艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(68/141)PDFで表示縦書き表示RDF


今度の話は日本側ではなくてアメリカ側の視点、エンタープライズを主人公にした作品です。
1943年頃は日米機動部隊の決戦はありませんのでエンタープライズの出番はありません。ですのでこうして間章を書きました。
エンタープライズの物語、どうか楽しめる事と思っています。
艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第八・五章 復活 アメリカ海軍最強少女


 ガダルカナル島から少し東にいった場所にサンタクルーズ諸島というアメリカ海軍の南太平洋海域の前線基地がある。ここからソロモン海域に部隊を派遣するのだが、日本軍の撤退に伴って前線基地をさらに前進させる作業が行われていた。
 そんな中、機動部隊旗艦である空母『エンタープライズ』の第2会議室にはアメリカ海軍の精鋭空母達が雑務をこなしていた。
「しかし、こういう仕事は水兵の役目じゃないの?」
 書類の山を片付けながら愚痴るポニーテールに纏めた銀髪をした碧眼の少女。彼女はアメリカ海軍の最新鋭空母であるエセックス級航空母艦1番艦、空母『エセックス』の艦魂だ。勝気な性格に釣り目のが特徴の女の子だ。
「仕方ないじゃない。駆逐艦達のほとんどはガダルカナル島海域警戒に向かってるんだから。人手が足りないのよ」
 そんな不平不満を連呼するエセックスを同じく銀髪のロングヘアをした碧眼の少女がなだめる。エセックスの妹にしてエセックス級空母2番艦・空母『ヨークタウン』の艦魂だ。
 ヨークタウンの言葉に、エセックスは納得いかずに文句を言う。
「だからと言って、何も私達がやらなくても・・・」
 やっぱり気に入らないエセックス。書類を片付けながらやっぱり文句を言う。
 さてここで疑問に思った方もいるだろう。なぜミッドウェー海戦に沈んだはずの空母『ヨークタウン』が――しかもエセックスの妹としているのか。これには深い理由がある。
 エセックス級空母2番艦はミッドウェー海戦で奮闘したヨークタウン級空母1番艦である『ヨークタウン』の名を受け継いだのだ。多くなる空母に名前のストックが切れるとは、うらやましい限りだ。
「ほらほらエセックス。愚痴を言わずに手を動かすの」
「は、はいッ!」
 上官に笑顔で注意され、エセックスは慌てて作業に戻る。
 そんな2人の上官とは、レキシントン級空母2番艦・空母『サラトガ』の艦魂だ。蒼く輝く髪を流した少女は、優しい笑みで新米空母を見詰めている。だが、それもすぐに横にいる少女を見て表情を曇らせる。
「エンター。あなたも手伝ってよ」
 視線の先にはアメリカ空母一の猛将と謳われた空母『エンタープライズ』の艦魂がいた。だが、それは猛将と呼ばれていた頃と比べると、あまりにもひ弱になっていた。牙をもがれた虎のように、かつての勇ましさは微塵も感じられない。
 エンタープライズは机に突っ伏してやる気のなさそうにぼんやりと窓の外を眺めていた。
「サラトガさん。雑務は私達でやるので、エンタープライズさんと一緒にくつろいでいてください」
「え? でも・・・」
「やるわよーッ!」
 バババババッ! と書類を片付けるエセックスをサラトガは期待と不安が入り混じった微妙な表情で見詰める。
「サラトガさん。カフェオレをどうぞ」
 ヨークタウンが持って来たカップをサラトガは笑顔で礼を言って受け取る。次にエンタープライズにブラックコーヒーを渡そうとするが、それは断られた。
「エンター。どうしてそんなにヨークに冷たいのよ」
 サラトガは不満そうにエンタープライズを見詰める。
 エンタープライズはどうもヨークタウンを好きになれない。姉の名を受け継いでいるせいか、ヨークタウンにはひどく冷たい態度をとる。
「いいんですよ。私、全然気にしていませんから」
