艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(31/118)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第六章 第四節 恋姫達の絆


 夜中、『大和』の第三会議室には多くの艦魂が集まっていた。しかし、ある重大な問題が起きていた。それは、
「ちょっとぉ! 肝心の主役がいないじゃない!」
 長門が怒る。主役とはもちろん武蔵の事だ。その武蔵がまだ来てないのだ。
「大和ちゃんもまだ来てません」
 陸奥が心配そうに言う。そう、大和もまだ来てないのだ。
「何やってるのだあの姉妹は」
 翔鶴が呆れたようにため息混じりに言う。
「そういえば、長谷川はんも来ておらんよ?」
 伊勢が不思議そうにまわりを見ながら言う。
「うそ! 少尉来てないの!?」陸奥が驚く。
「あら? あなたの主役は長谷川君なのかしら?」長門が笑いながら言う。
「ち、違うよッ! そんなんじゃないよッ!」陸奥は顔を真っ赤にして怒る。
 しかし、盛り上がりは一瞬の事。主役も旗艦も翔輝もいないのでは話にすらならない。
 不気味な沈黙が舞い降りた部屋の中、独立した雰囲気を持つ金剛はその沈黙を破った。
「実は、何か大和と武蔵がケンカしたようでな」
『はぁッ!?』
 金剛の言葉に、全員が開いた口が閉じなかった。
「それで長谷川が仲介役をやってたんだが、まさかまだやってるのか?」
「つーか無理だったんだよ。きっと」
 金剛の言葉に、榛名が否定的な意見を吐く。
 しかし、会って間もない二人がいきなり姉妹ゲンカをしたというのは、おもしろい話だった。みんなくすくすと笑っている。だが、この話題もすぐに終わる。しかも、一人の言葉がそれを早めてしまった。
「山城お姉ちゃん。それ長谷川少尉の軍帽だよね?」
 日向の言葉で部屋にどよめきが走った。全員が山城に注目するが、山城は無口で翔輝の軍帽を布で磨いていた。
「どうしてお姉ちゃんがそれ持ってるの?」
 日向の言葉に、山城は軍帽に付いた階級章を磨きながらそっと言う。
「航海士が落としていった」
「そういえば貴様に長谷川が尋ねたはずだが」
 金剛の言葉に山城は小さくうなずいた。
「大和と武蔵を仲直りさせるにはどうしたらいいかと悩んでいましたが」
「で? その後長谷川はどうした?」
「私の言葉に放心して、軍帽も拾わずに去って行きました」
「・・・何て言ったのだ?」
 その言葉に、山城は普通に答えた。だがそれが、艦魂達に戦慄が走らせた。
「あまり艦魂に関わらない方が良いと忠告しただけです。人間と艦魂は違うのだから、と」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
 陸奥が悲鳴に近い声を上げた。それが激論の引き金となった。
「そ、そんな事言ったんですか!?」
「そらひどいどすよぉッ!」
「山城さん!」
 陸奥、伊勢、霧島の翔輝派とも呼べるの三人が声を荒げた。三人が三人無表情を貫く山城に詰め寄る。霧島はいいが、陸奥と伊勢は先輩であるのに、すでに感情むき出し状態となっている。しかし、山城は平然と、
「我々は戦争をやってるんだ。それなのに軍人が艦艇個々に感情を抱いてしまえば戦えなくなる。だからあまり関わらないほうが良いと言っただけだ」
 山城の意見は正論だった。だが正論でも、それは認めがたい事だった。
「そうかもしれませんが、それは例えれば、友達が東大に行くから、勉強を邪魔しちゃいけない。だから友達とはもう会わないというような事ですよ!? でも、友達ならその友達を応援します! それが普通なんですよ!?」
「陸奥! 長谷川はんを探しに行くでッ!」
「わ、わかった!」
「あ、私も行くぅッ!」
 三人は急いで部屋から出て行った。
 嵐のような三人が出て行くと、部屋は深い沈黙に包まれた。その気まずい雰囲気の中を先陣切ったのは長門だった。
「じゃ、長谷川君はあの三人に任せましょう。瑞鶴と翔鶴、駆逐艦達は大和を探して。私と日向、は武蔵を迎えに行きましょう他の者はその場にて待機」
 長門は淡々と命令(もう旗艦ではないが、いまだ大和より実権を握っている)し、消えた。
 友好会は一旦中止になり、残った艦魂達は翔輝の軍帽を磨いている山城を見詰めていた。

「あなたは何やってるのよ?」
 呆れた声を上げる長門は目の前にいる少女を見てため息した。
 『武蔵』の艦橋に武蔵はいた。その武蔵を長門と日向が迎えに来たのだ。
「ねぇ、武蔵ちゃん。あなたの歓迎会なのに、肝心のあなたが来ないと始まらないよ」
「・・・」
 日向の言葉を無視して、武蔵は月の映る海面を見詰めている。
「ねぇ、武蔵。あなた大和の事嫌いなの?」
「・・・違う」
「じゃあ何で来ないのよ?」
 長門の質問に、武蔵は少しためらったが、正直に答えた。
「・・・ケンカしたから、会いづらいだけ」
 二人はその理由にお互い見合い、笑った。
「そんな事? だったら問題ないよ。大和はそんなにくよくよした性格じゃないよ?」
「・・・でも」
「はいはい。じゃ、行きましょうか」
 長門は武蔵の手を掴んで引っ張る。その時、ふと気づく。
「そう言えばさ、何でケンカになったのよ?」
 武蔵は無表情でその問いに答える。
「・・・翔輝と私が話していたのが気に入らなかったんだと思う」
 長門は、また新たな問題が起きたなぁと、心の中でため息をした。

 その頃、艦内を泣きながら逃げ回っていた大和を翔鶴が一方的に背負い投げを決めて捕まえていた。
「うぅ・・・」
 大和は泣き崩れていた。これが日本海軍の全艦魂を指揮する連合艦隊旗艦と思うと、先が思いやられると翔鶴はため息した。
「何で泣いてるの?」
 瑞鶴が訊くと、大和は言いたい事を洗いざらいぶちまけた。大和の説明+愚痴+泣き声は十五分にも及び、全て言い終えたとき、二人は結論を言った。
「「それは確実に大和が悪い」」
「何でよ!?」
 大和は牙を向ける。
 翔鶴はやれやれと肩をすくめる。
「お前なぁ、それは嫉妬って言うんだぞ。せめてもう少し平和的に言えばよかったものを、そんな攻撃的に言うからあの少尉も武蔵に付いたんだ。一〇〇人に聞いても一〇〇人がお前が悪いって言うぞ?」
 それからさらに十五分間翔鶴の説教+技は続き、大和はようやく自分が悪いと思ったようで、武蔵に謝る為に会議室に向かった。

 一方、陸奥、伊勢、霧島の三人は翔輝を探していたが、自室にも航海室にもいず。艦内を走り回っていた。
 だが、最初に翔輝を見つけたのは伊勢だった。
 そこは防空指揮所だった。
 月夜に照らされる少年に、伊勢は小さな声で聞く。
「長谷川はん?」
 伊勢の声に、少年はこちらを向く。それはまぎれもなく翔輝だった。
「伊勢・・・」
「長谷川はん。友好会が開いとるどす。そろそろお行きになってはいかがやろか」
 翔輝は伊勢の言葉を聞いていなかった。翔輝はずっと星空を見上げ、山城に言われた言葉を考えていた。
「長谷川はん・・・」
「ねぇ」
 翔輝は伊勢を向く。
 こんな質問、簡単には答えられない。わからない。それがわかってても訊かなければならなかった。
「君は艦魂と人間。交わっちゃいけない存在だと思う?」
 いきなりそんな難しい質問を投げかけられて、伊勢は戸惑った。
「そ、そうやねぇ・・・」
 伊勢は真剣に考えた。しかし、そんなすぐに答えが見つかるものでもない。数十秒間考えたが、答えは見つからなかった。
「わからんなぁ。そないな事考えた事もあらへんし・・・」
「そっか、ごめんね」
「いえ、こっちの方こそお力になれへんでほんま申し訳おまへん」
 再び沈黙が流れる。波の音だけが暗闇に響き、星空に流れ星が流れる。
 だが、伊勢には翔輝を友好会に連れて行くという任務がある。あまりここに長居はできなかった。
「あの、長谷川はん。会議室でみんな待ってるんや。早う向こうてぇな」
「あぁ、そうだったね」
 翔輝は微笑して伊勢を見詰める。すると、「ごめん」と言って頭を下げた。
「悪いけど、僕は出ないって言っといてくれる?」
 翔輝の突然の欠席宣言に、伊勢は瞳を大きく開ける。
「で、出れないって、どういう事どすか? 何か理由がなくてはできへんで?」
「理由・・・ね。今は彼女達に会いたくない、かな?」
「会いたくないって、どうしてやろか? やっぱ、山城はんに言われた事を気にして・・・」
「あ、何だ。みんな知ってるんだ」
 翔輝は伊勢の言葉に驚いたような顔をするが、すぐに優しく微笑む。
「それなら話が早い。そうだよ。僕がこれ以上艦魂と関わる事で、双方に悪影響が出ないかなって思ってさ。もし関わらない方がいいなら、早い方がいいと思ってる。だから・・・」
「それって、逃げてるっちゅー事にならへんか?」
「え?」
 翔輝は驚いて伊勢を見る。伊勢は大きな瞳を真剣に翔輝に向けていた。
「逃げてるって、どういう事?」
 翔輝は伊勢の言った言葉の意味がわからなかった。伊勢は凛とした声で翔輝に問う。
「長谷川はんはどうなんどす? もう大和はんや長門はん達と関係を断って、それでもええんどすか? 悲しくないんどすか? 寂しくないんどすか?」
「それは・・・、悲しいし、辛いよ? でも、それが最善の策なら――」
「それが逃げてるんどす」
 伊勢は凛とした声で続ける。
「それが一番ええと誰が決めたんどすか? それが一番ええとどうして決められるんどすか?」
「そ、それは・・・」
「その方法は確かに正論どす。せやけどそれはあくまで空論。実行できっこない理想論どす。ほんなら訊くけど、長谷川はんを信頼し切ってる大和はんを突き放して、彼女を悲しみのどん底に突き落としてまで関係を断ちたいんどすか?」
 翔輝は答えなかった。いや、答えられなかった。
「それに、うちが知る限り艦魂が見える人は最後まで艦魂と関係を持っとるどす。赤城みたいに特別な関係になる人もたくさんいたんや。あんただけどすよ? そんなふうに否定的な考えを持ってるちゅーのは」
「・・・最後まで関係を持ってるの? それって、辛い事じゃ」
「楽しかったらしいどすよ。一生艦魂達と仲良く暮らした人もぎょーさんおるどす。まぁ、今は戦時中で次々に艦魂は死んでいくんやけど、それはあんた方人間もそうどすよ? せやのになんで艦魂だけを特別扱いするんどすか? 戦争で犠牲になるのは、むしろ艦魂より人間の方どすよ?」
 伊勢の言葉に、翔輝はずっと沈黙したままだった。
「それに・・・」
 伊勢は月夜で照らされる顔を笑顔にする。
「長谷川はんがやってくれへんと、大和はんと武蔵はんはずぅっとケンカしたままどすよ?」
 その言葉を聞き、翔輝は思い出したように笑った。
「あの二人まだケンカしてたのか。正反対な性格してるのに、負けず嫌いな所だけはそっくりだな」
「そうやねぇ。厄介な所だけはそっくりな姉妹やで」
 二人は笑い合った。その時、下の方から翔輝を呼んでいる陸奥の声がした。
「長谷川はん。あんたが来てくれへんと友好会が開けんよ?」
 伊勢はイタズラっぽく笑った。
「でもなぁ」
 翔輝はまだ迷っていた。そんな翔輝を見て伊勢はため息をついた。
「長谷川はん。長門はんをこれ以上待たせとると金ダライ二六〇二連発どすよ?」
「・・・すさまじい数だけど、何でそんな微妙な数なの?」
「二六〇二は今年の皇紀どす」
「・・・皇紀で金ダライの連射が決まったら、頭がもたないよ」
「せやったら行く。選択肢はないどすよ?」
 伊勢は抵抗しない翔輝を半ば無理やり連れて行った。というか連行した。
 途中、陸奥、霧島と合流。三人がかりで抵抗不可連行された。

 一方、友好会が開かれている第三会議室は気まずい雰囲気に包まれていた。
「・・・」
「・・・」
「あー、大和? 武蔵? お互い言いたい事はないの?」
 テーブルを境に分かれて、問題姉妹はお互いに沈黙している。そんな二人に長門は極力平和的に話し掛けるが、完璧に一触即発の雰囲気だった。
「あー、どうしようぉ? ねぇ金剛」
「知らん」
 大和と武蔵は沈黙したままで、長門が冷や汗を流した時、強力な援軍が到着した。
「お姉様! 少尉を連れて来ました!」
 陸奥の叫びがこだまし、部屋のドアが勢いよく開いた。そこには翔輝連行部隊の陸奥、伊勢、霧島の三人と、連行されて来た翔輝がいた。
 翔輝の姿を見てぱあっと長門の顔が明るくなった。
「あッ! やっと来た! 長谷川君何とかしてよぉッ! 大和の保護者のあなたじゃなきゃ無理だよぉ!」
(・・・僕はいつから大和の保護者になったんだ?)
 ため息をつく翔輝を長門が呼ぶ。その時、一番に動いたのは大和――ではなく、
「・・・翔輝。今までどこに行ってた?」
 いつの間にか武蔵が翔輝の前に立って彼を見上げていた。その顔は無表情だが、瞳の中には心配という感情がしっかりと込められていた。
「あ、ちょっとね、あはは」
 空笑いしてごまかす。その時、視界いっぱいに黒い影が現れた。
「うわッ! って、軍帽? しかも僕の?」
 一瞬驚いたが、その軍帽を掴んでいる細腕の先には、今一番会いたくない人物がいた。
「あ、山城・・・」
「・・・」
 山城は翔輝の頭に軍帽をのせて身を翻す。
「あ、ちょっと・・・ッ!」
「長谷川君! 何とかしてよぉッ!」
 長門の悲鳴が一時中断する。
「・・・翔輝?」
 武蔵が心配そうに翔輝を見る。
「あ、大丈夫」
 その時、ずっと沈黙を続けてる人物に気づいた。
「大和・・・」
「・・・」
 大和は沈黙したまま翔輝を見詰める。その表情は全く読めない、無表情だった。
「大和。その・・・」
 さっきの事をまだ気にしてるのだろうか? いや、きっとそうに違いない。だって、何か微妙に瞳が冷たい気がするし。
 翔輝はこの状況を打開すべく、何とか平和的な雰囲気をつくろうとする。
「大和? その、徹甲弾は撃ち込まないでね?」
 翔輝は笑いながら言ったが、大和は笑わなかった。
 翔輝は思った。確実にすべった、と。
 笑顔は苦笑いに変わり、冷や汗が流れる。
「あー、ちょっとこれはヤバイかもぉ」
 長門も引きつった苦笑いする。
 しばらく沈黙が続いたが、それは突然終わりを迎えた。
「そんな事、しませんよ」
 大和が微かに笑ったのだ。
「大和?」
 突然の変化に戸惑う翔輝に、大和は抱きついた。
「や、大和・・・ッ!?」
「ごめんなさい。悪いのは私でした」
 大和は素直に謝った。それは自分の過ちに気づいたのか、それとも翔鶴の脅迫(?)のおかげか、それは分からない。ただ、これだけは言える。この二人は、切っても切れない関係なのだ。
 だが、せっかく大和が謝罪の意を示しているのに、当の本人は完全に混乱していた。
「や、大和? ちょっと待って・・・ッ!」
 顔を真っ赤にして焦る翔輝とどこか大人っぽい大和。そんな二人をなぜか桃色の瞳で見詰めている他数十名。
「ラブラブねぇ」
 長門は全く動じていない。というかむしろ喜んでる。が、約一名《怒りのパワーメーター》が臨界点を突破しようとしている人物がいた。しかし、そんな事全く気づいてない大和は続ける。
「さっきは、その・・・錯乱してて、本当にごめんなさい」
 今錯乱してるのは翔輝の方だという事に、大和は全く気づいていない。
「大和・・・ッ、は、離れてよ!」
 そろそろ色んな意味で翔輝が限界になりかけた時、事態を解決するどころかさらに悪化してしまった。
「大和ちゃん! いいかげん少尉から離れなさいッ!」
 今まで顔を真っ赤にして怒りを堪えていた陸奥の堪忍袋の緒が、完全にブチギレた。
 陸奥は突進のような勢いで二人に近づくと、大和を翔輝から引き離す。
 一瞬、翔輝は助かったと思ったが、それは完全な誤解と考え直さなければならなかった。
「な、何するんですか!?」
 いきなり二人の仲(?)を引き離された大和は陸奥に牙を向ける。が、陸奥も負けじと反撃する。
「いつまでもくっ付いてないの! ここは公共の往来よ!? 第三者どころか、第数十者の存在を忘れるなぁッ!」
 最後の言葉は大和に対してすさまじい破壊力だった。そりゃあもう『ドレッドノート』の存在を知った日本海軍幹部のごとく。
 大和は急に顔を真っ赤にして辺りを見回す。おそらく他の艦魂の存在をすっかり忘れていたのだろう。それを今思い出して、今焦り出したのだ。
 すっかり行動不能になった大和と陸奥がもめている中、一応解放された翔輝はようやく落ち着きを取り戻していた。
「はぁ、疲れた」
 翔輝が乱れた服装を直していると、いきなり目の前に湯飲みが現れた。
「や、山城?」
 湯飲みを差し出しているのは、表情の変化がほとんどない山城だった。しかし、今の山城はどことなく(特に唇の辺りが)笑ってる・・・訳ないか。
 翔輝は湯飲みを受け取ってすする。
「その様子だと、少しはふっ切れたようだな」
「うん、まぁ」
 というか、原因はあなたにあるんだけど、とは口が裂けても言えないのが悲しい。
「貴様も合格か。最近の者はタフだな」
「え? もしかしてそれ不特定多数の人に言ってるの?」
 翔輝は驚いた顔で彼女に問うと、山城は小さくうなずいた。
「まぁな。艦魂が見える者は誰しもが通る問題だ。それを聞いて、この問題を越えられなければ金輪際艦魂と関係を断ってもらおうと思ってたんだ」
「ず、ずいぶんハードルが高いなぁ」
「そうか?」
 そりゃあもう富士山を超える勢いで高いだよ? むしろ魚類に陸に上がれて言う位難しい。あ、でも大昔一応成功してるんだ。
「まぁいい。貴様は合格だ。がんばれよ」
「え、あ、ちょっと・・・ッ!」
 立ち去る山城を止めようとすると、
「ちょっと長谷川君!」
「うわッ!」
 いきなり後ろから抱き付かれた。二本の腕が首をがっちり拘束し、あともう少し力を入れれば確実に窒息死する。そのギリギリの状況の中、さらに翔輝を混乱させたのは、さっきから背中にくっ付いてる弾力のある双丘だった。
「え、あ、え? 扶桑さん!?」
 その正体はあまり正面から会話した事のない――扶桑だった。
 扶桑はつまらなさそうな顔をすると、翔輝の額に軽くデコピンした。
「何で山城とそんなに仲いいのよぉ。私を差し置いてぇ」
「そ、そんな事言われても・・・ッ!」
 今の翔輝はそれどころではなかった。背中に当たってる柔らかい双丘が翔輝の小学生並みの情緒をすさまじく刺激して混乱させていた。
 そんな翔輝を見ていて大和が黙っているはずがなかった。
「扶桑さん! 少尉から離れてください!」
 わいわい騒いでいる二人を置いて、翔輝は武蔵に近寄る。
「まったくあいつは、君と仲直りするのを忘れて」
「・・・」
 武蔵は相変わらず無表情で変化がない。
「武蔵。君は大和と仲直りしたいの?」
「・・・向こうにその気があるなら」
「頑固だね」
 呆れる翔輝。
「変な所だけよく似てますね」
 その声に振り返ると、翔輝の横から雪風が笑いながらわいわいと騒いでいる大和を見詰めていた。
「雪風? どうしたの? お姉さん達は?」
「姉さん達ならあそこで泥酔してます」
 そう言って指差した先には、だらしない格好で寝ているのやら呂律の回っていない顔の赤い女性達が集合していた。その中には何度か見た事のある陽炎などもいた。
「へえ、あそこに君の姉妹が・・・全員?」
「いえ。半数以上は横須賀や佐世保など他の軍港や、シンガポールやトラックなどの外地にいます。駆逐艦はどんな戦況にも絶対必須な艦艇ですから。水上決戦や船団護衛はもちろん、輸送艦の代わりに危険地域の輸送任務などにも使えますからね」
「あははは、駆逐艦は何でも屋だね」
「まったくもってその通りです。でも少尉。私達駆逐艦の本業は酸素魚雷を使った水上戦ですよ? いくら使い道が豊富だからって酷使するのはいかがなものかと」
 少し怒ったように言う雪風。そんな彼女に翔輝は少し驚く。きっと彼女にも水上戦でこそ輝く駆逐艦としての誇りがあるのだろう。
「ま、まあそうだろうね。それにせっかく水上戦に長けた日本駆逐艦も、今の時代は航空機だからその自慢の酸素魚雷もなかなか結果を出せないし」
 翔輝の言葉に、雪風は「まったくもってその通りです」とため息混じりに言った。
「時の流れって怖いですね」
「ま、まあ、怖いわな」
 雪風はそう言って翔輝に微笑んだ。なんとなくだが、彼女は大和に似ている。この心の底から優しそうな笑みがそっくりなのだろう。
 だが、雪風の優しい笑みはすぐに消え、一転して悲しい顔になった。
「もちろん、もう会えない姉妹もいますけど・・・」
 駆逐艦という職業柄、多くの任務を受け持たねばならないので危険な上、戦艦や空母に比べて防御力はほとんどなく、一撃喰らえばおしまい。それが駆逐艦なのだ。その為、もっとも損失が激しい艦艇なのだ。
「雪風・・・」
 雪風は死んだ妹の事を考えていたが、すぐに悲しそうな瞳で自分を見詰める翔輝に気がついて慌てた様子で笑みを浮かべた。
「そ、そういえば舞風がいないけど、どうしたのかしら」
 舞風とは雪風の少し離れた妹の事だ。
「ふわぁ? 舞風にゃらもう帰っちゃったよぉ?」
 そう言ったのはピンと跳ねたクセッ毛に無理やり軍帽を被った雪風のひとつ上の姉である初風だった。
 初風の言葉に雪風は不思議そうに首を傾げる。
「帰っちゃったの? どうしてまた」
「ふわぁ? きっとまたアニメでも観てるんでひょ?」
 初風の言葉に雪風はため息した。
「またアニメ? ほんとあの子ったら」
「え? 君の妹がアニメにはまってるの?」
「はい。舞風っていう私の妹なんですが、すっかりアニメとかにはまってて」
「へえ、例えば?」
「えっと・・・エ○ァンゲリオンとか機動戦艦ナ○シコ、涼宮ハ○ヒの憂鬱にT○Heart2。あ、最近じゃ灼○のシャナとゼ○の使い魔の第二期シリーズにはまってるらしいですね」
「そ、そりゃまた豪華だな・・・」
 苦笑いする翔輝だが、雪風はそんな翔輝に少し驚いたような顔をする。
「少尉もアニメがわかるんですか?」
「ま、まあ人並みにはわかるけど」
「好きなアニメは?」
「え? F○te/stay nightとかが好きだけど」
「・・・それって作者が好きなアニメでは?」
「ま、まあその辺は気にしないで」
 翔輝はそう言って苦笑いする。
「・・・そもそも時代考証を完全に無視してる」
「うおッ!? 武蔵!?」
 いつの間にか翔輝の服の裾を掴んでいた武蔵に翔輝は驚く。すると、そんな翔輝の反応に武蔵は少し寂しそうな瞳をする。
「・・・私、邪魔だった?」
「あ、いや、そんな事ないけど・・・」
「・・・けど?」
 武蔵は純粋な瞳を向けてくる。そんな武蔵に翔輝は苦笑いする。
 なんとか話題を変えようと翔輝はまわりを見回して何か話のネタになりそうなものを探す。と、
「あ、あれは?」
 翔輝は部屋の隅に集まっている十数人の水兵服を着た少女達を見た。彼女達は決して日の目を見ずに、陰ながら戦っている少女達だ。
「・・・潜水艦の艦魂」
 そう、彼女達は潜水艦の艦魂。静かな海の中から敵艦を魚雷で攻撃する海の暗殺者。そしていつも仲間内でしか会話しないのだ。そのせいで他の艦魂達から多少嫌われている。その原因は彼女達の暗い性格、そして原因の一つには彼女達の名前も関わっている。潜水艦の艦名は番号で付けられている。『伊‐(番号)』『呂‐(番号)』なので、名前が言いづらいのだ。
しかし、そんな彼女達もこの戦争においては大活躍している。
 例えば『伊‐一六八』はミッドウェー海戦の後、損傷して真珠湾に帰港中の空母『ヨークタウン』とその護衛をしていた駆逐艦『ハンマン』を撃沈。『伊‐十七』はこの年の二月二四日にアメリカ本土のカリフォルニア州サンタバーバラを艦載砲で砲撃をし、その帰途中にタンカー一隻、輸送船一隻を撃沈するという戦果を挙げている。このように彼女達もちゃんと活躍しているのだ。だから・・・
「ねぇねぇ、一緒に飲まない?」
 翔輝は潜水艦達の声を掛けた。少女達はビックリしたようにお互いに肩を寄せ合った。ビクビクと震えて明らかに翔輝を警戒していた。
 今までにない反応に、翔輝は対応に困った。
 第一印象としては、みんな外見は普通の女の子だが、全員が全員前髪が長く瞳が見えない。しかも数人はメガネをかけている。基本的に内気オーラが体中から出ている。
「あのさ、その、一緒に・・・」
『・・・』
 おどおどしている少女達に困っていると、雪風がため息する。
「少尉。やめた方がいいと思いますよ。彼女達は他の者とは関係を持ちません。誘うだけ無駄です」
「でも・・・」
「まぁ、例外はありますけど」
「え?」
「イロハ(伊‐一六八)! イクト(伊‐一九〇)! ミオ(呂‐三〇)! サヨ(呂‐三四)! 一緒に飲も!」
 日向が楽しそうに潜水艦の輪の中に突入した。彼女の誰とでも仲良くできるところはすごい才能だと思う。というか、番号をかわいく呼んでるのもすごい。
「あ、少尉! 一緒に飲む?」
 日向が嬉しそうに天使のような笑顔を向けてくる。
「あ、うん。よろし・・・」
「少尉!」
 言い掛けたところで大和が翔輝の腕を掴んで引っ張った。
「え、何?」
 大和は頬を赤く染めて何か言いたそうに口を何度もパクパクさせる。
「あ、あの・・・武蔵と・・・その・・・」
 そう言ってちらりと横にいる武蔵を一瞥する。
 あ、なるほど・・・そういう事ね。
 翔輝は日向の方に向く。
「ごめん。ちょっと姉妹ゲンカの仲介をしてくる」
 その言葉に日向も理解したようで、かわいらしく敬礼した。『健闘を祈る』という意味なのだろう。
 翔輝はふと思い出したように近くに置いてあった紙袋(お土産大量)を開けて中から羊羹とカステラ(どちらも最高級)を取り出した。
「これ、食べてよ」
 そう言って翔輝は潜水艦二人に渡した。すると、
『ありがとうございます・・・』
 潜水艦達が蚊の羽音のような小さな声で礼を言った。心なしか微笑んでいるように見えた。
 翔輝は笑顔で「どういたしまして」と答えて立ち去った。

 余談だが、この後潜水艦の艦魂の中で翔輝の株が急上昇。密かにファンができた。

 再び翔輝は大和と武蔵を向かい合わせる。この状況に全員が注目していた。
 しばらく両者全く動かず、お互いに沈黙していたが、沈黙が始まってから五分ほど過ぎてようやく、
「武蔵。その・・・昼間はごめんなさい」
 大和が先手を決める。頭を下げて頭ひとつ分小さい妹に素直に謝る。
 武蔵は沈黙していたが、やがて・・・
「・・・ごめんなさい」
 武蔵も謝罪の意を示し、両者は握手してケンカは終結した。その瞬間、まわりからは大歓声が上がった。
「んじゃ、大和と武蔵も仲直りしたし、ここはパァッと飲みましょうか!」
 今まで事の成り行きを見守っていた長門が叫び、艦魂達が咆哮する。
『かんぱあああぁぁぁいッ!』
 艦魂達はラムネ(やっぱり二日酔いが怖い)をグイグイと飲む。一部酒を飲んでいるが、それは酒に強い者や軽く飲んでいる者ばかりで、ほとんどはラムネを飲んでいる。ちなみに、酒に強いのはもちろん山城だ。
 部屋の中央に翔輝、大和、武蔵、長門、陸奥、伊勢、霧島、翔鶴、瑞鶴というおなじみのメンバーの他、大和の従兵の雪風、今や翔鶴瑞鶴以外正式空母が消滅してしまった新日本機動部隊こと、新生第三艦隊の主力になっている祥鳳型航空母艦二番艦・軽空母『瑞鳳ずいほう』の艦魂、新生商船改装空母――飛鷹ひよう型航空母艦一番艦『飛鷹』、二番艦『隼鷹じゅんよう』の艦魂もいた。
「・・・翔輝。これおいしい。食べてみて」
「え? あ、うん・・・おいしいね」
 すっかり意気投合した翔輝と武蔵は互いを観て微笑み合う。その横でいまいち不満そうな大和はラムネを一気飲みする。
「大和。ちょっと押されぎみねぇ」
「妹ができたのは嬉しいんだろうけど、どうも素直に喜べないのね」
 長門と陸奥が心配そうに大和を見詰める。
 一方、空母は空母同士話が弾んでいた。
「今度の作戦は一緒に戦おうね?」
「うん! がんばろうね!」
 瑞鶴の言葉にセミロングの髪をした瞳の大きな少女が嬉しそうに微笑んだ。彼女の名は瑞鳳。軽空母『瑞鳳』の艦魂だ。
 同じ《瑞》の名を持つ瑞鶴と瑞鳳は親友のような仲だった。瑞鳳は姉である祥鳳(珊瑚海海戦で沈没)と同じくメガネを装備している。しかし目が悪かった祥鳳と違い、彼女は姉に合わせてメガネを付けている為、伊達メガネである。
 姉が死んだ後、ミッドウェー海戦では戦艦部隊護衛の為に後方にいたので、機動部隊を助ける事ができなかった。だが今は翔鶴と瑞鶴(特に瑞鶴)を助けていきたいと思い、日々訓練に励んでいる。
「私も微弱ながらお力になります」
「私もするぅッ!」
 そう言ったのはセミショートの女の子と元気いっぱいのツインテールをした女の子。姉妹でも大人っぽい(飛鷹)のと子供っぽい(隼鷹)のと極端な姉妹だ(最も極端なのは金剛四姉妹だが)。
 『飛鷹』『隼鷹』はそれぞれ『出雲丸いずもまる』『橿原丸かしはらまる』という豪華客船を改装し、今年に完成した商船改装空母だ。ただし、色々な事情が重なった為に一番艦『飛鷹』はミッドウェー海戦後に完成したが、二番艦『隼鷹』は同海戦の前に竣工し、その際は陽動作戦であるダッチハーバー作戦に参加していた。つまり、書類上は姉が『飛鷹』で妹が『隼鷹』だが、艦魂では隼鷹が姉で飛鷹が妹になるのだ。
 そんな商戦改造空母は本来は後方支援に徹するのだが、ミッドウェー海戦で正式空母四隻を一挙に失った影響は深刻で、補助空母だった二隻は一躍主力空母の仲間入りを果たしたのだ。
 まずこの二隻。商船改装空母ながら蒼龍並(約五〇機)の搭載機数を誇るので、連合艦隊司令部からもそれなりに評価が高い(余談一、『瑞鳳』は約三〇機程なので、その差は歴然。翔鶴型は約八〇機)。しかし、最大速度が二五・五ノットと低速で、高速性を求められる機動部隊では少し問題がある(余談二、『瑞鳳』は二八ノット、翔鶴型は三四ノット出る)。だが、今や日本にとっては虎の子の空母なので、背に腹は代えられないのだ。さらにこの二艦は後に出てくる超強力空母の実験艦で、従来の空母が側面に煙突を配置していたのに対し両艦は艦橋と一体化して甲板にあるので、外見は米空母に似ている。その煙突は飛行機の発着艦を邪魔しないように外側に斜めに倒れている傾斜煙突で、かなり特徴的な空母だ。
「翔鶴お姉ちゃん! 大好き!」
 隼鷹が翔鶴に飛びつく。外見は十二歳くらいなので不自然ではないから自然に見える。
「むぅ・・・」
 ほんのり頬を赤らめた翔鶴が困ったように隼鷹見詰める。
「コラ姉さん! 翔鶴さんに失礼でしょ!?」
 飛鷹が姉である隼鷹を怒る。隼鷹の行動に問題があるが、それよりも階級に問題があった。
艦魂には軍人で言う階級のようなものがある。以前説明したが、確認すると駆逐艦、潜水艦、その他小型艇(水雷艇、砲艦等)等の軍艦でない艦艇は水兵。(軽・重)巡洋艦、水上機母艦、潜水母艦、正式空母以外の小型空母(軽空母、商船改装空母)等の準主力軍艦は下士官。そして戦艦、正式空母は士官といった具合だ。問題は艦種によって決まっているので昇級ができない(例外はある。金剛型は元々巡洋戦艦だったので金剛姉妹は以前は下士官)ところだが、艦魂達はあまり反発はないらしい。
 大和のように連合艦隊旗艦といかなくても、部隊の旗艦は少し偉う。
 ここで話は戻るが、準主力軍艦に位置する隼鷹(下士官)が、正式空母である翔鶴(士官)に甘えるのはダメだと思ったのだ。だが、
「飛鷹。好きにさせてやれ。私は構わん」
 大人な翔鶴は少し恥ずかしいのを隠して飛鷹に言う。
「しかし・・・ッ!」
「たまにはいいだろ、な?」
「翔鶴さん・・・」
 飛鷹は心の広い翔鶴をキラキラした瞳で見詰める。それが恥ずかしいのか、翔鶴は視線を逸らす。
「ねぇ、翔鶴お姉ちゃん。頭なでなでして」
「うん? ま、まぁいいが・・・」
 あまりやった事がないのだろう(実際やってないが)、翔鶴はぎこちない手つきで隼鷹の頭を撫でる。当の隼鷹は仔猫のように幸せな表情を浮かべている。なぜかこの隼鷹、この誰もが恐れる連合艦隊最強の翔鶴をかなり気に入っていて、本当の姉のようになついているのだ。
 そして、その最強少女の妹は、
「うーん、これおいしいよ? 瑞鳳も食べて。ほら、あーん」
「あーん・・・おいしいね」
 すっかり仲のいい瑞鶴と瑞鳳はお互いに《あーん》し合っている。
 話は戻って大和達はと言うと、
「長谷川はん。これほんまにおいしいどすよ」
「しょ、少尉・・・これ食べてみてください・・・」
「少尉。私のもどうぞ」
 伊勢、霧島、陸奥が翔輝に総攻撃(?)を仕掛けていた。
「あ、ありがとう」
 押され気味の翔輝は出されたものを次々に食べる。だが長期戦になったら結構ヤバイかもしれない。胃が。
 大和は不機嫌そうにラムネを飲むと、じっと武蔵を見る。
「・・・で? あなたは一体何をやってるのよ?」
「・・・おんぶ」
「そんなの見れば分かるわよ」
「・・・じゃあなぜ訊く」
「そういう意味じゃないわよッ!」
 大和は「うーッ!」と武蔵に威嚇する。一方武蔵はさりげなく翔輝の背中にピッタリと抱き付いている。いわゆるおんぶの体勢だ。
「大和。そんなに怒らなくても」
 翔輝(背中に武蔵付き)が微笑みながら言う。そんな危機感のない翔輝に大和が吼える。
「少尉も無防備すぎるんです!」
「無防備って、別に警戒する必要はないだろ?」
「うぐ・・・ッ」
 反論に詰まったのか、大和はプイッとそっぽを向く。そんな大和を見て翔輝はため息する。
「はぁ」
「・・・重い?」
 後ろにくっ付いている武蔵が心配そうに(無表情)聞いてくる。そんな小さな事まで心配してくれる武蔵に翔輝は微笑む。
「ううん。そんな事ないよ」
「・・・本当?」
「うん。平気平気。気にしないで」
「・・・そう。ならばこのままがいい」
 そう言って、武蔵はぎゅっと強く抱き付く。柔らかな感触が背中を包み込む。翔輝はふと昔を思い出して、自然と笑顔になった。それは今までとは違う優しく、温かい笑みだった。
「少尉? 何ニヤニヤしてるんですか?」
 大和が微妙に軽蔑のまなざしで翔輝を見る。
「え? あ、うん。何かこの感じが懐かしくて」
「懐かしい? 何人もの女の子を侍らせてハーレムをしている事が昔あったのですか?」
 ドゴッ!
「変な事言うな」
「・・・冗談なのに・・・(涙)」
 翔輝は大和を黙らせた腕を下ろし、そっとうつむく。
「懐かしいんだ。この背中の温もりが・・・」
 その翔輝の表情に、大和がいち早く気づいた。
 それは、翔輝にとって忘れられない、大切な、そして悲しく辛い思い出。
「・・・翔香さん、ですか?」
「・・・うん」
 翔輝は静かに答えた。
 翔輝は顔を上げ、見えない遠い空を見上げる。
「昔な、翔香をおぶって河原を歩いた事が何度もあってね。その時はいつも友達にいじめられただの犬に追い掛けられただので泣いててさ、泣き止むまでずっとおんぶしてたんだ」
 もう会えない妹を思い出し、翔輝は幸せそうな笑みと悲しみを堪えた笑みが混ざった笑みを浮かべていた。そんな翔輝を見て、大和はもちろん周りのみんなも沈黙し、他で騒いでいる艦魂達の声だけが響いた。
 沈黙したまわりを見詰め、翔輝は慌てて笑みを浮かべる。
「あ、ごめんね。辛気臭くなっちゃって」
 翔輝は無理して笑った。それは誰もがわかっている。
「長谷川君・・・」
 しきりに翔輝は目をこする。涙を堪えているのだ。
「ごめんね。あ、そうだ。今日は夜中に航海科の会議があったんだ。忘れてたよ。ははは」
 翔輝はそう言って背中の武蔵を下ろして、みんなに別れを告げて立ち去って行った。
「・・・こんな夜中に会議なんてあるの?」
「違うわよ。ただ、一人になりたいだけの・・・」
 大和が寂しそうに言う。
 完全に気まずくなった雰囲気は、すぐに長門が回復させたが、全員の心の中には靄が残ったままだった。

 翔輝は一人自室に戻った。
 机の上にある翔香の写真と首に掛けているペンダントを見て、自虐的に笑った。
「まったく、僕はダメだな。まだ立ち直れないなんてさ」
 翔輝は泣いていた。後から後から溢れる悲しみの雫が頬を伝い、顎に流れ、そして落ちる。その先には翔香の形見のペンダントがあった。宝石に雫が落ち、弾けて消える。そんな無限ループの繰り返し。
 翔香の親友だった瑠璃はもう立ち直れたというのに、自分は何をやってるんだ。翔輝はそう思えて仕方がなかった。
「くそッ、何やってんだよ僕は」
 翔輝はベッドに潜った。
 寝てしまって、何も考えたくなかった。
 そして、それは叶えられた。
 意識が薄れていき、やがて真っ暗になった。

 翔輝がいなくなった事で自然にお開きになったので、大和は翔輝が消えてから三〇分後に翔輝の部屋に戻った。
 ベッドで寝ている翔輝を一瞥し、大和は机の上の翔香の写真を見る。
 太陽のような笑みを浮かべる翔香を見て、大和は泣きたくなった。
 自分では彼の心の傷は癒せない。触れる事すらできない。
 大和は翔香を恨んだ。
 死んでもなお翔輝の心を支配している翔香の事を、
 いつか本で読んだ事がある。
『人が使える最強にして最悪の呪いは死。死ぬ事によって心を奪ったまま永久にいられる。生きていれば変化するが、死んでしまえば過去の姿のまま残る。永久に・・・』
 その言葉どおりだった。
 翔香は翔輝の心を独占したまま死んでしまった。
 もう、自分では変えられない・・・
「私じゃ、少尉の心には触れられないんですか・・・?」
 大和は翔輝を見てそう言った。
 この瞬間、星空にもう一つのキラリと輝く星が生まれた・・・







ネット小説ランキング>歴史部門>「艦魂年代史 恋する乙女は大艦巨砲主義」に投票
投票していただけると僕もがんばれます!(月一回です)





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう