第七章 第十二節 悲しみの連鎖
比叡、霧島の死の報告を受けた連合艦隊艦魂達は、悲しみの緊急会議を開いた。
旗艦『大和』の会議室には多くの艦魂が集まっていたが、部屋を支配する音はすすり泣きや嗚咽ばかりだった。
「戦艦『比叡』『霧島』、駆逐艦『暁』『夕立』『綾波』、計五隻沈没・・・」
連合艦隊旗艦である大和は、そのあまりにも壮絶な内容の報告書を見て愕然としていた。
二人の死を聞いて飛んで来た翔輝も大和の横に座っていたが、ずっと沈黙したままだ。
翔輝は自分の前方の席に座って涙をボロボロと流しながら唇を噛み、必死に悲しみを堪えている、見るのも辛い榛名を見て、うつむいてしまう。
その他の艦魂も悲しみに包まれ、あの山城も眉間にしわを寄せて苦しそうな表情を浮かべていた。
誰もが仲間を失った悲しみに支配されていた。が、
「二人は、御国の為に最後まで戦い抜き、死んで逝ったのだ。悔いはなかろう。まさに、連合艦隊戦艦の鏡だ」
一人、常時と全く変化がない金剛は、自分の妹達の死を賞賛していた。
「何、言ってるの・・・ッ!?」
瞳を真っ赤にするほど泣いていた日向が冷淡な態度をしている金剛に激昂した。
「金剛お姉ちゃんおかしいよ! 比叡お姉ちゃんや霧島お姉ちゃんは、金剛お姉ちゃんの大切な妹でしょ!? どうしてそんな態度が取れるの!?」
日向の言葉に全員が息を呑んで金剛の回答に注目する。が、金剛が返したのはあまりにも感情を捨てたものだった。
「奴らは私の妹である以前に軍人だ。帝国海軍軍人であり、戦艦なのだ。戦って、散って逝った。奴らは御国の為にその命を最後まで奉げたのだ。立派な奴らだよ」
その言葉に、全員が完全にキレた。
確かに軍人である身、戦って死ぬ事は立派だ。しかし、いくらなんでも金剛の態度はあるまじきものだったのだ。自分の妹が二人も死んだというのに、平然としていられるその神経に吐き気がした。
「金剛さん! そんな言い方しないでくださいッ!」
「そうですッ! 大切な妹さんでしょ!?」
「金剛長官には失望しました!」
死んだ暁や夕立、綾波の姉妹達が牙を向く。
部屋中から罵声が飛び交い、部屋は金剛という最低な女を排除しようという空気に包まれた。が、
「みんなやめてくれよぉッ!」
突如嗚咽交じりで響いたその声に、全てが一瞬にして沈黙した。
「榛名・・・」
長門が見た先には、いつも明るくて男勝りで、艦魂達の中にも密かにファンが大勢いる元気印の少女――榛名の辛そうな表情があった。
「やめてくれよ・・・ッ! あいつらだって、テメェらがこんなに悲しむのは嫌なはずだろ? だから・・・ッ!」
榛名の涙に、誰も何も言えなくなった――いや、言えなかった。
「姉貴が無粋なのはみんな知ってんだろ? 姉貴はあんまり怒りの感情以外は面に出さない。でも、これでも姉貴なりに悲しんだんだ・・・勘弁してやってくれよ」
榛名の言葉に、金剛は「ふん」と鼻を鳴らして部屋を出て行った。
一瞬、今の金剛の態度に全員眉をひそめたが、榛名が「悪い・・・」と謝ると、全員は何も言わなかった。
「では・・・今日はこれで解散とします。各自、自艦に戻ってください・・・」
大和の力ない小さな声も、沈黙した部屋には良く響いた。
艦橋に戻った翔輝の横には、大和はいなかった。今は翔輝のベッドで思いっきり泣いているだろうから、翔輝は大和を一人にさせてあげたかった。
落ち込んでる翔輝に、高柳はそっとコーヒーを差し出してくれた。それは翔輝にとって、涙が出るほど嬉しかった。
高柳は知っていた。翔輝が『比叡』や『霧島』の艦魂と仲が良い事を。だから、落ち込んでいる翔輝をほっとけなかった。
艦橋にコーヒーの匂いと翔輝の嗚咽が混じった時だった。
「長谷川君。ちょっと・・・」
航海長が申し訳なさそうに声を掛けて来た。
「実は、『金剛』の航海長に書類を渡さなければならないんだが、頼んでいた奴が風邪で倒れてしまったんだ。だから、その・・・」
言いよどむ航海長。そんな彼を見て翔輝はうなずいた。
「いいですよ。『金剛』ですね?」
翔輝は努めて笑みをした。そんな翔輝の健気な姿に、航海長は「すまん」と小さく謝った。
「しかし、兵ではダメなのか?」
高柳は不機嫌そうに問う。彼としては今の翔輝にそんな仕事を任せたくないのだ。
「はい。重要書類なので、ちょっと兵には」
航海長が遠慮がちに答える。彼だって仕事なのだ。
そんな二人に、翔輝は優しく微笑む。
「いいですよ。気分転換にもなりますし」
「すまん。ではこれを」
翔輝は航海長から重要書類の入った大きな封筒を受け取った。
翔輝は艦橋を離れると、内火艇乗り場へ行った。そしてそこから内火艇に乗って、洋上に浮かぶ戦艦『金剛』に向かった。
戦艦『金剛』は老朽艦(艦魂は二〇歳前半ぐらいだが)と言われているが、翔輝の目の前に広がる甲板はピカピカで、南国の暑苦しい太陽光を反射してまばゆく光っている。その他機銃や高角砲も新品のように輝いていて、その清掃能力は優秀な将兵が乗っている新鋭艦『大和』と同等、またはそれ以上だ。
翔輝は鏡のようにキラキラ輝いている甲板を見てふと思い出した。
金剛の異名は確か《鬼の金剛》だが、今考えるとその名は本体である『金剛』の異名だ。『金剛』は日本海軍艦艇の中で最も訓練が過酷で、処罰もかなり厳しい事から《鬼の金剛》』と言われている。まぁ、どうでもいいが。
翔輝は途中で考えるのを止め、その足で艦橋を目指す。今回は無事に迷わず艦橋に着いた。珍しい事もある。
艦橋には『金剛』の航海長が待っていてくれて、すぐに書類を渡し終えた。
翔輝は難なく航海長から受けた任務を終えると、艦橋を出て今さっき自分が来た道を記憶を頼りに下った。が、
「あれ?」
翔輝の背中に嫌ぁな汗が流れる。
これはやっぱり・・・
嫌だ嫌だ。認めたくない。でも認めなくては、認めなくては・・・ッ!
「ま、迷った・・・?」
引きつった笑みをしながら、翔輝の顔から血の気が失せていく。それはもうサーっという効果音がこれ以上なく的確なほどに。
錯乱。錯乱したい。いい? してもいい? いいんだよね? するぞ。本当にしちゃうぞ!
「って、何一人で空しい事考えてんだよ・・・」
翔輝はため息して、結局歩く事にした。歩かなくては先に進まないという、あまりにも基本的で、無謀な選択だった。山での遭難なら確実に命を落とす選択だ。
翔輝はキョロキョロと辺りを見回すが、周りは全て鉄、鉄ッ、鉄! 鉄ッ! そこには鉄の壁と鉄の床、鉄の天井しかなく。戦果はなかった。ただひたすら鉄の世界が広がっているという空しい現実だけだった。
迷い始めてから十五分後(自覚してから)、ようやく上へ上がれる階段を見つけた。ただの鉄の階段が、今の翔輝には天空へ導いてくれる光の階段に見えた。
「ふう、これでようやく出れる。さっさと『大和』に戻って大和達と一緒にコーヒーでも飲むとしますか」
翔輝はさっさと出てしまおうと階段の一段目に足を掛けた、その時、
くそおおおおおぉぉぉぉぉッ!
「ひッ!?」
突然響いたすさまじい叫び声に、翔輝は硬直してへなへなと腰を落としてしまった。
そのすさまじい叫び声は再び響いた。その方向は、翔輝の来た方向とは別の通路の奥の方から聞こえた。
翔輝はただ事ではないと思い、全力でその方向に向かって走り出した。
次第に叫び声の発信源に近づき、ある事に気づいた。
声は男性のような低い音ではなく、どこか高い声だった。それは、女性特有の・・・
「艦魂? って事は、金剛さん?」
叫び声の発信源である部屋の前に来た時、翔輝は気づいた。
「ううッ! う、うわあああぁぁぁッ!」
叫び声は・・・嗚咽混じりの、泣き叫び声だという事に。
「くそッ! くそおおおぉぉぉッ!」
翔輝は見てはいけないと直感したが、でも気になり、そっとドアを開けてその隙間から部屋の中を覗いた。すると、
「鬼畜米英め・・・ッ! ううっ・・・私が・・・私が出撃していれば・・・こんな・・・こんな事には・・・ッ!」
中で泣き叫んでいたのは金髪の長い髪をした白い士官用の第一種軍装に身を包んだ女性――金剛だった。
金剛はベッドに突っ伏し、恥じる事なくボロボロと涙を流していた。悔しそうに唇を噛み、ベッドを何度も何度も拳で叩いて、金剛は悲愴な叫びを上げる。
「比叡・・・ッ! 霧島・・・ッ! 私が、私が死ねば・・・ッ! 私が死ねば良かったのに・・・ッ! そうすれば・・・そうすれば・・・ッ! くそ・・・ッ! くそおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
金剛の悲痛な声は、彼女の心の底からの叫びだった・・・
「・・・」
翔輝は無言でドアを閉めた。そしてそのままその場を立ち去った。
見ていられなかった。見ているこっちまで辛くなるような表情が、翔輝の瞳に焼き付いている。
金剛が――連合艦隊の艦魂で最も勇ましいと言われる金剛が泣いていた。当たり前だ。自分の妹が死んで悲しまない姉がいるはずがない。
人目を避けて本来の姿を出していたのは、彼女が連合艦隊戦艦艦魂の最古参だからだと思う。最も勇ましく、最も軍人らしい。そんな彼女だからこそ他の者に自分の弱い部分を見せたくはなかったのだろう。自分が弱気でいては他の艦魂達の士気が下がる。だからこそ、彼女はあえて非情な一面を演技してでも、常に強いという印象を残したかったのだ。
だからこそ、一度剥がれた仮面の下は折れてしまいそうなほど弱いのだ。
金剛を見て、翔輝の目から涙が溢れた。
金剛の真の姿。比叡霧島の死。これだけでも翔輝はもう耐えられなくて泣きそうだったのに、身近な者の死と、金剛の姿を見て、翔輝は過去を思い出してしまった。
――さっきの金剛の姿が、昔の自分に似ていたから――
泣いて、泣いて、声が嗄れるまで泣き叫んだ、あの頃の自分に。
翔香の死を悲しみ、苦しんだ、あの頃の自分に。
大事な妹を失った痛みというのは計り知れない。もう会えない。もう触れられない。もう笑えない。永遠に閉ざされた想いは、もう叶う事はない。絶対に・・・
そんなの、翔輝自身が一番良く分かっている――痛いくらいに。
心の中がズタズタに引き裂かれ、気が狂うような辛さを知っている。
壊れた物は決して戻らないように、死んだ者は決して戻らない。残るのはただ儚く散る一輪の花のような思い出だけ。その思い出が残された人を勇気付ける事もあるが、逆にその人を苦しめ続ける事もある。永遠に・・・
「金剛さんには、辛いだろうけど立ち直って欲しい。絶対に」
翔輝はそうつぶやき、そっと、泣きながら金剛のいる部屋に向かって敬礼した。
その夜、戦艦『大和』の前甲板で比叡霧島他三人の追悼式が開かれ、連合艦隊艦魂全員(トラック島にいる艦魂全員)が南東の星空に向かって、静かに敬礼した。
その後、甲板(人数が数百人なので)でみんなヤケ酒を飲みまくった。もう二日酔いなんて言ってられなかった。
「みんなッ! 飲んで飲んで飲みまくっちゃいな!」
長門が無理した笑みで大きく叫ぶ。そんな長門の姿を見て、艦魂達は『おおおぉぉぉッ!』と叫びを上げる。
みんな泣きながら、無理した笑いしながら酒を飲みまくる。
そんな中、榛名は第二主砲の上で静かに一人酒をしていた。そんな榛名を心配そうに見詰めている一部(一部といっても数十人)の駆逐艦達。
「姉御・・・」
「姉貴、大丈夫かな?」
「あぁ、榛名様、あんなにやつれてしまって」
駆逐艦や巡洋艦の艦魂達が心配そうにそんな榛名を見詰める。
常日頃皆に慕われている榛名は多くの艦魂達に心配されていた。
そんな心配の目線を受ける榛名だが、それらの視線など気づかずに榛名は海の向こうを見詰め続ける。すると、
「榛名・・・さん」
そんな榛名に声を掛けたのは――翔輝だった。
翔輝の声が聞こえないのか、榛名は虚ろな目でずっと同じ方向を見ている。その方角は南東。二人の死んだソロモン海の方向だ。
「榛名さん・・・」
「・・・」
いくら翔輝が声を掛けても、榛名は返事をして来ない。心ここにあらず。確実に自分の世界に入り込んでいる。
「少尉・・・」
大和が心配そうに――自分も辛いはずなのに、翔輝を心配してくれた。
「・・・いや、大丈夫」
翔輝は榛名を一瞥して、いつもの――だが、もう霧島のいない輪の中に戻った。
『・・・』
みんなあまり酒は飲んでいなかった。大和と武蔵は沈黙したまま。伊勢は泣きじゃくる日向を抱き締め、瑞鶴と飛鷹は泣いている隼鷹の頭を撫でていた。
陸奥は少し離れた長門の横で鎮座し、一切口を開いていなかった。
他の所も同じなのか、甲板はその時間相応の静けさをかもし出し、常人には見えない大和の出したの明かりだけがゆらゆらと揺れていた。
金剛はもうとっくに帰り、いつもはやかましい扶桑もこの時だけは沈黙していた。
怖いくらい静かな空間の中は数分、数十分――本当は十数秒くらいだが、それくらい長く感じられた。だが、その先陣を切ったのは、
「みなさん。比叡さんや霧島さんが死んで悲しいのはわかります。ですが、忘れもらっては困ります――私の妹だって死んだんですよ!?」
そう叫んだのは単身で敵艦隊に突っ込んで死んだ一人、夕立の姉――白露だった。
白露はヤケ酒を飲みまくって、理性のたがが外れていた。怒りをむき出しにして、呆然としている艦魂達を睨み付ける。それに呼応して夕立の実姉妹である白露姉妹全員も睨み付け、さらに白露型の準同型艦である初春姉妹も怒りを露にする(初春型の改良型が白露型)。十二人二四(すでに三人が戦死)の瞳が怒りの色に染まる。
「そうだ! 白露の言うとおり、私の姉も死んだんだぞ!」
そう怒りを露にするのは、単身で敵艦四隻撃破沈した今回海戦の英雄艦である綾波の妹――敷波だ。それを合図に綾波姉妹、準同型艦の吹雪姉妹、暁姉妹(暁姉妹長女暁もこの海戦で死亡)の十三人二六(すでに二人死亡)の瞳が激昂する。
総勢二五人が体中から怒りのオーラを放出し、すさまじい怒気となっていた。さらに、死んだ三人が連合艦隊の中で十年近く生きていたのが災いした。仲が良かった他の駆逐艦や巡洋艦達も次々に怒りを爆発させる。
「ちょ、ちょっとちょっと! やめなさい!」
長門が止めに入るが、そんな事で姉や妹、仲間を失った艦魂達が止まるはずがなかった。ついに怒りが爆発し、数十人が一斉に暴動に出た。あちこちから「やったなッ!」「うるさい黙れ!」「何よ! 妹が死んだのはあんた達だけじゃないのよ!」と次々に誘爆。殴り合いが始まった。
「やめなさい! やめないさいってば! 誰かあの子達を止めて!」
長門が黙っている艦魂達に叫ぶが、誰も立ち上がろうとはしなかった。
「ちょっとみんなッ!」
「無理よ。長門」
そう言って彼女を止めたのは力なく首を横に振る扶桑。
「どうしてよ!?」
長門が悲鳴に近い声を上げる。そんな長門を、扶桑は悲しい目で長門を見詰める。
「姉や妹、仲間を失ったあの子達が、そう簡単に引き下がるはずがないでしょ? いくら私でも、これだけは手が出せないわよ」
「扶桑・・・」
長門も扶桑の言葉に口を閉じ、暴れる艦魂達を見詰めるしかなかった。
その間も暴動は激化し、もはや沈静化は不可能だった。
「み、みなさん! もうやめてください!」
連合艦隊旗艦である大和が必死で止めるが、まったく意味がない。殴り合いが殺し合いに変化するのは時間の問題だった。もう止める事は不可能になり、長門はため息ついた。が、
バシイイイィィィッ!
