艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(65/141)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第八章 第二一節 弱き武蔵の心


 翌日、恒例の極上幹部会の会議に武蔵は現れなかった。
「会長の武蔵がいないのでは話にならん」
 そう言うのは極上幹部会の野党ともいうべき審理部部長の金剛。柳のようにスッと伸びた眉は今日は不機嫌そうにゆがんでいる。
「確かに、これじゃ会議にならないわよ」
 遊撃部部長の長門が困ったように言う。彼女の言うとおり、武蔵がいなくては話は進まないのだ。
 困ったように皆がため息すると、ガタリと音を立てて大和が立ち上がった。
「私、ちょっと見て来ます」
「え? じゃあ、お願いできるかしら」
「はい」
 長門に笑顔でそう答えると、大和はすぐさま瞬間移動した。場所は一転して第三会議室から戦艦『武蔵』にある武蔵の部屋の前に出る。いきなり部屋に入らないのは一応プライバシーを考えているからだ。
 大和はドアをノックする。だが、返事はなかった。
「武蔵? いるんでしょ? もう会議が始まってるわよ」
 そう言いながら何度もノックするが、応答はない。
「あれぇ、おっかしいな。いないの? 入るわよ」
 大和はドアノブを回して驚く。部屋にはカギが掛かっていた。つまり中に武蔵がいるという事だ。
 大和は少し怒ったように語尾を強くする。
「ちょっと武蔵。いるならいるって答えなさいよ。それと、もう会議始まってるから、早く来なさい」
 だが、それでも返事は返ってこなかった。
 大和は大きくため息するとその場から消えた。次に出たのは武蔵の部屋の中だ。もうこの際プライバシーなんて言ってる暇はない。
「武蔵・・・?」
 部屋に入った大和はその異変に気がついた。
 一見すると部屋には人影はない。だが、よく見るとベッドの布団が膨らんでいるのが見える。
 大和は近づくと、その膨らみに言葉を投げ掛ける。
「武蔵。いつまで寝てるのよ。速く準備しなさい」
 だが、武蔵からの返答はない。
「いい加減起きなさい!」
 しびれを切らした大和はその布団を勢い良く剥ぐ。が、
「む、武蔵・・・?」
 そこにいたのは確かに武蔵だった。だが、それはいつも人を見下したような言葉を遣ってまわりに戦乱を起こすちょっぴりムカつく妹ではなく、弱々しい少女だった。
 武蔵はベッドの上でその小さな身体をより小さく丸め、小刻みに震えていた。その身体から放たれるのは怯え。どんな些細なものにも敏感に反応して恐怖する怯えだった。
「ど、どうしたの!?」
 大和はいつもと明らかに様子の違う武蔵に慌ててその肩を掴んだ。ビクッと震えるその肩はいつもより小さく見える。
「・・・ね、姉さん?」
 今まで伏していた武蔵は大和の温かな手にそっと振り返る。刹那、大和は息を呑む。
 いつも無表情のその整った顔は悲しみにゆがみ、目は一日中泣いていたのか赤くなり、白い雪のような頬にはとめどめなく涙が溢れ、グチャグチャになってしまっている。
 そんな妹の異例中の異例の様子に、大和は驚愕する。
「い、一体何があったのよ!?」
 大和は姉として、妹を心配する。
 震えるその身体を抱き締め、少しでもその震えを押さえる。
 姉の温もりに、武蔵は再び泣き出してしまう。そんな弱々しい妹を、大和は抱き止める。
「何があったの? 話してよ」
 大和は優しく声を掛けるが、武蔵は沈黙したまま何も答えない。そんな彼女は心の中で首を振っていた。
 ・・・言える訳がない。
 自分の不用意な一言で翔輝を傷つけ、二人の関係は破綻して、その事に悲しんでいるなんて、言える訳がない。聞いたら優しい大和の事だ。何が何でも二人を仲直りさせようと努力してしまうに決まってる。そんな大和のしつこさに翔輝が怒ったりでもしたら・・・大和まで翔輝との関係が破綻してしまう可能性がある。
