようとしない。そんな身勝手な妹の態度に、大和はキレた。
「いい加減にしなさい武蔵ッ!」
 大和は武蔵の手を掴んで無理に引き剥がす。そして、
「中尉に抱いてもらうのは私なんだから」
「って、大和!?」
 大和は翔輝に抱き付く。焦る翔輝をよそに大和は幸せそうな表情をする。そんな大和を無表情の武蔵が見詰める。だが、その口元は悔しそうに歪み、両手は腰のホルスターに伸びる。
「ちょっと待って武蔵ッ!」
 翔輝は手でバツ印を作って武蔵を止める。こんな所で発砲すればとんでもない事になる。艦魂は単身では死なない為死ぬ心配はないが、世界最大最強の戦艦同士が争えば、その被害は甚大だ――まぁ、艦魂同士で戦えば確実に武蔵が勝つと思うが。
 武蔵は不機嫌そうな顔を向ける。
「・・・姉さんは、ずるい」
「ずるいのはあなたでしょ? いっつも中尉に優しくしてもらって」
「・・・それは姉さんに魅力がないだけ」
「なぁッ!? この妹が・・・ッ!」
「・・・何? 姉」
 大和は武蔵と取っ組み合いのケンカを開始した。と言っても攻撃をしているのは一方的に大和の方であって、武蔵は一方的にやられている。が、さすが武蔵。大和の攻撃を全て防御している。だがさすがにこのままにしておく訳にはいかず、翔輝は攻撃する大和を武蔵から引き離す。
「ちゅ、中尉!?」
「ほら、妹に殴り掛かるなんて姉として失格だぞ?」
 翔輝が後ろから抱き締めるようにして大和を武蔵から離すと、難なく大和はおとなしくなった。その頬は赤く染まり、なぜか嬉しそうな表情を浮かべる。
「・・・何で笑ってるの?」
「えへへ、別に♪」
「?」
 首を傾げる翔輝の腕の中で、大和は幸せそうな表情を浮かべる。すると、そんな大和を見詰めていた武蔵の視線に気づき、大和は再び勝ち誇った笑みを向ける。
 武蔵は無表情で迎え撃つ。が、ゆっくりと腰のホルスターから二丁の拳銃を抜いて実の姉である大和に向ける。
「だから拳銃を抜くなってばッ!」
 結局、翔輝が必死に止めたおかげで発砲未遂で終わった。だが、その後も大和は翔輝の右手、武蔵は左手にくっ付いて睨み合いを続け、翔輝は苦笑いを浮かべていた。

 翔輝と大和、武蔵の三人は翔輝の自室に戻る為に通路を歩いていた。
「あ、あのさ。二人ともちょっと離れてくれない?」
「嫌です」
「・・・断る」
 翔輝の願いも空しく、二人は翔輝にピッタリくっ付いたままだった。口では嫌そうにしているが、翔輝の表情はほころんでいた。陸奥の死以来艦魂達と距離を置いていた翔輝にとって、こうして触れられるのはずいぶんと久しぶりの事だったからだ。
 そんな三人が歩いていると、対向方向から三人の少女が歩いて来た。
「おぉ、長谷川か」
 歩いて来たのは翔鶴と瑞鶴。そして翔鶴の後ろに隠れている隼鷹の三人だった。
「翔鶴さん。瑞鶴に隼鷹も。どうしたんですか?」
 大和が問うと、翔鶴は自分の後ろに隠れていた隼鷹を前に出す。
「うん? あぁ、隼鷹が長谷川に会いたいというので連れて来たんだが、部屋にいなかったんでな。どこに行ってたんだ?」
「・・・デート」
「でッ!?」
「違うから。隼鷹驚き過ぎ」
 翔輝のいつも通りなツッコミに、隼鷹はぱあっと満面の笑顔になる。
「良かった・・・お兄ちゃん元気になったんだ」
「え? あ、うん・・・」
 隼鷹の明るい笑顔を見て、翔輝の顔から笑顔が消える。そんな翔輝の態度に隼鷹が不思議そうに首を傾げる。
「お兄ちゃん? どうしたの?」
「あ、うん・・・その・・・この前は、ごめん・・・」
 申し訳なさそうにしている翔輝に対し、隼鷹は満面の笑みを向ける。
「お兄ちゃん。私全然気にしてないよ。だから、笑ってよ」
 隼鷹は天使の笑みで翔輝に抱き付いた。そんな心優しい隼鷹を翔輝もそっと抱き締める。そんな二人を大和は不満そうに、武蔵は無表情で、瑞鶴は嬉しそうに見詰めていた。
「どうでもいいが、隼鷹だから許してくれたが、今度やったら私がお前を屠るからな」
 不機嫌そうに言う翔鶴だが、その口元は嬉しそうに笑っていた。
「あぁ、わかってる」
 翔輝は隼鷹の頭を撫でながらそう答える。翔輝に頭を撫でられ、ご機嫌な隼鷹。そんな光景を見かねた大和は翔輝の腕を取って走り出す。
「や、大和!?」
「もうッ! 早く行きますよ!」
「ちょ、ちょっと待って・・・ッ!」
 翔輝を連行して行く大和に一同呆然としていたが、ハッと現状に気づき、隼鷹は慌てて「待てーッ!」と叫びながら追い掛け、武蔵はお辞儀をしてから用途不明の拳銃を抜いて走り去った。
 残された翔鶴と瑞鶴は四人の消えた通路の先を見詰める。
「まったく、騒がしい奴らだ」
「まぁ、彼女達らしいじゃない」
 二人はそのまま『翔鶴』の甲板に移動した。
 輝く月に照らされる二人。
 瑞鶴は楽しそうに甲板を走り回る。そんな彼女を翔鶴は苦笑しながら見詰める。
「ねぇ、姉さん。この戦いをどう見る?」
 突然そんな事を訊いてきた妹に一瞬驚いたが、翔鶴は冷静に答える。
「勝ち目はほとんどない。だが全力で戦うまでだ。これ以上敵の侵攻を許す訳にはいかない。それに――」
「違う違う。戦いって、長谷川中尉を狙った恋の戦いの事よ」
「こ、恋だとぉ?」
 少し頬を赤く染めた翔鶴が呆れて聞き返すと、瑞鶴は大きくうなずいた。
「くだらん。恋だの愛だの。今は戦時中だ。不謹慎にもほどがある」
 翔鶴はそう見事に両断した。そんな姉の返事に瑞鶴は頬を膨らませる。
「それは言い過ぎだよ。愛や恋にはそんなの無力だと思うなぁ。それに大和や隼鷹が参加してるんだよ? ちゃんと応援しなきゃ」
「私は恋なんてした事はないからわからん。それはお前も同じだろ?」
「さて、それはどうでしょう?」
「はぁ?」
 意味ありげな笑顔を翔鶴に向ける瑞鶴。
「もしかしたら、私は姉さんよりも先に大人の女になってるかも」
 瑞鶴の爆弾発言に、翔鶴は驚愕する。
「ま、まさか、お前、誰か好きな奴がいるのか!?」
 驚愕する翔鶴をよそに、瑞鶴は「むふふ♪」と笑顔を向け続ける。そんな妹の態度に、翔鶴は慌てふためく。
「い、いかんぞ! 姉である私が認めた男以外は絶対に認めん! 誰だ!? 一体誰なんだ!? なッ!? まさか長谷川ではないだろうな!? お前まであんな平和主義者に好意を抱くというのか! 私は断じて認めんぞ!」
 叫びまくる姉を見詰め、瑞鶴をお腹を抱えて大笑いする。
「な、何がおかしい!」
「あはははははッ! ね、姉さん! 冗談だよ冗談。私はまだ誰にも心は奪われてないよ」
 そう答えた瑞鶴の言葉に、翔鶴は安堵の息を漏らす。そんな姉を見詰め、瑞鶴はニヤニヤと笑う。
「でも、よーくわかっちゃった。姉さんが妹大好きの――シスコンだという事がね!」
「なぁッ!? 誰がシスコンだッ! 私は純粋にお前を心配――ってコラ待てッ! まだ話は終わっておらん!」
 笑いながら逃げる瑞鶴を追って、顔を真っ赤に染めた翔鶴は通路を翔け出した。

 その頃、翔輝の部屋では翔輝と一緒に寝るのは誰かというのを決める為の話し合いが行われていたが、いつの間にか取っ組み合いの大ゲンカになっていた。そのケンカは翔輝が止めるまで続いた。
 結局、翔輝は妥協案として全員に不可侵条約を締結させ、各自それぞれの布団を敷いてそこに渋々寝付いた。
 翔輝も安堵の息を漏らし、床に就いた。

 深夜、『瑞鶴』の甲板ではいつも同じ光景が広がっていた。
「そっか、みんな元気になって何よりだよ」
