第一章 第六節 ハワイ作戦祝勝会
翌二三日、『大和』の艦首甲板に柱島に駐留の全艦艇の艦魂達が集結し、機動部隊の帰りを待っていた。その中には、長門に呼ばれた翔輝もいた。
そして、ついに蒼く輝く水平線の向こうに多数のシミが見えてきた。そのシミは次第に大きくなり、艦の形に変形する。
『前方より機動部隊接近! 機動部隊接近!』
『大和』のスピーカーから見張り兵の声が響く。その放送の後、各艦の甲板や岸周辺に無数の兵達が群がった。みんな機動部隊の帰りをずっと待っていたのだ。
海面を進む艦隊の中心に、四隻の空母が見えた。
機動部隊の主役。空母『赤城』『加賀』『翔鶴』『瑞鶴』だった。
合奏隊が軍艦行進曲を演奏し、もうすでに目の前まで来ている機動部隊を歓迎する。
たった一度の攻撃で世界最強の艦隊になった機動部隊は、今や日本海軍の中核となっている。そんな機動部隊を、皆輝いた目で見詰める。中には睨む者もいた。きっと彼らは航空機反対主義者や戦艦優勢主義の前時代的な考えの者達なのだろう。
そして、ついに機動部隊の各艦が柱島軍港に接舷した。
機動部隊の兵達を、柱島駐留艦隊の兵達が歓迎する。
そして、『大和』の上の艦魂達の目の前がまばゆく光り、次の瞬間、多くの女性達が現れた。皆、大和達と同じく黒い軍服を着ている。それは士官服や下士官服、水兵服など様々だ。
「敬礼ッ!」
真ん中にいた少し右側にずれた所で纏めたポニーテールをした少女が敬礼し、それに合わせて機動部隊の艦魂達が敬礼する。
長門を中心とした駐留艦隊の艦魂達も答礼した。
「直れッ!」
長門達が答礼をやめると、向こうも敬礼をやめた。
ポニーテールをした少女は長門の前に出ると、カッと踵を揃え、再び敬礼する。
「第一航空艦隊旗艦赤城以下、真珠湾攻撃の任務を遂行し、只今帰還しました!」
少女――機動部隊旗艦・空母『赤城』の艦魂が長門に報告をする。
緊張感たっぷりの赤城に対し、長門は柔和な笑みを浮かべる。
「ご苦労様ー。ゆっくりと休んでねー」
長門も笑いかけながら言う。そしてふと大和を来い来いと呼ぶ。
大和は不思議そうに首を傾げると翔輝を見る。だが翔輝も首を傾げた。その間にも長門は大和を呼ぶので、大和は慌てて長門に駆け寄る。
大和が来ると長門は機動部隊艦魂達に満面の笑みを向けた。
「紹介するわね。我が日本連合艦隊の希望の星。戦艦『大和』の艦魂よ。みんな仲良くしてあげてね」
長門は大和をぐいと前に出す。
前に押し出された大和は緊張しながらも自己紹介をする。
「は、始めまして! 戦艦『大和』の艦魂です! まだまだ経験知らずの新米艦魂ですが、皆さんの期待に応えられるよう前向きに努力します! 右も左も分からないふつつかものですが、よろしくお願いします!」
ちょっと早口で大和は自己紹介を終える。
すると、どこからともなく多数のくすくす笑いが聞こえてきた。
「え、え? えぇっ!?」
大和は辺りを見回す、笑われている事に焦っているのだ。
翔輝はやれやれという具合に大和の頭に手を載せる。
「あのな大和。嫁に来たんじゃないんだからさ・・・」
翔輝の見事なツッコミは、艦魂達を大爆笑の渦に巻き込んだ。大和は恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にする。
「あ・・・う、少尉の、少尉のバカ!」
「あぐッ!」
大和は翔輝の脇腹に肘を打ち込んだ。あまりの痛さに翔輝は身体を折ってしまう。
「こ、このッ!」
翔輝は大和を捕まえようと手を伸ばすが、大和はするりと回避して距離を取る。
「痛いなぁ・・・ッ、お前、不意打ちは卑怯だぞ・・・ッ」
「不意打ちではありません。奇襲攻撃です」
大和はきっぱりと答える。その返答に翔輝は呆れたようにため息を吐く。
「あのな、言い方を良くしても同じだろ」
「違います。不意打ちとは相手の思いもよらない攻撃をし、先手を取る事です。奇襲攻撃とは緻密に練られた奇策で敵を襲撃する事です」
「僕には同じに聞こえるけど」
うんうんと他の艦魂達もうなずく。その反応に大和は「むぐ・・・」と言葉を詰まらせる。どうやら追い詰められたのは、大和の方らしい。
「そ、そんな事はないです! 不意打ちと奇襲攻撃は全く別のものです!」
「それは間違っているよ」
突然機動部隊の艦魂群から声がし、二人は振り返る。そこには辞書を持った、大和と同じくらいの年の長い髪を流した少女が笑みを浮かべていた。
「奇襲とは、敵の隙を狙って、不意に襲撃する事。類語。不意打ち。って書いてあるよ」
少女は辞書を閉じて微笑みかける。
「えっと・・・」
翔輝は頭を掻く。大和も呆然としている。すると、二人の反応に気がついた長門が説明してくれた。
「あ、紹介するねー。この子の名は瑞鶴。第一航空艦隊・第五航空戦隊所属の、正式空母『瑞鶴』の艦魂なんだよー。ちなみに、歳はあなたと同じ今年生まれの子よ。よろしくねー」
「よろしく」
瑞鶴は二人に笑いかける。普通ならここで何らかの友情の華が咲くだろうが、そうならないのがこの人。
「ち、違うよ! 不意打ちと奇襲攻撃は全く別のものだよ!」
大和はもはや勝ち目のない無謀な戦いを翔輝に挑む。そんな大和の諦めの悪さに翔輝はため息する。
「あのなー、今瑞鶴が説明しただろ。奇襲の類語に不意打ちって言ってたじゃん」
「うぅ・・・」
大和はまだ納得してなかった。不満げに翔輝を見上げて唸っている。そんな大和に翔輝は再びため息する。
「大和ちゃんはまだ納得してないみたいですね」
横から陸奥が苦笑いしながら出てきた。
「こいつの納得の悪さは天下一品だよ」
「大和ちゃんはプライドが高いからですから」
「小さすぎるプライドだけどね」
苦笑いする翔輝に陸奥は笑いかける。その仲良さそうな様子を見て、大和は不機嫌が増し、さらに抵抗する。
「ち、違うったら違うの! 全く別なんだよ! それにッ!」
「うわッ!」
大和はいきなり翔輝を捕まえ、陸奥から引き離すと、自分の背後に隠し、キッと先輩である陸奥を睨み付ける。
「陸奥さん! 変に少尉に近づかないで!」
「わ、私はそんなつもりじゃ・・・ッ」
顔を赤くしてあたふたとする陸奥に、大和は叫ぶ。
「ウソ言わないでください! 少尉をたぶらかしたんでしょ!?」
「そ、そんな事する訳ないでしょッ!」
顔を真っ赤にして怒る陸奥。いくら温厚な陸奥とはいえ、ここまでひどい言われ方をすれば怒る。だが大和だって大事な大事な翔輝を取られたくない一心である。怒りを露にして陸奥を睨み付ける。
そして・・・
「あの、話が脱線してる気が・・・」
大和に抱き付かれ、顔を赤くしている翔輝が困る。その苦笑いが、今のこの場にはあまりにも不謹慎であった。
大和は最後の自らの想いを咆哮する。
「私は間違ってないんだあああああぁぁぁぁぁッ!」
ドガアアアアアァァァァァンッ!
『えええぇぇぇッ!?』
大和の身体は宙を舞い、滞空時間が五秒ほどした頃に落下。大和は自分の甲板を滑走し、第二主砲にすさまじい勢いで激突した。
沈黙が艦魂達を包む。それを破ったのは、
「ね、姉さんッ! あーあ、やっちゃった・・・」
うろたえる瑞鶴が見詰める人物を全員が見て、全員が納得した。
軍帽から流れるようなサラサラとした長髪が特徴の少女だった。士官用の第一種軍装をを着こなし、すごくかっこいい。だが顔は端整でとても美しい。年の頃は大和より少し年上そうに見える。勇ましげな瞳が鋭く光り、少し怒っているようだ。
「あの、何がなんだか」
硬直している翔輝がつぶやくと、陸奥が苦笑いしながら説明してくれた。
「あの子の名は翔鶴。瑞鶴の姉で、翔鶴型空母一番艦・空母『翔鶴』の艦魂です――そして、連合艦隊艦魂最強の剣士なんです」
「さ、最強って?」
「柔道・空手・剣道の達人で、問題の全てを《技》で解決する子なんです」
その言葉に翔輝は冷や汗を流す。
「そ、それってヤバイんじゃ」
「ま、まあ」とつぶやいて、陸奥は苦笑いする。
「でも、基本的にはすごく優しい子なんですよ。ただ、ちょっと変わってるだけで」
「ちょ、ちょっとって・・・」
機銃台の横で気絶している大和を見詰め、やっぱりヤバイんじゃ、と思う翔輝。
「まぁ、大和はんはまだ翔鶴はんに会った事がなかったから、かなっての奇襲になったんではおまへん?」
翔輝の横から伊勢が出てきた。気がつくと、日向が数人の駆逐艦の艦魂を連れて大和を運んでいた。
「はーい、ちゃんと大和ちゃんを運ぶんだよー」
のん気な声が響く。と、その時、
「伊勢ちゃあああぁぁぁんッ!」
「うわッ!」
突如すさまじい勢いで扶桑が伊勢に飛びついてきた。あまりの威力に伊勢はその勢いに耐え切れずに転倒してしまった。
「伊勢ちゃん」
「姉さんやめてぇなッ! 少尉助けて! 陸奥助けて! 誰かあああぁぁぁッ!」
伊勢が命の危機(?)に泣きながら絶叫する。その瞬間、
ドガアアアアアァァァァァンッ!
