第八章 第二節 翔輝の古き悪友
翌朝、翔輝は多くの艦魂達から色々な誕生日プレゼント(一日遅れだが)をもらった。大和からも万年筆をもらった。
自室に戻り、翔輝は大量のプレゼントを机に置いた。
「ずいぶんもらいましたね」
大和は大量のプレゼントを見詰めて驚く。そんな大和の言葉に翔輝は笑顔でうなずく。
「うん、もらって嬉しいのもあるんだけど、意味のわからん物もあるな」
そう言って、翔輝はおもむろに――魚雷を取り出した。
「九五式酸素魚雷型万年筆。潜水艦の子からもらったんだけど、こんな物どうやって手に入れたんだ? ここにあるのは全部本物だろ?」
本物とは、艦魂達から空間から取り出した幻のような物ではなく、常人が触れられる普通の物の事だ。
「さぁ、でもいいじゃないですか。なかなかいいデザインですよ?」
「でもさ、駆逐艦の子数人からも魚雷型万年筆をもらったんだよ? なんか少し形は違うけどさ」
そう言って翔輝は別の魚雷型万年筆と持つ。すると、
「それ、艦艇の使用する九三式酸素魚雷型万年筆ですね。九五式は潜水艦用の魚雷ですから」
大和は翔輝が手に取った別の魚雷型万年筆を見て自信満々に言った。
大和の説明に翔輝は感心すると同時に苦笑いする。
「素人の僕によくわからないな」
「少尉の専門分野は戦艦ですからね」
大和の言葉に、翔輝は「そうだな」と返すと今度は一際目立つ一升瓶を取り出す。
「山城からは一升瓶をもらったよ」
「すごいですけど、少尉はお酒はお飲みになるんですか?」
「うーん、残念だけど僕はあんまり飲まないね」
「・・・これ、どうするんですか?」
「うーん・・・」
翔輝は目の前の一升瓶を見詰め、小さく首を振る。
「山城には悪いけど、これは誰かにあげよう」
「それがいいですね」
大和も翔輝の提案にうなずくと、一升瓶をそっと隅に置く。
プレゼントを見詰める大和はふと隅にある意外な人物からのプレゼントを見詰める。
「でも、金剛さんからプレゼントが来たのは意外でしたよね?」
「あぁ、物は竹刀だったけどな」
そう言って翔輝は苦笑いしながら金剛からもらった竹刀を持つ。柄の部分には力強い文字で《切磋琢磨海軍精神》と彫られていた。あの人らしいといえばそうだ。
次に大和はいまだに袋の中にひとつだけ入っているある人からのプレゼントの話に触れる。
「扶桑さんの過激でしたよね。釘の刺さったわら人形でしたものね」
そう言って、袋を見詰める。その中には誕生日プレゼントには絶対に渡さないはずの呪術道具が入っている。
翔輝も袋を見詰めて苦笑いする。
「同封されてた手紙には『山城からプレゼントなんて、私は一回ももらった事がないのに! 呪ってやるー!』って書いてあったし」
「嫉妬とは時に恐るべき力になりますから、少尉も気をつけてくださいね」
「うん。すぐ近くにそれに近い人もいるし」
「え?」
「ううん。気にしないで」
翔輝はプレゼントの山を見詰めてそっと微笑む。中にはあれな物もあるが、みんなからプレゼントをもらえて嬉しいのだろう。
「伊勢さんは伊勢エビ十匹でしたよね? あれはどうしたんですか?」
「主計長にあげたら「こりゃすごい! こんなもんどうしたんだい!? まぁいいや、これを使って今日は伊勢エビの味噌汁を作ってやらぁ」って嬉しそうに言ってたよ」
「それは良かったですね」
「問題は日向のだ。これはさすがに・・・」
そう言って翔輝はため息しながらベッドの上に置かれた大きなクマのぬいぐるみを見詰める。
「かわいいじゃないですか」
大和は頬を赤くして嬉しそうな笑みを浮かべるが、翔輝は複雑そうな顔をする。
「軍艦にクマのぬいぐるみはおかしいだろ?」
「ま、まあそれはそうかもしれませんが・・・」
