艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(58/130)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第八章 第十四節 それぞれの想い


 再び場面転換。ここは日本でも有数の大財閥兼貴族の霞家のお屋敷――瑠璃の実家だ。
 その中の茶の間に翔輝と瑠璃はいた。しかし今日はいつものように上座と下座に分かれる事なく、下座にいる翔輝の横に瑠璃はいた。しかも今日は瑠璃の専属執事である神鳴はいない。今現在彼は瑠璃の父と母のいる部屋にいる。
 久しぶりに会った翔輝を瑠璃の父と母は喜んで歓迎したが、瑠璃のあまりの迫力に押され、今は神鳴と共に退避している。
 そんなサブイベントがあったが、今はそれどころではない。
 いつもなら笑顔の絶えず、たまに強烈な毒舌が飛び出るこの空間は、今は荒涼としたツンドラ気候の如く荒れ果てていた。
「・・・」
「・・・」
 お互い『大和』を降りてから全く会話がない。ただお互いにちらりと見ては視線を戻し、またちらりと見ては視線を戻すという同じ動作を繰り返している。さっきからずっとこの調子、さすがに間が持たなくなってきた。
 瑠璃はちらちらとこちらを上目遣いで見るたびに何か言いたげな顔をしている。
(・・・やっぱり、かなり怒ってる?)
 そんななんとなく気まずい時間が十五分ほど続き――
 やがて、
「――お久しぶりですわ。翔輝様」
 瑠璃がそう話し掛けてきた。
「あ、うん。久しぶり」
「約一年半ぶりですけれども、元気にしていらっしゃいましたか?」
「僕は大丈夫。元気だけが取り柄みたいなもんだし」
 翔輝が答えると、瑠璃は少しだけ表情を緩めた。
「ふふっ、それもそうですわね」
「そっちも元気にしてた?」
「はい。本当にこの国が戦争をしているのかわからないくらい平和でしたからね」
「そっか、こっちも結構平和だったからね。戦争を感じるのは日々消えていく艦魂達が何人もいるって事ぐらいだったし」
「そうですか。前線と言っても、最前線ではないから結構安全なのですわね」
「まぁね。ソロモン海周辺は激戦区だったけど、トラック島は平和そのものだったからね」
「大本営の発表と私が独断で掴んだ戦局がかなり違うようですが」
 瑠璃は少し心配そうに言う。当時の日本は国民の戦意喪失を招くのを恐れて、大本営と呼ばれる日本陸海軍最高統帥機関が膨張や捏造の戦果を国民に教えていたのである。いわゆる大本営発表というものだ。
「翔輝様が以前に来られたのが去年の初夏でしたが、それ以前にミッドウェー海戦がありましたわよね。あの後知ったんですけれども、大本営の発表と私の掴んだ情報とでは全く違うんですの。大本営の発表では敵空母二隻撃沈。大型巡洋艦一隻大破。駆逐艦一隻撃沈。飛行機撃墜一九三機。同撃破七三機で、日本軍の被害は空母一隻沈没。同一隻中破。巡洋艦一隻中破。損失飛行機四二機で被害は極めて軽微とされていましたけれども、実際は敵空母及び駆逐艦それぞれ一隻撃沈だけの大した戦果もなかった上、日本軍の被害は空母四隻沈没。重巡洋艦一隻沈没。一隻大破。駆逐艦一隻沈没という大敗北でしたわ。これ、本当ですの?」
 翔輝は答えるかどうか迷ったが、ここまでバレていてはもう無意味と思い、正直に答えた。
「その通り。ミッドウェー海戦は日本軍の戦術的、戦力的大敗北に終わったよ。おかげで機動部隊は壊滅。それ以降の戦いが敗北一途になっていった原因だよ」
