艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(70/129)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第九章 第二節 堪えきれない悲しみの果てに


 目が覚めると、そこは医務室だった。
 なぜここにいるのか思い出せなかった。
 起き上がった自分に、軍医が近寄って来て「帰られて結構です」と言った。
 翔輝は頭に包帯を巻いたまま医務室を出た。まわりを見てもそこは見慣れぬ光景だった。どうやらここは『大和』じゃない別の軍艦の中らしい。
 翔輝は戸惑いながらとりあえず甲板に出た。すると、
「中尉!」
 その声に振り返ると、泣きながら大和が駆け寄って来た。そしてそのままの勢いで翔輝に思いっ切り抱き付いた。
「うわぁッ!?」
 翔輝は突然の事に対処できずに転倒してしまった。なんとか頭部は守ったが、思いっ切り腰を甲板に強打してしまった。
「つぅッ! お、お前――」
 文句を言おうとした――だが、できなかった。
「ひぐ・・・えぐッ・・・」
 ――大和が、泣いていたから。
「や、大和・・・」
「良かった・・・ッ! 中尉だけでもご無事で・・・ッ!」
 大和は翔輝にしがみ付いて涙をぼろぼろと流す。一体何が・・・
 困惑する翔輝に、大和は泣きじゃくる。
「でも・・・ッ! 陸奥さんが・・・ッ! 陸奥さんがぁッ!」
 その名前を聞いた瞬間、全てを思い出した。
 瞳に映るのは、陸奥の最期の姿、最期の笑顔、最期の声・・・
「む、陸奥ッ!」
 翔輝は慌てて『陸奥』が停泊していた場所を見詰める。だが、そこには蒼い海だけがあり、全長二一五・八mの巨艦はどこにも浮かんでいなかった。
「大和・・・陸奥は・・・?」
 翔輝の震える声に、大和は小さく首を振った。
「陸奥さんは・・・殉職なされました・・・ッ!」
「そ、そんなぁ・・・ッ!」
 愕然とする翔輝は頭の包帯に気づいた。それは『陸奥』が沈む原因となった大爆発の時にケガをしたものだった。そして・・・

「中尉には・・・生きていて・・・ほしい・・・ずっと・・・一緒って約束・・・いきなり・・・破っちゃったですけど・・・許してください・・・」

「・・・中尉・・・生きてください・・・ッ! そして・・・姉さんや・・・大和ちゃん達を・・・頼みます・・・ッ!」

「長谷川中尉。あなたを、心の底から――愛しています」

 浮かぶ彼女の最期の言葉に、翔輝は涙した。
 あの声も、あの笑顔も、あの日々も、もう戻っては来ない。
 陸奥は死んでしまった。
 突然、何の兆候もなしに――翔香と同じように・・・ッ!
 自分の腕の中で泣く大和も、今の翔輝には見えていない。
 見えるのは、彼女との思い出。もう二度と帰って来ない大切な思い出。そして、もう思い出となってしまった彼女の笑顔。
 翔輝は絶望した。
 こんなにも唐突に、お別れが来るなんて、誰が思っていただろうか。いや、誰も思っていなかった。
「大和・・・戻ろう・・・『大和』へ・・・」
 翔輝の力ない言葉に、大和は静かにうなずいた。そして、静かに二人はその場から消えた。

 『大和』に戻った翔輝と大和。「一緒にいたいです」と願う大和に対し、翔輝は「一人にしてくれ」と力なく答えた。
 翔輝のあまりにも弱々しい背中に、大和はそれ以上もう何も言えなかった。
 大和と別れた翔輝はとぼとぼと通路を歩いていた。
 心の中には陸奥の死が受け入れられない自分がいる。それは当然だろう。あんな別れ方、誰が望むというんだ。
 もう、何もかもが嫌だった。
 霧島に続いて陸奥。あんなにも親しかった彼女達の突然の死。そしてそれらに重なるのは、同じく突然死んでしまった妹の翔香。多くの死が重なり、翔輝の心を壊す。
 こんなのってない。
 どうして自分のまわりの大切な人は、こうして忽然こつぜんと死んでしまうのだろうか。
 どうして、いつも自分は一人ぼっちになってしまうのか。
 翔輝は当てのない自問自答を繰り替えす。その時、
「・・・翔輝」
「・・・武蔵」
 きっと翔輝は悲しんでいるだろうと心配してやって来た武蔵は、タイミング良く翔輝と対面した。が、事態は彼女の予想よりもはるかに深刻だった。
 翔輝の瞳からは涙が溢れ、止まる事なくその頬を濡らしていた。悲しみを通り越して茫然自失している翔輝の姿は、武蔵の心を苦しめた。
「・・・翔輝。大丈夫?」
「これが、大丈夫に見えるか?」
 翔輝は感情のこもっていない声で答える。そんな彼の言葉に、武蔵はまたも心を痛める。こんな彼は見ていたくない。
 武蔵はだらんと垂れている翔輝の腕を取る。
「・・・少し、休んだ方がいい」
