艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(48/132)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第八章 第四節 夕日に照らされる優しき笑顔


 翌日、嫌がる翔輝を拉致して無理やりお茶会に参加させた。
「なんで僕が・・・」
「いいだろ? どうせ非番なんだからさ」
「それはそうだけど・・・」
「少尉。もう諦めるしかないですよ」
「・・・観念の要在りと認む」
「ま、諦めろって」
「ううっ」
 無理やり連れて来られた翔輝。金剛の参謀である榛名。自艦で行われているので一応見張りみたいな感じでいる大和。翔輝がいるからという理由でいる武蔵の計六人は静かに会議室でお茶会を開いていた。
 せっかくの非番だったのに強制参加させられて肩を落とす翔輝に、金剛が申し訳なさそうに頭を下げた。
「悪いな。比叡が死んで以来紅茶を淹れてくれる奴がいなくてな。それ以来紅茶を飲んでいないのだ」
 珍しく自分に向かって頭を下げるという驚異的行為をした金剛に、翔輝もこれ以上何かを言う気にはなれなかった。
「まぁ、別にいいですけどね」
 比叡の事を思い出しながら辛そうに言う金剛を見ていると、断れる訳がない。なんやかんやいっても翔輝は底抜けて優しいのだ。
 翔輝は笑いながら紅茶を淹れた。
 金剛は湯気の立つティーカップを手に取った。キレイな琥珀色をした紅茶を見て、金剛は硬直する。
「この色、この香り、比叡のとそっくりだ・・・」
 その言葉に、翔輝は驚く。
「え? そうなんですか? 比叡さんってお茶淹れるプロなんですね。この淹れ方はプロの正式な淹れ方なんですよ?」
「なぜ貴様がそれを・・・?」
 金剛の当然とも言える質問に、翔輝は苦笑いする。
「いやー、僕の親族といか、幼なじみというか。そいつが「お茶の淹れ方で人間の価値観が決まるのですわ。だから、翔輝様もお茶の淹れ方をマスターしていただかないと困りますわ。いつか私がそのお茶を独占でき為にも」って、最後の方はよくわかんないけど、そう言って練習させられたからです」
 あははと笑う翔輝の横で、約二名がその幼なじみの最後のセリフに殺意を抱いているのには誰も気づかない。
「うん。さすが長谷川。相変わらずうまいな」
 ゴンッ!
「いってぇッ! 何すんだよ金髪!」
「貴様! 何一人勝手に飲んでるんだ!」
「いいだろ別に」
「マナーというのを前にも教えただろうが!」
「マナーを守ってたらできる事ができなくなるだろうが!」
「マナーとルールは必ず守れ!」
「バカヤローッ! ルールは破る為にあるんだろうが!」
「威張るなボケッ!」
 金剛と滝川が殴る蹴るのケンカになり掛けていた所をなんとか止め、お茶会を再会する。
 紅茶を優雅に飲む金剛に榛名(意外だが、長い間金剛の隣にいたのは伊達じゃなかったらしい)。そしてなぜか武蔵(本人曰く。一般常識だそうだ)。金剛に飲み方を教えられてぎこちない手つきで紅茶を飲む大和。マナーもへったくれもなくガブガブ浴びるように飲む滝川。そして、ただひたすらに紅茶を淹れ続ける翔輝。珍しい組み合わせだ。
「うん。うまいじゃん! 比叡姉さんそっくりだぜ!」
「そう。それは良かった」
「うむ。何か懐かしいな・・・二人が死んで、まだ一ヶ月しか経っていないというのにな・・・」
 おいしそうに、そして懐かしそうに紅茶を飲む金剛と榛名。今は亡き比叡の優しい味が、二人にはとても嬉しかった。
 そんな二人の横で滝川は本日十五杯目の紅茶を飲み干した。
「それにしてもさ、長谷川って本当に何でもできるよな」
 突然話題を振られた翔輝は驚くが、すぐにそんな滝川のセリフを否定する。
「そんな事ないよ」
「いやいや、お前は絶対終戦後軍艦から降りても生きていけるよ」
 何気なく言った滝川の言葉に、大和はむっとする。
「少尉は戦争が終わっても私から降りたりなんかしません」
 不機嫌そうに言う大和に、滝川はため息する。
「無理無理。日本はアメリカに負けて軍を解体される。そうすれば軍艦はおさらばだ。ま、その時までこの『大和』が残ってればの話だけど」
「滝川。日本は負けん。兵達を活気付ける軍楽兵が諦めていたら前線で戦っている兵達に申し訳がたたんだろ」
 金剛が睨み付けながら言う。そのひとつひとつには力強い想いが込められている。だが、そんな彼女の言葉にも、滝川は首を振る。
「だってよ。機動部隊は壊滅して、山本長官の『短期決戦、早期和平』というこの戦争の絶対必要事項を失ってしまってんだ。もう日本みたいな小さな島国があんなバカでかい世界最強軍事経済大国に勝てる訳がねえだろ」
 それは対英米戦反対派の主張であり、山本長官がこの戦争を始めるならこの条件を呑まないと戦わないとまで言わせた絶対条件だった。
 金剛は何度も聞いてきたその腰抜け主義に呆れる。
「またその話か。安心しろ。初期段階に機動部隊が南方地帯を攻略してくれたおかげで石油も確保してある。長期戦の構えはできているのだぞ?」
「いくら石油を確保しても、それで動かす軍艦がなけりゃ意味がないだろ?」
 滝川の言葉に、金剛はギロリと睨みつける。
「どういう意味だ?」
 金剛の鋭い視線にも滝川は動じずに続ける。
「敵さんは軍艦が殺られてもその数倍の数を造るけど、こっちは殺られてら最後、その半分の数すら造れない。このまま正攻法で戦争を続けていれば、工業力で圧倒的に負けている日本は確実に滅ぶ」
「まぁ、そうだが・・・」
 それは否定できない事だ。どう足掻こうと、日米には雲泥の差ともいえる工業力の差があり、それは絶対に覆る事のない事実だ。
「実際、もう空母は小型大型合わせて六隻失ってるし、戦艦だって――」
 そこで滝川の口が止まった。金剛と榛名の表情が変化したからだ。
 金剛と榛名はお互いに沈黙していた。ただ、一瞬だけ、辛そうに唇を噛んで・・・
「あ、その・・・」
「気にするな。一ヶ月以上も経っている。もうケジメはついてる」
 金剛は不機嫌そうに言う。その言葉に榛名も苦笑いする。そんな二人を見て、滝川は申し訳なさそうに頭を下げる。
「悪い。嫌な事を思い出させちまって」
「嫌じゃねぇよ」
 榛名の言葉に、全員の視線が集まる。
「確かに、比叡姉さんや霧島の死を思い出すのは辛い。でもよ。それ以上に楽しい思い出があるんだぜ? プラスマイナス楽しい思い出の勝ち。だから、辛くねぇよ」
「榛名・・・」
「へっ、まぁ、姉貴と俺がいれば帝国海軍もまだ安泰あんたいだ。大船に乗ったつもりでいろ」
 ドンと胸を叩いて自信満々に言う榛名に、翔輝はそっと微笑んだ。が、
「・・・大船って、汽船? 危なすぎる。私の方が安全。不沈艦だから」
 そんな榛名の気分を害す空気を読まない武蔵の言葉に、榛名のこめかみで何かが断裂した。
「例えだよ! 本気でんな骨董品に乗るか!」
「・・・うるさい。耳元で大声出さないで」
「んだとゴラッ! 俺の方が断然年上だぞ!」
「・・・精神年齢の問題」
「せいしんねんれい?」
「・・・ガキっぽいって事」
「このクソチビ! さっきから黙ってればいけしゃあしゃあと!」
「・・・十分うるさい。静かにしてよ。おばさん」
「お、おばさんだと・・・ッ!」
 戦艦『榛名』の艦齢は二七歳。艦魂の見た目は十代後半ぐらいだ。年齢的にも外見的にもおばさんにはまだ早い。
「このヤローッ! 俺はまだおばはんじゃねぇッ!」
「そうだよ武蔵! 榛名はどう見たって僕より少し年上にしか見えないだろ? 艦齢だってまだ二〇代だし。それに、連合艦隊最古参の戦艦の艦魂がこんなに若々しいんだぞ! 榛名をおばさんにしたら金剛さんはミイラだよミイラ!」
「貴様。ほめるかけなすか、どっちかにしろ」
「あ、いや、すみません」
