艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(37/132)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第七章 第六節 二つの決断


 一方、第一次攻撃隊は順調に敵機動部隊を目指して空を翔けていた。
 剣の零戦は攻撃隊の前方を、刹那は後方を守っていた。
 第一次攻撃隊は雲の中に突入した。白い雲が搭乗員達の視界を奪う。
 そして、雲を抜けた時、予想外の部隊と遭遇した。
『右上方敵の攻撃隊ッ!』
 無線から流れた声に攻撃隊の搭乗員達は皆同じ方向を見詰めた。
 そこには、雲で見にくいが、確かに敵機が編隊を組んで反対方向に向かっていた。
 敵攻撃隊はF4Fワイルドキャット艦上戦闘機、SBDドーントレス艦上爆撃機、TBFアベンジャー艦上攻撃機で編成されており、攻撃隊には間違いなかった。
 問題は、一体どこへ向かうかだ。
 そんなの決まっている。
 自分達の母艦に向かっているのだ。
 通り過ぎていく敵攻撃隊を見詰め、自軍攻撃隊を守る戦闘機の搭乗員である剣と刹那の胸中は違うものが流れていた。
 徐々に小さくなっていく敵攻撃隊を見詰め、剣は悔しそうに唇を噛む。
「瑞鳳・・・死ぬなよ」
 そうつぶやくと剣は前を見詰め、攻撃隊の護衛を続けた。
 一方刹那は消えて行く敵攻撃隊を見詰め、しばしの沈黙の後、操縦桿を思いっ切り倒した。
「このまま瑞鶴達を見捨てられるかッ!」
 刹那は敵攻撃隊撃滅の為に機体を反転させた。
 反転した零戦は刹那だけでなく、彼を含めて二一機中九機に上った。
 もう見えなくなった敵機を睨み、刹那はスロットルを全開にまで上げた。
 反転して去って行く味方戦闘機を見詰め、剣はため息した。
 任務を放棄して帰るべき母艦を守るか、任務を忠実に守って攻撃隊を守るか。どちらも正解であり、どりらも間違い。正解なんて人の数だけあるのだ。
 去って行く零戦隊に、剣はそっと敬礼した。
 こうして、二人の零戦はそれぞれの道に向かって飛翔した。

『敵機襲来!』
 アメリカ艦隊に警報が鳴り響く。アメリカ将兵全てが西の空を見ると、黒い無数の点が天空を舞いながら接近して来ていた。
「ジャップだ! 迎え撃て! Kill Japs! Kill Japs! Kill Japs!」
 ハルゼーは狂ったように叫ぶ。
 艦隊は弾幕を張り、直掩の戦闘機隊は敵機を撃墜していく。だが敵機も果敢に攻めて来る。翼に輝く赤い日の丸を輝かせて突撃して来る。
 空母『ホーネット』も敵機に対し機銃や高角砲を乱射して敵機を迎撃する。
『敵機直上! 急降下!』
 見張り兵の絶叫が艦橋に響く。
「面舵いっぱぁぁぁいッ!」
「アイアイ、サー! 面舵いっぱぁぁぁいッ!」
 艦長が叫び、それを航海長が復唱する。
 『ホーネット』は全速力で右に曲がる。水柱が立ちまくる海上を『ホーネット』は逃げ回る。
「きゃッ!」
 艦体の右舷に突然水柱が上がり、それに驚いたホーネットは尻餅を着いてしまった。爆弾が近くに炸裂したのだ。
「敵機が私に集中してる? それは良かった。これで姉さんを危ない目に遭わせなくてすむ」
 ホーネットはまだ数機の敵機にしか襲われていない『エンタープライズ』を見て安堵する。だが、それは敵機の大半が自分に向いている事。辛く、苦しいのは明らかだった。
 水柱が無数に上がる中、『ホーネット』はその間をすり抜けて逃げる。敵機が急降下して来ても器用に回避、撃墜する。だが敵機は諦めずに、執念深く爆弾や魚雷を次々に投下して来る。
 空から降ってくる爆弾の雨。海中を翔ける魚雷の大群。そんなのから逃げ続ける事など、できるはずがなかった・・・
『敵機急降下!』
 見張り兵の絶叫が響き、敵機の急降下音が天空に響く。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
 艦長は叫ぶが、既に敵は爆弾投下体勢に入っていた。さらに、
『左舷より魚雷二本接近!』
 魚雷二本が接近して来ていた。
 回避など、できるはずもなかった・・・
「総員衝撃に備えろおおおおおぉぉぉぉぉッ!」
 艦長の絶叫が艦内全てに響いた。
 ホーネットは迫る敵急降下爆撃機と魚雷を見詰め、その時を覚悟した。