「どうしよっかな・・・瑠璃にでもあげっかな」
翔輝がクマのぬいぐるみをどうするか困っているとドアがノックされた。
「はい?」
「あ、あの、水上です」
「あぁ、入っていいよ」
翔輝の返事の後「失礼します」と言って水上が入って来た。
部屋に入って来た水上はいつもと同じ水兵服を着ていた。きれいに着込まれた服は彼の几帳面さが染み出しているのか埃ひとつ付いていない。
「少尉。内地から少尉宛ての郵便が届きました」
「僕宛て?」
翔輝は水上から手紙を受け取る。と、そこで水上は部屋の中にある異常な物を見詰めて不思議そうに首を傾げる。
「あ、あの少尉。これは何ですか? なんか魚雷が何本もあったり、クマのぬいぐるみもあるし。えっと、こっちの袋には・・・これは、呪いのわら人形!?」
「あぁ、それは艦魂からもらったんだよ」
「艦魂からですか? なぜまた」
「昨日は僕の誕生日だったんだよ」
「そうだったんですか!? これはすみません! お誕生日おめでとうございます!」
水上は慌てて頭をぺこりと下げて祝い言葉を言う。こういった礼儀正しいところが彼の素直なところだ。
「ありがとう」
翔輝は笑顔でお礼を言うと、ふと手元の手紙を見詰める。そんな翔輝を見詰めていて水上は何かを思い出したように付け加えた。
「あ、それとですね少尉。今日は内地から軍楽隊が派遣されるようですよ?」
軍楽隊とは軍隊に所属する音楽専門の軍人が海軍の行事や前線の将兵の士気高揚に活躍する音楽隊の事。れっきとした軍人であり階級も存在する、まさに軍の為の音楽隊だ。
「軍楽隊? ほぉ、そりゃいいな」
翔輝は水上の嬉しい情報に嬉しそうに笑みを浮かべる。そんな彼の笑顔に水上も嬉しそうに笑顔になる。
「ですよね? 僕すごく楽しみなんです!」
「そっか、僕も楽しみになってきたよ」
「えへへ、じゃあ僕まだ仕事があるのでこれで失礼させていただきます」
「うん、ありがとう。仕事がんばってね」
「はいッ!」
水上は翔輝の激励に満面の笑みを浮かべ敬礼をすると、部屋から出て行った。その後姿を見詰め、翔輝もそっと微笑む。
「水上さんって、本当にお優しい方ですね」
隣に立っていた大和もいつの間にか笑みを浮かべていた。
「そうだね。とってもいい子だ」
嬉しそうに微笑む翔輝を見詰め、大和は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。
「水上さんが艦魂が見えないのが、ちょっぴり悲しいです」
「そうだな・・・」
翔輝は小さく笑顔を浮かべると、ふと手に持っていた手紙を開封して中身を確認する。すると、翔輝の笑みが小さなものから満面の笑みに変わった。
「瑠璃からだ」
その名前に、大和の眉がピクリと動く。
「瑠璃さんですか?」
大和は少し警戒したような顔で翔輝を見詰める。そんな大和の身に纏っている雰囲気が鋭くなった事にも翔輝は気がつかずに笑顔を浮かべ続ける。
「うん。誕生日祝いの手紙だ。プレゼントが大量にあるから、今度上陸した時に渡すってさ。あいつの事だからまた無意味に高級品だろ。まったくあのバカ」
瑠璃の悪口を言う翔輝だが、その顔にはいつなにく優しい笑顔があった。それだけ幼なじみからの手紙が嬉しかったのだろう。
笑みを浮かべる翔輝を見詰め、大和は少し不機嫌そうに唇を尖らせる。
「それよりこのプレゼントどうするつもりですか?」
大和の言葉に翔輝は「あ・・・」と思い出す。
「そ、そっか。どうしよう・・・」
「知りません」
「・・・ねぇ、大和。何かお前冷たくない?」
「そんな事ありません」
「そ、そう?」
「そうです。それより早く何とかしたらどうですか?」