 ヨークタウンはそう笑顔で言うが、その笑みは寂しさがある。そんなヨークタウンを顔を上げてエンタープライズは見詰めるが、すぐにまた突っ伏す。
「もう」
 サラトガは腰に手を当てて不機嫌そうにエンタープライズを見詰める。すると、居心地が悪くなったのか、エンタープライズは唐突に立ち上がってドアに向かった。
「ちょっとエンター。どこに行くの?」
 サラトガの質問に、エンタープライズは面倒くさそうに、
「お前には、関係ないだろ?」
 そんな冷たい言葉を言い放ち、エンタープライズは部屋を出て行ってしまった。
 閉められたドアを、寂しげに見詰めるサラトガ。そんな彼女を心配そうに見詰めるヨークタウン。そして、
「おいヨーク! この書類どこに置くんだよ!?」
 1人完全に雰囲気から浮いているエセックスの妹を呼ぶ声が静かな部屋に響いた。

 海戦の主力である空母部隊の旗艦である空母『エンタープライズ』の第二会議室で行われた艦魂会議。そこには多くのアメリカ海軍の艦魂が集まっていた。
「まったく! エンターはいつになったらあの頃の猛将に戻るのかしら!」
 そう不機嫌そうに言ったのは茶髪のセミショートの少女。機動部隊護衛部隊所属・サウスダコタ級戦艦2番艦・戦艦『インディアナ』の艦魂だ。彼女の言葉に皆もうなずく。
「あの頃のエンターは輝いていたのに。ちょっとハルゼー提督の影響を受けて危なかったけど、軍人としては私達合衆国海軍の誇りだった。でも今ははただのなまけ者よ!」
 インディアナは先輩であるエンタープライズを尊敬し、彼女のような軍人になりたいと思っていた。しかし、だからこそ今のエンタープライズが許せない。今のエンタープライズは彼女の尊敬を踏みにじっているのだ。
「インディ。気持ちはわかるけど、そういう事は心の中だけにして。口にはしないの」
「いいやサラ、今は言わせてもらう! あなたはエンターに甘すぎる! エンターが壊れてしまったのは仕方がない事よ。でも、それをさらに悪い方向に壊したのは、あなたじゃないのサラ?」
 インディアナの言葉に、サラトガは思わず立ち上がって反撃する。
「そ、そんな事ないわ!」
「どうだろうね? 甘やかしてもその子にとっては為にならないのよ」
 インディアナのトゲのある言い方に、サラトガの表情が暗くなる。
「わ、私はただ、エンターの親友として・・・・」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 悔しそうに唇を噛むサラトガを援護しようとエセックスが意見するが、
「うるさい! 新参者は黙ってろ!」
 と一蹴された。
 ちなみに『インディアナ』も昨年生まれたばかりのアメリカ海軍の中では新参者だが、年上には変わりない。
 まだ諦めないエセックスは再反撃しようとするが、サラトガがそれを制す。
「ともかくサラ。何とかしてエンターを復活させて。あのままじゃ生ける屍も同然」
「・・・わかってるわよ」
 深い沈黙が降りた。他の艦魂達も黙って、部屋には不気味な雰囲気が流れる。とその時、
「私はエンターの武勇は聞いた事しかない。でも、猛将として謳われていたのは事実。でもそれが今では牙を失った虎のように弱々しくなっている。だからインディの言い分もわかる。わかるけど、それはさすがに言いすぎだと思うわ」
 深い沈黙を破った凛とした声の主は、美しい桃色の長い髪をポニーテールで纏め、同じく桃色の瞳を持つ少女。アメリカ海軍最新鋭戦艦、アイオワ級戦艦1番艦・戦艦『アイオワ』の艦魂だ。
 堂々とした態度に、皆は一瞬圧倒されたが、すぐにインディアナは不機嫌そうにアイオワを睨む。
「アイオワ。新米が生意気な事言うんじゃないの。新米は新米らしく先輩や上官の命令を聞いていればいいの。そして今あなたがすべき事はただ1つ。黙っていなさい」
 インディアナのトゲのある言い方に、アイオワはしっかりと首を横に振る。
「いいや。誇りある正義の国であるアメリカの猛将を――例えそれが今は違うとしても、侮辱する事は許されない」
 あまりにも堂々としたその物言いに、インディアナは激怒する。
「何よ! 新米のクセに偉そうに!」
「インディッ! いい加減にしなさい!」
 立ち上がって怒鳴るインディアナを止めたのは、美しい金色の長髪を風に靡かせた女性。鋭い蒼き眼光は自分にはむかう全てを威圧した。アメリカ海軍戦艦でも古参に入るペンシルバニア級戦艦1番艦・戦艦『ペンシルベニア』の艦魂だ。年齢的には扶桑や山城に相当する老朽艦であるが、そこは古参としてその発言力は強力だ。
 ペンシルベニアはインディアナを見詰める。その鋭い三白眼にさすがのインディアナも縮こまる。
「インディ。アイオワの意見はもっともよ。あなたは少し激しすぎる。もう少しエンターの気持ちもわかってあげなさい。彼女は、もう2人の家族を失ってるんだから」
 その言葉に、インディアナは何も言い返せない。
 ペンシルベニアの言葉には重みがある。それは彼女のたった1人の妹の戦艦『アリゾナ』もあの日本軍によるパールハーバー奇襲攻撃で戦死したからだ。彼女自身もその際に被弾して戦艦生命を絶たれるような大怪我を負った。しかし脅威の大改装を経て今こうして新造戦艦としてアメリカ海軍の戦艦達の重鎮として活躍している。妹の分まで。
 再び深い沈黙が降り、その沈黙はしばらく続いた。
「ともかく、今日はこれで解散しましょ? もう議題もないみたいだし」
 そう言ったのは水色の長い髪に黄色い瞳を持った少女。ノースカロライナ級戦艦2番艦・戦艦『ワシントン』の艦魂だ。
 ちなみに、この艦齢的にも年齢的にも大和と同じくらいの少女が、第三次ソロモン海戦で霧島を葬った戦艦の1人である。
「そうだな。今日はこれで終わりにしよう」
 ワシントンの言葉に首肯したのは燃え盛る炎のような赤髪と赤い隻眼の女性。赤い右目のすさまじい威圧に対し、左目には黒い眼帯を付けている。彼女の名はネバダ。ネバダ級戦艦1番艦・戦艦『ネバダ』の艦魂。彼女も日本軍のパールハーバー奇襲攻撃で戦艦生命を絶たれるような大怪我を負ったが、大改装されて戦線に復帰した。しかし彼女はその代償として左目を失ってしまった。
 ネバダは現在この場所にいる艦魂の最古参にして戦艦部隊総司令官だ。そんな彼女の言葉に反論できる者などおらず、会議は終了した。
 会議が終わり、艦魂達は各自バラバラに部屋を出て行った。だが、サラトガだけはずっと椅子に腰掛けたままうつむき続けていた。その背中は、あまりにも弱々しかった・・・

 自艦に戻ったヨークタウンはする事がなくベッドに寝そべっていた。長い銀色の髪が白いシーツの上に乱雑に乱れている。
「はぁ・・・」
 ついついため息を吐いてしまう。
 彼女の頭の中に浮かぶのは自分に冷たいエンタープライズの不機嫌そうな顔。
 どうも自分はエンタープライズと仲良くできない。自分の名前が彼女の姉と同じだからというのが原因なら、自分にはどうする事もできない。好きでこの名前になった訳ではないからだ。もちろん自分の名前は好きだが。
「はぁ・・・」
 再びため息をつく。
 しばらく対策を考えたが、自分にできる事なんてまったく浮かんでこない。
 ともかく、彼女に喜んでもらいたい。そしてそこから仲良くなりたい。そんな想いが心の中に響く。
 しばしその方向に考えていると、ようやく1つ名案が浮かんだ。
「よしッ!」
 ヨークタウンはガバッと起き上がり、椅子に掛けていた上着と机の上に置いてある帽子を付けると、部屋を出た。右に左に細い通路が枝上に分かれる通路を時々迷いながらも目的の場所に到達した。
 そこは烹炊ほうすい室だった。烹炊室とは軍艦の炊事を行う――いわゆる台所である。この部屋で乗組員3400人分の食事を朝昼晩の3食を用意している。その忙しさはもうひとつの戦場と言っても過言ではない。
「フェイト!」