 レーダーで日本攻撃隊を発見して米機動部隊は戦闘機を発艦させていた。その数は三八機。零戦隊の三倍の数である。攻撃を開始した攻撃隊は次々に撃ち落とされた。
 剣達の零戦も必死で迎撃するが、半分以下になった護衛の零戦では十分な護衛をまかない切れない上に敵は三倍の数。撃墜される味方機を悔しそうに見詰め、剣は唇を噛んだ。
「くそッ! くそッ!」
 剣は怒りを弾丸に込めて必死で迎撃するが、味方は次々に撃ち落される。
 目の前の敵機に照準を合わせたその瞬間、後方から、ダダダダダダダダダダッ! と敵機の機銃が掃射され、驚いた剣は操縦桿を倒して回避しようとしたが、キュンッ! という軽音を立てて、敵機の弾丸がコックピットの窓を貫通し、剣の右肩を撃ち抜いた。
「あぐッ!」
 剣は顔をしかめ、辺りに赤い鮮血が飛び散った。
 すぐに反転上昇して敵機から逃げようと考えたが、今ここで自分が逃げれば味方の攻撃機が危なくなる。剣は右肩の痛みを堪え、敵機に向かって行った。
 数機の敵機を撃ち落とし、味方も数機撃ち落された時、一機の九九艦爆が急降下、爆弾を敵空母に命中させた。敵空母は炎上した。
「や、やった・・・ッ!」
 剣は炎上する敵空母を見詰め、歓喜した。が、その九九艦爆は敵機に撃ち落とされた。
「このおおおぉぉぉッ!」
 剣は機体を急降下させ、敵機に機銃を撃ち込んだ。敵機は黒煙を引いて落下した。そして、上昇した時、隊長機が反転した。撤退だった。
「くそッ!」
 剣も仕方なく反転した。が、逃げる味方を敵機が狙う。剣達零戦隊は再び反転し、敵機に突っ込んだ。
 激しい激戦をし、味方攻撃隊が見えなくなるまで踏ん張り、剣達も撤退した。
 全速力で攻撃隊に追いついた剣達は我が目を疑った。
 前方を飛んでいる攻撃隊の数は、艦爆・艦攻それぞれたった四機。それぞれ約二〇機もいた攻撃隊は、ほんのわずかしか残っていなかった。
 振り返ると、零戦も自分を含めて三機にまで減っていた。その中には、ラバウルから一緒に来た仲間も、仲良くなったばかりの艦載機搭乗員もいなかった。
 剣は肩の痛みの他に、もう一つの、もっと強い痛みを感じながら、悔しそうに唇を噛み、操縦桿を握り続けた。

「ホーネット!」
 『ホーネット』の艦橋に飛んで来たエンタープライズが見たのは、頭から血を流してぐったりと床に倒れている妹の姿だった。
「ホーネット! しっかりしろッ!」
 エンタープライズはぐったりとしているホーネットの弱り切った身体を抱き上げる。
 ホーネットは意識はしっかりしているようで、エンタープライズの声を聞いてそっと表情を和らげた。
「姉さん・・・ケガはない?」
「バカッ! 人の心配よりも自分の心配をしろ!」
「・・・泣いてるの?」
「バカヤロ・・・ッ! 泣いてなんかねぇよ・・・ッ!」
 そう言うものの、エンタープライズは蒼い瞳からぽろぽろと涙を流していた。猛将と呼ばれ、多くの艦魂達に慕われている姉が、自分の為に泣いてくれた。いつも足を引っ張ってばかりのダメな妹なのに、泣いてくれた。
 不謹慎だが、そんな想いが胸に広がり――嬉しかった。
「姉さん・・・泣かないで・・・まだ敵は・・・生きてるんだから・・・まだ戦わないといけないんだから・・・ここで止まっちゃ・・・ダメだよぉ・・・」
 血を流しながらも敵を撃滅する事を最優先にしている勇ましき妹を見て、エンタープライズはぽろぽろこぼれる涙をゴシゴシと袖で拭いて決意した。
「わかった! 必ず、あんたの仇を討ってやる!」
「お願い・・・姉さん・・・」
 ホーネットの身体をそっと床に置くと、エンタープライズは憎しみ一色に染まった蒼き瞳で敵機が去った方向を睨みつける。
「絶対に許さんぞジャップどもッ! 必ず貴様らにも地獄を見せてやるッ!」
 エンタープライズはホーネットの応急処置をすると自艦に戻った。
 必ずホーネットの仇を討つ。そう胸に誓って。

 一方、日本軍にも悲劇が起きた。
『左三〇度方向より敵機襲来!』
 見張り兵の報告が入った『瑞鶴』艦内に戦慄が走った。
 瑞鶴は急いで確認すると、蒼い空に無数の黒いシミが見えた。それを確認し、瑞鶴は顔を真っ青にした。
「姉さんが危ない・・・ッ!」
 ちょうどこの時、敵機、『翔鶴』部隊、『瑞鶴』部隊の順で一直線になっており、敵機は一番手前にいた『翔鶴』に向かって群がった。
 いてもたってもいられなくなった瑞鶴は防空指揮所に上がって姉を見詰めた。
 敵機の群れの中、『翔鶴』は一騎当千のごとく敵機を蹴散らしながら水柱だらけの海を翔けて行く。その姿はまさしく鶴の様に可憐で、勇ましかった。
「姉さん! 姉さんッ!」
 瑞鶴は必死に戦う姉をずっと呼び続けた。

 『翔鶴』は敵機が襲って来る中をひたすら突撃して敵機を粉砕していった。
「貴様らの相手はこの私だ! 私は逃げん! ここで貴様らを海の藻屑もくずにしてくれる!」
 防空指揮所で仁王立ちしている翔鶴は勇ましいを通り越して恐怖すら感じる迫力だった。長い髪を揺らして、翔鶴はひたすら敵機を睨み付け、近づく敵機に軍刀で切り付ける。切り付けられた敵機は単座機銃によって撃墜された。
 艦魂と艦は一心同体。艦魂が思った方に攻撃すれば、高確率で機銃やら高角砲がそこへ攻撃してくれる。それが艦魂の戦い方だ。
 翔鶴はひたすら軍刀を振り回すが、それは全て敵機を切り、機銃や高角砲がそれを撃墜する。すさまじい攻撃の嵐だ。近づくものは全て翔鶴の刀のつばに輝かされ、次の瞬間には炎に包まれる。猛将と呼ばれる翔鶴はやはり只者ではないのだ。
 だが、そんな無敵の翔鶴であっても、一つだけ弱点がある。それは・・・
「敵機!『瑞鶴』に向かう!」
「何だと!?」
 横にいた見張り兵の叫びに、翔鶴は躊躇ちゅうちょなく妹を見た。が、それが命取りだった。
「敵機直上! 急降下!」
 気が付いた時には敵機数機が頭上から猛スピードで急降下して来た所だった。
 翔鶴はダンッ! と軍刀を鉄の床に叩き付ける。
 襲い来る敵機を睨み付け、彼女は一歩も引かなかった。それが、猛将と謳われる空母『翔鶴』の艦魂だった。
「貴様らごときに殺られる私ではないわッ! 鬼畜米英めッ!」
 その叫びの刹那、空母『翔鶴』の甲板が吹き飛んだ。

「『翔鶴』被弾ッ!」
「姉さんッ!」
 瑞鶴の瞳に映っているのは、天高く黒煙を上げる姉の壮絶な姿だった。
「姉さん! 姉さんッ!」
 黒煙を上げて甲板に火災が起きた『翔鶴』だが、敵機に向かって壮絶な対空砲火を続けている。その姿に、瑞鶴はほんの少しだけ胸を撫で下ろした。
「大丈夫だよね・・・姉さんは、絶対に大丈夫だもん」
 そう自分に言い聞かせ、瑞鶴を平常心に戻る。が、
「敵機来襲ッ!」
 その絶叫に顔をもたげると、敵機が自分に向かって殺到していた。
「い、いやあああぁぁぁッ!」
 瑞鶴は目の前の恐怖に目を背けた。その時、
 ダダダダダダダダダダッ! と機銃音が響き、敵機数機が撃墜された。驚いていると、敵機の後方から数機の零戦が突っ込んできた。
 次々に機銃を放って敵機を撃墜する。
「あ、あれは・・・?」
 瑞鶴はあまりにも突然の事に驚く。
 あっという間に敵機を撃墜し、零戦隊は『瑞鶴』の上空を低空飛行しながら旋回する。その時、そのうちの一機のパイロットに瑞鶴は驚く。
「せ、刹那ッ!? 何でここにいるのッ!? 攻撃隊はッ!?」
 もう何がなんだかわからない。混乱した瑞鶴はその場にぽかんと立ち尽くすしかなかった。
 そんな彼女の上空では、再び敵機が『瑞鶴』に向かって突っ込んで来ていた。

「全機突撃!」
 迫る敵機に向かって刹那は全速力で飛んだ。
 そんな彼を追いかけるように他の零戦も全機が最高速度で突っ込んだ。
 照準を合わせ、機銃を撃ち込む。
 零戦に搭載されている二〇mm機銃が敵機を次々に撃ち砕く。はちの巣になった敵機は次々に黒煙を拭いて海に落ちていく。
 撃ち落された味方の仇と、敵戦闘機が突っ込んで来た。刹那はベテランの力で、まるで自分の体のように機体を捻って回避、反転して敵機に照準を合わせる。
「これでもくらえッ!」
 機銃を掃射し、向かって来た敵機を撃ち落とした。
 零戦隊は散開、他方向から機銃を掃射したが、敵機に挟み込まれ次々に撃墜された。
 この頃、すでに零戦無敵神話は崩壊し始めていたのだ。
 激戦とミッドウェー海戦の大敗北の影響で熟練の、特に真珠湾攻撃からの歴戦の搭乗員はほとんど戦死し、さらに米軍は対零戦戦法を生み出し、そのせいで通常搭乗員や新米搭乗員が次々と戦死。今や零戦の栄光は終わっていると言っても過言ではなくなっているのだ。
 そんな零戦に乗る刹那は仲間の死に唇を噛むと、迫る敵機に突貫した。
 仲間数機をやられながらも敵機を次々に撃墜し、刹那達はなんとか『瑞鶴』を守りきれた。

「姉さん!」
 敵機が去ってようやく瑞鶴は翔鶴に対面する事ができた。だが、
「・・・だから、勝手に自艦を離れるなと言うに」
 防空指揮所でぐったりしている翔鶴を見て、瑞鶴は狂ったように姉を呼んだ。
「姉さんッ! 大丈夫なのッ!?」
「うるさい。少し黙れ。傷が痛む」
 しかし、翔鶴は相変わらずクールだった。すでに自分で止血、応急処置を終えていた。だが、頭や腕に巻かれた包帯はとても痛々しい。
 瑞鶴は泣きながら翔鶴を見る。
「もう。心配かけさせないでよね」
「お前に心配されるとは、私も堕ちたものだな」
 翔鶴がいつものように憎まれ口を言った刹那、右頬に鋭い痛みが走った。
 驚く翔鶴を睨み付ける瑞鶴。それは、今まで翔鶴が見た事のないほどの怒りを秘めた瞳だった。
 ――その瞳は濡れ、甲板で燃える炎に照らされて赤く燃えていた。
「そんな言い方やめてよ」
 瑞鶴は搾り出すように言う。
 翔鶴に抱き付き、震える体を翔鶴にくっ付けて泣き出した。
「心配するのは当たり前だよ。だって、私達――姉妹でしょ?」
 その言葉に、翔鶴は何も言えなかった。
 しばらく瑞鶴は翔鶴の胸の中で泣いていたが、突然翔鶴が瑞鶴を抱き締め返した。驚く瑞鶴に翔鶴は、今まで見せた事のないような優しい笑みで瑞鶴を見詰めていた。
「ごめんな、瑞鶴。お前の気持ち、すごく嬉しいよ」
「姉さん・・・ッ!」
 再び泣き出した妹を、翔鶴はいつまでも抱き締めていた。

