第八章 第九節 武蔵の海軍大改造計画
翌日、新連合艦隊旗艦である武蔵が陣頭指揮をする第一回連合艦隊艦魂会議が開かれた。場所はもちろん『大和』の第三会議室だ。
部屋にはすでに多くの艦魂が集まっている。
士官艦魂はもちろん、いつもはあまりいない下士官や水兵の艦魂も何人か集まっていた。武蔵がそう命令したのだ。
そして、なぜかここに翔輝がいた。彼も武蔵に頼まれてここに来たのだ。
「まったく、なぜ部外者がこんなにもいるのだ」
艦魂達の聖域とも言っていい会議に翔輝はもちろん下士官や水兵がいるのが気にくわない金剛は不機嫌そうに吐き捨てる。
「まあまあ、あの子の事だから何か考えがあるのよ」
長門がそう言うと、金剛は「ふん」と鼻を鳴らして黙った。
「一体、何をするつもりなんでしょうか?」
前連合艦隊旗艦であり現在は連合艦隊艦魂司令部参謀長に就任した大和は不思議そうに翔輝を見る。
「さあね。でも、波乱のひとつやふたつはあるんじゃない?」
翔輝の言葉に、大和は「争い事はごめんです」とため息した。その時、ドアがゆっくりと開き、新連合艦隊旗艦――武蔵司令長官が入って来た。
敬礼しようと立ち上がる皆に「・・・そのままでいい」と言って敬礼を省略した。金剛はその行為に眉をひそめるが、それ以上何もしなかった。
武蔵は集まった一同を見回すと、早速最初の言葉を言う。
「・・・連合艦隊艦魂司令部は、今日をもって廃止する」
部屋が一瞬で凍りついた。
武蔵の言った言葉に、皆が愕然としたからだ。
「ちょ、ちょっと待って! そんないきなり無理よ!」
そう叫んだのは元連合艦隊旗艦にして現在は先任参謀となっている長門だ。
「そうよッ! 軍隊の頭をなくすなんて、そんなの無茶苦茶よ!」
参謀の一人である陸奥が悲鳴のような声で叫ぶ。
その他多くの者から反対意見が続出した。しかも、
「そんな横暴を認める訳にはいかんッ!」
竹刀を構えた金剛にさらに部屋は大混乱する。
だが、そんな皆を見回し、武蔵はわざとらしくため息する。
「・・・何も首脳部をなくす訳じゃない。ちゃんと代行組織を編成する」
その言葉に、一瞬で部屋は静かになった。
「ま、まあそれなら」「いいんじゃない?」「うん」「そうね」と皆がうなずく中、金剛は不機嫌そうに武蔵を睨む。長年の伝統を崩されたので怒っているのだろう。だが、武蔵の優秀さは彼女自身わかっているので、頭ごなしに否定はできなかった。
「・・・とりあえず、名前を考えた」
「どんなのさ」
翔輝の問いに、武蔵は無表情で、
「・・・ただの人間には興味ありません」
「む、武蔵、そのセリフ、まさか・・・」
「・・・《世界を己がままにする戦艦武蔵の団》、略して――」
「略しちゃダメぇッ!」
慌てて翔輝が武蔵の口を塞いだので、最悪の事態は避けられた。
皆不思議そうにこっちを見ている。きっと翔輝が血相を変えた意味がわからないのだろうが、それでいい。君達はこっちの世界に入ってはダメだ。
「武蔵! 各方面から総攻撃を受けるような名前はやめてよッ!」
「・・・いいと思ったのに」
少し不満そうな武蔵だが、翔輝の剣幕に押されて渋々その候補名を破棄した。
武蔵は「・・・第二候補があるから、これでどう?」と言って立ち上がると、後ろにあった黒板にその候補名を書く。
書き終えると、まわりから「おぉ・・・」という感嘆の声が上がる中、翔輝は頭を押さえていた。
「・・・《連合艦隊極大権限保有最上級幹部会》、略して極上幹部会」
「だぁからッ! 何でそう危ない名前にするんだよッ!」
翔輝が珍しく激怒する。が、
「えー、かっこいいじゃん」「そうだよ」「なんかおもしろそう」「私これがいい」と次々に賛成意見が続出する。
「待って! これはマジでヤバイ! ちょっと《連合艦隊》とか《幹部会》って変わってるだけで残りはほとんどパクリだからね!」
翔輝の必死な反撃も空しく、連合艦隊艦魂統制最高機関の名前は《連合艦隊極大権限保有最上級幹部会》、通称《極上幹部会》と決定した。
肩を落とす翔輝を大和が励ます中、武蔵は新組織の全容を説明し始めた。
「・・・新連合艦隊艦魂司令部全艦魂統制組織、連合艦隊極大権限保有最上級幹部会は、今までの司令設備とは違い、それぞれほぼ独立した部を七つ設置し、それぞれの部の意見などを結集し、最終的に私が判断するという機構となる」
武蔵の説明に、皆は驚く。今までの組織形態とまるで違うからだ。今までは全ての権限を連合艦隊艦魂司令部が保有し、その中で旗艦は絶対的な権限を持っていた。
だが、今回の組織は分割組織。国会のような組織形態だ。
「ちょっと待って。何でわざわざ分割する必要があるの?」
長門の問いに、武蔵は淡々と説明する。
「・・・組織というものは権力が偏っていては成り立たない。分割して多くの意見を用いて最終的な判断をする。それが本来の組織というもの」
「なるほどね。金剛はどう思う?」
長門は今まで基本的に黙っている金剛に意見を求める。
「悪くはない。だが、そういった民主主義的な考え方はひとつの整理に時間が掛かる」
「・・・問題はない。各部で話し合った内容を最終的に私の直属下で議論し、私が判断する。私が無意味と判断すれば、私が却下する」
「それでは組織を分割した意味がないと思うが」
「・・・ひとつの部が専門の仕事をする事で、全体に掛かる負荷は軽減され、より話し合いに集中できる」
「なるほど。ならば問題はない」
連合艦隊最古参の金剛の言葉に、皆も異論なしとうなずく。その反応に武蔵はうなずくと、手に持っていた資料を皆に配布する。
「・・・これが、組織の全体。各部の部長副部長は私が決めた。問題はない?」
翔輝達は配られた書類に目を通す。
《連合艦隊極大権限保有最上級幹部会配下の各組織部》
『執行部』(極上幹部会最高審議会。各部の部長副部長などで編成。最終審議を行う)
会長 武蔵(戦艦)
副会長 長谷川翔輝中尉
奴隷 大和(戦艦)
『遊撃部』(執行部直属の実行部隊。最終審議を行う執行部の後方支援や実行を行う)
部長 長門(戦艦)
副部長 陸奥(戦艦)
『審理部』(執行部の判断を審議する部。主に伝統や艦隊決戦を重視する者で編成)
部長 金剛(戦艦)
副部長 榛名(戦艦)
『戦略部』(様々な情報や実情を元に戦略を立てる。戦争を総合的に判断する部)
部長 山城(戦艦)
副部長 翔鶴(航空母艦)
『航空部』(機動部隊・基地航空隊の航空作戦を審議・実行する部。主に空母で編成)
部長 瑞鶴(航空母艦)
副部長 飛鷹(航空母艦)
『前線部』(前線で戦う艦魂達で編成。戦争に対して戦術的に判断し、現場の考えを報告する)
部長 川内(軽巡洋艦)
副部長 響(駆逐艦)
『水雷部』(水雷戦隊の艦魂で編成された水雷作戦の審議・実行をする部)
部長 神通(軽巡洋艦)
副部長 雪風(駆逐艦)
『隠密部』(潜水艦の艦魂で編成。攻撃・偵察・隠密輸送などの審議・実行を行う潜水艦専門部)
部長 香取(練習巡洋艦)
副部長 伊-二五(潜水艦)
『補給部』(補給・輸送作戦を審議する部。主に護衛を行う巡洋艦や駆逐艦で編成)
部長 日進(水上機母艦)
副部長 五十鈴(軽巡洋艦)
『陸軍部』(中国・南方方面・各島守備隊の陸軍の情勢を報告する部)
部長 愛宕(重巡洋艦)
副部長 鬼怒(軽巡洋艦)
帝国陸軍代理人 あきつ丸(特殊揚陸艦)
『情報部』(内部情報、敵軍情報を収集し、各部などへ報告する情報専門を行う機関)
部長 青葉(重巡洋艦)
副部長 夕張(軽巡洋艦)
『総務部』(日本海軍艦魂全体の事務を行う。人事、主計、書類整理など裏方役)
部長 伊勢(戦艦)
副部長 利根(重巡洋艦)
「・・・異論はない?」
「ちょっと待ってッ! 何で僕が入ってるのッ!?」
悲鳴のように翔輝が声を上げると、武蔵は無表情で答える。
「・・・翔輝は優秀だから。必要なの」
「ただ単に僕と一緒にいたいだけでしょッ!?」
「・・・(コクリ)」
「やっぱりぃッ!」
「武蔵! 何よ私の役職は! 奴隷ってどういう事ッ!?」
そう激怒したのは大和。確かに大和の役職は執行部奴隷となっている。それは怒るのは当然だろう。
大和の激昂に対し、武蔵は涼しい顔で返す。
「・・・無能の使い道としては十分だと思うけど?」
「このクソ妹ッ! 私は前連合艦隊旗艦なのよッ!?」
「・・・世の中は能力制。成り行きでなった役職なんて飾りにもならない」
「何ですってッ!」
「・・・本当は姉さんを極上幹部会に入れる気はなかったけど、翔輝が反対すると思ったから仕方なく。それでもありがたいと思いなさい」
「いや、余計ひどいと思う」
翔輝のツッコミに皆はうんうんとうなずいた。
すると武蔵は翔輝に早速反対されて困ったように頬を掻く。
「・・・これもダメ? じゃあこの無能な愚姉をどうしろっていうの?」
「表出なさい! あんたとは一度きっちりと決着をつけてやるわッ!」
軍刀を抜いた大和はいつになく激怒している。それはそうだろう。ここまで言われたら誰だってブチギレるのは当然だ。
武蔵は身体中から怒りの炎を舞い上げる姉に、わざとらしく大きなため息をする。
「・・・好きになさい」
「マジぶっ殺すッ!」
ゴンッ!
