第八章 第十八節 同じ悲しみを抱く者
その夜、翔輝は休みの間に溜まっていた仕事を終わらせて自室に戻って来た。ドアを開けると部屋には大和がいた。
「お疲れ様でした。中尉」
大和は笑顔で疲れた翔輝を迎え入れてくれた。そんな大和に翔輝も笑みを送る。
「待っててくれたんだ。そっちこそ、会議があったんでしょ?」
「えぇ、まぁ。でもあまり長くありませんでした。機動部隊も護衛部隊もいないですから、極上幹部会の主要メンバーも戦艦以外はごくわずかしかいませんし。それに・・・」
そこまで言って、大和は顔を曇らせた。その表情の変化に翔輝はいち早く気づく。
「どうしたの?」
心配する翔輝の言葉に大和は小さく苦笑いすると、ため息をつく。
「最上と顔を合わせづらくなってしまって・・・」
「最上?」
あまり聞きなれない名前に翔輝は一瞬困惑するが、すぐに重巡洋艦『最上』の艦魂の事だと気づく。だが、正体がわかってもあまり面識がないのでどんな子かまではわからなかった。
翔輝は落ち込む大和に不思議そうに問う。
「何でまた?」
「そ、それが、その・・・」
大和は言いにくそうに顔を伏せると、昨日の出来事をそっと話した。その話を静かに翔輝は聞いていたが、話が終わると、
「そっか、それは大和が悪いよねぇ」
開口一番にダメ出しをした。
「そんなのわかってますよ」
翔輝の言葉に大和はさらに元気をなくしたのか、大和はベッドに腰掛けた。
落ち込む大和に、翔輝は諭すように言う。
「三隈の死を自分のせいにするのは、たぶん、彼女の原動力になってるのかもね」
「どういう意味ですか?」
大和は翔輝の言葉の意味がわからず首を傾げる。そんな大和に、翔輝は少し悲しそうな瞳を向けながら口を開く。
「三隈の仇か、彼女の分までがんばるという気持ちが、今の彼女を動かしているって事。いるでしょ? 復讐する為に生き続けている奴とかさ。それと同じようなものだよ」
「そう・・・なんですか?」
復讐とかいう感情とは無縁の大和にとっては理解しがたいものだった。
「きっと、彼女は三隈の死を背負って生きていくつもりなんだろう・・・でもね、そういう生き方って悲しいよ」
「そ、そうですね」
「まぁ、人の事言えないんだけどね」
悲しげな笑みを浮かべる翔輝の言葉に、大和は驚いて伏せていた顔を上げる。
「え? それってどういう・・・」
「僕も、翔香の死を自分のせいにしてた時期があったからね」
「そッ!?」
大和はすごく驚いた。翔輝がそんなふうに思っていたなんて微塵も思っていなかったのだ。だって・・・
「翔香さんは病気で亡くなられたんですよね?」
そう。三隈と違って翔香は病死である。翔輝が責任を感じる要因なんてどこにもない。しかし・・・
「そうだけど、もう少し早く病院に連れてってやればって思っちゃってさ」
「でも、突然倒れられたんですよね? 前兆もなかったんですよね? なら中尉に落ち度なんて――」
「確かに、前兆もなく倒れて、その夜に死んじまった。原因もわからない病気だった。でも、その時の僕はそんな事も考えられないほど落ち込んでたからね。でも、そんな僕を助けてくれたのが――」
大和はすぐにわかった。
「瑠璃さん・・・ですね?」
「あぁ。あいつのおかげで立ち直れたからね。こういう時に幼なじみっていると嬉しいよ。ままぁ、もちろん瑠璃以外の人達にもたくさん助けてもらったんだけどね」
幼なじみというオプションの効果はかなり強力だ。それに比べて何のオプションもない大和は自分の無力さにため息する。
大和が落ち込んでいるのを見て、翔輝は最上との仲を取り戻さないとなぁと勘違いして気合を入れる。
仲直りは早い方がいい。先手必勝である。
「大和。行くぞ!」
「え? 行くぞってどこへ? って――」
翔輝はまだ混乱している大和の腕を引っ張って急いで部屋を飛び出した。
翔輝にさらわれる。それもまたいいかも、と変な方向に考えている大和だった。その間も翔輝は走った。向かう先はもちろん・・・