 そう言って嬉しそうに微笑むのは刹那。そんな彼の横には瑞鶴が笑みを浮かべている。
「大和も元気になって良かったです」
 瑞鶴が嬉しそうに話すのは、陸奥の死から立ち直った大和達の事だ。
 一方的に嬉しそうに話す瑞鶴に対し、刹那は相槌を打つ。これが二人のいつもの会話だ。
 たくさんたくさん話した瑞鶴は、一息入れるようにラムネを飲む。
「ぷっはぁ、おいしい」
「ははは、いい飲みっぷりだ。もう一本いくか?」
「もらいます!」
 二本目のラムネを開けてゴクゴクと飲む瑞鶴を見詰め、刹那は静かに微笑んだ。瑞鶴はラムネに夢中だったが、刹那の視線に気がついて頬を赤くする。
「な、何ですか? 人の顔をジロジロと見て」
「うん? いや、別に」
 ニコニコとしたままはぐらかす刹那に、瑞鶴は頬を膨らませる。
「い、言いたい事があるならはっきり言ってください」
 むぅと睨む瑞鶴に、刹那は優しく微笑む。
「いや、相変わらず瑞鶴はかわいいなぁって」
「かわ・・・ッ!」
 予期せぬ返答に、瑞鶴は顔をボンと真っ赤に染める。
「な、何ですか突然!」
 瑞鶴は恥ずかしさのあまり彼を正視できず、背を向けてしまう。そんな背中に掛かる長く黒い美しい髪を、刹那はそっと撫でる。
「ひゃぁッ!? 何するんですかぁッ!?」
「あ、ごめん。つい・・・」
「ついじゃないですよぉッ!」
 髪を抱きながら瑞鶴は彼から距離を置く。非常警戒態勢だ。
 うーと唸る瑞鶴に小さく微笑み、刹那はラムネを飲む。そんな彼に、警戒しながらも再び瑞鶴は近づく。
「なあ瑞鶴」
 いきなり声を掛けられ、瑞鶴はビクリと震える。
「な、何ですか?」
 警戒しながら訊く瑞鶴に、刹那は真剣な瞳を向ける。
「俺達はまた搭乗員育成の為に出撃するだろ?」
「え、えぇ。来週の終わりには出撃の予定ですけど」
 何を今さらと言いたげな顔でそう言うと、刹那は「そうか」と小さくつぶやく。
「何でそんな事を訊いたんですか?」
「うん? いや、こうして訓練する日々を続けている間にも、敵は迫ってるんだろ? いつかは決戦兵力として俺達機動部隊にも出撃命令が下るだろうけど、こんな兵達を引き連れて行かなきゃいけないと思うと、何だかなぁって思っちまって」
 彼が言っているのは雛鳥となってしまった母艦機搭乗員達の事だ。い号作戦からずいぶんと経つが、まだまだ搭乗員は訓練不足だ。まともに編隊を組む事すら難しい。
 瑞鶴だって本心では同意見だ。彼女は真珠湾からずっと日本海軍の最前線で戦い続けて来た歴戦の空母である。その時代の移り変わりを直接見てきた。
 真珠湾の頃の荒鷲は、いつの間にか無事に巣も飛び立てないような雛鳥に変わってしまった。それは彼女自身が一番よくわかっている。
 だけど・・・
「それでも、戦わなくてはならないんです。私達機動部隊は、日本海軍の最後の希望なんですから。いつかは、決戦が来ます。私達にできる事は、それまでにできるだけ力を上げてその時に備える事だけです」
 瑞鶴はしっかりとした口調でそう言った。それは、彼女の想いでもあったから。
 今ここで話していても、何にもならない。ならば、その時が来るまでがんばるしかない。それしか、自分達にはできないから。
 瑞鶴の言葉に、刹那は「そうだな・・・」とつぶやき、月を見上げた。
 金色の月は、いつまでも二人を明るく照らしていた。
 照らす光は、そっと、繋がれた二人の手をも美しく輝かせた。

 その頃、瑞鳳は自室にはいなかった。
 寝巻きのまま枕を持ってそろそろと侵入したのは、剣の部屋だ。
 ベッドの上では剣が気持ち良さそうに寝息を立てている。そんな彼に、瑞鳳は足音も立てずに一歩一歩近づく。
「そぉっと、そぉっと・・・」
「何してるの?」
