第四章 第六節 運命の五分間
その頃、最も大混乱していたのは旗艦『赤城』の司令部だった。
「参謀長、第二次攻撃隊を、このまま敵空母に向けましょう!」
参謀副長が焦りながら草鹿に意見を出した。だが草鹿は首を横に降る。
「陸用爆弾で艦船攻撃をやっても効果はない!」
「甲板に穴を開ける事くらいはできます!」
「それじゃあ空母を叩き潰す事にはならん! 第一このまま出しても戦闘機が付けられん! 戦闘機のない攻撃隊は死にに行くようなものだ! 例としては、早朝より二派三派と来襲してきた六、七〇機の敵攻撃機も、護衛戦闘機を伴わない為に、そのほとんどが味方機に撃墜されている。それと同じ戦法を取る事はできん!」
草鹿も焦っていた。
すでに敵の刃は自分達ののど下に向けられている。一刻の猶予もない。
参謀副長は動揺している参謀達を見て、再び草鹿に訴える。
「しかしこのままやられるよりはマシでしょう!」
参謀副長が悲痛な声で叫んだ。その時、
『『飛龍』より発光信号!『飛龍』より発光信号!』
見張り兵の声が伝声管を伝わって艦橋に響いた。
『発、山口司令官! 宛、南雲司令長官!『直チニ発進ノ要有リト認ム。直チニ発進ノ要有リト認ム』!』
それは山口からの怒涛の攻撃要請であった。その力強くも無謀な攻撃要請に、参謀達は驚愕する。だが、参謀副長は、
「私も同感です」
真剣な瞳で草鹿を見詰める。草鹿はそんな参謀副長の決意に、沈黙する。
参謀副長は考えを渋る草鹿から沈黙を続ける南雲に向き直る。
「長官、ご決断を」
参謀副長は南雲のの言葉を待った。しかし、南雲は蒼い空を見詰めるだけだった。
「長官!」
「長官」
迫る参謀副長を押さえ、草鹿も南雲に決断を迫った。しかし、草鹿は参謀副長とは正反対の意見だった。
「長官、空母は魚雷で、魚雷で叩くべきです」
草鹿は力強く言った。
それは航空機を長きに渡って学んできた草鹿が絶対に譲れない常識であった。
大型艦艇は魚雷で攻撃してこそ撃沈できる。それは航空機の――いや、水上戦闘での最も有効な攻撃手段、それが魚雷なのだ。
「長官」
草鹿や参謀達の声にも、南雲は空を見上げるばかり。
不気味な沈黙の中、南雲は静かにうなずき皆に振り返った。
「私の出身は水雷畑だ。魚雷の恐ろしさを、徹底的に学んできた。だからこそ、敵空母を叩くのは魚雷だと思っている。だが、今は一刻を争う。ならば、例え陸用爆弾でも一時的に敵の戦闘能力を奪う事はできる」
「では、長官」
参謀副長が南雲を見詰める。だが、南雲は首を横に降る。
「しかし、戦闘機のない、裸の攻撃隊など出す訳にはいかん。陛下よりお預かりしている将兵を・・・私の大切な部下達を、むざむざ無駄死にさせる事などできん。ましてや、兵士のバランスも取れん攻撃機隊を出すなど、その攻撃戦果も挙がらん」
「長官・・・」
草鹿以下参謀達が南雲を見詰める。
南雲は静かにうなずくと、参謀達に命令した。
「ただちに攻撃機の爆装を雷装に変更せよ。だが戦闘機の収容を最優先。戦闘機の用意ができ次第逐次攻撃隊を発進させよッ!」
『了解!』
南雲の命令に草鹿達は敬礼すると、ただちに命令を各空母へと送る。
「至急各班に命令ッ! 第二次攻撃隊は、敵機動部隊に向かうッ! 爆弾をやめ、魚雷とせよッ! さらに上空直衛機を急速収容ッ! 全力を挙げて敵機動部隊に向かうッ!」
参謀達が走り回り、伝声管に命令を出し始めた。
赤城は南雲の決断には司令官としては反対。しかし、軍人としては賛成という複雑な心境だった。
確かに、戦闘機のない攻撃隊など出したくはない。だが、このままでは機動部隊壊滅という非常事態にもなってしまう。
苦渋の決断である。
「赤城・・・」
今の赤城には伊達の姿は見えていない。今、彼女はすさまじい葛藤をしていた。
ギュッと拳を強く握り、甲板から格納庫に消えて行く第二次攻撃隊を見詰める。
「早く、早く兵装転換が終わって!」
赤城は祈るように甲板を見詰め続けた。
「『上空直衛機ヲ急速収容。全力ヲ挙ゲテ敵機動部隊向カウ。艦隊針路ハ五〇度ニ変更。待機中ノ第二次攻撃隊ハ至急艦戦攻撃兵装ニ変更』」
その命令文を聞き、参謀達はただちに指示を出し始めた。だがそんな中、飛龍と山口は同じ、辛そうな目をしていた。
「時間がないというのに・・・司令部は一体何を考えているのだ・・・ッ!」
山口は悔しそうに甲板を睨み付ける。そこでは命令に従って並び始めたばかりの攻撃隊を再び格納庫に戻している最中だった。
艦橋の窓から格納庫に消えて行く艦載機を見詰め、飛龍はギュッと拳を握った。
「こんな事してたら、間に合わなくなる!」
飛龍は必死だった。
命令どおり兵装の転換をしていては敵空母に先手を打たれてしまう。何より先程ミッドウェー島から攻撃隊が襲って来た。という事は敵機動部隊にもこちらの位置情報が入っていてもおかしくはない。事は一刻を争っている。
ふと遠くを翔ける『蒼龍』を見た。『蒼龍』の甲板でも並べられていた艦載機が格納庫に収容されていた。
「姉さん。私、どうすればいいの?」
飛龍は泣きそうな顔で姉の姿を見詰めた。
自分には何もできない。
艦魂は艦の魂なのに、この艦体は、自分の意思では動かないのだ。
自分はいつも第三者でしかなく、傍観者でしかない。
自分はいつも見ているしかできない。
何かしたくても、自分では何もできない。これほど苦しいものはない。
飛龍は悲しげに瞳を揺らすと、まだ蒼い空を見上げた。
この時、蒼龍も同じ事を考えていた。
『蒼龍』艦橋では、蒼龍が軍刀を床に着いて葛藤していた。
「南雲長官。それでいいのですか? 本当にそれでいいのか?」
南雲の判断は甲乙付けがたいものだ。だが、蒼龍としては南雲の決断には反対だった。時間との戦いである航空戦でその時間を犠牲にするというのは本末転倒である。
セイロン沖海戦の教訓を、司令部は生かしていないのだ。
蒼龍は悔しそうに机の上に置かれた兵装転換の命令書を見詰める。
ふと窓の外を見ると、刹那の零戦が敵雷撃機を警戒して低空飛行をしているのが見えた。
蒼龍はそれを一瞥すると、今度は遠くにいる『飛龍』を見て、すぐ傍にいる敵空母の存在を恐怖に感じる。
「せめて、妹だけはお守りください」
蒼龍は胸の前で手を組んで必死に祈った。
もはや、彼女には神頼みしかできなかった。
再び攻撃機の爆装を雷装に転換する事になった機動部隊。
整備兵達は搭乗員や空母兵などと協力して急いで兵装の転換を行った。
だが、機動部隊の不運はまだ続いた。
ミッドウェー島を攻撃した第一次攻撃隊が戻って来たのだ。これにより状況はさらに悪化した。
まず第一次攻撃隊を収容し、続いて第二次攻撃隊の兵装の転換を行い、そして甲板に並べるという恐ろしく時間の掛かる作業となった。
四空母はどこもかしこも大混乱となっていた。
「飛龍ッ!」
「剣!?」
戻って来た第一次攻撃隊には剣の姿もあった。だが、彼は大慌てになっている艦内を見て漠然とした。
「い、一体どうなってるんだ?」
「敵空母を発見したそうです」
「何だってッ!? だったらすぐにも攻撃隊を出さないと!」
「それが――」
飛龍は彼がいない間に起きた出来事を離した。それを聞いた剣は驚愕する。
「そ、そんなッ! このクソ忙しい時に兵装の転換だなんてッ! 何で爆装のままの攻撃隊で行かないんだッ!」
「わかんないですよッ! 私にだって何がなんだか!」
慌てふためく剣に、飛龍も頭を抱えて叫ぶ。状況が全然わからないのはむしろ飛龍自身である。
「一体、何がどうなって・・・」
発狂しそうな飛龍を見て、剣は我に返る。
(ここで僕が慌ててたら飛龍も慌てる・・・ッ!)
「飛龍。とにかく僕は兵装の転換を手伝ってくるッ! お前も力を貸してくれッ!」
「わ、わかりました」
飛龍は剣に手を引かれて格納庫に向かった。だがそこは甲板の混乱をはるかに上回るもう一つの戦場だった。
「急げ! 急いで爆装を雷装に切り替えるんだ!」
格納庫はすさまじい事になっていた。整備兵はもちろん搭乗員や空母の一般の兵達までが動き回って兵装の転換を行っている。
今や『飛龍』だけでなく、『赤城』『加賀』『蒼龍』の全空母が同じ状態だった。
「急げッ!」
「班長! 取り外した爆弾はどうすれば!?」
「ほっとけ! 今は急いで魚雷を装着するんだ!」
「はいッ!」
兵達が全速力で格納庫内を動き回っている。
格納庫の中には雷装前の飛行機や、雷装が完了した飛行機、爆弾、魚雷等が大量に放置されていた。
「とても間に合いません!」
「バカ者! 弱音を吐くな!」
整備兵は死に者狂いで作業を続けていた。
「・・・こりゃひどいなぁ」
剣は目の前の現実に唇を噛んだ。
もはや統制なんか執れてはない。ただひたすら兵装の転換を行う為だけに集中し、皆ただそれだけを行っている。
あちらこちらで「爆弾はまだかッ!」「人手が足りないッ!」「おい早くしろッ!」「邪魔だッ!」など悲鳴に近い怒号が飛び交っている。
呆然とする二人だが、飛龍は慌てて我に返る。
「と、とにかく急いで手伝いましょうッ!」
「あ、ああッ!」
二人は慌てて荒れ狂う格納庫の中に飛び込んだ。
この魚雷から爆弾へ、そしてまた爆弾から魚雷へ変更した時間のロスと、さらに弾薬庫にしまう暇がなく、大量に放置された爆弾と魚雷、飛行機、これが機動部隊の決定的な致命傷となった。
「飛行長! 発艦にはあとどれくらいかかる!?」
『あと五分! あと五分で何とか・・・ッ!』
「よしッ! あと五分で発艦できます!」
その言葉に、山口は耐え切れずに艦橋の外の吹きさらしの通路に出た。そこからは甲板に並び始めた攻撃隊が見れた。
飛龍もそこから攻撃隊を見詰める。そして、待ちに待ったその時が来た。
「よしッ! 第二次攻撃隊発艦開始!」
山口は命令し、飛行機のプロペラを回転し始めた。
――まさにその時だった。
『敵機! 雲の切れ間から直上! 急降下!』
見張り兵の声と同時に、グオオオオオォォォォォンッ! という降下音がし、甲板の兵が上空を見上げると、雲の切れ間から敵機が急降下して来た。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
加来が伝声管に向かって叫ぶ。
艦が大きく左に曲がって敵機を回避する。
水柱が高く上がり、『飛龍』はその中を逃げ回る。
艦橋から敵機を睨み付ける飛龍は唇を噛んだ。
「やっぱり来たか・・・ッ!」
飛龍は軍刀の先端をダンッ! と床に叩き付ける。
無数の水柱群の中を『飛龍』は翔ける。
『敵機急降下!』
上空から敵機が流星のように次々に急降下して来る。
「面舵いっぱぁぁぁいッ!」
『飛龍』は大きく蛇行して敵機を回避する。
機銃や高角砲が火を噴き、必死に弾幕を張って敵機を撃ち落とす。
飛龍は軍刀の先端を床に付けたまま天空を睨む。
「こんな所で殺られてたまるかあああぁぁぁッ!」
次の瞬間、すさまじい大爆音が響いた。
『敵機直上! 急降下!』
見張り兵が伝声管に叫んだ。
見張り兵の断末魔の叫びが艦橋に響いた。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
青木が大声で叫んだ。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
信号官が伝声管に叫ぶ。
『赤城』は左に敵機を回避したが、すぐにまた敵機が向かって来た。
赤城は窓から急降下して来る敵機を睨む。
「面舵いっぱぁぁぁいッ!」
『面舵いっぱぁぁぁいッ!』
『赤城』は左右に蛇行し、必死で回避行動をする。
『敵機直上! 急降下!』
敵機数機が一気に急降下して来た。
赤城の顔が真っ青になる。
「ち、近すぎるッ! 回避が間に合わない!」
急速に接近してくる敵機は一気に大きくなる。
「赤城ッ!」
伊達が赤城の肩に手を掛けたその瞬間――
ドガアアアアアァァァァァンッ!
「があッ!」
『赤城』の甲板が数度爆発した瞬間、赤城は吐血を吐き、背中の数ヵ所からすさまじい鮮血が飛び出た。
「赤城ッ!」
伊達が崩れる赤城の体を寸前で受け止める。
「赤城! しっかりしろ!」
「うぐッ・・・伊達少佐・・・がはッ!」
赤城は血の塊を吐いた。
『甲板中部! 第二エレベーター付近に爆弾命中! 大破!』
被害状況が伝わってきたが、それはほんの序章にしかすぎなかった。
突然、ドガンッ! ドガンッ! ドガアアアァァァンッ! という連続した爆発が、しかも内部から起きた。
「があああぁぁぁッ!」
その瞬間、赤城はこれまで以上に吐血を吐き、背中の肉が砕けた。
「おいッ! しっかりしろッ!」
「ゲホッ! はぁ・・・はぁ・・・ゲホッゴホゴホッ!」
すさまじく咳き込み、吐血を繰り返す。
体中からおびただしい量の鮮血が飛び出て、赤城の華奢な体が真っ赤に染まっていく。
「報告! 格納庫内の爆弾、魚雷、飛行機に誘爆した模様!」
「何だとッ!?」
草鹿は蒼白な顔で驚愕する。
その間も誘爆が続き、『赤城』の甲板が吹き飛び、赤城の体から鮮血が飛び出る。
『第二格納庫炎上中!』
『第一格納庫に誘爆! 火災拡大中!』
『第二火薬庫炎上中!』
『第三格納庫に火災拡大! 誘爆!』
次々に被害報告が入って来る。
青木が必死で操艦をしているが、さらに一発爆弾が後部甲板に命中した。
「あああぁぁぁッ!」
赤城の右足から鮮血が飛び出て、赤く染まりってだらんとする。
「あぐぁッ! うぐッ、い、痛い・・・ッ!」
赤城は苦悶の表情を浮かべ、目の縁ににはたっぷりの涙を浮かべていた。
「赤城! しっかりしろ!」
焦点を失った瞳で、赤城は伊達を見る。
「・・・伊達・・・少佐・・・ッ! みん・・・なは?」
この『みんな』とは、他の艦艇の事だろう。
赤城の部下を想う気持ちがひしひしと伝わって来た。
だが、伊達は残酷な事を言わなければならなかった。
唇を噛み、言葉にするのも辛そうに、伊達は言う。
「『加賀』『蒼龍』が被弾。爆発炎上。『飛龍』のみ無事だ」
「そん・・・な・・ッ!」
赤城が驚愕する。必死に立とうとするが、もう体に力が入らなかった。
空母『赤城』は一瞬にして火に包まれて、戦闘不能となった。
一方、空母『加賀』も四発の爆弾を被弾していた。しかも艦橋近くにあった燃料車に爆弾が命中。爆発して艦橋を吹き飛ばし、艦長以下指揮陣は総員戦死していた。
加賀は炎上する甲板の上に倒れていた。
身体中真っ赤に染まり、ぐったりとその場に横たわっている。
体にはもう力が入らず、意識ももうろうといていたが、艦内からの誘爆の痛みで何とか意識を保っていた。
「私は・・・死ぬの? ここで、死んじゃうの・・・?」
吐血をしながら、加賀は泣いていた。
仇を討ちたい。
死んで逝った搭乗員達の為にも、自分は仇を討ちたい。
でも、もう体に力が入らない。もう戦えない。
自分には死が近い。自分の体は自分が一番よくわかる。
「赤城も蒼龍も、もう戦えない。あとは、飛龍だけ」
加賀は首だけ動かし、雲の向こうにいる『飛龍』を見詰める。
「飛龍。あとは、任せたよ・・・ッ!」
加賀は血と涙を流しながら飛龍に思いを託した。
『飛龍』の義姉艦『蒼龍』も三発の爆弾を受けて甲板が炎上して戦闘不能になっていた。
蒼龍も防空指揮所の手すりに寄り掛かりながら何とか立っているというような状態だった。
「ここで、倒れる・・・訳には・・・ッ!」
ドガンッ! ドガンッ! ドガアアアァァァンッ! と内部からすさまじい爆発が起こり、蒼龍はすさまじい量の吐血を吐いてその場に倒れた。
仰向けになって天空を見上げると、空は憎たらしいほど青く、嬉しくなるほどきれいな快晴だった。その空に、今しがた自分を攻撃した爆撃機を次々に撃墜する零戦が見えた。
「刹那・・・」
彼に会いたい。
なぜかそんな想いが胸を満たしていた。
彼の笑顔を見たい。彼の声を聞きたい。
蒼龍は泣きながら次々に敵機を撃ち落とす零戦を見詰める。
身体中に激痛が走る蒼龍は手すりと手すりの隙間から遠く微かに見える義妹を見る。
「飛龍。せめて、せめてあなただけは・・・あなただけは、助かって・・・ッ!」
泣きながら、蒼龍は姉として妹の無事を祈った。
『『赤城』『加賀』、続いて『蒼龍』被弾! 爆発炎上中!』
見張り兵の報告に、艦橋の者は無我夢中で三隻の空母を見詰める。
三隻の空母は自らの艦体の長さよりも高い火柱を上げていた。
「姉さんッ! 赤城さんッ! 加賀さんッ!」
飛龍は狂ったように三人を呼びまくる。
「くそッ! だから爆装のままで発進させろと言ったのに!」
山口は作戦机をぶっ叩いた。コーヒーや灰皿が宙を舞い、床に飛散した。唇を噛み、濡れた瞳をギラギラと怒り輝かせていた。
「司令! 機動部隊は壊滅したも同然です! 撤退しますか!?」
加来は真剣に聞いて来た。彼はもう戦意を喪失しているのだ。
しかし、、山口は加来の弱気な態度に激怒した。
「バカ者! 仲間が殺られたのに撤退なんかできるかッ!」
「しかしッ!」
「貴様! 仲間が殺られたのに、悔しくないのか!?」
「そりゃあ悔しいですよッ!」
加来は悔しそうに叫んだ。拳を白くなるほど強く握り、唇をキッと噛んだ。
「悔しいですよ・・・ッ!」
震える加来の肩をそっと山口は叩き、顔を上げた加来に静かに微笑んだ。
「なら、仇を討とう! 日本機動部隊の意地を見せてやろう!」
「・・・はいッ!」
加来はうなずいた。山口もうなずいて伝声管に向かって叫んだ。
「全兵に告ぐ! 全兵に告ぐ! 機動部隊の空母は、我が『飛龍』を除いて全滅した! だが、我々にはまだ『飛龍』があるッ! 味方空母の仇を討とう! 私は独断で攻撃隊を編成するッ! 最後の最後まで戦い、日本機動部隊の意地を見せ付けてやろうッ!」
その瞬間、おおおおぉぉぉぉぉッ! という兵達の咆哮が艦を揺らした。
「そうだ、最後まで戦うんだ」
山口は窓から空を見上げ、命懸けの決意をした。
そんな山口の横では、彼の決意に飛龍が涙していた。
山口のおかげで三人の仇を討てる。今の飛龍にとってこれほど嬉しい事はなかった。
「山口司令・・・ッ! ありがとうございます・・・ッ!」
飛龍は山口に何度も感謝し、遠くの洋上で炎上している三隻の空母を見詰める。
「必ず、姉さん達の仇を討つ・・・ッ!」
飛龍は三隻に向かって敬礼した。
山口は炎上する三隻を一瞥し、通信参謀を向く。
「南雲司令長官に無電!『我、今ヨリ航空戦ノ指揮ヲ執ル』!」
「了解!」
通信参謀は急いで通信室に命令した。
機動部隊壊滅の報は主力部隊にも伝えられた。
「機動部隊より無電!『我ガ部隊、空母『赤城』『加賀』『蒼龍』被弾。既ニ戦闘力無シ』!」
『何だと!?』
旗艦『大和』の艦橋に戦慄が走った。
「機動部隊が壊滅だと!?」
宇垣は伝令兵に迫ると、伝令兵も蒼白な顔で何度もうなずく。
「・・・で? 『飛龍』はどうなっている・・・?」
山本は無理して冷静を保っているようだった。
「はい。『飛龍』はいまだ健在だそうです」
伝令兵の言葉に、山本は「最悪の事態は避けられたな」と言った。
伝令兵は敬礼して艦橋を去った。
艦橋に重い空気漂っている中、大和は狂ったように翔輝に迫っていた。
「少尉! 赤城さんが、加賀さんが、蒼龍さんが!」
「お、落ち着けッ! 連合艦隊旗艦がうろたえるなよ!」
「だって、だって・・・ッ!」
大和はもう混乱していて、指揮官としての能力を失っていた。
涙を流し、必死に翔輝の胸倉を掴んで揺する。
「赤城さんが・・・ッ! 加賀さんが!」
「落ち着けってば!」
大和は完全に正気を失っている。
翔輝が必死で大和をなだめていると、山本がやって来た。
「長谷川君。どうした?」
さっきから必死に何か言ってる翔輝を見て、何か異変に気づいたのだ。
「ちょ、長官! 大和が錯乱してしまって・・ッ!」
「錯乱?」
「空母三隻が壊滅したと聞いて、その三空母は大和の知り合いなんです!」
「そうか・・・」
山本は翔輝が必死になって押さえている見えない少女を見る。
「大和」
山本の声で大和は暴れるのをやめた。
「長・・・官・・・ッ!」
「大和。機動部隊を助けに行くぞ」
山本はそうはっきりと言った。
その言葉に、大和はしずかにうなずいた。
「・・・はい」
山本はうなずき、高柳や参謀達に命令した。
「全艦! 機動部隊に向けて前進全速!」
『了解!』
参謀達が命令を出すと、大和もようやく正気を取り戻した。涙を拭き、キッと顔を引き締める。
「少尉。みなさんを、助けに行きますよ」
「あぁ、その意気だ」
大和は翔輝の腕を離れて窓の外を見詰める。
「待っててください。今すぐ救援に向かいます」
主力部隊は全艦最大速度で海を蹴った。 |