第一章 第四節 陸奥の優しき想い
「うわぁ・・・」
近づいて来る『陸奥』を見詰め、翔輝は視線を上げる。
そこには、『大和』よりも国民の信頼を集めている戦艦の一隻があった。
長門型戦艦二番艦。戦艦『陸奥』だ。連装四五口径四一cm砲四基八門という日本海軍が所有する大和型戦艦の三連装四五口径四六cm砲に続く巨大な大砲を持つ戦艦。その大きさも大和型戦艦の次に大きく、大和型戦艦ができるまでは名実共に日本連合艦隊一の戦艦の一隻だった。しかし『大和』が完成した今でも、『長門』、そして『陸奥』は日本連合艦隊の主力戦艦に変わりはない。
その『陸奥』に向かって翔輝を乗せた内火艇は近づく。その大きさは『大和』ほどではないが、その勇姿は『大和』にも引けを取っていない。
「もうすぐ接舷します」
兵が舵を取って『陸奥』のラッタル(階段)に速度を落としながら近づき、ゆっくり接舷した。
「少尉。お気をつけて」
「ありがとう」
兵は敬礼し、翔輝は答礼してラッタルを上る。カンカンと金属の音を響き渡る。そして、ラッタルを上り終えて甲板に上がる。
「ここが『陸奥』の甲板かー。やっぱり大きいな」
『陸奥』は造られたばかりの『大和』と違って色々な物が甲板に置かれていた。
「どうされたのですか?」
近くを歩いていた下士官が声を掛けて来た。襟の階級章を見ると水兵長だった。
「『大和』艦長高柳大佐から『陸奥』艦長小暮大佐宛ての手紙を預かったので、それを届けに」
「そうですか、ご苦労様です。入り口はあちらですので」
水兵長は敬礼し、翔輝も答礼した。
水兵長が去ってから、翔輝は艦橋に向かって歩き出した。
扉を開けて艦内に入る。金属の天井に床、壁と、中は『大和』と同じ感じがした。ただ違うのは、ここが『大和』ではないという事だ。
「艦橋へ行くには、どっちだろ」
翔輝はT字路で立ち止まり、左右を見回す。辺りは静かで人が来る気配はない。
「うーんと、たぶん左だ。・・・たぶん」
自身なさげに左へ曲がる。
こんな感じで、翔輝は『陸奥』の中を歩き出した。
――十数分後。
「ま、迷っちゃった・・・」
いつかみたいに床に座り込んでしまう。
翔輝はまた迷子になってしまった。懲りないなーと自分でも思う。
こんな方向音痴が航海士をやっているのだ。世も末である。
「どうしよう・・・」
翔輝はもはや打つ手がなかった。
前回と違い、ここは中を詳しく知らないし、階段を使ってしまったのでここがどの甲板かすらも全くわからなくなってしまっている。
「ここで人が来るのを待つか・・・」
翔輝の力ではもう手に負えなかった。
こういう時、すぐに人が通り掛かり、「どうされたのですか?」と声を掛けてくれればいいが、そんなご都合主義が起きる訳――
コツン・・・
「うん?」
突然遠くの方から足音が聞こえてきた。誰かが来たのだ。
「やった! これで艦橋に行ける!」
翔輝は走り出した。そんなに遠くはない。
次第に近づく両者。目の前にT字路が見えてきた。足音はその右側から聞こえた。翔輝はそのT字路を右に曲がって立ち止まった。そして、足音の正体に声をかけた。
「すみません! ちょっと道を聞きたくて・・・って・・・え?」
翔輝は前方の人物を確認する。黒い第一種軍装を着ているが、中身は翔輝とさほど変わらない少女だった。その少女の軍帽からは長いきれいな髪が流れている。その姿は普通の軍人ではなかったが、翔輝はすぐにその正体がわかった。
「えっと、『陸奥』の艦魂?」
翔輝が声を掛けると、目の前の少女は目を丸くした。
「私が、見えるんですか?」
なんかどっかで聞いたようなセリフだった。
「うん、まぁ」
翔輝は回答した。その返事に少女――陸奥は驚いたような顔をする。
「私が見える人なんて、数人しか会った事がないんですが」
「そういる人種でもないよ」
