艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(51/129)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第八章 第七節 ガダルカナル島撤退作戦


 一九四三年二月、ガダルカナル島撤退作戦――ケ号作戦が発動された。このガダルカナル島撤退作戦の《ケ号》とは、《捲土重来けんどじゅうらい》の故事成語から来ている。意味は一度戦いに敗れた者が再び勢いを盛り返して攻め寄せてくると言う意味だ。平たく言えば縁起をかついだ作戦名だった。
 この一ヶ月前、南東方面艦隊司令長官の草鹿くさか任一じんいち中将が陸攻隊による大規模な夜間雷撃作戦を行い、敵重巡洋艦一隻撃沈。駆逐艦一隻大破という少ないながらも勝利を得た。この大規模な空襲に米軍は『日本軍がガダルカナル島で大規模な反攻作戦を考えている』という誤解を与え、敵艦隊は戦力を立て直す為に後方に後退した。これにより、ガダルカナル島の撤退作戦は思わぬ幸運を受ける事となった。
 ちなみにこの草鹿中将は南雲中将が機動部隊を指揮していた頃彼の参謀長として活躍した草鹿龍之介少将のいとこにあたる。
 一日、駆逐艦二〇隻という大高速艦隊がガダルカナル島沖に向かって出撃した。目的はガダルカナル島にいる味方陸軍の救出である。陸軍司令部の反対を押し切って、山本長官が決断して実行された。しかし海軍司令部でもソロモン海の数々の戦いで駆逐艦失っていたので、撤退作戦などに使って失う事を恐れて低姿勢だったが、山本が一喝してさらに予定以上の多くの駆逐艦を派遣した艦隊である。味方を見捨てるなど、彼にはできなかったのだ。
 大救出艦隊は一路ガダルカナル島に向かって三〇ノット以上の高速で海を翔けて進んでいた。その中に、駆逐艦『巻雲』の姿があった。『巻雲』の艦魂は以前敵空母『ホーネット』と接触し、日米戦争に疑問を持った一人だ。あれからもずっと日米戦争に疑問を抱いていたが、それ以降戦闘作戦がなく、ひたすらガダルカナル島の輸送作戦に参加していた。そして、今回の救出作戦にも参加していた。
 巻雲は艦橋ではなく防空指揮所にいた。先程敵機の空襲を受け、妹艦『巻波まきなみ』が大破。航行不能になって落伍してしまったのだ。
「巻波、大丈夫かなぁ?」
 巻雲は頭の包帯を押さえながらつぶやく。巻雲自身も命中弾はないが至近弾を受けてしまった。航行や戦闘に問題ないが、艦魂には痛みが残った。
「いったー」
 苦笑いしながら頭を押さえる。しかし、痛みに耐えながら、快晴の青空を見詰める。
「この作戦が成功すれば、多くの友軍を助ける事ができる。でも、失敗すれば・・・」
 この作戦に参加している多くの艦魂や将兵が、その尊い命を落としてしまう・・・それだけは、何としても阻止しなくてはならない。この艦隊には自分の姉や妹も大勢参加している。もう誰一人、傷つけたくなかった。
「この作戦、誰一人死なずに成功させる。必ず」
 巻雲は水兵用の軍帽を深く被り、まばゆく輝く南国の太陽の日差しを見詰めた。

 その夜、艦隊はなんとか無事にガダルカナル島沖に到達。内火艇や小型艇を使って島の兵を次々に救出した。その数は約五〇〇〇名。大成功と言えるものだった。だが、まだ作戦は終わっていない。無事に帰るまでがこの作戦なのだ。
 『巻雲』も大勢の兵を救出した。甲板では痩せこけた陸軍兵達が支給された握り飯を一心不乱に食べていた。そんな彼らを見詰め、助けられて良かったという気持ちと、こんなになるまで何もできなかった自分への憤りを感じていた。
 艦隊は急いで戦闘海域を退避する為、全速力で撤退を開始した。
「ふぅ・・・」
 軍帽を脱ぎ、さらさらと流れる髪を重力に任せて流す。空には満月が輝き、優しい光が柔らかな髪を煌かせる。すると、巻雲は空を寂しそうに見上げた。
「こんなきれいな星空だったなぁ」
 巻雲は寂しそうに思い出した。この手で二人の空母を殺した事を。一人はミッドウェー海戦で奮闘し、その後雷撃処分の命を受けた『飛龍』。巻雲はその『飛龍』の雷撃処分を行った艦だった。そして、もう一人は敵空母『ホーネット』だ。彼女と過ごした時間。巻雲は決して忘れなかった。
 飛龍とはあまり会話はした事はなかったが、とても仲間思いの良き軍人だった。ホーネットは祖国の為に戦い抜いた真の戦士だった。どちらも、亡くすにはあまりにもおしい者だった。
 巻雲は自分の通って来たあまりにも残酷な人生にため息をついた。
 一体、いつになったら、この悲しい戦争は終わるのだろうか。いつになったら、アメリカという騎士道溢れる国と再び友好国になれるのか。もしかしたら、もうそんな事できないかもしれない。でも、自分は信じたい。いつか平和になった世界で、多くの国々が力を合わせて生きる時代を。その為に、早くこの戦争を終わらせたい。それだけが、彼女の唯一の願いだった。
「飛龍さん。ホーネットさん。私は、この戦争を終結させる為に、この身を捧げます。お国や、天皇陛下の為でなく、平和の為に・・・」
 巻雲は輝く月に向かって敬礼した。輝く月は、いつまでも彼女を照らし続けた。
 しばらくし、巻雲は防空指揮所を下りようと踵を返した。その時、何か海面が光ったのに気づいた。驚き、急いで確認すると、その正体に気づき、絶句した。
 それは海に浮かぶ爆弾――機雷だった。しかも、その機雷に全く気づかずに向かっている駆逐艦が見えた。それは義姉艦――『雪風』だった。
「雪風姉さん! 危ないよ!」
 叫ぶがそんな声に気づく訳もなく、『雪風』は進み続ける。巻雲は悔しそうに唇を噛んだ。その時、
「艦長!『雪風』前方に機雷発見!『雪風』は全く気づいていません!」
 隣にいた見張り兵が気づき、艦橋に伝えた。巻雲は急いで艦橋に戻ると、艦長が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「『雪風』に発行信号!『貴艦前方ニ機雷在リ。至急停止又ハ回避セヨ』!」
 『巻雲』は急いで発行信号を送った。すると、『雪風』は急激に速度を落とし始めた。だが、艦隊はあまりにも高速で進んでいた上、通常以上の乗員が乗っている為、重みでなかなか速度は緩まない。しかもちょうど海峡を通っていた為、艦隊は密集していて、横に回避する事すら不可能だった。そんな事をすれば、玉突き事故が起きる。
 艦隊は『雪風』の減速に対応できず、パニックが起きていた。
 このまま『雪風』が進み、機雷が爆発すれば、周りの艦数隻にも被害が出る。さらに後方の部隊が衝突する恐れもあった。このままでは、艦隊は一挙に壊滅する。
 巻雲は絶句していた。みんな一緒に帰ろうと、出撃した時に約束したのに、こんな所でその約束が破られるなんて、絶対に嫌だった。
 艦長はずっと沈黙していたが、最後の決断を下した。
「『雪風』には我が艦以上の陸軍兵を救出され、爆発すれば最悪の被害になるだろう。だが、我が艦は陸軍兵は少なく、『雪風』にも近い」
「艦長? 何を・・・?」
 参謀はもうわかっていた。だが、ちゃんと艦長の口から聞きたかった。艦長は真剣な顔で言った。
「前進全速!『雪風』の前方に出るんだ! 我が艦を、『巻雲』に機雷をぶつけて被害を最小限にするんだ!」
 艦長の命令に艦橋は沈黙した。が、
「了解! 艦長! やりましょう!」
 副長の声に他の者も覚悟した。そして、巻雲も・・・
「雪風姉さんは、大和司令の従兵。そして、大和司令は私や秋雲姉さんの恩人。そんな人の大切な人を、みすみす殺すわ訳にはいかない。それに・・・もう、誰かが傷つく所は、見たくない」
 その思いが、全てだった。
 『巻雲』は全速力で海を翔けた。すぐに『雪風』を通り過ぎた。その時、『雪風』の防空指揮所にいた少女と目が合った。彼女は『巻雲』の行動に驚愕していた。口元を見ると何か言っているようだ。よく見ると「やめて」と言っているようだった。巻雲は微笑した。そして、前方の機雷を見詰める。徐々に近づく機雷を見詰め、覚悟を決めた。そして・・・

「巻雲! やめて!」
 雪風は悲鳴を上げる。このまま行けば『巻雲』が機雷に接触して、『巻雲』は・・・
 嫌だ! そんな事考えたくない!
「やめて!」
 雪風は絶叫する。その間も、『巻雲』は前進を続け、そして・・・
 ドガアアアアアァァァァァンッ!
「ひっ!」
 『巻雲』の側面に水柱が上がり、雪風は悲鳴を上げた。

