第七章 第八節 悲しげな瞳
トラック島に戻った艦隊は連合艦隊旗艦である大和に海戦の戦果を報告していた。
「以上。敵空母はしばらく行動不能だろう」
金剛の報告に、大和は笑顔で応える。
「ご苦労様。もう休んでください。翔鶴さんと瑞鳳の具合は?」
「大丈夫。姉さんも瑞鳳もそう簡単には死ぬような人じゃないよ」
瑞鶴の少し外れた返事でも、大和は二人がそれほど深刻でないとわかった。
「機動部隊の皆さんは本当にご苦労様でした」
「ううん。本当にがんばったのは敵空母に止めを刺した隼鷹だよ」
そう言って瑞鶴は勇ましく勇姿を浮かべる『隼鷹』を見詰める。『隼鷹』の艦載機が一桁になるまで行った壮絶な攻撃によって、敵空母一隻撃沈という大戦果を挙げたのだ。
隼鷹は今、翔鶴の看病(無理やり)やっている為ここにはいない。そんな今海戦の英雄とも言うべき隼鷹に、大和もうなずく。
「そうね。あの子もよくがんばった」
大和の言葉に、皆は否定せずにうなずく。が、そんな中金剛だけは首を横に振った。
「いや、大和。本当に敵空母に止めを刺したのは彼女達だ」
金剛はそう言って水兵の服を着た二人の少女を前に出す。二人を見て、大和も嬉しそうに微笑む。
「秋雲、巻雲。よくやってくれました。あなた方は帝国海軍の誇りです」
大和は最高の笑顔で激励を送る。が、
「「どうも・・・」」
連合艦隊旗艦という日本海軍艦魂の最高総司令官である大和の激励にも、二人は浮かない顔をしていた。そんな二人の反応に皆は顔を見合わす。
「どうしたの? どこか具合でも悪いの?」
大和が心配そうに声を掛けると、二人は互いの顔を一度見つめ合うとうなずき、決意したように大和に見る。その瞳には真剣な決意の炎が燃えていた。
「あの、アメリカ人は本当に敵なのでしょうか?」
秋雲の言った壮絶な言葉に、今まで勝利の余韻に浸っていた部屋が一瞬にして崩れた。
「秋雲。それはどういう事だ?」
金剛はいつもと変わらない口調で訊く。だが、その声の裏には怒りがあった。瞳の奥にはすさまじい怒りの炎が荒れ狂う。
だが、鬼の金剛と呼ばれる最凶の金剛に睨まれても、二人は負けなかった。
「空母『ホーネット』を沈める前に、私達は『ホーネット』の艦魂に会いました」
巻雲の言葉に、部屋はさらに衝撃が走った。敵の艦魂と勝手な理由で会う事は、決して許されない軍規違反だった。
巻雲はいつになく冷たい皆の視線を受けても一歩も引かずに問う。
「その時、ホーネット提督は血まみれで倒れていましたけど、私達に笑ってくれたんです! 私達は今まで鬼畜米英とアメリカ人は悪と習ってきました。でも、彼女を見ていて、本当に彼女達が敵なのか、わからなくなってしまって・・・」
「彼女も、日本が嫌いって訳じゃなかった。命令で仕方なく戦ってたんです! 本当は誰よりも平和を望んでいたのに・・・ッ!」
巻雲と秋雲の言葉に部屋は不気味に沈黙したが、突然鋭い音と共に二人は吹っ飛んだ。鉄の壁に思いっきり背中から叩き付けられ、二人は肺の中の空気を全て吐き出し咳き込む。
「この非国民が! 鬼畜米英に味方しおって!」
そう激昂して怒鳴ったのは金色の髪を不気味に揺らし怒り狂う鬼の金剛。
いつもは海や空と同じ美しい蒼い瞳も、怒りに染まって身体を小刻みに震わせる。
震える二人に殺気を全開させる今回の金剛の行動は、誰も止めなかった。皆、金剛と同じように非国民な二人に怒っている。
震える二人の前でそれぞれの長女である陽炎、夕雲が急いで土下座した。
「申し訳ございません!」
「この二人には私達が後できつく言っておきますから、何卒穏便に・・・ッ!」