たどり着いたのは予備事務室だった。『大和』の事務仕事の中枢である事務室が何らかの理由で使えなくなった時の緊急用の部屋である。それゆえに普段使われる事がなく、今では連合艦隊艦魂司令部こと極上幹部会の司令室になっている。
なぜ旗艦である『武蔵』でなく次席艦である『大和』に本部があるのかは以前話したとおり武蔵が翔輝に会いたいが為である。
そんな司令室のドアを開けて中に入ると、そこはすさまじいものだった。かなり広めな部屋なのだが、まわり全ての壁が本棚で、そこには大量の書物や書類が整然と並べられていた。その他にも大量の書類が床や机に積み上げられている。部屋の手前には印刷機や通信機などの機械が置いてあり、現在進行形で活動中だった。奥には一人用の大きな机があり、そこには武蔵が座りながら書類に目を通していた。部屋には三列の長い机が並べられており、そこには十数人の艦魂が仕事をしていた。本来ならもっと艦魂がいるのだが、それらは皆トラック島に置いてきてしまった為、残った艦魂は大忙しのようだ。
「武蔵」
翔輝の声に武蔵は書類から目を外して翔輝を見詰めると、驚いたように瞳を見開く。
「・・・翔輝?」
武蔵は立ち上がるとパタパタと駆け寄ってきた。こうしたひとつひとつの何気ない動作が彼女の他人にはあまり見せない愛らしさを輝かせる。
駆け寄ってきた武蔵は翔輝をじっと見詰める。一応言っておくが翔輝の隣には大和もいるのだが、武蔵の瞳には翔輝しか映っていないらしい。
「・・・翔輝? どうしたの?」
「なんか大変そうだね、人手不足みたいで。手伝おうか? 一応お前の補佐官だし」
「・・・確かに人数不足だけど、翔輝が出るまでもない。私が本気を出せば部下の十人や二〇人いなくても問題はない」
「マジでそう思えるのが怖い」
翔輝は武蔵のすさまじいまでの天才ぶりに苦笑いするしかなかった。そんな翔輝を武蔵はじっと見詰める。
「・・・だから、翔輝は気にしなくていい」
「だったら何で僕を補佐官なんかにしたんだよ。いらないじゃん」
「・・・翔輝が隣にいてくれるだけで、私の実力は二・八倍になる」
「ずいぶん跳ね上がるな」
翔輝が小さく微笑むと、武蔵は何か思いついたのか手をポンと叩いて笑う翔輝を見詰める。
「・・・なら、翔輝に頼みがある」
「何?」
「・・・肩がこったから、肩を揉んで」
「え? 別に構わないけど」
「・・・(ぽっ)」
「なぜ頬を赤くする」
「はいはい! 無駄話はそこまでにしてください!」
ここにきてようやく今まで黙っていた大和が制止に入って来た。そんな大和の突然の乱入に武蔵は「・・・姉さん、いつからいたの?」と完全に姉が眼中になかった宣言をし、大和は「最初からいたわよ」と不機嫌そうに言う。
「とにかく、中尉も何でいきなり関係のない話をするんですか」
大和はいきなり自分達の問題を放棄して関係のない話に華を咲かせた翔輝を責める。が、
「つーか、お前も副会長なんだから少しは仕事手伝ってやれよ」
「うぐ・・・」
逆に反撃を喰らって言葉を詰まらせた。
「と、とにかく! 今は私達の目的を遂行すべきです!」
大和は状況打破の為に慌てて話題を変える。
「・・・目的って何?」
何も知らない武蔵は不思議そうに首を傾げる。
「ちょっと最上に用があってね」
「・・・最上? 総務部副部長の?」
「あ、うん、たぶん。いいんだよね?」
翔輝の問いに、大和は「あ、はい・・・」と小さく答えた。そんな二人を武蔵はじっと見詰めると、
「・・・ここにはいない。待ってて」
そう言って踵を返すと武蔵は部屋を出て行こうとする。たぶん呼んで来てくれるのつもりなのだろう。その時、
「長官? どこへ行くのですか?」
一番近くの机にいたメガネをした水兵の女性が声を掛けて来た。
「・・・最上を呼んで来る」
「あ、それなら私が行きます。長官はここで待っていてください」
水兵の言葉に武蔵は無表情で「・・・そう。ありがとう」と小さく礼を言う。そんな武蔵の言葉に水兵は「いえ、構いませんから」と微笑み翔輝達に会釈すると急いで部屋を出て行った。
「あの、こちらにお掛けになってお待ちください」
今度は別の水兵の女の子が近くにあったソファに案内する。さっきまでわからなかったのは今急いで片付けている書類の山で見えなかったのだろう。
三人がソファに腰を下ろすと、水兵は急いで部屋の奥へ行くと何かをして戻って来た。その手にはお盆があり、そこには三つのお茶が湯のみから白い湯気を立てていた。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
翔輝はすぐに受け取る。二人もお茶を受け取ると、水兵はお茶菓子を置いて傍らに立った。いつでも命令があれば動きますというオーラに満ち溢れている。そんなまじめそうな少女を一瞥し、翔輝は困ったような顔をする。
「な、なぁ武蔵。もしかして邪魔だったかな?」
翔輝が申し訳なさそうにすると、武蔵はふるふると首を横に振る。
「・・・そんな事ない」
「で、でもみんながこんなに忙しそうなのに伝令を頼んだりお茶くみをさせたりで、仕事が進まないでしょ?」
「・・・翔輝は優しい。でも気にしないで。ここの者は日頃ハードな仕事をこなしているからこれくらい問題ない」
「でも・・・」
それでも渋る翔輝を見て、武蔵は小さな笑みを浮かべた。
「・・・翔輝は本当に優しい。そんなに言うなら――ちょっと」
武蔵は傍らに立っていた水兵に声を掛ける。水兵すぐさまは「何かご用ですか?」と営業スマイル全開で聞いてくる。
「・・・もうここはいいから、本来の仕事に戻って」
「え、しかし・・・」
「・・・命令だ」
「了解しました」
水兵は敬礼をして自分の机に帰っていくと再び書類整理を再開した。
「ごめんね。無理言っちゃって」
「・・・翔輝が気にする事じゃない」
武蔵は無表情で翔輝の言葉を打ち返す。何が何でも翔輝にそのような感情を持たせたくないのだろう。
翔輝はそんな武蔵を見詰めて笑顔を浮かべると、お茶をすする。その時、
「長官。最上司令をお連れしました」
先程伝令に向かった水兵が戻って来た。そんな彼女の隣には分厚い書類を持った最上がたっていた。
「・・・ご苦労。仕事に戻って」
「はい」
水兵は敬礼して自分の机に戻った。残された最上は武蔵の元に来た。一瞬大和と目を合わせるがすぐに逸らす。
「極上幹部会総務部副部長、重巡洋艦最上参りました。それで長官。一体なぜ私を呼んだのですか? 何かご用ですか?」
「・・・呼んだのは私ではない。翔輝だ」
武蔵の言葉に最上を翔輝を見る。翔輝は立ち上がってあいさつする。
「戦艦『大和』航海士長谷川翔輝航海中尉です」
「極上幹部会総務部副部長を務める、最上型重巡洋艦一番艦・重巡洋艦『最上』です」
お互いに名乗ると、翔輝は早速話を始める。
「大和が君を怒らせるような事を言ったんだって? ごめんね」
翔輝が大和の代わりに謝る。横にいる大和は申し訳なさそうに自分の為に頭を下げる翔輝を見詰める。一方、翔輝に謝られた最上は少し慌てる。
「あ、その、私も少し感情的になりすぎました。申し訳ありません・・・」
「まぁ、僕に謝っても意味がないんだけど・・・」
苦笑いする翔輝に最上は慌てる。そして、
「・・・」
「・・・」
大和と最上の視線が空中で重なった。しかしすぐにお互いに視線を外し、沈黙する。そんな二人を見て翔輝は再び苦笑いして大和を見る。
「ほら、お前も謝れ」
翔輝の言葉にうなずき、大和は立ち上がって真っ直ぐ最上を見詰める。最上も大和の瞳をしっかりと見詰めていた。大和はゆっくりと口を開く。
「あ、その、昨日はいい加減な事を言ってしまってごめんなさい」
大和は軍帽を脱いで頭を下げた。極上幹部会副会長という全日本海軍艦魂のナンバー2である大和が下士官である重巡洋艦に頭を下げたのだ。鉛筆を走らせていた司令部の水兵達も今は鉛筆を止めて二人を凝視している。翔輝はもちろん武蔵も自分の姉である大和を見詰めている。