突如響いた鋭い音が、爆音のように空間を占拠していた罵声や物音を一瞬にして静めた。そのすさまじい音に、全員が音の発信源を見て、絶句した。そこにいたのは・・・
「貴様らいい加減にしろ。静かにせんか。うるさくて眠れん」
今まで微かに雲に隠れていた月が顔を出し、その人物を照らす。月と同じ金色に輝く長い髪を星空に流し、スラッとした長身にほど良いスタイル。月に照らされる整いすぎた顔。しかしその顔に不釣合いな怒りの色に染めた瞳。彼女の名は――金剛。
金剛は竹刀を甲板叩き付けた格好で艦魂達を睨み付けていた。
「姉貴・・・」
今までずっと沈黙していた榛名が月夜に照らされる姉の姿を見る。
金剛はいつもどおり不機嫌そうな顔をしていた。
「貴様ら、上官である長門や大和の命令に背いていたな? それでも帝国海軍の艦魂か? 情けない」
金剛は吐き捨てるように言う。その瞬間、すさまじい殺気を大和は感じた。それはまわりから感じる。急いで振り返ると、水兵服を着た駆逐艦達がこの世のものとは思えないすさまじい激昂をした顔をしていた。
「金剛さん! あんたはいつもクールだ。でも、自分の妹が死んだってのに、そんな態度はねぇだろ!?」
敷波が上官である金剛を睨み付ける。その視線だけで人を切り殺せそうなすさまじい激怒の瞳だった。だが、金剛はそれを「ふん」と鼻で笑った。
「我々は戦争をやっているのだ。お遊び気分の貴様らと一緒にするな。それに、さっきも言ったが、私の妹は立派に御国の為にご奉仕して戦死したのだ。私は妹達の立派な最後に誇りを持っている」
ブチッ!
その瞬間、何かが切れた。敷波の心の中で真っ赤な炎が燃え上がっていた。それは怒りだった。真っ赤で、全てを焼き尽くす紅蓮の炎。敷波はその炎に身を任せた。瞬間、全てが爆発した。
「金剛! もうお前には耐えられん! この手でぶっ潰す!」
敷波の声が全ての怒りの引き金となった。次々に怒りの爆発が誘爆し、一瞬にして甲板は怒りの嵐が吹き荒れた。刹那、誰が言ったでもなく駆逐艦や巡洋艦の艦魂達が拳や軍刀、拳銃を構えて駆け出した。その狙いは――金剛。
「ふん。おもしろい。《鬼の金剛》はいまだ健在だぞ!」
金剛は上着を脱ぎ捨てた。刹那、金剛は夜叉になった。
金色の髪がいつもよりも禍々しく、夜叉のごとく流れている。胸には晒が巻かれ、ダンッ! と甲板を叩く軍靴、肩に担がれた竹刀はすさまじい迫力を全方位に噴出しまくっている。『近づくものは全て殺す!』という威圧感が彼女に纏う。
戦闘態勢に入った金剛を見詰め、長門は苦笑いする。
「あっちゃー、しばらく封印していた《鬼の金剛》が目覚めちゃった。これは駆逐艦の子達死んだわ」
「冷静に言ってる場合じゃないでしょ!?」
冷や汗を流しながら苦笑いするの長門を叱責する陸奥の足もガクガクに震えていた。
金剛は竹刀を構え、近づいてくる駆逐艦達に冷笑する。その態度に駆逐艦達はさらに激怒して、速度を上げる。
「みんなやめてくださいッ!」
大和の悲痛な声は駆逐艦達の咆哮の中に消えていった。
そして、鬼の金剛が竹刀を振り上げた――
「やめろよ」
その小さな声は、不思議と全てに流れた。
駆逐艦達は立ち止まり、金剛も竹刀を下ろす。そして、一人の人物にその焦点を合わす。
「しょ、少尉?」
大和が見上げるのは、いつもは優しい笑みをしている翔輝ではなかった。感情を殺した、冷徹な、冷たい瞳だった。
翔輝は駆逐艦達を睨み付ける。刹那、駆逐艦達がビクリと震え、一歩引く。そこに流れるものとは違う意味の恐怖だった。
例えるなら金剛は殺気をみなぎらした恐怖。駆逐艦達は怒りの炎を燃え上がらせた恐怖。そして、翔輝は冷たい、絶対零度の寒さを秘めた恐怖だった。
全員が豹変した翔輝を見て硬直している。
翔輝は全方位を睨み付けると、踵を返して歩き出した。
「しょ、少尉・・・」
大和が不安そうな瞳で翔輝の裾をそっと掴んだが、すぐに振り払われた。翔輝は艦魂達を一瞥し、冷たい瞳でこう言った。
「金剛さんの事、何も知らないで責めるんじゃない」
そう言い残すと、翔輝は艦内に消えて行った。
残された艦魂達は翔輝の冷たさに頭が冷えたのかようやく落ち着き、駆逐艦や巡洋艦達もその場に座り込む。
金剛は軍服を元に戻すと、何事もなかったように消えた。
呆然としている大和の肩を、武蔵はそっと触れた。
武蔵は翔輝の消えたドアを、いつまでも見詰めていた。 |