大和の言葉に、翔輝は困ったように頬を掻き、手紙を机の引き出しにしまうと再び艦魂達からもらった大量のプレゼントをどうするかを悩み始める。
一人困る翔輝を一瞥し、大和はそっと瑠璃の手紙が納められた引き出しを悲しそうな瞳でいつまでも見詰めていた。
その日の夕方、戦艦『大和』の兵達は甲板に集まっていた。その兵達の顔はみんな何か楽しそうでうきうきしていた。そんな彼らの視線の先には楽器を持った多くの兵達がいた。
帝国海軍軍楽科の兵――軍楽隊だった。
翔輝もそんな兵達のいる甲板で軍楽隊を見詰める。彼は一応士官なので兵達よりも前にいる。そんな彼の横にはわくわくしたような顔をした大和がいた。
「私、軍楽隊の演奏が大好きなんです。ミッドウェー作戦出撃の時の《軍艦行進曲》は感動しました」
「そっか、それ以降軍楽隊は来なかったもんね」
「・・・たまにはこういうのもいい」
そう言って翔輝の腕に抱きついているのは武蔵。先程「二人で聴きに行きましょう!」と言った大和に「・・・抜け駆け禁止」と言って武蔵もついて来たのだ。これには大和はかなり不満そうだったが、翔輝が「まあいいじゃない。三人で行こうよ」と笑顔で言ったので、一応妥協した。
翔輝の右側にうきうきした大和が、左側には翔輝に抱きついて離れない武蔵がいる。そして、さらにその横では、
「うちも軍楽隊の演奏はほんまに好きなんよ」
伊勢が嬉しそうにおっとりとした笑みを浮かべる。彼女も途中で会ったので一緒に来たのだ。残念ながら陸奥は仕事があるので来れなかったが、今はこうして四人で軍楽隊の演奏を聴きに来ている。
「へー、伊勢はどんな歌が好きなの?」
「うち? うちは京都の手まり歌が好きや」
「手まり歌?」
「えぇ。《丸竹夷二押御池、姉三六角蛸錦、四綾仏高松万五条、雪駄ちゃらちゃら魚の棚、六条三哲とおりすぎ、七条こえれば八九条、十条東寺でとどめさす》と歌いはります」
伊勢は美しい声で京都の手まり歌を歌った。その声に翔輝はもちろん大和も感心する。
「それ、どんな歌なんですか?」
「うちは本物の京都人ちゃいますからよく知りまへんが、なんや京都市内の道は東西南北に碁盤目状になっとって、その通り名を覚えるための歌がこの歌らしいんどすが、うちは艦魂ですけぇ、あんま関係ないどすなぁ」
伊勢はそう言って笑みを浮かべた。心なしか、その笑顔は少し寂しそうだった。
「伊勢?」
「うちな、もし人間だったら京都に住んでみたかったんや。そして、舞妓はんになって、きれいな着物着て、皆はんの前で踊りたい――それが、うちの叶うはずもない夢なんや」
伊勢はそう言うと悲しげに微笑む。その笑顔の奥には、決して叶う事のない儚い夢への呆らめからくる悲しみがあるのだろう。そしてその苦しみは、誰にもわからない。
「・・・だから、関西弁を?」
「鋭いなぁ。これも夢の一環なんや。つーても関西から来た将兵の真似なんや。だから京都限定やのうて大阪や兵庫、奈良なんかも混ざっとるから、ほんまもんの京都弁は遠いんや。せやから関西弁っていう方がええかもしれへんな」
そう言って笑う伊勢を、翔輝は悲しげに見詰める。そんなに辛い想いをしながら笑える彼女の強さと辛さに、翔輝は自分の中の似たものに痛みを感じた。
自分をそんな目で見詰める翔輝の視線に気づいた伊勢は、優しく微笑むと甲板の一角を見詰める。そこには軍楽隊の演奏を聞こうと駆逐艦の艦魂が数人がわくわくしたような顔で軍楽隊を見詰めていた。
「せやけど、今はみんながいるし・・・」
伊勢はそっと翔輝を見詰め、優しく微笑む。
「長谷川はんがおる。うちは今幸せや」
「伊勢・・・」
二人はいつの間にか見詰め合っていた。
伊勢の整った美しい顔が自分を見詰める。自分と同じくらいの年齢の美少女のうるんだ瞳に、翔輝は一瞬ドキリとする。すると、そんな翔輝に伊勢はそっと微笑んだ。
「せやけど長谷川はん。あんまりうちばっかり見いひん方がええで」
「え? どうして?」
首を傾げる翔輝に、伊勢はそっと視線を別の方向へと向ける。翔輝もその視線を追って振り返る。と、
「・・・私達・・・すっかり忘れられてるね・・・」
「・・・翔輝のバカ」
そこには姉妹そろって落ち込んで甲板の上に微かに積もった塵で《の》の字書いている大和と武蔵の背中が。
「あ・・・」
「ほら、二人の機嫌を直してあげてぇな」
伊勢に背中を押され、翔輝は慌てて二人に笑顔を振りまいた。しかしすっかり心の根から折れてしまった二人の機嫌を直すのはかなりの重労働で、翔輝は必死になって謝ったりした。そんな翔輝を見詰め、伊勢はそっと優しく微笑んだ。
翔輝の必死の謝罪に大和と武蔵も一応機嫌を直し、四人は再び演奏準備をする軍楽隊を見詰める。
翔輝はふと演奏用意をしている一人の軍楽隊員を見る。すると、突然翔輝の顔に驚愕の色が染まった。
「あ、あれは・・・ッ!」
「少尉?」
大和は怪訝そうに翔輝を見上げる。見詰める先にある翔輝の顔はいつになく驚いていた。
翔輝は目を何度も擦って何かを確認する。そして、
「あれって、滝川か・・・ッ!?」
「滝川さん?」
大和は翔輝の口から出た知らない名前に戸惑いながら翔輝の視線を追った。その先にはトランペットを構えている青年軍楽士官がいた。
「あの前列の右から五番目の人ですか?」
「あぁ・・・やっぱり滝川だ」
「・・・誰?」
武蔵も翔輝の表情から尋常じゃない何かを悟ったのだろう。不安げに彼を見上げる。
翔輝は懐かしそうに青年を見詰める。
「滝川健太海軍軍楽少尉。僕の友達さ」
「長谷川はんのお知り合いどすか?」
伊勢の問いに、翔輝はしっかりとうなずくと、友人――滝川を見詰める。
「あぁ、海軍学校で横須賀の海兵団に見学に行った時に、そこであいつと出会ってね。それが縁で横須賀に行った時はよく一緒に行動したりしてたんだ」
翔輝の嬉しそうな顔に、大和も自然と笑みが浮かぶ。
「へぇ、つまりは親友って事ですか?」
「そんな大したもんじゃないよ。どっちかって言うと悪友って感じかな」
翔輝はそう言って苦笑いした。そんないつになく嬉しそうな翔輝を見て、大和は嬉しそうに笑みを浮かべた。もちろんそれは伊勢も武蔵も同じだった。
そうこう言っているうちに軍楽隊の演奏が始まった。
日本の歌はもちろん外国の歌も演奏された。しかし今はアメリカやイギリスと戦っているのでその国の曲は演奏禁止となっていたが、代わりに同盟国のドイツとイタリアの曲などが演奏された。
曲は優しいものや激しいものなど様々が演奏された。兵達はその一曲一曲を静かに聞き入っていた。
毎日過激な訓練に明け暮れる兵達にとっては食事やささやかな娯楽のよりも、こうやって軍楽隊の演奏を聴くのが数少ない楽しみだった。
演奏は一時間近く続き、全ての演奏が終わると爆音のような拍手喝采が起きた。軍楽隊員達は敬礼してそれに応えた。
こうして、軍楽隊の演奏は終わった。
翔輝はすぐに軍楽隊が使用している部屋に飛び込んだ。
ドアを開けると、いきなり士官が飛び込んできたので下士官や兵の軍楽隊員達は敬礼した。翔輝はそんな部屋の中から目的の人物を見つけた。
「滝川!」
滝川と呼ばれた男は「え?」という声を発して振り向き、翔輝の顔を見ると驚いたような顔をした。
「長谷川!?」
「久しぶりだね滝川!」
翔輝は旧友の胸に嬉しそうに飛び込んだ。
翔輝の親友(悪友?)の滝川は身長が一八〇センチはあるかという背の高い青年だった。年は幾分か翔輝より年上らしい。身長が二〇センチ近く違うので、まるで二人は兄弟のように見える。
「久しぶりだな! まさかお前が『大和』に乗ってたなんて」
滝川も驚いたような顔をしているが、その表情はとても柔らかく優しいものだった。そんな彼に翔輝は笑顔を向ける。
「驚いた? 僕はここで航海士をやってるんだよ。滝川の方はどう?」
「あぁ、この間トランペット班の班長になった」
「そりゃすごい。おめでとう!」
「ありがとう。おぉ、そうだ。みんなに紹介しないと」
滝川は嬉しそうに翔輝の肩を掴むと仲間達の方を向く。
「おいみんな。彼は長谷川翔輝。この『大和』で航海士をしてるらしい。横須賀海兵団にいた時ちょいと縁があってな、こうやって仲良くなったんだ。みんなよろしくな」「長谷川少尉です。以後よろしくお願いします」
隊員達は敬礼した。そんな心優しい兵達に翔輝の心も自然と温かくなる。
「それよりお前、まだ少尉なのか?」
滝川はニヤニヤしながら翔輝に問う。
「え? あ、うん。そうだけど」
「そっかそっか――とりあえずパン買って来い」
「はい?」
翔輝は突然の意味不明な彼の発言に戸惑う。そんな翔輝に滝川は依然ニヤニヤと笑みを浮かべ続ける。
「ほら、さっさと買って来い」
「ちょ、ちょっと待ってよッ! 何だよいきなり!」
さすがの翔輝もいきなりの横暴に怒る。だが滝川はそんな彼の声など気にした様子もなくニヤニヤと笑う。
「何だよって、上官命令でパシリしてもらおうと思ってな」
「じょ、上官ッ!?」
滝川の突然の爆弾発言に、翔輝は今まで以上に驚く。そんな彼の反応に滝川は豪快に笑うと、襟に付いている階級章を見せ付ける。
「そう。俺はもう中尉になってんだ。そんでお前がまだ少尉。つまり俺はお前の上官って事になんだよ」
ガハハハッと豪快に笑う滝川に、翔輝は呆然とする。
「な、なんだろ、君の昇級を素直に喜べないんだけど・・・」
呆然とする翔輝に、滝川はそっと肩を叩く。
「まあ気にすんな。俺達の仲じゃねぇか。頭の固い連中の前以外ではこうやって今までのように仲良くしようや」
滝川の嬉しすぎる言葉に、翔輝は目に涙を溜めて喜ぶ。
「あ、ありがとう! 滝川はやっぱり僕の親友だ!」
「おうよ。困った時は任しときな!」
「うんッ!」
「まあ、まずはとりあえず酒買って来い。もちろんお前の金で――」
「死ねやゴラぁッ!」
鬼神のごとく咆哮した翔輝の強烈な鉄拳が滝川の腹に見事に炸裂した。刹那、滝川の身体は激しく痙攣した後その場に身体を折って悶絶する。
「て、テメェ・・・ッ! 上官になんて事を・・・ッ!」
痛みの為か涙目で翔輝を睨み滝川に、翔輝も睨み返す。
「やかましい! お前は相変わらず人を怒らせる冗談が得意みたいだな!」
「うるせぇッ! テメェの方こそ純粋無垢そうな瞳をして邪悪な武器仕込んでんじゃねぇよッ!」
「はあ? 何の事だい?」
「とぼけんじゃねぇッ! テメェが手に持ってるもんは何だッ!」
「・・・マイク?」
「バカかテメェッ!? そんな電流バチバチいってる護身用武器がマイクな訳ねぇだろッ! バカだろ! お前はやっぱりバカだろッ!?」
「うるさいッ! このブラックイーグルスタンガンで眠れッ!」
「自分から正体明かしてんじゃねぇかッ! つーかブラックイーグルって世界最強のスタンガンじゃねぇかッ!」
「天誅ッ!」
「やらせるかッ!」
スタンガンを構えた翔輝と立ち上がった滝川はそのまま取っ組み合いの大ゲンカをした。わいわい騒ぐ二人にまわりの兵達も「滝川さんに二銭!」「長谷川少尉に三銭!」とノリノリ。二人のケンカはいつまでも続くかと思われたが、
「少尉やめてください!」
ブラックイーグルスタンガンを最大出力の一一〇万ボルトにして滝川に最後の一撃を入れようとした翔輝の背中に今にも泣きそうな顔の大和がしがみ付いた。
「や、大和?」
「少尉やめてください! 私の知っている少尉はそんな悪い人じゃないですぅッ!」
必死になって翔輝を止めようとする大和に、翔輝もすっかり戦意を失う。
「わ、わかった。わかったから泣くなよ」
今にも泣きそうな大和に翔輝も慌ててスタンガンを懐にしまう。
「ほら、もう泣くなって」
「少尉は優しい人です・・・だから・・・」
「わかったわかった。わかったから泣くなって」
すっかり翔輝の腕の中で嗚咽を漏らす大和に、翔輝はため息する。
兵達はいきなりケンカをやめて独り言を言い出した翔輝を不思議そうに見詰めている。が、そんな中、滝川だけはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「おい長谷川。いつの間に彼女なんてつくったんだよ」
「ち、違うよ。そんなんじゃないって」
「ち、違うんですか・・・?」
「ちょ、ちょっと泣くなよ!」
「まあ、どうでもいいけどそれはロリに入るぞ?」
「だから違うって言ってるで・・・」
翔輝はそこまで叫ぶと、突然動きを止めた。
「お? どうした?」
ニヤニヤと笑みを浮かべ続ける滝川にそっと視線を向けると、翔輝は苦笑いしながらそっと問う。
「あ、あのさ滝川」
「うん? 何だ?」
「――なんで、大和が見えるの?」
大和の翔輝の言葉に驚いたような顔をすると滝川を見詰める。そんな二人に、滝川はイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「そりゃ見えるさ。なにしろ俺は艦魂が見えるんだからな」
「「えええぇぇぇッ!?」」
すさまじく驚く二人に滝川は豪快に笑う。
「これまでに俺は数々の軍艦に乗って多くの艦魂達を見てきたぞ」
滝川は胸を逸らして自慢げに言う。そんな彼を見詰め、翔輝は驚愕していた。『大和』に乗って一年経つが、艦魂が見える他の人を初めて見た。しかもそれが友人だったとは世界は結構狭いものだ。
「んで? その初潮も来てないようなお嬢ちゃんは誰だ?」
「少尉以外に子供扱いされたくないです」
滝川の失礼極まりない言動に大和は少し不機嫌そうに唇を尖らせる。だが、そんな大和の言葉も気にした様子もなく滝川は愉快そうに笑う。
「子ども扱いして当然だろ? 子供なんだからよ」
「少尉だったら構いませんが、それ以外の人に子供と言われたくないです!」
大和は滝川の失礼極まりない態度と言動にいつになく怒る。しかし滝川は軽く鼻で笑うと、
「おら」
「ひゃあッ!?」
「なぁッ!?」
滝川は突如大和の後ろに立つと両手で彼女の両胸を鷲掴みにした。その突然のセクハラ行為に大和は顔を真っ赤にする。
「な、何するんですか! 放してください!」
「あれ? お前それなりに胸あんだな。ぺったんこだと思ってたんだが。着やせするタイプか?」
そう言って滝川は大和の(実はそれなりにあるらしい)胸を揉む。そのもはや犯罪的行為に大和は顔を限界まで真っ赤にして暴れる。
「いやあああぁぁぁッ! エッチぃッ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ大和は回し蹴りを放つが、滝川は「おっと」と簡単に避けてしまう。
「おー、危ないな」
滝川は悪びれた様子もなくニヤニヤと笑う。
一方、翔輝にだって触らせた事のない胸を激しく揉まれた大和は乱れた胸元を両手で隠しながら顔を真っ赤に染めたまま、涙いっぱいの瞳で滝川を睨みつける。
「な、何するんですか変態!」
「あ? 何って豊胸マッサージだけど?」
「何もっとな事を言ってごまかそうとしてるんですかッ! あなたがやった事は犯罪ですよ!」
大和の激昂に対し、滝川はやれやれといった感じで肩をすくめる。