 いつも自分に優しくしてくれる姉に、そんな事はさせられない。
 武蔵は得意の先読みで先を読む。結果は沈黙が良策だと判断されたが、何も知らない大和は心配でひたすら声を掛けてくる。
「武蔵、話してってば。お姉ちゃんが相談にのってあげるから」
 必死になって説得するその瞳には妹を心配する姉の光しかなかった。純粋に泣いている自分を心配している。そう思うと、胸が痛くなる。
 武蔵は大和の手から離れると、姉に背を向けてベッドの上に横たわる。
「・・・何でもない」
「何でもなくなんかないでしょッ!? どうしたかちゃんと言ってよ! 私は、頼りないかもしれないけど、あなたのお姉ちゃんなのよ!」
 大和の言葉に武蔵はジーンとする。だが、言う訳にはいかない。だから、
「・・・姉さんには関係ない」
「わからないじゃない! 言ってくれなきゃわかんないよッ!」
「・・・ほっといて」
「ほっとける訳ないでしょ!」
「・・・一人にして・・・お願いだから・・・」
 武蔵は泣きながら懇願する。
 今は一人になりたい。それは心から願う事だった。一人になって、一人で考えればいい。誰の助けなんかいらない。自分の失態は自分で何とかする。
 大和は必死になって一人になりたいと願う妹に、一瞬退陣しようかと考えたが、そんな考えは無理やり首を振って頭から追い出す。
 妹が苦しんでいる時に、見捨てる姉にはなりたくない。
 それは、翔輝を見ていて思った事だ。
 彼はおそらく何よりも妹の翔香を優先させてきたのだろう。それはつまり、心の底から妹を思っていうからこそだ。
 自分もそんな姉になりたい。そう思っているからこそ武蔵に対しても見捨てるなんて事はできない。見捨てたりしたら、姉失格である。
 だから・・・
「一人になんかしない・・・あなたには私がいるじゃない!」
 大和は武蔵の言葉を無視してそう叫んだ。
 それは、心の底からの想いだった。
 武蔵は大和の言葉に大きく瞳を見開くと、ぽろぽろと涙を流す。
「・・・ありがとう」
 武蔵はそう言うと、静かに姉に抱き付いた。
 小さな小さな妹を、大和は優しく、そっと抱き締める。
 腕の中ですすり泣く妹の本当の姿に、大和は場違いとは思いながらも小さく笑みを浮かべた。
 しばし大和の腕の中にいた武蔵だが、そっと彼女から離れると、力なく首を振った。
「・・・でも、これは私の起こした事。だから、姉さんの助けは・・・いらない」
「まだそんな事言ってるのッ!? もっと私を信用し――」
「・・・お願いだから一人にしてぇッ!」
 武蔵は突然叫ぶと、大和を突き飛ばした。大和は突然の事に受身も取れずに床に転げ落ちた。
「む、武蔵・・・?」
「・・・もうほっといてッ! 何もしないでッ! これ以上翔輝に嫌われたくないッ!」
 そう叫ぶと、武蔵は毛布を勢い良く被ると再び閉じこもってしまった。先程よりも激しく身体をガタガタと震わせる。
「・・・嫌・・・翔輝に嫌われたら・・・私・・・生きてる・・・意味ない・・・嫌・・・お願いだから・・・私を嫌いにならないで・・・翔輝・・・翔輝ぃッ!」
 泣き叫ぶ武蔵に、大和は確信した。
「中尉と、ケンカでもしたの?」
「・・・私が悪いの・・・私が悪いのぉッ!」
 大和は立ち上がると、泣き崩れる武蔵の頭をそっと撫で、静かに部屋を出た。残された武蔵はいつまでも泣き続けた。

 大和は会議室に戻ると武蔵が体調不良で欠席すると伝え、すぐに自分も用があると言って抜け出した。金剛は執行部二人の怠慢に激怒していたが、何とか長門が押さえ込んでくれた。
 大和はこの時間に彼がいるであろう航海室に向かった。そして思ったとおり彼はいた。