 『巻雲』はうまく側面で爆発させた為、被害人数は少なかった。だが、『巻雲』の被害は甚大だった。側面に大きな穴が開き、そこから海水が浸水。少しずつ沈み始めていた。
「巻雲! どうして・・・ッ!」
 雪風はぐったりしている巻雲を抱き抱えながら叫ぶ。そのまわりには全駆逐艦の艦魂が集まっていた。みんな血まみれの巻雲の姿を見て言葉を失っていた。多くの者が涙を流していた。
「バカッ! どうしてこんな」
「だって・・・もう誰かが傷つくのを・・・見たく・・・なかったんだもん・・・」
「だからって・・・ッ!」
「そうよ! 機雷なんて、私達駆逐艦が触れれば沈むのは確実! それに自分から飛び込むなんて!」
 巻雲の妹の風雲かざくもが叫ぶ。そんな彼女に、巻雲は静かに微笑んだ。
「それに、私はもう、戦いたくないの」
『なっ!』
 巻雲の言葉に、全員は言葉をなくす。兵器として生まれてきた駆逐艦の艦魂が、戦う為に生まれてきた彼女が、戦いたくない。それは本末転倒の事だった。だが、
「私は駆逐艦の艦魂・・・敵を駆逐する為に生まれてきた・・・戦闘艦の艦魂・・・でも・・・私は戦いたくなかった・・・最初からそう思ってたけど・・・ホーネットさんと会ってから・・・本当にそう思った・・・だから・・・私は日米の友好を取り戻す為に・・・ここまで来た・・・でも・・・もう無理みたい・・・」
「バカッ! なら、自分の決めた事は最後まで貫きなさい!」
 雪風は涙を流しながら叫ぶ。巻雲は力なく首を振る。
「私はもうダメ・・・でも・・・日米戦争に反対していた人は・・・大勢いる・・・そして・・・この戦争を終結させようと・・・努力している人もたくさんいる・・・それだけで十分・・・」
「巻雲・・・」
 その時、艦の傾斜が速度を増し、艦が沈み始めた。本格的に沈没が始まったのだ。
 巻雲は駆逐艦達を見回し、そっとつぶやいた。
「さぁ・・・もう行って・・・もう沈む・・・雪風姉さん・・・大和司令に伝えて・・・「今まで本当にありがとうございました」って・・・」
「・・・わかった」
 雪風は巻雲の身体を床に下ろした。
 駆逐艦達は静かに敬礼し、次の瞬間、光に包まれた。
 巻雲は静かに目を閉じた。
「やっと・・・これでもう・・・戦わなくていい・・・良かった・・・」
 感じる。体が次々に水に沈んでいくのを。冷たい海に溶けていく。
 その時、思い浮かんだのは、優しく微笑んでくれた尊敬する上官。
「大和司令・・・ここで落伍する巻雲を・・・お許しください・・・これから・・・戦争は激化するでしょう・・・でも・・・がんばってください・・・雪風姉さんやみんなと共に・・・」

 ――駆逐艦『巻雲』、世界海軍で唯一二隻の空母を処分した駆逐艦。その艦魂である巻雲は多くの出会いを通じ、この戦争の終結に必死となって駆け回った。彼女が思い描いた世界は一体どんなのか、それはもう、わからない。けれど、彼女の想いは、多くの者の中に受け継がれていき、役目を終えた『巻雲』は他の駆逐艦達に見送られ、静かに、そしてゆっくりと、深い海の底に沈んで逝った――

 第一次撤退作戦は『巻雲』が沈没したが、作戦は成功し、約五〇〇〇名の陸軍兵を収容。安全海域まで後退した。
 第二次撤退作戦は四日に行われ、駆逐艦二〇隻が参加した。駆逐艦一隻が空襲で航行不能となって別の駆逐艦に曳航されて戦線離脱したが、これも無事に終わり、約五〇〇〇名を救出した。
 最後の第三次撤退作戦は七日に行われ、駆逐艦十八隻が出撃。今度は空襲を受ける事なく、しんがりの約二五〇〇名を救助し、帰還した。
 このケ号作戦はミッドウェー海戦以降戦術・戦略の完全勝利が全くなかった日本軍にとって、海戦以降初めての完全勝利と言えるものだったが、結局は撤退作戦。ガダルカナル島を失い、日本軍は南太平洋の勢力のほとんどを失い、これ以降南太平洋とガダルカナル島は、ラバウルの海軍航空隊に委ねられた。

 大和は作戦の成功を喜んだが、巻雲の死を聞いて悲しんだ。彼女の死は決して無駄にしない。大和は心の中で誓った。







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