翔輝は笑う。それにつられて陸奥も笑った。
「私の配属ではありませんね。どの艦からいらしたのですか?」
陸奥の問いに、翔輝は優しく微笑んだ。
「僕は長谷川翔輝少尉。戦艦『大和』で航海士をやってるんだ」
「『大和』で? じゃあ彼女にもお会いしたんですか?」
この彼女は大和の事だろう。翔輝はうなずく。
「うん。大和とは一応仲良くしてる」
「じゃあ、あなたがこの前大和ちゃんが言ってたお気に入りの士官ですか」
大和ちゃん? なんか調子が狂う呼び方だ。そして、その話はさっき長門さんから聞いた。
「そういえば、長門さんがそんな事を言ってたような」
「お姉様とも知り合いなんですか?」
「お、お姉様!?」
えっと、『陸奥』は長門型戦艦の二番艦である。つまり彼女はあの長門の妹である。でもだからってお姉様って・・・
「えぇ、『長門』の艦魂は私の姉で、私はお姉様と呼んでるんです」
なんか、危険な匂いがするようなしないような・・・
「へぇ、確かに《お姉様》ってオーラは出てたな」
「ですよね、私憧れちゃいます」
「いや、陸奥さん。それはやめといた方がいいかと」
「どうしてですか? あと陸奥でいいですよ」
「あ、そう。あー、陸奥。やっぱり軍艦というか軍人なんだから、あんまり軽くはならない方が・・・」
「お姉様の悪口を言わないで!」
突如陸奥が烈火の如く激怒した。そのあまりの豹変ぶりに、翔輝は一歩引いた。
「お姉様は立派な軍人です! 確かにちょっと軽いかもしれないけど、でもお姉様は今まで旗艦として立派に生きてこられたんです! 私はそんなお姉様が大好きです! だから、お姉さまの悪口を言わないでください!」
いつの間にか陸奥は翔輝を壁に追い詰めていた。身長は翔輝と同じくらいなので、壁に押し付けられた翔輝の顔の数センチ先に陸奥のきれいな顔がある。まぁ、今はかなり怖いが、
「ご、ごめんなさい! もう言いません! 金輪際長門さんの悪口は言いません! だからお許しをー!」
あまりの迫力に、素直に翔輝は謝った。この勢いでは土下座は時間の問題だったが・・・
「わかってくれればいいんです」
素直に謝れば案外すぐに陸奥の機嫌は直った。
やっと陸奥の顔から怒りが消え、笑顔になった。同時に、翔輝の足から力が抜けて、翔輝はその場にへなへなと腰を落とした。
「あの、大丈夫ですか?」
陸奥が心配そうに尋ねる。原因は君なんだが・・・
「うん、大丈夫」
翔輝はなんとか足に力を入れて立ち上がった。
立ち上がると、自然に陸奥と視線が合う。今は怒ってないので、陸奥の端整な顔立ちはかなりの美少女に見える(実際は『陸奥』の艦齢は二〇歳と、もう少女ではないが、見た目は翔輝と同じくらいの年齢である)。翔輝は顔を赤くし、自然に視線を逸らした。
「顔が赤いですけど、本当に大丈夫ですか?」
心配そうに陸奥は翔輝の顔を覗き込む。焦るのはもちろん翔輝だ。
「だ、大丈夫!」
翔輝は必死で言う。ここは否定しておかなければマズイので。
そんな翔輝を見て陸奥はくすくすと笑う。それにつられ、翔輝も笑った。
「それより、一体『陸奥』に何のご用件で来られたんですか?」
陸奥はふとそう訊いた。ここでようやく翔輝は自分の仕事を思い出した。
「あぁ、そうだった。これを小暮艦長に渡すんだった」
そう言って翔輝は懐から手紙を取り出した。それを見て陸奥は不思議そうに首を傾げた。
「艦長に? だったら艦橋に向かうんですよね?」
「あぁ、まぁ」
「だったら何で下甲板にいるんですか?」
「え? ここって下甲板だったの?」
下甲板は軍艦艦内のかなり下の方の階だ。どうやら上に行こうとして思いっ切り下に向かっていたらしい。
「知らなかったんですか?」
「うん。それで迷子になっちゃって」
その答えに陸奥は大きなため息を吐いた。呆れられているのだろうが、全くもって言い返す言葉がない。
「艦の針路を迷わずに誘導する航海士という役職にいながら、艦内で迷子になり、あまつさえ上に向かうのに下に行き着くとは、ものすごい方向音痴ぶりですね」
「全くもって面目ない」
翔輝も言い返す言葉がなかった。すると陸奥は柔和な笑みを浮かべた。
「では、私が艦橋まで案内します」
そう言って自ら案内役を買って出てくれた。その言葉に翔輝は驚くとすぐに嬉しそうに微笑んだ。
「本当? ありがとう!」
翔輝は嬉しくなって笑った。その満面の純粋な笑みを見て、陸奥はドキッと心臓を跳ね上げると顔を一瞬で真っ赤に染めた。
(長谷川少尉の笑顔って、結構かわいいです・・・)
「どうしたの?」
「ひやっ!」
翔輝の事を考えていた時に、その本人がいきなり自分の顔を覗き込んできた。そりゃ誰だって驚くだろう。
「な、何でもありません!」
顔を真っ赤にしたまま、陸奥はプイッと翔輝に背を向けた。
「さぁ、行きましょう。まずは上に行かなくちゃなりませんから」
「あ、うん・・・」
陸奥は歩き出し、翔輝はその後を静かについて行く。時折陸奥がチラチラとこっちを見てくるので、そのたびに翔輝は優しく微笑んだ。すると陸奥は顔を赤くしてすぐに前に向き直る。
一体何なんだろう?
翔輝は首を傾げながらも、陸奥の後をついて行った。
陸奥の案内で、翔輝はやっと艦橋に辿り着いた。
「ここが艦橋です」
「本当にありがとう」
艦橋の入口で翔輝は陸奥に礼を言った。陸奥は「いいんですよ」と言ってにっこりと微笑んだ。
「気にしないでください。それより早く用事を済ませた方がいいですよ」
陸奥は笑顔でそう言った。その言葉に翔輝はうなずく。
「あぁ、そうするよ」
翔輝は笑って陸奥と別れて艦橋の扉を開けた。戦艦の頭脳とも言うべき艦橋の中には数人の人がいた。それらは突如入ってきた翔輝を不思議そうに見詰めていた。
「うん? 君は誰だ?」
近くにいた航海長が声をかけてきた。翔輝はそんな彼にそっと敬礼する。
「戦艦『大和』航海士、長谷川翔輝少尉です。『大和』艦長高柳大佐から小暮艦長宛の手紙をお届けに参りました」
「私に、高柳君から?」
艦橋の奥にいた男がこちらに振り向いた。彼が小暮艦長なのだろう。
「はい」
翔輝は懐から手紙を取り出し、小暮に向ける。
「しかし、手紙を届けさせるくらいなら兵にでも任せばいいものを、相変わらず士官使いが荒い男だ」
小暮は苦笑しながら近づいて来た。翔輝はどうぞと言ってその手紙を小暮に渡す。
「ご苦労。君、長谷川翔輝と言ったね?」
「は、はい。そうですけど・・・」
翔輝がそう答えると、小暮は嬉しそうにうなずいた。
「君は艦魂が見えるんだね?」
唐突に出た『艦魂』という言葉に翔輝は驚愕した。
「艦長、どうしてそれを・・・?」
「いやー、『大和』の長谷川翔輝という新米航海士は艦魂を見る事ができるという噂を聞いてな」
一体どこのどいつがそんな噂を・・・
不思議そうに首を傾げる翔輝に、小暮は優しく微笑んだ。
「で、どうなんだ? 実際に見えるのか?」
小暮は楽しそうに聞く。まるで少年のように屈託のない笑顔だ。
「えっと、まぁ見えます。というか、さっき『陸奥』の艦魂にも会いましたけど」
「ほう、『陸奥』のも見たのか。で、どんな奴だった?」
「えっと、僕と同じくらいの女の子でした」
「君とって、おいおい、『陸奥』は今年で二〇歳だぞ」
「さぁ、艦魂の年齢って結構適当みたいですよ。『大和』だってついこの前できたのに、艦魂は十三、四歳ぐらいの女の子でしたもの」
「それはすごい適当だな」
小暮は笑い、艦橋にいた全員がつられて笑った。
和やかな雰囲気が艦橋を包む。
「そうかそうか、『陸奥』の艦魂はまだ少女なのか、こりゃいい事を聞いた。高柳君にもよろしく言っといてくれ」
「はい」
翔輝は敬礼して扉の外に出た。
「終わりましたか?」
「あれ? 君まだいたの?」
目の前には自分をここまで案内してくれたこの艦の艦魂、陸奥がいた。
翔輝の言葉に陸奥は少し不機嫌そうな顔をする。
「だって、また迷子になられたら困りますから」
陸奥は苦笑いしながら言う。反論ができない所が情けない。
「そうか、ありがとう」
翔輝もそんな彼女の優しさに微笑んだ。
「いえ、それよりお手紙は艦長に渡されたんですか?」
「あぁ、あと艦長に君の事を教えといたよ」
その言葉に陸奥は目を大きく見開いて驚く。
「わ、私の事ですか? な、何て言ったんですか?」
翔輝は一言、
「シスコン艦魂」
「シ、シスコン!?」
陸奥は顔を真っ赤にして驚く。だがすぐに怒り出す。
「な、なんて事を言ったんですか! 私は純粋にお姉様の事を・・・って、笑わないでください!」
そのあまりの焦りぶりに、翔輝は腹を抱えて大笑いした。
「うそうそ、うそだよ。君の外見を教えただけだよ」
そう訂正すると、陸奥はさらに顔を真っ赤に染める。
「だ、騙すなんてひどいですよ!」
「ごめんごめん」
笑いながら謝っても全く説得力が無い。
陸奥は顔を真っ赤に膨らませて怒った。
「もう知りません! 勝手に迷子でも何でもなってください!」
そう言って、陸奥は背を向けて走り出してしまった。廊下の向こうに消えてしまった少女の背中に、今頃になって、ちょっとやり過ぎたな、と後悔する翔輝。
「はぁ、ちょっとからかい過ぎたな」
頭を掻いてさすがに反省する。
「仕方ない。自力で帰るか」
そう言って、翔輝は歩き出した。彼が進む道はどこまでも金属のトンネルであった。
「まったく、あの人は・・・っ!」
ブツブツと文句を言いながら早歩きで進む陸奥。しかし、どうしても憎み切れなかった。
「・・・」
陸奥は立ち止まった。そして、自分が来た道を振り返る。
てっきり追って来てくれるかと思っていたが、その様子はなく、陸奥は残念そうに肩をがっくりと落とす。
「・・・また迷子になられたら私が困ります」
そう言って、陸奥は元来た道に歩き出した。
なんだかんだいっても、陸奥はとても優しい女の子なのだ。
その頃、一人で出口を目指していた翔輝はというと――案の定、迷っていた。
「えっと、どっちから来たっけ?」
T字路の左右を何度も見る。しばし見続け、そして決断。
「よし、右に行こう」
「一体あなたはどこに行くつもりなんですか?」
「え?」
その声に振り返ると、そこには呆れ顔の陸奥がいた。そんな彼女の姿を見て翔輝は嬉しそうに微笑む。
「陸奥。来てくれたんだ」
翔輝が笑うと、陸奥はプイッと横を向く。
「べ、別にあなたの為に来たんじゃないんです。ただ、偉大な戦艦『陸奥』の艦内で迷子で死人がでたら困るので」
「おーい、人を勝手に殺すなー」
ツッコミを入れるが、陸奥は軽くスルーした。なんか悲しい。
「そっちは機関室です。余計甲板からは遠くなりますよ」
「あ、そうなの?」
はぁと陸奥は深いため息をついた。
「本当に帰る気があるんですか?」
「あれ? お前僕に帰ってほしいの?」
ニヤニヤしながら翔輝は聞く。
「そ、そういう訳では・・・ッ!」
おろおろとし始める陸奥を見て、翔輝はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「ふーん、じゃあいてほしいの?」
「いや、そうでもなくて・・・」
陸奥は赤面しながらあたふたとする。
「どっちなんだよ」
少し呆れながら翔輝は言う。
「と、とにかく! まずは甲板に向かいます! ついてきて下さいッ!」
陸奥は左の通路を歩いて行った。
「逃げたな、ありゃ」
丸分かりな反応に翔輝は苦笑いしながらも後を追った。
数分後、翔輝は無事に甲板に着いた。
「はぁ、やっと海を見れた」
ふうと翔輝は息を吐いた。
