第七章 第三節 空前絶後の艦砲射撃作戦
日本海軍は何が何でもガダルカナル島に設営し、完成直前で奪われた飛行場を奪還、最悪使用不能にさせたかった。その為には陸軍部隊を安全に同島に送らなければならない。しかしすでに制海権・制空権は米軍に奪われつつある上にソロモン周辺の航空隊は連戦続きによって激しく損耗していた。その為飛行場からはいつでも敵機が出撃できる状態であり、このままでは増援しても撃沈されるのが目に見えていた。
味方航空隊は頼りにならない。だが輸送を成功させるには何としても飛行場を一時的にも無力化さえなければならない。しかしその為には味方航空隊の援護が必要。だが航空隊は使えない。この無限のループを打破すべく、山本長官は最後の切り札を使う事にした。
当時、世界海軍の常識であった航空機の次に攻撃範囲の広い兵器。それは前時代の主力兵器――戦艦であった。
山本はヘンダーソン飛行場に対し、戦艦による艦砲射撃作戦を立案した。しかし投入されたのは世界最強の四六cm砲を搭載した戦艦『大和』『武蔵』ではなく、高速戦艦『金剛』『榛名』であった。
後に大和型戦艦二隻でやればもっと被害を大きくできたという意見があるが、それは愚問でしかない。
この作戦は電撃作戦でなければならないのだ。なぜならば攻撃に成功しても、敵艦隊や敵空母、はたまた撃ち漏らした敵機なんかがすぐさま迎撃に向かってくるからだ。
攻撃力は確かに世界最強だが、速度は日本戦艦としては一応速い方に位置するが、それでもやはり低速。逃げ切る事は難しい。そんな状態で迎撃されればいくら世界最強の防御力を持っている『大和』『武蔵』といえど損害は避けられず、最悪沈没という事もありえた。
日本海軍の象徴であるこの二隻を失う事は、軍全体の士気にも関わる。
その為に白羽の矢が立ったのが金剛型であった。
速度は日本海軍戦艦唯一の三〇ノット超えの高速力を持つので、一撃離脱にはもってこいであった。
さらに金剛型が四隻あるといのもひとつの理由でもある。
もし投入した金剛型が最悪沈められても、代わりがいるからである。大和型も長門型も代わりはないし、扶桑型と伊勢型は低速の為に問題外。
これらの理由も踏まえ、山本は金剛型戦艦二隻による艦砲射撃作戦を提示した。
この大事な作戦を指揮する事になったのは今でも批判が多い栗田健男中将であった。
栗田は当初危険が高すぎると作戦に反対していたが、山本は「お前がやらんなら、私が『大和』を指揮して突っ込む」とまで言い、渋々引き受けた。
かくして、日本海軍は初の航空機に戦艦で挑むという世界海軍史上空前絶後の作戦を発動したのだった。
一九四一年十月十一日、トラック島からヘンダーソン基地艦砲射撃部隊――第二次挺身隊が出撃した。
編成は作戦の要である金剛型戦艦から『金剛』『榛名』が抽出され、その護衛に軽巡洋艦一隻、駆逐艦九隻という規模の艦隊であった。
島から離れていく艦隊の中央に位置する戦艦『金剛』の甲板の上にあるテーブルに腰掛けて金髪碧眼の美女がティーカップを口に傾けていた。
優雅に紅茶を飲むその姿はとても美しく、彼女が日本海軍最凶と呼ばれている恐ろしい人には到底見えない。
小さくなるトラック島を一瞥し、テーブルの上に置いてある小さな風呂敷を開く。中にはおいしそうなクッキーが入っていた。
金髪の美女――金剛は妹の比叡が作ってくれたクッキーを一枚かじる。欧米文化を嫌っている彼女でも生まれはイギリスなのでこうしたイギリス式のティータイムは大切にしている。
優雅にティータイムをする金剛に対面するように座っているのポニーテールの少女――榛名はクッキーをムシャムシャと食べる。
「おぉ、やっぱり姉さんの料理はうまいな」
「当然だ。あいつは私の自慢の妹だからな」
「えー、じゃあ俺は?」
「もっと修行しろ」
「んだよ。姉貴のいじわる」
榛名は少し不機嫌そうにクッキーを頬張る。そんな彼女を見て、金剛は紅茶を飲みながら静かに微笑んだ。それは口元だけの小さな笑みだが、かわいい妹を見詰める姉の姿そのものだった。
「金剛司令。紅茶のおかわりいりますか?」
そう言ったのは三つ編みにメガネというおとなしそうな女の子だった。その手には西洋風のティーポットが握られている。
「うむ。もらおう」
金剛が伸ばしたティーカップに、少女は紅茶を注ぐ。
「うむ」
金剛は再び淹れられた紅茶を口にする。ほのかな甘みが舌をくすぐる。
「ふむ。比叡ほどではないが、五十鈴の淹れた紅茶もなかなかうまいな」
「そうですか? 光栄です」
そう言って少女――五十鈴は嬉しそうに三つ編みを揺らした。
彼女の名は五十鈴。長良型軽巡洋艦二番艦・軽巡洋艦『五十鈴』の艦魂だ。今回出撃した護衛部隊の旗艦を務めている。
今回は比叡がいないので紅茶に困っていた金剛だったが、五十鈴は紅茶を淹れるがなかなかうまいと知って一時的に従兵にしたのだ。
「おぉ五十鈴。このクッキー食わねぇか? 姉さんが作ったんだ」
「比叡さんが? それはおいしそうですね」
「だろ? ほら、食えって」
「ありがとうございます。では一枚だけ」
そう言って五十鈴は一枚クッキーを取ってかじる。すると見る見るうちに幸せそうな笑みに表情が変わる。
「おいしいです」
「だろぉ? やっぱり姉さんの料理は最高だよ」
榛名の笑顔に五十鈴も嬉しそうに微笑む。
「姉様のお姉さんはいいお姉さんですね。私の姉なんてもう・・・」
そう言って首を小さく振る五十鈴に対し、榛名は小さくため息する。
「姉様?」
「なあ、その呼び方なんとかなんねぇのか?」
「へ?」
きょとんとする五十鈴に、榛名は指差す。
「みんなで俺の事を《姉貴》とか《姉御》とか呼んでさ、そしてお前の《姉様》。俺そんな呼ばれ方したくねぇんだけど」
そう言って少し不機嫌そうに言う榛名だが、五十鈴はそっと微笑む。
「だって、姉様は姉様ですもの。みんな大好き姉様です」
『そうですよッ!』
その突然の声に振り返ると、そこには数人の少女達が立っていた。皆が皆榛名をキラキラとした瞳で見詰める。
「姉貴!」「姉御!」「姉様!」「お姉様!」「お姉ちゃんッ!」など多くの呼び方で呼ばれる榛名は「だぁからッ! そういう呼び方するなってばッ!」と怒る。そんな妹を見詰め、金剛はカップを傾ける。
榛名はその男勝りの性格から多くの水兵や下士官(主に駆逐艦と巡洋艦)に慕われており、前述のような呼ばれ方をされているのだ。それだけ皆彼女を慕っているという事なのだが、当の本人はそんな呼ばれ方はあまり好きではないらしい。
叫ぶ榛名をうっとりとした目で見詰める五十鈴や駆逐艦達。
そんなやかましい者達の声を無視し、金剛は紅茶を飲む。
「まったく、こんな任務を私がやらなければならないとはな」
そう言うと、金剛は不満そうな顔をしてカチャンとカップを置く。いつもなら絶対に音を立てたりなんかしないのだが、金剛は憮然とした態度をする。そんな姉を見詰め、榛名も「まったくだぜ」と不満げにぼやく。
「ったく、なんで俺達戦艦が陸の基地を攻撃しなきゃなんねぇんだよ。山本はバカなんじゃねぇの? 陸上砲と艦載砲じゃ陸上砲の方が圧倒的に有利っていう常識を知らないのか」
この当時、陸上砲と艦載砲では陸上砲の方が有利というのは常識であった。
艦載砲は艦に載せるのでどうしても制限が出てしまう。実弾なので撃てば衝撃が生まれるので、その衝撃で艦を傷つけてしまうからだ。
逆に陸上砲はそんな制限がないので、やろうと思えば超巨砲を作る事もできる。その分移動できないという欠点はあるが、防衛としておかれているならそれは関係ない。
制限なく巨大な大砲が作れる陸上砲と制限がある艦載砲。巨大であればそれだけ攻撃力も射程距離も大きい。
その為、陸上砲>艦載砲というのが世界軍事力の基本であった。
さらに飛行場という事は敵は航空機。もはやこの時代は戦艦<航空機というのが基本。
今回の作戦はこの二つの常識を打ち破るものだった。
榛名は「ふざけんなよぉッ!」と叫んで不機嫌そうに椅子の上で胡坐をかく。
「俺達戦艦は同じ戦艦と殴り合うのが存在理由だろうが。何でそんな俺達が飛行場を潰さなきゃならねぇんだよッ!」
榛名は不満を爆発させる。それは仕方ないのだろう。彼女達は今まで機動部隊の護衛として敵機とばかり戦ってきた。今回の主役は自分達だが、それでも自分達の本来の戦うべき敵ではない。プライド高い榛名には堪えられない屈辱なのだろう。
「な、姉貴もそう思うだろ?」
榛名はこうした事に一番固い姉に意見を仰ぐ。すると、金剛は意外にも、
「うん? 私はそれほど不満ではないが」
「マジッ!?」
驚く榛名に、金剛は不機嫌そうに空を見上げる。
「空母の護衛なんかに比べたら、今回は私達戦艦が主役だ」
「け、けどよぉ。艦砲射撃だぜ? ちょっと俺は・・・」
「戦艦の任務はなにも敵戦艦を撃ち砕くだけではない。日露戦争では戦艦だって敵軍港を攻撃していた。臨機応変に対応するこそ、真の軍人だ」
金剛の勇ましい言葉に、駆逐艦達は「おぉ・・・」と感動し、拍手する。その中には五十鈴もいる。
しかし納得のいかない榛名は紅茶を飲む姉に不思議そうに問う。
「なら、何で不満そうな顔してんだ?」
榛名の問いに、金剛はそっとティーカップを置く。
「いや、今回の私達艦隊名は何だ?」
「あ? 挺身部隊だろ?」
「そうだ。《挺身》とは捨て身という意味。つまり今回の作戦はそれだけ危険という事だ。山本長官は最悪の場合全滅も覚悟しているそうだ」
「はあッ!? ふざけんなよッ!」
金剛の言葉に榛名は激昂する。
「俺はこんな任務じゃ絶対に死なねぇからなッ!」
「姉様落ち着いてください!」
怒る榛名を五十鈴が止める。そんな怒る妹を見詰め、金剛も「当然だ」と力強く言う。
「私も死ぬ気はない――だが、国の為に死ねるなら、私はそれでも構わん。ここは戦場だ。何が起こるかわからない。死と隣り合わせで戦う。それが戦場だ。それこそ、いつ死ぬか、誰が死ぬか、どこで死ぬか。それはわからない。戦争で死ぬのは私の本望だ。だが――」
金剛はそっと立ち上がると、甲板の柵にそっと手を掛ける。
蒼い空を見上げ、金色の髪を風に靡かせる金剛はとても美しく勇ましい。
空や海と同じ蒼の瞳は、少し悲しげに揺れていた。
「――私は戦艦として生まれた。艦隊決戦で戦って死ぬこそ、戦艦の死に場所だ。こんな意味のわからん戦いで死ぬのは正直ごめんだ。だが、もし死ぬなら、せめて一度でいいから死ぬ前に敵戦艦部隊と艦隊決戦をしたかった」
そうつぶやく金剛を、榛名はじっと見詰める。
いつも見てきた尊敬する姉の背中は、いつになく悲しげに見えた。
第二次挺身部隊こと敵飛行場砲撃部隊は、一路ガダルカナル島ヘンダーソン基地に向かって白波を立てて突き進んだ。
ヘンダーソン基地砲撃の主力は先の戦艦『金剛』と『榛名』だが、何もこの二隻に全てを任せている訳ではない。戦艦よりも攻撃力は低いものの、それなりの打撃を与えようと重巡洋艦三隻と駆逐艦二隻の第一次挺身部隊が第二次挺身部隊より先に派遣された。
第一次挺身部隊こと巡洋艦部隊はガダルカナル島への兵や武器、弾薬や食糧を送る輸送船団を護衛する事になった水上機母艦二隻、駆逐艦六隻の輸送部隊の護衛を行い、その後飛行場への砲撃が予定されていた。
そして、第一次挺身部隊は途中輸送部隊と分かれてもう一つの任務である飛行場攻撃の為に順調にヘンダーソン基地に迫っていた。
無事に護衛任務を終えた第一次挺身部隊はヘンダーソン基地に向かって闇夜の中を進み続けた。
艦隊中央に位置する第一次挺身部隊旗艦――青葉型重巡洋艦一番艦・重巡洋艦『青葉』の第二主砲の上に一人の少女が静かにたたずんでいた。
長い髪を先端の方で紐で纏めた独特の髪型をした少女はじっと明るい月を見上げる。
彼女の名は青葉。この重巡洋艦『青葉』の艦魂だ。
見上げる月は今日は満月。艦隊はその柔らかい月明かりにそっと照らされている。
「きれいな月夜ね」
そっとつぶやいた青葉は、ふとまわりを走る艦隊を見詰める。
今回参加している重巡洋艦は『青葉』とその妹艦『衣笠』、そして現役重巡洋艦最古参の古鷹型重巡洋艦一番艦の『古鷹』である。三隻とも重巡洋艦の中では古参に入る艦ばかりだった。
青葉はそんな旧友達と共に作戦に参加できる事がとても嬉しく、そっと微笑んだ。その笑顔はとても優しく、彼女が軍人とはとても思えない。
青葉はそっとガダルカナル島のある方向を見詰める。
「輸送部隊は無事に行けたかしら」
先程まで守っていた輸送部隊の安否が気になるが、現在の作戦は敵飛行場を砲撃する事だ。今はそれに集中しようと首を振って邪念を忘れる。
「今の任務は敵飛行場を砲撃し、金剛さん達の負担を軽くする事。がんばらないと」
そう言って青葉は気合を入れ直した。
艦隊は進み続け、そろそろガダルカナル島も近くなって来た頃、艦隊は暗闇の向こうに友軍艦隊を見つけた。
「もしかして、金剛さん達かな?」
青葉はそれを見てあわあわと焦る。なぜなら自分達の任務は第二次挺身部隊の先遣隊として先に攻撃しなければならないからだ。
青葉はその場にがっくりと崩れた。
「・・・あぁ、金剛さんに怒られるぅ・・・」
青葉は目に涙を溜めて悲しむ。それほど金剛という存在は怖いのだ。
その時、照射灯が照射され、点滅した。発光信号である。
――ワレアオバ、ワレアオバ――
同士討ちを避ける為に『青葉』は発光信号を続ける。だが、向こうの艦隊からは何の返答も返って来ない。
「金剛さん・・・?」
青葉が疑問を持ち始めた刹那、
友軍艦隊が一斉に発光した。直後、すさまじい砲撃音が響いた。
「・・・え?」
次の瞬間、青葉が見たのは真っ白な光だった。
第一次挺身隊は友軍の同士討ち――ではなく、それは敵艦隊の砲撃であった。
日本軍の出撃を知った米軍は迎撃の為に重巡二、軽巡二、駆逐艦五隻の巡洋艦部隊を派遣した。この艦隊には夜戦最強の日本艦隊に対抗する為にレーダーを搭載していた。
米艦隊はレーダーで日本艦隊こと第一次挺身部隊を捕捉。無知な日本艦隊からの発光信号に対して発光信号ではなく砲弾を送った。
この攻撃により旗艦『青葉』が被弾し、司令官の五藤存知少将戦死。指揮系統は壊滅した。
ここに来て艦隊はようやく友軍艦隊と思い込んでいた艦隊が敵艦隊だと気づき、慌てて応戦するが、すでに奇襲によって混乱が起き、さらに司令官の戦死によりさらに混乱。まとも反撃ができなくなっていた。
そんな中、殿を担当していた『衣笠』は駆逐艦『吹雪』(吹雪型駆逐艦一番艦)を率いて敵艦隊に突入。敵艦隊に大打撃を与えた。
共に行動した『吹雪』も奮戦するが、敵艦隊との近接戦闘で撃沈された。
『衣笠』の奮闘によって、残存艦艇は逃げる事ができ、戦闘は終わった。しかし第一次挺身部隊の受難は続く。
帰還中、敵機の攻撃を受けて駆逐艦二隻が犠牲(うち一隻は輸送作業を終えた駆逐艦)となった。
結局、この海戦で第一次挺身部隊は重巡洋艦『古鷹』、駆逐艦三隻沈没。『青葉』大破。『衣笠』小破という壊滅的な被害を受けたのに対し、米巡洋艦部隊は駆逐艦一隻沈没、軽巡洋艦一隻、駆逐艦一隻大破。重巡洋艦一隻小破に留まった。
五藤司令官は最期まで敵艦隊を友軍艦隊と思い続け、「バカ者! バカ者ッ!」と悔しそうに叫びながら絶命した。
第一次挺身隊は壊滅し、撤退した。
日本海軍は絶対の自信があった夜戦において、米艦隊に完膚なきまでに叩き潰されたのだった。
これが、サボ島沖海戦と呼ばれる海戦である。
十三日の朝、第二次挺身部隊に悪い知らせが届いた。それは先のサボ島沖海戦により先遣隊である第一次挺身部隊が壊滅したというものだった。
「ふ、古鷹が死んだッ!?」
第一次挺身部隊が壊滅したという報告に榛名は驚愕して叫んだ。
「ああ、他にも吹雪、夏雲、叢雲も戦死。青葉が重傷に衣笠が軽傷。原因は五藤存知司令官の敵艦隊を味方艦隊と誤認した事だそうだ」
金剛は報告書の重要部分だけを読んだが、それは頭の痛くなる状況だった。
「ふ、古鷹が・・・」
榛名は愕然と椅子に座り込んだ。
古鷹は重巡洋艦の最古参という事もあって榛名達とも付き合いが長い艦魂だった。
仲間の死に愕然とする榛名に対し、金剛は報告書を最後まで読むとため息した。
「まさか先遣隊が壊滅するとは・・・これは予想外だな」
金剛はそう言うと、目をつむって沈黙した。
会議室には不気味な沈黙が舞い降りた。
誰もが口を開ける事をためらい、沈黙に拍車を掛ける。
このすさまじい気まずい雰囲気を打破できるのは相当な自信を持っている者か、単なるアホかしかいない。
「飛鷹、お腹空いたぁ・・・」
そう言ったのテーブルに突っ伏しているツインテールの少女――隼鷹だった。
空母『飛鷹』と『隼鷹』は護衛の為に参加していた。
「ね、姉さん・・・ッ!」
慌てて飛鷹が隼鷹の口を塞ぐが、すでに時遅し。
先程まであった緊迫した雰囲気は吹き飛び、所々から笑いが起きる。そんな中、飛鷹と榛名は頭を抱え、当の隼鷹は「お腹空いたぁ・・・」と繰り返す。
一方、金剛はそんな部屋の雰囲気に対しいつものように不機嫌そうな顔をする。
「とにかく、我々の目的はヘンダーソン飛行場を砲撃する事。その一点に絞られる。各員は先の通り行動するように。以上」
金剛がそう締め括ると、会議は終わった。
五十鈴や駆逐艦が帰る中、金剛はそっと立ち上がると隼鷹に近づく。
「す、すみませんッ! 姉さんには私がちゃんと言いますからッ!」
妹より頭ひとつ大きい飛鷹は必死になって金剛に謝るが、金剛は歩みを止めず、隼鷹の前に立つ。
「おい」
「ほや?」
金剛に声かけられたのに、隼鷹は起立も敬礼もせず顔だけ向けただけだった。その行為はあまりにも失礼であった。
「ね、姉さんッ!」
飛鷹があわあわと慌て、榛名は苦笑いした。
金剛はそんな隼鷹をじっと見詰める。そして、
「これでも食べろ」
そう言って差し出したのは、出撃前に比叡が持たせたクッキーだった。
「うわぁ・・・ッ!」
目をキラキラさせる隼鷹に対し、榛名は驚き、飛鷹はパニくる。
「そ、そんなッ! 金剛さんからこのような物をもらう訳には・・・ッ!」
「構わん」
金剛は無表情で言った。そんな彼女に飛鷹は「すみません、本当にすみませんッ!」と何度も何度も頭を下げた。
一方の隼鷹は「いっただきまぁすッ!」と嬉しそうにクッキーを頬張る。どっちが姉か妹かわからなくなる。
「おいしいッ! このクッキーすごくおいしいよぉッ!」
隼鷹はそう言うと、ムシャムシャと食べる。その勢いに榛名は軽く引く。
口の周りにクッキーの食べかすを付けながら隼鷹はクッキーを頬張る。
「おい」
「ふえ――ぶッ」
顔を上げた隼鷹にハンカチが押し付けられた。それを握っているのは――金剛だ。
「女子は清楚でいろ。そんな子供ではいかんぞ」
一番清楚とは無縁そうな金剛の言葉に、榛名と飛鷹は苦笑いした。
金剛は隼鷹の口を拭き終えると、ハンカチをそっとポケットに戻す。そんな金剛を見詰める隼鷹。
「うん? 何だ?」
視線に気づいた金剛は不思議そうに首を傾げる。そんな金剛をキラキラとした目で見詰める隼鷹は、嬉しそうに満面の笑顔をした。
「えへへ、ありがとう。金剛お姉ちゃん」
隼鷹の天真爛漫な笑みを見詰め、金剛は口元に小さな笑みを浮かべた。
「あ、姉貴?」
驚く榛名を無視し、金剛は身を翻して部屋を出る。その後を榛名も慌てて追いかける。
部屋に二人だけで残された飛鷹は満面の笑みでクッキーを頬張る姉を見詰め、小さくため息した。
その日の夕方、上空直援の零戦を常に舞い上げ続けていた『飛鷹』『隼鷹』は第一次挺身部隊と別れた。ここから先は危険海域。足の遅いこの二隻では足手まといになるからだ。
空母の援護を得られなくなった艦隊は、全速力でガダルカナル島に向かった。
それから数時間後の夜。艦隊は目標海域に到達した。
戦艦『金剛』『榛名』はそれぞれ一列に並び、自慢の三五・六cm砲計八基十六門をガダルカナル島に向けた。
月明かり照らす甲板の上で闇夜に薄っすらと浮かぶガダルカナル島を睨む金剛。金色の髪が月の光を浴びてより輝く。
金剛は風に靡く髪を押さえもせずに静かに目標の島を睨みつける。
その時、島の数箇所から光が起きた。
光を見詰め、金剛は不敵な笑みを浮かべた。
――それは、計測用に陸軍兵が上げた篝火だった。
「合図だ」
金剛はじっと自分の主砲を見詰める。主砲はわずかに方向・仰角を変え、さらにもっと撃ちやすい場所に移動する。
そして、不気味な沈黙の中、再び光が起きた。
篝火のような弱々しい光ではなく、まばゆく、まるで小さな太陽のように光り輝くものだった。
――それは、先に発進した水上偵察機が投下した照明弾だった。
そしてそれは――砲撃開始の合図だった。
刹那、金剛の金色の髪が激しく揺れた。
蒼き瞳は己が敵をしっかりと睨みつけ、逃がさない。
腰に下げていた軍刀を力強く抜いて構え、金剛は咆哮した。
「我が一撃を受けてみよッ! 砲撃開始ッ!」
金剛の軍刀が空を切った刹那、『金剛』『榛名』の三五・六cm砲が咆哮した。
ドガアアアアアァァァァァンッ!
十三日から翌十四日にかけての深夜二時間、戦艦『金剛』『榛名』は一方的な砲撃を加えた。
次々と撃ち出される砲弾によりヘンダーソン飛行場は瞬く間に火の海と化した。
弾薬庫に引火し次々と立ち上る火柱、その頭上から降り注ぐ砲弾の雨。まさに一方的な攻撃だった。
敵基地に大損害を与えたが、すでに敵は第二滑走路の建造を終え、そっちに飛行機の半分を移動させていたので被害は全航空機の半分に留まった。
第二滑走路の存在を知らない日本海軍司令部はこの戦果に敵基地は壊滅したと判断した。
この作戦で『金剛』『榛名』は搭載砲弾のほとんどを敵飛行場に撃ち込んだ。その数は『金剛』が三式弾(対空弾)一〇四発、一式弾(徹甲弾)三三一発、副砲二七発の計四六二発。『榛名』は零式弾(対空弾)一八九発、徹甲弾二九四発、副砲二一発の計五〇四発。両艦合わせて計九六六発にも及んだ。
攻撃を終えた艦隊は早々に撤退した。
途中安全海域に待機していた『飛鷹』『隼鷹』と合流し、再び上空直援を受けながら艦隊はトラック島に帰還した。
だが、事は全てうまくいった訳ではなかった。
輸送部隊は無事にガダルカナル島に到着。物資の揚陸を開始した。しかしヘンダーソン基地の残存敵機がこれを空爆。輸送部隊に打撃を与え、揚陸物資はそのほとんどが焼失した。
結局、最も重要な兵力・物資補給は、失敗に終わった。 |