第八章 第二三節 蒼海の理想郷の女神達
ようやく仕事を終えた翔輝は甲板に向かって階段を駆け下りていた。
「すっかり遅くなっちゃったよ。滝川の奴怒ってるだろうなぁ」
とにかく急いで向かおうと階段を二段飛ばしで駆け下りる。着地した瞬間足にかなりの負担が掛かるが、衝撃で折れた膝を伸ばす勢いを利用して再び階段に飛び込む。そんな事を繰り返してようやく上甲板に到着し、今度は走って甲板を目指す。そしてようやく重厚なドアを開けて甲板に出た。
荒い息のまま甲板に出ると、辺りを見回す。しかしながら滝川の姿はどこにもない。
「あ、あれ? どこ行っちゃったのかな」
翔輝はようやく息が整ったところで困ったように辺りを見回す。しかし何度見回しても滝川の姿も大和達の姿も見えない。
翔輝は困ったように頭を掻く。
「どうしよっかな」
「・・・翔輝」
突然の声に振り返ると、そこにはいつも神出鬼没な無表情少女――武蔵が立っていた。
「あ、武蔵。滝川を見なかった? 今どこにいるかわかる?」
「・・・来て」
武蔵は翔輝の右手を両手で包み込むようにして握った。その突然の言葉に翔輝は驚く。
「え? 行くってどこへ?」
「・・・来て」
その瞬間、武蔵の身体が光りだした。
「瞬間移動!?」
武蔵の行動に驚いた刹那、自分の身体も光りだした。そして、次の瞬間、
「あ、暑い・・・」
そこは炎天下であった。
すさまじい太陽の熱で蒼い海の水平線はゆらゆらと揺れている。
翔輝はまぶしい太陽を一度見上げると、黒い影に視線を向けた。そこには巨大な前檣楼が天に向かって聳え立っていた。そして、その前には巨大な二本の砲身を向けて堂々と並ぶ二基の連装砲塔。
「え? ここどこ?」
右往左往する翔輝だったが、聳え立つ艦橋の形を見て気づく。
「え? この異様に高い艦橋は扶桑型? え? でもくびれてないって事は『山城』? え? でも何で・・・なぁ武蔵――ってあれ?」
振り返ると、そこに武蔵の姿はなかった。何度見回しても、彼女の姿はない。
翔輝はどうしようかと思っていたが、すぐに初めて乗る『山城』に興味津々となった。
「へぇ、これが『山城』か。うおッ! 三五・六cm連装砲が六基もある! 大艦巨砲主義がここにある!」
嬉しそうにキラキラした目で『山城』を見回す翔輝。さすがは戦艦大好きッ子である。
しばし『山城』のその威風堂々とした姿に惚れ惚れとしていたが、
「おう。早速戦艦見物かい?」
そう言ってニヤニヤと笑いながらやって来たのは滝川。
「滝川! お前一体どこに行ってたんだよ!」
「いやぁ、悪い悪い」
そう言ってケラケラと笑う。絶対に悪いと思っていない。翔輝はため息した。すると、滝川は燦々と輝く太陽を見上げた。
「今日は暑いな」
「え? あ、うん、そうだね。八月なみの暑さだよこれは」
「現在気温は三二度ってところか」
「何で気温がわかるのかって、ツッコミを入れるか?」
「いや、いい。それよりこの暑さと組み合わせた俺のとっておきのプレゼントを用意してある」
「プレゼント?」
翔輝は怪訝そうに首を傾げる。今日は自分の誕生日ではないし、何か特別な日でもない。プレゼントをもらう理由はないはずだ。
「え? でも僕今日は何でもない日だよ」
「いやいや、日頃お世話になっているから、恩返しがしたいんだよ」
明らかに怪しい滝川の態度だが、根が単純で優しい翔輝は、
「えへへ、ありがとう」
素直に喜んだ。天然記念物である。
「で? プレゼントって何?」
その問いを待ってましたと言わんばかりに、滝川は叫んだ。
「夏の海の風物詩! それは水着ギャルだあああああぁぁぁぁぁッ!!!!!」
「はあ?」
「長谷川くぅん♪」
驚く翔輝に誰かが背後から抱きついてきた。その声には聞き覚えがある。
「長門さん? いきなり後ろから抱きつくなんて卑怯で――ニャアッ!?」
翔輝は顔を真っ赤にして長門を突き飛ばすと、一気に全力後退した。
「あん、もう。長谷川君ったらつれないわねぇ」
そう言いながら嬉しそうに微笑む長門。それはいつもと変わらない事。だが、今日は明らかに何かが違う。例えるなら、重武装突撃隊が突然切り込んで来たかのよう――いや、違う。
明らかに軽装備すぎる!
「な、なななななッ!」
言葉にならない翔輝が見詰める先には、いつも着ている軍服ではなく黒いビキニを付けた白い素肌全開の長門が。
「長門さん! 一体何のまねですかッ!?」
翔輝は顔を真っ赤にして叫んだ。
「何って・・・水着だろ?」
「そうそう。水着よみ・ず・ぎ♪」
二人の言葉に、翔輝は口をパクパクとさせる。純情少年にはかなり衝撃的だったらしい。
で、翔輝はといえば相変わらずの第一種軍装。袖すらまくっていない翔輝を、長門は不思議そうに指差した。
「それ・・・暑くない?」
「暑くなんかありません! ともかく長門さん! そのあるまじき恥さらしな姿を即刻やめてください!」
炎天下の下、玉のような汗をかきながら翔輝は怒鳴る。
翔輝の言葉に、二人は顔を見合わせ驚く。
「まさかここまでとはな。ここまで童貞だとキモイぞ」
「まあまあ、そこが長谷川君のかわいいところじゃない」
「無視するなぁッ!」
翔輝は絶対自分の事を言っているであろう二人に怒鳴る。
「と、とにかく早く服を着てください!」
「もう、長谷川君はかわいいわねぇ」
うふふと色っぽく微笑むと、長門は消えた。驚いた刹那、突如背後から抱きつかれた。
「うわッ!?」
「うふふ、つ・か・ま・え・た♪」
ふにっと柔らかい双丘がかなりリアルに背中に押し付けられる。白い腕が、翔輝の首に優しく絡まる。そして、クラクラとしそうな香りに、翔輝は顔を真っ赤にして絶叫する。
「は、離してください! そして服を着てください!」
「うふふ、大人の関係、体験してみる?」
「た、助けてえええええぇぇぇぇぇッ!」
翔輝が長門に押し倒されかけたその時、
「な、何してるのお姉様ッ!?」
その声は陸奥だ! 救いの女神が現れた!
「あら陸奥。そんなに怒らないでよ」
「と、とにかく離れて!」
「んもう、仕方ないわね」
背中に押し付けられていた柔らかな感触と甘い匂いが離れ、翔輝は安堵の息を漏らす。
「だ、大丈夫ですか?」
不安げな声に、翔輝は笑顔で顔を上げる。
「うん、ありがとう。助か――」
陸奥を見た瞬間、翔輝の優しげな笑顔が凍りついた。
「中尉? どうしたんですか?」
「な、なななななッ!」
翔輝は再び顔を真っ赤にさせる。その視線の先には――白いビキニと水着用のミニスカートを組み合わせた水着を着ている陸奥が。
「うわあああああぁぁぁぁぁッ!」
翔輝は腰を床につけたまま全速力で後ずさる。その顔は長門の時と同じように真っ赤に染まっている。
「ちゅ、中尉? どうしたんですか?」
陸奥が不思議そうに首を傾げる。
先に言っておくが、長門は大胆かもしれないが、陸奥はかなり控えめな水着だ。そこまで目を惹くものではない。しかし、純情少年にはこれでさえ衝撃的だったらしい。
「お、お前も服を着ろよッ!」
「え? あ、これですか? こんなに素肌を出す服は恥ずかしいですけど、に、似合いますか?」
頬を赤らめながら嬉しそうに言う陸奥に対し、翔輝は首がもげるかの勢いでうなずく。
「うんうんうんッ! に、似合うから! 早く上着を着てぇッ!」
「え? 似合ってますか? 嬉しいです!」
「だから服を着ろぉッ!」
翔輝は頑なに目を閉ざし続ける。これを開けたら戻れなくなる!
「あ、長谷川はん。ここにいたんどすか? 捜したんやでぇ?」
そんな中聞こえてきたのは伊勢のおっとりとした声だった。彼女なら大丈夫。清楚で可憐な伊勢はきっとこんな公然わいせつ的な物を着たりしない。きっと、薄めの着物くらいだ! そうに違いない!
「い、伊勢! た、助け――だあああああぁぁぁぁぁッ!」
翔輝は再び絶叫を上げた。
近づく伊勢は不思議そうに首を傾げる。
「長谷川はん? どうされたんどすか?」
「だぁかぁらぁッ! 服着ろっつってんだろうがあああああぁぁぁぁぁッ!」
キレた。
翔輝は完全にキレた。
伊勢はポカーンとする。
「は、長谷川はん?」
「服着ろよ!」
翔輝は伊勢の卑猥な姿に怒鳴る。そんな伊勢は淡い桜色のビキニにゆったりとしたパレオ。清楚で可憐な伊勢にしてはかなり大胆だが、普通に考えればかなりシンプルな水着だ。
翔輝の言葉に、伊勢は自分の水着姿を見詰め、ぽっと頬を赤らめる。
「うち、こんな肌出すの着るの初めてやったけど、似合う? うち、かわいい?」
伊勢はその場でくるりと回る。ふわりとパレオが翻る。たったそれだけで、翔輝はさらに真っ赤になる。
「とにかく服を着ろぉッ!」
「え? うち、これ似合わんの?」
悲しげな顔になる伊勢に、翔輝は慌てて叫ぶ。
「似合う! 似合うから!」