 机に向かって海図に資料を書き込んでいるのだろう。だが、その手はピクリとも動かず、どこか遠い目でいる。そして小さくため息を吐く。明らかに様子がおかしい。
「中尉」
 大和は意を決して部屋の中に入った。すると、翔輝は慌てていつものように明るい笑みを向けてくる。
「よ、よぉ大和。どうしたんだ?」
 少しぎこちない笑みだが、それでも十分優しげな笑顔だ。だが、この笑顔の奥には何かがある。大和は確信した。
 大和は真剣な瞳で翔輝を見詰める。
「単刀直入に訊きます」
「な、何?」
「武蔵と何かあったんですか?」
 大和の問いに、翔輝は明らかに動揺し、視線を逸らした。本当にうそをつけない人だなぁと大和は小さく笑みを浮かべた。
「あったんですね?」
 大和の確認するかのような問いに、翔輝はしばし視線をさまよわせていたが、突如キッと大和を睨みつける
「お前には関係ないだろ」
 その冷たい言葉に、大和は驚愕した。まさか翔輝がそんなに冷たい事を言うとは思っていなかったからだ。
「か、関係なくなんかないです! 武蔵は私の妹ですよ!?」
「妹のケンカに姉が口出すなよ。これだからお節介は困るんだよ」
 翔輝の突き放すような言葉に、大和の中で何かが弾けた。みるみるうちに表情が険しくなる。
「どうして・・・そんな冷たく言えるんですかッ!?」
 大和はそう怒鳴ると、翔輝の襟首を掴んで怒る。
「中尉のせいで武蔵が泣いてるんですよッ! 謝る言葉のひとつも言えないんですかッ!?」
「何で僕のせいなんだよッ! 悪いのはあいつの方だろッ!」
 翔輝は掴み掛かってくる大和を無理やり引き離すと、彼女が見た事もないような怒りの表情で睨みつける。
「悪いのはあいつの方だ! なのに何で僕が責められなきゃいけないんだよッ!」
「ケンカというのは双方に問題があるから起きるんです! どちらが悪いとかないです!」
「そんな偽善はいらないよッ! お前だってよくケンカしてるじゃないか!」
「それはそれです! でも今は関係ないです!」
「無茶言うなよッ!」
 翔輝はそう叫ぶと大和を突き飛ばして部屋を出て行く。大和は慌ててそんな彼の背中を追う。
「待ってください! まだ話は終わってません!」
「うるさいな! ほっといてくれよッ!」
「ほっとけませんよ! 武蔵が泣いてるのにほっとけません!」
「何だよ! 結局僕の事なんてどうでもいいんだろッ!」
「そうは言ってないじゃないですか!」
「もういいからほっといてくれよッ!」
 翔輝は大和を思いっ切り突き飛ばした。軽い大和の身体は簡単に吹き飛び、その場に尻餅を着いてしまう。
 翔輝はそんな大和を一瞥したが、手を伸ばす事なく立ち去ってしまった。
 小さくなる翔輝の背中に、大和はこれまにない怒りを覚えた。
 常の彼なら、例え怒っていてもこういう時には優しく手を伸ばしてくれた。だが、今回はそれはなかった。それが悔しくて仕方がない。
「ちゅ、中尉のバカぁッ! もう知らないですッ!」
 その声に翔輝は一度だけ振り向いたが、何も言わずに再び歩き出して見えなくなった。
 大和は翔輝のそんな態度に憤慨し、立ち上がると鉄の壁を思いっ切り蹴り――痛さのあまり悶絶した。

 翔輝と武蔵がケンカして二日が過ぎた。
 極上幹部会の会長席には武蔵が座っていた。ようやくある程度まで回復したのだ。しかし髪はボサボサでお風呂に入っていないのでベタベタ。目の下には隈があり、目はずっと泣いていなので赤く、白い頬にはまだ涙の跡が残っている。ボロボロであった。
 一方、大和はどこか不機嫌そうににしている。あれから彼女は翔輝と一切口を利いていない。
 もちろん会長補佐である翔輝は欠席である。
 そんな壊滅的な執行部要員に、遊撃部部長の長門は困ったような顔をする。
「どうしたのかしら、大和達」
 長門の言葉に陸奥や伊勢も同じような目で見詰める。
 一方金剛はそんな執行部の面々を見て呆れ、すでに退室してしまっている。榛名は一応心配して(本人は否定しているが)ここに留まっている。
「・・・じゃあ、今日の会議はここまで」
 武蔵は必要最低限の議題だけ片付けるとさっさと会議を終え、ふらふらとおぼつかない足取りで部屋を出た。その後を大和も追いかける。
 長門達はそんな二人を不思議そうに見送るしかできなかった。

「・・・ごめんなさい」
 会議室を出た武蔵は自分を追いかけて来た大和と並ぶと開口一番にそう言った。
「え? 何の事?」
 武蔵はとぼける姉に悲しげな瞳で見詰める。
「・・・私のせいで、翔輝とケンカした」
「・・・あぁ、うん。そうだけど・・・武蔵が気にする事ないよ。悪いのは中尉なんだから」
 武蔵は大和のその言葉に小さく首を振る。
「・・・違う。悪いのは、私なの」
「そんな事ないって。私幻滅しちゃったもん。中尉って意外に薄情な人なんだなって」
「・・・お願い、翔輝を悪く言わないで」
「武蔵・・・」
 武蔵は悲しげな瞳で大和を見上げる。その瞳は悲しみに満ちていた。
「・・・私が悪いの。だから、翔輝は悪くない」
「どうして、そんなに中尉をかばうのよ」
 大和は呆れたような声を上げる。そこまでして彼を必死にかばう彼女が信じられないのだ。
「中尉はあなたにひどい事をして泣かせたのよ? そこまでされたのに、何でそんなにかばうのよ」
 武蔵は沈黙したが、しばらくしてゆっくりと口を開いた。
「・・・私が、翔輝の姉代わりの女性に負けたのは知ってる?」
「うん。確か瑪瑙さんだったっけ。きれいな人だったよね。中尉デレデレだったし」
 思い出したのか、うらやましさ半分嫉妬半分というような顔をする。確かに誰もが認める美女だったし、翔輝も彼女に自ら抱きつくという暴挙をしている。うらやまし過ぎる要素満載である。
 大和の言葉に十分といった感じにうなずくと、言葉を続ける。
「・・・あの後、私は翔輝の前で無様に負けた事に泣いてた。そんな時、翔輝がやって来て私を励ましてくれた。『あんまり落ち込むなよ。瑪瑙姉さんは強すぎるんだよ。翔鶴だって勝てるかどうかわからないほど強いんだ。だから負けて当然なんだよ。武蔵が弱い訳じゃない。だからさ、そう落ち込むなって』、そう言ってくれた。でもそれは、私があの女よりも弱いって、翔輝が認めたって事。だから、すごく悔しくて、悲しくて。その後、翔輝がその女の作ったまんじゅうを進めてきたけど、私は翔輝があの女の作った物を食べるのが耐えられなくて、そのまんじゅうを奪い取ってゴミ箱に捨てたの。そしたら翔輝が怒った」
「そ、そりゃあ、あんたが圧倒的に悪いでしょ・・・」
「・・・わかってる。でも私はいつでも翔輝の一番になりたかった。でも、私は負けた。だから、そんな私を負かしたあの女の全てが憎くて、あんな事を・・・」
 武蔵の言葉に、大和はため息した。
「だから、中尉が怒ったのね」
「・・・それもだけど、もうひとつある」
「まだあるの!?」
「・・・その後、私は感情に任せて翔輝と大ゲンカした。その時私はカッとなって、『あんな女死ねばいいのに』って、言っちゃったの。そしたら翔輝にいきなり頬を叩かれた。その後翔輝は本気で怒って、私と絶交するって言ったの」
「そ、それはちょっとひどすぎるでしょ・・・」
「・・・わかってる。あの時、私はどうかしてた。そのせいで、翔輝と・・・ケンカして・・・絶交って・・・絶交・・・ぜ・・・ぜっこ・・・う・・・ッ!」
「お、落ち着きなさい武蔵! ここは七階よッ! 早まっちゃダメぇッ!」
 窓から飛び降りようとする武蔵を何とか引き止め、大和はため息する。
「何よぉ・・・完全にあんたが悪いじゃない。中尉とケンカまでしてあんたを援護したのに、裏切られたわよぉ」
「・・・ごめん」
