第六章 第一節 大和の妹 新鋭戦艦武蔵誕生
歴史的大敗を喫したミッドウェー海戦で大和達日本艦魂は大切な仲間五人(重巡洋艦『三隈』が姉妹艦である重巡洋艦『最上』と衝突。『最上』は大破して『三隈』と駆逐艦『荒潮』に護衛されて戦線を離脱後、空襲を受けて『三隈』沈没。『荒潮』中破という事があった)を失った。しかし、日本海軍は主力空母四隻を失っても意地と根性で勝ち続けた。
だが、いくら勝とうと艦魂達の悲しみは少しも癒えなかった。
生まれるものはあっても、それが失われたものの代わりには決してならない。そんな当たり前な事も、彼女達には辛い現実でしかなかった。
大和も五人の仲間を失った悲しみで立ち直れず、さらにミッドウェー作戦失敗の責任を追及され、彼女の旗艦としての権威も日増しに落ちていった。
艦魂達の士気も下がり、とても戦争ができるような気分にはならなかった。
しかし、同年八月五日、ミッドウェー海戦から二ヵ月後のその日、その大和を元気づけるには十分すぎるほどの出来事があった。
日本海軍最後の戦艦である大和型戦艦二番艦・超弩級新鋭不沈戦艦『武蔵』――つまり、大和の妹が誕生したのだ。
柱島に現れた『大和』そっくりの新鋭戦艦『武蔵』。真新しく、金属特有の鈍い光で艦体はキラキラと輝いている。
『大和』と同じく世界最大最強の四六cm砲を三基九門搭載されているその浮かべる城は、世界最強の称号に相応しい勇ましさを輝かせていた。
そんな『武蔵』は姉艦『大和』の隣に横付けされた。
両艦は素人では見分けがつかないほどにそっくりだったが、『大和』には連合艦隊旗艦の証、連合艦隊司令長官山本五十六大将の大将旗がマストに掲げられている。それに対し『武蔵』は軍艦旗のみしかはためいていなかった。
しかし、『武蔵』は『大和』より旗艦としての司令設備が充実しているので、旗艦変更は時間の問題と言われていた。
だが、全長二六三mもある世界最大最強の戦艦が二隻並んでいると、その勇ましさは桁が違う。すさまじい威圧を放ち、その光は神々しい。
まさに、二隻は大艦巨砲主義の申し子であった。
そして、戦艦『武蔵』は『大和』と同じ代々最強の戦艦が配置される第一戦隊に配属される事になった。
『大和』の甲板には大勢の女性――艦魂が集まっていた。
先頭は大和。隣には大和に無理やり呼ばれた翔輝。その後ろに長門以下戦艦艦魂。そしてその後ろに二人に減ってしまった主力空母艦魂、翔鶴と瑞鶴。さらには軽空母の艦魂がいて、さらに後方にはその他大勢の艦魂がいる。
そして、大和の数メートル前に光が発生して中から大和に似た、大和よりさらに若い、というか幼い十二歳くらいの真っ白(今は夏なので全員白色の夏服)な第一種軍装に身を包んだ少女が現れた。長髪の大和に対し少女は肩にさらりと髪がかかる程度のセミロングだ。
大和ぐらいならまだ笑いですむが、目の前の少女の軍服姿は笑いを通り過ぎて滑稽にすら見える。だが、その身体から放たれるオーラはどの艦魂よりも力強い。
喜怒哀楽が豊富な大和に対し、少女は山城と同じく無表情だった。
少女はゆっくりと大和達に近づき、大和の前で静かに敬礼した。
「・・・大日本帝国海軍大和型戦艦二番艦・戦艦『武蔵』の艦魂」
無表情少女――武蔵はそう名乗ると目の前にいる緊張した顔をした大和を見詰める。
大和は緊張しながら初めて会う自分の妹に向かって敬礼した。
「大日本帝国海軍大和型戦艦一番艦・連合艦隊旗艦・戦艦『大和』艦魂――あなたの姉です」
今ここに、姉妹が初対面した。
大和は嬉しそうに微笑んで手を伸ばす。握手の合図だ。武蔵はそれに気づき、無表情のまま手を差し出す。
二人の手はがっちりと結ばれた。
その瞬間、爆発音のような歓喜の叫びがと拍手が天高く響いた。
意気消沈していた艦魂達にとって、武蔵の誕生は士気を上げるには十分すぎた。なにせ日本海軍は航空時代を自ら幕開けさせたというのにいまだに大艦巨砲主義を信じている。そんな彼女達に大艦巨砲主義の王者とも言うべき武蔵は神のような存在であった。大和と武蔵が並んだ今、艦魂達の士気や戦意は急上昇した。
大和は笑顔で自分の妹を見る。
「武蔵。私の事は『お姉ちゃん』って呼んで」
大和の恥ずかしそうな顔での注文に、武蔵は初めて表情を変えた。だが、すぐに先程のような無表情に戻る。
「・・・嫌だ」
その予想していた反応に、大和はがっくりと落胆する。
「こぉら、いきなり自分のお姉さんを一刀両断しないように」
そう苦笑いながらに言ったのは長門。そんな彼女の後ろには並み居る戦艦の艦魂達が続く。
長門は武蔵に柔和な笑みを向ける。
「始めまして。私戦艦『長門』の艦魂よ。これでも長年連合艦隊旗艦をやってたのよ?」
「・・・初めまして」
それぞれ自己紹介をし終えると、武蔵は隅っこでこの光景を見守っていた翔輝を見た。
「・・・その人間は誰?」
武蔵の質問に待ってましたかのように大和が満面の笑みで紹介する。
「この人は長谷川翔輝少尉。私で航海士をやってるの。わかってると思うけど、少尉は艦魂が見えるんだよ」
大和の紹介に、翔輝は照れながら微笑んだ。
「長谷川翔輝少尉。航海士をやってるんだ。よろしく」
翔輝は笑顔で自己紹介する。
「・・・戦艦『武蔵』の艦魂。よろしく」
武蔵は握手を求めてきた。翔輝もそれに応えて腕を伸ばす。二人はしっかりと握手した。
武蔵の手は細く、折れてしまいそうなほどだった。
どう見ても小学校高学年の女の子にしか見えない子が、連合艦隊期待の新鋭戦艦の艦魂とは、翔輝は複雑な心境だった。
武蔵の歓迎会を開こうと、大和は嬉しそうに言った。その結果夜中、いつもの会議室で歓迎会が開かれる事になった。
歓迎会が開くのは夜中だが、今はまだ昼。大和は武蔵、翔輝(やっぱり無理やり)を連れて甲板を散歩する事にした。
前を大和、武蔵の二人が歩き、その後ろを翔輝が続く。
大和はとても嬉しそうにもうとろけそうな笑みをしながら武蔵に話しかける。
「いやぁ、いっつも伊勢さんや陽炎達を見て、『妹っていいなぁ』って思ってたけど、やっと夢が叶ったよ」
「・・・」
「残念だけどミッドウェー海戦で赤城さんや加賀さん、蒼龍さん、飛龍さんが死んじゃったのは知ってるよね? 会わせてあげたかったなぁ」
「・・・」
「あと、その海戦の影響で一一〇号艦(大和型戦艦三番艦。後に空母『信濃』になる)と一一一号艦(大和型戦艦四番艦)のうち、一一一号艦が建造中止。一一〇号艦も空母へ変更するらしいね。これで妹が一人減った上にもう一人は空母になっちゃうのかなぁ?」
「・・・」
「おーい大和。何かお前一人でしゃべってるみたいで滑稽に見えるよ」
翔輝のツッコミに大和は不機嫌になる。
「いいじゃないですか別に。私の妹ですよ?」
「いや、そうだろうけど」
「ねぇ、武蔵。何かしゃべろうよ?」
しかし、武蔵は沈黙を続けた。そんな武蔵の反応に大和の顔から笑みが消える。
初日早々もう自分の妹に自信をなくす大和。
二人は立ち止まり、大和は翔輝に泣きついてきた。
「少尉ー! つまんないですぅ! なんとかしてくださいッ!」
「そんな事言われても・・・」
翔輝は困ったように頭を掻くが、大和はそんな翔輝にすがりつくように涙を浮かべた瞳で見詰める。
「まさかこんなに無口な妹だとは思ってなかったんですよぉ!」
「・・・」
「大和。武蔵がこっち見てるけど」
「もういいです! 少尉が友好的な雰囲気つくってください!」
「ちょっと待て! サジ投げるな! 自分の妹だろ!?」
「少尉と違って私は妹経験がないんです! このままじゃ彼女の心にたどり着く前に沈没しちゃうです!」
大和の必死な訴えに、翔輝はやれやれと武蔵に近づく。
武蔵は依然無表情を貫いている。
「ねぇ? 君は何でそんなに無口なの?」
翔輝はまず彼女の事を知ろうと思った。その問いに武蔵は振り向かず、
「・・・性格」
あっさりと返された。そのあまりに手応えのない返しに翔輝は困ったように頭を掻く。
「お姉ちゃんの事は好き?」
そう訊くと、武蔵は大和を一瞥し、
「・・・普通」
好きと言われなくて、大和は明らかに落胆した。ちょっとかわいそう。
「長門さん達はどう?」
その問いには少しだけ考えてさらりと返す。
「・・・普通。でも、山城は好き」
(うーん、類は友を呼ぶという事か)
「・・・で?」
「え?」
唐突に声を掛けられたので、翔輝は驚く。そんな翔輝を感情の読めない透き通った瞳で見詰める武蔵。
「・・・あなたは一体何がしたいの?」
「何って?」
「・・・さっきから話し掛けてくるけど、一体私と何がしたいの? あなたのしようとしている目的がまったくわからない」
武蔵は振り向いて翔輝を見る。肩まで掛かる黒い髪が翻ってキラキラと輝き、黒い純粋な瞳を向ける。
そんな武蔵の問いに、翔輝は困ったように頭を掻く。
「いや、別に何がしたいっていう訳じゃないけど・・・」
「・・・けど?」
「まぁ、強いて言えば、君と友達になりたい、かな?」
少し照れながら言う翔輝をじっと見詰める武蔵はそっと口を動かし、
「・・・友達なんていらない」
「え?」
驚く翔輝を、武蔵は何の感情もこもっていない瞳で見詰める。その無の瞳に小さな恐怖を感じる。
「・・・日本は戦争をしている。国の存亡が懸かっているこの非常時に、友達だの仲間だの友情だのといった個人の感情や妄想を持ち込まないでほしい。戦争に必要なのは己の実力と冷静な判断ができる上官。それ以外などの事は不要。それは仲間というものも例外じゃない」
そう言うと、武蔵は再び背を向けた。そんな彼女の背中を見詰め、翔輝は彼女の冷たさに恐怖を感じた。
彼女は今までの艦魂とは違う。そんな感じがした。
黙ってしまった翔輝を気にした様子もなく武蔵は海を見詰める。その時、
「ちょっと武蔵ッ!」
その怒鳴り声に振り向くと、そこにはいつになく激昂した大和が立っていた。身体を震わせ、顔を真っ赤に染め、目は血走っている。
「や、大和?」
「少尉を侮辱するような事は言わないでッ!」
そう怒鳴って大和は武蔵に駆け寄ると、いきなり武蔵の胸倉を掴んだ。身長差がそれなりにあるので軽く武蔵の身体が浮く。
「私の事をバカにするならまだいいのよ。でも少尉をバカにするような事だけは絶対にしないでッ!」
激昂する大和に対し、武蔵は不気味なほど静かで無表情だった。
「・・・彼をどう判断しようと私の勝手。あなたには関係ない」
「関係あるわよッ! 少尉を侮辱するのは絶対私が許さないからッ!」
睨みつける大和を冷たい瞳でじっと見詰める武蔵。すると心底不思議そうに首を傾げると小さく口を開く。
「・・・何? あなた、彼の事が好きなの?」
「なぁッ!? か、関係ないでしょッ!?」
武蔵の予想外の反撃に大和は顔を真っ赤にしておろおろと慌てる。だが、武蔵は気にした様子もなくそんな姉を冷たい瞳で見詰める。
「・・・個人的な感情で動くなんて軍人失格。軍人たるもの、感情は捨て、生きる機械として命令を忠実に行動する。あなたは連合艦隊の旗艦なのにそんな事もわからないの?」
「違うッ! 私達は機械じゃないッ! 心を持った、生きた存在! それが艦魂よッ!」
大和の言葉に対し、武蔵はまったく表情を変えずに淡々と言葉を繰り出す。
「・・・どんなに抗おうと、絶対の存在の前ではどんな存在も手の平で踊らされてる哀れな道化師も同じ。それは私もあなたも、そこの人間も同じ」
「訳のわからない事言わないでッ! それに少尉をそんな失礼な呼び方しないでッ!」
「・・・名前なんてどうでもいい」
「む、武蔵・・・ッ!」
「ちょッ、大和落ち着いてッ!」
今にも腰の軍刀に手を掛けて抜刀しそうな勢いの大和を翔輝は慌てて止める。腕の中で大和が暴れるので翔輝は必死になって彼女の暴走を止める。そんな二人を武蔵は無表情のまま冷たい瞳で睨みつける。
「・・・バカじゃないの?」
そう吐き捨てるように言うと、武蔵は背を向けて歩き出す。
「待ちなさいッ!」
「大和ぉッ!」
暴れる大和を落ち着かせた時には、武蔵の背中はどこにもなかった。
残った二人のうち翔輝は疲れたようにため息し、大和は妹の失礼極まりない態度に激怒していた。
「な、何なのあの子はッ!? 少尉にあんな失礼な態度をしてッ!」
「いや、別に僕は構わないけど」
「そんなのダメですッ! それにあの態度ッ! ものすごくムカつくぅッ!」
大和はそう怒鳴ると、地団駄を踏んで武蔵の消えた方向を睨みつけた。
そんな大和を見詰め、翔輝は小さくため息を吐いた。
これが、大和と武蔵の初めての出会いであった。 |