「・・・わかってる・・・そのつもり」
「・・・なら早く行こう。私も少し休みたい」
 武蔵はそう言って彼の腕を引っ張った。だが、翔輝は動かなかった。
「・・・翔輝?」
「・・・あのさ・・・ちょっと・・・一人にして・・・お願い」
 翔輝の言葉に、武蔵は背筋が冷たくなるのを感じた。
 今の翔輝は陸奥の死のせいで正気じゃなくなっている。今放置しておけば何をするかわかったもんじゃない。あまりにも危険すぎる。
 だから――
「・・・ダメ。今の翔輝を一人にしておくのは危険。だから、できない」
 武蔵は首を振って彼の頼みを拒否した。だが、翔輝はその返答にピクリと眉を動かす。
「・・・お前には、関係ないだろ」
 関係ない。その言葉に武蔵は傷ついた。だが、武蔵は諦めない。
「・・・関係ある。翔輝は私にとって――」
「うるさいッ! もうほっといてくれよぉッ!」
 翔輝は怒鳴るようにそう叫び、武蔵を突き飛ばして走り去ってしまった。
「・・・翔輝」
 床に叩き付けられた武蔵は、走り去って行く翔輝をただただ見詰める事しかできなかった。
 何もできない自分の無力さが、悔しかった。

 自室に戻った翔輝は布団の中に潜っていた。
 瞳に焼き付いているのは――陸奥の笑顔だった。
「陸奥が・・・死ぬなんて・・・信じられねぇよ・・・」
 布団の中で涙する翔輝の心についた傷は、海よりも深かった。
 あの時、彼女は死にそうになっていたのに、自分を助ける為に残っていた力を全て使った。どれだけ苦しく、辛かったのかは計り知れない。でも、それでも彼女は自分を助けてくれた。だが、自分は彼女を助ける事はできなかった。
 無力な自分が、悔しくてたまらない。
 どうして、霧島に続いて陸奥まで死ななければならないのか。
 どうして、自分のまわりにいる大切な人は、次々に死んでいくのか。
 どうして・・・ッ!
「陸奥・・・ッ!」
 陸奥は大和、長門に続いて三番目に出会った艦魂だった。翔輝の艦魂の知り合いでは古参に入る奴だった。いつも明るく、よく大和と衝突していたけれど、大和と陸奥。どちらもよく一緒にいた艦魂だった。
 傍にいつもいて、いつも大和とケンカして、いつも笑い合って、いつまでも傍にいると思っていた。なのに、もうその温もりは永遠に触れられない。閉ざされたその笑顔にはもう触れられず、思い出になってしまう。
 そんなの、絶対に嫌なのに・・・でも、もうそれしか道は残っていない。
 永遠に触れらなくなってしまったその笑顔はいつも明るく、自分を優しく包んでくれた。自ら自分の悲しく苦しい過去を話してくれるほど、彼女は自分を信頼し、傍にいてくれた。でも、もうそれは永遠にない。永遠に・・・
「クソッ! クソオオオオオォォォォォッ!」
 翔輝は思いっ切り布団を殴りつけた。
 もしも神というものがいるのなら、この手で殴り殺してやりたい。
 ――どうして陸奥が死ななければならなかったのか――
 ――どうして霧島が死ななければならなかったのか――
 ――どうして赤城や飛龍、巻風など多くの艦魂達が死ななければならなかったのか――
 ――どうして・・・翔香が死ななければならなかったのか――
 翔輝は悔しそうに布団を何度も何度も叩く。
 今も目を閉じれば思い出せる多くの笑顔。とても優しく、明るく、温かい笑顔だった。なのに、どうして彼女達は死んでしまったのか。どうして自分が、生きているのだろうか。
 それが、悔しくて、苦しい。
 大事な仲間が死ぬほど、翔輝の心にある鎖は強く巻き付く。永遠に消える事のないその鎖は、永遠に翔輝の心を締め続ける。
 その鎖の名は――翔香。
 陸奥や霧島の死が、翔香の死に重なり、翔輝の悲しみを増幅させる。
 悔やんでも悔やみきれないあの出来事が、嫌でも思い出させる。それが《死》というもの。決して避けては通れず、苦しい道だ。
 陸奥の死は、そんな道をさらに険しくする。
 翔輝の瞳から涙が止まらずに溢れ出している。
 その苦しさに耐えられず、翔輝は叫んだ。何度も、喉が裂けるほどの痛みを無視し、叫ぶ。二度と触れる事のできない者達の名を――
「翔香! 陸奥! 霧島! みんな、どうして死んじまったんだよ! どうして僕を一人にするんだよ! どうして・・・ッ!」
 胸が熱く、苦しい。耐え難い熱さと痛みが駆け巡り、翔輝を焦がす。永遠に消える事のない痛みは、翔輝に多大なダメージを負わせる。翔輝はそれを、耐え続けなければならない。永遠に――
「ううッ・・・陸奥・・・頼むから・・・戻って来てくれよ・・・ッ!」
 翔輝は枕に顔を埋めた。そうすれば、何も見えない。何も聞こえない。そんな空間がほしかった。そうすれば、もう自分は苦しまなくていい。もう悲しまなくていい。永遠の苦しみから、例え少しでも、例え偽りでも、解放される。その時、
「お兄ちゃん・・・?」
 ドアが開き、部屋の中にかわいげなツインテールをした幼い少女――隼鷹が入って来た。彼女は先日翔鶴達と共に呉に入港したばかりだった。隼鷹は心配そうに翔輝のいる布団を見詰める。翔輝を心配して来たのだが、思ったとおり、翔輝は落ち込んでいた。
 隼鷹は翔輝の傍に近寄り、健気にも必死に励ます。
「お兄ちゃん。元気出してよ。陸奥が死んだのが辛いのはわかるけど、お兄ちゃんが苦しむのは陸奥だって望んでないよ? ほら、笑ってよ。またあの優しい笑顔を見せてよ」
 隼鷹は翔輝を励まそうと必死だった。とても健気で、微笑ましい。普通の時なら、こんな彼女を見ればどんな事も乗り越えられるだろう。だが、そんな隼鷹の言葉は、今の翔輝にとっては、耐え難い怒りに変わってしまう。
「お兄ちゃん」
「・・・何が、笑ってだよ・・・」
「え?」
 驚く隼鷹に、翔輝は勢い良く起き上がるとすさまじい怒りを彼女にぶつける。
「何でこの状況で笑えるんだよ! 何で笑わなくちゃいけないんだよッ!」
 翔輝は怒りに任せて拳を振るった。その拳は呆然としている隼鷹の腹に勢い良く喰い込んだ。
「かはッ!」
 すさまじい一撃に、隼鷹は肺の中の空気を全て吐き出し、そのまま吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。
 何が起きたかわからない隼鷹は背中と腹にすさまじい痛みを感じ、何度も咳き込む。
「けほッ! げほッ! お・・・お兄・・・ちゃん?」
 顔を上げると、そこにはいつも優しく、笑顔が素敵な愛しの兄ではなく、彼女が今まで見た事もないような怒りを放つ、翔輝がいた。
「何が元気出せだ! 何が辛いのがわかるだ! お前なんかに僕の気持ちがわかってたまるかッ!」
 翔輝は怯えている隼鷹に枕を投げ付け、部屋を走り出て行った。
 残された隼鷹はあまりの恐怖に隅で丸くなるしかなかった。

「大和。元気を出せ」
 翔鶴は大和をおんぶしながら言った。
「うん・・・ありがとうございます」
 大和は力ない声でそう答えた。
 先程翔輝と別れた大和は途中翔鶴達と出会い、ふらふらだった彼女を翔鶴が気を利かせておんぶしてくれ、今はこうして翔輝の部屋に向かっている途中だ。
「大和。今はゆっくり休んで。ね?」
 自分も辛いはずなのに、瑞鶴はそんな仕草は見せずに笑顔を親友の大和に送り続けている。そんな親友の姿に、大和も小さく笑みを浮かべる。
「ありがとう、瑞鶴」
「ううん、気にしないで。私達親友でしょ?」
 瑞鶴の言葉に、大和は心温まる。
 そうして歩いていると、ようやく翔輝の部屋の前に着いた。
「あ、着いたみたい」
 瑞鳳がそう笑顔で言いながら部屋のドアを開けて中に先導する。すると、
「姉さん!?」
 突如として飛鷹が驚愕の叫びを上げ、何かに駆け寄った。その先には、小さな隼鷹がさらに小さく丸くなっていた。
「姉さん! どうしたの!?」
 慌てて駆け寄った飛鷹は部屋の隅で丸くなっている隼鷹に触れて絶句した。
 隼鷹は震えていた。何か恐ろしいものを恐れる小動物のような姿は、彼女をとても弱々しく見せる。
「隼鷹! どうしたの!? ねえッ!」
 瑞鶴と瑞鳳も駆け寄る。翔鶴は大和をベッドに寝かせてから遅れて駆け寄った。
「隼鷹。どうした?」
 翔鶴は丸くなっていた隼鷹を抱き寄せ、その背中をさする。だが、大好きな翔鶴の腕の中でも、隼鷹は震え続けていた。
「お、お姉ちゃん・・・ううっ」
 突然隼鷹は声を上げて泣き出した。その突然の事に皆も驚く。
「ど、どうしたと言うのだ?」
 隼鷹の異変に尋常ではないと感じた翔鶴の言葉にも焦りが混じる。
 散々泣いた後、隼鷹は口をそっと開き、震えながら小さな声を出す。
「お、お兄ちゃんに・・・お腹ぶたれた・・・」
『なッ!?』
 瑞鶴達は絶句する。隼鷹の言う《お兄ちゃん》とは翔輝しかいない。その翔輝が人に手を上げる――ましてや隼鷹のような小さな女の子にするなど、とても信じられなかったからだ。
「あの平和ボケした長谷川が、お前を殴っただと・・・ッ!?」
 翔鶴は信じられないといった顔をする。
「本当・・・なの・・・?」
 瑞鶴が震える声で隼鷹に訊くと、隼鷹は力なく小さくうなずいた。
「そんな・・・ッ!」
 瑞鶴は愕然とする。翔輝はそんな事をする人間ではないと信じて疑わなかったからだ。
「長谷川中尉・・・ッ! よくも姉さんを・・・ッ!」
 拳を強く握る飛鷹。その顔はすさまじい怒りに満ちていた。
「許せない。文句を言って来る!」
「待って・・・ッ!」
 今にも殴り込みに行きそうな妹の飛鷹を姉の隼鷹が必死になって止める。そんな姉に、飛鷹は激怒する。