一方、自分より圧倒的に上官である大和が頭を下げた事に最上は驚く。
「ちょ、長官! 頭を上げてください!」
最上は慌てて大和に頭を上げるように言う。大和もそれに従って頭を上げる。ここで再び二人の視線が合わさる。今度はどちらも視線を外さない。
しばらくしてから、最上は申し訳なさそうに頭を下げた。
「昨日の件ですが、本当に申し訳ありませんでした。上官である長官にあのような罵声を言い放ってしまって。冷静さを取り戻してから血の気が失せてしまいました。自分のしてしまった事を理解し、昨夜は一睡もできませんでした」
「そうですか。こちらこそ申し訳ありませんでした。完全な部外者である私が出すぎた事を言ってしまって」
「そ、そんな! 出過ぎただなんてとんでもないです! 長官はあくまで一般論をおっしゃってくれたんですから、それに噛み付いた私がいけないんです」
二人はお互いに謝罪の言葉を連射する。このままでは永遠に謝罪戦が繰り広げられそうだったので翔輝が間に入って話題を変える。
「最上は三隈の死を自分のせいにしてるんでしょ? それは今でも変わらない?」
翔輝の問いに最上は一瞬顔を伏せて沈黙するが、ゆっくりと答える。
「はい。それは今でも変わりません」
「そう・・・先に言っとくけど、僕は君の考えは否定しないよ」
「え?」
最上は意外そうな顔で翔輝を見詰める。彼がそんな考えを持つ人間には見えなかったのだろう。
「貴官がそのようなお考えをお持ちとは意外です」
「そう?」
「はい。どちらかと言うとそういう考えを必死にお止めになる方だと思いましたが。違うのですね」
「まぁ、そういう事の方が多いけど。これに関しては特別」
翔輝の何か意味ありげな言い方に、最上は興味を持った。
「どういう意味ですか?」
最上の問いに、翔輝は悲しげに微笑む。
「・・・僕も、妹を病気で亡くしているから」
「・・・え?」
最上は驚いて口を開ける。翔輝はそんな最上を見ながら少し寂しそうな表情になる。
「もっと早く気づいて病院に連れて行けてたらなぁって思っちゃうんだよね。だから自分にも責任があるような気がして」
「そうなんですか」
「でも――」
翔輝は最上を見詰める。その表情はとても柔和で優しいものだった。
「いつまでもそんなふうに自分を責めていたら何もできない。何も進まない。でしょ? 違う?」
「そ、それは・・・」
翔輝の言葉に、最上は言葉に詰まる。どれも自分の心の中にある理性が感じている事と同じ言葉だった。
翔輝は続ける。
「君も気がついてんだろ? でも、認めたくない。違う?」
最上は答えない。ただ呆然と床を見詰めている。そんな最上が昔の自分に重なる。翔香の死を苦しんでいた、あの頃の自分に、
「まぁ、ゆっくり考えなよ。最上型は確か全部で四隻。まだ二人の妹がいるでしょ? その子達は姉である君を頼ってるんだからさ。それに仲間もいっぱい、ね」
翔輝の心の底から優しさに満ちた笑顔を、最上はしばし見詰める。
そんな最上に翔輝は一度大きくうなずくと、隣にいる大和に声掛ける。
「大和。そろそろ帰るよ」
「あ、はい」
帰る用意をする大和を一瞥し、今回迷惑を掛けてしまった一人の武蔵に声を掛ける。
「武蔵。まだ仕事残ってる?」
翔輝の問いに、武蔵は一度表情を崩すと、珍しく苦笑をした。
「・・・いっぱい。だからここにいる。翔輝と姉さんは先に休んでて」
「そう・・・わかった。行こ」
翔輝は大和を連れて部屋を出た。水兵達も自分達の仕事に専念し始め、部屋は再び忙しそうな雰囲気に包まれた。そんな中、最上は少しすっきりしたような顔をしていた。自分と同じ境遇を感じた翔輝の言葉だからこそ、彼女の心に良く響いたのだ。だから・・・
「ご助言、ありがとうございました」
静かに、最上はドアに向かって敬礼した。そんな最上を見て、武蔵は本当にごくわずかな微笑をしていた。
「さぁ、寝るよ」
部屋に戻った二人は明日に備えて寝ようとしていた。翔輝はいつものように大和の布団を出してやる。が、
「あ、あの!」
大和がそれを制止する。不思議そうに翔輝が「何?」と訊くと、大和は恥ずかしそうにもじもじとしながらゆっくりと口を開く。
「あ、あの。今日はその・・・武蔵や隼鷹みたいに・・・」
「え?」
首を傾げる翔輝に遠回しな言い方はやめ、大和は意を決して単刀直入に言う。
「今日は、い、一緒に寝たいんです!」
しばしの沈黙。時が止まったようなその空間の中、翔輝の脳にその言葉意味が染みとおるまで少しの時間がかかった。そして、
「だ、ダメだッ!」
数十秒後にその返事が返ってきたが、それは大和の期待していた返事の正反対のものだった。
「ど、どうしてですか! 武蔵や隼鷹とは一緒に寝てるのに!」
大和はおかしいですと翔輝に叫ぶが、翔輝にも翔輝の理由があるのだ。それは、
「武蔵や隼鷹は妹みたいでいいけど、お前はそういうふうには思ってないんだよ」
「ならどういうふうに思ってるんですか?」
大和は少し期待した眼差しで見詰める。が、翔輝の返答は、
「と、友達だよ! 決まってるだろ!」
との事だった。大和はがっくりとうなだれる。期待していた自分がバカらしく思えた。が、ここで諦めるほど大和は甘くない。
「そんなの関係ないです! 私は中尉の隣で眠りたいんです!」
「無茶言うな!」
話は平行線をたどる。大和はそんな頑なに拒む翔輝に嫌気を感じ始める。
(そんなに強く拒否しなくてもいいじゃないですか・・・)
「何でですか! どうせ瑠璃さんとも寝てるんでしょ!?」
言ってから大和はハッとする。口が滑ってしまったのだ。彼に変な誤解を与えてはいけないと急いで訂正しようとする。が、
「中尉?」
彼女が見詰めた先にいたのは、引きつった笑みをしている翔輝だった。その笑みから受け取れる答えはただ一つ。
「寝てるんですね?」
大和にしては恐ろしく低い声だった。そんな大和らしからぬ声色に翔輝は恐怖を感じた――どちらかというと殺意に近い。ここまできたら正直に答えるしかない。無駄に言い訳すればその背後で揺れている青い炎で焼き殺されかねん。
「ま、まぁ、瑠璃の家に行った時は、その、一緒に寝たりするけど・・・そ、それは昔からの習慣というか、その・・・」
「なるほど」
簡単に納得するところがまた怖い。そのあまりの恐怖に翔輝は硬直する。
一方、大和は怒りを無理やりに冷ます。本当は激昂したいが、これは千載一遇のチャンスだった。なぜならこれを使えば翔輝は言い訳できずに納得するしかないのだから。
「それならば、外見上瑠璃さんと同い年である私を拒否する理由はないと思いますが」
「うっ・・・で、でも瑠璃とは長い付き合いで――」
「私達もそれなりに長い関係だと思いますが?」
「い、いやー、まだそんなには・・・」
翔輝の言葉に、大和は少なからずショックを受けた。この一年半、大和は翔輝の傍にずっといた。確かに瑠璃と翔輝の十数年にははるかに及ばない。それでも、翔輝との時間はどの艦魂達よりも多い。《今》の翔輝に最も近い位置にいる。それなのに、それが翔輝にはわずかな時にしか感じられていないなんて、そんなの、あまりに理不尽だ。
「大和?」
ずっと沈黙している大和の異変に気づき、翔輝は慌てて声を掛ける。心配そうに大和の顔を覗き込むが、大和は別の方向を向いてそれを拒む。
「大和・・・」
「・・・もう、いいですから」
大和はそうつぶやいて途中まで敷かれた布団の中に潜ってしまった。そんな大和の行動に翔輝は驚く。
「な、なぁ。僕なんか悪い事言ったか? それなら謝るからさ」
翔輝は必死に布団の中の大和に声を掛けるが、大和は、
「別に、中尉の言うとおりですから・・・」
と寂しげに答えただけだった。
その後も翔輝は何度も声を掛けるが、それ以降大和は沈黙したままだった。翔輝は大和が寝たと判断して、渋々ベッドに入ったが、その夜大和は一睡もできなかった。 |