二人は必死で妹達をかばおうと土下座をして金剛に謝罪する。が、
「ならんッ! こんな反抗分子は放っとく訳にはいかんッ! 貴様らにはきっちり海軍精神をもう一度一から叩き直してくれるッ!」
竹刀を振り回す金剛は許す雰囲気ではなかった。それはそうだろう。敵を敵として見られないのでは、軍人失格だし、当時の日本は欧米諸国を敵としているのだ。許されるはずがない重罪である。が、
「金剛さんッ! もうやめてくださいッ!」
怒り狂う金剛を連合艦隊旗艦である大和が止めた。
暴れる金剛から竹刀を奪うと、大和は真剣な瞳で二人を見詰める。
「秋雲、巻雲、あなた達の言動は許されない重罪です。しかし、今回の戦での功績を差し引いて、あなた方にはしばらく司令部の雑用を命じます。さらに、陽炎さん、夕雲さん、そして私の補佐官の雪風にきっちり説教してもらいます。いいですね?」
それは、大和の温情が混じった処罰だった。陽炎達は泣きながら土下座して喜んだが、
「貴様! そんな事で良いのか!? ふざけるなッ!」
金剛は納得いかず、大和に詰め寄る。が、大和はそんな金剛を睨みつける。
「金剛さん。これは連合艦隊旗艦であるこの私が決めた事。逆らう事は許しません」
大和は真剣な瞳で金剛を見据える。
金剛はしばらく苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、「ふんッ!」と鼻を鳴らして踵を返し、おろおろする比叡、霧島。舌打ちする榛名を従えて去ってしまった。
だが、金剛達が消えても部屋の気まずい雰囲気は戻らなかった。
「最低ね」
「鬼畜米英に味方するなんて」
「非国民」
「帝国海軍の恥だわ」
周囲から巡洋艦や仲間であるはずの駆逐艦、さらには姉妹からも睨まれうつむく二人。そんな二人を見詰め、大和は皆に命令する。
「今回はこれで解散とします。秋雲、巻雲来なさい」
大和は二人と雪風を連れて部屋を出た。
部屋を出てしばらくしても、大和は口を開かずに沈黙したまま歩き続ける。そんな不気味な沈黙の中最初に口を開いたのは雪風だった。
「何考えてるのよあなた達は・・・」
雪風が呆れたようにため息混じりに言う。
二人にとって姉であり義姉である雪風の冷たい言葉に、二人は必死になる。
「でもッ! 姉さん、本当に彼女は・・・ッ!」
「そういう考えをする事自体信じられない」
秋雲の言葉をバッサリと切り捨てる。いつもはやさしい雪風も、帝国海軍軍人なのだ。
「お義姉さん・・・」
「巻雲。あなたも一体何を考えて――」
「雪風。やめて」
大和の言葉に、雪風は顔をしかめる。
「ですが司令。あなたの温情ある処分には二人の姉として感謝しますが、こんな考えを持っているのは危険すぎます」
「それぞれ色々な考えを持っている。仕方ない事です」
「司令・・・ッ!」
食い下がる雪風を止め、大和は二人に向く。その顔はいつになく疲れている。
「秋雲、巻雲。長門さんに雑用を聞いてそれを行って。私は疲れた」
「「はい・・・」」
そう言い残し、大和は一人通路の先に消えて行った。
「どうしたの? 疲れたような顔してるけど」
航海室で海図の山に埋もれていた翔輝に会いに来たのはもちろん大和だ。
「いえ、ちょっと・・・」
近くにあった椅子に腰掛ける大和に対し、翔輝は立ち上がろうとして何かに躓いて海図の山の中にこけた。
「あーッ! もう海図がすご過ぎるんだよぉッ!」
「何でそんなに海図を散らかしてるんですか?」
「・・・整理してるんだけど」
「どう見ても散らかしてる様にしか見えないんですけど」
「・・・」
沈黙する翔輝を見て、大和は小さく笑った。
それから少し経ち、翔輝はようやく南太平洋諸島周辺の海図を片付け、休憩という事で大和の隣の椅子に座った。
もう冷めてしまったコーヒーを飲み、翔輝はようやく落ち着いた。そこで再び落ち込んでいる大和を心配そうに見詰める。
「大和。本当にどうかしたの?」
「うん・・・」
そこで大和はようやく口を開いた。
「あの・・・秋雲と巻雲が軍規違反を起こした挙句・・・戦意を失ってしまったんです」
「はぁ?」
大和は説明した。秋雲と巻雲が軍規違反を起こして敵空母の艦魂に会った上に、その空母と親しくなってしまい、戦う事に疑問を持ってしまった事を。
しばらく翔輝は黙ってそれを聞いていたが、
「駆逐艦がね。まぁ、艦魂それぞれの考えもあるだろう」
それが翔輝の答えだった。そんな翔輝の返答に大和は驚く。
「いいんですか? 明らかに非国民なんですよ?」
「そう言われてもね。実際戦いたくないのに戦争だからって無理やり戦っている奴もいる。中には捕虜にした敵兵に情を入れてしまって戦えなくなった、彼女達みたいな連中もいる。アメリカ人やイギリス人に友人を持つ軍人もいる。まぁ、日本国民全てが戦争万歳って訳じゃないのさ」
翔輝のすさまじい爆弾発言に、大和は瞳を大きく見開いて驚く。
「そうなんですか? 国民のみんなが戦争を望んでるんじゃないんですか?」
「そりゃそうだ。全てが同じ考えを持つなんて、人間には不可能さ」
翔輝の言葉に、大和は意気消沈する。そして、ふと思う。
「少尉はどうなんですか?」
「僕?」
突然の事に翔輝は不思議そうに首を傾げる。そんな翔輝を大和は真剣な瞳で見詰める。
「少尉は戦争万歳ですか? それとも反対ですか?」
「僕は中立だけど」
「いや、そこんとこもうちょっとはっきり」
「うーん、どちらかって言えば反対かな?」
その答えに大和は驚き、悲しげな瞳を揺らす。
「ど、どうしてですか?」
「そんなの、戦わなければ一番いいだろ? それに元々僕は戦いたくて海軍に入った訳じゃないし」
その翔輝の驚愕的な爆弾発言に大和はすさまじく驚く。
「え? そ、そうなんですか? じゃ、じゃあ、どうして・・・?」
震える声で問う大和に、翔輝は小さく悲しげな笑みを浮かべる。
「うん? 海軍に入ったのは生活を楽にする為だよ。海軍は給料がいいからね。まだ翔香も生きてて、生活費は必要だったから。まぁ、翔香の為に入った海軍だけど、もう翔香はいないからな・・・」
「少尉・・・」
悲しそうな目をする大和に、翔輝は寂しそうに笑い掛ける。その瞳は闇よりも暗い。
「呆れただろ? 戦う為じゃなくて海軍に入ったんだよ僕は・・・」
「・・・」
大和は無言で立ち上がり、翔輝に背を向けて部屋から出て行ってしまった。
消えてしまった大和に翔輝は小さくため息する。
「呆れられて当然か・・・情けないな、僕は・・・」
近くにあった一枚の海図を広げ、翔輝は苦笑した。
航海室から立ち去った大和は、翔輝のベッドの中に潜っていた。
「少尉・・・」
海軍軍人は戦う為にいる、そう思ってた。
だけど、翔輝は違った。大切な妹と一緒に、平和に暮らす為に海軍に入ったのだ。
「じゃあ、翔香さんがいなくなった今では、ここにいる意味がないじゃないですか」
大和はいつの間にか涙を流し、泣きながら言う。
翔輝が海軍にいるのは翔香の為。でも、その翔香はもういない。ならここにいる理由はない。だけど、今は戦時中。海軍から抜け出す事は不可能。戦いたくないのに、翔輝は海軍に囚われている。
でも、それが、大和には嬉しかった。
翔輝はもうどこにも行けない。もう自分から決して離れない。それが嬉しくて、でも、そんな事を思ってしまう自分が許せなかった。
翔輝は翔香の為に海軍に入り、でもその翔香はもういない。そして自分は、そんな翔輝の傍にいたかった。
複雑な心境だった。
翔輝を縛る海軍。だけどそれでもいてほしい。
大和は二つの、決して交わる事のない感情の間で苦しんだ。
一方、大和が去ってからようやく海図の整理が終わった翔輝は甲板にいた。
今日も兵達は機銃や高角砲の整備、甲板の雑巾掛けを行っている。
「うおりゃッ!」
と思えば甲板中部では午前修行の一環として柔道、剣道を行っている兵もいる。
そんな作業服や柔道着、剣道着の世界の中に一人だけ第一種軍装の白い夏用士官服は目立ち、作業や修行を行っている兵はその手を止めて敬礼して来る。邪魔してしまったようだ。
「・・・ここにいては兵達の邪魔になる」
突然の声に振り向くと、そこには無表情でこちらを見詰める武蔵がいた。
いつも思うのだが、なぜ艦魂達はみんな自艦でじっとしていないのだろうか。
ともかく翔輝は声を掛けてきた武蔵に小さく笑みを向ける。
「武蔵。どうしたの?」
「・・・さっきの話」
「へ?」
武蔵はじっと翔輝を見詰める。その瞳にはしっかりとした想いが込められている。
「・・・さっきの話、まだ終わってない」
「さっきの話って?」
「・・・翔輝が海軍に入った理由」
武蔵の小さな声に、翔輝は小さくため息する。。
「・・・聞いてたんだ。盗み聞きなんていい趣味じゃないよ?」
「・・・勝手に聞こえた」
無表情でそんな事を返してくる武蔵に、翔輝は思わず笑ってしまった。
「・・・なぜ笑う」
顔をほんの少し赤く染めた武蔵が不機嫌そうに言う。
「いや、ごめんごめん。何か君らしくなく幼い反応をするからさ」
「・・・ッ!」
顔を真っ赤にさせてうつむく武蔵を見て、翔輝は小さく笑った。
「・・・それ以上笑うと、四六cm砲を撃ち込む」
武蔵は年齢相応に怒っていて、それがおかしくて翔輝は笑い、武蔵に殴られた。
二人は風が心地良く吹く防空指揮所に移動した。南国特有の暑い風が流れ、海のさざ波が空間に響く。
武蔵の大和の長髪とは正反対のセミロングの髪が風にそよそよと揺れ、武蔵は海を無表情で見詰めながら言う。
「・・・翔輝が海軍に入ったのは翔香の為だったと言った」
「うん。そうだよ」
「・・・なら、今ここにいるのに理由はない」
武蔵の言葉に、翔輝は複雑そうな顔をする。
「うーん。そういえばそうだけど、今は戦時中だから海軍を抜ける事はできないし、それに、抜ける気もないよ? いい仲間達がいるし」
「・・・それは、水上海兵曹長達の事?」
「うん。もちろん大和や長門さん、君の事もだよ?」
「・・・そう」
武蔵は深くうなずき、何かわかったように、満足した表情を浮かべた。
「・・・それならいい」
武蔵はそう言い残し、急に消えてしまった。
武蔵の消えた後一人残された翔輝は苦笑いした。
「まったく、わからない奴だな」
風が吹き、翔輝は軍帽を深く被り直すと艦内に消えた。
その日の夜、翔輝は航海科の会議を終えて部屋に向かっていた。
「では、自分はこれで」
「うん。お疲れ」
付き添ってくれていた水上は敬礼して別の道に去った。
翔輝はそんな水上を見送るとそのまま自分の部屋に行き、ドアを開けた。すると・・・
「・・・ッ!」
翔輝は我が目を疑った。
そこには、着物を着た少女が立っていた。それはとても懐かしい、とても会いたかった大切な人・・・
「しょ、翔香!?」
「きゃぁッ!」
翔輝は狂ったように翔香の肩を強く掴んだ。
驚く翔香を翔輝は泣きそうな顔で強く抱き締めた。が、
「・・・って、あれ?」
何かに気づき、翔輝は翔香(?)を離す。確かに翔香である。だが、少し恥らうように頬を赤らめ視線を右往左往させる翔香に、翔輝は冷静になった頭である現実に気づいた。
「お、お前大和か?」
「あ、はい・・・」
それは翔香そっくりな格好をしていた大和だった。大和は呆然とする翔輝に「あの・・・その・・・」小さく繰り返す。
翔輝は深いため息を吐いてベッドに腰掛けた。
「何だよ・・・驚かすなよ・・・」
「ごめんなさい・・・」
大和は翔輝の横にそっと腰掛けた。
大和はうつむきながらどこか怒ったような翔輝に謝る。
「ごめんなさい。でもすぐわかりましたね。同じ格好をしたのに」
「当たり前だろ? 妹と他人くらいすぐわかるよ」
他人・・・
翔輝の何気ない一言に、大和は顔をうつむかせる。
「匂いが違ったからね。すぐわかった。いくらそっくりになっても匂いだけは変えようがないからね」
「・・・そうですか」
大和はため息をつく。
(やっぱり、同じにはなれないんだ・・・)
落ち込む大和。だが、翔輝はそんな大和を見詰め少し怒ったような顔をする。
「でも、翔香の格好をするなんて、たちの悪い嫌がらせか?」
「ち、違うです!」
大和は大きな声でそう言いうが、翔輝の顔を見ると再びうつむき、「違うんです・・・」と小さな声で続ける。
大和はうつむいたまま、そっと寂しそうにつぶやく。
「こんな格好をすれば少尉が喜んでくれるかと思って・・・」
「僕が?」
不思議そうに首を傾げる翔輝に、大和は真剣な瞳で見詰める。
「はい。だって、私知ってますもん。少尉は夜中に時々翔香さんの写真を見て泣いてるのを」
その言葉に、翔輝は驚愕し、みるみる顔を真っ赤にする。
「って、えぇっ!? し、知ってたの・・・ッ!?」
「はい」
翔輝は「あちゃー」と声を上げ、顔を赤くする。
そんな翔輝の横で、大和は翔輝の袖の裾をそっと掴む。
「だから、少尉に元気になってほしくて、こんな格好を・・・」
「大和・・・」
大和はいつの間にかぽろぽろと涙を流していた。悲しそうに顔をしかめ、嗚咽交じりの声で小さくつぶやく。
「私じゃ――《大和》じゃダメなんです・・・ッ! 少尉の心に届くのは翔香さんじゃなきゃダメなんです・・・ッ! 私じゃ、私じゃダメなんです・・・ッ!」
感情を押し殺したその声は、辛く、苦しい声だった。それは大和が本当に落ち込んだ時にしか出ない、悲しそうな声だった。
「大和・・・」
どう声を掛けていいかわからず困る翔輝に、大和は突如抱き付いた。
「や、大和・・・ッ!?」
「だから、今は大和じゃなくて、翔香さんと思っていてください」
大和は泣きながら抱き付く。そんな彼女の姿に、翔輝は何も言わなかった。が、
翔輝は大和を離した。驚く大和に、翔輝はそっと笑みを送る。
「いいよ、そんな事しなくても。君は君で十分だから。無理しないで」
「で、でも・・・」
翔輝は涙する大和の震えるその頭を優しく撫でた。
「もう翔香はいないんだ。もう・・・」
そう言う翔輝の顔は、いつになく悲しく、辛くゆがんでいる。そんな翔輝を見上げ、大和はどう声を掛ければいいか右往左往する。
「少尉・・・」
「でもね」
「え?」
翔輝は大和をそっと抱き締めた。
温かいものに包まれ、大和は何もできなくなる。
そんな大和に、翔輝は温かく、優しい声で言った。
「今は、君が一番大事だから」
その言葉に、大和はぽろぽろと涙を流した。恥じらいもなく、ただただ泣いた。
胸の中で小さく泣いている大和に、翔輝は何も言わなかった。
翔輝はそっと大和の頭を撫で、ふと窓の外を見た。窓の外には金色に輝く満月があった。そんな月の下、翔輝は大和を優しく抱き続けた。 |