その言葉に、伊勢はぱあっと笑顔を浮かべる。
「ほんま!? じゃあうちこのままでおる!」
「だから服着ろぉッ!」
すでに長門、陸奥、伊勢の水着姿で翔輝はパニックになっている。
一方、美少女三人の水着姿にニヤニヤ度マックスの滝川。どうやら翔輝の為とか言いながら本当は艦魂達の水着姿をおがむのが目的だったらしい。
翔輝を心配そうに彼の顔を覗き込む陸奥と伊勢。しかし翔輝は必死になって彼女達から視線を逸らしている。その光景に、長門はくすくすと笑う。
「ほんとに、かわいいわね」
長門はさてどうしたものかと頭を掻いた。その時、
「は、離せ扶桑! こんな恥ずかしい格好で外に出れるか!」
「まあまあ、そう言わないで。長谷川君に見てもらいましょうよ」
「なぁッ!? 長谷川がいるのか!?」
「もちろん。その為の《ドキッ☆女だらけの水着大会》じゃない」
「なぁッ!? 絶対に嫌だ! 長谷川にこんな格好を見せられるかッ!」
「まあまあ、きっと長谷川君もかわいいって言ってくれるわよ」
「え・・・? じゃねぇッ!」
「あらぁ? 今何想像してたのかしら?」
「う、うるせぇッ! とにかく離せえええええぇぇぇぇぇッ!」
ドタバタと物音と悲鳴を上げながら現れたのは、
「あら、扶桑に榛名。遅かったじゃない」
「ごめんごめん長門ぉ。もう、この子が抵抗して遅くなったのよ」
「扶桑テメェッ! 俺の方が年上だろうがッ!」
おっとりと笑う扶桑に怒鳴る榛名。だが、やっぱりいつもとは違う容貌をしている。
扶桑は赤い、長門と同じような大胆な水着を着ている。お姉さんキャラはこういう水着が好きなのか。
一方、榛名は青いスポーツタイプのセパレート。ビーチバレー選手みたいな彼女らしいかっこいい水着だ。
「あら、榛名かわいいじゃない」
「う、うるせぇッ! 俺は帰る!」
「まあまあそう言わないで。ほら、長谷川君ならあそこよ」
「何であいつの場所を俺に教えるんだよ!」
「あら、そんなにかわいいのに彼に見せたくないの?」
「誰が見せるか! 恥ずかしすぎて死ぬわ!」
榛名はそう怒鳴ると反転して帰ろうとする。すると、
「あらぁ残念ねぇ。仕方ない、扶桑。私達の大人の水着、長谷川君に見せに行きましょう」
「あら、いいわね」
ニコニコと微笑みながら長門と扶桑は去って行く。
一方、なぜかピタリと止まったまま固まっている榛名。しばしの沈黙の末に再反転。コソコソと翔輝の所に向かうのだった。
そして、翔輝は必死になって目をつむっている。
「あらぁ、ちゃんと見てあげなきゃダメよ。女の子に失礼じゃない」
「なぁッ!? その声は扶桑さん!? って、ダメです! 目をこじ開けないでください!」
扶桑は強硬手段で翔輝の目を開けさせようとするが、翔輝も必死に抵抗してなかなか開かない。
「仕方ないわね」
そう言うと、扶桑は翔輝の背後に回って親指を構える。そして、
「プスッと」
「!?」
その瞬間、翔輝の身体の自由が奪われた。
「な、なななななッ!?」
唯一無事な口だけが軽快に動く。すると、目に誰かの指が押し付けられ、簡単に開いた。まぶたを閉じる力も入らない。燦々と輝く太陽の光が一瞬視界を奪うが、すぐに見える。
そして、見えた。
長門と扶桑の大胆な水着。陸奥と伊勢のかわいらしい水着。なぜかいる榛名のかっこいいながらもかわいい水着。
翔輝は――
「があああああぁぁぁぁぁッ!」
絶叫した。
「中尉!? 大丈夫ですか!?」
「長谷川はん!? お気を確かにぃッ!」
「あらあらぁ」
「長谷川君? 大丈夫?」
「お、おい長谷川。どうした?」
心配そうに顔を覗き込んで来る五人の水着美女。わずか一枚の布切れにしか守られていないそれぞれ大なり小なりの胸。白や小麦色の肌。黒い髪と瞳・・・
「だぁりゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
翔輝は自らの身体を戒める力を破り、全力疾走した。後ろでは驚く五人の声。特に扶桑は「うそッ!? 扶桑流全身マヒ術が破られたッ!?」とかなり驚いている。
翔輝はとにかくこの状況を脱しようと走る。が、無理な体勢で走っていたので見事に転んだ。勢いがあったので身体が一回転してしまう。
甲板の上を滑った翔輝に、優しく声が掛けられた。
「あ、あの中尉? 大丈夫ですか?」
その優しげながらもおどおどした声は――大和だ。
「あ、うん、平気」
翔輝は顔を上げようとした。が、すぐにやめた。おそらく彼女も公然わいせつな格好――いや、児童ポルノ法に引っ掛かる格好をしているに違いない!
「や、大和。ひとつ訊いてもいいか?」
「え? 何ですか?」
「――今、お前は何を着てるの?」
「え? あ、その・・・」
少しおどおどした声に、翔輝の予想は確信へと変わった。
「お前、水着着てるだろ?」
「え? あ・・・はい」
蚊の羽音のように小さな声で大和は答えた。この瞬間、翔輝はこのままほふく前進して逃げようと決意した。
「もう、何やってるのよ」
長門の声がした刹那、誰かが背中を掴んで上半身が浮かんだ。
「え? な、長門さんッ!?」
「もうッ! せっかく榛名が水着を着てくれてるのに、見てあげないとかわいそうでしょ!」
「はあッ!? 長門テメェッ!」
顔を真っ赤にして怒る榛名の水着姿に、翔輝はドキリとしてしまう。榛名にドキドキしてしまっていてはおしまいだろうなぁとは思うが、いつもは隠れている彼女の意外にもある胸や健康的な薄い小麦色の肌に、翔輝の心臓は敏感に反応してしまう。
「ほらぁ、長谷川君も満更じゃないみたいよぉ?」
長門がニヤニヤしながら言うと、そこで榛名と目が合った。その瞬間、榛名は顔をさらに真っ赤にして激怒した。
「み、見てんじゃねぇッ! 変態!」
「ご、ごめんッ!」
慌てて翔輝は視線を逸らすが、その先には、
「ややわぁ、そんなに見詰められたらうち照れてまうわぁ」
伊勢が紅色の頬に手を当てて恥ずかしそうにする。が、結構自慢の胸を見て見てといわんばかりに突き出す。
「ごめん!」
再び視線を変えると、今度は陸奥の白いビキニ。
「中尉に似合うって言ってもらえて、私とても嬉しいですぅ」
邪心のない純粋な笑みで翔輝と向かい合う。すると、陸奥は伊勢の胸を一瞥した後、自分の胸を見詰めた。小ぶりだが形の整った美乳だ。
「わ、私! 伊勢みたいに大きくはないけど、でも! 若さなら負けない!」
後ろで伊勢が「ぐはッ!」と何かを吹いて倒れた音が聞こえたが、この際無視しよう。
陸奥は胸の前に手を当てて、頬を赤らめながらとびきりの笑顔で、
「わ、私の胸・・・や、柔らかいですよ? 触ってみます・・・か?」
爆弾発言をした。
「い、いいッ! 触らない!」
翔輝は首をブンブン振って拒否する。と、
「そ、そんなぁッ! 私の胸は触るに値しないって言うんですかッ!?」
涙目になって言う陸奥。どうやら彼女の乙女心を傷つけてしまったらしい。翔輝は慌てる。
「い、いや、そういう意味じゃなくてぇッ!」
「長谷川君。私の妹を泣かせないでくれる?」
長門はものすごく優しい笑顔をしている。が、その背後からはなにやらダークなオーラが吹き荒れている。
「確かに陸奥の胸は大きくわないわ。でもね、陸奥は東証一部上場間違いなしの急成長株価なんだから」
「意味わかりません! しかも時代考証を無視しないでくださいッ!」
翔輝はとにかくこの場を脱出しようとする。が、まわりには海の妖精達が包囲していて出れない。唯一突破できそうな可能性が残っている場所は・・・大和の方向!
翔輝はたぶん一番ダメージを受けなさそうな大和に視線を移す。が、その浅はかな考えは見事に打ち砕かれた。
「あ・・・」
確かに長門達に比べれば幼すぎて色気なんかはない。だが、その分彼女達には負けない幼いからこそのかわいさが溢れていた。
大和は皆と同じように水着を着ていた。しかし、長門達とはまったく違う水着。桜の花が所々に散りばめられた薄桃色のワンピース型の水着だ。かなりシンプルで少し子供っぽいので色気なんてないに等しい。が、純情無垢な大和が着るとそのかわいさが何倍にも増幅される。しかもいつもは縛られる事なく流れていた長い髪は、左右に纏めてツインテールになっている。いつもは隠れている白いうなじや膨らみ始めたばかりの胸がその存在を主張している。
確かに、長門達の時のように視界に入れるのすら恥ずかしくなってしまうのに比べたらずいぶんマシだが、逆に視線が外せない。形は自然に大和を見詰める事になってしまう。
「あ、あの、そんなに見詰めないでください・・・」
大和は自らの身体を抱き締めるようにして隠す。そんな大和に翔輝は慌てて視線を外す。
「ご、ごめん!」
「い、いえ・・・その・・・似合って・・・ますか・・・?」
大和は不安げな瞳で翔輝を見詰める。その白い頬は上気して桜色に染まっている。
翔輝はそんな大和の問いに、何度も首を縦に振る。
「うん、似合ってる。すごくかわいい」
その言葉に、大和の顔がぱあっと華やぐ。
「ほ、本当ですか!? やったですぅッ!」
ピョンピョン跳ねながら笑顔を振り撒いて嬉しさを全方位に撒き散らす大和。そんな大和の姿に、翔輝は自然と微笑んでしまう。
「うぅッ! わ、私もワンピース型に変えて来るぅッ!」
「あかんよ陸奥! うちらと大和はんじゃ同じ水着でも同じにはなれへんのや! 水着は人それぞれのもんがあるんよ!」
「で、でもぉッ! 私だってあんなに嬉しそうに中尉にほめられたいよぉッ!」
「うちやって同じやぁッ! せやけどここは耐えるんやッ! 臥薪嘗胆なんやぁッ!」
後ろの方で陸奥と伊勢がさめざめと泣いているような気がしたが、とりあえず今は無視しよう。
くるくると回ってかわいさを振り撒く大和。こんな姿も見られるのなら、こういうイベントもいいのかもしれない。と、ようやくこの状況を受け入れ始めた。
「あら、長谷川君も満更じゃないみたいね」
長門がニヤニヤとしながら寄り添ってきた。翔輝は苦笑いしてそれを避ける。
「べ、別に僕は・・・」
「長谷川君。越えちゃいけない一線だけは越えないでね」
「長門さんは僕をどう思ってるんですか?」
翔輝は呆れたように声を上げる。
その後、大和達は海に入って海水浴を始めた。どうやら艦魂は艦からある程度の距離までなら海にも入れるらしい。
大和は扶桑に泳ぎ方を教わりながら泳いでるし、陸奥と伊勢はお互いに水を掛け合って笑い合っている。榛名は見事なクロールで海を突貫している。
ようやく慣れた翔輝はそんな彼女達を見詰め、少しうらやましかった。
「長谷川君も泳ぎたいの?」
海には入らず日光浴を楽しむ長門の問いに、翔輝は「えぇ、まぁ」と答える。季節外れの強い日差しがジリジリと照りつける。大粒の汗がダラダラと流れる。正直言ってかなり辛い。
一方、滝川はと言うと、
「き、ききききき貴様と言う奴はぁッ!」
「ふざけんなテメェッ! 何で用意した水着を着ねぇんだよッ!」
「誰があんな痴態をさらせるか!」
「バカヤロォッ! 夏のビーチに謝れ! 土下座して謝れぇッ!」
「貴様は祖国に土下座せんか!」
「うっせぇッ! 海の極楽を守れない奴に国なんか守れるかッ!」
「貴様という奴はぁッ!」
いつの間にか現れた金剛と激論を交わしている。どうやらこの騒ぎに彼女も誘ったらしいが、失敗に終わったらしい。当然といえば当然だが。
ちなみに、今金剛は滝川に渡された水着を持っているのだが、どうやらこれが本命だったらしい。長門や扶桑よりもかなり大胆な水着だ。
生地が少し少なめの白い紐ビキニに、同じく少し生地のすくなさそうな紐パンティ。所々の結び目がまたなんとも美しい。
かなり大胆だが、金色の髪と白い肌を持つ金剛に対してはかなりベストな選択だ。生地が薄いのは滝川の趣味かもしれないが、彼の桁違いの変態能力はデザイナーとしても桁違いらしい(エロ方面)。
金剛は顔を真っ赤にして竹刀を振り回し、滝川はそれを見事に回避しながらもしぶとく水着の着用を要求する。もはやあの争いには誰も介入できそうもない。
翔輝と長門も彼らを放っておく事にした。
翔輝は滝川と金剛の夫婦ゲンカ(?)を一瞥すると、再び大和達を見る。今が戦時中だという事を忘れさせるような彼女達の笑顔に、翔輝は多少なりとも滝川に感謝した。
「ねぇん、長谷川くぅん。お願いがあるのぉ」
「オイルは自分で塗ってください。僕は絶対にしません」
「むぅ、海で美女にオイルを塗ってと頼まれてるのに断るなんて、男の子失格よ」
「いいんです。僕は失格でも何でも構いません。己が道を突き進めって父の教えですから」
翔輝はそう言って一切長門の方を見ない。先程から彼女は日焼け止めオイルを背中に塗ってとしつこく頼んでくるのだ。翔輝の方も徹底して拒否しているので話は平行線のままだ。
「ねぇん、お願いよぉ。このままじゃ私お肌が小麦色になっちゃうぅ」
「いいじゃないですか。健康的で」
「むぅ、長谷川君のいじわるぅ」
「はいはい。僕はいじわるですよぉ」
翔輝がもう何度目かわからない長門の頼みを拒否した時だった。
ブゥッ!
「・・・翔輝」
背中から聞きなれた声が掛けられた。それはここまで自分を連れて来た少女の声だった。しかし、今の噴射音は一体?
「あぁ、武蔵。お前も水着に着替――え・・・」
振り返った翔輝の言葉はそれ以上続かなかった。目の前の状況を理解できなかったからだ。
「・・・翔輝、似合う?」
武蔵はいつになく頬を赤らめて恥ずかしそうに訊いてくる。
似合っている。確かに似合っているのだが・・・
武蔵が着ているのはおとなしめな紺色のシンプルなワンピース型の水着。腰の部分は微妙にスカート上になっているが、これが服ならその隠すべき場所が見えている不思議な形。そして何より発育途上の小さな胸には白い長方形の布が張ってあり、そこには大きく『むさし』とひらがなで書かれている――世に言うスクール水着(旧スク)である。
それだけでもある意味犯罪的だが、彼女はそこにさらに浮き輪を装備している。ここまでなら実刑はやむをえないが、さらに彼女はなぜか白いニーソックスを履いている。なんとかここまでならまだ懲役は二年程度で済むかもしれない。しかし、それを死刑にするだけの装備を彼女はしていた。
なぜ――水着にネコ耳が必要あるのか。
武蔵の黒く美しい髪から生えているのは同じく黒いネコ耳。そして腰からは赤いリボンが結ばれた黒いしっぽがピョコピョコと揺れている。
――そこには、黒いネコ耳ネコしっぽにスクール水着、白いニーソックスを履いた武蔵が立っていた。
「な、なななななッ!」
「む、武蔵!? あんた何してるの!?」
顔面を派手に濡らした長門が慌てて駆け寄ってきた。どうやらさっきの噴射音は彼女がジュースを噴いた音らしい。
翔輝は顔を真っ赤にしてうろたえる。それは先程までの長門達とは比ではない。そんな翔輝に、完全武装した武蔵は不安そうに問う。
「・・・わ、私・・・変?」
変どころか変態である。だが、そんな事言える訳もなく、翔輝はこの純粋無垢な少女に悪魔のささやきをした男を怒鳴る。
「滝川テメェッ! 武蔵に何を吹き込みやがったッ!」
「おぉッ! さすがチビッ子! わかってるなぁッ!」
滝川は武蔵を発見するとキラキラした目で駆け寄ってきた。やはりこいつか。
「なぁッ!? む、武蔵! 何て格好をしておるのだ!」
金剛が顔を真っ赤にして怒鳴る。彼女にもかなり衝撃的だったらしい。
一方、武蔵はいまだに返事が返って来ない事に不安を感じていた。
「・・・似合って・・・ない・・・の・・・?」
泣きそうになる武蔵の耳元で、滝川がそっと何かをささやく。と、武蔵はそれまで以上に顔を赤くすると、コクリとうなずいた。
「・・・翔輝、見て」
「え?」
その瞬間、武蔵は自らの身体を光で包んだ。そのまばゆい光は一瞬だったが、光が消えると、そこには――スク水の上からさらにセーラー服の上を着ている武蔵が。
「な、なななななッ!」
もはや開いた口が塞がらない。
そして、武蔵は翔輝を悩殺する一撃必殺の技を放った。
武蔵は顔を真っ赤にして目をつむり、中腰になって、あまりない胸を無理やり両腕で寄せて、右手を開いて腰につけ、左手は顔の前でネコの手を作り、
「・・・きょ、今日からあなたがご主人様にゃんッ!」
空気が凍りついた。
そして、翔輝は・・・
ブバババババッ! ドタァッ!
「長谷川君ッ!」
奇怪な噴射音と共に真っ赤な鼻血を大放出して、翔輝は床に倒れた。長門が慌てて抱き起こすが、すでに意識はない。気絶したのだ。しかし、その鼻からは尋常じゃない量の鼻血がドボドボと流れ出ている。
「長谷川君! しっかりしてぇッ!」
「おいおいッ! こんぐらいで気絶すっかフツーッ!?」
「貴様は一体どれだけ人に迷惑を掛ければ気が済むのだ!」
「な、何ですか今の音ッ!? って、武蔵何よその格好!? って、中尉ッ!?」
「中尉!? お姉様! どうしたんですかッ!?」
「長谷川はん!? 一体どうされたんどすかッ!?」
「滝川テメェッ! 長谷川に何しやがったぁッ!」
「武蔵も大胆な事するわねぇ。長門、後で詳しく教えてね」
下にいたはずの大和達も合流し、血の海に沈む翔輝のまわりにはいつの間にか多くの者が集まっていた。
そして、あまりにも突然な事に皆テンパっていて気がつかなかったが――翔輝はこの上なく幸せそうな顔をして気絶していた。
「うぅ・・・?」
目を開けると一瞬白い光が視界を奪ったが、すぐになくなり、視界いっぱいに蒼い空が広がっていた。
身体を起こすと、自分が何個も並べられた椅子の上に横たわっていたのがわかる。
「え? これは一体・・・」
「もう起きて大丈夫なのか?」
突然の声に振り返ると、そこには一升瓶を片手にした山城がいた。
「山城? 何でこんな所に・・・って、何昼間から酒を飲んでるの?」
そう訊くと、山城は少し不機嫌そうな顔をする。
「ここは私の上だ。いて当然だろう?」
「あ、そういえば・・・」
「それとこれは酒ではない。中身はただの水だ。私だって昼間から酒を飲む事はない」
そう言って山城は背を向けてしまう。どうやら怒らせてしまったらしい。翔輝は慌てて弁解しようとする。が、
「それに、それが介抱してやった者へ言うセリフか?」
山城から放たれた言葉に、翔輝の言葉は止まった。
「え? 山城が?」
「そうだよ。私では不満か?」
「いや、そんな事はないけど・・・」
山城は翔輝の横まで来ると屈み、下に落ちていた何度か折られたタオルを手に取って立ち上がる。
「軽い熱中症だそうだ。しばらくは安静にしてろ」
そう言うと山城は翔輝を横に促すと、酒瓶をタオルに傾けて水で濡らし、それを一度絞って翔輝の額に当てる。
一方、翔輝は記憶が混乱していた。彼の記憶では武蔵の過激な格好を見て気絶したのだ。熱中症とは関係なさそうだが・・・
「でもごめんね。僕なんかのせいで・・・」
山城は皆と違って水着ではなく、自分や金剛と同じ軍服を着ている。きっと自分の介抱のせいで遊べなかったのだろう。翔輝はその事に謝ったのだが、
「構わない。私はどうせ泳ぐ気なんかない」
「え? そうなの?」
翔輝は驚く。だがよく考えてみれば水遊びをする山城なんて想像できない。
「そういえば、みんなは?」
「大和達なら早速泳いでいる」
そう言って山城が指差した先では、大和達が嬉しそうに水遊びをしていた。どうやら自分の介抱と海で遊ぶので後者を取ったらしい。ちょっと寂しい。しかも絶対に前者を選んでくれるだろうと思っていた武蔵も榛名と水泳競争をしている。が、かなり速い榛名でも追いつけない速度で泳いでいる武蔵。さながら魚雷である。ちなみに武蔵は今はもうスク水だけになっている。ある意味セーフだ。
一通り見回すが、やはり何人かいない者もいる。
「金剛さんと滝川は?」
「滝川なら金剛に竹刀でボコボコに殴られた後に首根っこを掴まれて消えた。今頃虐殺されているかもな」
「あははは、そりゃあいい。せいぜい真っ当な人間になるまで教育してもらいたいよ」
「あの人間にそう簡単に変わるか?」
「あははは、ないね」
翔輝がおかしそうに笑うと、山城は口元に小さな笑みを浮かべた。
二人はしばし楽しそうに水遊びしている大和達を見詰めていた。
「山城は泳がないの?」
ふと思った事を訊くと、山城は首を横に振る。
「私はあんな痴態をさらす気はない」
「まあ、最初は僕も驚いたけど、こうして慣れてくるとみんなかわいいよね」
「そうか?」
「うん。今だったらちょっとだけ滝川に感謝するよ」
「そうか」
山城は再び大和達を見る。
「山城の水着姿、きっと似合うと思うよ」
水を飲んだ瞬間そんな事を言われ、山城は噴くまではなかったがむせてしまう。
「ゲホゴホッ! な、何を突然!?」
山城は顔を真っ赤にして翔輝に怒鳴る。常の彼女とは思えない動揺ぶりだ。
「わ、私なんかが似合う訳ないでしょ」
「そんな事ないって。山城はきれいなんだから、絶対似合うって」
翔輝は笑顔で言う。そんな翔輝の言葉に、山城はさらに顔を真っ赤にして視線を逸らす。
「そういう事は私ではなく大和達に言って」
山城はそう言うと翔輝から少し離れた椅子に腰掛け、楽しそうに水を掛け合っている大和達を見詰める。
翔輝はゆっくりと立ち上がると海の方へ近づく。途中山城が「無理しないで。今度倒れたら介抱はしないから」と忠告したので、笑顔で返した。
柵に手を掛けて下を見下ろすと、大和達が楽しそうに遊んでいる。すると、魚雷のごとく突き進んでいた武蔵と目が合った。
「・・・翔輝。もう平気なの?」
「うわッ!?」
突然横に現れた武蔵が不安そうに訊いてきた。相変わらず神出鬼没だ。
「う、うん。もう平気だよ」
「・・・そう、良かった」
武蔵は胸を撫で下ろした。本当に心配してくれていたのだろう。そう思うと、自然と笑みが浮かんでしまう。
「心配してくれてたんだ」
「・・・当然。翔輝が心配で心配で、実力の半分も出せなかった」
「あ、あれで半分ッ!?」
魚雷のごとき速度で驀進していた武蔵の姿を思い出す。あれで半分なら本気を出したら一体どうなってしまうのだろうか。
呆れ半分感心半分で微妙な笑顔を浮かべていると、
「中尉! もう起きてもいいんですかッ!?」
いつの間にか大和、そして陸奥と伊勢がいた。三人とも心配そうに翔輝を見詰めるが、翔輝は笑顔で「うん。もう平気だよ」と答えた。
「ほんまぁ? 良かったわぁ。うち、あのまま中尉が鼻血大流血で死なはるんやないかと心配したやで?」
伊勢の言葉でようやく翔輝は思い出した。どうやら自分は熱中症ではなく一時的に血を大量に失った事で気絶したらしい。なんとも情けない話だ。
「ごめん。みんなに迷惑掛けちゃって」
「気にしないでください。元はと言えばこのバカ妹のせいなんですから」
「・・・反論できない」
珍しく優位に立っている大和が呆れたような顔で武蔵を見る。一方の武蔵も一時の気の迷いとはいえ滝川にいいように弄ばれていた事にかなり反省しているようだ。そんな二人に翔輝優しく微笑む。
「まあ、何事もなかっただけ良かったさ」
「いえ、ちょっとした問題が・・・」
陸奥がおずおずと手を上げた。
「え? 何かあったの?」
「先程、金剛さんが滝川中尉を監禁している部屋に大量の石畳を運んでいたんですが、あんな量の石畳をどうするんでしょうか?」
心底不思議そうに考える陸奥。大和と伊勢も不思議そうに首を傾げる。そんな中、滝川の境遇と石畳の使い道とを結びつけた翔輝と武蔵は苦笑いするしかなかった。
「とりあえず、滝川の無事を祈ろう」
「・・・しかし、足の一本や二本折れても仕方ない」
「そうだな・・・」
二人は互いを見合うと笑い合った。その二人の笑みに気づいた大和がふてくされたような顔をして近づく。
「もうッ! 二人で内緒話しないでください!」
大和は髪の毛を逆立ててムーッっと唸る。陸奥も伊勢も少し怒っているように見える。
「ごめんごめん」
翔輝は笑ってごまかすと大和の頭をそっと撫でる。たったそれだけで大和はしゅんとおそなしくなる。陸奥と伊勢がうらやましそうに見詰めるが、もちろん翔輝がこうしてやるのは年下の子に対してだけだ。残念ながら二人は艦齢も外見年齢もこれには該当しない。
翔輝は大和を優しく撫でる。撫でられている大和はとても幸せそうな顔をしていた。だが、大和を撫でる翔輝の反対の手を武蔵が掴んだ。
「・・・翔輝も遊ぶ」
「え? 遊ぶって――」
「名案やわぁ。長谷川はんもうちらと一緒に遊びましょ」
「そうですよ中尉! 一緒にビーチバレーでもしましょう!」
「武蔵にしては気の利いた事を言うじゃない」
満場一致で翔輝の参加が(強制的に)決定された。そんな中、当事者である翔輝は戸惑うばかり。
「え? どういう事?」
混乱する翔輝の右腕を大和と武蔵が、左手を陸奥と伊勢が掴んで引っ張る。
「さあ中尉」
「・・・翔輝」
「長谷川中尉」
「長谷川はん」
「え? えぇッ!?」
四人全員が思い思いの方向へ引っ張る。正直かなり痛い。
「待ってよッ! 僕の身体は一つしかないの!」
「中尉は私と遊ぶですッ!」
「・・・翔輝は私と泳ぐ」
「長谷川中尉は私とスイカ割りをするのよッ!」
「長谷川はんはうちと密着するんやぁ」
最後の一人は意味不明だが、とりあえず今翔輝はかなりの危機に瀕していた。
四人はとにかく海の方へグイグイと引っ張る。これはマズイ。
「ちょっと待って! そっちは海だよ! 落ちるからぁッ!」
翔輝は必死に抵抗するが、女の子は言え艦魂。しかも四人がかりではどうしようもない。ズルズルと身体が勝手に引きずられる。
そして・・・
「中尉!」
「・・・翔輝!」
「長谷川中尉!」
「長谷川はん!」
四人が力強く引っ張った瞬間、翔輝の身体は中に浮いた。続いて四人の悲鳴が聞こえた後、翔輝は床がなく蒼い海が真下に見えた瞬間――落下した。
「うわあああああぁぁぁぁぁッ!」
急速に近づく海には、榛名が一人で泳いでいた。翔輝の声に不思議そうに顔を上げた榛名はその光景に驚愕する。
「は、長谷川ッ!? ば、バカッ! 来るんじゃねぇッ! うわあああぁぁぁッ!」
ドボォンッ!
一方その頃、山城は日頃自分が使っている部屋にいた。
山城は部屋に設置してある鏡の前に立つと、その場でクルリと回ってみる。そんな彼女が着ているのは透き通った海と同じ美しい青色のビキニ。滝川が艦魂達に配布したもので、当然山城にも配られた。
本当はこんな物を着るつもりはなかったが、翔輝が言った《山城の水着姿、きっと似合うと思うよ》という言葉が頭の中に響き、いつの間にか着ていた。
長い髪をポニーテールで纏めたその水着姿は翔輝の言ったとおり似合っている。似合っているどころではなくとてもかわいい。
山城は無表情ながらも頬を赤くしながら自分の水着姿をしみじみと見詰める。思っていたよりも変ではない。
「これで、いいのかな?」
再確認の為もう一度クルリと回った刹那、外から翔輝の悲鳴が響き、続いて何かが水に落ちた大きな音が聞こえた。
山城はその音にすぐさま部屋を飛び出した。
大和達に駆け寄った時には、もうすでに翔輝と榛名が甲板に寝かされていた。水着の榛名はともかく翔輝の軍服はズブ濡れである。しかし榛名はなぜか水着の上がなく、スポーツには適した胸が丸見えだったが、山城がすぐにタオルを掛けて応急処置をした。
大和、武蔵、陸奥、伊勢の四人は長門にこっぴどく怒られていた。どうやら四人が無茶をしたせいで翔輝は海に落下して、榛名はそれに巻き込まれたらしい。
たいした事ではなく一人安堵していると、戸籍上は姉に当たる扶桑がニヤニヤとした笑みを浮かべながら近づいてきた。
「あらあらぁ? 山城が水着を着るなんて意外ねぇ。しかもすっごくかわいい。一体どうしたのかしらぁ? 一体誰に見せようとしたのかしらぁ? ねぇ山城ちゅわぁん?」
「良かった。水着は血がついても平気な生地だ」
「いきなり返り血の心配ッ!? 私が出血するのは決定事項なのッ!?」
慌てて逃げ出す扶桑を捕まえ、とりあえず人目のつかない所に引きずる。途中の廊下で金剛の怒号と滝川の悲鳴が聞こえたが、この際無視した。どうせ自分もすぐ同じような状況になるのだから。
山城は誰も使っていない無人の部屋に必死に抵抗する扶桑を連れ込むと、ドアを閉めた。
・・・その後、部屋からは扶桑の悲鳴が響き渡った。
こうして、滝川の計画した《ドキッ☆女だらけの水着大会》は終わった。四人の尊い犠牲があったものの、一応無事に終了し、皆は安堵した。
滝川と扶桑はしばらくは絶対安静という重傷を負ったが、二人とも驚異的な回復力で三日後には復活した。
一方、翔輝は大激怒した榛名にぶっ飛ばされた。原因は翔輝が海に落下した際に榛名の水着の上を脱がしてしまったからだった。もちろん翔輝はその際に榛名の胸は見ていないのだが、乙女(一応は)の心を傷つけたという事で、ボコボコにされたのだった。
――以上後日談―― |