「いったあああぁぁぁいッ!」
「女の子が《ぶっ殺す》なんて野蛮な言葉を使うな!」
「だからって殴らなくても・・・ッ!」
涙目で殴られた頭を押さえる大和。
翔輝は武蔵を見る。いつもは優しい翔輝の怒気に、武蔵は身体を震わせる。
「・・・しょ、翔輝?」
「武蔵。冗談もいい加減にしてよね。僕の事よりも、大和に意地悪するのは許さないから」
「・・・あ、いや、その・・・」
珍しくうろたえる武蔵。それほどまでに翔輝の怒りを怖がっているのだ。
「今すぐに、大和を副会長にするんだ」
「・・・そ、そんな! それじゃ、翔輝と二人っきりになれない! 絶対に嫌!」
「関係そのものを絶とうか?」
「・・・え?」
「どうする? 二号艦」
刹那、武蔵の表情が一変した。
「・・・い」
無表情は崩れ、ぼろぼろと涙を流し、悲しみ一色に染まった顔で、
「・・・いやあああああぁぁぁぁぁッ!」
武蔵はそう絶叫すると椅子から転げ落ち、床で大泣きを始めた。
「・・・翔輝! それだけはやめてッ! お願いだから!」
武蔵は這って翔輝に近づくと、その足に抱きついて必死に懇願する。その表情は年相応の悲しむ少女のもので、突然の武蔵の大泣きに長門達も呆然としている。
必死に哀願する武蔵に、翔輝は冷たく言い放つ。
「どうしたの二号艦? 服が汚れちゃうよ二号艦」
「・・・」
返事はなかった。
武蔵はショックのあまり気絶していた。
翔輝は意識を失った武蔵を抱きかかえると、「ちょっとやり過ぎましたね。ちょっとこの子を寝かしてきますね」と苦笑いし、部屋を出て行った。
残された大和達はどうすればいいか顔を見合わせて首を傾げた。あの金剛でさえ状況がわからず困惑していた。
元連合艦隊旗艦である長門は混乱する皆を静かにさせると、極上幹部会の資料を手に説明を代行した。
翔輝は自分の部屋に着くと武蔵をそっとベッドに横たわらせた。
「何も気絶する事もないのに」
翔輝はそっと毛布を掛けると、立ち去ろうと踵を返す。と、
「・・・行かないで」
小さく弱々しい声と同時に服の裾がキュッと握られた。振り返ると、そこには泣きながらこっちを見詰める武蔵がいた。
「武蔵? 起きたの?」
「・・・行かないで・・・お願い・・・一人にしないで・・・!」
翔輝の問いにも答えず、武蔵は泣きながら言葉を続ける。
(そんなに《二号艦》って呼ばれるのが嫌なのかな?)
史上最強に鈍感な翔輝に武蔵の儚い乙女心なんて毛筋ほどもわかるはずがない。
翔輝は必死になって自分にしがみ付く武蔵に、謝る。
「悪かったよ。二号艦なんて言ってさ」
だが、翔輝の言葉も聞こえないのか、武蔵は「・・・行かないで・・・お願い・・・」と繰り返すばかり。
「行かないってば」
ここに来て、ようやく武蔵の瞳にしっかりとした光が見えた。
「・・・本当? どこにも・・・行かない・・・?」
「うん、行かないから。もう泣かないでよ」
翔輝が優しく言葉を掛け、そっとその頭を撫でてやると武蔵は表情をわずかながら綻ばせた。
「・・・翔輝・・・」
武蔵はゆっくりと翔輝に抱き付いた。ゆっくりだが、抱き締めたその腕の力は強く、しっかりと離さない。
「・・・翔輝、もう私、わがまま言わない。姉さんもちゃんと扱う。だから、ずっと傍にいて」
結局、大和を格下に扱ったままだが、翔輝はため息してそれは不問とした。
「・・・翔輝」
小さな小さな笑顔をして身体を摺り寄せてくる武蔵。その笑みが彼女の最高の笑顔という事を翔輝は知っている。こんな嬉しそうな彼女を怒れるほど、翔輝は非情にはなれなかった。
しばし抱きつく武蔵の頭を翔輝は撫で続けていたが、ここでふと思い出す。
「つーか、そろそろ戻らないとみんな心配するよね?」
「・・・放っとけばいい」
「そうはいかないよ。みんな君の事を心配してるんだから」
「・・・そんな事ない」
「どうして君はそうやって切り捨てちゃうかな。もう、とにかく戻るよ」
「・・・やっぱり、翔輝は優しい」
「ほら、おだてたってダメだからね」
そう言って翔輝は武蔵の手を引っ張って部屋を出た。手を握られている武蔵は、白い頬を桜色に染め、小さな笑みを浮かべていた。
部屋に戻った二人を見て、皆は安堵の息を漏らした。
「良かった。武蔵大丈夫だったのね」
長門が嬉しそうに言う。そんな彼女を見てきっと大和達も同じ気持ちなんだろうなと思って見ると、
「・・・」
大和はどこか不機嫌そうな顔でこっちを睨みつけていた。
「や、大和・・・?」
「ふんです」