 謝る翔輝を無視して金剛は紅茶を優雅に飲む。それを見て、他の者も紅茶を飲み始めた。そんな時、再び唐突に滝川が口を開いた。
「そいえば長谷川って何ができるの?」
「な、何だよ唐突に」
「いやさ、お前っていろんな事ができるだろ? 一体何ができるんだと思ってさ」
「そんな急に言われても・・・」
「何でもいいからさ」
「うーん・・・」
 翔輝は腕を組んで悩み始めた。
「そうだね・・・上流階級の作法とか?」
「何ですかそれ?」
「うん? 瑠璃がいつか一緒に外で食事する時に恥ずかしくないようにって、フォークを使う順番とかを無理やり教えられたんだ」
「また瑠璃さんですか・・・」
 大和は絶対零度の視線を向けるが、翔輝は鈍感なので、まったく気づいていない。その時、
「・・・翔輝は絵も得意」
 武蔵が紅茶を飲みながらそう小さく言った。
「そうなのか?」
 滝川も初耳だったのか、興味ありげに問う。
「あ、いや、得意というかなんというか」
「・・・得意と判断する。あれほどの完成度なんだから」
「え? 武蔵は見た事があるの?」
「・・・って言うか、もらった」
「も、もらった・・・ッ!?」
 大和は驚愕した。「そんな話聞いた事ないですよ?」という顔で翔輝を見詰める。微妙に睨んでいるが。
「あ、まぁ、武蔵がほしいって言うから」
「私にはくれないで、武蔵にだけってひどくないですか?」
「ごめん。別にあげられるような物じゃなかったから」
「・・・最低です」
「そ、そんな・・・」
 大和の放つ絶対零度の視線にようやく気づき、苦笑いで取りつくろうが、そんなのもはや無駄な抵抗だった。
「他には何ができるんだ?」
「うーんと、兵棋演習へいきえんしゅうが得意かな」
「兵棋演習とは、海軍学校でやるエリート司令官候補生用の図上演習の事だろう? それをなぜ航海士のお前ができるのだ?」
 金剛が当然とも言える質問をすると、翔輝は小さく笑みを浮かべて頭を掻く。
「いやー、友達が司令官候補生でよく部屋でお遊びやってたから。そいつに教えてもらってたらいつの間にか勝ち進んで《不沈司令官》とっていう変なあだ名を付けられちゃったんです。上官も「お前、司令官候補生になったらどうだ?」って言われたんですけど、「僕はそんな大役できません。のんびり海を見詰めてられる航海士になりたいんです」と断りましたけど」
 翔輝の言葉に、金剛は「ほう・・・」と少し興味がわいたような顔をした。
「なるほど、いつか手合わせしてみたいな」
「喜んで」
 笑顔で了解する翔輝を、榛名がとてもかわいそうな生き物を見るような目で見た。
「まぁがんばれや。生きていればきっといい事があるからよ」
 意味不明な言葉に頭に疑問符を浮かべていると、榛名がそっと肩を叩いた。
「姉貴は最強の図上演習プレイヤーだ。勝利の為なら何でもする。以前は敵軍港を壊滅させる為に駆逐艦五隻を湾口に自沈させて軍港の機能を破壊するという大胆な奇策をしたような人だ。その前は敵前一斉回頭というかなり無謀な事をしてT字戦法を無理やり完成させて艦体決戦を実行して敵艦隊を全滅させたような人だぜ。そのあまり博打ぶりながらも成功させる姉貴に、図上演習で勝ったものは一人もいないんだ」
 榛名の説明に、翔輝は苦笑いする。
「その二つの戦い方って、確か日露戦争の時に実際に実行されたやり方だよね? 旅順港閉塞作戦に、日本海海戦の東郷ターンでしょ? あれから四〇年近く経ってるのに、やっぱり金剛さんは《あの時代》の艦魂なんですね」
「それは、ほめてんのか?」
「いや、ちょっと皮肉を」
「殺されるぞ? 以前長門が戦艦二、空母二、巡洋艦八、駆逐艦二五、潜水艦六の大艦隊で姉貴が防衛している軍港に攻め込んだけど、姉貴の攻撃に壊滅的被害を受けて、圧倒的有利だった長門艦隊を敗北させたんだから」
「いやいやいや、それはもはやすごいとかすごくないとかの問題じゃないでしょ?」
