第五章 第三節 翔輝のいない一日
一方、翔輝のいなくなった『大和』の第三会議室では落ち込む大和の為に『大和を励ます会(自由参加)』が開かれていた。集まったのは金剛、榛名、以外の戦艦全員に翔鶴、瑞鶴といった大和の関係者と十数人の駆逐艦達だ。
最初こそ大和を励まそうとみんな必死になって大和を気遣ったこの宴会だが、始まって一時間ほど経ち酔いが心地良くまわった頃、事件は起きた。
「バカアアアアアァァァァァッ! 少尉のバカアアアアアァァァァァッ!」
ダンッと中身が半分になった一升瓶をテーブルに叩き付けたのは顔を真っ赤にして横隔膜痙攣――しゃっくりを起こしている今回の主役――大和。
大和は顔を真っ赤にしてしゃっくりする。これは典型的な酔っ払いの現象だった。
大和は翔輝のいない怒り+寂しさで慣れない酒を浴びるように飲み、完全に酔っ払っていた。しかも、
「ういッ、少尉のバカ・・・もう一生顔も見たくねえええええぇぇぇぇぇッ!」
完全に怒り上戸になっていた。常の彼女とは思えないような荒々しい態度でこうして先程から暴れまわっているのだ。
さすがの長門も大和がここまで荒れるとは思っていなかった。ただただ暴走する大和を見て苦笑いするしかなかった。
「や、大和ちゃん? そろそろやめない? そんなに飲んだら身体に悪いよぉ」
陸奥がすでにこの前に一升瓶一本を空けている大和を止めるが、大和はそんな彼女をキッと睨みつける。
「別にいいじゃないですかッ! もう私なんてどうなっても構わないんですッ! 少尉に見捨てられた私なんて、もうどうでもいいじゃないですかッ! もう何もかも四六cm砲で吹っ飛ばしてやるぅッ!」
と、とても常の大和の口からは出ないような恐ろしい言葉が噴き出し、怒り狂った龍のごとく陸奥を睨み付ける。そのあまりの迫力に、陸奥も言い返せなくなる。
「大和? ちょっともうお酒はやめようよ」
そう言ったのは瑞鶴。親友が荒れるのを見ていられなかったのだ。だが、
「何? 瑞鶴も私に文句があんの? ひっく」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「うるさいなぁッ! 弱虫のくせにでしゃばるな!」
そう罵声を上げると、心配する瑞鶴を突き飛ばした。
吹き飛ばされた瑞鶴は「きゃあッ!」と悲鳴を上げて近くのテーブルを派手に巻き込んで倒れた。
小さな悲鳴を上げて痛む身体を押さえる瑞鶴を一瞥し、翔鶴は大和を睨みつける。
「貴様ッ! 私の妹に何をするッ!」
椅子を蹴り飛ばして立ち上がった激怒した翔鶴に、大和は満面の笑みを浮かべる。
「へぇ、翔鶴さんもシスコンなんだぁ、そろそろ妹から卒業したらどうなんですか?」
「貴様・・・ッ!」
その瞬間翔鶴は地面を蹴って駆け出した。一気に加速して大和との間合いを詰める。そして、渾身の蹴りを大和の脇腹に・・・
パシッ!
「なぁッ!?」
「やめないか、翔鶴」
翔鶴の一撃必殺の蹴りは、少女の片手で押さえつけられていた。その少女は・・・
「山城ッ! 邪魔をするのかッ!」
怒り狂う翔鶴は足を戻そうとするが、山城はそれをその細い腕一本で押さえつける。
「うぐッ・・・」
「落ち着け翔鶴。頭に血が上っていては冷静な判断などできんぞ」
「私の妹に暴力を振るった奴に冷静な判断なんていらんッ! 蹴り飛ばせばいいッ!」
睨みつける翔鶴に山城は一喝する。
「貴様は赤城達のいなくなった機動部隊の中核であろう? その貴様が冷静な判断ひとつできんでどうする? 貴様は味方を殺すきか?」
その山城の言葉に、翔鶴は「むぐ・・・」と言葉を詰め、黙ってしまった。
山城は持っていた彼女の足を離す。翔鶴は解放された足を床に戻して山城を睨みつけると回れ右して瑞鶴に向かった。
たいした事のない瑞鶴はいきなり暴走した姉を説教するが、翔鶴は聴く耳も持たぬといった感じでそっぽを向き、瑞鶴がキレた。
一方、山城はまた酒を飲み出した大和に歩み寄る。
「大和」
「あぁ、山城さん。さっきは助かりましたよぉ。どうですか? 一緒にお酒を飲みませんか?」
えへへと完全に酔った笑みを浮かべる大和を山城は無表情でじっと見詰めると、
「ウギャッ!?」
渾身の回し蹴りを炸裂させた。
吹き飛ばされた大和は派手にテーブルを巻き込んで倒れる。
「な、何するんですかッ!?」
立ち上がって抗議の声を上げると、今度は椅子が飛来した。
「うわぁッ! 危ないッ! 本当に危ないですからッ!」
数個飛来した椅子をなんとか避けると、山城はいつの間にかまた部屋の隅に陣取って酒を飲んでいた。
「もうッ! 何なんですかッ!」
大和は機嫌を損ねたらしく半分残っていた一気に飲み干して一升瓶を空にする。
「ういッ、酒がないですッ! もっと持って来いですッ!」
大和は空になった一升瓶を投げ捨てる。
もう誰にも止められない大和の暴走に全員が諦めかけた時、
「大和司令。そろそろやめた方がいいと思いますよ?」
突如水兵服を着た短い髪を小さなポニーテールでまとめた少女が大和を止めた。
「うん? 何だ雪風じゃない。何? 一緒に飲む?」
「遠慮しておきます。私は司令の健康を心配してるんです」
彼女の名は雪風。陽炎型駆逐艦八番艦・駆逐艦『雪風』の艦魂である。戦艦や正式空母と違って駆逐艦、潜水艦、各種小型艇は人間で言う水兵なので、彼女は水兵服(もちろん海軍用なのでスカートじゃなくてズボン)を着ている。そして、彼女は先日大和の従兵に任命されたのだ。
大和はそんな自分直属の部下の忠告に不機嫌そうに唇を尖らせる。
「うるさいな。いいでしょ? 私の身体なんだし」
「ダメですよ。連合艦隊旗艦が倒れられたら困ります」
雪風はピシリと言う。
「むーッ! あなたに大切な人がいなくなる気持ちがわかる!?」
大和は酔った勢いで雪風に食い付く。すると、雪風は微笑して答えた。
「わかりますよ? めったに会えない姉さんや妹達もいますし。それに・・・」
雪風は寂しそうにつぶやく。
「私はもう、姉を失ってますし・・・」
雪風の言葉に、部屋は沈黙した・・・
陽炎型駆逐艦三番艦・駆逐艦『夏潮』、雪風の姉はジャワ沖海戦(一九四二年二月四日に起きた日本海軍航空隊と連合軍艦隊との海戦。日本海軍の圧勝)の後方支援で参加。その海戦後に敵潜魚雷を受けて沈没した。
夏潮は、陽炎姉妹で最初に戦死した艦魂だった。
雪風の言葉に、大和は沈黙した。雪風の気持ちは痛いほどわかっていた。自分も姉妹ではないが大事な仲間を失っている。
先程までの騒音は一瞬に消えて、今は気まずい沈黙が流れる。
「大和司令。もうその辺にしといてください」
そう言ったのは長い黒髪を優雅に流した夕雲型駆逐艦一番艦・駆逐艦『夕雲』の艦魂だった。夕雲型駆逐艦は『伊勢』『日向』のように陽炎型駆逐艦の問題を改良した、言うなれば改陽炎型駆逐艦のようなもの。義姉妹であるのだ。余談だが夕雲型駆逐艦も全部で十九隻いる。
夕雲は悲しい笑みで大和を見詰めた。
「みんな同じ気持ちなんです。どうか、それだけはわかってください」
夕雲を中心に駆逐艦達が大和を見詰める。その瞳にはそれぞれ色々な悲しみが込められていた。
大和はうつむいたまま沈黙している。そんな大和の肩を、雪風は優しく微笑みながらそっと叩いた。
「大和司令。お気持ちはわかります。旗艦であろうと、私達はまだまだ経験不足です。だから辛さから立ち直れないのもわかりますし、当然といえば当然です。私と違い、司令には姉妹がいません。だからこそ長谷川少尉に頼っていたのですね?」
大和は答えない。そんな大和に、雪風はそっと微笑んだ。
「ですが、私はあなたの従兵に任命されました。私も力になります。もちろん、他の皆さんもです。それじゃ、ダメですか?」
雪風の言葉に、全員がうなずく。
優しい雰囲気が流れ、自然とみんなに笑みが浮かぶ。
「そうよ大和。私も力になるわ」
長門も満面の笑みを向ける。
大和は沈黙したまま肩を震わす。泣いているのだろう。みんなの優しさに触れられて・・・
「・・・がう・・・」
「え?」
大和の小さな声に雪風は耳を傾ける。
「ち・・・う、違う・・・ッ!」
次の瞬間、大和が叫んだ。
「違うんだってばあああああぁぁぁぁぁッ!」
「え?」
大和は雪風の両肩を掴んで、涙と鼻水の大洪水を起こしながら叫んだ。
「違うんですよ! 少尉が上陸して寂しいよりも、少尉が顔を赤くして美少女って言った幼なじみの所に行ったって事が嫌なんです!」
「え・・・」
雪風の微笑みが崩れかける。
長門がポンと手を叩き、感情のない笑みを向ける。
「あー、そっちか、そっちなんだ」
長門の声が、全ての終わりだった。
「何だよ・・・」
「心配して損しました」
「そっちなんだ。そっちなんだ」
「・・・お酒飲み直すか」
駆逐艦達が呆れたように大和から離れる。そんな彼女達を無視して、大和は逃げ遅れた雪風の肩をガシッと掴んだ。
「聞いてよ雪風! 少尉は私なんかどうでもいいんですよ!」
「あ、いや・・・って! ちょッ、司令!? や、やめて・・・ッ!」
大和は雪風を押し倒して抱きつき、大泣きした。雪風は嫌がって大和を必死に引き剥がそうとするが、大和はすさまじく強く抱きついていてなかなか剥がれない。
「司令やめて! あ、ダメ・・・ッ! そんな所・・・いや・・・ッ」
「君だけだよ私の事をわかってくれるのは!」
「ダメです・・・ッ! あうッ、だ・・・め・・・ッ!」
「うーん、どうする?」
夕雲は陽炎姉妹十一女の浦風に聞くが、浦風は「ほっとけば? 結構嬉しそうだし」と答え、雪風はほったらかしが決定された。
「浦風、初風姉さん・・・ッ! 助けて・・・ッ! あっ・・・!」
泣き目になっている雪風を、姉妹は楽しそうに見守っていた。
「かわいいなぁ雪風は」
「司令・・・ッ! ダメです・・・ッ! 胸はダメ・・・ッ!」
雪風を押し倒して嬉しそうに笑う大和と、押し倒されて甘い声を上げる雪風を見て長門達は苦笑いした。
「完全にエロキャラになってるわね、大和」
「はい。色々と辛い事が重なって壊れたのでしょう」
長門と陸奥も、早く翔輝が帰って来る事を願った。
大和の行動に触発されたのか、その後伊勢も扶桑に襲われ、その夜『大和』はとても賑やかだった。
翌日の夕方、ようやく翔輝は帰って来た。手には瑠璃が「いつもお世話になっている人達に配ってください」と持たせた最高級の酒、タバコ、和菓子など総額二〇〇円五〇銭(約三七万円)のお土産が大量に詰まった紙袋を持っていたが、
翔輝はそれを艦長や航海長、水上はその他関係者に配った。
そして、ようやく自室に戻ると、そこには大和と雪風がいた。
「あ、二人ともただいま」
「・・・」
「お帰りなさい・・・」
翔輝を睨みつけている大和と、なぜかすごくやつれている雪風に、翔輝は笑顔であいさつしたが、返事はいまひとつだった。
「雪風? どうしたのそんなに疲れた顔して?」
「な・・・何でもないですぅ・・・」
心配する翔輝の声に雪風は力ない声で答えた。
「では、私はこれで・・・」
ふらふらと雪風は出て行き、部屋には翔輝と大和の二人だけが残された。
「・・・」
「・・・」
二人の間には気まずい雰囲気が流れる。そんな中、先陣を切ったのは翔輝の方だった。
「・・・大丈夫だった? 色々と」
「・・・普通です」
「これからしばらくは休暇はないし、またしばらく一緒にいられるね?」
「・・・へぇ、そうなんですか」
「・・・」
「・・・」
間が持たなかった・・・
翔輝はため息を漏らして諦め、アタッシュケースから荷物を取り出す。その時、
こと・・・
何か光る物がケースから落ち、大和の足元に転がった。
「あ、それ・・・」
翔輝が言う間もなく大和がそれを取った。
「・・・首飾り?」
それは銀色に輝くチェーンに海のように蒼い宝石を付けたシンプルなペンダントだった。
「・・・それは」
「・・・少尉? 何ですかこれ?」
大和が荒涼としたツンドラ地帯の如く冷たい瞳で翔輝を見詰める。そんな瞳に見詰められても翔輝は気にした様子もなく微笑む。
「あ、それ? 翔香の首飾りだよ」
「翔香さんって、妹さんの?」
「うん。実はそれを取りに今回は上陸したんだ」
翔輝は今日の朝に瑠璃が大切に持っていたこのペンダントを受け取ったのだ。「これはやっぱり翔輝様が持っていた方がいいと思います」と、瑠璃は寂しそうに言って。
これは翔香が死んで悲しんでた瑠璃に翔輝が預けたものだった。
だが、もう瑠璃は悲しみから解放され、翔輝にこれを返したのだ。
「翔香さんの・・・」
大和はペンダントを見詰める。
キレイで、そしてとてもうらやましかった。
死んでも尚翔輝の心を独占している翔香の事が、うらやましく、憎かった。でも、目の前のペンダントはすごくキレイだった。
しばらく大和が見詰めていると、翔輝はふと、
「なぁに? 欲しいならあげるよ?」
と言った。
「い、いらないですよ」
突然の事に顔を真っ赤にして大和はペンダントを翔輝に返す。
「え? でも何か欲しそうだったから」
「いらないです!」
大和は顔を真っ赤にしたまま叫ぶ。
「・・・別にいいけど」
翔輝は上着の前を開け、ペンダントを首に掛けた。
「おかえり、翔香」
そうかれがささやいたのを、大和は聞き逃さなかった。
唇を噛み、辛そうな顔を見せない為に背中を向ける。
「大和・・・まだ怒ってるの?」
翔輝が恐る恐る聞くと、
「怒ってません」
大和は低い声で言った。
そんな大和に翔輝は頬を掻きながら近づく。
「あのさ、僕、君を何で怒らせたのかわからないんだけど、でも僕が何か気に障る事を言ったならごめん。謝るよ」
翔輝は頭を下げて謝った。そんな翔輝を一瞥して、大和は言った。
「許してほしいなら、条件があります」
「条件?」
翔輝は大和を見詰める。
大和は振り向き、寂しそうな顔で言った。
「あまり、艦から降りないでください。私には少尉しかいないんですから」
その言葉を言った後、大和は翔輝に抱きついた。
「もう、離れたくないんです・・・」
嗚咽混じりのその声に、翔輝はただ黙って頭を撫でてやった。
そんな彼の腕の中で、大和はとても幸せそうな笑みを浮かべていた。
夕焼けの優しげな光に照らされ、二人はいつまでも抱き合っていた。
|