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艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第四章 第二節 始動 史上最大の作戦


 一九四二年五月二七日、第一航空艦隊こと第一機動部隊が柱島から出港しようとしていた。
『第十戦隊出港しまーす!』
『第八戦隊出港しまーす!』
『第四駆逐隊出港しまーす!』
『第三戦隊出港! 戦艦『榛名』発進を確認!』
 第二航空戦隊旗艦――空母『飛龍』の艦橋に続々と各戦隊出港の報が入り、今まさに『飛龍』も出撃しようとしていた。
『『加賀』! 前進微速!』
 前方に止まっていた『加賀』が後部から白波を立てて前進を始めた。
『南雲司令長官より入電!『第二航空戦隊出港セヨ』!』
 ついに『飛龍』にも出港命令が下った。艦橋から外を見ていた飛龍にも緊張が走る。この戦いがこの戦争を左右するのは、誰もがわかっていた。当然飛龍も理解している。だからこそ、全力で戦わなければならない。
「ついに、決戦ね」
 軍帽を深く被って天空を見詰める。
「よしッ! 錨上げッ!」
 空母『飛龍』艦長加来止男かくとめお大佐が伝声管に向かって叫んだ。
 第二航空戦隊司令官山口やまぐち多聞たもん少将は司令席に座ったまま窓の外の艦隊を眺めていた。
『錨収納完了! 出港用意完了!』
 加来はうなずき、後ろに座ってる山口を見る。山口も加来を見てゆっくりとうなずいた。
 加来は機関室直結の伝声管に向かって叫ぶ。
「『飛龍』発進! 両舷前進微速!」
『両舷前進全速!』
 『飛龍』は煙突から黒煙を上げながら白波を立ててゆっくりと前進を始めた。
 飛龍は左に流れる景色を一瞥し、横を一緒に翔ける義姉艦『蒼龍』を見る。『蒼龍』は煙突から黒煙を上げて勇ましく海を翔けていた。その甲板の上にいた少女を見て、飛龍の顔に自然と笑みが零れる。
「姉さん。がんばろ」
 飛龍の声は勇ましい汽笛の中に消えた。
 二十数隻の大艦隊を見詰め、飛龍は静かに微笑みかけた。

 空母部隊の先頭を翔ける第一航空艦隊旗艦・空母『赤城』の艦橋には機動部隊司令長官南雲忠一中将、同参謀長草鹿龍之介少将以下の機動部隊司令部が陣を取っていた。その中にはこの艦の艦魂である赤城もいた。
「長官、いよいよですね」
 草鹿の言葉に、南雲は静かにうなずく。
「あぁ、参謀長。いよいよ敵空母を殲滅する時が来たよ」
「この戦いで、全てを終わらせましょう」
「そうだな・・・」
「長官?」
 どこか遠い目をする南雲に草鹿が不思議そうに首を傾げる。
「この戦争が終わったら、私はもう一度、巡洋艦に戻りたいな」
「長官・・・」
「草鹿君。君にはいつも頼ってばかりですまんな。私のような航空機の素人がこんな見えない敵を相手に戦うなんて夢にも思っていなかった。今までこうして勝ち続けられたのも、優秀な搭乗員達と、優秀な参謀達。そして、君のおかげだ」
「そんな。長官のすばらしい艦隊指揮が我々をここまで導いてくださったのです」
 草鹿の言葉に、南雲は「ありがとう」と礼を言う。
 蒼い海を翔ける自分が指揮する艦隊を見詰め、南雲は小さく微笑んだ。
「皆すばらしい部下達だ。私は誇りに思う。あんなに若々しく勇ましい部下達と共にいられるなら、機動部隊の司令長官も満更でもない」
 そう言って、南雲はまわりを走る艦艇一隻一隻を見詰める。その瞳には子を想う親のような温かなものが含まれていた。
「この作戦が終わったら・・・私は山本長官に謝らなければいかん」
「山本長官にですか?」
「ああ、私は以前ロンドン海軍軍縮条約の際に、艦隊派(条約反対派)に属していてな、条約派(条約賛成派)にいた山本長官や井上中将と毎日のように揉めていたんだ。言うなれば、私は山本の敵。なのに彼は、こんな私を第一航空艦隊司令長官という大役を任せてくれた。もちろん先任だったという理由もあるが、私は彼に感謝している。だがな、ひとつ不満を言うとすれば、私は水雷戦隊や巡洋艦部隊を指揮したかったな。私は見える敵しか攻撃できない、不器用な指揮官だ」
 悲しそうに微笑む南雲に、草鹿以下参謀達は黙ってしまう。もちろん、傍から聞いていた赤城も南雲の突然の言葉も黙っていた。
「長官は、この作戦が終わったら、我が艦隊の司令長官をお辞めになるんですか?」
 参謀の言葉に、南雲は首を傾げる。
「さあな。できればそうしたい気持ちもある。ここは私の居場所ではないからな」
「長官・・・」
「だがな、君達のような信頼できる部下がいる艦隊を、むざむざ誰かに任せたくはないな。もう一年の付き合いだ。愛着がわくのは当然だろう?」
 南雲の子供のような笑みに、草鹿達も嬉しそうに微笑んだ。
「そうだ。もし私が巡洋艦部隊を任されたら、機動部隊の護衛に参加してやろう。私の水雷屋としての力量を、お前達に見せてやる。驚くぞ? 私の命令で放たれた魚雷は百発七〇中だ」
「ずいぶんリアルな命中率ですね」
 草鹿の言葉に、南雲や参謀達は大笑いした。
 これが日本の未来を左右する大作戦の出撃の風景にはとても見えない。
 笑う部下達に、南雲は「ほら、いつまでも笑っとらんで仕事に戻りなさい」と言う。
 自分の仕事に戻った部下達を一瞥し、南雲はふと後ろに遠ざかる日本を見る。
「・・・もしも、どこかの艦隊を任される事になったら・・・その時は、戦艦『大和』を指揮してみたいな」
 南雲はそうつぶやくと、離れていく日本に向かって見事な敬礼をしてみせた。そんな自分達の司令長官の背中を見詰め、草鹿達も敬礼した。
 赤城も遠く離れていく祖国に向かって敬礼する。
「見ていてください長門司令! 必ず敵空母を沈めてみせます!」
 天高く響いた赤城の声は、汽笛の音の中に溶けていった。

 横を走る『飛龍』を見て、蒼龍は静かに微笑んだ。
「いよいよ、敵機動部隊との決戦ね」
 海風が蒼龍の肩ほどまでの髪をさらさらと揺らす。その時、海を見詰める蒼龍に近づく人影があった。
「蒼龍」
 声をかけたのは刹那だった。いつものように茶色い飛行兵の服を着ている。
 刹那の声に振り返りもせず、蒼龍は背を向けたまま口を開く。
「なあ刹那」
「何だ?」
「・・・必ず、勝利しよう」
「当然だろう? みんなその気満々だもの」
 刹那の言葉に、蒼龍は「そうね」と小さくつぶやく。そんな蒼龍に刹那は不思議そうに首を傾げる。
「蒼龍、もしかして怖いのか?」
 刹那の問いしばし蒼龍は沈黙したが、ゆっくりと首を縦に振った。
「ええ、怖いわ。何せ敵は私達と同じ機動部隊。今までの相手とは勝手が違うのよ・・・翔鶴達もこんな恐怖を感じていたのかしら」
 蒼龍のいつになく弱気な言葉に、刹那は困ったように頬を掻く。
「うーん、僕はただ敵機を撃ち落とすだけだからな。敵が機動部隊だろうと基地航空隊だろうとやる事は変わらないからな、あんまりピンとこないな」
「・・・そう」
「――でも」
 刹那は蒼龍の肩を持ってこちらに向かせる。驚く蒼龍に、刹那は優しく微笑む。
「そんなに敵の艦載機が怖いなら、僕が全部撃ち落としてやる。お前に降りかかる火の粉のような敵機を、僕は全部撃ち落としてやる。だから、安心しろ」
 刹那の言葉に、蒼龍は戸惑ったような顔をするが、すぐに苦笑する。
「あなたがいくらがんばっても、あなた一機じゃ落とせる敵機の数なんて知れてるでしょ?」
「関係ないよ。一機だろうが十機だろうが、二〇mm機銃で落としてやる」
 自信満々に言う刹那の言葉に、蒼龍は呆れた顔をする。
「あなたは本当にバカな人ね」
「な、何だよ。人が心配してやってるってのに!」
 刹那は頬を赤くして怒る。せっかくかっこいいセリフで励ましたのに、それをバカにされたからだ。
 隣で怒る刹那に蒼龍はそっと背を向けると、静かにうつむく。
「ありがとう・・・」
 頬をほんのりと赤らめた蒼龍の小さな声は、波音の中に溶けていった。

 機動部隊護衛部隊には戦艦『榛名』『霧島』も参加していた。
 戦艦『霧島』の艦橋に霧島はいた。
 横を翔ける空母部隊を見て、霧島は少し怖いのを隠して気合を入れる。
「この作戦が成功すれば、戦争は終わる。がんばらなくちゃ!」
 霧島の望みはただ一つ。
 ――戦争を終わらせ、日本を平和にする事――
 ただ、それだけだった。
「だから、なんとしてでも空母は守らないと」
 自分は連合艦隊でも古参組に入る重鎮である。だからこそ、自分がしっかりしないといけない。そんな想いが心の中で大きくなる。
「私ががんばらないと」
「まあ、がんばるのもいいけどよ。あんまり無理すんじゃねぇぞ」
 その声に振り返ると、そこには「よっ」と片手を上げて笑う榛名がいた。
「姉さん」
 榛名は霧島に近寄ると、その背中をボンッと力強く叩く。そのあまりの勢いに霧島は耐えられずにすっ転んでしまった。
「あ、悪ぃ」
 榛名は悪びれた様子もなく無邪気な笑みを浮かべる。
 一方、榛名に突き飛ばされて顔面から床に激突してしまった霧島は「も、もう姉さんッ!」と打ち付けた鼻を押さえて怒る。
「いきなり何するのよッ!」
「あはは、ごめんごめん。またおまえがまじめそうな顔をしてたからさ」
「これから大作戦に向かうのにまじめな顔をしてない方がおかしいと思うけど」
 そう言って霧島は榛名をじーっと見詰める。すると榛名は豪快に笑った。
「あっはははははッ! 俺はこれでも緊張してるんだぜ?」
「どこが?」
「もう緊張しすぎて嬉しくて、もう笑うしかないだろ?」
「もう、姉さんったら」
 霧島は呆れるが、同時に小さく笑みを浮かべた。
 自分だって史上最大の作戦に緊張していたのだ。それがいつもと変わらない姉の姿を見て解けた。
 榛名は肩が軽くなった妹を見て静かに笑みを浮かべる。
「あんまり無理すんじゃねぇぞ。何かあったら俺がなんとかしてやるさ」
 榛名の言葉に、霧島は少し照れたようにうなずく。そんなかわいい仕草をする妹を見て榛名も照れ隠しなのか頬を掻く。
「ま、まあ俺は比叡姉さんと違って不器用だからさ。お前に迷惑をかけちまうかもしんねぇけど、でも、俺はお前の力になりてぇんだ。それだけは、わかってくれ」
「・・・わかってるよ。姉さんの気持ち」
 霧島は嬉しそうに微笑むと、そっと榛名に抱き付く。驚くのは榛名だ。
「お、おい霧島」
「姉さん、これからも・・・姉さんの事、頼ってもいい?」
 霧島の不安そうな瞳に、榛名はニッと笑みを浮かべる。
「もちろん。どんどん頼ってくれ」
「ありがとう、姉さん」
 頼れる姉の腕の中で、霧島は嬉しそうに微笑んだ。そんなかわいい妹の身体を榛名は抱き締め、小さく笑みを浮かべていた。 

 真珠湾以降幾多の戦いを生き抜き、勝利を導いてきた機動部隊は今回も連合艦隊の希望として出撃した。
 誰もが勝利を疑わず、作戦の成功を信じていた。
 第一航空艦隊は、空母『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』の四隻の空母中心として部隊を編成し、勇ましく柱島を出撃した。
 
 ――だが、勇ましく出撃した四空母は、これが最後の姿となってしまった――

 五月二九日、機動部隊に続いて主力部隊が出港の用意を始めた。
 連合艦隊第一戦隊には連合艦隊旗艦・戦艦『大和』他『長門』『陸奥』。第一艦隊第二戦隊に戦艦『伊勢』『日向』『扶桑』『山城』。第二艦隊第三戦隊第一小隊に戦艦『金剛』『比叡』が配置された。
 そんな主力部隊が出港の用意をしている中、艦魂達は旗艦『大和』の甲板に集まっていた。
「これが私達の初陣ねぇ」
 長門が嬉しそうに言う。彼女の言うとおり、『長門』はこれが初めての実戦出撃であった。なんやかんやで日本は平和だったので、長門他の主力部隊は戦闘が初めてだったのだ。
「やってやるぞぉッ!」
「日本の駆逐艦の性能は世界一よ!」
「日本海軍最強兵器酸素魚雷の威力を見せてやる!」
 駆逐艦達が嬉しそうに歓喜している。やはり兵器の魂である艦魂は戦いを好むらしい。
「で?」
 そんな駆逐艦達から少し離れた所にいる戦艦艦魂達。そこには翔輝の姿もあった。仕事中の所を無理やり大和達に引っ張られて来たのだ。
「で、とは?」
 かなり迷惑そうな顔をしている翔輝に大和が不思議そうに訊く。彼女はどうやら翔輝の不安なんて全然わかってはいないらしい。
「あのさ、僕出港するから艦橋に行かなくちゃいけないんだけど」
 翔輝が少し怒ったような顔で大和を見るが、大和は気にした様子もない笑みで翔輝を見詰め返す。
「まぁまぁ、それは一旦置いといて」
「置いとけないよ! 航海長に怒られるんだよ!」
 仕事中だったの無理やり連れて来られたので仕事を放棄した事になる。そんな事になったら航海長に怒られるのは必然である。
 慌てる翔輝を金剛が不機嫌そうに睨みつける。
「ここにいろ。今から出撃式をやるのだからな」
「し、しかし・・・ッ」
「私は艦魂だが戦艦の艦魂だ。戦艦は人間の階級にすると佐官だぞ」
「何その無理やりの設定!?」
 金剛曰く戦艦・正式空母が士官。巡洋艦・水上機母艦・潜水母艦・改装空母・軽空母が下士官。駆逐艦・潜水艦・その他小型艇(水雷艇・輸送艦等)が水兵らしい。
 金剛の説明を聞き、翔輝は苦笑いしながら大和を見る。
「それじゃ、連合艦隊旗艦のお前は大将じゃん」
 その階級差は九もある。常識だと話せるような階級差じゃない。ましてや敬語抜きだと切腹ものである。
 翔輝の言葉に大和は恥ずかしそうに顔を赤くする。
「そ、そんな・・・大将だなんて・・・ただ艦魂の艦種を階級に直しただけですよ」
「直しただけって、じゃあ事実って事じゃん」
「あ、いや、そのぉ・・・」
 翔輝から視線を外す。どうやら自分から地雷を踏んでしまったらしい。
「まぁまぁ気にしない気にしない。みんな仲良くね?」
 長門が罪のない笑みを向ける。そんな長門を見て陸奥が少し怒ったような顔をする。
「お姉様。緊張感なさ過ぎです。これから世紀の大作戦におもむくというのに」
「陸奥。リラックスリラックス」
「敵性国の言葉は慎むように」
「えー、つまんなーい」
 相変わらず長門はのん気だ。そんなひたすらボケキャラの長門を抑えるツッコミキャラの陸奥はとても大変そうだ。きっとすごく苦労しているのだろう。
「・・・もうやめてぇな」
「あーん、伊勢ちゃーん」