「何でよ!? 何で止めるのよ!」
 頭に血が上っている飛鷹に、隼鷹は泣きながら訴える。
「お兄ちゃんを怒らせちゃったのは・・・私なの。私が怒らすような事を言ったから」
「何を言ったのよ?」
「辛いのはわかるけど、元気を出して。笑ってって」
「普通じゃない! どうしてそれが殴られなくちゃいけないのよ!?」
「・・・お兄ちゃんは、たくさんの人を失ってる。多くの辛さを知っているのに、私が軽はずみな事言ったのが許せなかったんだと思う・・・お兄ちゃん、泣きながら言ってた。『何が元気出せだ。何が辛いのがわかるだ。お前なんかに僕の気持ちがわかってたまるか』って。私、お兄ちゃんの一番触れちゃいけない場所に触れちゃった。怒られて、当然だよ・・・ッ!」
 泣きながら言う隼鷹に、飛鷹は沈黙していた。翔鶴も、瑞鶴や瑞鳳も黙っている。隼鷹の自分を責める言葉は、とても辛く聞こえたから・・・
 嗚咽をしながら泣く隼鷹を、翔鶴はそっと抱き締めた。
「翔鶴お姉ちゃん・・・ッ!」
 隼鷹は翔鶴の胸の中で泣いた。年相応のその泣き方は、本物の少女と何一つ変わらないものだった。
 無言で隼鷹の頭を、慣れない手つきで撫でる翔鶴。そんな姉の姿を見詰め、瑞鶴は自然と笑みが零れた。ふと、瑞鶴は大和のいるベッドを見て絶句した。そこにはさっきまでいた大和の姿はどこにもなかったのだ。
「や、大和がいないッ!」
 瑞鶴の悲鳴のような叫びに翔鶴も驚いてベッドを見るが、誰が見てもそこには大和の姿はなかった。
「くそッ! 逃げられたッ!」
 翔鶴は隼鷹を飛鷹に任せて部屋を飛び出した。
「ちょッ! ちょっと待ってよ! 姉さん!」
「瑞鶴!? 私も行く!」
 後から瑞鶴と瑞鳳が続き、三人の足音が通路の奥に消えて行った。
 残された飛鷹はいまだに泣き止まない姉をそっと立たせる。
「姉さん、行こう」
 飛鷹の言葉に、隼鷹はちいさくうなずいた。
 隼鷹と飛鷹はゆっくりと翔鶴達の後を追いかけた。

 その頃、『大和』の前甲板ではある争いが起きていた。
「離せよ! 武蔵!」
「・・・嫌ぁッ!」
 逃げようとする翔輝に抱き付いて離そうとしない武蔵。
 はたから見ても何か見えないものに引っ張られているのがわかるくらいの接近戦だった。
 翔輝は自分を決して離そうとしない武蔵を力ずくで引き剥がそうとする。
「・・・そっちは、艦首! 何をするつもり!?」
「お前には関係ないだろ!?」
「・・・関係あるッ!」
 ずるずると前に進む翔輝を、武蔵はその小さな体で必死に止める。
 武蔵にはわかっていた。翔輝がこれからしようとしている事が――
 
 ――翔輝は、死ぬつもりなのだ――

 翔輝は今まで多くの死と直面してきた。それが陸奥の死でついに限界に達したのだ。考えてみれば、翔輝だってまだまだ幼い若干十八歳。まだ成人してもいない少年なのだ。そんな彼が、家族全員の死や親しかった仲間の死などにいつまでも耐えられるものではない。いつかは必ず壊れてしまう。その時が――まさに今だった。
 このままでは翔輝まで死んでしまう。武蔵は自分の命をかけて翔輝を死守しようと決めていた。
「・・・行かないで! 翔輝! 死んじゃダメッ!」
「うるさいうるさいうるさいッ! お前なんかに邪魔をされてたまるか! もう僕は嫌なんだ! まわりの奴らが死んで行くのを見るのは! もう死なせてくれよ! 翔香の所に行くんだッ!」
「・・・絶対に、ダメ!」
 武蔵は身体全体で翔輝を押さえ、足に力を込めて必死に踏ん張る。いくら艦魂が人間よりは力があるといっても、武蔵の力じゃ本気になった翔輝を押さえ込めるのにも限界がある。
「・・・行っちゃ、ダメぇッ!」
 武蔵は歯を食い縛って必死に彼の歩みを止める。
 揉み合う二人は一進一退の攻防を続ける。そんな進もうとしても進めない状況に、翔輝はついにキレた。
「離しやがれクソガキッ!」
「・・・があッ!」
 翔輝は武蔵の顔面を思いっきり殴った。突然の事に武蔵は避ける事もできずに拳は顔面に命中し、そのまま崩れ落ちた。
 床の上でうずくまっている武蔵を一瞥し、翔輝は走り出す。が、
「お前・・・ッ!」
 武蔵は諦めなかった。翔輝の足を必死に掴んでいる。 《絶対に離さない》という想いが伝わるほど、武蔵は強く握った。上げられた顔は鼻血と涙でぐちゃぐちゃだった。だが、その瞳の中に宿る闘志はまだ消えていない。むしろ強く燃え上がる。
「・・・離さない! 絶対にッ!」
「このッ! 離せッ! 離せよッ!」
 翔輝は容赦なく武蔵の小さな体に蹴りを連打した。蹴りが一回一回入るたびに武蔵は小さな悲鳴を上げるが、決して放そうとしない。ここで放したら、もう二度と触れられなくなる。絶対に放す訳にはいかない。だが、十数回目の蹴りが武蔵の腹に命中し、ついに翔輝の足の戒めは解かれた。
