第二章 第五節 英東洋艦隊壊滅す
数日後、第一航空艦隊は再び内地から出撃した。今度は戦艦『比叡』『霧島』だけでなく『金剛』『榛名』も加わっての金剛型戦艦全艦揃っての出撃だった。
南方作戦の第二段階としてインド方面の敵戦力の撃滅が今度の作戦の目的だ。
機動部隊はまずトラック島に続く日本海軍の重要艦隊基地であるパラオに進出した。が、その際『加賀』が座礁してしまった。修理の為、『加賀』は艦隊から落伍した。
別れ際、加賀は「本当にごめんね」と謝ると同時に、搭乗員達の仇を討てない悔しさと、新たな犠牲者を生まなくて済んだ安堵と、自分だけ参加できない後ろめたさとで複雑な顔をしていた。そんな加賀に赤城は「安心して。私達日本機動部隊は世界最強よ。あなたの分まで暴れまわって来てあげるわ」と励ました。
その言葉に、加賀は涙ながらに「ありがとう」とつぶやき、痛む足を引きずって『赤城』の会議室を去った。
損傷した『加賀』は一度内地へ戻ったが、残りの『赤城』『蒼龍』『飛龍』『翔鶴』『瑞鶴』の五空母はインド方面を目指して途中の敵基地や艦隊を撃滅しながら進撃した。
それから二ヶ月の月日が流れた。
機動部隊の攻撃に援護された陸軍は驚異的な速度で進撃を続け、南アジアは日本の勢力下に入りつつあった。だが、開戦直後に起きたマレー沖開戦(一九四一年十二月十日にマレー沖にて日本陸軍の上陸作戦を阻止しようと出撃した英新鋭戦艦『プリンス・オブ・ウェールズ』、巡洋戦艦『レパルス』を基幹とした六隻の英東洋艦隊を日本海軍の陸上攻撃機隊が撃滅した海戦。上記二隻を撃沈し、大艦巨砲主義を根底から覆した)で太平洋方面の戦力を失ったイギリスは新たに本国艦隊から抽出した艦艇を送り、この頃には東洋艦隊の戦力はほぼ立て直っていた。
日本軍は中国戦線を重視する陸軍と太平洋戦線を重視する海軍とで意見が分かれていた。
海を渡れない陸軍は陸伝いに攻め込もうとするのに対し、海軍は米太平洋艦隊を叩き潰すのが目的であったので、互いの主張は強く、次の作戦が決まらずにいた。
そんな時、東洋艦隊の復活を知った海軍は第一段作戦で確保した南方資源地帯にイギリスが舞い戻ってくる事を警戒し、インド洋作戦と呼ばれる英東洋艦隊撃滅作戦を立案・実行した。
虎の子の機動部隊を基幹に南方地帯の主要艦艇を集結させて編成された艦隊は第一航空艦隊、南遣艦隊とを合わせて空母六隻(大型空母三隻、中型空母二隻、軽空母一隻)、戦艦四隻、重巡洋艦七隻、軽巡洋艦三隻、駆逐艦十九隻、潜水艦五隻の大艦隊だった。
一方、日本のインド洋作戦の情報を入手したアメリカはイギリスに警告。東洋艦隊はインド洋に展開していた艦隊を一度アッヅ島へ集結させ、主要艦艇の避難と迎撃の為に待ち受けていた。
しかし、日本軍の攻撃が予想されていた四月一日になっても、日本艦隊は現れなかった。
東洋艦隊司令官ジェームズ・F・サマヴィル中将は情報が誤報、または日本軍の攻撃が延期されたと判断して迎撃の為に展開していた艦隊をアッヅ島へ再集結させ、損傷重巡洋艦『ドーセットシャー』と護衛の為に重巡洋艦『コーンウォール』が分派。さらに軽空母『ハーミーズ』は別作戦準備の為に分派した。
東洋艦隊は日本軍襲来の緊張の糸が解けた。
――だが、その直後の四日、ついに日本艦隊がインド洋に殴り込みをかけてきた。
今回の機動部隊の任務は英東洋艦隊の根拠地であるセイロン島に対する空爆であった。
艦隊は英哨戒機に発見されたものの、構わず進撃。翌五日にセイロン島に空爆を行った。その際敵基地から迎撃機が舞い上がって来たが、零戦の敵ではなく壊滅した。しかし攻撃隊側も敵の対空砲火の影響で十分な爆撃を与えられず、第一次攻撃隊は第二次攻撃隊を要請した。