もう空はオレンジ色に染まり、水平線上には太陽が沈みかけていた。夕日のオレンジ色が『陸奥』の甲板を染め上げる。まるで、『陸奥』燃えているかのようになんとも言えない輝きが艦体を包む。
「そろそろ帰らないと大和ちゃんが心配しますよ」
「そうだな」
翔輝は振り返った。夕日を背にした翔輝は微笑んでいた。
「今日は色々ありがとう」
「いえ、長谷川少尉ももう迷子にならないでくださいね」
「・・・努力する」
翔輝の返答に、陸奥はくすくすと笑う。それにつられて翔輝も笑った。
「長谷川少尉ー!」
「え?」
その声に振り向くと、内火艇の兵がいた。
「あ、あれ? 君待っててくれたの!?」
「すぐに出しますから!」
兵はラッタルを下りて行った。
翔輝は陸奥を見直す。
「お別れだね」
「そうですね」
翔輝は微笑み、右手を陸奥に向けた。陸奥もそれを理解して右手を出す。二人の手ががっちりと握り合い、二人は強く握手した。
「じゃあな。がんばれよ」
「少尉こそ」
握手を解き、翔輝はラッタルに足をかけた。その時、
「長谷川少尉!」
陸奥が翔輝を呼んだ。翔輝はそれに振り向く。陸奥は振り向いた彼に満面の笑顔を向けた。
「また、いつでもいらしてください!」
その言葉に、翔輝は笑った。
「あぁ、また来るよ!」
「きっとですよ! 約束です!」
「あぁ、約束だ!」
翔輝は手を振ってラッタルを下りて行った。
夕焼けでオレンジ色に染まった海を、翔輝を乗せた内火艇はゆっくりと『大和』に向かって進んだ。その様子を、陸奥は甲板からいつまでも見詰めていた。
真っ赤に燃える夕日のように、一人(一魂?)の少女の胸にも、何か暖かいものが生まれたのだった・・・
で、所変わって帰還した『大和』艦橋。
「任務、完了しました」
翔輝は高柳に任務完了の報告をしに艦橋に来ていた。戻って来た翔輝を見て高柳は優しく微笑んだ。
「そうか、小暮君は元気だったか」
「はい」
翔輝の返答を聞いて高柳は「それは良かった」とうなずいた。そんな彼を見て翔輝はぺこりと頭を垂れる。
「では、僕はこれで」
退室しようとする翔輝に高柳は「ありがとな」と礼を言った。
「いえ、また何かありましたら言ってください」
翔輝は敬礼して艦橋を出た。と、そこには、
「あ、大和」
そこにいたのはものすごく、死ぬほど不機嫌そうな顔をした大和だった。そして、大和は翔輝をキッと鋭い眼光で睨みつけていた。
「え? 何?」
戸惑う翔輝に、大和は吐き捨てるように言葉を出す。
「楽しかったですか?」
「は?」
「陸奥さんとの甘い時間は」
「はい?」
突然の意味不明発言に翔輝は困惑する。一方、そんな彼の前では刀のような鋭い瞳をしていた大和が、徐々にその鋭さを失っていく。
「少尉は年上好みだったんですか?」
そんな小さな言葉をやっとの思いで出した頃には、大和は今にも泣きそうな顔をしていた。
翔輝はうるうるとした瞳を向ける大和に苦笑いする。
「あの、なんか誤解してない?」
「誤解・・・ですか?」
その言葉に大和は少し反応した。それを見て、翔輝はうなずく。
「『陸奥』の小暮艦長に手紙を届けに行ったんだよ」
そう言うと、大和はきょとんとする。
「え? じゃあ任務で?」
「そう、一応『陸奥』の艦魂にも会ったけどね」
そこで再び大和の目が鋭くなる。
「そこで何かありませんでした?」
大和は睨みつけるように言い放つ。
「だから何もないってば。一体何があるっていうんだよ」
「え、それは、その・・・」
大和は急に顔を真っ赤にして焦る。そんな彼女の反応に不思議そうに翔輝は首を傾げる。
「だから何があるって言うんだよ」
「そ、それは・・・、な、何でもないですぅッ!」
大和は顔を真っ赤にしたまま走り去って行った。
「一体何なんだ、あいつ」
一人残された翔輝はただただ大和の消えた方を見ているだけだった。 |