 翔輝は自由になった足を確認すると同時に武蔵を見た。
 武蔵は蹴られた腹を押さえるように小さく丸まっていた。その肩は小さく震え、嗚咽と咳き聞こえる。見詰めていると、武蔵はゆっくりと顔を上げた。先程よりも涙や鼻血は量がすごく、何かを必死に訴える瞳も強くなっていた。
「・・・翔輝・・・ッ! ダメ・・・ッ!」
「武蔵・・・」
 その弱々し過ぎる武蔵の姿に、翔輝は一瞬手を差し出そうとしたが、すぐにそれをやめ、武蔵を見詰める。
「武蔵・・・ごめん・・・」
 そうつぶやくと、翔輝は歩き出した。後ろで武蔵の必死の声が聞こえたが、無視した。
 艦首のマストには日章旗が翻っていた。翔輝はそのマストの前に静かに立つ。そこからは船渠のゲートが見え、下を見れば水の抜かれた船渠の中に悠然とその巨体を置いているその高さを確認できる。高さは三〇メートルはある。ここから落ちれば、まず間違いなく死ねるだろう。
 翔輝はさらに一歩前に出ようと重心をずらした。その時、
「中尉」
 小さなその声はなぜか良く響いた。その声に驚いて振り返ると、おぼつかない足取りでこちらに向かって歩いて来る大和が見えた。
「大和・・・ッ!」
 翔輝はそこを動けなかった――大和が、泣いていたから・・・
「中尉。何してるんですか?」
 大和の瞳からは涙が溢れ続けている。
「そこは、艦首ですよ? 落下する危険がありますから、早くこっちに来てください。危ないですよ?」
 大和はふらふらと近づいて来る。その顔は真っ青だった。
 大和の登場に翔輝の決心が揺れるが、翔輝は首を振って邪念を振り払う。
「く、来るなッ!」
 翔輝は叫んだ。ここで何かしないと、自分は再び動けなくなってしまうと思ったからだ。
「これ以上近づくと、許さないぞ!」
 その声が聞こえたのか、大和は止まった。が、何かを感じ取ったのか、その顔からはさらに血の気が失せ、真っ白になる。
「中尉まさか・・・ッ! 死ぬつもりですか・・・ッ!?」
 翔輝は――何も答えなかった。しかしそれは、肯定の意の表れだった。
「そんな・・・ッ! 中尉――」
「来るなッ!」
 大和が踏み出す前に翔輝は叫んだ。これ以上近づかれたくなかった。じゃないと、未練が残る。もう踏み出せなくなってしまう。それが怖い。
 大和は切羽詰ったような顔をして死の直前にひんしている翔輝に、泣きながら叫ぶ。
「中尉! やめてください! 死ぬなんて、そんなの――」
「うるさいッ! もう僕にはこれしか残ってないんだよぉッ!」
「違います! まだたくさん残っています! 私や、長門さんや伊勢さん、武蔵だって」
 床に突っ伏している武蔵からは何の返事もないが、おそらく大和と同じ気持ちだろう。
 必死に自分を説得しようとする大和に、翔輝は耳を塞いで叫ぶ。
「うるさいうるさいッ! あの・・・陸奥まで・・・死んじまったんだぞ? 僕の傍にいた・・・陸奥が・・・死んだんだぞ! もう嫌だ! 人が死ぬのは、もう嫌なんだ・・・」
「中尉・・・」
 大和は何も言ってこなくなった。その気持ちは、大和自身も同じなのだ。でも、だからと言って翔輝を死なすつもりは微塵もない。
「だから――死ぬんですか・・・?」
「あぁ、もう僕は十分生きた。翔香の死から二年。もう、疲れたよ・・・」
「そんな・・・ッ! 中尉が死んだら私はどうなるんです!? 私には中尉が必要なんです!」
「悪いけど、他を当たってくれ」
「嫌です! 中尉は――長谷川翔輝航海中尉はあなた一人しかいないんですよ!?」
「大和・・・」
「お願いです! 死なないでください! 中尉まで死んだら、私、どうすればいいんですか?」
 大和は泣き崩れた。大声で泣き叫んだ。翔輝は何も答えない。いや――答えられなかった。大和のそんな姿、見たくなかったのに・・・
「大和。ごめんね。でも、僕はもう・・・」
 翔輝もこれだけは譲れなかった。
 もう、決めたのだ。
 お互いに何も話し掛けない時間がしばらく続いた。そして、翔輝はもう話す事はないと首を横に小さく振って再び艦首の方を向く。その時、
「・・・わかりました。中尉が決めた事なら、もう止めはしません」
「え?」
「・・・お姉ちゃんッ!?」
 大和の言葉に翔輝も武蔵も驚いた。大和の口からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったのだ。だが、
「でも、中尉が死ぬなら――私も死にます!」
「はあッ!?」
 翔輝の表情は驚愕一色になった。大和の言っている意味が理解できなかったからだ。
「ば、バカ言うな! 何でお前まで死ななきゃいけないんだよ! そもそも艦魂であるお前が自分の意思で死ねるわけないだろ!」
 翔輝はそう叫んで絶句した。
 大和が――不気味な笑みを浮かべたのだ。
 唇の端を吊り上げた不気味な笑みを浮かべたまま、大和は言葉を繋ぐ。
「簡単な事です。私自らこの巨大戦艦『大和』の火薬庫、弾薬庫、機械室、発電機室を爆破すればいい事」
「なぁッ!? ば、バカヤローッ! 大日本帝国海軍の象徴を吹き飛ばすつもりか!?」
 翔輝は青ざめる。大和がこんな超破壊的発言を言うとは思わなかったのだ。思える訳ない。普段の大和を見ていればそんな事は考えられないからだ。
「仕方ありません。元々、艦魂である私が死ぬには本体である艦を破壊しなければ意味がありませんから」
「そ、それはそうだけど、まだ『大和』には通常時ほどじゃないけど整備員や多くの将兵が乗ってるんだぞ! 巻き込むつもりか!?」
「それは、仕方ありませんね。多少の犠牲はやむをえません」
「た、多少って・・・ッ!」
「多少です。もしこれが作戦航海中なら乗組員二五〇〇名を危険にさらします。ですが、今なら数百名の犠牲で済みますが?」
 大和の言うとおりだった。もしこれが作戦発動中なら被害は甚大だ。でも修理中で兵達は休暇でいない今なら犠牲は最小限で抑えられる。が、
「バカヤローッ! そう簡単に死を選ぶんじゃねえッ!」
 翔輝の言葉に、大和は無表情で一蹴する。
「今の言葉。そっくりそのままお返しします」
「うぐッ! ぼ、僕は・・・もういいんだよ!」
「何がいいというんですか!」
 大和の悲鳴に、翔輝はビクリと震える。大和の瞳は本気だった。本気の本気で、その瞳は鋭い刃を思わせる。
「中尉は人が死のうとするのは止めますが、自分の死はどうでもいいというんですか!?」
「――あ、あぁいいさ! こんな命。もうどうでもいいよ!」
「・・・本気ですか?」
 大和の瞳が大きく見開き、再び縁に涙がたまる。
「本気だよ。そもそも、みんな死んでいくのに、何で僕だけ生き残ってるんだよ? 霧島や陸奥の代わりに、僕が死ねば良かったんだ。むしろ、翔香の代わりに、僕が・・・僕が死ねば・・・良かったんだ・・・ッ!」
 いつのまにか、翔輝の瞳からは涙が流れていた。
 一人の時には涙を流す事はあっても、誰かの前では泣いた事のなかった翔輝が――泣いたのだ。恥じる事なく・・・
「中尉・・・」
 大和はただただ見ている事しかできなかった。
 わかっていた。翔輝はとても弱い人間だと。
 いくら優しく、いつも笑顔で笑っている彼でも、十八歳の少年。それなのに多くの死を見て育ってきた。そんな彼が内面がとても弱いのはわかっていた。わかっていたのだ。なのに――何もできなかった。
 自分の無力さが本当に悔しい。自分にもっと力があれば、翔輝をこんなに苦しめずに、自暴自棄にさせなかったのに・・・
「・・・それは、違う」
 その時、今まで苦痛に耐えていた武蔵が起き上がった。まだ鼻血は止まっていないが、武蔵は袖でその血を拭い取る。
「・・・もし、翔香の代わりに翔輝が死んでいたら、私達は出会う事はなかった。そんなの、考えたくもない」
 武蔵は力強く、言った。それが、彼女の本心だから、
 武蔵は動けずにいる翔輝に近づき――そっと、抱き締めた。
「・・・翔輝。もう一人で苦しまないで。これからは、私や姉さん、みんなを頼って。今まで、私達は翔輝に助けられてきた。今度は、私達が翔輝を助ける番だから」
 その瞬間、翔輝は今まで以上に涙を流した。
「武蔵・・・ッ!」
 翔輝はそのまま武蔵を抱き締め、そして・・・
「うっ、ううっ、うわぁ、うわあああぁぁぁッ!」
 大声で泣き出した。
 それは、翔輝が初めて彼女達に見せた。彼の弱い一面だった。
 ずっと、この言葉を待っていた。
 翔輝だって、限界があった。でも、限界になっても発散できる所はななかった。でも、ようやく・・・ようやくできたのだ。
 それが、自分の胸でないのが少々不満だが、今回は水に流す事にしよう。そう大和は思った。結局、自分が言いたかった事は全部武蔵に言われてしまった。おいしい所を取られてしまった。だが、悔しくはなかった。
 今は、翔輝が死ななくて済んだ事が、一番嬉しかった。
「中尉。私も微弱ながらご協力させていただきます」
 大和は武蔵のあんまりない胸の中で泣きじゃくる翔輝にそっとつぶやいた。その声を聞き、翔輝は何度もうなずいた。
 なぜだろうか、翔輝より年下である自分が、翔輝のお姉さんになったように感じた。やっぱり、弱い一面を包んであげたいというこの気持ちは、年上も年下も関係ないようだ。
 泣きじゃくる翔輝を抱き締めている武蔵の顔はボロボロだった。いまだに止まらない鼻血を何度も袖で拭いているので、彼女の黒い軍服の袖は異様に黒く染まっていた。そんなボロボロの姿だが、武蔵は微笑んでいた。嗚咽をしながら声を出して泣く翔輝を、武蔵はめったに表情を変える事のないその顔で――微笑んでいた。本当に嬉しそうだった。そんな笑顔を見て、大和の表情もほころぶ。
「今回は、私の負け――ね」
 大和は誰に聞こえるでもない小さな声でそうつぶやいた。
 その後しばらく翔輝は泣き続けたが、落ち着きを取り戻すと顔を真っ赤にして武蔵から逃げるようにして離れた。そんな翔輝のかわいい行動に、二人は笑ってしまった。そんな二人を翔輝は恥ずかしそうに見詰めていた。その時、
「いたぞッ!」
「あぁッ! 長谷川中尉もいるッ!」
「斬るッ!」
「だ、ダメぇ・・・ッ!」
「大和! 危険よ! 離れて! って、武蔵!? 鼻血出てるわよ!?」
 やかましい声が複数響いたと思って振り返ると、そこには機動部隊のメンバーがそろっていた。その刹那、
「長谷川ッ!」
「中尉ッ!」
 すさまじい怒声が響き、翔鶴と飛鷹がいきなり突貫して来た。あまりにも突然の事で、翔輝は回避も受身も取れずに二人の一本背負いと跳び蹴りをモロに受けてぶっ飛んだ。飛ばされた翔輝は危うく艦首から落ちそうになったが何とか踏ん張った。
「げほッ! けほッ! い、いきなり何するんだよ!?」
 翔輝は当然の反応のように文句を言った。が、
「おい貴様。まさか反論できる身分だと勘違いしていないか?」
 ぞくりと背筋が凍り付いた。翔鶴の冷徹過ぎるその声に硬直した。さらに、
「長谷川中尉。姉さんがお世話になったみたいで。ちゃんとお礼をしなければいけませんね?」
 いつも冷静で優しい雰囲気がある飛鷹がこめかみに血管を浮かべて笑みを浮かべていた。正直言おう。めちゃくちゃ怖い。
 だが、飛鷹の言葉でようやく状況が飲み込めた。恐る恐る瑞鳳の後ろに隠れている隼鷹を見ると、ビクリと震えて引っ込んでしまった。恐る恐るこちらを見ている彼女の顔は恐怖に満ちていた。
 翔輝の悪い予感は、見事に当たっていた。
「覚悟はできているな? 長谷川」
 翔鶴がボキボキと指を鳴らす。
「い、いや・・・その、これには深い訳が――」
「武蔵! 大丈夫!?」
 さらに武蔵を心配した瑞鶴の声が響いた。翔鶴と飛鷹もそっちを見ると、武蔵はいまだに鼻血を出していた。
「・・・平気」
「いやいやッ! とてもそうには見えないよ!? っていうか、何で鼻血なんか出てんのよ!? しかもなんかボロボロだし!」
「・・・べ、別に」
 武蔵の微妙な反応に、勘が鋭い瑞鶴はピンと感づく。
「長谷川中尉にやられたの?」
「・・・」
 武蔵は答えなかった。だが、それは肯定の意味だった。
「なるほど。これはさらにキツイおきゅうが必要だな」
 こちらを向き直した翔鶴の顔はさらに険しくなっていた。さっきよりも怒りが増したのは一目瞭然。しかもさらに指がボキボキ鳴っている。
 あぁ、僕死ぬんだ。今この瞬間に。
 翔輝はかなり本気で死を覚悟した。だってこのままじゃ確実に殺されそうなんだもん。
「小さい女の子をいたぶって楽しいんですか? あまり感心できる趣味だとは思いませんが」
 飛鷹は完全に翔輝の事を誤解し始めていた。彼は決してそういう趣味はないのは当然だが、今の飛鷹に言っても無駄だろう。
「長谷川・・・ッ!」
「ご覚悟ッ!」
「ご、ごめんなさいッ!」
 あまりの恐怖に泣き始めた翔輝の前に、武蔵が立ち塞がった。その後姿はとても凛々しくかっこいいと思った。が、正面にいる翔鶴と飛鷹は一瞬口元が笑った。原因は瑞鶴に鼻に突っ込まれたティッシュが笑えるのだ。
「・・・翔輝を、いじめるな」
「いじめてなどいない。これは教育だ」
 翔鶴は武蔵の目を見詰めて言い放つ。視線を無闇に外さないのは、きっとそれ以上下を見るとまた笑ってしまいそうになるからだろう。
「・・・こんなの教育じゃない。ただのいじめ」
「お前がそう思うのは勝手だがな。お前も長谷川にやられたんだろ? 仕返ししたくはないのか?」
「・・・そんな負の気持ちはない。それにこれは不可抗力だ」
「不可抗力って、お前なぁ・・・」
 呆れる翔鶴。そんな彼女の横で飛鷹が諦めずに攻める。
「武蔵長官は良くても、姉さんの問題が残っています!」
 飛鷹は怖い目で翔輝を睨み、翔輝は怯える。だがその視線を遮断するように武蔵が動く。しかし何も言わない。飛鷹の言っている事が事実なのか誤解なのかわかりかねているからだ。
「・・・翔輝。本当?」
 武蔵は背中を向けたまま尋ねる。
「う、うん・・・」
 翔輝の小さな返事に武蔵は「・・・そうか」と小さく答えた。それに対し飛鷹は「やっぱり・・・ッ!」と唇を噛む。そんな飛鷹を一瞥し、武蔵は隼鷹を見詰める。
「・・・隼鷹」
「な、何・・・?」
「・・・翔輝のした事は許しがたい行為。謝罪が必要だと思う」
 武蔵の言葉に、翔輝は落ち込む。が、武蔵は構わずさらに攻撃する。
「・・・それで、隼鷹は翔輝を嫌いになったか?」
 武蔵は冷たい視線を隼鷹に当てる。隼鷹は一瞬硬直するが、顔を真っ赤にして反論する。
「そ、そんな事ないもんッ! 私がお兄ちゃんを嫌いになる訳ないよぉッ!」
「・・・それは、本当か?」
「本当だよッ! 私、お兄ちゃんの事大好きだもんッ!」
「隼鷹・・・ッ!」
 隼鷹の言葉は、翔輝の心に良く響いた。
 隼鷹は自分の言った事があまりにも恥ずかしい事だと気づいて顔を真っ赤にして再び瑞鳳の後ろに隠れてしまった。そんな彼女を微笑んで見詰める瑞鳳。困ったような顔で見ている大和と瑞鶴。相変わらず無表情を貫く武蔵。いぶかしげに見ている翔鶴。そして、
「な、姉さん・・・ッ!」
 隼鷹の為と思って行動していた飛鷹は頬を桜色に染めている姉の姿を見て愕然としている。
 一方、翔輝は隼鷹を嬉しそうに見ていたが、突然顔をしかめ、そのまま急に立ち上がって走っていってしまった。大和達が止める暇もなかった。
「中尉! 待ってくださいッ!」
 大和が慌てて追い掛ける。さらにその後ろから隼鷹が慌てて駆け出し、武蔵が歩いて行ってしまった。
 残された四人は四者四様だった。
 微笑ましく見詰める瑞鳳。困ったような表情を浮かべている瑞鶴。口元だけで笑っている翔鶴。そして、
「こ、これじゃあ私は何だったって言うのよぉッ!?」
 飛鷹の悲痛な叫びが悲しくこだました。

 全速力で翔輝は艦内に駆け込んだ。途中何人も水兵とすれ違って敬礼されたが、全て無視し、自室に駆け込んだ。そしてそのまま鍵をかける。肩で息していると複数の足音が聞こえてきた。
「中尉! どうしたんですか!?」
「お兄ちゃん! どうしたの!?」
「・・・翔輝?」
 ドアの向こうで大和達が叫んでいる。だが、翔輝は耳を塞いでその場にしゃがみ込んでしまった。
 さっきまではその場の空気で忘れていたが、自分は隼鷹と武蔵にひどい事をしてしまった。特に武蔵には顔向けなんかできない。
「・・・翔輝。どうしたの?」
 武蔵の心配した声が聞こえた。それに対し、翔輝は震える声で返す。
「ぼ・・・僕・・・隼鷹や・・・武蔵に・・・ひどい事しちゃった・・・ごめん・・・ッ!」
「お兄ちゃん。私は気にしてないよ?」
「・・・翔輝。そんな事気にしないで」
 二人は気にしてないと言ってくれたが、翔輝は優しい性格なので、とてもじゃないが彼女達に手を上げてしまった事には耐えられなかった。しかも、彼には昔翔香の事で瑠璃と大ゲンカしてしまった時も、激昂した勢いで彼女を殴り飛ばしてしまった経験があった。その時は仲直りはでき、瑠璃は気にしていないと言ったが、それから一週間はまともに会話ができなかった。だからこそ、隼鷹と武蔵から逃げてしまった。身体は震え、汗が止まらない。翔輝は硬直したままだ。しかも、今回は前回よりも症状がひどい。心臓が爆発しそうなくらい心拍数が跳ね上がっている。原因は簡単だった。
 陸奥の死だ。
 元々翔香の死以来精神は常人よりもモロく、霧島の死でさらに悪化。本人は自覚がなかったが、彼の精神はギリギリの状態だったのだ。そして、今度は陸奥という親友に近い友の死。これによって自殺の衝動に駆られたが、これはなんとか回避できた。しかし武蔵と隼鷹に対する突発的な暴力で翔輝の精神は積み重なっていたものと一緒に限界を超えてしまった。
 翔輝は真っ青な顔を上げると、小さな声で「ちょっと、一人にしてくれ」と頼んだ。そしてそのままベッドの中に潜ってしまった。
 大和と隼鷹は諦めずに呼び続けるが、武蔵がそれを制した。「・・・一人にしてやろう」。そう言った武蔵に二人は従うしかなかった。
 離れていく足音を無視し、翔輝はベッドの中で震えるしかなかった。


いつもご愛読ありがとうございます。今作もいつのまにか70部という巨大なものになりましたが、これも皆様読者の方々のおかげです。
ここで皆様にもうひとつお礼です。
先日ついにこの《艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義》が全小説ランキングにランクインしました。サイト内の全約3万作品の中のベスト75に、艦魂という旗を掲げる事に成功しました。もうこれは一位を狙うしかない!?(調子乗りすぎ)
まあ、そんなこんなでこれからもよろしくお願いします。まだあと戦争は二年以上続きますので(まだ半分も経ってない・・・)。






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