大和は翔輝と視線が合うとぷいっと視線を外した。そんな彼女の行為に翔輝は困惑する。
「えっと、何で大和怒ってるのかな?」
「そうね長谷川君。とりあえず――武蔵を降ろしたら?」
そう言って長門は――翔輝の背中で小さな笑みを浮かべる武蔵を見る。
「っていうか、そもそも何でおんぶしてるのよ」
「え? あ、武蔵がしてほしいって言うから」
「お兄ちゃんの背中は私だけのだもんッ!」
そう言って怒る隼鷹に武蔵は鋭い眼光で睨みつけ、
「・・・死にたいの?」
「・・・なんでもない」
後ろを見れない翔輝はなぜ隼鷹が真っ青な顔をしておとなしく座ったのかわからなかった。
「まあ、とりあえず武蔵も降りて」
「・・・いや」
「わがまま言わないの。みんなお前を待ってたんだからさ」
「・・・わかった」
武蔵は渋々といった感じで背中から降りた。その際武蔵はすごく寂しそうな表情をしたが、翔輝は視線を逸らした。
「・・・会議を再開する」
武蔵は何事もなかったかのように会議を再開した。相変わらず切り替えが早い。
「・・・極上幹部会役員の変更を行う。姉さんを副会長に格上げし、翔輝には会長補佐官になってもらう」
「いいの?」
長門の問いに翔輝はため息して首を横に振る。
「これ以上文句を言うと武蔵が本格的にいじけるでしょうし、これが最善の妥協案でしょう」
「大変ね」長門は同情するように言う。
「もう慣れました」
「そっかぁ」
長門はなぜか嬉しそうに微笑んだ。その笑みが一体どういう意味なのか、翔輝にはわからなかった。
「・・・それ以外に変更はなし。何か意見はある?」
「ちょいと質問があるんやけど。ええどすか?」
独特な関西弁でそう言ったのは伊勢だ。
「・・・何?」
「うちが総務部の部長ってのも気になるんやけど、とりあえず今はそれは置いとって。この水雷部と補給部とかって、何で前線部に組み込まんといて別々にしたん? 一緒でもええと思うんやけど」
確かに伊勢の言うとおり、水雷戦や補給、さらに潜水艦も前線部に一括にしても問題はなさそうなのに、武蔵はわざわざ分けた。それには一体どんな意味があるのか、皆の視線は武蔵に注がれる。
武蔵は皆の疑問にいつもの無表情で答える。
「・・・前線部はあくまで前線の考えを統括する現場の艦魂達の組織。水雷部は水雷戦隊全体を統括し、夜戦や水上決戦に対する意見を出す。補給部はねずみ輸送や船団輸送を行う輸送作戦全体を管轄する。さらに潜水艦は敵艦隊偵察、敵艦攻撃を行い、隠密輸送の場合は補給部と連動する。それぞれ役目を分担する事で、より物事ひとつに対する時間や労力を集中できる。それが理由」
武蔵の説明に伊勢は納得したようにうなずくと、静かに座った。
さすがは歴代連合艦隊旗艦の中で一、二を争う優秀さを誇る、日本海軍艦魂達の最後の希望と謳われている武蔵だ。そこまで深く考えた上に行動ならば、誰も反対意見は出さない。
「・・・他には?」
武蔵が再度皆を見回すと、手が上がった。挙手したのは審理部の部長に就任した金剛だ。
「いくつか訊きたい事があるのだが、いいか?」
「・・・何?」
武蔵は無表情で金剛を見据え、金剛はそんな武蔵を睨むように見詰めると、手元の資料を見る。
「私が管轄するこの審理部だが、『執行部の判断を審議する部。主に伝統や艦隊決戦を重視する者で編成』と書かれているが、これは航空戦を重視する現在の帝国海軍では不要な存在の集団のように見えるが? 厄介者を集めたのか?」
金剛の小さな怒りを秘めた視線に、皆は自分が睨まれた訳じゃないのに恐怖する。だが、そんな視線で睨まれる武蔵は相変わらず無表情を貫く。
「・・・私は大艦巨砲主義の王者の一人だけど、残念ながら戦艦の時代は終わったと考える。だからこそ、私は航空戦力を主力とした日本海軍を率いて対米英戦に全力を注ぐ覚悟。でも今でも戦艦最強主義者や艦隊決戦を望む艦魂が多いのは事実。ならば、それらの考えを集約して航空主義と戦艦主義を正面から論戦させる事が、解決への一番の道と私は考えている。だからこそ、審理部は航空機主義の反対勢力を置いた方が、より執行部に反撃できる。良き好敵手となる」
武蔵は決して厄介者として前時代的主義者を反対勢力に結集させたのではなく、正反対な考え方の勢力を敵に置く事でより良い日本海軍という組織をつくりたいのだ。
武蔵の強い志のある言葉に、金剛は静かにうなずいた。
「なるほど、そのような堅固な良き考えがあるのならば、私が反対する理由はない」
金剛はそう言うと少し嬉しそうに微笑んだ。