南洋のまぶしい日差しをキラキラとはね返す海に浮かぶ五隻の空母。それは真珠湾以来無敵神話を作り続けている第一航空艦隊であった。
戦いのたびに艦載機を舞い上げる飛行甲板には魚雷を装備した九七艦攻を主力とした対艦隊用の第二次攻撃隊が並んでいた。
「何? 第二次攻撃隊を雷装から爆装へ変更だと?」
そのうちの一隻、旗艦『赤城』の作戦室では艦魂達が突如与えられた命令に戸惑っていた。
「ええ。セイロン島に対する爆撃が不十分だったので、南雲長官は待機している対艦隊魚雷装備の第二次攻撃隊を爆装に変更してセイロンへ向けるそうです」
赤城の説明に、翔鶴が眉をひそめる。
「だが、今から装備の変更をするとなると時間がかかるぞ? それにもし敵の艦隊が現れても、艦載機は空になってしまうぞ?」
「そうですよ。航空機の戦いは時間が命なんですよ?」
翔鶴と瑞鶴の言葉に赤城は「そうね」とうなずく。だが、
「でも、これは命令なの。実際さっき兵装転換の命令が出たから、今頃はもう転換を始めてるわよ?」
「本当だ。艦載機が格納庫に戻されてる」
窓から自艦を見ていた飛龍の言葉に翔鶴は不機嫌そうに腕を組む。
「さっき瑞鶴が言ったとおり、空の戦いは時間が命。先手必勝こそ勝利の法則。なのにその時間を無駄にするのか?」
「確かに、情報によると英東洋艦隊は空母を何隻か保有しているらしいし」
「それはまずいのではないですか?」
蒼龍の言葉に皆うなずく。すると赤城は首を横に降る。
「でも、イギリスの空母は艦体こそ大型だけど、その搭載機数は軽空母並み。多くても飛龍型や蒼龍型らしいわ」
「はあ? 大型空母が少数しか艦載機を持っていないのですか?」
「そう。英海軍の空母は防御力を重視してるの。その為沈めるのは難しいけど、その分攻撃力はほとんどない。私達の航空兵力は全部合わせて三〇〇機以上。恐れる事はないわ」
「だが、そのほとんどをセイロンに向けてしまっている今、こちらの方が不利なのではないか?」
翔鶴の言葉に蒼龍は「大丈夫でしょう」と笑みを浮かべた。
「今のところ索敵機から敵空母どころか敵艦隊の発見すら報告がない。この付近に敵の艦隊はいないと判断しても、大丈夫よ」
「で、でも・・・」
食い下がる瑞鶴に、比叡が「大丈夫よ」と手をひらひらと返して微笑んだ。
「敵機が来たら私達金剛姉妹が自慢の三五・六cm砲で撃ち落してあげるわよ。あなた達には指一本触れさせないわ。ねえ霧島」
「え? あ、うん。私もがんばる。金剛姉さんと榛名姉さんもそう思ってる」
そう小さな声で霧島は言う。
今ここに金剛と榛名はいない。航空機を嫌う金剛は機動部隊の作戦会議にはいつも不参加しているのだ。その為腹心である榛名もいない。
比叡と霧島の言葉に、ようやく翔鶴は首を縦に振った。
「よかろう。なーに、敵の艦隊に遭遇しても私だって高角砲で砲撃してやるさ」
「もう、姉さんったら」
翔鶴の言葉にみなに笑みが浮かんだ。
赤城は「静かに」と言って場を静めると、凛とした声で命令する。
「ただちに第二次攻撃隊の雷装を爆装に変更。変更を終えた空母から逐次攻撃隊を発進させるように」
『了解!』
空母五人は急いで自艦に戻ると、今か今かと攻撃隊の兵装転換を待ち続けた。
五隻の空母のうち中央に第二航空戦隊が陣を張っている。所属の『蒼龍』『飛龍』の二隻は慌しく甲板に爆装変更した攻撃機を並べていた。
『蒼龍』の甲板にも次々に攻撃隊が並べられていた。
そんな甲板の上で艦載機を見守る蒼龍。すると、
「蒼龍!」
人ごみの中から少年が走ってきた。その少年の声に蒼龍が視線を送ると、少年は嬉しそうに微笑んだ。
「僕の零戦もやっと準備を終えたんだ。これでいつでも発進できるよ」
「そう。良かったわ」
蒼龍はそう言って静かに微笑む。
「やっぱり蒼龍は笑ってた方がかわいいね」
少年の言葉に蒼龍はぽっと顔を赤らめると、ぷいっと背を向けてしまう。
「バカ言ってないで、あなたも兵装転換の手伝いをしてきなさい。今は猫の手を借りたいくらい忙しいんだから」
そう強く言うと、少年は「わかったよぉ」と少し寂しげに答えて格納庫の方に向かった。
しばらくして、蒼龍も無言で格納庫に行くと、中では攻撃機の兵装転換が慌しく行われていた。その中に先程の少年の姿を見つける。
少年は整備兵と協力して攻撃機の下部に爆弾を取り付けていた。
汗みどろになって働く少年を見詰め、蒼龍は小さく笑みを浮かべた。
「がんばって、刹那」
蒼龍の見詰める先で、少年――神風刹那上等飛行兵曹は次の機体の魚雷を取り外していた。
一方、僚艦『飛龍』も慌しく兵装転換を行っていた。
そんな中、ようやく自分の愛機である零戦を甲板に並べ終えた少年が最後の点検を行っていた。
「これで良し。後は命令を待つだけか」
少年はそうつぶやくと機体に描かれた日の丸をポンポンと叩いた。その時、
「剣ッ!」
「うわッ!?」
突如少年の背中に少女が飛び込んできた。バランスを崩しそうになった少年は慌てて踏ん張る。
「ひ、飛龍か。びっくりしたぁ」
「ふふん。驚いた?」
「驚くよ。心臓飛び出るかと思ったぁ」
胸を押さえてびっくりする少年に、飛龍は嬉しそうに微笑む。
「こんな所で何やってるのよ」
「何って、愛機の手入れだけど」
「もう終わってるじゃない。だったら格納庫の方を手伝ってよ。今格納庫は大忙しなんだよ?」
「まあな。床に爆弾や魚雷が乱雑に置かれてたもんな。もし今敵の攻撃を受けたら間違いなく爆沈するな」
「もう、怖い事言わないでよ」
「ははは、悪い悪い」
少年の言葉に、飛龍はぷぅと頬を膨らませるが、すぐに笑顔に戻る。
「あと三〇分もすれば発艦準備が終わるから、そしたら――頼むよ?」
飛龍の言葉に少年は「任しとけって。攻撃隊は僕がちゃんと守ってみせるさ」と力強く言った。
それを見て、飛龍は安堵して嬉しそうに微笑む。
少年――大空剣上等飛行兵曹も嬉しそうに微笑んだ。
今か今かと出撃を待つ二人。
だが、事態は一変した。
『敵艦隊発見ッ! 敵艦隊発見ッ!』
「えええぇぇぇッ!?」
「うわぁ、最悪のタイミングなんだけど」
驚く飛龍の横で剣も呆れながらも顔には緊張が走っている。
「長官、兵装の再転換なんてしないでしょうね?」
「さあ、わかんないよ」
飛龍は右往左往している。その横で剣は愛機の零戦を見詰めて苦笑いした。
敵艦隊発見。
それは今の機動部隊には悪い知らせでしかなかった。しかも《敵艦隊発見》というあやふやな情報だけなので、敵艦隊には空母がいるのかいないのかわからない。
もし随伴していたら、それは機動部隊にとって脅威でしかない。
――だが、
「また兵装の転換だと?」
『赤城』の会議室で再び緊急招集がかけられ、艦魂達が集まった中、赤城から発せられた命令に翔鶴は明らかに不機嫌そうに眉をひそめる。
「そうよ。急いで爆装を雷装に戻して」
赤城の命令に、蒼龍と飛龍は顔を見合わせる。
「ちょっと待ってください。また兵装の転換ですか?」
蒼龍の言葉に、赤城はうなずく。
「そ、そんなぁッ! せっかく兵装転換がもうすぐ終わるのにぃッ!」
飛龍が不満げに声を上げると、瑞鶴も賛同した。
「そうですよッ。さっきも言いましたが、航空戦の場合時間が絶対重要なんです。なのにまた兵装の転換をしてしまえばその重要な時間を失う事になりますッ」
瑞鶴はどうしても納得がいなかった。それは皆同じであった。
「兵装の転換をしてたら敵に先手を打たれてしまいます!」
「瑞鶴の言うとおりです。敵は空母を伴っている可能性があります。もし空母がいたとしたら一刻の猶予もありません。ならば、敵空母の甲板を破壊できる艦爆隊だけで十分です。魚雷がなければ撃沈は難しいとしても飛行甲板さえ無能力化してしまえば艦載機が舞い上がってくるという脅威はありません」
蒼龍が言ったのは、艦攻隊抜きの攻撃隊を向けるというものだ。もちろん対艦用の魚雷を装備した雷撃機がないというのは敵艦を沈めにくいという弱点を持つが、早急に敵艦の戦闘能力を無力化するという点ではベストな選択である。
「そうだ。蒼龍の言うとおり艦爆隊を向ければいいじゃないか」
翔鶴も蒼龍の意見に賛同するが、赤城は首を横に降る。
「これはもう南雲長官が決定したの。だから、今すぐに兵装の再転換をして」
「いや、しかし・・・」
「これは命令よ」
赤城の強い言い方に、翔鶴は不機嫌そうに眉をしかめる。すると、そんな翔鶴の肩に飛龍がポンと手を置いた。
「命令なら仕方ないよ。急いで転換しよ」
「・・・」
だが、結局翔鶴は無言のまま、会議が終わると足早に去ってしまった。その背中を追い掛ける瑞鶴と、見詰める飛龍。
そして、窓の外の艦隊を見詰める赤城を、蒼龍は不安げに見詰めていた。
「マジッ!?」
「ええ、本当よ」
格納庫で汗や油まみれになって兵装転換を行っていた刹那は、蒼龍の言葉に思わずスパナを落としてしまいそうになった。
蒼龍はさっき赤木から受けた命令を刹那に言ったのだ。
驚く刹那は一度スパナを置く。
「え? って事はまた魚雷に戻すの?」
「そうよ」
「だ、だって今変えたばかりじゃないかッ!」
そう言って手を大きく広げる。その向こうには爆装を終えた九七艦攻が並んでいた。これをまた雷装に直すとなるとかなりの手間がかかってしまう。
「そうだけど、南雲長官の命令よ」
蒼龍がそう言うと、刹那は大きくため息を吐いた。
「うっそぉッ! ここまでやってそれかよぉッ!」
刹那は今しがた爆装を終えた九七艦攻を見詰めて肩を落とした。そんな背中を見て、蒼龍は軍帽を脱ぐ。
「私も手伝うわ。だから、協力して」
上着を脱ごうとする蒼龍に、刹那は慌てて止める。
「い、いいよッ! 僕がやるからッ! 君までやる必要はないよッ!」
「しかし時間がない」
暗い顔でつぶやく蒼龍に、刹那は「大丈夫だよぉ」と笑う。
「みんな必死になってやってるからさ」
そう言って見回すと、今度は再び雷装に戻す作業が始まっていた。
「みんな・・・」
「だから、蒼龍は僕らを信じて待っててよ」
笑顔で言う刹那の言葉に、蒼龍はうなずく。
「はい、皆さんの奮闘を期待しています」
「任しとけって」
蒼龍は小さいながらも笑みを浮かべると、再び作業に戻った刹那を見詰め、再び軍帽を被ると、甲板に戻った。
彼が仕事を終えて甲板に戻って来るのを待って――
「どうしたの?」
床にぐったりと座っている剣に飛龍が声をかけると、剣は「どうしたもこうしたもないよぉ」と泣き言のように力のない声で言う。
「さっきやっとの思いで爆装にした艦攻を今度はまた雷装に戻すなんて、身体が持たないよぉ」
そう言う剣は汗と油にまみれて、まるで整備兵のような状態になっている。そんな剣に汗まみれの顔を、飛龍はそっとタオルで拭き取る。
「飛龍?」
「もう、剣の本業は空を飛ぶ事でしょ? なのにその前にこんな見るも無残な姿になっちゃって」
「仕方ないだろ? こんな重労働整備兵だって倒れちゃうよ」
「まあ、そうかもしれないけど。でもこのままじゃ間に合わないよ・・・」
慌しく人が動き回る格納庫を見て飛龍は不安げに顔を曇らせる。
「まったく、長官もまさか本当に兵装の再転換を行うなんて」
「長官は航空戦は苦手ですからね。元々水雷畑出身の方だから」
「何でまた魚雷を撃ちまくって勝とうとする水雷戦の指揮官が、見えない敵を相手にする航空艦隊の指揮官になるのかな?」
「日本は先任を優先する風習がありますからね」
「そんな理由で指揮官を決めてほしくないよなぁ」
呆れる剣の額に、飛龍はデコピンする。
「な、何すんだよ」
「もう、長官の不満なんか言っちゃダメだよ。長官は私達空母を輝かせてくれた恩人なんだから」
確かに、南雲は空母を一躍海戦の主力に変えてくれた恩人である。それに航空戦は苦手かもしれないが、水雷畑で培った艦隊操作の腕前はすばらしいものだ。その影響がハワイまで艦隊を無事に運べた大きな理由でもある。
「そりゃ感謝はしてるさ。でも、これはいくらなんでもなぁ」
そう言って剣は格納庫内を見る。そんな剣の肩を、飛龍はポンと叩く。
「さあ、早く兵装を転換しよ。私も手伝うからさ」
「バカ、ガキに任せられっかよ」
そう言って剣は立ち上がると、飛龍の頭をポンと叩く。
「まあ、お前は安心して待ってな」
「わかった」
飛龍は近くの木箱の上に腰掛けると、再び兵装の転換を始める剣を見守った。
兵装の大転換を慌しく行っている機動部隊に、さらなる状況悪化が重なった。
セイロン島を爆撃した第一次攻撃隊が戻って来たのだ。これで甲板はさらに大忙しとなった。
まず第一次攻撃隊を収容し、今度は第二次攻撃隊を甲板に並べなければいけないからだ。
第一次攻撃隊を収容し、格納庫はさらに大混乱となった。
機動部隊はまず先発として艦爆隊(九九式艦上爆撃機五三機)を発進させた。
艦爆隊は偵察機からの位置情報で敵艦隊を発見。それは東洋艦隊から分派していた重巡洋艦『ドーセットシャー』『コーンウォール』であった。
艦爆隊は付近に敵の空母がいないと確認すると、この二隻に殺到。わずか二〇分で両艦を撃沈。その時の命中率は通常の急降下爆撃が二五パーセントに対し八八パーセント。当時の日本機動部隊が最強と謳われていたのが当然と思える結果に終わった。
機動部隊の艦魂達は祝勝会を旗艦『赤城』で開いた。
嬉しそうに今日の勝利、特に敵重巡洋艦二隻轟沈という圧勝にかなり宴会は盛り上がっていた。
「アメリカと違って、イギリスは雑魚よね」
赤城は気分良く日本酒を飲む。その頬はほんのりと上気し、気分は高揚している。アルコールがほど良く気分を良くしているらしい。
「確かに、攻撃隊の話によると敵の戦闘機はこちらの零戦より数が多かったのに、その半数を零戦に撃墜されたそうですから」
蒼龍の言葉に「はあ、早く米空母と戦いたい」と赤城はうっとりと微笑む。どうやらちょっとアルコールが異常に回っているらしい。
一方、そんな赤城と蒼龍の横では飛龍と瑞鶴が翔鶴と共に今日の南雲長官の判断に批判的な意見を言い合っていた。
「まったく、これだから畑違いの者が指揮官だと困る」
「そうだよね。何で航空機に詳しい指揮官を素直に立てないんだろ?」
「それが日本の先任を立てるっていう悪しき風習なのよ」
飛龍の言葉に、翔鶴はため息する。
「先任を立てるのが悪いという訳ではないが、だからといって畑違いから引っこ抜く必要はないだろう?」
「ははは、良くも悪くも日本の伝統なのよ」
「飛龍さん、笑い事じゃないですよぉ。私達の命がかかってるんですから」
瑞鶴の不安げな声に「大丈夫大丈夫。何かあっても零戦隊が何とかしてくれるわよ」とあまり気にした様子もなくラムネを飲む。
そんな飛龍に翔鶴は「笑い事じゃないぞ」と言い、日本酒をクイッと飲む。
「指揮官は私達の命を預ける大切な存在。そんな事では困る」
翔鶴はどうやら南雲長官のやり方が気に入らないらしい。元来《見敵必勝》という考えを持つ翔鶴は南雲の慎重過ぎる指揮の仕方が性に合わない。彼女なら護衛戦闘機なしでも攻撃隊を出そうと言いそうだ。
そんな三人の批判的な声に比叡が苦笑いした。
「もう、いくらなんでも批判し過ぎよ」
「・・・ちょ、ちょっと南雲さんがかわいそう」
比叡と霧島の言葉に「これくらい言っても足りんな。あの指揮官は」と南雲批判をやめない。そんな翔鶴に金剛が釘をさす。
「確かに、慎重過ぎる指揮官は困るが、何せ元々水雷屋の南雲にこんな訳のわからん航空戦を指揮しろと言う方が無理な話だ。そんな南雲を責めるのはどうかと思うが」
「だから、畑違いの指揮官にする必要はないと言っているのだ」
「貴様、上官を侮辱するのは万死に値するぞ」
「犬死はごめんだ。私は死ぬなら悔いなく奮戦して死にたい。その運命を託すには南雲では器が小さすぎると言いたいんだ」
睨み合う翔鶴と金剛に、榛名はため息する。
「ったくよ、南雲は航空艦隊の司令長官じゃなくて俺達の戦艦部隊の司令長官になってほしいぜ。あいつは根っからの水雷屋だからな。俺達戦艦とあいつが指揮する水雷戦隊が共同すればどんな敵にだって負けねぇよ」
榛名の言葉に「そうだな」と金剛もうなずく。
苦笑いする比叡の横で、部屋の中の妙な雰囲気にビクビクとする霧島。
「まあ、人それぞれ合った場所がありますが、世の中思い通りにはいかないんですよ。南雲長官もその一人という訳です」
赤城の仲裁に金剛と翔鶴はあまり納得していなかったが、比叡が「ほら、ケンカはもうやめてよ」と言って仕方なく納得した。
比叡は自分の背中に抱きついて今にも泣き出しそうな霧島を気遣ったのだ。
再び宴会が再開され、赤城達はおおいに飲んで歌って騒いだ。
翌日、翌々日になっても両軍は動かなかった。
八日、東洋艦隊は日本艦隊を迎え撃とうと再展開させていた艦隊を再びアッヅ島に撤退させた。何も動かない日本艦隊に、敵艦隊は去ったと誤解したのだ。
九日、機動部隊は再びセイロン島を空爆。湾内の敵艦船と基地施設を破壊した。
そして、この攻撃隊攻撃中に、機動部隊に偵察機からある情報が飛び込んできた。
――空母一、駆逐艦一、南下中――
「もう突っ込まないぞ」
呆れきった翔鶴のツンドラ気候よりも冷たい言葉に、赤城ももう何も言い返せない。
「気持ちはわかる。痛いほどわかるけど、でもお願い・・・艦攻隊の爆装を雷装に変更して」
敵空母発見の報に、用意していた第二次攻撃隊の艦攻隊を爆装を雷装を転換する事になったのだ。まさに五日と全く同じ状況である。
呆れているのは翔鶴だけではない。蒼龍、飛龍、瑞鶴の空母三人。さらに比叡と霧島まで呆れた顔をしている。
そんな呆れた視線を一身に受ける赤城は、頭を抱えていた。
「長官・・・私は長官を信じればいいんですか?」
同じような状況に同じような命令をする南雲に、翔鶴達はもちろん赤城ですら疑心暗鬼に陥っていた。
もう赤城ですら指揮不能の状態に陥った状況に、翔鶴はため息する。
「仕方ない。兵装の転換をするぞ」
翔鶴の疲れ切った言葉に、瑞鶴達も疲れ切ったようにうなずいて各艦に散った。
一人残された赤城は、今は内地で療養をしている幼なじみの少女を思い出し、あの能天気ぶりをうらやましく思うのだった。
自艦に戻った蒼龍は甲板に上がると蒼い空を見上げる。その先には艦隊直援の零戦が数機が飛び回っていた。その中の一機を見詰め、蒼龍は小さく笑みを浮かべる。
「刹那・・・」
艦隊直援の零戦の一機には刹那が乗っていた。
刹那の零戦は『蒼龍』の上空を中心に飛び回っている。そのまるで自分を守っているかのような光景に、蒼龍の心はほんのりと嬉しさが溢れていた。
じっと刹那の零戦を見詰める蒼龍。だがその時、突如刹那の零戦が機体下部に付いた燃料増槽を落として急上昇した。不思議そうに見ていると、雲の切れ間から突如敵機が急降下して来た。
「――敵機ッ!?」
驚く蒼龍の目線の先で、刹那の零戦が敵機の中に突っ込んで行った。
目の前に現れた双発の敵爆撃機に向かって、刹那は真正面から突っ込む。
敵はどうやら陸上基地から発進してきた敵機らしく、九機の空軍機だった。
「僕達第一航空艦隊にたった九機で挑むなんて、命知らずだな」
刹那は照準を合わせて引き金を引く。七・七mmと二〇mm機銃がすさまじい勢いで敵機に掃射され、一機は黒い煙を上げて撃墜された。
残った八機は刹那の零戦を一瞬で通り抜けて機動部隊に襲い掛かる。刹那は急いで反転して急降下すると、一番近い敵機に機銃を浴びせる。が、敵機も必死になってそれを避け、機銃弾は何もない空を突き抜けた。
敵機に向かって猛烈な対空砲火を浴びせ、また一機を撃墜。敵機は急いで爆弾を投下するが、どれも見当違いな所に着弾し、敵機は慌てて逃げるが、刹那達零戦隊はそれに容赦なく襲い掛かって一機また一機と撃墜する。
低空で逃げる敵機に照準を合わせ、引き金を引く。
当時戦闘機の機銃としては最大の二〇mm機関銃が敵機に次々に穴を開け、撃墜する。
再び艦隊上空に戻ると、すでにそこに敵機の姿はなかった。
敵機来襲のすぐ後、今度はもまた先発隊として九九艦爆八五機と直援の零戦六機が敵空母に向かって出撃した。
攻撃隊の護衛として剣も選ばれ、甲板を翔けて空へ舞い上がる。
後ろを見ると、防空指揮所の上から飛龍がこっちに向かって敬礼をしていた。剣は微笑むと、すぐに真剣な顔で味方機を追い掛ける。
出撃した攻撃隊を見詰め、飛龍はいつまでも敬礼していた。
攻撃隊は敵空母『ハーミーズ』に殺到。
猛烈な命中率八二パーセントの攻撃の前では小型空母などひとたまりもなく、わずか十五分で撃沈された。まさに瞬殺である。
攻撃隊は引き続いて随伴の駆逐艦他四隻を撃沈。
大戦果を上げ、攻撃隊は意気揚々と母艦に戻った。
歴史的大勝利に旗艦『赤城』の会議室では大宴会が開かれた。
大喜びする赤城に、同じく喜ぶ飛龍と瑞鶴、比叡と霧島。少し嬉しそうに微笑む蒼龍。そして、いつもと変わらず酒を飲む翔鶴。
皆、今日の勝利に沸き立っていた。
「私達日本機動部隊は世界最強よッ!」
赤城は嬉しそうに高らかに叫ぶ。
「はい。まさに向かう所敵なしです」
「そうよねッ! ああ、加賀にも味あわせてあげたかったわ」
赤城は本当に嬉しそうに喜ぶ。こんなに子供っぽい仕草をする赤城は珍しい。それほどまでに今回の大勝利が嬉しいのだろう。
そんな赤城に相槌を打つ蒼龍。その顔にも小さな笑みが浮かんでいる。
「私達こそ最強艦隊ね。もう何も怖くないわ」
飛龍の言葉に瑞鶴も嬉しそうにうなずく。
「これならアメリカにだって必ず勝てますよ」
嬉しそうに言う飛龍と瑞鶴を見て、翔鶴は複雑そうな顔をしていた。
「米機動部隊か・・・装簡単に倒せる敵ではあるまい。ここにいる奴らが何人死ぬか・・・」
そんなささやきなど、勝利に酔いしれている赤城達には届かない。
一方、盛り上がる艦魂達から少し離れた所に陣取っているのは、航空機否定主義者の金剛と榛名だ。せっかくの大勝利も、航空機の活躍のおかげという事であまり喜べていないのが現状であった。
金剛は不機嫌そうに一升瓶をグイッと飲む。
「まったく、航空機などという下賎な物を使っておいて何が勝利だ。勝利というのは己が大砲で敵艦を撃沈する事。こんな見えない戦果に喜びおって」
「そうだぜ。勝利ってのは艦隊と艦隊の一騎打ち。どっちが負けるか徹底的に撃ち合って得るもので、こんな飛行機なんて物を使うもんじゃねぇ」
「まったく、日本海海戦がうらやましい」
「まったくだぜ」
前時代的な二人は、巣のに日本の勝利を喜べずにいた。
そんな姉と妹を見て、比叡は小さく笑みを浮かべ、霧島は気づかず皆と微笑み合っていた。
艦魂達は歴史的勝利に、いつまでも笑い合っていた。
セイロン沖で展開された海戦はこうして幕を閉じた。
戦果は軽空母『ハーミーズ』、重巡洋艦『ドーセットシャー』『コーンウォール』他駆逐艦二隻撃沈。その他輸送船や小型船、敵基地施設などに大損害を与え、撃墜敵機約五〇機。
それに対し日本海軍は未帰還機十六機という小規模な損害であった。
東洋艦隊は残った艦艇を安全なマダガスカル島まで後退させた。
この日本海軍の圧勝で終わったセイロン沖海戦南方資源地帯の完全攻略と英東洋艦隊の壊滅を確実なものとした。
この圧勝に沸き立つ日本海軍は慢心を生み、後の大敗北の致命的な原因にもなるが、まだ彼らはそんな事など知らない。わかるのは、今日の勝利だけだった。
機動部隊は一度内地に向かって再び来た道を戻って行った。
その途中、第五航空戦隊・空母『翔鶴』『瑞鶴』は別任務の為に艦隊から分派し、新たなる戦場に向かった。
四月十八日。日本近海に突如現れた米空母『ホーネット』『エンタープライズ』から十六機の米陸軍爆撃機B‐25が発艦。帝都東京を空爆した。
海軍の持つ空母から陸軍の爆撃機を飛ばす。当時陸海軍不仲の日本とは対照的なアメリカ。これもまた勝敗の一つでもあった。
もう一つ、日本海軍はさらに内部でも勢力が分かれ、一枚岩ではなかった。
作戦を立案・許可する軍令部と、実際に作戦を指揮をする山本長官率いる連合艦隊司令部では、まったく作戦内容が違っていた。
連合艦隊司令部は山本長官の《短期決戦早期和平》を主軸に敵機動部隊殲滅・太平洋方面に対する全力攻撃を方針に考えているのに対し、軍令部は依然長期戦の構えとして後方の安全を確保する為に南方へ攻める事を望んでいた。
だが幸か不幸か、この空襲により軍令部は太平洋の重要性を認め、以後太平洋方面作戦を立案していく事になった。
柱島にいた主力部隊も東京が空襲された事が伝わっていた。
翔輝は甲板に置かれた椅子に座りながら新聞を読んでいた。新聞の見出しはこう書かれていた。
『帝都空襲!』
『東京市、川崎市、横須賀市、名古屋市、四日市市空爆』
『死者五〇名。家屋二六二戸が被害』
『鬼畜の敵、小学校の校庭に機銃掃射。帰宅途中の小学生一名死亡』
どうやらどの新聞も同じ見出しが躍っているようだ。
「帝都が空襲ですか」
水上が横から新聞を覗きながらつぶやく。
「『鬼畜の敵、小学校の校庭に機銃掃射。帰宅途中の小学生一名死亡』ですか。子供に機銃掃射するなんて、アメリカ人は血も涙もありませんね」
「・・・戦争だからね」
十三歳といえば、翔香ぐらいの年の子だろう。年の子だろう。
翔輝はふと死んだ妹を思い出した。
今月、四月一日は翔香の命日だった。その日は航海長にお願いして呉に戻ったのだ。
あれからもう一年。月日が経つのは早いものだ。
「そういえば、今度機動部隊がMO作戦を開始するみたいですね」
水上が思い出したように言う。
「あぁ、米豪遮断作戦の事か」
MO作戦とは、アメリカに加担するオーストリアを孤立させる為にニューギニア島のポートモレスビーを攻略する作戦の事だ。
「うまくいくといいですね」
「大丈夫だろ。日本機動部隊は無敵だからな」
「そうですね」
翔輝の言葉に水上は安心したようにうなづくと、陸の上を見詰める。
翔輝も新聞を畳むと、水上と同じとおり陸の方を見る。そこは一面満開の桜が輝いていた。
甲板にも桜の花びら風にのって舞っている。
輝く満開の桜を見て、翔輝は笑みを浮かべた。 |