 ヨークタウンが烹炊室の中に雪崩れ込んで大声を上げると、奥の方で椅子に腰掛けながらコーヒーを飲んでいた男が反応した。
「ヨーク? どうしたんだ?」
 まだ若くスラッとした印象を持つ男が不思議そうに声を掛ける。彼の名はフェイト・J・フォックス少尉。空母『ヨークタウン』主計科烹炊班副班長。いわゆる烹炊副長の任を受けている青年士官だ。
 ヨークタウンは目的の人物を見つけると早足で駆け寄る。
「フェイト! お願いがあるの!」
「お願い? 何だ。俺にできる事なら何でもするけど」
 フェイトは立ち上がるとコーヒーを置いてヨークタウンの話に集中する。そんな彼にヨークタウンは意を決して口を開く。
「クッキーの作り方を教えて!」
「クッキー?」
 フェイトはヨークタウンの意外なお願いに不思議そうに首を傾げる。
「何でまた」
 フェイトの質問に、ヨークタウンは懐かしそうに口を開く。
「あなた言ってたでしょ? クッキーは人の心を和ませ、優しい気持ちにさせるって。だから、手作りクッキーをエンタープライズさんに食べてもらってお話をすれば、きっと仲良くなれると思うの」
「エンタープライズって、お前を毛嫌いにしている奴だろ?」
「だからこそ、早く仲良くなりたいの」
 ヨークタウンの真剣な言葉に、フェイトは何度かうなずくと優しげな笑みを浮かべた。
「そういう事なら喜んで」
 フェイトは快く引き受けた。
「本当!?」
 喜ぶヨークタウンを見詰め、フェイトも優しげな笑みを浮かべる。
「でも、教えるからには本気やるからな。覚悟しろよ?」
 そう言うとフェイトは意地悪そうに笑う。そんな彼にヨークタウンもニヤリと笑い、
「望むところよ」
 こうして、ヨークタウンとフェイトのクッキー作りが開始された。

「できた!」
 ヨークタウンの歓喜の叫びが天高く響いた。彼女の手には色々なかわいい形のクッキーが入ったかごが握られている。
「なんか、結構簡単にできたな」
 フェイトはつまらなそうな顔をしている。そんな彼の態度にヨークタウンは不思議そうな顔をする。
「ど、どうしてよ?」
「だってさ、料理を教えるってなったからにはすさまじい下手ぶりを期待してたんだぞ? それをこうも簡単に。こういう時は砂糖と塩をまちがえるとか、たかがクッキーを作るのに部屋でマグロの解体をしているような血の海を現出させるとかしろよ」
「・・・あなた、私をどんなふうに思ってるの?」
「いや、ここは場の空気を読んで。最低限爆発オチくらいは――」
「・・・もういい」
 ヨークタウンは呆れたようにため息すると彼を無視し、キレイにラッピングする。それを見てヨークタウンは満面の笑みを浮かべる。すると、フェイトは不思議そうに、
「でもよ、これをどうやって渡すんだ?」
 ピシリッ!
 ヨークタウンの笑みにひびが入った。その変化にフェイトはため息をつく。
「お前は相変わらず行き当たりばったりだな。もう少し考えて行動しろよ」
「うぅっ・・・言い返せないよぉ・・・」
「返さなくていいから。どうするか考えろよ」
 フェイトの言葉にうなずき、ヨークタウンは腕を組んで考える。
「手紙で呼び出して・・・突撃?」
「あのなぁ、黄金のワンパターン告白じゃないんだから、もう少し発展させろよ」
「うぅっ・・・と、ともかく渡せばいいの!」
 もうヤケクソになっているヨークタウンに「はいはい」と軽く返事し、フェイトはハンカチを取り出してひらひらと振る。
「がんばって来ーい」
「・・・なぜ永遠の別れのような言い方を」
 多少不可解な点はあるが、それは無視してヨークタウンは出口へ向かう。その途中何度か振り返って恋しそうにフェイトを見ながら去って行った。
 ヨークタウンのいなくなったドアを見ながら、フェイトは苦笑い。
「あいつ、絶対ついて来てほしかったんだろうなぁ。でも、俺じゃ何もできないしな。まぁがんばれ」
 苦笑いするフェイトは、再び椅子に腰掛けるとコーヒーを飲み始めた。そのコーヒーはすっかり冷えていたが、心なしかいつもよりもおいしかった。

 その頃、エンタープライズは自室(使われていない部屋)のベッドに仰向けに寝転んでいた。そんな彼女の部屋はものすごく荒れていそうだが、意外にもすごくキレイに整えられていた。先に言うが、これはもちろん彼女がやった訳ではない。彼女の親友で掃除好きな少女のおかげだ。
「もうッ! 下着はちゃんと片付けてって言ってるでしょ!」
 ベッドの横に散らばっているブラジャーやパンティを拾いながら怒るサラトガ。そんな彼女の声に「あぁ、悪い」と小さな声で返すエンタープライズ。
 ぐうたらしているエンタープライズを見て、サラトガはため息する。
「ねぇ、たまには外に出ようよ。最近出てなかったでしょ?」
「いい」
「でもさ、たまには外の空気を吸おうよ。海がすごくきれいで――」
「――外に広がってるのは、姉さんやホーネットが死んだ海だけだ」
 そう言ったエンタープライスの顔は、サラトガが一番見たくない表情だった。ホーネットの死後よくするようになった――悲しみ一色に染まった辛そうな顔。サラトガはそれを見るたびに胸を締め付けられるような痛みを感じる。
「エンター・・・そんな顔・・・しないでよ・・・」
「無理言わないでよ。私は自分の感情を操作できるほど器用な艦魂じゃない」
 力なく言うエンタープライズに、サラトガは沈黙する。その沈黙はしばらく続き、だんだんと間が持たなくなってきた時、突然ドアがノックされた。そのすぐ後に「ヨークタウンです」と聞き覚えのある声が響く。
「ヨークが来たみたい。入れてもいい?」
「好きにしろ」
 エンターの許可(?)を確認し、サラトガはヨークタウンを部屋に入れる。
「どうしたのヨーク? 何か用事でもあるの?」
 サラトガが優しい声で話し掛けるが、ヨークタウンはうつむいたまま沈黙している。その時、彼女の持っているバスケットから香ばしい匂いが漂っているのに気づいた。
「ねぇ、それって・・・」
 サラトガが言い終える前に、ヨークタウンは緊張しながら口を開く。
「え、えっと、クッキーを焼いてきたんです。もちろん手作りで。それで、エンタープライズさんに食べてもらいたくて・・・その・・・」
 ええぇいッ! じれったいッ!
 ヨークタウンは直球勝負に出た。
「このクッキーを食べてください!」
 クッキー満載のバスケットをエンタープライズに向ける。このまま受け取ってもらえば第一段階が終了する。そうすれば第二段階に進み、そして――
「あれ?」
 ヨークタウンはある異変に気づいた。まったく手から重みが消えない。つまりバスケットはまだ自分の手の中にあるという訳だ。どうして受け取ってくれないのか、気になって閉じていた瞳(目視するのが怖かった)を開けると、ベッドに寝ているエンタープライズがとても冷たい目で自分を見ているのが見えた。
「え? えぇ?」
 混乱するヨークタウンを、かわいそうな目でサラトガは見詰める。
「あのね、ヨーク。落ち着いて聞いてねあの――」
「おい。先に言っとくけど」
 サラトガの言葉を遮り、エンタープライズは心底困った顔をしながら、ハッキリと言い切る。
「私は甘いものが嫌いなんだ」
「・・・」
 理解できなかった――いや、脳が理解するのを拒んだのだ。だって、一生懸命考えた作戦が根底から頓挫する可能性大なのだから。
 しばらくの沈黙の後、ヨークタウンはへなへなとその場にへたり込んだ。
「そ、そんな・・・」
 使用時間数十秒、ようやく頭に状況が染み込み、体中から力が抜けたのだ。
 ヨークタウンの計画は、完全に転覆した。
 あまりにもかわいそうなヨークタウンを慰めようとサラトガは声を掛けようとした。その時、
 ほろり・・・
「え?」
 サラトガは言葉をなくした。
 ヨークタウンのつぶらな瞳から大粒の涙が流れたのだ。
 ヨークタウンはぽろぽろと涙を流しながら、嗚咽交じりに声を出す。
「ううっ、せ、せっかく作ったのに・・・ひっく・・・」
 嗚咽で必死に我慢しているが、悲しみはついに限界を超えてしまった。
「うえええええぇぇぇぇぇんッ!」
 完璧に泣き出してしまった。
「ヨーク! 大丈夫よ! 私やエセックスと一緒に食べましょう!」
 必死にサラトガがなだめるが、今の彼女には何も聞こえない。
 そんな二人を見ながら、エンタープライズはため息する。
(これじゃあ私が悪者みてぇじゃねぇか)
 勝手に走って、勝手にコケて、勝手に泣き出したのを、どこをどういうふうにすれば自分が悪くなるのか。こっちが聞きたい。だが、
「うえええぇぇぇんッ!」
「・・・」
 エンタープライズは薄情な少女ではなかった。基本が優しいのだが、彼女はそれを認めようとしない。恥ずかしいからだ。だから、
「・・・はぁ」
 エンタープライズはため息すると立ち上がった。泣いているヨークタウンの持っているバスケットからクッキーを一枚引き抜き、そして、
「え・・・」
「あ・・・」
 エンタープライズはヨークタウンの手作りクッキーを口に入れたのだ。
 もぐもぐもぐ・・・ごくん。
 エンタープライズは表情を崩さずに食すと、不機嫌そうに、
「食ってやったんだ。もう泣くな」
 その言葉に、ヨークタウンはぱあっと華やぐ。
「やったぁ! エンタープライスさんに私のクッキーを食べてもらっちゃった!」
「良かったわね」
 ヨークタウンは本当に嬉しそうにはしゃぐ。その天真爛漫な姿に、エンタープライズも小さく笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
 ヨークタウンは満面の笑みでエンタープライズを見詰める。エンタープライズはこんな笑顔に弱かった。
 エンタープライズは頬を赤らめてぷいっとそっぽを向く。
「う、うるさい。黙ってろヨーク」
 その言葉に、再びヨークタウンの顔は満開に華やぐ。
「は、初めて名前で呼んでもらった!」
「わ、私は用があるから」
 とろけそうな顔しているヨークタウンから逃げるようにして、エンタープライズは部屋を出て行ってしまった。
 彼女の去ったドアを見詰め、微笑むサラトガ。その時、
「サラトガさん! 私決めました!」
 突然ヨークタウンが謎の宣言をした。不思議そうに「何を?」と訊くと、ヨークタウンは意味ありげな笑みを浮かべ、高らかに宣言した。
「私、エンタープライズさんのファンクラブを作ります!」
「ふぁんくらぶー?」
 サラトガはほとんど呆れるている。そんな彼女を無視し、ヨークタウンはキラキラした瞳を天に向けながら語る。
「エンタープライズさんてすっごくかっこいいんです! あんなにかっこいい所を見せてもらっては、もう尽くすしかありません! だからファンクラブを作るんです!」
 まさかここまでエンタープライズフィーバーになるとは、ある程度予想していたサラトガの予想も見事に吹き飛んだ。
 ヨークタウンはガッツポーズをし、気合十分な声を発する。
「ようし! ファンクラブがんばるぞ!」
 大騒ぎするヨークタウンを止める事はできず、サラトガは終止苦笑いを浮かべていた。
 その後、『エンタープライズ様ファンクラブ』は多くの艦魂がメンバーになり、アメリカ海軍艦魂社会でも有数の組織になった。ちなみに、サラトガは伝説と呼ばれる一桁メンバーになっていた。

 それなりにかっこ良く部屋を出て行ったエンタープライズだったが、
「うえっ・・・やっぱり甘いものはダメだ・・・」
 そうつぶやき、急いで水をがぶ飲みするのであった。
 彼女も彼女で、優しく、そして負けず嫌いなのだった。

 あれ以降、エンタープライズは日増しに元気を取り戻し、力強さを取り戻していった。
 そして、1943年11月29日に新たな仲間を入れ、アメリカ機動部隊はさらに強力になった。
 そんなある日の昼、エンタープライズは拳銃の訓練をしていた。
 バンッ! バンバンッ!
 拳銃を全弾的の中央に命中させる。相変わらず射撃の腕は天下一品である。
「お見事です。エンタープライズさん」
 銀色の髪をツインテールでかわいく纏めた幼い女の子が嬉しそうに拍手する。そんな彼女に、エンタープライズはピースを送る。
「ありがと、ホーネット」
 エンタープライズは笑いながらそう言った。
 少女の名はホーネット。だが、もちろんエンタープライズの妹のホーネットではない。彼女はもうソロモンの海の底にいる。
 彼女の正式名称はエセックス級空母4番艦・空母『ホーネット』。この命名がされた理由は『ヨークタウン』と同じだ。
 そして、そんな二代目ホーネットは現在エンタープライズの願いで彼女の従兵をやっている。
「一休みしよっか?」
 エンタープライズはホルスターに拳銃を収め、ホーネットを連れてソファに腰掛ける。
「もらい物のクッキーがあるんだが、食うか?」
「え? いいんですか! 嬉しいです!」
 ホーネットはエンタープライズが差し出したクッキーをおいしそうに頬張る。そんなホーネットを見詰め、エンタープライズは微笑む。
「うまいか?」
「はい! すごくおいしいです!」
「そうか。全部食ってもいいぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ、私は甘い物は食えないからな」
「ありがとうございます!」
 ホーネットは明るい笑顔でエンタープライズを見詰めた後、再びクッキーを頬張る。そんなホーネットを見て笑っているが、別の事を考えていた。
(同じホーネットでも、あいつとはずいぶん違うな・・・)
 あいつとはもちろん、彼女の妹の方のホーネットである。彼女は今のホーネットと違って子供っぽくなかった。言動は少し幼いのがあったが、いつも冷静に良く考えているような少女だった。
「エンタープライズさん。これって・・・」
 思考の途中に話し掛けられて、エンタープライズは慌てて現実に戻る。
「うん? 何だ?」
「これ、エンタープライズさんの姉妹ですか?」
 ホーネットが指差した先にあったのは、写真立てだった。その写真立てには三人の少女が写っている。
 清楚な雰囲気をかもし出している大人びた少女――姉・ヨークタウン。
 緊張したような笑顔を向けている少女――妹・ホーネット。
 そんな二人を両腕で抱き締めて明るく笑っている少女――自分。
 戦前に三人で撮った写真だった。今はもう自分一人しか残っていないが、
「あぁ、そうだよ。姉さんのヨークタウン。妹のホーネット。もうどっちも海の底だけどな」
 苦笑いするエンタープライズに、ホーネットは慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい!」
「うん? 何で謝るんだ?」
「だ、だってその、辛い事を思い出させてしまったから・・・」
「気にすんな。少し前までは落ち込んでたけど、今はもう全然大丈夫だ。それに――」
 エンタープライズはホーネットの頭をそっと撫でてやった。その突然の行為にホーネットは呆然とエンタープライズを見詰めると、彼女は笑っていた。
「今はサラやヨーク、お前もいるしな」
「はい・・・」
 顔を赤くさせるホーネットはとてもかわいく見えた。すると突然、
「あ、あのエンタープライズさん!」
「うん? 何だ?」
 ホーネットは顔を真っ赤にしながら真剣な顔でエンタープライズを見詰める。そして、
「あ、あのッ! 前からずっと言おうと思っていたんですけど、その・・・エンタープライズさんをお姉ちゃんと呼んでいいですか!?」
 ホーネットの突然の言葉に沈黙が流れた。しばらくの沈黙の後、
「・・・え?」
 エンタープライズは口をぽかーんと開けてホーネットを見詰める。
「ダメ・・・ですか?」
 ホーネットは不安げな視線をエンタープライズに送る。そういうか弱い視線に、彼女は弱かった。
 エンタープライズは少し恥ずかしそうに頬を掻く。
「ま、まぁ、いいけど・・・」
「本当ですか!?」
 ホーネットはその言葉に嬉しそうに笑顔を浮かべると、勢い良くエンタープライズに抱き付く。
「お、おい・・・ッ!」
「えへへ、お姉ちゃん」
 その言葉はエンタープライズの心に響いた。
 ホーネットの死以来、自分の事を《姉》と呼んでくれる者はいなかった。しかし、新たなホーネットがそう呼んだのは、偶然だろうか、いや、偶然であっても関係ない。少女にまた新たな守るべきものが生まれたのは事実なのだから・・・
「おう、よろしくな。ホーネット」
「はいッ!」
 エンタープライズは自分の守るべきものを守る為に、そして、死んだ姉妹や仲間達の仇を討つ為に、再び戦う事を決心した。
 こうして、アメリカ海軍最強の少女は、再び立ち上がった。







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