 ここにも一人ものすごく苦労している人物がいた。本当に伊勢はいつもかわいそうである。
「山城お姉ちゃん♪ がんばろうね?」
「・・・」
 博愛主義者(決して変な意味ではない)である日向は山城に対しても愛情表現が直球勝負。抱き付いて離れようとしない。そんな日向に抱き付かれている山城は嫌そうな顔をしているが、顔がほのかに赤い。実はそんなに嫌じゃなかったりする(扶桑のは本当に嫌らしいが)。
「おい大和。出撃の演説をしたらどうだ?」
「え、あ、はいッ!」
 大和は急いで全甲板の演説台に向かう。そこに上がると仲間内で話していた艦魂達の目が一瞬で自分に向いた。その不特定多数の視線に大和は緊張のあまり硬直する。
「あ、その・・・ッ」
 元々あまり前に出て何か言うようなキャラじゃないのだ。一応連合艦隊旗艦なので人の前に立つのが当然なのだが、大和はその辺は完全に抜けている。
 無数の視線を感じ、大和は何も言えなくなる。
 それはもう緊張ではなく恐怖である。
 喉が渇き、汗が吹き出て、呂律が回らなくなる。
(そ、そんなに見ないでよぉ)
 もう泣きたくなってきた。その時、自分を見詰める群集の中に翔輝を見つけた。翔輝は大和と視線が合うとにっこりと微笑み、親指を立てる。
 がんばれ、そう言ってくれてるようで、たったそれだけの事なのに大和の胸にはとても温かいものが込み上げ、それは勇気となった。
(私、がんばりますッ!)
 大和はキッと正面を向く。真剣にこちらを見詰めている全員をゆっくり見回し、そして全員に聞こえるような大声を上げた。
「先日、第三七回海軍記念日に機動部隊が出撃しましたッ! そして今我々も、次の大作戦に向けて出撃しようとしていますッ! 本作戦の目的はミッドウェー島を奇襲攻略! 我が軍の太平洋戦線に対する前線基地を確保するものですッ! 機動部隊は予定攻撃地点に到達後、同島を空襲! 所在の敵航空兵力、及び基地施設を殲滅! その後、我々主力部隊が同島を攻撃! 残存兵力を完全撃滅! 随伴している攻略部隊で同島を占領! なお、これにより、必ずや出撃したる敵艦隊! 空母を中心とするアメリカ主力艦隊を迎え撃ち、これを完全殲滅すするのが最大の目的ですッ! 今作戦は、日本海軍の全戦力を結集して実施されます。すなわち、山本連合艦隊司令長官直卒の、戦艦『大和』を始めとして、参加艦艇三五〇隻! 航空機一〇〇〇機! 参加将兵約十万人! まさに、世界海軍史に例のない、大艦隊の出撃ですッ! 皇国の荒廃は、まさにこの一戦にありッ! 気を引き締めて望んでくださいッ! 終わり」
 連合艦隊旗艦である大和の勇ましき演説の後、、誰が言ったでもなく全員が見事な敬礼をした。大和もそれに応えて見事な敬礼を返す。
 翔輝は微笑しながらその場を離れた。
 なぜだか、自分はこの場にいてはいけないような気がしたのだ。やはり、艦魂と人間は違うのだと、改めて理解した。
 そして、なぜだか大和がとても遠くに思えた。
 立派になった大和と、何も変わらない自分。その差が翔輝の心を少なからず痛めていた。
「大和。がんだれよ」
 翔輝はそう言って微笑むと、静かにその場を去った。
 余談だが、この後翔輝は急いで艦橋に向かったが、結局航海長にこっぴどく怒られた。

 出撃式が終わると、大和は艦橋に移った。
 艦橋には山本五十六連合艦隊司令長官、宇垣纏同参謀長がいた。そして、そんな艦橋の隅に翔輝はいた。
「もう少尉ッ! 勝手にいなくならないでくださいよ――って、あれ?」
 大和は怒りながら翔輝の隣に駆け寄った。すると、翔輝は少し肩が落ちて目が赤くなっていた。
「どうしたんですか? 何か目が赤いですよ?」
「お前のせいで航海長に怒られた」
 その返事に大和は申し訳なさそうに頭を下げる。
「それはすみません。って、泣いてたんですか?」
「泣きたくもなるよ。航海長は怒るとものすごく怖いんだから」
「・・・本当にすみません」
 さすがの大和も翔輝のあまりのやつれっぷりに何も返せなくなってしまった。
 大和がどう謝ればいいか考え始めた刹那――事件が起きた。
「何を一人でぶつぶつ言っとるんだ?」
 いきなり会話を断たれた二人は、話し掛けて来た人物を見て悲鳴を上げた。
 それは――山本五十六連合艦隊司令長官その人だった。
「ちょッ! 長官ッ!?」翔輝は悲鳴に似た――いや、悲鳴そのものを上げた。
「にゃあああぁぁぁッ!」大和が常人には聞こえないからと意味不明な叫び声を上げる。
 そんな二人(山本にとっては翔輝一人)の意外な反応に山本は怪訝そうな顔をする。
「何を驚いておる?」
「すみませんッ!」
 ともかく謝ろう。ともかく謝れば何とかなる!
 翔輝は全力で謝罪する事に決めた。まずは土下座からだろうか。
 山本は混乱しているようだったが、今の翔輝にはそれを知る由もない。
 しかし、救いの手はちゃんと差し伸べられた。
「長官。彼は艦魂を見る事ができるのです。おそらく今、『大和』の艦魂と話しておられたのでしょう」高柳艦長が笑顔で言った。
「艦魂を? それはおもしろい。私の知り合いにも何人かそういう奴がおったな」
 山本は高柳の言葉を信じ、嬉しそうに微笑むと改めて翔輝を見る。
「君。名は何と言う?」
 山本の問いに翔輝は敬礼して答える。
「はッ! 長谷川翔輝航海少尉であります!」
「長谷川君。今大和と話していたのかい?」
「はい! そうであります!」
「何の話をしていた?」
「はい! 自分が航海長に怒られた事を話しておりました!」
「おいいいぃぃぃっ!」航海長がかなり焦った声を上げた。
 そんな情けない話を真剣に言う翔輝を見て、山本は豪快に笑った。
「ははは、そうかそうか。じゃあこれからは怒られないように努力せよ」
「はいッ!」
 山本は身を翻そうとしたが、ふと翔輝に視線を戻す。すると山本は少し照れくさそうな顔をしながら翔輝に言う。
「長谷川君。今大和はどこにいるんだ?」
 その言葉に、大和の口からある平仮名が出た。
「はい。今も横にいますけど」
「そうか」
 山本は翔輝の横、彼には何も見えないが、大和がいる所を見る。
 優しい顔で、とても優しい顔で大和を見詰める。
「大和」山本は優しい笑みを大和に向ける。そして、
「一緒にがんばろう」
「はいッ!」
 山本は聞こえないはずだが、微笑して去った。
 司令官席の前に立った山本は、先程のような優しい笑顔ではなく、連合艦隊司令長官の顔になっていた。
「高柳君」
 山本は高柳の目を見る。高柳はうなずき、機関室直通の伝声管に叫ぶ。
「『大和』発進! 両舷前進微速!」
 『大和』の巨大な艦体が白波を立てて動き出した。
 『大和』の後を『長門』『陸奥』、さらには数百の艦艇が続く。
 甲板には軍楽隊が陣を取って『軍艦行進曲』を演奏している。
 日本海軍史上最大の出撃に、その曲はすばらしく合っていた。
 勇ましく軍艦行進曲が鳴り響く太平洋の海を進む数百の艦艇。それは日本海軍のほぼ全戦力であった。その中央に、史上最大最強と謳われる超弩級不沈戦艦――戦艦『大和』がその雄姿を堂々と輝かせていた。
 世話しなく人が動き回る艦橋の中で、大和はそっと翔輝の手を握った。翔輝もそっと握り返す。
 二人は互いを見合うと、静かに微笑んだ。

 参加艦艇三五〇隻、航空機一〇〇〇機、参加将兵十万人という空前絶後の大艦隊が参加する作戦が発動した。
 日本海軍史上――いや、世界海軍史上最大規模の大作戦であった。
 太平洋の海を埋め尽くす赤い日の丸の旗。
 当時世界最強と謳われた大日本帝国海軍の全戦力がアメリカという強大な敵に対し襲い掛かろうとしていた。
 日本海軍にとって、絶対に負けられない戦いが幕を上げたのであった。

 ――しかし、それが最悪の結末になる事を、まだ誰も知







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