「もういいわよ・・・」
 大和は疲れたようにため息すると、困ったように頬を掻くと、再び大きなため息を吐く。
「仕方ないわね」
 そう言うと、大和はうな垂れている武蔵の手をしっかりと掴んだ。突然手を掴まれた武蔵は驚いて顔を上げる。
「・・・え? な、何?」
「ほら、行くわよ」
「・・・え? 行くって、どこへ?」
「中尉の所に決まってるでしょ」
「・・・え? で、でもまだ心の準備が・・・」
「ほらぐずぐずしないの! 膳は急げでしょ!」
「・・・え? えぇッ!?」
 心の準備がまだ整っていない武蔵は、主導権を完全に握った大和に無理やり引きずられて翔輝の所へ向かった。

「「・・・ごめんなさい」」
「え? な、何?」
 艦橋で休憩していた翔輝の所に現れた二人はいきなり土下座すると開口一番にそう言った。突然の展開に翔輝は完全に混乱に陥っていた。
 深々と土下座する二人はその姿勢を崩す事なく美しい土下座を続ける。こうなるとパニックするのは翔輝の方だ。
「と、とりあえず上行こう」
 翔輝はそう言って二人を連れて防空指揮所に上がった。
「で? どうしたのさ」
 翔輝はわかってはいるが、一応確認の為に訊く。二人を見詰める瞳にはいつもあるような優しさはない。
 大和は「ほら」と言って武蔵を前に出す。前に出された武蔵は驚いて姉の顔を一瞥した後、翔輝の顔を見る。と、
 ほろり・・・
「「え・・・?」」
 翔輝の顔を見て耐えられなくなったのか、武蔵は泣き出してしまった。これには二人も慌てる。特に慌てるのは翔輝だ。
「お、おい武蔵――ッ!?」
 声を掛けた翔輝に、武蔵はいきなり抱き付いた。そりゃあもう押し倒しそうな勢いの体当たりに近いアタックである。翔輝がもう少し反応が遅れていたら二人して転ぶ所だった。
 なんとか踏み止まった翔輝は武蔵を見る。
「む、武蔵。危ないだ――ぬおッ!?」
 自分に必死に抱きついている武蔵は先程まですすり泣いていたが、今は瞳からボロボロと涙を流してうるむ瞳を翔輝に向ける。そのあまりの感情的な武蔵に、翔輝は混乱する。
「え? あ、武蔵・・・?」
「・・・ごめんなさい」
「え?」
「・・・ごめんなさいッ!」
 武蔵はそう泣きながら謝ると、即座に土下座に転向した。
「・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!」
 何度も何度も頭を下げ、その額は今にも鉄の床に直撃しそうな勢いだ。
「・・・ごめんなさい翔輝! 私が悪かった! 謝るから許して! お願いだからぁッ!」
 泣き叫ぶ武蔵に翔輝も大和もたじたじである。それほど切羽詰ったという雰囲気が彼女から吹き荒れているのだ。
 武蔵は再度顔を上げて翔輝を見据えると、腰に挿した軍刀を引き抜いた。
「・・・翔輝が許してくれないなら、私は今ここで自決するッ!」
 そう叫ぶと、武蔵は上着を脱ぎ捨てて上半身下着姿になった。武蔵の下着は現代なら普通だが、当時としては革命的なものだった。
「えっと・・・時代考証って知ってる?」
 大和が混乱したように問うた。
 武蔵は白い清楚なキャミソールを付けていた。しかも上着を脱ぐ時に乱暴に脱いだせいか、ズボンの隙間からは白いパンティも見える。
 つまり、武蔵は昭和という時代を無視して思いっ切り現代風の下着を付けていた。
 武蔵は先程までの勢いはどこへやら、驚く大和に不思議そうに首を傾げる。
「・・・これくらい普通」
「普通って・・・私、サラシにドロワーズなんだけど・・・」
 武蔵は刀を手に持ったまま先程までの表情とは一転して無表情で姉を見詰める。
「・・・女は下着が命。下着は女の武器。殿方の心を貫く何ものをも寄せ付けぬ槍なの。下着をおろそかにする女に、恋愛をする権利なんてない」
 がががががあああああぁぁぁぁぁんッ!