「いくら胸がある事がわかっても、そんなあるのかないのかわからない程度で一人前に恥ずかしがってんじゃねぇよ」
滝川の恐ろしき暴言に、純粋な心の大和はついに泣き出してしまった。
「ひ、ひどいですぅッ! 一番気にしている所をそんなひどい言い方するなんて!」
「お、自覚はあったんだ。ぺったんこの」
「うえええええぇぇぇぇぇんッ!」
大和はその場にぺたりとお尻をついて泣き始めてしまった。
「お、おい、何も泣く事ないで――」
「何やってんだお前はッ!」
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁッ!」
大和を泣かせた事に激昂した翔輝はブラックイーグルスタンガンを最大出力で滝川の身体に拳と共に押し付けた。一一〇万ボルトの電流の直撃を受けた滝川は身体を激しく痙攣させるとその場に崩れ落ちた。
「ふぅ・・・」
女の敵を倒した翔輝は、肩を小刻みに震わせて泣いている大和の肩をそっと叩いた。だが、大和は泣き続ける。そんな大和にどう声をかけていいかわからなかったが、とりあえず励ましてみる。
「まあ、あのバカの言う事は気にしなくていいから。元気出せって」
翔輝の声にも、大和は泣きやまない。
「む、胸がどうとかなんてどうでもいいじゃん」
「どうでも良くなんかないですッ! 女の子にとっては大切な事なんですッ!」
大和は泣きながら翔輝に叫ぶ。確かに女の子にとってはかなり大切な問題だ。
「それに私、あんな見ず知らずの人に・・・む、胸を・・・」
そう言って乱れた胸元を泣きながら必死に隠す。
女の子にとって、好きでもない男に胸を揉まれるのはとても耐え難いものなのだろう。それは男である翔輝だってなんとなくはわかる。
大和は泣きながらがっくりとうな垂れる。
「・・・私、傷物になっちゃった・・・」
「いや、そんな事はないと思うけど・・・」
「・・・もうお嫁に行けない」
ここで「元々嫁には行けないだろ」というツッコミを入れたら負けなのだろう。
翔輝は完全に元気を失った大和の悲しげな姿を見詰め、困ったように頬を掻く。こんな時にどう声をかけたらいいか困っているのだ。
翔輝はとりあえず彼女の心配を解いてやろうと言葉を考える。そして、
「まあ、とりあえず誰かにもらわれるまでは僕が面倒見てあげるから、そう肩を落とさないで」
「・・・え?」
翔輝の言葉に、大和は顔を上げた。その顔は驚愕の表情。
「な、何? 僕なんか今変な事言った?」
翔輝は予想外な反応をした大和に不安げに問う。すると、そんな彼を見詰め、大和はおろおろとし始める。
「え、で、でも・・・私・・・胸ないです」
「いや、そんな事別に気にしないけど。っていうか関係ないし」
「・・・少尉」
いつの間にか、大和の瞳から流れる涙は違う涙になっていた。
ぽろぽろと流れるその煌く雫は、きっと悲しみのものではなく、嬉しさからくるものだ。
大和は心が温かくなるのを感じた。
考えてみれば、彼は外見で人を判断するような人じゃないのだ。
彼の優しさに、大和は嬉しくなり、自然と笑みが浮かぶ。
「やっぱり、少尉は優しいです」
「へ? な、何が?」
「何でもないです♪」
翔輝の何気ない言葉に、大和はすっかり復活した。それどころか嬉しそうに笑顔が絶えない。そんな大和に翔輝は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだろ? 急に」
「まったく、お前は乙女心ってのが全くわかってないんだな」
「え? 何言って――って、お前ッ! いつの間に復活してたんだ!?」
驚く翔輝の横には、いつの間にか復活していた滝川が意味ありげな笑みを浮かべていた。
「胸が小さくても、女の子なんだな」