爆音と共に扶桑が宙を舞う。空中で三回転ほど回り、甲板に顔面から激突し、撃沈した。
呆然とする一同と顔面真っ青瑞鶴の見詰める先には、翔鶴が唇の端を吊り上げて不敵に笑っていた。
「これで問題はなくなったようだな」
翔鶴は何度もうなずいて嬉しそうに言う。
翔輝はそんな翔鶴を見詰めて「ははは・・・」と苦笑いする。そんな心が冷めていく翔輝に陸奥が慌ててフォローを入れる。
「あれでも問題を解決してるんですよ、彼女なりに」
「初期の問題はともかく、新たな問題が起きる気がする」
翔輝は苦笑いし、陸奥も苦笑した。
風が翔け抜け、各艦の甲板で風が踊る。
蒼い海に浮かぶ浮かべる城――それが戦艦。敵艦を打ち砕く為だけに造られ、そして存在するまさに戦う艦。
空母だって、巡洋艦だって、駆逐艦だって、みんな戦う事が使命の戦う艦だ。
「やっぱり軍艦はいいな」
翔輝は海面に浮かぶ軍艦群を見詰める。その時の彼の表情はとても優しげなものだった。
ふと、そんな彼を横目で見ていた陸奥が口を開く。
「軍艦と艦魂、どちらの方がいいですか?」
突然陸奥がそんな事を聞いてきた。いきなりどんな質問かと思ったが、基本根が単純な翔輝は考え込む。
「うーん、そうだねぇ・・・」
翔輝は悩む。軍艦は好きだが艦魂が嫌いという訳でもない。つまりどちらも好きなのだ。それに順位をつけろと言う方が無理な話だ。
「うーん。どっちも好きだな」
「ですから、どちらかと言うと」
「決められないよ。そんな事」
「じゃあ、一番好きな艦魂は誰ですか?」
「へ?」
陸奥は真剣に聞いてきた。自分を見詰めるその大きめな瞳はしっかりとこちらを見据えているが、翔輝は不思議そうに首を傾げる。
「それって、答えなきゃいけないほど重要な事なの?」
「え、それはその・・・」
陸奥は急に顔を赤くし、あたふた。翔輝はそんな陸奥をじーっと見詰める。するとその視線に気づいたのか、陸奥は慌てて視線を逸らす。
「べ、別に答えなくても構いません。ただ、なんとなく気になっただけで」
「そう」
翔輝はそう言い、空を見詰める。空はどこまでも澄んでいて、どこまでも蒼かった。
風が吹き、各艦のマストに掲げられた朝日を象徴とした軍艦旗が靡く。戦艦も空母も、巡洋艦、駆逐艦もその威風を堂々と輝かせている。
これが――日本連合艦隊なのだ。
翔輝はそんな連合艦隊の艦艇達を見詰めて静かに微笑んだ。
「ひ、ひどい目に遭いました・・・」
「うわッ!?」
そこに頭に包帯を巻いた大和が現れた。その表情はげっそりとしていれかなり疲れているようだ。これがゲームならきっと体力は赤ゲージだろう。
「お、お前大丈夫なのか?」
「はい、なんとか・・・」
がんばって笑って見せるが、かなり疲れきっているらしくその笑みもどこかぎこちない。そんな大和を翔輝は心配する。
「お前、少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「はい、そうさせてもらいます」
大和は素直に従った。相当ダメージを受けているらしい。大和はフラフラと艦内に入って行った。すると、大和と入れ替わるようにして水兵がこちらに向かって走ってきた。年の頃は翔輝と同じくらいだろうか。
「長谷川航海士! 航海長がお呼びです!」
「わかった! ありがとう!」
水兵は翔輝に報告を終えると去って行った。どうやらそれだけの為に来てくれたらしい。ちょっと申し訳なかった。
「仕事ですか?」
陸奥が少し残念そうな顔をして訊いてきた。
「あぁ、悪いけど長門さんによろしく言っといてくれ」
「わかりました。がんばってください」
翔輝は陸奥に手を振りながら艦内に入って行った。
その夜、艦魂達は旗艦・戦艦『長門』の一室で歓迎パーティを開いていた。
「正式空母六隻もいれば、負けるはずなもんねぇ」
「そうそう。結局私達駆逐艦は何もしなかったもんね」
「実感はないけど、私達は勝ったのよ!」
「でも、往復にかなり時間がかかるのね、ハワイは」
「それだけ私達が深く敵地に突入したって事よ」
「大日本帝国万歳!」
機動部隊の駆逐艦達が嬉しそうにお酒を飲んでいる。外見は大和と同じ十三、四歳くらいなので、かなり違和感がある。駆逐艦の艦魂達は軍艦(戦艦・空母・巡洋艦。駆逐艦は艦艇に入る)と違って、士官服ではなく水兵の服を着ている。艦魂社会にも階級制度のようなものがあるのだろう。ちなみに、メンバーは谷風、浦風、浜風、磯風、陽炎、不知火、秋雲、霞、霰の計九人。機動部隊の全駆逐艦の艦魂達だ。そこへさらに「おめでとう!」「一緒に飲もう!」「今夜は飲み明かすぞ!」と柱島駐留艦隊の駆逐艦達も合流する。
駆逐艦達が楽しそうに飲んでいる所から少し離れた所には軍艦の艦魂達が集まっていた。駆逐艦の艦魂達は上官である軍艦の艦魂達の輪に入りづらく、端っこの方に仲間内だけで固まっているのだ。
『・・・』
しかし、駆逐艦の艦魂達と違い、なぜか軍艦の艦魂達は全員黙っている。
きっかけは長門が真珠湾攻撃の事を訊いたのに始まる。
理由はただ一つ。
よく考えればわかる事だ。真珠湾を実際に攻撃したのは空母ではなく、その艦載機だからだ。艦隊は安全圏にいたので、そのすさまじい戦いを実際にした訳ではない艦魂達がその全貌を教える事など不可能だからだ。
「あいやー、ちょっとマズかったなー」
長門が笑いながら焦っている。なんとかこの気まずい雰囲気を変えたいのだ。原因は彼女だが・・・
そんな雰囲気の中、瑞鶴が大和に近づいた。
「ねぇ、大和って呼んでいい?」
「え?」
いきなり話し掛けられた大和は硬直する。そんな彼女に笑いかける瑞鶴。その優しい笑顔が大和の緊張を解した。
「は、はい」
「敬語はやめてよ。私の方が早く生まれたからって、三ヶ月しか違わないんだよ」
「は、はい――じゃなかった・・・うん」
「そうそう」
この二人の空気のおかげで、軍艦の艦魂達は別の話題で盛り上がった。
「ねえねえ大和。昼間いたあの若い士官は来ないの?」
彼女の言う士官とは翔輝の事だろう。
「え、少尉? 少尉は『大和』の航海士だから、そんな簡単に艦を降りられないんだ。だから、今は『大和』にいるよ」
「ふーん。彼って私達艦魂が見えるんだよね?」
「そうだよ」
「へー、私そういう人初めて会った」
「そっか、まだ生後三ヶ月だもんね」
「ちょっと、それじゃ赤ちゃんみたいだからやめて」
「あ、そういえばそうだね」
二人はくすくすと笑う。
そんな二人から少し離れた所に、日本連合艦隊の主力艦魂達が集まっていた。リーダーの長門、その妹の陸奥、扶桑、伊勢、日向の柱島駐留艦隊の戦艦艦魂。機動部隊指揮官の赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴の空母艦魂。さらに、機動部隊護衛戦艦、金剛型戦艦の二番艦『比叡』と、四番艦『霧島』の艦魂の計十二人だ。ちなみに、巡洋艦達も別の所で集まっている。
「しかし司令。敵空母部隊は撃ち漏らしてしまいました。申し訳ありません」
「そんなの気にしないでよ。長官(連合艦隊司令長官山本五十六大将)がまた機会を見つけてくれるよ」
赤城はものすごく真面目で、米太平洋艦隊の空母部隊を撃ち漏らした事をとても気にしていた。そんな赤城を長門が励ます。
この真珠湾で撃ち漏らした米空母部隊が、後に日本連合艦隊の決定的な致命傷となったのだが、今はそれは置いておく。
「元気を出せ加賀」
「ありがとう」
落ち込んでいる加賀を翔鶴が励ます。
加賀はショートヘアをした少女で、いつも柔和な笑みをしている心優しき艦魂なのだが、今はその笑顔が消えている。実は、真珠湾攻撃で戻って来なかった艦載機の内、約半数は『加賀』の艦載機だったのだ。その事を彼女は気にしていて落ち込んでいた。そんな彼女を翔鶴が励ます。
その二人から少し離れた所には二人の戦艦がいた。
「霧島。この玉子焼きおいしいよ」
きれいな長髪の女性――比叡が玉子焼きののった皿を妹に向ける。
「・・・ありがとう」
恥ずかしそうに顔を伏せていたショートヘアの女の子――霧島は姉の皿を受け取る。
二人は長女金剛、次女比叡、三女榛名、四女霧島の金剛四姉妹の内の二人で、金剛姉妹は日本戦艦中最も多い姉妹だ。長女金剛、三女榛名は同じ戦隊に所属していて現在はシンガポールからマレー沖に進出している。
実は長女金剛は元はイギリス人である。元々巡洋戦艦として日本がイギリスに注文して『金剛』は造られた。その後日本にやって来て二度の大改装の結果、高速戦艦として生まれ変わったのだ。『金剛』が初めて日本にやって来て、日本がそれを真似て造ったのが、姉妹艦『比叡』『榛名』『霧島』である。その為、他三人は日本人である。しかし、金剛は髪の色は金髪で瞳も蒼く外見もイギリス人だが、心は日本人であり、生まれ故郷のイギリスと戦う事は気にしていない。さらに、日本海軍の中で最も軍人らしい艦魂で、規律に厳しく、いつも『海軍精神注入刀』という竹刀を持っていて、他の艦魂達から『鬼の金剛』と呼ばれ、恐れられている。
そんなスーパー艦魂の妹達はものすごい個性的だ。
次女の比叡はとても妹想いな子で、お姉さんキャラでもある。末っ子で同じ戦隊の霧島の世話をよくやっていて、霧島をとても大切にしている。
三女の榛名は男勝りな性格でボーイッシュな艦魂。面倒見が良く、駆逐艦やその他小型艇の艦魂達に慕われている。
そして末っ子の四女霧島。彼女が一番変わっている。とても内気で人見知りが激しく、恥ずかしがり屋。いつもおどおどしているというなんとも戦艦の艦魂としては情けない奴だ。その内気振りは連合艦隊艦魂一である。自分に優しくしてくれる姉の比叡にいつもくっ付いて行動している。ちなみに、三番艦『榛名』と四番艦『霧島』は別の工廠で造られていたが、竣工したのは同じ日、つまり双子なのだ。そのせいか二人はかなりそっくりな顔立ちをしている。髪型と性格、瞳の鋭さ以外はそっくりだ。
なんとも愉快な金剛四姉妹である。
「伊勢ちゃん!」
「ひやぁっ!」
いきなり伊勢は後ろから扶桑に抱き付かれた。
「お姉さん。もうやめてぇな」
伊勢はもう疲れきっていた。そりゃあそうだろう。これだけ付き纏われれば誰だってくたくたに疲れるだろう。だが、扶桑は疲れた様子もなく義妹である伊勢に抱き付く。
「いやーん。かわいい、かわいい伊勢ちゃん!」
扶桑は嬉しそうに伊勢の頬に自分の頬をこすり付ける。
「お、お姉さん・・・ッ」
もう抵抗する力もないのか、されるがままになっている伊勢を見て、日向がにこにこと笑顔をしていた。
「あー、またお姉ちゃんと扶桑お姉ちゃんがじゃれ合ってる」
「いや日向、じゃれてへんや。むしろ助けてぇな」
完全に高みの見物状態の日向を睨みながら怒る伊勢。そんな姉の瞳に真剣さを感じ取ったのか、日向はうなずいた。
「はいはい。扶桑お姉ちゃん。そろそろやめてあげないと、お姉ちゃんに嫌われちゃうよ」
「えッ!? それは嫌ッ!」
日向の言葉に音速で手を放す扶桑。これが彼女の力。日向は機転の利く事をいつも言ってくれて、伊勢の対扶桑用の最終兵器である。そんな彼女はしゃべり上手でもあり、駆逐艦等の艦魂達とすごく仲がいい。
そんな日向の姉が全艦魂キャラの中で、上位に入るまともなキャラが伊勢だ。関西弁というスキルを抜けば一番まともである。その為まわりに振り回される事が多く、損な役回りが多い。義姉の扶桑にすごく気に入られ、いつも付きまとわれる。
その迷惑女が扶桑。義妹の伊勢が大好きで、強烈なスキンシップをする。実はSの属性があり、かわいい伊勢をいじめるのが大好きという、全艦魂キャラの中で最も困ったキャラである。
そして、そんな扶桑の実の妹はというと、
「・・・」
部屋の隅の方で一人飲んでいるセミロングの少女が扶桑の妹――山城である。
極度の無口で、常に無表情。感情を表に出さず、単独行動が多い。その為扶桑は「つまらない」と言って山城に構わず、おもしろい伊勢にちょっかいを出す。
彼女の笑顔を見たと言う艦魂は五本の指にも入らず、扶桑もたった一回しか見た事がないというほどの無表情で、全艦魂の中で最も無口、無表情キャラだ。しかし、実は怒らすと最も恐ろしいという噂もある。謎の多いキャラだ。
以上。連合艦隊主力艦魂達でした。
「ねぇ大和。その少尉ってどういう人?」
お酒を飲んで上機嫌の瑞鶴が訊く。それに対し大和は顔を真っ赤にしながら(大和はお酒を飲んでいないのでたぶん別の理由)答える。
「どうって、すごく優しい人です」
「ほうほう、それで恋仲は進展しているか?」
「な、長門さん!?」
いつの間にか長門を始め主力艦魂達が集まっていた。その誰もがにこやかな笑みを浮かべている。
「確かに、優しい人でした」と伊勢。
「浮気はダメよ!」と扶桑。
「そうですね、私も少尉の事は好きです」と陸奥。
「お、これはドロドロの三角関係の始まりか? お姉さんはどっちを応援しましょうかしら?」と長門。
「お姉様ッ! わ、私はそういう好きでは・・・っ!」と陸奥が焦る。
「それも青春だよぉッ!」と日向。
「・・・バカ」と山城。
「うわッ! 山城がしゃべった! 明日は厄日だ!」と比叡。
「そんなおおげさな」と霧島。
「中島中尉、平崎少尉・・・」と加賀。
「わかったわかった」と翔鶴。
「あなた達いい加減にしなさい」と赤城。
いつの間にか集まった主力艦魂達を見て焦る大和。この状況を打開すべく、大和は今言った事を否定する事にした。どうせ本人はいないし。
「あう、でも、優しいけどバカだし、おっちょこちょいだし、方向音痴だし、戦艦フェチだし、結構最低男ですよ」
「お前、僕の事今までそんな風に思ってたの?」
「ひやあああぁぁぁッ! 少尉、どうしてここに・・・ッ!」
突如最悪のタイミングで現れた翔輝に焦りまくる大和。それに対しものすごく寂しそうな翔輝。
「旗艦で航海会議をやってたんだよ。知らなかったのか?」
昼間翔輝が呼び出されたのはそういう理由だったのだ。
「あ、そういえばそんなのがあったような・・・」
もう大和の頭は崩壊寸前である。もちろん翔輝も別の意味で崩壊寸前だったが、
「・・・って、ちょっと待て」
翔輝は突然頭を抱える。
「ん?」
長門はモグモグとカレーライスを食べている。
「ちょっと、質問いいですか?」
「モグモグ・・・うん、いいよ」
「あの、一体どこから持ってきたんですか?」
当然の疑問だった。
まさか主計長に頼んだわけでもあるまい。かといって艦魂の誰かが料理した、とも考えにくい。というか、よく見ると艦魂達はみんな何か飲んだり食べたりしている。
頭を抱えたままの翔輝に、長門は一度カレーライスを飲み込む。
「空間からだよぉ」
食べながら長門は平然と言ってのけた。
いつも思う事だが、この人の言う事はいちいち意味が分からない。そのたびに翔輝は固まらなければならなかった。実は長門はお姉さんキャラ+電波なのではと疑い始める今日この頃。
「空間から、って・・・あなたは魔術師ですか!?」
「そんなわけないじゃない・・・私は司令官だよぉ」
「空間からカレーを取り出す司令官はいないと思いますけど」
「うーん。というか、この艦は艦魂の心の中みたいなもんだからねぇ、思った事なら大体叶うんだよぉ。例えば・・・」
そう言って長門はニヤリと不気味に笑った。すると、
ガゴォォォンッ!
「痛ってぇ!」
なんだか間の抜けた効果音と一緒に翔輝が呻き声をあげた。同時に艦魂達が爆笑する。何が起きたかと言うと、翔輝の脳天にどこからか落ちてきた金ダライが直撃した、といったところだ。
「と、こんな事もできるんだよぉ」
「ちょ、ちょっと長門さん・・・?」
ガゴンッ! ガゴンガゴォンッ!
十個も落ちた・・・結構痛い。
「まぁ、今回はタライだったけど、矢の雨を降らす事もできるだよ・・・試してみる?」
「死んでしまいますよッ!」
翔輝が自分を埋め尽くしているタライを押しのけて怒鳴った。そんな翔輝を見て長門はケラケラと笑う。
「死なないってばぉ。ちゃんと手加減するからさぁ」
「それでも嫌です!」
「まぁそんな怒らないでぇ、ほら、長谷川君も食べる? カレー」
また長門はどこからかカレーを取り出して翔輝に手渡した。
「・・・食べても大丈夫なんですよね?」
スプーンでカレーをつつきながら、疑惑の目で長門を見る。
「んー、害はないハズだよぉ。お腹は膨らまないけど、ちゃんとカレーの味はするんだよぉ」
「夢の中でご飯を食べてるようなものですか?」
「そうそう。だから、矢の嵐に降られても夢の中で矢に追いたてられているようなものなんだよぉ」
「・・・嫌すぎます」
「でも、スリルがあっていいかもねぇ」
「冗談キツイですよ」
「あはははははッ!」
そんなやりとりに長門が笑い出す。同時に他の艦魂達も笑い出した。その誰もが心の底から楽しそうに笑っている。おそらくたった今の世界中で一番のどかで平和な場所はここだろう。
「ま、いいや。みんな楽しそうだってわかったし、じゃ、僕は戻ります」
「えーッ!? 帰っちゃうの?」
長門は明らかに不満そうだ。見ると大和達も同じ反応をしている。
「はい。すみませんが」
「仕事?」
「いえ、何もないですけど」
その回答に長門はぱあっと顔を華やげる。
「じゃあ宴会に混ざってぇ!」
その言葉に焦るのは翔輝の方だ。
「いや、僕以外全員艦魂ですよ」
「差別はいけませーん」
「いや、そうじゃなくてですね」
長門を説得しようとするが、今の長門は酒を飲んでいて通常の三倍わがままだった。
長門は椅子から立ち上がるとビシッと翔輝に指を突き立てる。
「えーい、第十七駆逐隊! 長谷川君を捕獲しろー!」
『了解ですッ!』
第十七駆逐隊・駆逐艦の艦魂――谷風、浦風、浜風、磯風の四人が翔輝に跳び付く。
「うわぁッ! ちょっと待ってッ!」
四人の少女に捕獲され、翔輝は無理やり参加させられた。
「ほんまぁ? 長谷川はんは航海士をしとるんどすか」
伊勢が翔輝にくっ付く。酒のせいで歯止めが外れているのだ。強制歯止め役の扶桑は爆睡中。誰も今の彼女は止められない。
「あ、あの伊勢さん」
「伊勢でええよー」
「あ、じゃあ伊勢。ちょっと離れてくれない?」
「嫌やぁ」
「そ、そんな・・・じゃあ実力行使」
伊勢をかるーく持ち上げて離す。
「悪い日向。これ頼む」
「了解しましたー」
酒が飲めない日向は健在で、泥酔しきっている伊勢を託す。日向に抱きとめられた伊勢は最初こそは不満そうな顔をしていたが、すぐに今度は妹に甘え始めた。
「はー、やっと脱出できたー」
翔輝はやれやれと汗を拭う。が、
「少尉ーッ!」
「うわッ!?」
突然前方から陸奥が抱きついて来た。その勢いで翔輝は立ち上がろうとしていたのにまたも無理やり座らせられてしまう。
「ちょ、今度は陸奥かよ」
「えへへー、今度は私でした」
無邪気な笑みを出す。こいつも完全に酔っ払っている。上気した顔が何よりの証拠だ。
「陸奥。頼むから離れてよ」
「じゃあ、大和ちゃんじゃなくて私に来てよぉ」
「いや、それはちょっと」
「んじゃ、離れない」
陸奥は余計顔を埋める。常時の敬語はどこへやら。今の陸奥は完全に翔輝に甘え切っている。
「えへへー」
「勘弁してよー」
翔輝がもう諦めようとした時だった。
「・・・すぅ」
「え?」
その変な息の音に翔輝は再び下を見る。すると、陸奥は小さな寝息を立てて静かに眠っていた。
「あ、あはは。疲れちゃったんだ」
翔輝は仕方なく陸奥を運び、隅っこの方に寝かせた。陸奥は小さな寝息を立てて気持ち良さそうに寝ていた。
「おやすみ」
翔輝は陸奥から離れた、すると、
「お姉ちゃん。起きてよー」
一人の女の子がもう一人の寝ている女の子を起こしていた。起こしている方の女の子が泣きそうな顔をしていたので、放っとけなかった。
「どうしたの?」
翔輝は自然に声かけた。が、
「ひやッ!?」
女の子は死ぬ程ほど驚き、顔を隠してしまった。見た目は陸奥と同じくらいに見えたが、全体的に幼さをかなり残している少女だった。
「えっと・・・」
目の前で起きた事が理解できなかった。自分は何かひどい事をしてしまったのか?
その時、翔輝は長門に紹介された主力艦魂達の中にこの少女がいた事を思い出した。
「えっと、霧島さん?」
名前を言うと、少女――霧島はうなずいた。
「ど、どうしたんですか?」
一応艦齢は自分より上なので敬語で接する。
「・・・」
一方、霧島は黙ったままだった。顔を真っ赤にして必死で寝ている少女の後ろに隠れている。
「えっと・・・」
そこで翔輝はもうひとつ思い出した。
そういえば、長門が霧島は史上最強の内気兼人見知りが激しい兼恥ずかしがり屋という三大他人恐怖症を持っていると言っていた。
仕方ないので、翔輝は自分の頭脳に頼る事にした。
「えっと、頼れる比叡さんが寝てしまって一人ぼっちなってしまって困っていると」
翔輝は自己解釈したが、あながち合ってはいない訳ではなかったらしい。霧島はゆっくりとうなずいた。
そこで比叡を見ると、完全に泥酔していた。このような上官を何人も見ているので翔輝には即断できた。
「これは無理だな。完全に夢の中に堕ちてる」
「そ、そんな・・・」
聞き取れたのが不思議なほど小さな小さな声で言う霧島。
「んー、誰か代役は」
翔輝はまわりを見回すが、艦魂達は寝ているか理性が吹っ飛んでいる奴ばかりだった。大和も瑞鶴と寄り添って寝ている。
もう一度見回した時、一人だけ見つけた。
「あ、一人いた」
それは隅で一人飲んでいる無表情少女だった。
「あのー」
少女に声をかける。
「・・・」
なぜか睨まれた。そこで名前を思い出す。彼女の名は、
「山城さん。その、霧島さんが比叡さんが寝ちゃって困ってるんです。助けてやってくれませんか?」
「・・・そんな義理はない」
「いや、同じ艦魂じゃないですか」
「・・・」
山城は怯えている霧島を睨み付ける。
「ひッ!」
霧島は再び隠れてしまう。仲間を睨むなって。
「その」
「・・・失せろ」
そう一蹴された。
「はい」
そのあまりの気迫に押され、素直に引き下がった。
再び霧島の元に戻るが、霧島の対応も変化なしだった。
「うーん、どうしようか」
困る翔輝はフラフラとテーブルに向かい、まだ温かさが残っている料理をいくつか持って霧島の元に戻り、それを向ける。
「え?」
「まぁ、これでも食べて待つしかないですね。誰かまともに可動できる人が起きるまでは僕が相手しますよ」
「え?」
驚く霧島に、翔輝は寂しげに笑う。
「・・・僕、じゃ、やっぱりダメですか?」
「・・・いえ」
霧島は顔を真っ赤にしながら持って来た羊羹を口に入れる。
翔輝は小さなため息をついて霧島の横(少し離れているが)に座った。だが、話題が出ず、二人は沈黙したままだった。
うーん、大和や陸奥と違ってかなり攻略が難しいキャラだな。
翔輝は頭を掻く。その時、
「・・・すみません」
「え?」
霧島はうつむいたまま言った。
「・・・その、迷惑を掛けてしまって」
「いや、別に気にしてないですから」
「・・・本当ですか?」
「もちろん」
翔輝は笑顔で言った。その言葉に、霧島は少しだけ安心した。
「・・・大和さんが認めたのも、なんとなくわかるような気がします」
「え?」
「い、いえっ。別に・・・ッ!」
顔をさらに真っ赤にさせてうつむく。
「何か、いつの間にか僕は大和のお気に入りって事になってしまってるようですね」
「・・・嫌、なんですか?」
「うーん、どうでしょう。別に嫌って訳じゃありませんけど、複雑な心境ですね」
「そうなんですか。大和さんみたいなかわいい女の子に気に入られてるのに、素直になれないんですね」
「かわいい、か」
「かわいくないんですか?」
「いえ、まぁかわいいと思います。結構好きですし」
「好きって、恋人に対するようなものですか?」
霧島の質問に、翔輝は顔を赤く染めて否定する。
「そ、そういうのとは違いますよ。何て言うか、家族。妹に対するような好きですね。英語で言えば《ラブ》ではなくて《ライク》です」
翔輝の答えに、霧島くすくすと笑う。そんな彼女の小さな笑顔に翔輝もつられて笑った。
霧島は笑っていたが、ふと思った事を口にした――そこで霧島は地雷を踏んでしまった。
「少尉の家族はどういう方々なんですか?」
そこで霧島は気づいた。一瞬にして翔輝の顔から笑顔が消えた事に・・・
「あの・・・、私、なんかまずい事言いましたか?」
そのあまりの豹変ぶりに霧島は怯える。すると、翔輝は優しく微笑んでくれた。だが、その笑みは少し寂しそうだ。
「いや、別に。僕にはもう家族はいないんですよ」
「え?」
驚く霧島に、翔輝は小さくため息した。
「父は満州事変で、母は病気で、唯一の肉親だった妹は今年の春に病気で亡くなっているんです」
その言葉に霧島の顔が真っ青になる。
「あ、ご、ごめんなさいっ! 私、何も知らなくて・・・ッ!」
「いや、いいんです。もうケジメはつけていますから」
笑って見せるが、その笑顔は弱々しかった。
霧島はなんとかこの雰囲気を打開しようと考える。
「あ、あの」
「はい?」
霧島は再び顔を真っ赤にして、今度はしっかりと翔輝の目を見る。
「あの、その、・・・呼び捨てにしてくれませんか?」
「え?」
突然の謎の頼みに翔輝は不思議そうに首を傾げる。すると、霧島は少し照れたように小さく笑みを浮かべる。
「・・・いくら私が二六歳で人間で言う大人でも、その・・・艦魂って成長が遅くて、特に私は著しく成長が乏しくて、年下の長門さんや陸奥さんに負けますし、その、こういう性格ですから、敬語で接せられるのって不自然で嫌なんです」
「・・・なんか、説明長いですね」
「・・・そういう問題では」
あうあうと今にも泣き出しそうな霧島に、翔輝は優しく微笑む。
「別に、霧島さんがいいならそれでもいいですけど」
「お、お願いします」
「了解。霧島」
初めて敬語抜きで自分の名前を呼ばれて、霧島はこれまでにないほどの笑みを浮かべた。
「はい。少尉」
「そっちは変わらないのね」
「当然です」
そんな霧島を見て、ついつい笑ってしまう翔輝。それにつられて笑う霧島。
ふと思う。
「お前、ずいぶんと話すようになったな」
「え?」
自分でも自覚していなかったのだろう。その言葉に霧島は一気に顔を赤くし始めた。それはもう熟れたトマトのように。
「ちょ、霧島。大丈夫!?」
「ふひゃぁぁぁ・・・」
変な声を上げたと思った瞬間、霧島はカクッと力が抜け、その場に倒れてしまった。
「うわぁッ! 霧島!」
起こそうとするが反応なし、しかし、見た感じただ寝ているだけだった。気絶してそのまま寝てしまったのだろう。
翔輝は霧島を比叡の横に寝かせ、再びあたりを見回す。泥酔して熟睡している人が半数。まだ飲んでいるが、完全に歯止めがはずれているのが十数名。さっきから飲んでいるが全く変化がない人が一人。
「こりゃ、そろそろ帰るか」
もうここは別世界となっていて、ノーマルな翔輝はお手上げだった。
翔輝は寝ている大和を一瞥し、ドアを開ける。その時振り返り、全員を見詰める。
「おやすみ」
翔輝は笑顔で言った。
そして、翔輝は部屋を出て、無事に『大和』に着いた。
翌日。柱島駐留艦隊と、昨日帰って来た機動部隊の艦艇の内、戦艦『大和』『日向』『山城』、その他数隻の艦艇以外の全艦艇の調子が狂った。原因は不明。テロ説などが言われたが、テロなら沈めなければ意味がないと否定。
結局、整備兵達は一日中整備に回される事になった。
しかし、本当に原因は何なのか、それは艦魂と、翔輝しかわからなかった。
その日、大和は朝に帰って来てとても疲れていた。酒に異常に強かった山城、飲まなかった大和、日向以下数人の艦魂以外が二日酔いにかかり、その看護をしていたそうだ。
ここでようやく翔輝は原因がわかった。
艦体は艦魂にとって身体のようなもの。つまり、艦魂が二日酔いになったせいで艦に異常が出たのだ。
お酒は程々に、と、翔輝は学習した。
その次の日、二日酔いも治り、整備兵達が不眠不休で調べていた原因不明のトラブルも直り、この騒動は幕を閉じた。
この騒動で、整備兵五人が過労によって倒れ、病院に運ばれたのは隠れた被害だったという。 |