「軍港には一応少ないながらも基地航空隊があったけど、姉貴は「航空機など邪道な物は使いたくない。反吐が出る」って言って三度にわたる夜間攻撃で挺身水雷戦隊と挺身潜水戦隊を投入して逆転勝利したんだ。長門艦隊は四五隻のうち戦艦、空母、潜水艦全滅。巡洋艦四隻沈没、二隻大破、一隻中破。駆逐艦十二隻沈没、六隻大破、二隻中破、二隻小破という被害を受けて、姉貴が圧勝したんだぜ?」
「いやいやいや、無傷がたった四隻って何? 挺身? 捨て身の部隊で?」
「あぁ、ちなみに姉貴の被害は攻撃を行った軽巡洋艦五隻、駆逐艦三〇隻、潜水艦十二隻のうち軽巡一、駆逐艦八、潜水艦五隻沈没。他十六隻が損傷を受けただけだぜ?」
「被害少なっ! 敵が二六隻も沈没したのに、こっちはたった十四隻!?」
 驚く翔輝に、榛名は苦笑いする。
「姉貴は水上戦闘のプロだからな。水雷戦隊と潜水戦隊のすさまじい酸素魚雷による雷撃でほとんど沈めたんだ。ちなみに、その後長門は一週間姉貴の下僕になったけどな」
「・・・手合わせをやめていいですか?」
「ダメだ」
「こりゃ、長谷川は終わったな」
 金剛に一刀両断で断られたのを見て、滝川はニヤニヤと笑っている。その笑みはいつもと同じ、訳のわからない事を考えている時の笑みだった。
「終わったなお前。きっとムチでしばかれたりロウソクを垂らされたり、さらには靴の裏を舐めさせられたりするぜ。(金剛)「どうだ!? 嬉しいか!? 嬉しいのか!? 犬のくせにご主人様の足で○○○を踏まれて気持ちいいのか!?」(翔輝)「はい! 嬉しいです! もっと私めをいじめてください! このだらしない犬めの○○○を踏み倒して下さい!」とか言ったりしてさ。あと縛って――中略(入力自粛)――とかあんじゃない? 良かったな長谷川。これはある意味おいしいぞ?」
「「死ねえええぇぇぇッ!」」
 金剛の竹刀と翔輝の飛び蹴り炸裂したのは同時だった。滝川の顔面に翔輝の必殺ドロップキックが爆裂し、金剛の竹刀がその頭を砕く。滝川はその見事な連携攻撃に轟沈した。いくら無敵の生命力を持つ滝川でもさすがに再起不能の一撃だろう。
「貴様という奴は・・・ッ!」
「滝川・・・ッ! お前なぁ・・・ッ!」
 肩で息をする二人。その顔は真っ赤だ。ふと、二人はお互いを見合った。そして気恥ずかしいのかほぼ同時に反対方向を向いた。翔輝の視線はそこであるものに行き着いた。顔を真っ赤にさせて硬直している大和。同じく顔を真っ赤にさせて無表情の仮面が崩れ掛けて唇の端が引きつっている武蔵。一人テーブルの上で頭を抱えている榛名。特にヤバそうなのは、おそらく武蔵の方だ。大和はたぶん大丈夫(今までの経験上)だが、純粋無垢な武蔵はまずかった。ついに無表情の仮面が砕け、目をグルグル回して倒れてしまった。お子様にはまだ早すぎる世界だったのだ。
「武蔵!」
 慌てて駆け寄ると、武蔵は真っ赤な顔をしていた。武蔵はいやいやというふうに顔を手で隠しながら首を横に振る。一瞬、翔輝の股間を一瞥し、さらに過激に首を振る。こんなかわいい仕草をする武蔵をもう少し見ていたい翔輝だったが、このまま放置しておけば、確実に武蔵は再起不能になるだろう。
「おい、武蔵大丈夫か?」
「・・・人間は結局、己の欲望に操られた愚かな傀儡くぐつ・・・」
 無表情の崩れた武蔵は、身体を小刻みに震わせてつぶやいた。
「・・・金がほしい、有名になりたい、偉くなりたい、そういう下劣極まりない願望は、全て欲望――いや、性欲から生まれる。戦争、犯罪、不景気。全ては性欲が人間を支配して歪ませた腐った世界の排泄物。それが、それさえなければ、人間はもっとすばらしい文明を築きあげられるのに・・・下劣極まりない欲望は清らかな思考を捻じ曲げ、汚し、腐らせ、腐敗させる。欲望なんて、欲望なんて・・・性欲なんて・・・ッ! 朽ち果てろおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
 武蔵が壊れたあああああぁぁぁぁぁッ!
「・・・そんなもの、葬ってくれる! 私の四六cm砲で粉々に粉砕してくれるッ!」
「武蔵落ち着け! 僕は君の意見に賛同する! だが、ここで叫んでても仕方ない! 今は落ち着くんだ!」
「・・・翔輝! 決して、決してあなたはそんな下劣極まりないものに囚われてはダメ!」
 武蔵は必死になって翔輝に訴える。その瞳は涙でいっぱい。きっと心の底からの願いなのだろう。
 必死な武蔵の言葉に、翔輝は何度もうなずく。
「わかった! わかったから元の静かな武蔵に戻って!」
「まぁ、男は狼だからな。本能の赴くまま生きるぜ? きっとお前もいつか長谷川に食べられるぜ?」
 国士無双並みの生命力を発揮していつの間にか復活した滝川がとどめを刺す。
「・・・そ、そんな事ない! 翔輝はそんな事しない!」
 武蔵は必死になって反撃する。だが、滝川はそんな武蔵を鼻で笑う。
「無理無理。男は女を目の前にすると己の主砲を射撃したいという衝動に駆られるんだ」
「・・・お前は性病朽ち果てろ!」
 武蔵は体中から怒りのオーラを最大出力で全方位に放出している。その怒りは常日頃大和達などへ向けているものとは桁違いであった。
 本気の本気で、武蔵は激怒していた。
 このままでは大惨事は避けられないと判断した翔輝は慌てて事態の収拾をする。
「と、ともかく武蔵を僕の部屋に! 榛名! 大和を連れて来て!」
「お、おう・・・」
 まだダメージの残っている榛名は、気力がないのか、いつもの大声ではなかった。榛名は硬直している大和を担いで翔輝の後に続く。そんな翔輝達を見て滝川はさらに興奮する。
「おうおう長谷川! いきなり4Pか!? ひゃっほう! 男だね! 青春だね! 鬼畜だねぇッ!」
「・・・金剛さん。そこの下半身変態色魔をよろしくお願いします」
「言われるまでもない」
 翔輝は金剛と見つめ合うと静かにうなずき、四人は部屋を後にした。
 残されたのは金剛と滝川。
 金剛は早速竹刀を構えると、鋭い眼光で滝川を睨む。その迫力に、さすがの滝川を身体を震わせる。
「え? 何? 金剛? ちょっと目が怖い・・・」
「貴様とはじっくり話をせんとな」
 金剛はしっかりと竹刀の矛先を滝川に向けたまま動かさない。そんな金剛に滝川は二ぐぁ来する。
「ご、ごめ〜ん。今日の夕方には内地に帰るから、そろそろ準備が・・・」
「まだ八時だ。出発時刻の四時までまだ八時間もある。たっぷり懲らしめてやるからな」
「申し訳ありませんが、私めはそのような趣味はありませんので」
「死ねえええええぇぇぇぇぇッ!」
 刹那、男のすさまじい悲鳴とバイオレンスな打撃音と破壊音が南国の小島に木霊した。

 夕方、キレイなオレンジ色に染まった空を翔輝達と滝川(頭には包帯が巻かれている)は左舷甲板で見ていた。軍楽隊員達が次々に荷物を輸送艦に輸送している。そんな彼らを一瞥し、ため息する滝川。
「死ぬかと思ったぜ。『金剛流三大七拷問術』は、マジで天国が見える」
「自業自得だよ。っていうか、《三大七》っていくつだよ」
「三×七=二一だろ? 小学校低学年レベルの計算だぞ?」
「言い方がわかりづらいんだよ」
「文句ならあの金髪に言ってくれ」
 滝川は疲れた顔で少し離れた所で仁王立ちしている金剛を見る。金剛はこっちを睨んでいたが、滝川の視線に気づくとプイッとそっぽを向く。いや、無茶苦茶丸分かりなんですけど。
 滝川は大きくため息すると、どこか寂しげな瞳で夕日を見詰める。
「でもよ、最後にお前のフルートの音色・・・聞きたかったな」
「ちょっと滝川――」
「フルート?」
 すでに時遅し。滝川の言葉はしっかりと大和の耳に届いていた。興味津々の大和の視線を感じ、翔輝はため息する。
「滝川。その話はしないって約束だろ?」
「あれ? そだっけ?」
 滝川は首を傾げ、翔輝はため息する。
「そだっけ、じゃないよ」
 頭を抱える翔輝の上着の裾をくいくいと大和が引く。
「少尉。少尉ってフルートが吹けたんですか?」
「あぁ、まぁね」
「そうなんですか。すごいです。私も聴いて――」
「悪いけど、フルートはもうやめたんだ。ごめん」
「少尉・・・?」
 大和はなぜか悲しげな表情をする翔輝に戸惑う。
「そっか、あの時は無理言って頼んだんだもんな」
 滝川の言葉に、翔輝はうなずいた。その表情には陰りがあった。大和はその表情を嫌というほど知っている。
「翔香さんが関係してるんですか?」
 大和の問いに、翔輝は静かにうなずいた。
「元々フルートは母さんがやってたんだ。僕も翔香もその音色が大好きだったんだ。でも母さんは病気で死んじゃって、もう二度と聴けなくなってしまったんだ。母さんの死で塞ぎ込んじゃった翔香を、僕はどうしても元気づけたかった。だから、僕はこっそり音楽教室に通ってフルートを習ったんだ。言わなかったのは驚かせたくてさ。先生は僕には才能があるって言ってくれた。きっと母さんのおかげだったんだ。僕は練習に練習を重ねて、一ヵ月後に翔香に聴かせてやった。翔香は満面の笑みをしてくれた。それ以来、翔香を楽しませたくてフルートを練習してたけど、その翔香も死んじまって、僕は一人になっちまった。翔香との思い出は胸に秘め、フルートは永遠に封印したんだ。だから、僕はもう、フルートを吹くつもりはない」
 翔輝の悲しそうな顔を見て、大和は胸を痛めた。また翔輝が悲しんでる。また翔輝が苦しんでる。助けたい。力になりたい。でも、自分には何もできない。見ている事しかできない。それが辛くて、辛くて、惨めで。無力な自分に憤りを感じる。
「で、でもよ。せっかくの才能を――」
「悪いけど、あの時はフルート役が風邪で休んじゃったからやっただけで仕方なく参加したんだ。だから、もう二度と吹くつもりはない」
 翔輝の辛そうな顔を見て、滝川は「そうか」としか答えられなかった。
 気まずい沈黙が流れた時、ついに時間が動いた。
「お、もう出港か。残念だけど、俺はもう行くよ」
 滝川はトランペットの入ったケースと私物の入ったアタッシュケースを持った。向こうの方で他の軍楽隊員達が上官である翔輝に向かって敬礼しているのが見えた。
 滝川は振り返ると、ニッと笑みを浮かべた。
「今度また『大和』に来る事があったら、よろしくな」
「あぁ、元気でな」
「これからも御国の為に一層奮励努力するように」
「つーか、早く帰れボケ」
「同感です」
「・・・右に同じ」
 後半三人の態度に滝川は口を尖らせる。
「何だよ。最後ぐらい笑って見送れないのか?」
「それをできないくらい人をからかったのはどこのどいつだよ」
「・・・せめて味方軍港の湾口に沈むような、人の足を引っ張るような事だけはしないように」
「それ、すごい迷惑。もう迷惑なんてレベルじゃないよ」
「はいはい。それじゃ、沈まないうちに駆逐艦は撤退しますよ」
 滝川は皮肉を言うが、そんなのこの三人にはまったく無駄。むしろ、
「お前が駆逐艦ってのは駆逐艦達に失礼だろ?」
「・・・同感。水雷艇がいいところ」
「練習艦でいいよ」
 余計ひどく返された。
 ため息する滝川の肩を、翔輝は苦笑いしながら叩いた。そんな翔輝に滝川も苦笑いして踵を返した。
「じゃあな! 元気でな」
 激しく手を振り、満面の笑顔で別れの挨拶をする滝川に、翔輝も笑顔で手を振った。
 夕日に照らされる二人の笑顔は、とても柔らかいものだった。
 そして、滝川の姿は、輸送艦の中に消えていった。

 夕焼けに染まった海の上を走って湾外に出て行く輸送艦。そのまわりを味方駆逐艦が護衛する。金剛はそんな部隊に向かって小さく微笑むと、静かに敬礼した。それは彼女なりの、小さな激励だった・・・
 暁色に照らされたその微笑は、とても優しげなものだった。







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