「意味不明だし、つーかお前、一一〇万ボルト喰らってもすぐ復活するんだな・・・お前、本当に人間か?」
呆れる翔輝に対し、滝川は自慢げに胸を逸らす。
「俺はお前と違って幾多の修羅場を潜り抜けてきたんだ。これくらい余裕さ」
「それって、ほとんど女関係だろ?」
「当たり前だろ? 何をバカな事を」
「一応友人として忠告しておくけど、全然威張れる事じゃないからな」
呆れ切った翔輝のため息混じりの言葉にも、滝川は気にした様子もなく愉快そうに笑う。本当にマイペースな奴だ。
「少尉! 私、もっともっとがんばるですッ!」
大和は大和で何かをがんばるらしい。とりあえず翔輝は笑みを送る。
「ま、まあ、何だかよくわからないけど、がんばって」
「はいッ!」
大和は嬉しそうに元気良く返事した。
「ま、《貧乳はステータスだ。希少価値だ》っていう名言もあるし、がんばれよ」
滝川の言葉に、大和は「は、はいです・・・」と少し声が小さいながらも返事した。やっぱりまださっきの事を怒っているのか警戒心全開である。
翔輝はこの先の事を考えて大きくため息した。
そんな翔輝の気苦労など知らず、滝川はふと大和を見る。
「そういえばさっきは答えてもらえなかったけど、この嬢ちゃん誰だ?」
「今さらそれ?」
翔輝はもう呆れすぎてツッコミを入れる気力も残っていなかった。だが、残った力を絞って笑顔をつくると、翔輝は大和を呼び、横に添えた。
「こいつの名は大和。この戦艦『大和』の艦魂だ」
翔輝の紹介に滝川は「ふーん」と見定めるように大和を上から下まで見詰める。その視線にどこかいやらしいものを感じたのか、大和は「み、見ないでください」と言って胸を両腕で隠した。
「ほぉ、こいつが世界最強戦艦の艦魂か。思ってたより強そうじゃないな」
「私は弱くなんかありません」
大和は不機嫌そうに滝川を睨む。そんな全然怖くない大和の視線に、滝川は愉快そうに笑う。
「おぉ、悪い悪い。つい口から本音が」
「・・・少尉。ちょっと二、三発ぶん殴っていいですか?」
「やめなさい。女の子でしょうが」
「何だ。ずいぶん仲良さそうだな? お前のこれか?」
笑いながら滝川は拳から小指を立たせた。それを見た翔輝は再びため息する。
「そんなんじゃないよ」
「え? 何ですか?」
一人困惑する大和。そんな大和の反応に驚いたように滝川は大和を見詰める。
「お嬢ちゃん。これ知らねぇのか?」
そう言って小指を立たす。それを見詰め、大和は小さく首を横に振った。
「これはな、恋人って意味だ」
「恋人ですか。じゃあさっきのは――即答否定したんですか!?」
大和はようやく理解するとキッと翔輝を睨みつけ、彼の腹に強烈な一撃を決めた。
「いてッ! このヤロッ!」
攻撃を受けた翔輝は大和を捕まえようと手を伸ばすが、大和はその手を簡単に回避した。相変わらずすばしっこい奴だ。
「ははは、仲がいいな」
そんな二人を見て、滝川は再び大笑いした。こっちも相変わらず根っから明るい奴だ。
滝川は笑いながらいまだ睨み合う二人の肩を掴んだ。
「ところで、ここは旗艦だろ? 前に艦魂の女の子から聞いたんだけど、ここじゃ艦魂の会議なんかも行われてんだろ?」
「え、えぇまあ。今日も深夜に行われる予定ですが」
大和の返事に滝川は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ならさ、そこに俺を連れてってくれないか?」
「え? 別にいいですが・・・」
「本当か!? ありがとう!」
嬉しそうに笑う滝川に、翔輝は不思議そうに首を傾げる。
「滝川。誰か会いたい艦魂がいるのか?」
翔輝の質問に滝川は心の底から嬉しそうな顔をしていた。
「あぁ、俺の最高の相棒さ」 |