第八章 第十三節 燃え盛る瑠璃の灼熱逆鱗
五月二一日、戦艦部隊は各艦それぞれ無事に呉海軍工廠に入渠した。
戦艦『大和』も生まれ故郷である第四船渠に入渠。整備作業の為に残った兵達も次々に退艦していった。ただし、艦の長である艦長は艦に残らなければならない。その他参謀長や航海長、通信長、砲術長等のそれぞれの科の長も残る。その為に艦橋には艦を降りていく兵達を見送っている松田達が残っている。
一方、甲板ではアタッシュケースを持った翔輝を見送る為に多くの艦魂が集まっていた。
「今回は何日くらい休暇なの?」
「二泊三日って所ですね」
長門の質問に翔輝は正直に答えた。翔輝の返答に長門は少し驚いた。
「三日だけ? 私の所の航海士達は一週間くらい休みを取ってるのに」
「あまり陸の上に長居するきはありませんし、大和に心配かけたくありませんからね」
翔輝は大和を見ながら笑顔で言った。翔輝の言葉に長門が大和を見詰めると、大和はうつむいているが頬がほんのり赤くなっていた。
「あらあら、優しいのね長谷川君。でもたまには自分のわがままを通してもいいと思うけどな」
「別にいいですよ。陸に上がったら何にもできない男ですからね」
「そんな事ないと思うけど」
長門は小さく微笑んだ。
長門との会話を終わらせ、翔輝は他の戦艦達の方にも声を掛けた。
「それじゃ、ちょっと行ってくるよ」
「ふん、行くなら勝手に行け。羽目を外し過ぎんなよ」
「・・・な、何? その無責任な見送り」
「お前がどうなろうと知ったこっちゃねぇって事だ」
榛名は不機嫌そうに翔輝に罵声を飛ばす。翔輝はそんな榛名に態度に苦笑いするが、長門はニヤニヤと笑う。
「あらあら、素直じゃないんだから」
「な、何だよ?」
榛名はニヤニヤと笑みを浮かべる長門を睨む。
「本当は離れたくないんでしょ? 素直に言っちゃいなさいよ」
「うっるせえええええぇぇぇぇぇッ!」
顔を真っ赤にして軍刀を振り回して追い掛ける榛名を笑いながら紙一重で回避しながら逃げる長門。相変わらず頼りなさそうだがものすごい力を秘めている人だ。
そんな二人を苦笑いしながら見ている一同。
「ほんま、えらい過激な鬼ごっこやね」
「お姉様。最近榛名さんをからかうのが楽しいらしいの」
「はた迷惑な楽しみ方やね」
呆れる陸奥と伊勢。そこから少し離れた所には「まったく、何をやっているんだ」とため息混じりで自分の妹の痴態を見て呆れている金剛がいる。
その反対側には日向に絡まれて少し不機嫌そうな顔をしている山城がいる。どことなくその顔は嬉しそうにも見える。そんな二人の横では伊勢に襲い掛かるチャンスを見定めている扶桑がいる。
多くの女の子に見送られるとはうらやましい限りだが、彼はそういう事は鈍感なので残念(?)である。
「・・・翔輝」
「武蔵?」
いつの間にか翔輝の横には無表情が第一印象の少女――武蔵がぽつんと立っていた。しかも、
「何で手繋いでるの?」
これまたいつの間にか翔輝の手が武蔵の手に掴まれていた。彼女の手は女の子らしい柔らかくて温かい手だった。
翔輝に理由を聞かれると、武蔵は少しうつむいて、
「・・・別に」
二文字で返された。相変わらず口数が極端に少ない子だ。
「まぁ、別にいいんだけど」
翔輝自身も女の子に手を握られるのは悪い気はしない。だが、
「あッ! 武蔵! 何勝手に中尉と手を繋いでるの!」
大和に発見され、それに呼応して陸奥と伊勢も加わっていきなり三人は翔輝に抱き付いた。
「お、お前ら!」
「中尉は渡さないです!」
「それはこっちのセリフよ!」
「うちやって渡さへんから!」
「・・・同感」
四人の女の子に構われるという男の夢とも言うべき状況の中、翔輝はバランスを保つのが精一杯だった。もったいないと言うか何と言うか。
いつものように翔輝の取り合いが始まった。その時、
「こ、困ります!」
突然響いた声に五人の動きは止まり、艦魂達も会話を中断した。
「な、何だ?」
翔輝が周りを見ると、兵達や整備員達が下を見ていた。翔輝も同じく下を見る。それに合わせて艦魂達ももめている方向を見る。そこには・・・
「瑠璃様! ここは一般人は立ち入り禁止です!」
整備長と思われる中年の男が高そうな着物を着こなす少女に注意していた。だが、なぜかすごく低姿勢なのが気になる。
少女は不機嫌そうな顔で整備長を睨み付ける。
「私の父はこの海軍工廠に資金提供をしているスポンサーですわ。その娘を一般人扱いするなんて、所長に言いつけますわよ」
「そ、それはご勘弁を。でもですね」
「私に逆らうつもりですの?」
その返答許さぬ声に、整備長は沈黙する。
少女は不機嫌そうに整備長を一瞥すると、巨大な艦体を威風堂々と輝かせている戦艦『大和』を一変して優しげな瞳で見詰める。その優しげな表情はずいぶん大人らしくなったが、いまだに幼い少女の面影を残している。
「瑠璃?」
翔輝は驚いた顔で少女を見詰める。
「あれが瑠璃さんですか?」
大和が親の仇のような目で少女を見詰める。他の艦魂も翔輝の幼なじみとわかると凝視する。
少女の名は――霞瑠璃。広島県を本拠地に日本でも有数の大金持ちの貴族の娘である。そして、今は亡き翔香の親友であり、翔輝の幼なじみでもある。
「瑠璃!」
翔輝が大声で声を掛けると、瑠璃はビクリと震え、恐る恐る上を見上げる――そこで、二人は約一年ぶり二人は再会した。
瞳と瞳が重なり、お互いを見詰め合う。
しばらくお互い何も言わずに見詰め合っていたが、瑠璃の顔に満面の笑みが華やいだ。
「翔輝様!」
瑠璃はいきなり走り出してラッタルを上り出した。慣れないラッタルを動きづらい着物で駆け上がるとはこの少女も只者ではない。
「瑠璃!」
急いで翔輝もラッタルに向かって走り出した。そんな彼を追う者は誰もいなかった。大和も、ただ見詰める事しかできなかった。
翔輝がラッタル付近に到着した時にはもう、瑠璃はラッタルを上り切っていた。素人とは思えない速さである。
日本海軍には軍艦に女を乗せてはならないという規則があるのだが、誰も注意しなかった。誰が好き好んで自分の首が飛ぶようなマネをするものか。
距離にして五メートル。今までは三〇〇〇キロ以上離れていた二人の距離が、今はわずか五メートルにまで縮まっていた。手を伸ばせば触れられる。そんな短い距離にまで・・・
「瑠璃・・・」
「翔輝様・・・」
お互いの小さな声までが聴こえる。そんな短い距離。
日本列島の長さに匹敵する距離――これは今までの物理的距離。
一年という長い時間――これは会えなくなった時間という距離。
それが今、五メートルというわずかな距離。触れるまで数秒もかからない時間の距離。そこまで近くなったのだ。
きれいな着物を着こなす瑠璃は沈黙したままだった。が、そのつぶらな瞳からはぽろぽろと涙が溢れ出ていた。
「瑠璃・・・」
翔輝も呆然と立ち尽くしていた。
二人は一歩も動かない。ただ、見詰め合うだけ。だが、それも終わった。
「翔輝様!」
瑠璃は駆け出し、一瞬で翔輝の胸に飛び込んだ。懐かしい感触、匂い、声、全てが今目の前にある。
胸の中で泣いている幼なじみを、翔輝は強く抱き締めた。
「瑠璃。久しぶり。元気だったか?」
返事はなかった。返って来たのは泣き声だけだった。嗚咽交じりのその声は、記憶よりも少し大人っぽかった。
「翔輝様! 私、私・・・ずっと会いたかったですわ!」
「僕もだよ。それなのに・・・ごめんね。ずっと会えなくて」
「翔輝様・・・ッ!」
二人の抱き合う様子を、兵達も微笑んで見詰めていた。
艦魂達も嬉しそうにしている者、感動して泣いている者、呆然と立ち尽くしている者、そして、不機嫌そうに見詰めている者。皆それぞれだった。
大和は最後の不機嫌そうに見詰めているである。大和だけではない。陸奥や伊勢、武蔵、(なぜか)榛名達もである。金剛は別の意味で不機嫌(軍規違反をしているから)だった。
しばらく泣いていた瑠璃もようやく落ち着きを取り戻した。
「翔輝様・・・ひゃッ!」
正気を取り戻すと、自分が今している行動に驚き、赤面する。急いで翔輝から離れ、息を整える。そして、冷静さを取り戻すと、着物を優雅に揺らして翔輝の前で会釈する。
「お帰りなさいませ。翔輝様」
静かに響いたその声に、翔輝も優しい声で返す。
「あぁ、ただいま。瑠璃」
翔輝はそっと瑠璃の頭を撫でてやった。瑠璃も大好きな頭撫で。瑠璃はとても嬉しそうな笑みで翔輝を見上げる。
なんとも微笑ましい光景。こんな二人を祝福するのは至極当然・・・
「いつまでやってるんでしょうか?」
大和は感情のない氷のように冷たい視線を向けている。それは大和だけではない。陸奥や伊勢、武蔵に榛名といったメンバーもだ。
「あらあら・・・」
長門も苦笑いしかできない。この状況、さすがの長門でも対処不能である。
少し離れた所にいる山城もどこか不機嫌そうである。そんな山城に扶桑が「何よ何よ。焼いちゃってるの?」とひやかすと、必殺のパイルドライバーが炸裂した。
その間、翔輝と瑠璃は春の風のように朗らかな空気が漂っていた。どちらかというと甘い香りか、桃色の空気に近い気がする。
瑠璃は嬉しそうに翔輝を見詰めていたが、しばらくすると『大和』を見るようになっていた。世界最大最強の不沈戦艦をこの目で見ようという気持ちなのだろう。天高くそびえ立つ艦橋、どんな敵艦をも粉砕する巨大な主砲、そして・・・
「・・・ッ!」
そこで瑠璃の表情に変化が起きた。だがそれは、とても変化なんていうレベルではない。《豹変》という言葉が当てはまった。そして、急速に瑠璃の顔から笑顔が消え、冷たい無表情の仮面に変わる。
突然の瑠璃の変化に驚く翔輝。一体何が起きたのかと瑠璃の視線を追うと、そこには、
「なッ!」
そこには、大和が立っていた。大和は翔輝の視線に気づくと、ぷいっとそっぽを向く。が、突如襲ったすさまじい視線に振り返った瞬間、二つの視線がぶつかった。
瑠璃の放つ絶対零度の視線が、大和の心まで凍らすような勢いで照射されていた。
身震いする大和。
瑠璃はそのまま他の艦魂達をも見詰める――もはや睨み付けるの方が該当される。
艦魂達は瑠璃のすさまじく冷たい瞳で見られ、真っ青になって半歩引く。
そして、真っ青になっているのは艦魂達だけではなかった。
「ま、まさか・・・ッ!」
血の気の引いた顔で震え声を上げる翔輝。彼は今恐るべき最悪な予想を感じていた。
まさか、そんな事が・・・ッ! ありえない、ありえないッ! もし本当なら、そんな、そんな・・・ッ!
翔輝は心の中で悲鳴を上げる。
「翔輝様」
「ひぃッ!」
恐ろしく低く、ダークなオーラを放つ声が瑠璃の口から出た。そこにはいつも笑顔の絶えない少女はいなかった。いたのは、絶対零度の視線を放ち、体中から黒いオーラを放っている妖女だった。
翔輝のすさまじい怯えぶりに大和達にも戦慄が走る。
瑠璃は恐ろしく低く、小さな、しかし聞き取るには十分過ぎるほどの凛とした声で、正気に問う。
「あの女の方々は、どういった方々ですの?」
予感は・・・最悪の形で命中した。
瑠璃は、艦魂が見えたのだ・・・
場面は変わって、ここは戦艦『大和』第三会議室。艦魂達が会議や祝いを行う主な場所である。いつもは緊張した空気か楽しい空気に包まれるここで、今日は別の意味での緊張と北極や南極よりも寒い空気が漂っていた。
ちなみに、なぜここが使えたかというと、瑠璃が艦長にお願い・・・と言うか脅迫をして借りたのだ。脅迫と言っても脅すような事を言ったのではなく、この絶対零度の視線を向けただけである。大の大人が根負けするほどの視線。逆らいたくないと誰もが思い、満場一致で貸してくれたのだ。
部屋の中央に置かれている長方形のテーブル。その短い方の辺に翔輝が一人で座り、長い方の辺に瑠璃が、もう一方の辺に艦魂達が座っていた。
艦魂達は大和、武蔵、長門、陸奥、伊勢、日向、山城、榛名の計八名だった。金剛は「くだらん」と言って去り、扶桑は「私がいると余計こんがらがるでしょ? だから戦略的撤退をするわね。決して逃げる訳じゃないのよ」と言い訳して逃げ、結果がこの八名という訳だ。
瑠璃はたった一人で八人の艦魂に牽制及び威嚇の絶対零度の視線を放つ灯台になっていた。照らされる大和達は震えるばかり。さすがの長門も今は笑っていない。
一方、そんな壮絶な攻撃範囲から外れている翔輝も、その余波を食らって震えていた。
この関ヶ原みたいなものすごく緊迫した雰囲気が漂う空間。いつ開戦してもおかしくない状況である。
「・・・」
「・・・」
『・・・』
十人全員が沈黙している。この黙秘戦は永久に続くのかと思われたが、それは突然破られた。
「――それで」
腕を組んで沈黙していた瑠璃がゆっくりと口を開いた。
「もう一度聞きますが、あなた方は一体何者なのですか? 私のように海軍の重要な関係者のようではありませんし、それにどうして軍艦に平然と乗ってられるんですの?」
「そ、それは・・・」
翔輝が恐る恐る挙手し、おどおどと説明を始めた。
彼女達は人間ではなく艦魂という者なのだと。普通の人には見えない事、そして、大事な仲間だという事。
翔輝の説明+弁解は約三〇分にも及んだ。
翔輝の話に驚いたり意見する事なく瑠璃は聞いていた。そんな事通常の彼女では絶対にありえない事である。
説明を終えても、瑠璃は沈黙したままだった。数分後、ようやく瑠璃は固く閉ざされていた口を開いた。
「なるほど、つまりは艦の魂。精霊のようなものものですわね。本当なら信じませんが、翔輝様が言う事にうそはありえません。信じましょう」
「瑠璃・・・」
翔輝の顔に笑顔が戻る。
「しかし」
瑠璃の表情には変化が起きず、翔輝も再び笑顔が消える。
「もう一つの質問に答えてもらってません。あなた方は、翔輝様の何なんですの?」
「や、だからそれは・・・」
さっきした説明をもう一度しようとして、
「この方々が艦魂であり、翔輝様の大事なご友人というのはわかりました。しかしそれだけではないと思いますが」
ぴしゃりと遮られた。
「そんなごまかしは必要ありませんわ。私が訊いているのは、この方々が翔輝様と具体的にどのようなご関係なのかという事。その一点に尽きますわ」
「そ、そんな事言われても・・・」
翔輝自身は大事な仲間だとしか認識していない。それを具体的に説明しろと言われても無理な話だ。しかも、下手な事を言えば瑠璃の逆鱗に触れ、あの鉄をも凍らせて砕く視線で粉砕されるのがオチだ。
「さぁ、お答えください。この方々は何者なのですの?」
うさんくさいものでも見るかのようにぐるりと大和達を見回す。
で、それに対する彼女達の返答は、
「わ、私は中尉を大切に想っている者です。それ以上でもそれ以下でもありません(本当はもっと上を目指したいんですが)」
「・・・私は翔輝の親友と言うべきもの(今現在友達以上恋人未満というレベルだが、いつか正式なものになる)」
「私は長谷川君の保護者かな?(と言うより傍観者?)」
「私は中尉の傍で常日頃お世話になっている者です(本当は恋人志望なんですけど)」
「うちも陸奥と同じどす(恋人ってええたいけど、そこまでは発展しておらんし)」
「私は中尉のお友達だよ!」
「私と航海士はあまり関係はない。ただの知り合いだ」
「腐れ縁だよ。別にこいつとどうとかはねぇよ」
との返答だった。
「なるほど。前半の方々の心の声が気になりますが、今のところはまだそのような関係なんですのね」
少しトゲのあるような言い方に大和達はムッとする。
「ただのご友人という訳ですね。それなら問題ありませんわ。先程のご無礼は謝罪しますわ」
ここでようやく緊張が解けた。瑠璃の顔にほんのりと笑みが浮かんだのだ。それに呼応して翔輝や大和達にも自然と微かな笑みが浮かぶ。が、
「でも、一つだけ言っておく事があります。何人か危険な思考を持っている人がいるみたいですからね」
瑠璃から再び笑顔が消える。真剣な瞳で大和達を睨む。大和達も瑠璃を見詰める。そして、瑠璃は大和達に向かって言い放った。
「翔輝様の恋人は私一人で十分ですわ。それを踏まえて翔輝様に勝手に手を出す事だけはやめていただきますわ」
『なッ!?』
すさまじい戦慄が走った。瑠璃の言葉は電撃となって大和達の心を見事に貫いたのだ。
恐ろしいくらい深い沈黙が舞い降りた。誰もが息をするのもやめたくなるほどの緊張、そして衝撃。その先陣を切るのは並大抵の力ではできない。または、よほどの無策無謀な奴だけ・・・
「ど、どういう事ですか!」
いた! ここに無策無謀な人物が!
大和はついにその鋭利な牙を瑠璃に向けた。そのあまりの後先考えない行動に唖然とする者もいたが、ほとんどがそれに呼応して反撃を開始した。
「そ、そうですよ! いきなり藪から棒にそんな事言って!」
「いくら長谷川はんの幼なじみやからって許さへんから!」
「そうだそうだ!」
「こんなクズはどうでもいいけど、テメェのその態度が気に食わねぇっ!」
八人中五人が反撃を開始する。いきなり五人も敵に回したというのに瑠璃は至って平然としている。予想の範囲内なのだろうか。
「私は翔輝様の身の安全と生活環境の改善の為に言ってるんです。このままでは翔輝様はダメになってしまいます。あなた方といても、翔輝様にいい事は一つもありません。百害あって一利なしですわ」
「な、何でそんな事が言えるんですか!」
大和が食い付くのを待っていたかのように、瑠璃はハッキリと答えた。
「あなた達のような人外の存在は、翔輝様と交わるのはハッキリ言って迷惑だと言っているのです」
その言葉で、大和達は沈黙した。
――人外の存在。
それはつまり、大和達が人間でないという事だ。確かに彼女達は艦魂であって人間ではない。それは事実である。しかし・・・
「あなた方は人ではありません。人外の存在である艦魂。所詮は私や翔輝様とは根本的に住む世界が違う異端者達ですわ。そんなあなた達は――」
「瑠璃!」
すさまじい怒気を秘めた怒号が響いた。その声の主は――翔輝だった。
さすがに黙って聞いていられなかった。
瑠璃自身も悪気はないだろうが・・・それでもその言葉は見過ごせない。
翔輝の大声に、瑠璃は信じられないものを見るかのように翔輝を見た。
「しょ、翔輝様――?」
「そういう事、言うなよ。人じゃないとか、異端とか・・・」
例え人間じゃなくても大和達は大和達だ。その事で彼女達の事を違う目で見る事だけは、翔輝はしたくない。瑠璃ににもしてほしくないと思っている。
「それに、大和達と一緒にいていい事がないっていうのは、絶対違う」
それだけはハッキリと言える。
みんなと――大和達や瑞鶴達、今はもういない赤城達や霧島と一緒にいたこの一年半。一緒に笑って、一緒に過ごし、一緒に戦った――それは翔輝にとってかけがえのない時間だったし、これからもそうだと思う。
「確かに大和達は人間じゃない。それは事実だ。でも、だからと言ってもそういうふうに言うのはやめてくれないか。彼女達みんな、僕の大切な仲間なんだから」
「「中尉・・・」」
「長谷川はん・・・」
「・・・翔輝・・・」
大和達は翔輝の言葉に心から感謝した。
場の流れが変わった。明らかに翔輝が大和達に加勢したのだ。それを理解すると、瑠璃の表情に変化が起きた。
「翔輝様。わ、私は別に・・・」
明らかに瑠璃は動揺していた。先程までの威圧感は完全に消え、年齢相応の少女の表情に戻っていた。その表情は――混乱。
「しょ、翔輝様。その方々に加勢するのですか? そ、そんな事って・・・」
「何だよ? 長谷川がこっちに付いて動揺してんのか?」
「・・・ッ!」
榛名の言葉に瑠璃の表情に戦慄が走る。悔しそうに唇を噛む。そんな瑠璃の表情を見て、榛名は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「図星か。何だよ。長谷川のヤローがいねぇと何もできねぇのか? 情けねぇなお前」
「榛名。さすがの僕も怒るぞ」
翔輝の驚くほど低い声に、榛名は気まずそうに沈黙した。
完全に劣勢になってしまった瑠璃。だが、瑠璃も負けじと反撃をする。
「しょ、翔輝様は私の幼なじみです! なのにその私を見捨ててそちらに付かれるというのですの!?」
「い、いや、それは・・・」
「「中尉!」」
「長谷川はん!」
「・・・翔輝!」
再び翔輝は中立に戻った。それを確認すると、瑠璃は最終兵器の投入を決定した。それは・・・
「私は、翔輝様の許嫁ですのよ!」
「え?」
『何ですってえええええぇぇぇぇぇッ!』
驚愕する大和達。呆然としている翔輝。勝ち誇った笑みを浮かべる瑠璃。完全に三つに分かれた一同の中、瑠璃は再び大和達を劣勢に追い込み始めた。
「そ、それは本当ですか!?」
大和が翔輝に悲鳴に近い声で聞くと、全員が翔輝に注目した。戦場が急展開を迎えたのだ。
大和達の泣きそうな顔や怒り心頭の表情、呆然や特に変化なしの表情が翔輝に向けられる。そんな大和達に見詰められる翔輝の返答は、
「いや、それは違うでしょ?」
との事だった。
大和達は安堵の息を漏らす。が、今度は瑠璃が再び動揺し始めた。
「翔輝様! ち、違うというのはおかしいですわ! だって――」
「だって、そういう関係になる前に母さんが死んじゃったんだもん。その話もなくなったでしょ?」
翔輝の返答に、今度は大和達が再び動揺する。
「ど、どういう事ですか!? それじゃあまるで中尉のお母さんが亡くならなかったら許嫁になっていたみたいじゃないですか!」
「そうだけど」
大和は雷が落ちたかのような衝撃を受ける。それは他の艦魂も同じ状態だった。
大和達の異様な沈黙を無視し、翔輝は説明する。
「叔母さんが霞家に嫁いだのは前に言ったでしょ? その関係で僕と瑠璃を許嫁の関係にしようという動きがあったんだけど、母さんが病気で死んじゃって、その話はなくなったんだ。だから僕と瑠璃は別に――」
「その後お母様が亡き伯母様の無念を晴らす為に許嫁を成立させたのをご存じないんですか?」
「何ですとおおおおおぉぉぉぉぉッ!?」
翔輝は驚愕する。そんな大層大事な話は聞いた事がない。というか、当事者である翔輝が知らないのはおかしい。というか無念って何?
「あら、存じ上げてなかったんですね。お母様自分から言うとか言ってたのに、まったく忘れん坊なんですから」
くすくす笑う瑠璃。
「笑ってる場合か!」
ここで榛名が激怒し、その場で跳躍。一瞬にして翔輝の目の前に現れ、翔輝の胸倉をグイッと持ち上げる。
「テメェッ! んな大事な事何で教えなかった!」
混乱しているのか、榛名は翔輝がその事を知らなかったという事を完全に忘れているようだ。
「ちょ、ちょっと待って! 僕は知らなかったって言ってるでしょ!」
「うるせぇッ! そんな大事な事知らねぇはずがねぇだろうがッ!」
それはもっともな意見だ。だが翔輝は本当の本当に何も知らなかったのだ。こればかりはどうしようもない。さらに、
「中尉の浮気者!」
「へッ!?」
大和がすさまじい目で睨んでいた。その瞳にはたっぷりの涙が、
「中尉は軍艦という新しい世界に来て、許嫁の目が届かない所で私にちょっかい出そうとしてたんですね! だから私に近づいたんです! そうか、そうだったんですね! バレちゃって残念でしたね。もう私の事なんかなかった事にしたいですよね! そうすればいいじゃないですか! 勝手にしてください! 最低・・・最低です! もう二度と私に話し掛けないでください! この先一生放っておいてください! ・・・危うくだまされるところでした!」
自分の言葉で自分を傷つけ、大和は苦しげな表情で翔輝を睨む。だが、それは完全なる誤解だった。
「ちょ、ちょっと待って! 僕は別にそんなふうに思って――」
「近寄らないでください!」
大和の悲鳴に似た叫びに、翔輝は大和の方に伸ばした手を引っ込める。
部屋に今まで以上の気まずい雰囲気が流れた。そんな中、
「私としては、どうでもいい事だがな」
ここまでずっと沈黙していた山城が口を開いた。その言葉は沈黙した部屋に十分と響いていた。
「ど、どうでもいいとはどういう事ですか!?」
陸奥が山城を睨むが、山城は平然としている。
「どうという事ではない。航海士が今までそんなふうに邪な考えを持ってお前達に接していたと、本当に思えるのか?」
山城の言葉に大和は沈黙したままだ。それを確認し、山城は続ける。
「お前と武蔵のケンカの仲裁や、仲間を失った時に支えてくれたのも、全てうそだったと、本当に言い切れるのか?」
大和達は何も返さない。みんな本当はわかっているのだ、そんな事。翔輝がそんな人間ではないという事は。でも、
「でも、そんなのって・・・ッ!」
翔輝には許嫁がいたのは変えられようのない事実だ。だが、
「許嫁がいようといなかろうと、お前達の気持ちは変わらないだろう? それをぶつければいいじゃないか。状況が変わっても、お前達の気持ちが変わらない限りどんな壁を越えられるだろう」
「そ、それは・・・」
「大和。お前がそれでどうする。武蔵を見ろ。先程の会話に一切関わっていない。それは航海士を信じているからではないのか?」
山城の言葉に、全員の視線が武蔵に集まる。
武蔵は平然としていた。いつもと全く変わらない無表情で沈黙している。しばらくし、武蔵は翔輝を見詰めて言葉を発す。
「・・・私は翔輝の全てが好き。だから、別にまわりがどう変化しようと、長谷川翔輝という人間自体が変わらない限り、私は翔輝を信じる」
武蔵の言葉に、大和にもかすかに笑みがこぼれる。
「へッ、言ってくれるじゃねぇか」
榛名も不敵に笑う。
「そうよね。武蔵の言うとおり。長谷川君に許嫁がいようと、奪ってしまえば問題ないわよね。こういうのを、略奪婚って言うのよね」
長門の言葉にちょっと引っ掛かりがあるが、その意見自体にはみんな賛成だった。
誤解も解け、部屋にほがらかな雰囲気が流れる。
「ちょっと待ってですわ!」
その空気をぶち破って瑠璃が悲鳴を上げる。今のこの状況、瑠璃にとって見れば大ピンチである。
「あなた方がどうしようと、私と翔輝様に許嫁という関係がある以上、勝手な事はさせませんわ!」
「そんなの関係ありません! 私だって中尉に対する想いは真剣ですッ!」
「私だってそうよッ!」
「うちも同じや!」
真正面から激突するお互いの言い分。東西冷戦の如く睨み合う両陣営。一進一退の攻防の末が再び牽制し合う形になるとは、発展しないものである。
「と、ともかく! あなた方に勝手な事はさせませんわ! 翔輝様!」
「え? あ、何?」
瑠璃は突如正攻法を諦め、強行作戦に切り替えた。完全に聞き手になっていた翔輝の手を引っ張り、外へ連れて行こうとする。
「な、何をするつもりですか!?」
大和達も瑠璃の突然の行動に動揺する。
瑠璃は顔を真っ赤にして翔輝に抱き付く。刹那、衝撃と殺意の混じった空気が流れる。
「る、瑠璃? ど、どうしたの?」
「翔輝様には私のお屋敷に来てもらいます! そして、もう二度と軍艦に乗れないように海軍関係に霞家の財力的圧力を掛けますわ!」
『な、何ですとおおおおおぉぉぉぉぉッ!?』
翔輝と大和達の悲鳴が同調した。異口同音。
「ちょ、ちょっと待って! 僕は『大和』を降りたく――」
「安心してください。呉の鎮守府(海軍の根拠地として艦隊の後方を統轄した機関)に転勤してもらうだけですわ。そうすればいつでもお会いできますわ!」
「い、いや、だからといっていきなりそんな・・・」
「そうですよ! そんな勝手な事は絶対にさせません! 断固阻止です!」
「テメェッ! いい加減にしやがれ! 長谷川は絶対に渡さねぇからな!」
大和と榛名を基幹とした翔輝防衛連合が瑠璃の横暴な行動に反旗を翻す。
「勝手とは何ですの! 私は翔輝様の許嫁ですわ! それに、翔輝様の身の安全を守るのも私の役目。危険な前線にもう翔輝様を送りたくありません! それより、あなた方の近くに私の大切な翔輝様を安心して置いとく訳にはいきませんわ!」
瑠璃も負けじと反撃する。
真正面から激突する両軍。いつ開戦してもおかしくない状態である。このままでは確実に実力行使である武力行使――武力による衝突はまぬがれない。そんな状況を打破したのは、
「ちょ、ちょっと落ち着いてよみんな!」
今まで流されるだけ流されていた翔輝が両軍の仲介に当たった。瑠璃から離れ、両軍の間に入って戦いを止める。
「争いはダメだよ! 仲良くしてよ!」
どこのどいつのせいでここまで関係がこじれたと思ってるんだ! と翔輝以外の全員が思った。以心伝心。
「ともかく、どちらにしても僕は一旦休みで陸に上がるんだ。そこで瑠璃とゆっくり話し合うよ」
「で、ですが・・・ッ!」
大和は諦め切れない。ただでさえ場の流れに流されやすい翔輝である。もし瑠璃の言葉に言いくるめられて失敗すれば、もう二度と翔輝と会えなくなる。そんなのは絶対に嫌である。
大和の心配に気づいたのか、翔輝は優しい笑みを送る。
「大丈夫。なんやかんやでこいつとは十数年来の仲だ。そう簡単には負けないよ。安心して」
「中尉・・・」
翔輝はまだ興奮の冷めない瑠璃を刺激しないように迅速に行動した。
結局、ろくに見送りもできずに、翔輝と大和達はしばしの別れになってしまった。 |