 ミッドウェー海戦。あの戦いがあんな結果にならなければこんなに壮絶な状況にはならず、今でも赤城や加賀、蒼龍、飛龍が生き残っていて、翔鶴と瑞鶴と合わせた空母六隻の世界最強の機動部隊が健在だったかもしれない。そうすれば、霧島や比叡さんも死なずに済んだかもしれないのだ。だが、所詮はもう後の祭り。後悔しても意味はない。
 翔輝の言葉に、瑠璃は悲しそうにため息した。
「そうですの。では、今日本中が帝国陸海軍の連戦連勝で沸き立っているのは、全てうそなのですのね」
「うん。そういう事」
 日本国民のほとんどが戦争の真実を知らず、大本営の発表するありもしない戦果に振り回されているのだ。
 翔輝の曇った表情を見て、瑠璃は明るく振舞う。
「でも、翔輝様が無事で何よりですわ。私はそれが一番嬉しいですわ」
「瑠璃・・・ありがとう」
「お、お礼なんていりませんわ。当然の事ですもの」
 あたふたと焦る瑠璃を見て、翔輝にも笑みがこぼれる。
「しょ、翔輝様! 笑わないでください! は、恥ずかしいではないですか」
「ごめんごめん。やっぱり変わってないなぁって思ってさ」
「そ、そんな事ありませんわ! 私も成長して変わりましたわ!」
「ふーん、どこが?」
 ニヤニヤと聞く翔輝に、瑠璃は真剣に答える。
「以前よりもずっと女らしくなりましたわ!」
 静寂。そして、
「あはははははッ!」
 大爆笑。
「な、何がおかしいんですの!」
 顔を真っ赤にして怒る瑠璃を見て、翔輝はさらに大笑いする。
 ようやくいつもの二人に戻った。笑ったり怒ったりの喜怒哀楽あふれるのがこの二人。それがないと花のない花瓶のように輝かないものだ。
「まぁ、それはそれでいいのですが。翔輝様」
 しかし、根本的な解決はされていなかった。瑠璃は再び表情を固くする。翔輝の笑みも消える。
 瑠璃は翔輝を睨み付けるように見詰める。
「翔輝様。あの方々とは一体どのような関係なのですか?」
「だからそれはさっき大和達が説明したように――」
「それはあの方達の考えですわ。私が聞きたいのは、翔輝様の気持ちですわ」
「そ、それは・・・」
 瑠璃は黙って翔輝の言葉を待っている。
 深い沈黙の後、翔輝は答えた。
「大事な仲間――ううん。家族・・・かな。みんないなくなってしまった僕にとって、一緒にいて楽しいって思える、そんな奴ら」
 翔輝は嬉しそうに言う。故郷を離れて軍艦に乗り込み、知り合いもいない世界の中、いつも傍にいて励ましてくれた。そんな彼女達を、家族のように思っていた。
 家族を全て失い、不幸な人生だと呪った事もあった。でも、彼女達と出会い、一緒に過ごした時間は、かけがえのない幸せなものだった。
「あいつらは、僕を救ってくれたんだ」
 静かに言う翔輝の言葉を、瑠璃は何も言い返す事なく聞いていた。だが、そんな彼女の反応を見て翔輝は慌てる。
「も、もちろん瑠璃だって大事な家族だよ。あ、もしかして大和達が言った事を気にしてるの? 確かに色々な奴らがいるけど、榛名みたいに乱暴な奴だけじゃないよ。大和みたいに優しい奴もいる。みんな根は素直なんだ。みんないい奴らなんだよ。それは僕が保障する。だからそんなに目の仇にしないでよ・・・」
 翔輝が必死に大和達を弁護すると、
「翔輝様は、少し勘違いをしていますわ」
 瑠璃は少し寂しげにそう言った。
「え?」
「別に私は、あの方々が何でも構わないのです。私はそこに固執するつもりはまったくありませんわ。例えあの方々が翔輝様とどのようなご関係でも、良い方々でも悪い方々でも、人でなくても、それ自体は別に構いませんわ。そう、それが――」
 そこで、翔輝の目を真っ直ぐに見詰める。
「それが、翔輝様とその生活に悪影響を及ぼさない限り」
「瑠璃・・・」
 瑠璃はうつむき加減で言葉を続ける。
「翔輝様が毎日を元気に過ごしているかどうか・・・お節介かもしれませんが、ただその事だけが私には気がかりなのです」
 ちょっと言い過ぎたかなと思った。
 やり方は不器用だけど、瑠璃は翔輝の事を気遣っていてくれただけなのだ。昔から瑠璃はそういう子だって翔輝にはわかっていたはずなのに、大和達の事を言われた為、つい強く言い返してしまった。
「ごめん・・・」
 謝ると、瑠璃は首をふるふると横に振った。
「いえ、私もあの方々に少しきつく当たり過ぎましたから・・・こちらこそ、出過ぎた事を申し上げてすみませんでしたわ」
 瑠璃は深々と頭を下げる。
「出過ぎたなんて、そんな・・・」
 幼なじみなのに、そんな他人行儀な事は言ってほしくない。
「もういいからさ、いつまでも頭下げてないでよ・・・」
「はい・・・」
 言われたとおりに瑠璃が顔を上げる。
 しばしの沈黙が流れる。
 このままだとまたそこはかとなく気まずい雰囲気になりそうだったので、翔輝は話題を変えた。
「あ、あのさ瑠璃。どうして第四船渠なんかにいたの?」
 考えてみればなぜあのタイミングで瑠璃がいたのか。それが不思議だった。
「それは・・・」
「何か用事でもあったの?」
「・・・」
 瑠璃は少しの間、翔輝を見詰めて黙っていたが、
「その、待ち切れなくて」
 やがて翔輝の軍服の袖をちょこんと掴んでそう言った。
「え、何が?」
「・・・『大和』が戻って来たと知って、早く翔輝様に会いたくて」
 わずかに顔を逸らして頬を紅潮させている。そんな瑠璃の反応に翔輝も自然と笑顔になる。
「そっか、嬉しいな」
 翔輝はそっと瑠璃の頭を撫でる。それに対し瑠璃は頬をほんのりと赤く染めて嬉しそうにそれを受け入れる。
 しばらく続けていたが、翔輝がやめると名残惜しそうに見詰めていた。そんな瑠璃を見て、もう一回だけ頭を撫でてやる。
「翔輝様の手、とても温かいですわ」
 翔輝の手を取り、自らの頬に当てながら言う。
 寄り添う二人は、お互いを感じながらしばらくそうしていた。
 十分の時間が過ぎた頃を見計らって、翔輝は訊こうと思っていたことを恐る恐る聞く。
「あのさ、お前が僕の許嫁っていうのは、本当?」
「もちろん――うそですわ」
 さらりと返された。
 翔輝は「やっぱりね」つぶやく。その言葉を聞き、瑠璃は表情を暗くする。
「すみません。翔輝様を取られるような気がして、ついうそを」
 瑠璃は悪気があった訳ではなかったのだ。無謀にして無策の暴挙に等しい突撃を行っても勝ち目はない。そんな彼女が対等、それ以上の地位を確立する為にはあのようなハッタリを言うしかなかったのだ。
「ごめんなさい・・・」
 うつむいたまま言う瑠璃の言葉に、翔輝は首を振る。
「別に謝らないでよ。母さんが死ななければそういう関係になってたんだし、それに、瑠璃が許嫁って言って、ちょっと嬉しかったから」
 照れながら言う翔輝に、瑠璃は上目遣いで「本当ですの?」と聞いてくる。
「あぁ、うそじゃないよ」
「翔輝様・・・」
 瑠璃は嬉しそうに翔輝に抱き付く。翔輝は驚いたが、あまり抵抗せずに受け入れた。
 嬉しさのあまり、瑠璃は本音をぶっちゃけた。
「ずっとずっと一緒にいましょうね。翔輝様」
「え?」
 そ、それって・・・『大和』を降りろって事・・・?
 翔輝の顔から笑顔が消えるが、瑠璃は構わず続ける。
「呉の鎮守府に来てください! そうすれば、ずっとずっと一緒にいられますわ! それに、本土の方が安全ですわ! だから――」
 必死に訴える瑠璃に、翔輝は「ごめん。それはちょっと・・・」と答えるしかなかった。
 瑠璃の気持ちは痛いほどわかる。でも・・・
 思い浮かぶのは、大和達の顔。
 彼女達は自分のように逃げる事のできない、戦いを避けられない悲しき乙女達。そんな彼女達と過ごした日々を失いたくない。
 何より、大和達の傍にいたい。そんな想いが胸に広がる。
 だから、
「ごめん瑠璃。それは、できないよ」
 翔輝は心からそう思った言葉を言った。それが、彼の気持ちだった。
 だがその瞬間、瑠璃の顔から笑顔が再び消える。
「それは、あの方々がいるからですの? 私よりあの方々を選ばれるんですの!?」
「そ、それは・・・」
 うそと言えばうそになる。
 確かに彼女達の傍にいてやりたい。その気持ちは本当だ。だが、だからといって瑠璃を見捨てた訳じゃない。正直、まだ少し迷っている。そんな彼に、この(戦闘以外では)優柔不断な少年に今すぐ決めろと言われても、決められる訳がない。
 しかし、その沈黙が、瑠璃に誤解を招いた。
「・・・選ばれるのですね。私より――十年以上の付き合いのある私より、ついこの前会ったようなあの方々を選ばれるのですね。翔輝様は」
「それはその・・・」
 瑠璃は微動だせずに翔輝を見詰める。が、翔輝が答えずに無言のままでいると、それをさらに誤解する。
「そうですの・・・翔輝様はもう、もう私の事など嫌いになったのですね」
「え? ち、違うよ!」
 急いで否定するが、一度走り出した瑠璃の悲しき想いは止まらない。
「私はずっと翔輝様をお慕いしておりましたのに・・・なのに翔輝様は・・・私を捨てて・・・あの方々の方がいいと言うのですわね・・・」
「ち、違う! 瑠璃聞いてよ!」
「聞きたくありませんわ!」
 瑠璃は悲鳴を上げる。そんな追い詰められた瑠璃を見て、翔輝は何も言えなくなる。
 しばらく瑠璃は翔輝を睨み付けていたが、だんだんと表情を暗くし、瞳からぽろぽろと涙を流す。
「・・・私の願いは、翔輝様の幸せです。それが翔輝様の決めた事ならば、私は止めません。どうぞあの方々の所に行ってください。そして、翔輝様のお決めになった道をお行きください。私は翔輝様の幸せを願っています」
 そこで瑠璃は立ち上がった。ふらふらと脱力し切った身体を引きずり、翔輝から少し距離を取ると、泣きながら言う。
「もう・・・私はお払い箱ですわね・・・翔輝様の迷惑にならないよう・・・もう近づかないようにしますわ・・・だから・・・翔輝様も・・・もうここには来ないでください・・・これが二人の幸せなら――絶交しましょう」
 もう、我慢できなかった。
 翔輝は走り出し、瑠璃の小さな身体を強く抱き締めた。
「しょ、翔輝様・・・?」
 呆然とする瑠璃を翔輝は嗚咽交じりの声で言う。
「お前を嫌いになる訳・・・ないだろ。お前は僕の大事な家族なんだぞ・・・それを嫌いになるなんて、そんなの、そんなの絶対にないから・・・信じてよ」
「翔輝様・・・」
「でも、わかってくれ。お前と同じくらい、僕は彼女達も大切な家族だと思ってる。彼女達は激戦の中、多くの姉や妹、仲間を失って戦い続けている。そんな彼女達の力になりたくて、僕は彼女達の傍にいたいんだ。だから、今はまだ、あいつらから離れられないんだ。わかってくれ・・・ッ!」
 翔輝の必死な叫びが届いたのか、瑠璃は沈黙したまま翔輝の手から離れ、そっと部屋を出て行ってしまった。部屋を出る寸前、瑠璃は翔輝の方を一度だけ見て、小さな笑顔を浮かべ、
「やっぱり、翔輝様はお優しいのですわね。だから、ずっとお慕いし申し上げていたんです」
 そう言い残して、瑠璃は去って行った。
 一人残された翔輝は、仰向けに倒れ、しばらく天井を見詰めていたが、そのまま眠ってしまった。疲れが出たのだ。
 しばらくし、瑠璃が戻って来た頃にはもう夢の中。瑠璃はそんな翔輝に寄り添うようにして横になり、そのまま彼女も寝てしまった。
 気持ち良さそうに眠っている二人に、神鳴はそっと毛布を掛けてやった。

 一方、終始落ち着かない様子で部屋をうろうろしているのは大和だ。翔輝が心配なのだ。しかしそれは大和だけではない。陸奥はもじもじとしているし、伊勢はずっとそわそわしている。長門も少し不安そうな顔をしている中、山城は依然無表情を貫いて、武蔵は無表情のまま資料を見ていた。
「中尉。戻って来てくれるでしょうか・・・」
 いつになく弱気な大和を、陸奥が一喝する。
「大和ちゃん! あなたがそんな弱気でどうするのよ!」
「で、でも・・・」
「でもじゃない!」
「ちょいと陸奥。いら立ってるからやってそないに大和はんに当たらんでも・・・」
「そんな事ないわよ!」
 伊勢の言葉を跳ね除けて陸奥は叫ぶ。そんな陸奥を姉である長門がなだめる。そんな光景を金剛はくだらなそうに見詰めている。
「でも、本当に戻って来るのかな?」
 日向の言葉に、再び場は沈黙する。
「あの瑠璃って子かなり強引そうだからね。あの中尉で抗えるかな」
 日向の意見はもっともだった。日頃の彼を見ればそのような心配をするのは至極当然だ。
「大丈夫です! 中尉はやる時はやる方ですから!」
 どこからそんな根拠のない自信が湧いて来るのか不思議な陸奥。
「そうそう。長谷川君ならきっと大丈夫よ」
 陸奥の意見に賛同し、それを援護する長門。そんな二人の意見に希望を抱く他数名。
「まぁ、今の俺らにできるのは待つ事だけだ。あいつが戻って来るのを」
 意外と落ち着いている榛名。そんな榛名をまたあの女がからかう。
「あら、恋する乙女は愛する人を信じて待ち続けるのね。愛があればこそできるのよね。うらやましいわぁ」
「だからッ! 俺は別にあいつをそんなふうには――」
「あらあら、顔真っ赤よ」
「うっるせえええええぇぇぇぇぇッ!」
 再び恐怖の鬼ごっこが開始され、一同しばしそれを観戦する事にした。
 その時、榛名がへばったところでドアがノックされ、「失礼します」というか細い声がし、部屋の中に一人の水兵の少女が入って来た。前髪が少し長く、瞳を隠したような出で立ちは彼女達独特の特徴だ。彼女の名は伊号第二五潜水艦。潜水艦『伊‐二五』の艦魂であり、極上幹部会隠密部の副部長をしている。そんな彼女は潜水艦艦魂の中では特異な存在で、潜水艦の中でも五本の指に入る英雄である。
 彼女は大和や翔鶴、瑞鶴とほぼ同時期に生まれ、当時の日本潜水艦技術の結晶であった。そんな彼女が英雄扱いされるのには理由がある。
 ――彼女はアメリカ本土を唯一空襲した潜水艦なのだ。
 日本の潜水艦は他国の潜水艦と違って水上機を搭載し、策的範囲を飛躍的に向上させ、敵艦を発見するとすぐに攻撃に転ずる戦法を使用していた。
 この『伊‐二五』はその偵察機である水上機に爆弾を装備し、それを使用してアメリカ本土に空爆をしたのだ。
 『伊‐二五』はその戦法で二度アメリカ本土を空襲し、アメリカ国民を畏怖させた。彼女こそまさに日本潜水艦の英雄なのだ。
 しかし、彼女はそれを「私達潜水艦の定義は敵艦を酸素魚雷で撃沈する事にあります。ですので、自分の定義を大きく逸脱したその作戦で英雄と言われても嬉しくありません。潜水艦なら潜水艦らしく、敵艦の撃沈数で英雄になりたいです」と言いっている。潜水艦の子にしては意思の強い女の子だ。
「あ、空水そらみずちゃん」
 日向が嬉しそうに手を振る。ちなみにこの《空水》の名の由縁とは『敵国本土を《空》爆した唯一の潜《水》艦』の略である。さすが日向、無理にでもかわいい名前を潜水艦達に付けたがる。
「あの・・・日向さん。その呼び方はやめてくださいと何度も言っているのですが・・・」
「えー、だってかわいいじゃん」
「そ、そういう問題では・・・」
 見た感じ他の潜水艦の子とほとんど変わりはなく、ひ弱そうな感じがする。そんな伊‐二五は日向に絡まれて困ったような顔をしていた。
「こら日向。あんまり空水ちゃんをからかっちゃあかんよ」
「えー、つまんなーい」
「あ、あのだから私は空水では――」
 必死に自分の名前の訂正を主張するが、そのか細い声は伊勢と日向の言い合いの声の中に消えてしまう。このままでは話が進みそうにないが、そこに助け舟が渡された。
「・・・で、どうしたの?」
 武蔵が資料を見ながらいうと、伊‐二五は持っていた書類を渡した。
「これ、その、あの・・・アッツ島の守備隊の報告書・・・です」
 小さな声で説明するが、武蔵の表情のない顔に怯えて声が震えている。
「そ、それで、こ、このままでは全滅の恐れも、その・・・」
「・・・もっとわかりやすく言って」
「は、はい・・・ッ!」
「・・・守備隊の被害は?」
「え、えっとですね、その、えっと・・・」
「・・・もういい。自分で確認する」
「す、すみません・・・ッ!」
 ぺこぺこと何度も頭を下げる。そんな彼女を武蔵は別段気にした様子もなく書類を読み始めた。
 武蔵を邪魔しちゃいけないと、伊‐二五はそっと離れた。その時、いつになく元気のない大和に気が付いた。
「あ、あの、大和長官どうしたんですか?」
 伊‐二五はこの中でも最も接しやすそうな長門に声を掛けた。すると長門苦笑いしながら答える。
「ちょっとね。長谷川翔輝航海中尉って知ってる?」
「あ、はい。私達の中でも人気の方ですから」
「そういえばそうね。その彼が今陸に上がってるんだけど、もしかしたらもう戻って来ないかもしれないのよ」
「そうなんですか。それは困りましたね。あの人は私達潜水艦の中でも人気のある方ですから」
 伊‐二五が残念そうに言うと、陸奥が取っ付きかかる。
「中尉は必ず戻って来ます!」
「は、はい・・・ッ!」
 陸奥の迫力に負け、伊‐二五は怯えながら何度もうなずいた。その時、
「陸奥さん。あんまり怖がらせちゃダメですよ」
 今まで沈黙していた大和が陸奥を注意する。それに対し、落ち着いた陸奥は申し訳なさそうに謝った。
「あ、あの、私はこれで失礼します」
「あ、うん。ありがとう」
「じゃあね空水ちゃん!」
「・・・はぁ」
 伊‐二五は静かに部屋を出て行った。
 一方、伊‐二五にため息をされて不思議そうな顔をしている日向。
「ねぇお姉ちゃん。どうして空水ちゃんはため息したの?」
「あんたの胸に手を当てて聞いてみんさい」
 日向は伊勢に言われたとおり胸に手を当てる。そして、
「き〜み〜が〜世〜は〜♪」
「あんたはサッカー日本代表か!」
「えへ、ちょっとやってみたかったんだ」
「今ここでやるか? 普通」
「変かな?」
「おかしいやろ。タイミングがガタガタ」
「えー、でも先手必勝って言葉があるし」
「おかしいから。その言葉のこの状況は明らかに違うから」
「そっかな?」
「そうや」
 伊勢と日向の漫才を、大和はため息交じりで見詰めていた。そんな元気のない大和を、遠くから武蔵は見ていた。そして、自分の付けている腕時計を愛しそうに見詰める。それは翔輝の誕生日に翔輝と交換という形でもらった腕時計だ。
「・・・翔輝」
 武蔵は静かにつぶやいた。その声は隣にいた山城に聞こえた。だが、山城は軍帽を深く被るだけだった。
「お姉様。少し頭を冷やして来ます」
 長門の返事も聞かす、陸奥は消えた。次の瞬間、彼女は『陸奥』の艦橋にいた。
 艦橋に人気はない。どうやら艦長達は別の所に行っているらしい。
 窓から見えるのは一面壁の世界。甲板では多くの整備員達が走り回って作業をしていた。
 陸奥は司令席に座る。どの椅子よりも柔らかく、高級な椅子である事がわかる。そんな椅子に座り、陸奥はため息をつく。
(もし、もし本当に中尉が戻って来なかったら・・・どうしよう・・・)
 陸奥は翔輝が帰って来る事を信じている――いや、信じたいのだ。
 好きだから。本当に好きだから、傍にいてほしい。だから、戻って来てほしい。大和や武蔵のように、もっと自然に翔輝に触れたい。だから、その時間を得る為にも、必ず戻って来てほしい。
 陸奥はただ信じる事しかできなかった。だから、信じる。ただ、それだけだった・・・

 夜。夕食を瑠璃の両親と一緒に取り、翔輝は今《桜の間》にいた。ラフな軽装でリラックスしていると、胸に下げている翔香のペンダントに目が行った。
「翔香・・・」
 翔輝はペンダントを強く握った。その時、寝巻に着替えた瑠璃が「失礼します」と言って部屋の中に入って来た。
「翔輝様。夜伽に参りました」
 しつこいようだが、彼女が言っている夜伽とは変な意味ではなく、あくまで辞書的な意味で使っている。
 翔輝は瑠璃を見るとため息をする。
「またか、もうそろそろ別々の部屋に寝ないか? もう添い寝なんていう年でもないでしょ?」
「そういう訳にはいきませんわ。私の数少ない楽しみの一つですのよ? それをむざむざ放棄なんてできませんわ」
「頼むから放棄してくれよ。恥ずかしいんだよ」
「え? 何か言いましたか?」
「・・・いや、何でもない」
 恥ずかしいのは事実だが、武蔵と隼鷹とは寝ている。それは別にするところが彼の抜けているところである。
 瑠璃は翔輝の入っている布団に潜り、いつものように布団の中で翔輝に抱き付く。
「あのさ、せめて抱き付くのだけはやめない?」
「嫌ですわ。こうすれば翔輝様をもっと近くで感じられるんですもの」
「うわッ!」
 瑠璃はさらに強く抱き付いて来た。前回一緒に寝た時より確かに女らしくなっている。その、何だ、胸が少し・・・
「どうされたのですか翔輝様。お顔が赤いようですが」
「な、何でもない!」
 翔輝は瑠璃とは反対方向を向く。その異様な態度に瑠璃は首を傾げたが、少し考え、すぐに察した。すると、瑠璃の優しげな笑みはいやらしい笑みに変わる。
「何ですか翔輝様? 私が大人の女の魅力を持っているから照れてるのですか?」
「ば、バカ! 違うよ!」
「照れなくても結構ですわ。発情しちゃいますの?」
「するかッ!」
 顔を真っ赤にして怒る翔輝を無視し、瑠璃は続ける。
「私はいつでも歓迎ですわ。いつでも襲ってください。盛りの付いたオス猫のように飛び付いていいのですわよ」
 ほんのりと頬を赤らめながら言う瑠璃に、翔輝は悲鳴に近い声を上げる。
「するかボケッ!」
 少年の声は天高く響いた。
 結局、その夜は変に意識してしまい、翔輝は一睡もできなかった。

 一方、夜中の呉では皆寝静まっていた。大和達も翔輝が心配でなかなか寝付けなかったが、しばらくするとみんな夢の中にいた。しかし、一人だけ日付が変わっても眠らずに起きている者がいた。
 戦艦『武蔵』の防空指揮所でに一人で星空を見上げている小さな少女がいた――武蔵だ。
 『武蔵』の入っているこの船渠は天窓があって星空が見える。
 久しぶりに見た日本の星空は南国とはまた違った輝きを放っている。日本の天の川は他と違って輝きの質が違う。暗闇の空を彩り、煌いている。しかし、そんな事は彼女には全くの無縁だった。彼女が思っているのは翔輝の事、ただ、それだけだった。
「・・・翔輝」
 武蔵は静かにつぶやいた。その表情はいつもの無表情ではなく、どこか寂しげなものだった。
「・・・翔輝。早く、帰って来て」
 昼間はああ言ったが、実は大和と同じくらい――それ以上に翔輝を心配していた。信じているが、どこか心配があるのは変えられない。瑠璃の強引さを見れば流されやすい翔輝が抗えるかどうか・・・
 武蔵は首を横にふるふると振る。
「・・・大丈夫。必ず翔輝は帰って来る・・・必ず」
 武蔵は月を見る。金色に輝くそれを、彼も見ていてくれているのか、
「・・・こんなに月のきれいな夜なのに」
 武蔵はそのまま月を見続けた。
 結局、武蔵は寝ようとはせず、一睡もできなかった。







ネット小説ランキング>歴史部門>「艦魂年代史 恋する乙女は大艦巨砲主義」に投票
投票していただけると僕もがんばれます!(月一回です)





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう