艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(25/130)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第五章 第一節 大和敵わぬ最大の恋敵


 日本海軍最大の敗北であったミッドウェー海戦から数週間後、その日は柱島に駐留している『大和』の特定兵員第三班上陸日だった。
 特定兵員とは主計科、通信科、砲術科などの通常兵員とは違い、港に停泊していても使用する機関(簡単に言うとエンジンの事)を操作する機関科。そして次の航海の作戦等を立てる航海科等の特殊な科の兵員の事だ。この兵員達は艦に絶対に必要な人材であり、他の科と違って複数の少数班に分けて上陸させる為、他の科と上陸日が微妙に変わるのだ。
 そして、今日は翔輝の所属する航海科首脳部が上陸する日でもあった。

 初夏の日差しが射し込む翔輝の部屋では、翔輝が上陸の為に荷物を用意していた。
「少尉! 本当に行っちゃうんですか!?」
 アタッシュケースに作業着を畳んで入れている翔輝に大和が叫ぶ。そんな大和に翔輝は嬉しそうに微笑む。
「うん。たまには外の空気吸いたいし」
「それなら甲板で十分じゃないですか!」
「いや、そういう事じゃなくて」
 翔輝は困ったように頬を掻く。
 さっきからこんな調子で大和は翔輝が上陸する事に反対しているのだ。理由はわからないでもない。ミッドウェー海戦で仲間を失ったばかりで辛いのに、ここで翔輝がいなくなるのはとても辛いのだ。
「お願いです! 行かないでください!」
「そう言われても」
 困る翔輝の腕に大和は必死になってしがみ付く。
「今一人になるのはすごく寂しいんです!」
「お前は一人じゃないだろ? 長門さんや陸奥、瑞鶴もいるだろ?」
「少尉じゃなきゃ嫌なんです! お願いです! 行かないでください!」
 必死に懇願する大和を見て、だんだん翔輝は上陸する事になぜか罪悪感を感じ始めた。もちろん彼は何も悪くはないが。
 翔輝は大和のあまりの必死っぷりに、ついに根負けした。
「あ、うん。そ、そこまで言うなら、上陸はまた今度にするよ」
「本当ですか!?」
「大和ぉ。あまり長谷川君を困らせたらダメよぉ」
 突然の声に振り返ると、いつの間にかドアの前に呆れた笑みを浮かべれる長門腕を組んで壁に寄り掛かっていた。しかもその横には陸奥、伊勢までいた。
「あれ? みんなどうしたの?」
「少尉を見送りに着たんですよ」
 陸奥が笑顔で答えた。
「見送りって、別に転属になる訳じゃないよ?」
「それもそうですね」
 陸奥は翔輝のツッコミにくすくすと笑みを浮かべ、そんな彼女の笑みに翔輝もおもしろそうに笑う。
 翔輝と陸奥が楽しそうに話していると、いつの間にか一人になっていた大和が怒鳴る。
「陸奥さん! 少尉から離れてください!」
 大和は翔輝と陸奥の間に入ると、二人は女の子にはあるまじきかなり怖い目で睨み合う。そんな二人を横目に、長門が二人を見て戸惑う翔輝に話しかける。
「長谷川君。大和の事は私達に任せて上陸しておいで」
「え? でも・・・」
 渋る翔輝の唇に長門は人差し指をそっと当てると優しげな笑みを浮かべる。そんな仕草に一瞬ドキリとしていまう。
「いいのよ。たまにはゆっくり羽を伸ばしてらっしゃい」
「そ、そうですか? じゃあお言葉に甘えて――」
「絶対にダメですうううううぅぅぅぅぅッ!」
 そこで陸奥と激戦していた大和がこっちに食い付いた。
「少尉は上陸しないって言ってくれたんです! だから上陸しないんです!」
「大和」長門はわがままな大和にため息混じりに言う。「長谷川君は上陸したがってるのよ? たまにはゆっくりさせてあげましょうよ」
「嫌です! 少尉はどこにも行っちゃダメなんです!」
 大和は顔を真っ赤にして激怒する。そんな大和の様子に少し離れた陸奥と伊勢が呆れる。
「大和はんってあないに束縛癖があったんねぇ」
「というか、わがまま過ぎると思うけど」
「過ぎるなんて当の昔に通り越してわがまんまの極致に達してるんちゃう?」
「ほとんど神の領域ね」
「そんな神はいれへんなぁ」
「だよね。大和ちゃんも少し大人になってほしいよね」
 陸奥と伊勢は呆れたようにため息を吐く。
 そんな二人をよそに大和が先輩である長門に牙を向け続ける。
「少尉は行っちゃダメです! 一人になるのは嫌なんです!」
「だから、あなたは一人じゃないってばぁ。私や陸奥がいるじゃない」
「少尉じゃなきゃ嫌なんです!」
 話は横線のないアミダくじのように完全に平行線をたどり、お互いに一歩も引かない。当事者である翔輝は諦めたようにため息する。
「いいよ。上陸はやめにするから、ね?」
 その言葉に、大和は満面の笑みになる。
「ほら! 少尉もいいって言ってるじゃないですか! これで万事丸く収まり――」
「いい加減にしなさいッ!」
 突如爆弾が炸裂したかのような怒号が響いた。その声は、いつも温和な長門の声だった。
 長門の顔はいつものような柔和な笑みではなく、怒り狂った龍のような激怒顔だった。そのあまりの迫力に四人はただただ圧倒されていた。
 長門の怒りの矛先はしっかりと大和に向いていた。
「大和。いい加減にしなさい。長谷川君は疲れてるのよ? たまには陸の上で休ませてあげなさい!」
「長門さん。そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。もういいですよ」
「いい訳ないでしょッ? あなたが甘やかすから大和もつけ上がるのよッ?」
「あ、いや・・・すみません」
 自分がとても小さく感じた。何も言い返せないのが情けない。
 沈黙した翔輝を一瞥し、長門は落ち込む大和を睨みつける。
「長谷川君はただでさせ航海科っていう他の科より激務な科に所属してるのに、あなたの面倒までやってるのよ? 休暇くらい解放してあげなさい!」
 長門のあまりの迫力に、大和は何も言い返せなくなる。そりゃあもう虎に威嚇されたクマネズミの如く。
「だから」
 長門は翔輝を見詰め、そして、優しく微笑んだ。
「ゆっくりしてきなさい」
「あ・・・はい」
 翔輝は嬉しくなって笑顔で答えた。だが、この結果に猛反対するであろう人物の存在を二人は忘れていた。
「で、でもッ!」
 大和は意外としぶとい+怖いもの知らずで反撃を敢行する。
「少尉には家族がいないんですよ!? 泊まる所があるんですか!?」
 大和は同意見を求める為に翔輝に質問する。その質問に翔輝は苦笑いする。
「家はあるけど、そこには帰らないよ? 近くの宿に泊まるつもり。それに・・・」
 翔輝はポケットから一枚の手紙を取り出した。
「休暇中に一度遊びに来いって」
 全員が翔輝の持っている手紙を覗き込む。

『宛先 
  帝国海軍広島県呉鎮守府軍港駐留艦隊所属・長谷川翔輝海軍航海少尉
 内容
  今度ノ休暇ニ是非イラシテ下サイ。御待チシテオリマス。
                    広島県呉市中央三丁目 〒XXX‐XXXX 霞 瑠璃』

かすみ瑠璃るり? 誰ですか?」
 大和が頭にハテナマークを浮かべる。それは大和だけでなく長門達も同じような反応だ。
「そういえば、瑠璃の事は話してなかったな」
 翔輝は机の上の翔香の写真を取る。
「瑠璃はね、僕のいとこで四つ年下の幼なじみなんだ。それに、翔香の親友でもあったんだ」
 全員が翔輝の手元の翔香の写真を見る。永遠に変わる事のない純粋な笑みを浮かべる少女を・・・
「あとね、彼女は呉の貴族家である霞家の一人娘でもあるんだ」
「霞家って、日本有数の高級貴族でしょ?」長門が言う。
「はい」
 翔輝の返事に、長門は不思議そうに首を傾げる。
「でも何で貴族の家の子と知り合いなの?」
 長門の質問を予想してたのか、翔輝は慌てた様子もなくその問いに答える。
「霞家の先代は貴族なのに冒険家でして、各地を飛び回っていたそうです。その時に呉に戻った際にちょっとヤンキーに絡まれたそうでして、その時に助けたのが私の祖父なんです。その関係で昔から貴族である霞家と一般だあるはずの長谷川家は仲が良く、それに瑠璃の母は僕の叔母でして、十数年前に長谷川家から霞家に嫁いだんです。その関係でよく瑠璃を預かったり、遊びに行ったりしてたんです」
「なんか、ものすごい複雑な事情ね」
「僕もそう思います。毎回こうやって説明するのが大変なんですよ」
 そう言って翔輝は苦笑いする。
 だが、翔輝の言った人物の名を聞いて、尋常じゃない不安を覚えている人物が一人いた。
「少尉、あの、その瑠璃さんというのは、女の子ですか?」
 大和はまったくもって見当違いな質問をする。だが、大和にとっては今一番最も心配な最優先事項だった。
 だが、大和の心配は最悪の形となって現実に現れた。
「うん。そうだけど」
 大和は頭上に雷でも落ちたような気がした。大和は口をパクパクさせながらよろめき、後退っていく。
 大和は決して聞きたくない、だが聞かなければならない最後の質問をする。
「その子、かわいいですか?」
 うーん、と翔輝は考え、なぜか頬をほんのり赤めながら言った。
「うん。まだ幼いけど、結構美人。と言うか美少女だよ?」
 がががががあああああぁぁぁぁぁんッ!
 大和は意識の奥で激しく打ち鳴らされる大鐘の音を聞いた。
 そして、ゆらゆらと揺らめく炎を見た。
 それは自分の手だった。
 心の底からふつふつと湧き上がってくる、感情のほとばしりだった。
「しょ・・・ッ!」
 大和はじわりと涙を目の縁に溜め、怒り狂った龍のような顔をする。
 そして・・・
「少尉のバカアアアアアァァァァァッ!」
 一〇〇発の砲弾を同時に炸裂させたかのような地響きと爆音が響いた。直後、大泣きしながら「少尉のバカッ! ほふるッ! 皮を剥いで肉を切り裂いて骨付きカルビって名目で焼肉店に売り出してやるッ!」とグロテスク+商品詐称犯罪的な言葉を残して部屋から去って行った。
 残された四人はまだ耳鳴りがする耳を押さえて、お互いに苦笑いするしかなかった。

 甲板に兵達が集まっていた。
 そこには翔輝もいた。結局上陸する事になったのだ。
 遠くでは顔見知りの艦魂達が日章旗を振って万歳していた。別に赤紙を貰って戦地に行く訳じゃないのに(これは戦争中期〜終戦の事なので、一応戦争初期である今はまだない)。中には涙ぐむ者まで。確実にこれでは出兵じゃないか。
 翔輝がそんな事を考えていると、ふと大和がいない事に気づく。急いで辺りを見回すと、目の前の第二砲塔の上で仁王立ちしてこっちを睨んでいた。そりゃあもう睨みだけでエチゼンクラゲ一個大隊を粉砕できるような(実際してくれたら漁師の人達が喜ぶが)恐ろしさである。今の彼女を鳥取砂丘に埋めれば砂漠が三倍に増えるのではないかというような、すさまじい怒りの炎を上げていた。なぜ彼女を怒らせてしまったのか、翔輝はわからなかった。だが、あの表情を見るに相当怒ってる。まるで阪神と阪急が合併して、阪神タイガースの名前が変わってしまうのではないか烈火の如く激怒した阪神ファンのように。しかし、自分はそんな確実にスズメバチの巣をつつくどころか、竹槍で特攻するような事はしていない。では一体何が彼女を激怒させたのか。
 そんな事ばかり考えていたので、気がついたら内火艇に乗る順番が来ていた。後ろから「少尉。元気でねー」「風邪引かないでね」「食中毒には気をつけてね」とか言ってる艦魂達の声が聞こえる。そして、大和の視線も。
「少尉のバカアアアアアァァァァァッ!」
 その怒号にビクリと震えて振り返ると、大和がこちらを睨みつけていた。翔輝の視線の気づいたのかふんとそっぽを向くが殺気に近い気は依然こちらに向いている。
 翔輝は苦笑いしながら内火艇に乗り込んだ。乗るとすぐに内火艇は出た。近くにいた駆逐艦は小さくなっていくのに、大和だけは他の艦を圧倒する大きさのまま全然小さくならない。改めて自分の乗っている艦の大きさを認識する。
 だが、その後すぐに内火艇は岸に着き、翔輝は降りた。
 船着場には多くの人がいた。その多くが女性だった。母親、妻、娘と息子、姉、妹、恋人関係の人が多く集まっているようだった。
 そして、そこには満面の笑みを浮かべる軍人達もいた。我が子や妻、妹、恋人を抱き締め、母親や姉に抱き締められる者がたくさんいた。
 だが、翔輝にはそんな事をしてくれる人はいない。家族はいないし、恋人もいない。こりゃあ、大和の言う通り艦でおとなしくしてれば良かったな、と翔輝が早くもこの休暇の取り方を根本的に考え直した時だった。
「翔輝様」
 ふいに自分の名前を呼ばれた。
 その聞き覚えのある声に振り向くと、そこには大きな外国産らしい高級車が止まっていた。そして、その窓には・・・
「今回は来られたのですね?」
 黒くつややかな長い髪を美しく流し、前髪をきれいに切りそろえた髪形をした美少女が優しく微笑んでいた。黄色を基本とし、所々に桜の花が描かれたきれいで高そうな着物を悠然と着こなしている。その少女は・・・
「瑠璃? どうしたのこんな所で」
 翔輝はそう言うと嬉しそうに微笑んだ。
 そう。彼女こそ翔輝の幼なじみにして翔香の親友。そして、霞家のお嬢様である――霞瑠璃その人だった。
 瑠璃は純粋な笑みを向ける。
「それは、翔輝様を待っていたからですわ」
「僕を?」
 不思議そうに首を傾げる翔輝に、瑠璃は満面の笑みを向ける。
「はい。翔輝様をお迎えに来たのですわ」
「む、迎えに?」
 混乱する翔輝をよそに、瑠璃は勝手に話を進める。
「さささ。早くお乗りください。神鳴かみなりさん」
「はい、お嬢様」
 運転席のドアを開けて老紳士のような男が出て来た。翔輝も知り合いの瑠璃専属の執事である神鳴つとむであった。
「神鳴さん。お久しぶりです」
 翔輝は懐かしそうに喜ぶと頭を下げた。
「こちらこそ。翔輝様もずいぶん立派なお姿になられて。浩平こうへい様(翔輝の父親の名前)もさぞお喜びでしょう」
 神鳴は本当に嬉しそうに喜ぶ。この二人、翔輝が小さい頃よく遊んでもらい、祖父と孫のような関係でもあった。
 そんな笑みを浮かべ合う二人を、瑠璃が「むむむ・・・」と不機嫌そうに見詰める。
「もう。神鳴さんも翔輝様も、お話なら家に戻ってからゆっくりすればよろしくて?」
 瑠璃がしびれを切らして言う。この子、お嬢様生活が長いのか、常人よりちょっと我慢が苦手なのだ。
「ほほほ。そうですな。さささ翔輝様。お早くお乗りください」
「え、あ、はい」
 翔輝は場の流れに流され、結局車に乗ってしまった。
 これが、翔輝の一泊二日の休暇の始まりだった。







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