 『翔鶴』は敵急降下爆撃機の爆弾を受けて中破した。
 だが、すでに第二次攻撃隊が発艦した後だったので、反撃の布石を打つ事はできていた。
 その後『翔鶴』は南雲司令部を乗せたまま戦線を離脱。その後航空戦の指揮は第二航空戦隊(改装空母『隼鷹』を中心とした第二機動部隊。ちなみに、この海戦の少し前に『翔鶴』『瑞鶴』『瑞鳳』は『赤城』『加賀』の後を継いで第一航空戦隊に昇級した)司令官、角田かくだ覚治かくじ少将に任せた。

 刹那は敵機が来ないと確認すると『瑞鶴』に着艦した。
 甲板に下りた刹那に駆け寄った瑞鶴はまずお礼を言った。
「助けていただき、ありがとうございます」
 そう言ってぺこりと頭を下げると、今度は突如刹那の襟首を掴み彼を睨みつけた。
「戻って来たという事は、任務を放棄したんですね? 護衛戦闘機の数が減った攻撃隊はどうなると思ってるんですかッ!?」
 今にも泣きそうな顔で激怒する瑞鶴に、刹那はただ「ごめん・・・」としか返せなかった。
「でも、いくら攻撃が成功しても、母艦がなくなちまってたら意味がないでしょ?」
「攻撃してこそ勝てるんですッ! 犠牲を恐れては戦争なんてできませんッ!」
「日本海軍にとって、お前と翔鶴は虎の子の空母なんだぞッ!? 向こうは沈没してもすぐに造れるけど、こっちはそうもいかないッ! それほど圧倒的な敵と戦ってるんだぞ、僕達はッ!」
「で、でも・・・ッ!」
 それでもまだ食らい付く瑞鶴に、刹那は小さく首を振った。
「それに、お前を見捨てられるかよ・・・」
 その言葉に、瑞鶴は何も言い返せなかった。
 ただ、蒼い空を見詰めるその瞳はとても悲しげに揺れていた。
「護衛戦闘機の数が不足した攻撃隊・・・無事ならいいんですが・・・」
 瑞鶴はそうつぶやくと、心の底から必死に攻撃隊の無事を祈った。

 この後、米軍第三次攻撃隊は日本機動部隊を発見できず、前衛艦隊を攻撃。重巡洋艦『筑摩ちくま』を大破させた。

 『ホーネット』の火災がまだ鎮火できていないアメリカ艦隊にさらなる悲劇が起きた。
『敵襲ッ!』
 その報告にアメリカ艦隊に衝撃が走った。
 エンタープライズは防空指揮所にいて少し離れた所にいる『ホーネット』を一瞥し、迫る敵機を睨みつけて対空戦闘に入る。
 一方、CIC(Combat Information Centerの略 戦闘指揮所の事)にいるハルゼーは「Kill Japs! Kill Japs! Kill Japs!」と狂ったように叫んでいた。
「貴様らにはもう決してホーネットは傷付けさせん!」
 エンタープライズは激昂しながらそう怒号を飛ばす。
 『エンタープライス』は『ホーネット』を後方に下げて全速力で敵機に突っ込んだ。
 敵機は自ら接近して来る空母に次々と群がった。その時、ホーネットが悲鳴を上げたのを彼女は知らない。
 猛将翔鶴と同じように、猛将エンタープライズも敵機に恐れる事なく一騎当千の勢いで敵機に突っ込む。だが、エンタープライズが振り回しているのは刀ではなく拳銃だった。百発百中の腕を振り回し、敵機を次々に撃墜していく。
 火の塊となった敵機は次々に海面に落下して行く。だが、いくら敵機を落としても爆弾や魚雷の嵐は止まらない。敵機が多すぎるのだ。
「面舵いっぱぁぁぁいッ!」
 艦長が防空指揮所で彗星のように落下して来る敵機を睨みながら叫ぶ。
『左舷魚雷二本接近!』
『左一二〇度方向より魚雷三本接近!』
『右三〇度方向より魚雷接近!』
『敵機直上! 急降下!』
 次々にCICに入ってくる報告に司令部は驚愕した。
「魚雷など構うものか! 突っ込め! GO! GO!』
「長官。それはちょっと・・・」
 参謀長は暴走するハルゼーを止めようとするが、前しか見えていないハルゼーはそんな参謀長の声は聞こえない。
「ジャップごときに負けはせん!『サウスダコタ』と『ワシントン』(どちらも戦艦)は対空砲弾を撃ちまくれ!」
「長官・・・」
 参謀長は呆れて何も言えなくなる。そして、前司令官だったフレッチャー中将と比べて前途多難と思って肩を落とす。
 その間も艦長の見事な操艦で『エンタープライズ』は敵機の攻撃を避け続ける。その時、
 ドカアアアアアァァァァァンッ!
「爆発だと!? 被弾したのか!?」
「いえ、本艦ではないようです!」
 ハルゼーが荒い息で参謀長の胸倉を掴む。
 だが、今の爆発音は何だったのだろうか。それはすぐにはっきりした。
『戦艦『サウスダコタ』に爆弾一発被弾しました! あ、『サウスダコタ』より発光信号!『我、被害軽微ナリ 航行及ビ戦闘ニ問題無シ』!』
 その報告に、ハルゼーはさらに興奮する。
「問題ないなら突っ込め! Kill Japs! Kill Japs! Kill Japs!」
 そんなハルゼーを見て参謀長は呆れた。
「参謀長」
 参謀の一人が不安そうに参謀長を見ると、参謀長はため息した。
「言うな。長官が直情型なのはもう慣れた」
 そんなCICは置いといて、防空指揮所では依然艦長が見事な操艦を続けていた。その横では、遠くで黒煙を上げながらも勇猛果敢に主砲を連射している『サウスダコタ』を見詰めるエンタープライズがいた。
「ちっ、サウスダコタ・・・がんばってくれ」
 唇を噛んで襲い来る敵機を睨み付ける。
 その時、敵機は一気に総攻撃を仕掛けてきた。
 急降下爆撃機は一斉にダイブし、雷撃機は横一列になって低空飛行で接近して来る。
「左二〇度魚雷三本接近!」
「右七〇度魚雷二本接近!」
「左一五〇度方向より魚雷五本接近!」
「左九〇度より魚雷接近!」
「右一二〇度より魚雷二本接近!」
「敵機五機直上! 急降下!」
「敵機さらに十二機急降下!」
 それは壮絶苛烈な攻撃だった。エンタープライズでさえ恐怖で表情を硬くした。だが、猛将エンタープライズは迫る敵機を睨み付ける。
「く、来るなら来い! 私は一歩も引かんぞ!」
 エンタープライズは大きく叫び、仁王立ちする。憎い赤い日の丸が迫り、次の瞬間、体中に激痛が走り、目に見えたのは赤い自分の鮮血だった・・・

 ――空母『エンタープライズ』は爆弾三発を受けて中破した――

 一方、主力機動部隊唯一の空母となった『瑞鶴』に第一次攻撃隊が戻って来た。
 飛行甲板に着艦した残存攻撃隊を見詰め、瑞鶴は言葉を失った。
 刹那はボロボロの攻撃隊を見詰め、沈黙していた。その時、一機の零戦に駆け寄った衛生兵が「担架持って来てくれッ!」と叫んだ。だが、
「だ、大丈夫です・・・」
 そう小さく行ってコックピットから降りたのは、飛行服の右肩付近が黒く変色し、今でも赤い血が傷口からドクドクと出ている少年だった。その顔色は真っ青だった。
「じっとしてろ!」
「だ、大丈夫ですって・・・」
 そう言って衛生兵の助けを断り、少年はフラフラと歩くと、瑞鶴と目が合った。
「え?」
 驚く瑞鶴に、少年はフラフラと駆け寄る。
「・・・君、『瑞鶴』の艦魂だよね・・・?」
「え? あ、はい。そうですけど・・・」
 突然の事態に困惑する瑞鶴に、フラフラの少年は静かに名乗った。
「瑞鳳航空隊所属・・・大空剣少尉・・・」
「瑞鳳の・・・?」
 瑞鶴の問いに剣はうなずく。そして、不安げに今度は瑞鶴に問う。
「それで・・・『瑞鳳』は・・・?」
 不安で押し潰されそうな表情をする剣は、最悪の想像をした。が、そんな彼に瑞鶴は小さく微笑んだ。
「瑞鳳と姉さんは、敵機の攻撃を受けて中破。それぞれ戦線を離脱しました。もう瑞鳳ならもう安全圏を出ているでしょう」
 瑞鶴の言葉に、剣は「そう・・・良かった・・・」と小さく安堵した。そんな彼を見詰め、瑞鶴は小さく微笑む。
「瑞鳳とお知り合いなんですか?」
「うん。今回から配属されてね。それまではラバウルにいたんだけど」
「え? ラバウルですか? じゃあ神風少尉ともご面識が?」
 そう言って刹那に振り返った時だった。
「神風!」
 その横から攻撃隊の隊長が出て来て刹那を呼んだ。その顔は真剣だった。
 隊長は刹那と目を合わせると、
「バカヤローッ!」
 と、爆弾でも炸裂したと思わせる怒声を出し、刹那の顔面を思いっきりぶん殴った。刹那はそのまま後ろに倒れた。
「神風少尉!?」
 瑞鶴は駆け寄ろうとしたが、その前に隊長は倒れた刹那の上にのしかかり、そこでもう一発顔面に拳を入れた。
 刹那は隊長の拳を受けても、何も返せなかった。
 隊長は悔しそうに唇を噛むと、刹那に怒鳴った。
「貴様が反転した為に、味方は散々だ!」
 隊長の怒りは納まらず、刹那の襟を乱暴に掴んだ。
「帰って来たのはわずかに十二機! 全五四機のうちたったの十二機だぞ! 三枝さえぐさ大村おおむらも火だるまになって戦死した! 大空達がいなかったら全滅していた可能性もあったんだぞッ!」
「隊長! やめてください!」
 そこでボロボロの剣が止めに入った。
 自分達を守って負傷した剣を見て、隊長はもう一度刹那を睨んで立ち上がった。
「貴様の命令違反を、俺は絶対に許さん!」
 隊長はそのまま立ち去った。
「刹那、大丈夫?」
 剣が手を差し出すと、刹那はそれを断って立ち上がった。そして、負傷した剣を見て、
「すまなかった・・・」
「気にしないでよ。君の行動も間違いじゃなかったんだから」
 そう言って剣は優しく微笑む。そんな剣に、刹那は何度も「ごめん・・・」と謝る。
 そんな二人を見詰め、瑞鶴は嬉しそうに微笑む。
「お二人はお知り合いなんですか?」
「あぁ、僕ら二人はラバウルで会ったんだけど、その前に実はミッドウェーまで第二航空戦隊で一緒だって知ってな、それ以来仲はいい」
 刹那の説明に、瑞鶴はハッとする。
「・・・という事は、大空少尉も『蒼龍』に?」
「いや、僕は『飛龍』に乗ってたんだ」
「飛龍さんにですか?」
「うん。刹那は蒼龍に説得されて戦艦『榛名』の艦魂と艦を降りたらしいけど、僕は絶対に降りる気なんてなかったんだ。でも・・・」
 剣はそこまで言い、悲しげに笑った。
「最後の最後で、あいつは僕を近くの駆逐艦に飛ばしやがった。慌てて『飛龍』を見た時には、『飛龍』は艦尾からゆっくりと沈んでいく所だった。まったく、ひどい奴だろ?」
 剣は力なく笑う。その笑みの後ろにある辛い想いに、瑞鶴は何も言えなかった。
 沈黙してしまった瑞鶴に、剣は今度は心の底から優しい笑みを浮かべた。
「でも、今こうして生きてるんだ。それもこれも、全部あいつのおかげさ」
「大空少尉・・・」
「剣、ひとつ言っていいか?」
「うん? 何、刹那?」
「とりあえず手当てを受けて来い。じゃないと出血多量で飛龍の後を追う事になるぞ」
 刹那の言葉に、剣はやっと自分がけが人だと思い出したらしい。
「い、いってえええぇぇぇッ!」
 ご丁寧に今頃痛みを感じ始めたらしい。
 剣はその後、そのまま医務室に向かった。







ネット小説ランキング>歴史部門>「艦魂年代史 恋する乙女は大艦巨砲主義」に投票
投票していただけると僕もがんばれます!(月一回です)





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう