艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(16/114)PDFで表示縦書き表示RDF


艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第三章 第二節 悲しみの傷跡


 史上初の空母決戦となった先の海戦――珊瑚海海戦での戦果を、瑞鶴は連合艦隊旗艦である大和に報告した。
「戦果は空母、駆逐艦、油槽船それぞれ一隻撃沈。空母一隻中破させました。しかし我が方も軽空母『祥鳳』沈没。正式空母『翔鶴』が中破しました。被害が大きかったので、井上中将はMO作戦を中止しました」
 瑞鶴は淡々と言った。その報告を、大和は相槌あいづちしながら聞いた。
「そうですか。祥鳳さんは残念でした。翔鶴さんにも早く傷を癒すよう言っといてください」
「はい、わかりました」
「ちょっとぉ、二人共真剣すぎるよぉ」
 大和の補佐をしている前旗艦の長門が笑いながら言う。その長門の屈託のない笑みが二人の緊張を解き、二人はソファに腰かけた。
「あなたが無事で良かった。翔鶴さんも満身創痍まんしんそういだけど無事で何より。ただ、祥鳳さんの死はは辛いね」
「私も、いつか一緒に戦えると思ったのに・・・」
 二人は悲しそうに窓の外の空を見詰める。
 瑞鶴は振り返ると、じっと長門を見詰める。
「あの、祥鳳さんというのは、一体どういう方だったんですか?」
 長門は「んー」と唇にかぎ型に曲げた指を当てて考える。こんなひとつひとつの仕草をやってもこの人がやると色っぽい。
「そうねぇ、あの子も私達の中では新米だったからなぁ。ロンドン海軍軍縮条約で艦艇の保有が制限されてた時代、あの子は後に空母に改装される事を目的に潜水母艦として生まれて、その後空母になったからなぁ。いつもドックにいてあまり会った事がないんだ」
「そうですか」
 残念そうにうつむく二人に、長門は続ける。
「ただあの子はすごく真面目だったわよ。陸奥みたいに真面目だけどどこか抜けてるっていうんじゃなくて、しっかり者だった。外見はモデルのようなスラッとした長身に、スタイル抜群の少女だったわね」
 私には負けるけどというセリフを二人は無視する。
「あとメガネを付けてたわね。何て言うのかしら、学園もので言う委員長キャラだったわね」
 この時代にそんな物があるかッ! と二人は心の中でツッコミを入れる。ただ、祥鳳という艦魂は大体想像できた。
「それより・・・」
 瑞鶴は横にいる親友の姿をじっと見詰める。
「な、何?」
 突如見詰められ、大和は少し恥ずかしそうに顔を逸らす。すると、
「大和。全然旗艦らしくなってないよね」
「うぐッ」
 予想外の言葉に、大和の心は見事言葉という名の槍に貫かれた。
「あらあら、まぁまぁ。瑞鶴。それは言っちゃダメ。この子も気にしてるんだから」
 長門が苦笑いしながらフォローに入る。だが、大和はそんな長門に笑みを浮かべる。
「そ、そんな事ないですよぉ」
「なんか笑顔が崩れかけてる」
 大和は一度大きくため息を吐き、顔を伏せて悲しそうに言う。
「わかってますよ、そんな事。旗艦なんてまだ私には早いのに、新鋭艦だからって勝手になっちゃったんですもの。私はもっと色々知ってからなりたかったのに。それでもなっちゃったんなら一生懸命やろうって努力してるのに。右も左もわからない。がんばってもいつもから周り。だから、全然旗艦ぽくなんないんだもん」
 大和の弱気な言葉に、瑞鶴は気まずそうに視線を逸らして黙ってしまう。
 部屋の中には気まずい雰囲気が流れる。
「大和ぉ。そんなに努力しなくてもいいんだよぉ」
 長門が屈託のない笑顔で言う。大和はそっと顔を上げると、不安げな瞳で長門を見詰める。
「私も最初はそうだったんだもの」
「長門さんも?」
 大和は驚く。
 長門なら何でもその場のノリで乗り切ってしまうように思ってたのに。長門も普通の艦魂だという事実に大和は少し安堵する。
「そう。毎日努力して、がんばって、一生懸命にやったわ」
 長門は遠い昔のように思い出す。
「でもね、ある日ふと、旗艦になる為のすごい事思いついたんだよ」
「そ、それは一体!?」
 答えを待つ大和を見詰め、長門は真剣に・・・
「開き直りよッ!」
「「はぁッ!?」」
 長門の自信満々な答えに、二人(特に大和)が呆れる。
「だーかーらー。もう真剣にやるなんてバカな事考えないで、その場の流れに身を任すのよぉ」
 満面の笑顔で高らかに言う長門の前で、がくーっと大和は崩れた。
 これが、長年大日本帝国海軍連合艦隊旗艦を務めていた艦魂だと思うと、真剣にやってた自分がバカに思えてきた。
(あ、これが長門さんの言う開き直り?)
「あ、陸奥との約束の時間だ。ごめーん。私帰るねぇ」
 一人の少女を変な方向にひとつ成長させて、日本海軍艦魂一のん気な女は帰って行った。
 残された二人は互いに見合い、苦笑いし合った。
「長門さんらしいと言えば、長門さんらしいね」
「うん・・・だけど、私ね」
「うん?」
「旗艦、テキトーにやっちゃおうかな?」
「金剛さんに殺されるわよ?」
「あの人は、苦手」
「得意な人なんてそういないわよ」
「長門さんなら・・・」
「あの人なら何でもありだよね」
 大和と瑞鶴はそう言って小さく微笑むと、部屋を出て行った。 

 一方、翔輝は霧島と一緒に甲板にいた。
 蒼い空と蒼い海がどこまでも続く景色を見詰める翔輝と霧島は、どちらも暗い表情であった。
「・・・祥鳳さんが亡くなられたそうですね」
「そうだね」
 霧島はあまり会った事のない戦死した仲間の名を言う。その顔は悲しみに染まっていた。
「・・・私、まだ二、三回しか会った事がなかったんですが、とてもしっかりした方でした」
「そうなんだ」
 翔輝はどこまでも蒼い海を見詰める。そんな翔輝に霧島は話しかける。
「翔鶴さんも重傷。あまり勝ったって感じがしません」
「まあね。敵も一隻空母が沈んだそうだけど、祥鳳が死んだのに変わりはないからね」
 悲しそうに蒼い海を見詰める翔輝を見て、霧島も寂しそうに海を見詰める。
 戦争というのは必ず死者が出る。それが今こうして目の前に現れたのだ。
 これから先、何度も何度もこんなような想いを抱くのだろう。
 ――それが、戦争なのだ。
 二人はしばし黙って海を見詰める。すると、甲板の向こうから霧島の姉達が来た。
「霧島。何をやっている?」
 長い金髪に蒼く力強い瞳をした若い女性――金剛が二人を見る。
「金剛姉さん」
 金剛の横にはその妹である比叡と榛名もいた。
 二人は急いで体もそっちに向け、翔輝は踵をそろえて見事な敬礼であいさつする。
「長谷川。久しいの」
「はい」
 翔輝は汗を流す。
 翔輝は金剛が苦手だった。金髪碧眼という敵性国民のような出で立ちをしているが、誰よりも日本を愛している愛国者にして最強の軍人。そんな彼女からは常にものすごい威圧を体中から放っているのだ。頭なんて絶対に上がらない。
「霧島。そんなにくっ付いて何やってんだ?」
「え?」
 榛名の言葉に、霧島は顔を真っ赤にして翔輝から離れる。そんな霧島の行動に榛名は不思議そうに首を傾げる。だがそんな彼女の隣にいる比叡は霧島を見てそっと微笑む。
「仲がいいのね」
 比叡が罪のない柔らかな笑顔を向ける。それだけで霧島の顔はボンッと真っ赤に染まる。
「あ、あの・・・その・・・」
 口ごもる霧島の頭を比叡がよしよしと優しく撫でる。
「ほんと、霧島はかわいいわね」
「・・・もう、姉さん・・・」
 霧島は少し怒ったように頬を赤らめて弱々しく睨む。そんな妹を見て比叡は優しく微笑む。
 そんな姉妹で微笑ましい光景を繰り広げる金剛姉妹を見詰め、翔輝はそっと背を向ける。
「あー、では僕はこれで・・・」
 姉妹の邪魔をしてはいけないと判断した翔輝は、こそこそと立ち去ろうとする。が、
「貴様。どこに行くのだ?」
 金剛は凛とした声で翔輝を止める。
「あ、いや、そのー・・・」
 汗だらだらで苦笑いする翔輝。こんな危機的な状況にいつまでも耐えられるほど翔輝は強くない。
(だ、誰か助けてぇッ!)
 心の中で悲鳴を上げる翔輝。するとそんな彼に助け舟がやって来た。
「あ、少尉」
「大和ぉッ!」
 金剛達の反対側から大和、瑞鶴、伊勢、日向が現れた。翔輝はまるで神が舞い降りたかのように喜ぶ。そんな翔輝の仕草に大和は戸惑いと嬉しさを感じる。
「ど、どうしたんですか少尉? そんなに私に会えて嬉しかったんですか?」
「うんッ! とってもッ!」
 その言葉に大和は顔を真っ赤に染めた。身体をくねらせて体中で嬉しさを表す。
「そ、そんな・・・わ、私も少尉にそんなに喜ばれて・・・う、嬉し――」
「じゃあ、後はよろしくッ!」
「へ?」
 翔輝は大和の背後に隠れると、ズイッと彼女の背中を押す。
「ちょっ、な、何ですか急に――ッ!?」
 背中を触れられてさらに顔を真っ赤にした大和が前を向き直った途端、さーっと顔色が真っ青になった。
「こ、金剛さん・・・」
「大和。久しいの」
 金剛は無表情であいさつする。
「あ、金剛さん。どうもこんにちは」
 硬直する大和。どうやら大和も彼女が苦手らしい。体が小刻みに震えている。それを直接感じる翔輝は「え? もしかしてとんでもない事しちゃった?」と戸惑う。
 一方、他の者は結構普通にあいさつした。
「金剛さん。こんにちは」瑞鶴はそうあいさつをして敬礼する。
「どうもぉ」伊勢がゆっくりとした動きでぺこりと頭を下げる。
「金剛せんぱーい。こんにちはぁ」日向が純粋無垢な笑みをする。
「うむ」
 これでこの場を去れると思ったが、
「金剛ぉ。どうしたのぉ?」
 危機感のない声で長門が手を振りながら笑顔で現れた。そのまわりには陸奥、赤城、加賀、蒼龍、飛龍もいた。
「金剛さん。どうしたんですか?」赤城が(なぜか)笑顔で言う。
「うん? どうした赤城。何か楽しそうだが」
「え? そ、そうですか?」
「赤城ねぇ。最近彼氏とうまくいってるらしくってねぇ。すごく機嫌がいいんだよぉ」
 長門が無邪気な笑みで無駄な説明をする。すると、赤城は「ち、違いますよッ! 私達はそんな関係じゃありませんッ!」と顔を真っ赤にして反撃する。
「そうやって赤城は大人の階段を上っていくのでした」
「加賀! 貴様!」
 赤城はすさまじい激昂で加賀を追い掛ける。追い掛けられている加賀は笑いながら逃げる。傍から見ればかなりハイレベルな鬼ごっこに見えるが、実際には死闘とも言える戦いを繰り広げている。
「何やってるの? あの二人」
「さ、さぁ」
 呆れる翔輝の横に陸奥が現れる。しかも気がつかないうちに腕に抱き付いている。
「い、いつの間に・・・」
「あ、少尉。散歩しませんか? 天気もいいですし」
 陸奥は翔輝の腕に力を入れて引っ張る。その際小さいながらも柔らかいものが当たり、翔輝は頬を赤くする。
「あ、うん」
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!」
 大和が慌てた様子で反対の腕を取って引っ張ると、キッと陸奥を睨み付ける。すると陸奥も大和を睨み返す。
「勝手に少尉を連れてかないでください!」
「少尉はあなたのものじゃないでしょ?」
「少尉は私のものですッ!」
「私のものよッ!」
「僕に拒否権というか、人権はないの?」
 双方に引っ張られる翔輝は呆れていた。
 そういえば昔占い師に百万年に一度現れるかわからない破壊的な女難の相が出てると言われた事があったが、なるほど。こういう事だったのか。
 心の中で翔輝がひとり納得して諦め始めた時、
「じゃあ、私達と散歩しようよ」
『え?』
 三人は言葉を発した人物を見る。
 第一種軍装に身を包んだ身長差二〇センチの少女二人。そのうちの小さい方のツインテールの少女だった。
「飛龍?」
 それはあまり会話した事のない飛龍だった。その横にいる身長の高い少女が義姉の蒼龍だ。
「飛龍さん?」
 大和も突然の事に何も言えなくなってしまう。
 すると、飛龍の隣にいる蒼龍が不思議そうに首を傾げる。
「飛龍。こういう問題はあまり関わらない方がいいわよ? 火の粉が飛んでくるから」
「大丈夫大丈夫」
 飛龍が笑いながら言う。その屈託のない笑みに蒼龍も何も言わなくなった。
「・・・じゃ、じゃあ、一緒に行きますか」
 陸奥が提案して、大和も何度もうなずく。
「じゃあ行こうか」飛龍が嬉しそうに言う。
「仕方ないな」蒼龍も苦笑いする。
「・・・で、僕にはやっぱり拒否権はないのね」
 一人、翔輝だけが納得していなかった。

 残された金剛と長門は海の向こうを見ながら話していた。その表情はどちらも真剣で、いつも笑顔の長門も今はその笑みを消している。
「・・・長門。ミッドウェー作戦は実行するのか?」
「えぇ、決定事項だから」
 長門の返事に、金剛は「そうか」と答える。
「しかし、『翔鶴』が中破。『瑞鶴』も艦載機を消耗し切っていて戦闘不能。当初の予定では空母六隻で攻略するはずであったであろう。空母四隻で大丈夫か?」
 金剛の問いに、長門はようやく小さな笑みを浮かべた。
「艦載機一六〇機を失うのは厳しいけど、彼女達なら大丈夫よ」
 そう言って、二人はまだケンカしている赤城と加賀を見る。
「ふっ、そうだな。それに、もし戦力が足りないというなら、この私が直々に敵空母を砲撃してやろう」
 金剛の不敵な笑みに長門はやれやれといった感じでため息する。だが、その顔には笑みがあった。
「比叡、榛名、霧島。行くぞ」
『はい』
 金剛は妹達を引き連れて去った。

「で?」
 右手に大和、左手に陸奥をくっ付けた翔輝が言う。
「二人とも、離れてくれないか?」
「「嫌です」」
「何で変なところだけは意見が一致するの?」
 そんな三人の前を、蒼龍と飛龍が歩く。
「二人とも、この子達何とかしてよ」
 翔輝は二人に助けを求める。
「ふー、二人とも、そろそろやめなさい」
 蒼龍が言うと、二人は素直に離れた。大和は相手が先輩なのでわかるが、陸奥は蒼龍より年上のはずだけど・・・素直だなぁ。
「少尉は色んな艦魂に好かれてるね」
 飛龍はくるりと一回転して軍服を翻す。そんなひとつひとつの仕草がかわいらしい。
「好きでなってる訳じゃないけどね」
 苦笑いする翔輝を見て、大和は膨れる。
「嫌だって言うんですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「あ! 今はっきり《いや》って言った!」
「違うよッ!」
 すっかりからかわれていた。
「仲がいいね」
 飛龍は嬉しそうに静かに微笑んだ。
 翔輝はまだギャーギャー言う大和から離れ、飛龍の傍に付く。
「さっきはありがとう。助けてくれたんだよね」
 翔輝は笑顔で礼を言う。そんな翔輝に飛龍は「いいのいいの」と笑みを浮かべる。
「金剛さんが苦手なのは、みんなそうだしね」
「そう。あなたが特別苦手という訳じゃない」
 蒼龍も小さく笑いながら言う。似た者同士というものか。
「もうすっかり春だね」
 飛龍が立ち止まり、深呼吸する。
 春の風は暖かく、優しい。
「季節は春だけど、日本の春は遠いな」翔輝が微笑しながら言う。
「だよね」飛龍も笑う。
「私は早く日本の春が見たい」
 蒼龍の言葉に、三人はうなずく。
 そんな楽しそうな三人の後ろ、取り残された艦魂が二名。
「何か、すっかり忘れられてますね」
「少尉ぃ」
 陸奥と大和が物寂しげに翔輝を見詰める。
 青空には雲一つなく、燦々と太陽が輝いていた。
「長谷川少尉!」
 突然名前を呼ばれて振り向くと、そこには水上がいた。
「水上。どうした?」
「航海科の会議があるそうです。至急航海室に行ってください」
「え、あ、そう。ありがとう」
 翔輝は水上に駆け寄る。去る前に翔輝は振り向き、
「みんな、またね」
 そう言って、翔輝は笑顔で去った。

 航海科の会議が終ったのは夜中だった。
 翔輝はまぶたを半分閉じて自分の部屋に戻った。
 部屋の中央には布団が敷かれ、布団には大和が気持ち良さそうに寝ていた。
「もう寝てたのか」
 そりゃそうだ。もう夜中の二時を回っているのだ。良い子はもう寝ている時間だ。
 少しめくれている布団を掛け直す。そっと大和のかわいげな寝顔を見ると、翔輝は疲れなんて消えてしまい笑顔になった。
「んじゃ、僕も寝るか」
 大和の布団の横にあるベッドに向かう。その途中、ふと机の上に置いてある翔香の写真が目に入った。
 太陽のような明るい笑顔を向けている、今はもういない妹を見て、翔輝の顔から笑顔が消えた。
 今も思い出せる。翔香の『お兄ちゃん』という声が、
「翔香・・・」
 翔輝はそっと翔香の写真を取り、妹の変わる事のない笑顔――いや、もう変える事ができない笑顔を見詰め、翔輝は悲しげに顔を伏せる。
 その笑顔を見て、翔輝は翔香との楽しかった日々を思い出した。
 いつも不安げに自分に頼り、自分の事を誰よりも心配していて、そのせいでケンカをした事も何度もあった。その全てが今では思い出となり、もう二度と帰って来ない。
 自分にとっては最愛の肉親であった。父も母も亡くなった後、二人は二人三脚で生きてきた。幼かった翔香を、翔輝が育てた。
 あの天真爛漫な笑みは、もう二度と目の前で起きない。
 ――お兄ちゃん――
 忘れる事なんてできない。
 癒える事なんて決してない。
 大切な妹を失った兄の苦しみは、誰よりも辛く、誰よりも悲しい。
 ――会いたい。
 でも会えない。
 こんなに苦しい事はない。
 静かな深夜、誰も見ていない、聞いていない。それを翔輝は理解した。だから・・・
「うぅ・・・ッ」
 翔輝は静かに泣いた。
 大和が起きてしまわないように、その泣き声は弱々しく、小さいものだった。
 もう戻る事のない大切な妹。
 もう話す事も、一緒に笑い合う事もできない――それが、辛かった。
 涙が後から後から溢れて止まらない。
 死んでしまった人は、二度と生き返らない。
 そんなの当然の事だ。
 神が決めた、人間がどう抗おうと決して変えられない事実。
 翔輝はそれを改めて理解してしまい、泣き続けた・・・

 翔輝が泣いている姿を、一人の少女が見ていた。
 ――大和だ。
 彼女は翔輝が部屋に入った時に起きたのだが、寝たふりをしたのだ。途中顔をじっと覗かれてすごくドキドキしたのだが、すぐにそう感じた自分を後悔した。
 いつも明るく自分に微笑み、勇気付けてくれていた翔輝が泣いていたのだ。
 彼は自分の大切な妹に泣いている。自分には何もできない。情けなくて、それがどうしようもなく辛く、悲しかった。
 自分は彼を元気づける事なんてできない。自分はいつも彼に元気をもらっているのに、自分は何もできない。
 なんて非力なんだろう。
 大和は悔しくて唇を噛んだ。
 何が世界最大最強の超弩級不沈戦艦の艦魂だ。
 大切な人も守れない、励ませない世間知らずの少女が、世界最強なんておこがましい。
 敵を打ち砕く為の巨砲は、大切な人が悲しんでいるのに何もできない。
 何が日本海軍の象徴だ。
 何が大艦巨砲主義の申し子だ。
 何が――艦魂だ。
 自分にできる事なんて小さくて少ない。何もできないと言ってもおかしくない。そんな自分が彼を元気づける? できる訳がない。それをする方法すらも知らない。敵と戦う方法ならいくらでも頭に入っているのに、そんなのがこんな状況には何の役にも立たない。
 ――なんて自分は、小さな存在なんだろう。
 自分の無力さを改めて理解し、自分がとても小さく思えた。
 涙が止まらない。
 本当に自分は役立たずだ。
 大和はすぐ隣で声を殺して泣く翔輝に背を向け、布団深くに潜る。
 そして、目をつむり、静かにさめざめと涙した。







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