 音にしたらそんな感じの衝撃が大和に走った。 自分は、戦う前からすでに敗北していたのだ。
 勝てない。勝てる訳がない。自分は身体や心、そして知識まで子供ではないか。これではこの激しい戦いに勝てるはずがない。いつも自分がまわりよりも出遅れるのは、こうした情報を軽視した為だったのだ(それだけではないが)。
 大和はギュッと拳を握ると武蔵に――土下座した。
「一生のお願い! 私にそのかわいい下着を教えて! あとは自力で発現させるから! 詳しい細部まで!」
 大和の必死に頼みに、武蔵は小さくうなずく。
「・・・わかった。今回は姉さんに世話になったから、今回はそのお礼。私の部屋に来ればいっぱいあるから、それを見て勉強すればいい。残念だけど、私と姉さんはサイズは合わないから」
「うん! わかった! ありがとう武蔵!」
「・・・こっちこそありがとう」
 ひしと抱き合う大和と武蔵。その姿はなんとも微笑ましい。
 しかし、一方の翔輝はというと、日本一女性に無害な少年という称号(?)を陰ながら持つ彼には武蔵の下着は大胆すぎた。今なら普通かもしれないが、当時は今みたいに肌を見せるような服や下着は日本文化には存在していない。つまりある意味初体験。
 本来なら鼻血が出てるかもしれないが、今の彼の心を支えているのは二人に対する弱々しくなっている怒りである。結局、どたばたし過ぎて脱線しているが、まだ翔輝は二人を許した訳ではない。
 翔輝は姉妹の絆を結ぶ二人を置いて踵を返そうとする。が、
「中尉! どこ行くんですか!」
「・・・翔輝! 行かないで!」
 見付かってしまった。どうやらこの二人、身体にレーダーがあってあり一匹の動向すら見逃さないらしい。
 翔輝は仕方なく振り返ると、そこには怒っている大和と今にも大粒の涙を流して泣き出しそうな武蔵(上半身下着姿バージョン)が見詰めていた。
 翔輝はため息する。
「あのさ、君達は結局僕に何しに来たの?」
「・・・翔輝に謝る為」
「なら僕を無視するなよな。あと、上着は着ろ」
 武蔵はコクリとうなずくと、上着を着た。どうやら本日の山場(翔輝視点)は突破したらしい。
 翔輝は腰に手を当てて少し威圧するような態度で二人を見詰める。
「で? 結局何?」
 武蔵は今度は立ったまま頭を九〇度に下げた。
「・・・ごめんなさい。この前翔輝にした無礼と暴言は、私が完全無欠に悪かった。ごめんなさい。仲直りして。お願い・・・」
 武蔵はそう言うと、微動だせずに頭を下げ続ける。その後ろでは大和も頭を下げていた。翔輝はそんな二人を見詰め、ため息すると頭を掻いた。願っていた返事がいつまでも返って来ない。武蔵は不安でじわりと涙を浮かべる。
 翔輝はしばし頭を下げ続ける二人を見詰めると、静かに、優しく微笑んだ。
「ったく、女の子二人に頭下げられちゃ許さないなんて言えるなくなるじゃないか」
 二人はその言葉に驚き、顔を上げた。武蔵は、自分に向けられている、もう二度と見られないのではないかと覚悟していた笑みを見た。
「仕方ない。今回は許してやるよ」
 翔輝はわざとらしく肩をすくめた。
 武蔵は、我が耳を疑った。
 今、翔輝は何て言ったのか、混乱のあまり脳が理解するのが遅い。
「やったぁッ! 良かったわね武蔵! 中尉、許してくれるって!」
 大和が後ろから大喜びしながら抱きついてきて、ようやく理解した。
 ――翔輝は、許してくれたのだ。
「・・・しょ、翔輝ぃッ!」
 武蔵は己が限界を超えた。
 顔を満面の喜びの笑みを浮かべ、瞳からは滝のような涙が流れ出す。感情全開の武蔵はそのまま翔輝に思いっ切り抱き付いた。
「ちょっと武蔵!? 危ないってば!」
「・・・翔輝翔輝翔輝翔輝翔輝翔輝翔輝翔輝翔輝翔輝ぃッ!」
「そんなに名前を呼ばなくてもいるよ!」
「・・・好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き! 大好きぃッ!」
「わかった! わかったから離れろってばぁッ!」
 泣きながら抱きつく武蔵と、そんな武蔵のすさまじい攻撃に必死に耐えている翔輝。そんないつも通りな二人を見て、大和は嬉しそうに微笑んだ。
 やっぱり、こうした毎日がいいのだ。
 こうして笑って過ごせれば、他に何もいらない。
 平穏という幸せがあれば、他に何も求めない。
 平穏こそ、最高の幸せだ。
 大和は抱き合う二人を微笑ましく見詰める。が、ふと思い出す。
 そういえば、自分も翔輝とケンカしていた・・・
 サーっと血の気が失せるのを感じた。
「ちゅ、中尉! 武蔵を許したんですよね!?」
 大和は切羽詰ったような顔と声で翔輝に問う。
「う、うん。そうだけど」
「わ、私も許してもらってますよねッ!?」
 泣きそうな顔で必死に確認する大和に、翔輝はようやく理解した。そして、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「何言ってるのさ。僕が許したのは武蔵であって、まだお前は許してないよ」
 がががががあああああぁぁぁぁぁんッ!
 大和は翔輝の言葉にぶわっと涙を大量に流して彼にすがりついた。
「ごめんなさい! ごめんなさいですから許してくださいぃッ!」
「えー、どうしよっかなぁー?」
 イジワル度全開の翔輝は泣きついてくる大和を心の中でくすくすと笑っていた。
「お願いしましゅぅッ!」
「・・・翔輝」
 その時、武蔵が口を開いた。いつの間にか彼女はいつもの無表情に戻り、冷静な瞳で彼を見詰める。そんな彼女に、大和は歓喜した。
 きっと、自分を援護してくれるんだ。
 大和は優しき妹に期待の視線を向ける。が、
 ニヤッ・・・
「え・・・?」
 武蔵は翔輝には見えない角度で、大和に、己が姉に向かって、かなりダークな笑みを浮かべた。その恐ろしさに、大和はゾクリとする。
「む、武蔵・・・ちゃん・・・?」
「・・・翔輝。あんな女ほっとけばいい。許さなくていい。未来永劫無視し続ければいい。それが翔輝の為」
 援護どころか追い討ちを開始した史上最悪の妹!
「武蔵! 何よそれッ! あんたの時には私が頭下げたでしょッ!? 何で私の時は助けないのよッ! 恩を仇で返すつもりッ!?」
 大和は史上最悪の己が妹に向かって激昂する。が、武蔵は慣れない猫なで声で翔輝に言葉を続ける。
「・・・翔輝。私と二人で楽しい事しよ。こんな女ほっといてぇ」
「こんのカマトトッ! いい加減にしなさいよッ!」
「・・・翔輝、あんな女を許すのぉ?」
「どうしよっかなぁ?」
 二人の会話に大和はもう大泣きしながら必死に謝る。常の彼女ならすぐわかるだろうが、翔輝と武蔵は互いの目を見て小さく笑みを浮かべた。
 ・・・二人して、大和をおちょくっているのだ。
 結局、大和が飛び降り自殺する寸前でネタばらしして許したが、今度は大和が激昂し、その後丸一日、会話どころか目すら合わせなくなってしまった。
 立場が逆転して、今度は翔輝が大和に土下座するのであった。

 余談だが、その後武蔵は極上幹部会である法律を審理部の反対を押し切って強行採決した。その法案とは、
《連合艦隊極大権限保有最上級幹部会法第六章第五八条。日本海軍全艦魂ノ下着ハ個人ノ自由ニ委ネルベシ》
 それまで下着はサラシにドロワーズというのが一般的だった日本海軍艦魂社会は、この法案によって消滅した。
 一体どんな下着を着ればいいか右往左往している皆に、武蔵は己が下着のキャミソールを伝授。それは怒涛の勢いで浸透した。
 金剛や榛名など反対派の勢力もあったが、艦魂とはいえ女の子である皆はそのほとんどが賛成派に回ってしまったので、金剛も苦虫を噛み潰したような顔で了承した。
 こうして、日本海軍艦魂社会は下着の制限がなくなり、長門や扶桑は大胆露出全開のブラジャーまで投入。それもすぐに伝わった。
 日本海軍の艦魂達は、どの日本女性よりも先に下着ファッションに目覚めたのだった。
 ちなみに、反対派には翔輝もいたりした。女の子が露出した下着を着る事に抵抗があったのだ。さすがは純情少年。しかし、翔輝の奮闘も空しく、こればっかりは大和や武蔵、陸奥や伊勢も敵対勢力につき、あえなく敗北したのだった。
 これが後の艦魂達の歴史の教科書にも出て来た《昭和下着内乱》の全容である。







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