艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜(15/132)PDFで表示縦書き表示RDF


神風かみかぜ刹那せつな
 帝国海軍軍人・空母『蒼龍』航空隊所属戦闘機乗り
 出身 神奈川県綾瀬市
 身長 167cm
 年齢(1942年5月現在)18歳
 誕生日 3月3日
 好きなもの 飛行機・蒼い空・心地良い風
 嫌いなもの 水(泳げないから)・雨・納得がいかない事
 家族構成 父 母 妹
今改定版から登場する新たなキャラクター。空母『蒼龍』の戦闘機乗りで艦魂が見える。蒼龍が頼れる数少ない少年で、本当は普通の女の子である蒼龍の苦悩を身近で知り、彼女を支えている。蒼龍と共に幾多の戦いに出続けた。性格は温厚でとても優しいが、曲がった事が嫌いで、そういう事には果敢に反対する。本当は民間のパイロットになりたかったが、戦争が近くなるとそういったパイロットも全て軍隊に徴兵され、彼は戦闘機のパイロットとして真珠湾攻撃で初陣を飾った。皮肉にも、戦闘機乗りとしての腕はかなりのものだった。この戦争にはあまり乗り気ではないが、次々に死んでいく同胞を見て、彼らの分まで戦って日本を救おうと考えるようになる。泳げないという弱点があるので着水は大嫌い。本当は母艦搭乗員ではなく溺れる危険性がほとんどない基地航空隊に入りたかったが、これも皮肉な事に着艦技術がすばらしかった為、母艦搭乗員となった。自分の思う事とできる事にギャップのあるかわいそうなキャラでもある。

大空おおぞらつるぎ
 帝国海軍軍人・空母『飛龍』航空隊所属戦闘機乗り
 身長 広島県呉市
 身長 164cm
 年齢(1942年5月現在)18歳
 誕生日 2月6日
 好きなもの 飛行機・快晴の空・蒼い海・心地良い風・甘いもの
 嫌いなもの 無意味な争い・何も考えてない人・野菜
 家族構成 父(戦死) 母 姉 妹
刹那と同じく今改定版から登場する新キャラクター。『飛龍』航空隊の戦闘機乗りとして真珠湾攻撃で初陣を飾る。同戦闘機隊中では敵機撃墜数が一、二を争うほどの撃墜王。零戦を自分の身体のように操る事ができる。母艦搭乗員には自ら立候補した。飛龍とは気心の知れた仲で、開戦後五ヶ月の間、彼女の心を支え続けた少年。本当は戦争なんかしたくないが、日本が好きで、祖国を守りたくて必死に戦っている。飛龍からはかなりの信頼を得ており、『飛龍』に迫る敵機のほとんどは彼が撃墜している。飛龍と剣はお互いの背中を預けられる心から結ばれている仲で、双方共に相手の事が気になっている。戦争が激化する中、多くの仲間が死んでいくが、それでも彼はその自慢の技量で次々に敵機を撃ち落とし続けた。
艦魂年代史 〜ドキッ☆恋する乙女は大艦巨砲主義〜
作:黒鉄大和



第三章 第一節 壮烈 史上初の機動部隊決戦


 MO作戦――米豪遮断作戦とは、アメリカの属国であるオーストラリアをアメリカから遮断し、同国と休戦させる為の作戦である。南太平洋に進出したい日本海軍としては後方の安全を確保すると同時に、米海軍の反撃作戦が行われるであろうこの周辺海域を確保するのが目的であり、日本海軍としてはなんとしても成功させたい重要な作戦であった。
 だがこれは軍令部の作戦であり、米海軍の反抗作戦に先手を打つものであったが、連合艦隊司令長官である山本はこの作戦をあまり重要視していなかった。
 山本が恐れるのは真珠湾以来連戦連勝している機動部隊と互角に戦える米機動部隊の存在であった。実際、米空母二隻による本土初空襲は衝撃を走らせた。国民の軍部に対する不信を警戒する山本としては、早期に敵機動部隊を殲滅してその不安を拭いたかった。
 山本は後の大作戦であるMI作戦の為に機動部隊を無傷で残しておきたかった。何度も全力攻撃できるほど、日本には余裕はなかったのである。
 しかし、MO作戦も十分重要な作戦である。これを無視する事もできず、結局敵機動部隊殲滅>MO作戦という構図で作戦には必要最低限の部隊しか派遣されなかった。それがインド洋作戦を終えた機動部隊から分派された第五航空戦隊――空母『翔鶴』『瑞鶴』の二隻であった。
 第五航空戦隊の援護を受ける事になったMO作戦は機動部隊と攻略部隊、援護部隊を編成して発動された。

 第五航空戦隊を基幹としたMO機動部隊はトラック島に入港してMO作戦の準備を進めていた。
 MO機動部隊旗艦・重巡洋艦『妙高』の会議室では艦魂達による作戦会議が行われていた。部屋に置かれた長テーブルの中央に座る翔鶴と瑞鶴にとっては、初めての赤城の指揮下以外での作戦だった。
 二人はまわりの艦魂達を見回すが、知っている顔は一人もいない。少し不安げに辺りを見回す瑞鶴に翔鶴は「大丈夫だ。私がいるであろう?」と励ます。
「ね、姉さん・・・」
 嬉しそうにキラキラした目で見詰める瑞鶴に翔鶴は少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
「以上がMO作戦――米豪遮断作戦の全容です」
 短いポニーテールをした女性――MO機動部隊旗艦・重巡洋艦『妙高みょうこう』の艦魂が作戦の具体的な説明を終える。
「作戦発動の為に五月一日に我々MO機動部隊。四日にはMO攻略部隊がラバウルを出港してポートモレスビーに向かいます」
 妙高が説明を終えると、隣にいたセミショートの女性が立ち上がる。彼女は妙高の妹である妙高型重巡洋艦四番艦・重巡洋艦『羽黒はぐろ』の艦魂である。
「今作戦には、翔鶴と瑞鶴が重要な鍵を握っています。どうか、よろしくお願いします」
 年上の人に頭を下げられ、瑞鶴は慌てて手を横に振る。
「羽黒さん。頭を上げてください。私達は全力で任に当たるだけです。そんな先輩に頭を下げられる訳には――」
 瑞鶴の邪心のない純粋な感情に、羽黒は小さく微笑むと「そうね」と小さくつぶやくと、頭を上げてまわりにいる艦魂達を見詰める。
「今作戦が成功すれば、南太平洋も私達日本海軍が席巻できる。そうすれば、もはや太平洋は私達大日本帝国のもの。皆一丸となってが一緒に勝利を掴みましょう」
 羽黒の言葉に、全員がうなずいた。皆、日本の為に戦う事を誇りにしている戦姫達なのだ。言わずとも皆同じ想いで戦っている。それは翔鶴と瑞鶴も同じだった。
「今回の作戦には後の作戦の事を考えて第一航空艦隊から私達第五航空戦隊だけの参加となってしまった。新参者二人では信用できないだろうが、安心してくれ。こっちには真珠湾以来連戦連勝をしている熟練の搭乗員と整備された最新鋭の艦載機がある。赤城司令達の分まで、私と瑞鶴が存分に暴れてみせよう」
 翔鶴の勇ましい言葉に、瑞鶴もうなずく。すると、まわりの先輩艦魂達も嬉しそうに微笑んだ。
「そうね、期待してるわ。あなた達は私達に日本海軍の期待の星なんだから」
 妙高の言葉に皆真剣にうなずく。
 そう、当時の日本機動部隊は連合国軍にとっては恐怖の破壊神。友軍にとってはこれ以上頼もしい味方はいない。その空母が作戦に参加しているという事もあり、参加将兵の士気はおおいに上がっていた。
 妙高の言葉に、翔鶴は「まあ、戦争とは何が起こるかわからない。こちらも全力を出すが、貴官らも全力を出してほしい」と頼む。返答はもちろん、
「当然よ。戦は気合。尻込みした方が負けなんだから」
「任しといて。金剛長官ほどではないにしても、あなた達は私達が必死に守り抜いてみせるから」
 妙高と羽黒の言葉に、翔鶴は小さく笑みを浮かべ、瑞鶴は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ皆さん、連合軍を討伐しに行きましょうッ!」
『おおおぉぉぉッ!』
 瑞鶴の掛け声に機動部隊全艦魂達が力強い叫びをした。その女性特有の高い声が、会議室にいる艦魂達の士気の高さを物語っていた。
 嬉しそうに拳を天に上げて微笑む妹を見て、翔鶴は小さく笑みを浮かべると、軍帽を深く被り直して顔を隠した。
 士気が最高潮まで上がった機動部隊の艦魂達は、出撃に備えて自艦に戻っていった。

 一九四二年五月一日、空母『翔鶴』『瑞鶴』を中心としたMO機動部隊はトラック島を出撃した。
 ラバウルからも改装軽空母『祥鳳』を護衛に付けたMO攻略部隊が出撃。さらに援護部隊、MO攻略部隊も出撃し、三艦隊の合同で作戦は実行された。
 一方、米軍も日本海軍の暗号を解読し、日本海軍の攻撃に対し空母『ヨークタウン』『レキシントン』を中心とした部隊を出撃させた。この時、空母『ホーネット』『エンタープライズ』は日本本土空襲を終え帰途の途中で間に合わず、空母『サラトガ』は一月に日本海軍の潜水艦伊号第六潜水艦こと『伊-六』の雷撃を受けて損傷し修理中の為、今作戦には参加できなかった。
 迫る日本海軍に、米海軍も迎撃態勢を整えていた。
 今まさに、史上初の空母決戦が行われようとしていた。

 ほぼ互角の戦力で互いに近づく両軍機動部隊。
 MO機動部隊は目的地に向けて白波を立てて海面を翔けていた。
 旗艦・重巡洋艦『妙高』の司令部にツラギ島偵察機より敵機動部隊発見の報が入り、それは機動部隊にも伝えられた。
「敵機動部隊を発見したのか?」
 ここは第五航空戦隊旗艦・空母『翔鶴』の艦橋。第五航空戦隊司令官のはら忠一ちゅういち少将は伝令兵からの報告を予想していたのか、全く驚かなかった。
「はい。しかし、敵はまだ我々の攻撃範囲外です。井上中将はこれを泳がせておくそうです」
「そうか、わかった。一応『瑞鶴』にも報告しておけ」
「了解」
 伝令兵は敬礼し、艦橋を出て行った。
 海を見詰める原の横、彼には見えない少女が天空を見詰めていた。
「・・・戦いは、近いな」
 鋭い視線で海を見詰め、翔鶴は軍刀を抜く。
 日の光を反射し、軍刀は眩く輝いていた。

 その日の夜、瑞鶴は防空指揮所にいた。
 昼間に敵機動部隊の位置が報告されたが、遠方だった為攻撃はしなかった。その時、瑞鶴は未だ経験した事のない空母対決に恐怖を感じた。
「敵機動部隊、戦いたくないなぁ」
 弱気な発言だが、それは正直な気持ちだった。
 もちろん自分が傷つく恐怖もあったが、それ以上に大事な飛行兵を失いたくなかった。
「あぁ、寂しいよ」
 機動部隊には空母は姉と自分しかいない。いつも一緒にいた赤城も加賀も蒼龍、飛龍もいない。いつもここから見えていた大海原に浮かぶ主力空母五隻も、今は右斜め前にいる姉しかいない。
「そういえば、攻略部隊の方には祥鳳しょうほうさんっていう改装軽空母がいるって聞いたけど、会ってみたいなぁ」
 MO攻略部隊には今年一月に空母に改装されたばかりの新鋭空母である祥鳳型航空母艦一番艦――軽空母『祥鳳』が護衛の為に配置されていた。『瑞鶴』のような大型の正式空母を違い、軽空母は小型の空母で全長は二〇〇m前後。搭載機数は大型正式空母が八〇機から九〇機に対し、軽空母は二〇機から三〇機ほどで非力である。だが、今の航空機優勢時代では、そんな軽空母も大事な主力戦力なのである。
 瑞鶴は小さなあくびをする。今は真夜中。兵達も寝静まっているので辺りには波の音だけが心地良く響いている。
 静かな甲板で、瑞鶴は眠そうに目を擦る。
「もう寝ちゃおう」
 瑞鶴は自室に瞬間移動した。自室といっても今のところまだ使われていない兵員室だが、瑞鶴はその隅に布団を敷き、それに潜った。
「おやすみなさい」
 そうつぶやくと、瑞鶴は静かに目を閉じた。
 とても眠かったので、瑞鶴はすぐに眠りについた。

 翌朝、MO攻略部隊所属の重巡洋艦『衣笠きぬがさ』『古鷹ふるたか』、空母『翔鶴』から偵察機が発進し米機動部隊を発見。六時に攻撃隊が発艦したが、偵察機の誤報と判明。敵艦隊の正体は駆逐艦一隻と油槽艦だった。
 攻撃隊は仕方なくこれを殲滅し、帰還した。
 一方、米軍も偵察機を発艦し、ポートモレスビーに近づくMO攻略部隊を発見。これを攻撃する為に攻撃隊を発艦させた。

 輸送船十二隻と駆逐艦を中心とし、護衛に重巡洋艦四隻、改装軽空母『祥鳳』一隻のMO攻略部隊は蒼い海を進んでいた。
 MO攻略部隊所属にして唯一の空母『祥鳳』は、本来なら空母は部隊から離れた所にいるのが普通だが、輸送船団直衛の為に近くに配置されていた。
 そんな『祥鳳』の防空指揮所に、『祥鳳』の艦魂はいた。
 モデルのようなスラッとした長身に、長い髪、スタイル抜群という少女だった。しかしそのスタイルなら超明るい性格の方が似合うが、祥鳳はメガネに手帳装備という学園ものの委員長キャラだった。実際皆から『委員長』と呼ばれているが、本人はあまり好きではないらしい。
 そんな彼女の周りには数人の見張り兵が双眼鏡で上空警戒にその神経を集中させていた。
 祥鳳は自らが護衛している輸送船団を見詰めた。その時、横にいた見張り兵が双眼鏡から一旦目を離し前方を睨み、もう一度急いで双眼鏡で確認する。そして、見張り兵は蒼白な顔で伝声管に叫んだ。
「敵機ッ! 左三〇度方向より襲来ッ!」
「何ですって!?」
 祥鳳は予備で置いてあった双眼鏡を急いで取って確認する。双眼鏡に映されたのは、無数の敵機の姿だった。
「十・・・二〇・・・いや三〇ッ!?」
 祥鳳は唇を噛む。
 上空に旋回していた護衛の零戦隊五機が燃料増槽を落とし、その身を翻して敵機に向かう。
とてもじゃないが防ぎきれない。
「急いで第二零戦隊を発艦させなくちゃ」
 甲板を見る。零戦隊は配置されているが、飛行兵はまだだった。
 その間も敵機が近づいて来る。
 零戦隊五機が敵機に突っ込んで行く。が、所詮は五機。簡単に突破された。
 その時、防空指揮所の扉が開き、黒い第一種軍装に身を包み防空ヘルメットを被った『祥鳳』艦長伊沢いさわ石之介いしのすけ大佐がやって来た。
「祥鳳! 敵は!?」
 祥鳳が見た方向を伊沢は睨む。
 伊沢は艦魂が見える人物だった。
「面舵いっぱぁぁぁいッ! 両舷全進全速!」
『祥鳳』の反対方向に艦首を変え、全速力で逃げる。
 敵機は小編隊に別れて散開。多数方向から攻めてきた。
「第二零戦隊、発艦急げ!」
 飛行兵達は次々に零戦に乗り込む。
『一番機発艦します!』
 艦橋の飛行長が叫ぶ。
 轟音と共にプロペラを高速回転させて零戦隊隊長機が甲板を滑走する。その時、
「敵機直上! 急降下!」
 見張り兵が叫び、伊沢と祥鳳は上空を睨むと、三機の急降下爆撃機が降下してきた。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
『祥鳳』は緊急回避する。
 隊長機はいきなりの急速転進にバランスを崩し、海面に激突した。
「一番機着水!」
 見張り兵が叫ばなくてもわかった。さらに、
「左三〇度敵雷撃機五機!」
 低空水平飛行で接近してくる五機が次の瞬間、魚雷を投下し、雷跡五本が『祥鳳』に突進して来る。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
 伊沢はさすまじい大声で叫ぶ。
 何とか魚雷を回避するが、敵機は容赦なく爆弾、魚雷を次々に投下してくる。無数の水柱が上がり、大雨の如く海水が甲板に叩き付けるよう降り注ぐ。
「左舷魚雷接近!」
「右四〇度雷跡二本!」
「敵機直上! 急降下!」
 見張り兵達の絶叫が響く。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
 伊沢が絶叫する。
 空から爆弾が降って来たが、回避して艦よりも高い水柱が上がり、降って来る海水が大雨のように艦を叩き付け、防空指揮所の者全員がずぶ濡れになった。が、右からの魚雷二本は何とか回避したが、左の魚雷一本は間に合わなかった。
「総員衝撃に備えろおおおぉぉぉッ!」
 蒼白な顔で伊沢は叫ぶ。
「・・・ッ!」
 祥鳳は覚悟したように魚雷を睨む。
 次の瞬間、『祥鳳』左舷中部に大爆発が起きた。
「ぐはッ!」
 祥鳳の左脇腹が砕け、赤い鮮血が弾けた。祥鳳はその場に膝をつくと、数度せきをして大量の吐血を吐き出した。
「祥鳳!」
「・・・気にしないでください・・・ッ!」
 振り向く伊沢を一喝する。
 その隙に敵機は爆弾を投下してきた。とても、回避できなかった。
 爆弾二発が甲板に命中し、待機していた零戦隊が吹き飛んだ。
 祥鳳の背中からすさまじい鮮血が飛び出て、祥鳳は悲鳴を上げる。
「くっそぉぉぉッ!」
 伊沢は叫ぶ。
 祥鳳は吐血を吐き、倒れそうになる体をなんとか保つ。
 零戦隊と機銃が必死で迎撃するが、敵機は果敢に攻めて来る。
 次々に爆弾、魚雷が投下されれ、高い水柱が上がる。
 なんとか『祥鳳』は左右に回避して行く。
 だが、敵機はすさまじい猛攻撃をし、傷付いた『祥鳳』に止めを刺そうと全力を挙げて攻撃して来る。
 『祥鳳』はさらに魚雷二本が命中し、大火災を起こした。

 初弾を受けてから十分後、『祥鳳』は爆弾五発、魚雷四本を受けて大黒煙を上げ、大きく傾斜していた。
 敵機の数も減っていたが、攻撃はまだ続いていた。
 零戦隊と対空砲火が敵機を次々に撃ち落とす中、『祥鳳』の防空指揮所には常人には見えない大量の血が飛び散っていた。
 鮮血の海の中、祥鳳は倒れていた。
 何度も吐血を吐き、血まみれの体をどうにか立たせようとするが、もう力が入らなかった。
敵機が撤退して、ようやく伊沢は死にかけた祥鳳の身体を抱き起こす。
「祥鳳! しっかりしろッ!」
 伊沢に抱き起こされた祥鳳は虚ろな目をしていた。
「艦・・・長・・・」
「しっかりしろッ! しっかりしろよッ!」
「艦・・・長・・・総員・・・退去を・・・」
 吐血をしながら、祥鳳は必死で懇願する。身体はもう力を残していないというのに、その瞳には強い想いが込められていた。
「艦長・・・ッ! 早く・・・もう、私は・・・ッ!」
 艦魂である彼女には、艦の命が尽きかけているのがわかるのだ。
 伊沢はうなずき、生き残っている見張り兵に命令する。
「総員最上甲板! 総員退去!」
「了解!」
 彼には祥鳳は見えない。
 しかし、彼は伊沢が艦魂が見える事を知っている。彼だけではない。この『祥鳳』に乗る全ての者が知っている。だから、彼が泣きそうな顔で見えない者を呼び掛け、本当に辛そうな顔で退去命令を出した理由など、すぐにわかった。
 見張り兵は去って行った。
 防空指揮所に残された二人は、静かに泣いた。
「すまない。やっと、やっと空母になれたのに」
 『祥鳳』は今年の一月の終わりに空母に改装が終ったばかりだ。あまりにも、あまりにも短い命であった。
「仕方、ありません・・・これが――戦争なんですから」
「祥鳳・・・ッ」
 伊沢は祥鳳を強く抱き締めた。離すもんかと、必死で抱き締めた。
 しばらくそれが続いたが、『祥鳳』が一際大きく爆発し、祥鳳が血の塊を吐いた。
「祥鳳!」
「早く・・・艦長も・・・ッ」
 祥鳳は必死に言う。
 伊沢はわかっていた。自分にも艦を降りろと言いたいのだ。だが、伊沢は首を横に振った。
「俺は残る」
 伊沢の言葉に祥鳳は血の気の失せた顔をさらに蒼白にさせて叫ぶ。
「ダメですッ! 艦長は降りて・・・ッ、降りてくださいッ!」
「俺は『祥鳳』の艦長だ。死に掛けた艦を捨てて逃げるなど俺にはできない」
「ダメです・・・ッ! 逃げてくださいッ!」
 血まみれの顔から涙が流れる。
 甲板で爆発が起き、鋭い痛みが走り、吐血する。
「艦・・・長・・・ッ!」
 べっとり血で汚れた手で、祥鳳は伊沢を掴む。
 その手を、伊沢はそっと握り締め、そして弱り切った祥鳳の体を強く抱き締めた。
「もういいんだ。俺はここでお前と一緒に散る。俺は大日本帝国海軍・軽空母『祥鳳』の艦長だ。お前と一緒に――逝きたいんだ」
「艦長・・・」
 祥鳳はもう何も言わなかった。ただ伊沢の胸の中で泣いた。恥じらいもなく大泣きした。
 甲板で数度の爆発が起こる。
 二人は一度離れる。
 そして、二人は笑った。
 見詰め合い、再び強く抱き締める。
 今度は祥鳳から抱き付いた。体中で伊沢を感じる為に・・・

 ――今度会う時は、戦争のない、平和な時代で会いましょう――
 ――あぁ、そうだな――

 その直後、『祥鳳』は数度の大爆発を起こして、その艦体を真っ二つに折り、海底にその姿を消した・・・

 ――空母『祥鳳』、潜水母艦『剣埼つるぎざき』として竣工され、その後空母に改装されて《祥鳳》と名を変えて今年の一月に竣工したばかりの最新鋭空母であった。だが、その初陣で爆弾十三発、魚雷七本を受け無念の沈没。日本海軍最初の損失空母となってしまった――

 MO攻略部隊からの『祥鳳』沈没の報は、すぐにMO機動部隊にも伝えられた。
「祥鳳が・・・、死んだ・・・ッ!?」
 緊急で旗艦『妙高』で艦魂会議が開かれ、祥鳳の死は機動部隊全員に伝えられた。
 全員が驚きと悲しみを隠し切れなかった。そんな中、一番ショックを受けていたのは、瑞鶴だった。
「そ、そんな・・・」
 彼女はいつか祥鳳と共に大海原を翔けたいと思っていたのだ。何と言っても同じ部隊ではないが、同じ作戦に参加した初めての軽空母だったからだ。
 そんな彼女が死んだ。
 瑞鶴は泣きそうになった。
 こんなにも近くに《死》というものを感じるなんて。
 ぐったりとうな垂れる瑞鶴を見て、翔鶴は真剣な顔で妙高を見る。
「それで、輸送船団は?」
 翔鶴は悔しそうに唇を噛みながら訊く。
「全員無事だそうよ。今は古鷹さん達が護衛して後方に退避してるらしいわ」
 羽黒の説明に、翔鶴は多少安堵したのか、ふぅと息を吐く。
「そうか。ならば、我々が祥鳳の仇を討ってやろう」
 翔鶴の言葉に、全員がうなずいた。瑞鶴も、姉の力強い言葉にうなずくと、泣きそうな気持ちを必死に堪えて真剣な眼差しで海の外を見上げた。

 暁の夕焼けにオレンジ色に照らされる二隻の空母を基幹とした日本機動部隊。
 攻略部隊が攻撃されて『祥鳳』が沈没した事を受け、機動部隊は夜間攻撃になる事を覚悟で攻撃隊を発進させる事を決定した。
『搭乗員は直ちに搭乗を開始せよ! 繰り返す! 搭乗員は直ちに搭乗を開始せよ!』
 出撃命令が下り、搭乗員が飛行長から作戦概要を聞いて自らの愛機に向かって散った。
 攻撃隊の飛行機は次々にプロペラを回し、辺りにはエンジンの轟音とプロペラの回る高速音が響き渡り、淡い夕日に照らされて緑色の艦載機が煌く。
 ただひたすら攻撃隊は発進の命を待つ、そして、
「攻撃隊発進!」
 信号兵の紅白の手旗信号が翻り、飛行機は次々に甲板を翔けた。
『帽を振れッ!』
 攻撃隊が次々に発艦して行く。隣を走っている『翔鶴』の甲板からも攻撃隊が発艦しているのが見えた。
 天空に上って行く攻撃隊に向かって、瑞鶴は静かに敬礼した。
 次々に舞い上がる艦載機は、真珠湾からの歴戦の荒鷲達。連合軍が何よりも恐れる日本機動部隊の攻撃力であった。
 上空に並ぶ攻撃隊は編隊を組むと目的地に向かって行き、ついに見えなくなった。だが、瑞鶴はいつまでも敬礼をやめない。その瞳には強い想いが込められていた。
「必ず、敵空母を沈めてください」
 瑞鶴は胸の前で腕を組むと、天に向かって攻撃隊の武運を祈った。

 出撃した攻撃隊は視界不良の為に敵空母を発見できず、レーダーで攻撃隊の接近を察知した米機動部隊は多くの戦闘機を舞い上げた。
 その結果、攻撃隊は一方的に反撃を受け、大損害が出た。

『攻撃隊が戻って来ました!』
 見張り兵の叫びに、瑞鶴は甲板から暗闇の天空を見詰める。まわりには攻撃隊を迎えようと多くの兵達が出て来た。
 そして、攻撃隊が見えた。
 次々に着艦する攻撃隊の飛行機はボロボロだった。数機の飛行機のコックピットの窓が敵機の機銃を浴びて穴が無数に開いていた。そのせいで数人の飛行兵が負傷し、二人乗りの九九艦爆や三人乗りの九七艦攻では数人の発射手が敵機の機銃を頭に受け、絶命していた。
 甲板は血の海と化していた。
「救助作業急げ!」
 空母兵と整備兵が必死で担架を使って重傷した航空兵を医務室に運び込み、軽傷の兵は甲板で手当て、応急処置を受けた。
 そんな様子を見て、瑞鶴は真っ青になる。
 あまりにも悲惨すぎた。
 彼女の経験上これ程酷い損害は初めてだった。
 赤十字の肩章を付けた衛生兵が手当てに走り回る。整備兵や無傷、比較的軽傷な飛行兵も手当てに回る。甲板はもう地獄絵図状態だった。
 三〇分ほど経ち、ようやく甲板に平和が戻った。しかし、甲板には不特定無数の血が飛び散り、辺りには血の生臭さが潮の香りと混ざった臭いが漂っている。
 瑞鶴はその光景に吐き気を感じて目を背ける。
 もう見たくないと自室に逃げた。
 急いで布団に潜り、瑞鶴はその中で静かに泣いた。

 翌日、敵機動部隊を発見。攻撃隊を向けた。
 しかし、この時敵機動部隊からも攻撃隊が発艦し、瑞鶴達日本機動部隊に向かっていた。

『敵機ッ! 右四〇度高角六〇度突っ込んでくるッ!』
 見張り兵の絶叫が伝声管を伝わり、空母『瑞鶴』の艦橋に緊張が走った。急いで参謀達が確認の為に右舷の窓に集まり、双眼鏡で空を見た。蒼空にキラキラと輝く無数の点が、艦隊に向かって急接近していた。
「敵機・・・ッ!」
 瑞鶴の顔が凍りつく。
「対空戦闘急げッ!」
 『瑞鶴』艦長横川よこかわ市平いちへい大佐が伝声管に向かって叫んだ。
 敵機は轟音を立てて高速で突撃して来る。
『敵機『翔鶴』に向かいます! あッ!『翔鶴』が攻撃開始を開始しました!』
 瑞鶴は対空砲火を撃ちまくる姉を見た。
「姉さんッ!」
『敵機襲来ッ!』
 彼女も人の心配をしている暇はなかった。
「高角砲隊砲撃始めッ!」
 ドオンドオンッ! ドオォォンッ! と高角砲が唸り、敵機に向かって砲弾が向かう。
 いくつもの小さな爆発が起き、敵機数機が落ちた。
「機銃隊撃ち方始めッ!」
 ダダダダダダダダダダッ! と機銃が鋭い発砲音立てて空中を飛び交かって無数の弾幕を張る。
 この攻撃で敵機は十機近く撃ち落とされたが、それでも敵機は編隊を解いて突っ込んでくる。
「副長! 艦橋を任せた!」
「了解!」
 横川は艦橋を飛び出した。瑞鶴もそれに続く。
 二人は防空指揮所に駆け上がった。
 扉を乱暴に開けると、横山はすぐに防空ヘルメットを被って操艦を始める。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
 横川は伝声管に叫ぶ。
 瑞鶴は近づいて来る敵機を睨む。もうかなり近づいていた。
 『瑞鶴』は左に曲がり、迫る敵機から全速力で逃げる。
「右七〇度雷撃機!」
 敵雷撃機が低空で接近し、細長く鈍い銀色に輝く魚雷が投下した。
 水中に潜った魚雷はすさまじいスピードで海中を走る。
「取舵三〇度ぉぉぉッ!」
 『瑞鶴』は全力で左に曲がり、魚雷を見事に回避した。
「今だっ! 両舷前進全速!」
 先程の倍の白波を立てて『瑞鶴』は前進する。
「敵機後方より接近!」
 振り向くと、数機の敵機が追い掛けて来た。
「きゃあッ!」
 瑞鶴は悲鳴を上げる。刹那、後方機銃が唸りを上げて弾幕を張り、敵機を撃ち落した。
「あ、あうあう・・・」
 へなへなと崩れる。
「あ、危なかった・・・」
 瑞鶴は泣き目になる。
「敵機急降下!」
 グオオオオオォォォォォンッ! という急降下音が響き、上空を見上げると、数機の敵機が急降下して来た。
「もう嫌あああああぁぁぁぁぁッ!」
 瑞鶴は泣きながら悲鳴を上げた。

 一方『翔鶴』は先に敵機に遭遇したので集中攻撃を受けていた。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
 『翔鶴』艦長城島じょうしま高次たかつぐ大佐は叫びを上げる。
 『翔鶴』は白波を立てながら艦を右に傾けながら急速に左に回頭する。そんな『翔鶴』に敵機は急降下して襲い掛かる。
 敵機一部隊が『瑞鶴』に向かって行こうとするが、それはすぐさま機銃が敵機を襲う。
「ここは一歩も通さんぞッ!」
 翔鶴は仁王立ちする。その手には磨き上げられた軍刀がキラキラと輝いていた。
 鋭い眼光で敵機を睨む。
 直後、『翔鶴』が『瑞鶴』を守る盾のようにその巨大な艦体で針路を塞ぐ。それはまるで優しき姉の妹を想う健気な姿でもあった。
 敵機は針路を塞いだ『翔鶴』に攻撃を加えた。
 防空指揮所にいる翔鶴が敵機を睨み付ける。
「瑞鶴には指一本触れさせんッ!」
 翔鶴の咆哮が轟いた。
 迫る敵機にすさまじい対空砲火を浴びせる。その無数の弾丸の前では敵機など鎧袖一触。次々に鉄の弾丸がその青い機体を撃ち抜き、火と黒煙を噴いて海に落ちていく。その時、
「敵機直上ッ! 急降下ッ!」
 その声に顔を上げた刹那、翔鶴はまばゆい光に包まれた。

 ドカアアアアアァァァァァンッ!
 突如響いた大爆音に瑞鶴はビクリと震える。
「な、何?」
「『翔鶴』被弾ッ!」
 見張り兵の絶叫に、瑞鶴は顔を真っ青にして振り返る。
「ね、姉さんッ!」
 黒煙を上げる『翔鶴』を見て、瑞鶴は悲鳴を上げる。
「姉さん! 姉さんッ!」
 必死に叫ぶが、聞こえてくるのは爆音だけだった。その間にも『翔鶴』の甲板からは黒煙が上がっていく。
「敵機直上ッ!」
 見張り兵が叫び、瑞鶴は悲鳴を上げる。
「取舵いっぱぁぁぁいッ!」
 爆弾を避け、巨大な水柱が上がる。
「艦長ッ! このままでは・・・ッ!」
 参謀が絶望的な表情で横川を見る。
 『瑞鶴』はまだ被弾していないが、この猛烈な敵機の空襲の前ではいずれ命中弾が出てしまう。それは時間の問題だった。
「わかっている!」
 横川は唇を噛んだ。彼だってこのままではまずいとわかっているのだ。その時、
「十時の方向にスコール発見!」
 見張り兵の叫びに、横川は左舷を見る。そこには青空の中、その方向だけ濃い雲があり、その下では雨が降っていた。
「スコール・・・」
 横川はしばしスコールを見詰め、そして決断、命令した。
「取舵三〇度! スコールに向かえッ!」
「艦長、何を?」
「スコールの中に入って敵機をやり過ごす!」
「りょ、了解っ! 取舵三〇度!」
 『瑞鶴』はスコールに向かって全速で向かう。その行動に瑞鶴は顔を真っ青にする。
 今ここで『瑞鶴』が離れれば、敵機の攻撃は必ず『翔鶴』に集中する。手負いの姉にそんな見殺しのようなことなんて瑞鶴にはできなかった。
「ちょ、ちょっと待ってっ! 姉さんが、姉さんがあああぁぁぁッ!」
 泣きながら悲鳴を上げる瑞鶴を無視して、『瑞鶴』はスコールに向かった。

 『瑞鶴』がスコールに入った頃、集中攻撃を受けている『翔鶴』も敵機の数が徐々に減っていた。
「ぐう・・・ッ」
 先程被弾した爆弾で『翔鶴』の甲板は吹き飛んでいた。同時に翔鶴の背中も砕け、かなりの量を出血し、背中は赤い鮮血で真っ赤に染まっていた。しかし、さすがは武人。翔鶴は倒れてもおかしくはない激痛に耐えて倒れたりせず、仁王立ちしたままだった。
「『瑞鶴』、スコールの中に逃げ込みました!」
 見張り兵の声に、城島と翔鶴は同時に苦笑した。
「『瑞鶴』さえ逃がせばこっちのものだ」
 城島はニヤリと笑う。
 翔鶴もそれにうなずき、迫る敵機を睨む。
「さぁ来いッ! アメリカのゴミクズ共ッ!」
 軍服を翻し、軍刀を抜刀する。その煌きは自らの血で赤く染まり、さらに鋭利に輝いていた。
「我が名翔鶴ッ! 大日本帝国海軍精鋭空母『翔鶴』の艦魂だッ! こんな所で、貴様らなどに負ける訳にはいかないんだあああああぁぁぁぁぁッ!」
 翔鶴の勇ましい咆哮は、天高く響き渡った。

『戦闘警戒態勢解除! 戦闘警戒態勢解除!』
 スコールに入った『瑞鶴』は敵機の攻撃を回避し、ようやく戦闘を終えた。
 瑞鶴は生まれて初めての本格的な対空戦闘を無事に終え、へなへなとその場に崩れ落ちた。
「お、終った・・・」
 体中から力が抜け、その場にぐったりと崩れた。
 本当に怖かった。
 無数の敵機が爆弾や魚雷を落とし、紙一重で避けていた恐怖が今頃になって現れて体を震わす。
 これが戦闘なんだ。
 これが戦争なんだ。
 初めて味わったそのすさまじさは、とても言葉では表せない。
 戦いが楽しいなんて人がいるのだろうか?
 正直、瑞鶴はただ、怖いだけだった。
 ガタガタと身体を小刻みに震わす瑞鶴の横で、横川はふぅとため息をした。そして内ポケットから煙草を取り出して一服する。
「終わったか・・・」
 煙草を吸い終えると、海に捨てて艦橋に戻った。
「艦長。操艦ご苦労様です」
 副長が敬礼し、横川はそれに応える。
 横川が窓に着くと同時に参謀長が現れる。
「艦長、戦闘警戒態勢を解除しました」
「よし、取舵回せ。スコールを脱出する」
「了解」
 横川の自然の力を借りた奇跡の指揮のおかげで、『瑞鶴』は一発も敵機の攻撃を受けず、全くの無傷だった。
 瑞鶴は疲れ切った顔で窓を眺めていた。だから横川達のバカ会話も横川の最後の叫びだけ聞こえた。
「お前たち! 無事に内地に帰れたら俺のお気に入りの店で飲もうッ! もちろん俺のおごりだ!」
『了解です!』
 艦橋の中の士気が一気に上がった。
 その様子を見て、瑞鶴はわずかに微笑んだ。
『まもなくスコールを抜けます!』
 見張り兵の声で艦橋の全員が前方に集中した。が、スコールを抜け、目の前の光景を見た瞬間、全員の顔が凍りついて言葉を失った。

 ――最初に視界に入ったのは、洋上に黒煙を上げ、大火災を甲板で起こし、数度爆発を起こして停止している姉空母『翔鶴』の姿だった――

「姉さんッ!」
 瑞鶴の顔は真っ青になった。
 味方駆逐艦群が『翔鶴』を守るように周囲を囲んでいる。
 『瑞鶴』も急いで『翔鶴』に近づく。
「姉さん・・・」
 瑞鶴はこの世の終わりのような顔で『翔鶴』を見詰める。
 そして、『瑞鶴』は『翔鶴』の横に停止した。
「姉さんッ!」
 瑞鶴は両艦が自分の瞬間移動可能範囲に入った瞬間、一瞬にして『翔鶴』の甲板に移動した。
 瑞鶴は走って艦内に入り、艦橋に向かう。
「姉さんッ!」
 ドアをぶち破って中に入ると、全員の視線が彼女、ではなく扉を見た。彼らには瑞鶴の姿は見えない。彼らは突然開いたドアを見て「何だ?」「風か?」「いや違うだろ」と混乱する。
 そんなのを無視して瑞鶴は一人の少女に近づく。
「姉さんッ! 大丈夫!?」
 頭に包帯を巻いた翔鶴は、自分を心配してくれている妹をつまらなそうに見詰める。
「何だ。自艦を離れて何やってる?」
「・・・はい?」
 心配して来たのに何を言うんだこいつは? と瑞鶴は内心怒った。
「何って、姉さんを心配して・・・ッ!」
「心配? ふっ。私を誰だと思っている。大日本帝国海軍精鋭空母『翔鶴』の艦魂だぞ。お前に心配されるほど衰えてはおらん。自惚うぬぼれるな」
 せっかく心配してやったのに、何だその態度は!? 瑞鶴のこめかみに青筋を立てる。
「姉さん。そんな事よりケガ大丈夫?」
 瑞鶴は心配そうに痛々しい包帯を見詰める。
「ん? 問題ない」
「問題ないって、中破でしょ?」
「それは『翔鶴』だ。私ではない」
 いや、それはあなたの事だよ。
「まぁ、無事ならいいけど・・・」
 何やかんやで元気な姉の姿を見て、安堵した。
「それよりお前は大丈夫なのか?」
「え?」
 翔鶴は自分がケガした事より妹が無事かどうかの方が心配だった。そんな姉の優しさに瑞鶴は笑顔でうなずく。
「あ、うん。姉さんのおかげで助かったよ」
「そうか」
 翔鶴はそれだけ言って窓の外を見詰める。
 瑞鶴は笑った。
 これは翔鶴が照れている時の態度だった。瑞鶴は翔鶴の妹なので、姉の気持ちは理解していた。
 瑞鶴は静かに笑いながら艦橋の外に出た。
 その途中、一度だけ振り向いて正直じゃない姉に笑いかける。
「本当にありがとう。お姉ちゃん」
 その言葉に翔鶴は顔を赤くし、深く軍帽を被り直した。それもまた彼女の照れ隠しの仕草であった。

 一方出撃して行った攻撃隊は敵空母『レキシントン』を大破。『ヨークタウン』を中破させるという大戦果を上げた。しかもその後、『レキシントン』は気化したガソリンに引火。爆発、炎上、沈没した。
 
 甲板が破壊された『翔鶴』は戦線離脱した。
 見事敵空母壊滅させた攻撃隊は無事だった『瑞鶴』に全機着艦した。だが、壮絶な戦いだったのだろう、未帰還機多数という大被害だった。
 その後、あまりにも犠牲が大きすぎると判断した井上中将は作戦中止を決定。ポートモレスビー攻略は無期限延長となり、以後二度と発動される事はなかった。
 第五航空戦隊はボロボロになりながらも内地の柱島に戻った。ただし、『翔鶴』は修理の為にドックに入ってしまった。







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