 そっと彼のベッドに忍び込もうとした瞬間、その彼の瞳が開いて声を掛けてきたので、瑞鳳はあまりにもびっくりしてベッドから転げ落ちた。
「お、おい大丈夫か?」
 剣が起き上がって見詰める先では、頭を強打したのか抱えている瑞鳳の姿が。
 しばし痛みが引くまで黙っていた瑞鳳だが、痛みが治まると不機嫌そうに頬を膨らませる。
「もう。何で起きてるのよぉ」
「さっきトイレに行ったからだよ」
「うぅッ! 剣のくせにトイレに行くなんて生意気よぉッ!」
「無茶言うなよ」
 剣は呆れたような声を上げて起き上がる。そんな彼を瑞鳳は頬を膨らませて睨む。
「で? 一体何しに来たんだよ?」
「決まってるじゃない。あなたが寂しくないように添い寝してあげようと思っただけよ」
 ツンとしながら言う瑞鳳に、剣は苦笑いする。
「はいはい。さっき飛行長がしてた怪談話を聞いて眠れなくなったからここへ来たのね」
「ち、違うッ! 私は怖くないもん! 怖くてブルブル震えていたのは剣の方でしょッ! だから添い寝してあげる!」
 今にも泣きそうな顔でそんな事言われてもまったく迫力はない。
 瑞鳳は返答しない剣に、うろたえたように目線を泳がす。寝る前だからかメガネを掛けていないので、瞳の動きはしっかりと見える。そんな瑞鳳を見て剣は、
「あ、おばけ」
「嫌ぁッ!」
 瑞鳳は泣きながら剣に抱きついて来た。剣の腕の中で、瑞鳳は「おばけ嫌ぁッ! あっち行ってぇッ!」と泣き叫ぶと、ガクガク震える。
「あ、ごめん。今のうそ」
 剣が正直に言うと、
「剣のバカぁッ!」
 瑞鳳は涙をぼろぼろと流しながらぽかぽかと彼の胸を叩く。だが、まったく痛くない。
 散々殴った後、瑞鳳はふてくされたように頬を膨らませる。しかし、それでも剣から離れようとしない。そんな彼女の姿に、剣は自然と笑みが浮かぶ。
「もう、瑞鳳は怖がりなんだから」
「こ、怖くなんかないもん!」
「じゃあ離れてよ」
「これは剣が怖がらないように気を利かせて仕方なくしてるだけ!」
 ぷんぷん怒る瑞鳳に、剣は苦笑いする。
 どうも最近瑞鳳は意地っ張りになってしまったというか、素直じゃなくなったというか。とにかく扱いづらい。でも慣れてしまえばどうという事もない。
「そんじゃ、僕はもう寝る」
 そう言って剣は布団の中に潜ってしまう。いきなり離れてしまった彼に、瑞鳳はむぅと頬を膨らませる。
「ほら、寝るんならさっさとしろ。明日はまた早いんだから」
 剣の言葉に、瑞鳳は「バカバカバカぁッ!」とまたもぽかぽかと剣を殴った後、しばし躊躇し、頬を赤らめながら腕を組む。
「し、仕方ないわね。そんなに一緒に寝たいなら特別に寝てあげる。感謝してよね」
「はいはい。さっさと寝てください」
 瑞鳳はようやく素直に剣の布団に潜る。すると、またも不機嫌そうに頬を膨らませる。
「むぅ、剣。何でそっち向いてるのよ」
 どうやら背を向けているのが気にくわないらしい。また何か言われそうだったので、剣は仕方なく向きを変える。今度は目の前に頬を赤らめた瑞鳳の顔が来る。
「そ、そうよ。《れでぃ》に背を向けるなんて失礼よ」
「慣れてないなら英語は使うな」
「むぅッ! 剣のくせに生意気!」
 再びぽかぽかと殴る瑞鳳に、剣はため息すると、
「さっさと寝ろ」
 そう言って、剣は瑞鳳を抱き締めた。突然の事に瑞鳳は顔を真っ赤にするが、抵抗はしなかった。
 剣はそのまま瞳を閉じて眠りについた。
 瑞鳳はそんな彼の腕の中で、幸せそうに笑みを浮かべると、今度は自分からも彼に抱きつき、幸せそうな寝顔で眠りについた。







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