第七章 第七節 隼鷹涙の逆襲 ホーネットの最期
その頃、第二艦隊所属第二航空戦隊・商船改装空母『隼鷹』がついに動き出した。
「攻撃隊を発進させてください! もう我慢できません!」
大声で言うのは第二航空戦隊司令官角田覚治少将であった。彼は現連合艦隊最強と呼ばれる勇猛果敢な闘将である。
元々彼は航空機主義を一切否定し、『腰抜けの空論、たとえ航空機が無くても戦うのが海軍軍人魂』と主張していた。だが、真珠湾攻撃で飛行機の優位性を理解すると、柔軟にそれを認めて航空戦隊の司令官に就任した男だ。
角田は恨みがましそうに敵機動部隊が展開しているであろう方角を睨む。
「山口の仇、必ず討ってみせるッ!」
角田の言う山口とは、ミッドウェー海戦で最後まで『飛龍』と共に戦い抜いた猛将山口多聞中将(死後昇級)である。山口と角田は同じ海軍学校出身の後輩先輩という関係だった。お互いに『見敵必戦』という考え方だったので仲も良く、後輩である山口が先に大佐・少将に昇級してもそれを自分の事のように喜び、『彼が指揮官なら、何時でも喜んで指揮下に入る』と言っていた。だが、山口はミッドウェー海戦で戦死し、角田は山口が戦死した事を深く悼んだ。その際角田は『山口を機動部隊司令長官にしてあげたかった。彼の下でなら、喜んで一部将として戦ったのに』と言った。
そんな山口の遺志を継ぐ角田は山口と同じく上層部の命令を無視して攻撃隊発進を命じた。似た者同士なのだ。
余談だが、角田は闘将でありながら部下に対しては非常に温厚かつ丁寧な態度を見せ、水兵や下士官に対しても決して上官風をふかさず「おはようございます」「お疲れ様」と挨拶を交わし、部下将兵にも慕われていた。だが挨拶された側は、上官である角田にどう挨拶を返したらいいか困ったらしい。
そんな角田の横では、隼鷹が顔を真っ赤にさせて激昂していた。
「翔鶴お姉ちゃんの仇、絶対に討ってやる!」
大好きな翔鶴をケガさせられた隼鷹は幼い顔をその年齢ではありえない怒りの色に染めて激怒していた。その瞳からは涙が溢れる。
「飛行長! 攻撃隊を出してください!」
角田の言葉に対し、飛行長は複雑そうな顔をした。
「しかし司令。敵は攻撃範囲外です。今出しても攻撃隊が帰って来れません」
そんな至極当然な飛行長の言葉に、角田はニヤリと不敵に笑った。
「だったら、この『隼鷹』を敵艦隊に全速力で向けましょう。空母は海上を動く航空基地。でしょ?」
角田の言葉に、飛行長は唖然としていた。敵艦隊に近づけば、それだけ敵機の攻撃範囲に入ってしまって危険なのだ。だが、
「大丈夫です。それに空母二隻を中破させられて、黙ってる訳にはいきませんよ」
角田の少年のようなキラキラした瞳に、飛行長はため息混じりにうなずいた。
「まったく、司令のお考えはいつも私達の度肝を抜きますなぁ」
「それはほめているのか?」
「どっちもですよ」
飛行長の笑みに角田も笑顔でうなずくと、すぐさま司令官の顔になって部下達を見詰め、命令を発する。
「攻撃隊発艦せよ!」
角田の命令で、甲板に用意されていた十数機の攻撃隊が次々に発艦した。
正式空母である『翔鶴』や『瑞鶴』に比べたら小さな空母だが、その身体からはすさまじい闘志が溢れている。
多くの整備兵や空母兵に見送られ、攻撃隊は次々に発艦する。
緑色の機体に赤い日の丸を付けた零戦、九九艦爆、九七艦攻は、それぞれ上空で編隊を組み終えると、一路敵機動部隊に向かって飛び立った。
天空に消えて行く攻撃隊に涙を流しながら笑顔で手を振る隼鷹。だが、蒼穹の向こうに攻撃隊が見えなくなると真剣な顔で、
「必ず敵空母を・・・」
静かに、隼鷹は敬礼した。
どんなに幼くても、どんなにかわいくても、彼女は大日本帝国海軍に所属する艦魂――帝国海軍軍人なのだった・・・
「敵襲! 敵機左三〇度方向より接近!」
満身創痍といえる状況のアメリカ艦隊に、止めと言える敵機(『隼鷹』を発進した第三次攻撃隊)が襲来した。
敵機は、もうボロボロの『ホーネット』に群がった。
「はぁ・・・はぁ・・・まだ・・・負けない・・・負けられないの・・・ッ!」
すでに『隼鷹』の第一次、第二次攻撃隊の攻撃で『ホーネット』は死に掛けていた。甲板一面が火で包まれ、すさまじい黒煙を上げていた。ホーネット自身も真っ白な夏用背広型アメリカ海軍軍服を自らの血で真っ赤に染め、もう立ち上がる力も残されておらず、防空指揮所の壁に背中を付けて倒れていた。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
もはや呼吸もままならず、肩で息していた。
もう『ホーネット』には敵機を回避する力など、残っていなかった・・・
「敵機直上! 急降下!」
見張り兵の叫びに、ホーネットはため息した。
辺りからは爆音は響くも対空砲火の音はほとんどない。もう敵機にまともに反撃できるだけの防空能力は残っていなかった。
力なく空を見上げると、敵機数機が爆弾投下体勢に入っているのが見えた。
数はほんのわずかだ。きっと残っている稼動全機を必死に掻き集めて編成した寄せ集めの部隊なのだろう。
ホーネット自身わかっている。
航空戦とは消耗戦なのだ。
出撃すれば犠牲が出る。
何度も何度も攻撃隊を編成して送り込めば、逐次撃破で次々に撃ち落とされる。
何度も攻撃をすれば、見るも無惨な攻撃隊しか編成できなくなる。
手当たり次第に飛行機を集めて攻撃する。それが航空戦なのだ。
まだ経験浅い航空戦は、今も右も左もわからない。
陸上戦が考えられたのは人類が生まれてすぐだ。
海上戦が行われるようになったのは、人間が船というものを手に入れてからだ。
だが、航空戦というのは生まれてわずか数十年。しかも当初はあまりにも無惨な航空戦であったが、今では航空戦にも戦術や戦略が用いられるまでになった。
そんな航空戦は、航空機の進歩と共にいつも劇的に変化する。
この戦争は、まさにその連続だ。
一体何が正しく、何が間違いなのか。誰にもそれはわからない。
ただ、今わかる事は――
――敵機の攻撃がすぐ目の前まで来ているという現実だった――
ホーネットは爆弾投下態勢に入り急降下して来る敵機を一瞥すると、ゆっくりと目をつむり、その何度も受けた時を待った。そして・・・
次の瞬間、空母『ホーネット』の甲板が粉々に吹き飛んだ。
帰って来た攻撃隊を見て、隼鷹はうつむいた。
無事に帰って来た残存機数は見るも無惨なほど消耗していた。
敵に一番近づく一番危険な急降下爆撃機である九九艦爆は最も消耗が激しく、十七機出撃したうち十一機撃墜された攻撃隊もあった。
ボロボロの攻撃隊に、角田も暗い顔をしていたが、頭から血を流した第三次攻撃隊隊長は涙を流しながら角田に敬礼した。
「敵空母一隻、沈没確実!」
その報告に、角田は「そうですか・・・良くやってくれました」と感謝し、生き残った搭乗員ひとりひとりと握手した。
そんな甲板を離れ、隼鷹は防空指揮所に移った。
空はもうオレンジ色に染まり、夕焼けがとても美しい。まるで空が燃えているかのようだ。
隼鷹は、その幼い心の中に、勝利の喜びと、犠牲の悲しさという複雑な感情を混ぜ、そっと、頬を涙で濡らした。
空母『隼鷹』は、数席の駆逐艦に守られながら、残存機数わずかで一路トラック島を目指して全艦取舵を回した。
空母『隼鷹』の壮絶な反復攻撃の後、アメリカ軍は航行不能に陥った『ホーネット』を処分する事を決定。味方駆逐艦二隻から合計九発の魚雷と四〇〇発の主砲弾を食らうが、燃ゆる『ホーネット』は沈まなかった。
この処分攻撃の際、処分命令を受けた駆逐艦の艦魂をエンタープライズは殴り飛ばして処分をやめるよう言ったが、艦の魂であっても、実際に艦を動かす事のできない艦魂には、何もできなかった。
涙を流しながら、泣き叫びながら、二人は魚雷と主砲を撃ち込んだ。せめて痛みは少ないだけにしてあげたい。だが、そんな二人の願いに反して、『ホーネット』は沈まなかった。
一向に沈む気配のない『ホーネット』を見て、二人は安堵と罪悪感で胸を痛めた。
激戦の末、アメリカ海軍は敗北を喫した。
これ以上ここにいても、犠牲が増えるだけ。
アメリカ軍は撤退を決定した・・・
「姉さん・・・お別れだね」
「ホーネット・・・ッ!」
燃える『ホーネット』の防空指揮所で、エンタープライズは血まみれでぐったりとしている大切な妹を抱き抱えながら泣いていた。涙を堪え、唇を噛み、できるだけ妹に情けない姿を見せたくはなかった。それは彼女のプライドであり、妹に心配をかけたくないという優しき姉の想いでもあった。そんな必死に色々な感情に耐えている表情は、誰よりも姉の事を心配するホーネットを悲しませるには十分だった。
「ダメだよ・・・姉さん・・・猛将と謳われた姉さんが・・・そんな顔をしちゃ・・・」
「そんなの・・・誰かが勝手に言い出した事だ・・・私はそんなに強くない・・・口では強がっているが・・・仲間やお前がいないと何もできないダメな艦魂だ・・・ッ!」
「姉さん・・・」
エンタープライズは泣きながら言う。それは今までホーネットが見た事がなく、そして、一番見たかった――姉の本当の姿だった。
くす・・・
ホーネットは微かに笑った。これが本当に体中血まみれで今にも死にそうな女の子の姿なのだろうか。
ホーネットの微笑に、エンタープライズが顔を赤くする。
「な、何よ。何がおかしいのよ」
「ううん・・・おかしくないよ・・・? ただ・・・」
ホーネットはそっとエンタープライズを見詰める。
蒼い。海の優しい、空の温かい、キレイな蒼色の瞳同士がお互いを見詰め合う。
「ただ・・・最後に姉さんの知らなかった・・・ううん・・・知っていたけど・・・ずっと・・・見れなかった・・・姉さんの本当の姿を見れて・・・嬉しいかっただけ・・・」
「ホーネット・・・」
その時、遠くから汽笛が聞こえた。艦隊が撤退を開始したのだ。
ホーネットは最後の力を振り絞って、今自分にできる最高の笑顔を、エンタープライズに向けた。
風が吹き、二つの金色の髪が揺れる。
「姉さん」
ホーネットは上半身を起こし、エンタープライズの頬にキスした。
ホーネットはそのままエンタープライズに抱き付いた。
懐かしい香りが嬉しくて、嬉しくて・・・泣きながら・・・
「私の分も・・・ヨークタウン姉さんや・・・レキシントンさん・・・ワスプの分まで・・・生きて・・・そして・・・必ず・・・アメリカを・・・愛する祖国を・・・救って・・・」
それは、妹の最後の言葉だった。
エンタープライズはその言葉に涙を堪えて小さくうなずく。
「わかった。私、必ずアメリカを勝利に導いてみせる。だから、あなたはゆっくり休んで」
まるで彼女の返事を待っていたかのように、エンタープライズの言葉の後、ホーネットの瞳はゆっくりと閉じられた。
意識を失ったホーネットに自身の上着を布団代わりに掛け、エンタープライズは立ち上がり、静かに敬礼した。
そして・・・
一際大きい波の音が響いた時には、エンタープライズは姿を消していた。
ホーネットの金色の髪と、エンタープライズが掛けて行った白い軍服が、風に揺られて小さくはためいていた。
アメリカ艦隊から見捨てられて、大傾斜しながらも浮き続ける空母『ホーネット』に、思わぬ来訪者が現れた。
今目の前には見慣れぬ水兵の服を着た、黒髪黒眼の少女二人がいて、そのどちらもが自分に向かって敬礼していた。一方はセミショートのまじめそうな女の子、もう一人は後ろの方で纏めたツインテールをしたクリッとしたかわいい女の子だ。
「あなた達は・・・?」
ほとんど自分でも聞き取れないほど小さな声でホーネットは訊いた。
「大日本帝国海軍陽炎型駆逐艦十九番艦・駆逐艦『秋雲』」
セミショートの少女――秋雲は静かにそう名乗った。
「同じく大日本帝国海軍夕雲型駆逐艦二番艦・駆逐艦『巻雲』」
ツインテールの少女――巻雲は名を名乗ると再び敬礼する。
少女達は凛とした声で自分達の名を名乗ってくれた。
名乗られたからにはこちらも名乗る。それが海軍軍人の礼儀である。
「私は・・・アメリカ合衆国海軍・・・ヨークタウン型航空母艦三番艦・・・空母『ホーネット』・・・」
かすれた声でホーネットは名乗った。
ホーネットの言葉に二人は静かにうなずく。
「空母ホーネット。あなたの殊死奮戦の活躍は、我が帝国軍でも賞賛されています」
そう秋雲が言うと、ホーネットは「そう・・・」と小さく言った。
「それは、ありがたい・・・私の名前が後世まで残る・・・」
苦笑するホーネットに、巻雲はなんと傷の手当てをした。
「ど、どうして・・・?」
驚くホーネットに巻雲は優しい笑顔で、
「戦いは終わりました。もう我々が戦う理由はありません。ならば、目の前で傷付いた人を見たら手当てをするのは当たり前です。と言っても、艦魂の対するものですから、せめて痛み止めにしかなりませんが」
巻雲の言葉に、ホーネットの胸に何か温かいものが流れた。
「・・・私は、勘違いしていたの・・・?」
日本人は世界正義を脅かす狂った種族で、殲滅するのは当たり前だと教わってきた。だが、今目の前にいる二人を見ると、それが間違いではないかと思ってしまう。
「私は、日本人は倒さなければならない敵だと思っていた。でも・・・」
「私達もそうです。鬼畜米英と習い、あなた方アメリカ人は帝国の栄光を遮るものだと教わってきました。でも、あなたを見る限りそうは思いません」
秋雲の言葉に、ホーネットは何も返せなかった。
「私は別にアメリカが嫌いという訳ではありません。上官の命令で戦っているだけです。まぁ、唯一嫌いなのはあのルーズベルト大統領だけです」
巻雲の言葉に、ホーネットはくすりと笑ってしまった。
「ルーズベルトか・・・私もあいつは嫌い・・・国民には・・・好かれているらしいけどね」
「日本ではあの人の事を《ペテン師》と呼んでます」
「ペテン師? あははは・・・そのとおりね・・・うん・・・なかなか・・・気の利いた名を・・・付けるわね」
ホーネットの笑いにつられ、二人も笑ってしまった。
しばらく三人は敵国軍同士という事を忘れて談話した。もちろんそれは普通の話だ。ホーネットは自ら愛する祖国が不利になるような事は言わないし、秋雲と巻雲もそのような事は一切訊かなかった。そんな二人の気遣いにも、ホーネットは静かに感謝した。
人種や国を越えた繋がり。が、それも十数分の事だった。
突然二人は立ち上がり、悲しい顔でホーネットを見詰める。
「今命令が下りました――あなたを雷撃処分します」
秋雲の言葉に、ホーネットは静かに笑った。
「そう・・・」
「我々はあなたを日本へ連れて行きたかったんですが、損傷が激しく、どうしようもないという事がわかりました」
巻雲の悲しい声に、ホーネットは笑顔で言う。
「それは良かった・・・一応・・・私も合衆国海軍の空母だもの・・・味方と戦うくらいなら・・・自ら死を選ぶわ・・・」
ホーネットの勇ましく儚い言葉に二人は最高の敬礼をした。
「「貴官のご冥福をお祈りします」」
そう言って、秋雲と巻雲は光に包まれて消えた。
直後、ホーネットの聞いた事のない演奏が聞こえた。それは、日本海軍の軍歌の一つ、鎮魂歌『海行かば』だった。たとえ敵艦であっても、最後は情けを掛ける。それが日本海軍――日本という国であった。
「なんていい曲なの・・・」
ホーネットは涙を流しながらその曲に耳を傾けた。
風に乗って来るメロディに、ホーネットは心から日本海軍に感謝した。
そんな彼らを、最高のライバル国だと思った。
「あなた達に負けて・・・私は悔いはない・・・」
ホーネットは心からそう思った。
曲が終わり、月夜に照らされる敵駆逐艦二隻――『秋雲』『巻雲』の甲板には多くの兵が敬礼していた。それが、ホーネットにはすごく嬉しかった。
そして・・・
遠くで何かが着水した音が聞こえ、次の瞬間、月に照らされる海に数本の白い軌跡が見えた。
それはなぜかとても遅く、スローモーションのようだった。
『死の直前は、時間がゆっくり流れる』
そんな言葉をどこかで聞いた事がある。
その瞬間、今までの記憶が走馬灯のように甦った。
いつも笑っていて優しかったヨークタウン姉さん・・・
軍人らしく、いつも厳しいが本当は優しいエンタープライズ姉さん・・・
そんな二人の妹でいられて、本当に嬉しかった。
少し先にはエンタープライズ姉さんがいて、遠い海の底にはヨークタウン姉さんがいる。自分ももうすぐヨークタウン姉さんと同じく海に沈む。
思えば短い命だった。生まれてからたった一年でもう死を迎えなければならないのだから。
もし、日本と戦う事がなければもっと長生きできただろう。でも、兵器は戦っている時にこそ輝く物。平和な時代に生まれ、何もせずにただ訓練の毎日になるのと比べれば、艦魂にとっては嬉しい限りだった。
そして、日本という国は、本当はすばらしい国だともわかった。
今はまったく日本の事を恨んだり憎んだりできなかった。
戦えた事に、今は誇りを持てる。そう思った。
「でも・・・」
ホーネットは静かに日本に謝った。
「まだ・・・戦争は終わらない・・・そして・・・まだ姉さんが残ってる・・・まだ戦争は終わらないのよ・・・」
寂しいそうに言う。
変えられない現実。
戦争という悲惨な歴史。
この戦いはまだ続く。そんな気がしてならない。
きっとこれからも日米双方で多くの人間や艦魂達がこの海に沈むだろう。
でも、それが戦争なのだ。
刹那、ホーネットは一面に星が煌く夜空に小さく笑い掛けた。
「でしょ? 姉さん・・・」
その瞬間、艦が大きく揺れ、ホーネットの意識は永久に途絶えた。
――空母『ホーネット』、他の姉妹艦とは年の離れたこの新鋭空母は、今までの空母の欠点をできる限り改良した、まさに合衆国海軍の空母技術の粋を結集させた空母であった。日本本土を空襲し、ミッドウェー海戦では無敵の日本機動部隊を壊滅させ、常にその身を前線に置き続けた。そんな『ホーネット』は激動の時代の中、僅か一年の短い生涯を終え、ソロモンの海深くに沈んで逝った――
この海戦で日本軍は重巡洋艦一隻大破。空母『翔鶴』『瑞鳳』を中破。駆逐艦二隻が小破した。
米軍は空母『ホーネット』、駆逐艦一隻沈没。駆逐艦一隻大破。空母『エンタープライズ』中破。戦艦『サウスダコタ』、軽巡洋艦一隻が小破した。
奇しくも、この日はアメリカ海軍の海軍記念日であった。
この海戦を発表したアメリカのラジオは、史上最悪の海軍記念日と報じたという。
この海戦で米軍は『ホーネット』沈没。『エンタープライズ』中破で稼動空母が〇隻になった。これ以降、米軍は空母なしでしばらく戦うという辛い時期を迎える事になった。
一見すれば日本軍の勝利に思えるが、実際は同時に行われた輸送作戦は失敗。陸軍への航空支援も失敗した。
そしてなにより、陸軍の作戦の延長と米機動部隊を優先した海軍との間の溝により共同作戦は実質不可能となり、この海戦の二日前の二四日、ガダルカナル島に生き残っていた陸軍部隊は補給・援護なしの総攻撃を敢行。強大な敵兵力の前に壊滅した。
日本海軍は海戦にこそ勝利したものの、本来の任務が失敗し、結果は日本軍の戦術的勝利・米軍の戦略的勝利という、限りなく引き分けに近い形となった。
この後、南雲長官は機動部隊司令官から転属し、真珠湾以来常にその身を前線に置いていた日本機動部隊、通称《南雲機動部隊》は、永遠にその名称を封印する事になった。
そして、この日本機動部隊の最後の勝利となった海戦を、南太平洋海戦と呼ぶ。
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