それは、自分達を認めてくれた新しきリーダーに対する敬愛の笑みであった。
だが、金剛はすぐにいつもの少し不機嫌そうな顔をすると、質問を続行する。
「次の質問だが、審理部は執行部の反対勢力となるが、つまり我々は国会でいうところの野党になるのだな?」
「・・・細部に違いはあるけど、まあそういう事」
「うむ。それは良いのだが、私が野党というのはどうも・・・」
今まで日本海軍艦魂の事実上の天辺に君臨していた金剛にとって、野党という地位はあまり好ましいものではないのだろう。
皆も金剛が野党というのに多少不満があるのか、武蔵を見詰める。
だが、武蔵は皆の視線にも微動出せずに答える。
「・・・与党側は私が管轄するのは、連合艦隊旗艦として当然の事。だけど、私と真っ向から論戦できる相手はあなたを除いて他にはいない。だからこそ、あなたには反対勢力のトップにした。ダメ?」
武蔵の言葉に、金剛は不敵な笑みを浮かべると、
「問題はない。貴様にそこまでの大役を任されるのなら、本望だ」
「・・・よろしく」
「こちらこそ」
金剛は少し嬉しそうに笑うが、武蔵は相変わらず無表情だ。
「では、最後にひとつ聴く。この陸軍部というのは必要ないのではないか?」
金剛が名指しで言ったのは、海軍中心の極上幹部会において唯一外部組織となる陸軍部であった。
金剛は心底不機嫌そうに、まるで吐き捨てるように言い放つ。
「陸軍の事など放っておけ。奴らは泥にまみれて地べたを這いずり回っているのがお似合いだ」
心の底からそう言う金剛。それは日本陸海軍の不仲を象徴するかのようなものだった。
根っからの海軍軍人である金剛は、その海軍精神の塊を言っても過言ではない。当時の日本陸海軍の不仲は世界最悪と言っても過言ではない状態であった。そんな彼女も根っからの陸軍嫌いで、陸軍を名指しで批判する事は決して少なくない。しかもそれは金剛だけでなく、他にも少なからずの艦魂達も陸軍を嫌っている。当時の状況が艦魂達にも影響しているのだ。
武蔵はそんな金剛の蒼い瞳をじっと見詰める。
「・・・ガダルカナル島を守っていたのは、どこの部隊?」
唐突に出された質問に金剛は一瞬戸惑ったが、すぐに冷静になると誇らしげに言う。
「もちろん、我が帝国海軍だ」
「・・・私は『島を守っていたのは、どこの部隊』と訊いた。海軍は島の周辺海域であって、島自体を守っていた訳じゃない。じゃあ、どこ?」
武蔵の問いに、金剛は不機嫌そうに吐き捨てる。
「下等集団の集まりの陸軍だ」
金剛の暴言にも武蔵は顔色ひとつ変えずに無表情を続ける。
「・・・その通り。陸軍が島を守ってくれるからこそ、私達海軍は陸戦を気にせずに攻防戦を展開できる。陸軍がいるからこそ、私達海軍は背中を安心して構えられる」
「だが、陸軍どもは我々海軍の意見をまるで聞こうともしない愚か者の集団だ! そんな奴らにそのような気遣いは無用!」
「・・・確かに、陸軍と海軍では作戦方針が違う。でもそれは陸軍が中国戦線に重点を置き、私達海軍が太平洋戦線に重点を置いているという根本的な違いからのもの。中国を占領したい陸軍と米太平洋艦隊を撃滅したい海軍。元々作戦方針が違うから、食い違いが生じる。太平洋においても、陸軍と海軍では根本的に作戦が違う。それは開戦時に南方作戦でも起きた事」
武蔵が言うのは開戦前に長期戦の構えとして南方資源地帯を確保する為の作戦を決定する際、陸軍と海軍で全く違う作戦方針が取られた際の事。陸軍はマレー半島を攻略してからオランダ領インドシナへ侵攻するのに対し、海軍はまずフィリピンを攻略し、それからオランダ領インドシナへ向かうというもの。基本的に陸伝いで進みたい陸軍とフィリピンの敵航空戦力を壊滅させたいという海軍の方針の違いから起きたものだ。
結局、開戦の際は海軍はフィリピンを空襲し、陸軍はマレー半島に上陸するというお互いの意見の中間点で決行された。
「・・・陸軍と海軍は元々陸と海という全く違う場所を戦場にする軍隊。必ずしも作戦方針が重なるなんて事はない。日本陸海軍の仲ではさらにありえない」
武蔵の言葉に、金剛は口を閉じた。彼女が言っているのは全て正論。反論できる余地はどこにもなかった。
「し、しかし! 元々戦争がしたいと言ったのは陸軍だ! 海軍は最初から反対していた! だが、中国戦線の悪化や欧米諸国の圧力で世論が開戦論に傾いたから、仕方なく真珠湾を攻撃したのだ! 我々海軍は陸軍の無能な考え方に振り回されてこの戦争に巻き込まれた! ならば、責任を持って陸軍は太平洋戦域においては海軍のいう事を聞いていればいいのだ!」
金剛の言う意見もまた正論であった。
対米英戦を最も望んだのは陸軍だ。
陸軍はまともな太平洋方面への展開戦力や作戦を持っていないくせにアメリカやイギリスと戦いたがっていた。「歩いてアメリカ大陸まで行くつもりか」と、当時の海軍関係者は皮肉ったそうだ。
金剛の意見は山本長官以下の開戦反対者の考えそのものだった。
大和は困惑した。
いつもはとにかく戦う事しか言わない金剛が、今は戦争を仕方がなく始めたというまったく正反対な意見を言っているからだ。
金剛はさらに続ける。
「私とて、好き好んでこの戦争を始めた訳ではない! 元々この戦争には反対だったのだ! それを無能な陸軍のせいで仕方なく始めたに過ぎんッ!」
金剛の発言に大和は驚く。
あれほど欧米列強を目の敵にしていた金剛の、戦争はしたくなかったという衝撃発言に大和だけでなく、他にも多くの艦魂が驚愕した。
言葉を失う大和に、長門は悲しげな表情を向ける。
「金剛だって、好き好んで愛する祖国を危険に晒すような事はしないわ。戦わなければならなかったからこそ、彼女は心を鬼にして戦ってきただけ。できる事なら、愛する祖国を、日本を平和にしておきたかったのよ」
長門の言葉に、大和はじっと金剛を見詰める。その蒼き瞳の奥に一体どんな想いが渦巻いているのか、それはわからない。だが、今わかる事は、彼女は自分達艦魂の中で一番祖国を、日本を愛しているという事だった。
「そんな日本を危険に晒す狂ったクソどもの為に、我々海軍はこんな無茶な戦争をしているのだ! 陸軍に譲歩する理由はない! 断固として陸軍部はいらんッ!」
金剛はバンッ! とテーブルを叩いた。いつの間にか、金剛だけでなく他にも多くの艦魂が陸軍部の創設に反対していた。
金剛の言った事は全て真実であり、陸軍を同等扱いする言われもなかった。
だが、武蔵はそんな金剛をじっと見詰める。その瞳は金剛の熱いものに対し、吹雪のように冷たいものだった。
「・・・じゃあ、好きにすればいい」
そう武蔵は突け離した。
驚く大和に対し金剛は勝ち誇った笑みを浮かべる。だが、
「・・・その代わり、具体案を出して」
「具体案だと?」
「・・・陸軍部は陸軍との連携を行う重要な機関。これをいらないと言うなら、各島の守備隊は陸軍から海軍に移行する。大勢の陸戦隊が必要になるけど、それだけの兵員のあてがあるからこその発言よね? 一体どんな対案を持ってるの?」
武蔵の鋭い一撃に、一瞬にして金剛は悔しそうに唇を噛んで沈黙した。
武蔵の言うとおり、もし海軍だけで太平洋戦争を実施するというなら、各島の守備隊を全て海軍で担当する事になる。例えるなら、ガダルカナル島だけでも二万人の兵員を動員した。それを無数の島で行うとすれば、何十万人という兵員が必要となるが、もちろん海軍にはそれだけの兵員はいない。
陸軍の協力がなければ、海軍は太平洋戦域に展開できないのだ。
金剛は悔しそうに唇を噛む。そんな金剛に、武蔵はそっと言葉を繋ぐ。
「・・・私達の敵は連合国? それとも陸軍? 今は仲間内でもめている暇はない。日本国民一丸となって挑まなければ、この戦争は確実に負ける」
「ならば、貴様には日本が勝利する策があるというのか?」
金剛の言葉に、武蔵は小さく首を振る。
「・・・ない」
「ならばそのような無責任な事を――」
「・・・でも」
武蔵は真剣な瞳で金剛を見詰める。その瞳には強い意志の炎が燃えていた。
「・・・今なら、勝利はできなくとも引き分けに持ち込む事はできるかもしれない。まだ、日本は完全に負けた訳じゃない。まだ策はある。だからこそ、陸軍の協力は絶対条件。貴様だって、それはわかっているはず」
その言葉に金剛は悔しそうに唇を噛む。そんな金剛の肩を、そっと扶桑が叩いた。振り向くと、扶桑の瞳は「もういいでしょ?」と言っているかのようだった。
金剛は静かにうなずくと、そっと席に着いた。
武蔵は金剛が納得したのを見守ると、再び皆を見回す。
「・・・他に意見はない?」
「あ、あのさ」
そう言っておずおずと手を上げたのは翔輝。皆の視線が自分に注がれるのを感じ、一瞬手を下ろしかける。
「・・・何?」
「ちょっと訊きたい事があるんだけど、いいかな?」
「・・・(コクリ)」
「この陸軍部の要員の中に帝国陸軍代理人あきつ丸って書いてあるけど、この人って誰?」
翔輝がそう言った刹那、部屋に沈黙が舞い降りた。
「え? えぇ?」
「あのさ長谷川、もう少し勉強しとけよ」
榛名が頬杖を付きながら呆れた声を上げる。
「ご、ごめん・・・」
翔輝が謝ると、「別に謝る事じゃねぇだろ」と榛名は少し困ったような顔で返す。
「『あきつ丸』ってのは、陸軍の空母さ」
「え? 陸軍って空母を持ってるの?」
「って言っても、海軍のとは全然違うけどな。詳しい事は武蔵が知ってるんじゃねぇか?」
榛名の言葉に翔輝が武蔵を見ると、武蔵は無表情で口を開く。
「・・・正確には陸軍が建造運用している航空機搭載型特殊揚陸艦、それが『あきつ丸』。わずかな戦闘機を載せ、上陸用舟艇を数多く搭載して上陸作戦の主力から支援まで行う事を目的に造られている。陸軍は当初から海軍が上陸作戦に貴重な空母を動員する事はあてにしておらず、自軍でまかなおうとした。しかし海軍のように純粋な空母を造るのは陸軍の方針上できず、結果的に揚陸艦に航空機を搭載した形になっている。しかも艦体が短く低速なので発艦するのも難しく、着艦はできない。その為着水した艦載機をクレーンで引き上げるか投棄するしかない。海軍の水上機母艦と同じ原理。空母としての能力はないと言っても過言ではないが、揚陸艦としては高性能で、陸軍が開発した揚陸艦では最も次世代型となっている」
武蔵の説明に所々わからない所はあったが、とりあえず何となくはわかった翔輝。だが、
「何で君がそんなに詳しく知ってるの?」
翔輝の質問に、武蔵は「・・・秘密」と言った。その時わずかに頬を赤らめたが、翔輝は首を傾げていて見逃した。
「まあ、とりあえず『あきつ丸』がどんな船かはわかった。でも、そんな陸軍の重要な艦艇の艦魂を入れて大丈夫なの?」
「・・・問題はない。すでに向こうも了承している」
「そうなんだ――って、もう会ってるのッ!?」
「・・・今でもトラック島に停泊はしている。彼女が島へやって来た時にあいさつに行った。それで昨日の夜に話はつけてきた」
「ちょっと待てッ! ふざけんなッ! 陸軍の艦魂なんかこっちから願い下げだッ!」
そう怒鳴るのは榛名。しかも榛名だけではない。多くの艦魂が同じように非難の声を上げる。だが、無論武蔵はそんな声を気にも留めない。
「・・・今日はすでにここに呼んでいる」
『えええええぇぇぇぇぇッ!?』
「・・・どうぞ」
「ちょッ! ちょっと待てぇッ!」
榛名が止める間もなく、会議室のドアがゆっくりと開いた。
皆の視線が集まる中、一人の少女が部屋の中に入って来た。黒色の日本海軍の軍服ではなく、カーキ色の日本陸軍の士官軍服を着たうら若き乙女。長い黒くつややかな髪を風に流すその少女は部屋に入るなり見事な陸軍式敬礼をした。
「大日本帝国陸軍特殊揚陸艦艦魂、あきつ丸参上」
少女――あきつ丸はすばらしい登場をした。が、すぐに部屋の中の自分を歓迎しない空気に顔を引きつらせる。
「あ、あの・・・」
「・・・彼女があきつ丸。陸軍代理人を担当してもらう」
武蔵が助け舟を出してやると、あきつ丸はぺこりを頭を垂れて「よ、よろしくお願いします!」とぎこちないあいさつをする。
あきつ丸の突然の登場に驚く一同だが、すぐに反撃が出る。
「り、陸軍なんかに用はねぇッ! さっさと出て行けぇッ!」
榛名が敵意むき出しで叫ぶと、まわりからも「出てけ!」「海軍の象徴に陸助が乗るなッ!」「帰れドブネズミッ!」と罵声が飛び交う。
翔輝が慌てて止めに入ろうとした時だった。
「ご、ごめんさぁいッ!」
『ヘ?』
あきつ丸はその場にしゃがみ込むと――見事な土下座をした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!」
あきつ丸は額を床につけて必死に土下座を続ける。そんな彼女の突然の行動に皆は責める勢いを失う。一方、武蔵は小さくため息を吐く。
「・・・あんまりいじめないで。彼女はとっても気が小さいんだから。ここに来てもらうにも苦労したんだから」
そう言う武蔵に、あきつ丸が泣きついてきた。
「武蔵殿! 私はもう帰っていいでありますかッ!?」
「・・・もう少しがんばって」
「わ、わかったでありますぅ・・・」
あきつ丸はえぐえぐと嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。
そんな彼女に、榛名達はすっかり牙をもがれたのか、ため息すると席に着いた。
皆が落ち着いたところで武蔵は見回す。
「・・・彼女が陸軍の情報をこちらに提供してくれる。異論はない?」
武蔵の問いに対し、もう皆《好きにして》っという感じのオーラが流れていた。どうやらあきつ丸のあまりの弱さに皆攻撃する勢いを失ってしまったらしい。
「・・・反対意見がないみたいだから、彼女を帝国陸軍代理人にする。あきつ丸、ありがとう。もう帰っていい」
「は、はいぃッ!」
あきつ丸はぺこりを頭を垂れると急いで部屋を出て行ってしまった。よっぽどみんなが怖かったのだろう。
武蔵はすっかり戦意を失った反対派を見回し、小さくうなずく。
「・・・他に質問もないみたいだし、これで極上幹部会の説明を終える。解散」
会議が終わった翔輝は航海室で今日の仕事をこなしていた。
書類に没頭する翔輝に、そっとコーヒーが差し入れされた。
「あんまりがんばり過ぎるとお体を壊しますよ、中尉」
そう言って優しく微笑んだのは水上だ。
「あ、うん。ありがとう」
翔輝は水上が淹れてくれたコーヒーをそっと飲む。
「に、苦い・・・」
「そ、そりゃブラックですから」
「砂糖ない?」
「え? 砂糖ですか? すみません。持ち合わせていません。と、取ってきましょうか?」
「いや、いい。別に飲めない訳じゃないから」
「そ、そうですか。すみません」
「お前が謝る事はないだろ?」
翔輝は小さく笑うと再び書類を読み始める。と、頭に浮かんだ疑問を訊いてみた。
「なあ、水上」
「はい?」
「どうして日本は陸軍と海軍が仲が悪いんだろ?」
翔輝の突然の問いに水上は一瞬困ったような表情を浮かべるが、すぐに回答する。
「世界各国陸海軍は基本的に不仲です。お互いの戦力拡大の為に決められた軍事費を奪い合っている訳ですから。しかし、日本の場合は極端すぎます。ここまで仲が悪いという国もそうありません」
「だよねぇ。アメリカとは大違いだよ。向こうは海軍の空母から陸軍の爆撃機を飛ばして東京を空爆したってのに」
「ドーリットル空襲ですか? 確かに、日本では絶対にできない戦法ですね」
「ま、そもそも陸軍機より海軍機の方が航続距離が長いからね。まずそれをするくらいなら空母に陸攻を載せるだろうし」
翔輝はそう言ってコーヒーをすする。そんな彼に、水上はそっとため息した。
「どうした?」
「いえ、本当に、こんな仲間内でもめていては、日本の未来は暗いなぁって思いまして」
「そうかもしれないが、あんまりそういう事を言うもんじゃない。誰かに聞かれたら軍法会議だぞ」
「そ、そうですね。気をつけます」
水上は慌ててまわりを見回すが、幸いにも誰もいなかった。
翔輝はそんな水上を一瞥し、そっと窓の外を見詰めた。
「この戦争に、勝利なんてものは、もうないだろうなぁ・・・」
翔輝は蒼い海を見詰め、寂しそうにそっとつぶやいた。
一九四三年三月、ニューギニア方面で連合軍の大規模な反攻作戦が行われており、日本軍は次の攻撃目標と思われるラエに対して陸軍の第五一師団を送る為に輸送船団を出撃させた。
しかし米陸軍航空隊とオーストラリア空軍は《跳躍爆撃》と呼ばれる新戦法でこれを迎え撃った。跳躍爆撃とは魚雷の要領で特殊な爆弾を低高度から投下。高速の爆弾が水面を跳躍して敵艦を襲うという恐ろしいものだった。
例えるなら、川で水面に向かって石を水平に投げると水面を跳ぶ。あのように爆弾が敵艦を襲うというものだ。
魚雷をはるかに越える速度で迫る爆弾と対空能力の低い駆逐艦の護衛する輸送船団ではこれを回避する術はなかった。
結果、日本艦隊は輸送船七隻全て撃沈。さらに護衛の駆逐艦も七隻中四隻撃沈という大敗北となった。
これは作戦を優先させて安全を無視した第八艦隊司令部と連合軍の新戦法とが重なり合った最悪の結末であった。
このビスマルク海海戦――またの名をダンビールの悲劇は、すぐに極上幹部会にも伝わり、その数日後、作戦に参加したが辛くも生き残った雪風からの当時の状況を説明した報告に愕然とした。
雪風の報告では敵機が輸送船を通過した直後に輸送船が爆発して沈没したという驚異的な報告であった。これにより、敵爆弾の速度は推定二〇〇キロ〜三〇〇キロ。そんな高速の爆弾を輸送船や駆逐艦が避けられるはずはなかった。
意気消沈する皆の中、武蔵はすぐにその新戦法の欠点を見出した。
跳躍するので爆弾が艦艇を飛び越えてしまう欠点と、魚雷に比べたら圧倒的に威力が落ちる上に低高度で侵入しなければならない。その為、輸送船や駆逐艦のような防御が貧弱な艦艇には脅威でも戦艦や空母ならその攻撃に耐えられるだろうという見解であった。
皆はその言葉に安心したが、一人武蔵だけは、これからの輸送作戦の大きな障害となると思い、悔しそうにそっと唇を噛んだ。 |