第二章 第二節 日本機動部隊無敵神話
年が明けた一九四二年。機動部隊は日本海軍の重要拠点であるトラック島に入り、少しそこで休憩を取ると、一月十七日にトラック島を後にした。
今回の機動部隊の目的は南太平洋の最重要攻略拠点であるラバウル島に対しての先制爆撃である。
先日、機動部隊『蒼龍』『飛龍』のおかげでウェーク島攻略ができた第四艦隊司令長官井上成美中将は、ビスマルク方面を攻略する事を決定。その主要目的のラバウル攻略を、機動部隊が請け負ったのだ。
機動部隊の正式空母『赤城』『加賀』『翔鶴』『瑞鶴』の四空母は艦載機の出撃用意をしている。
空母『瑞鶴』でも甲板に次々と艦載機が並べられ、第一次攻撃隊の発艦準備が進められていた。
甲板の上にエレベーターで次々に飛行機が格納庫から出され、悠然と甲板に並んでいく。空母が一番輝くのは、艦載機で甲板を一杯にしたこの緊迫と興奮の瞬間だ。
そんな甲板を一人の少女が見詰めていた。黒い士官用の第一種軍装に身を包んだ少女の流れるような髪が風でそよそよと揺れる。その中にある顔は緊張に包まれている。
彼女の名は瑞鶴。この正式空母『瑞鶴』の艦魂だ。
今彼女は防空指揮所にいる。上から悠然と並んでいる零式艦上戦闘機や九九式艦上爆撃機、九七式艦上攻撃機数十機が甲板を埋め尽くすのは壮観な眺めだ。
瑞鶴が艦載機を眺めていると、艦内から飛行兵達が続々と出て来て、艦橋前に整列。飛行長が兵達に作戦概要を説明する。そのひとつひとつの細かな動きが彼らが訓練された戦士だと表している。その後兵達は自分の愛機に向かって走り出す。
飛行兵達は整備兵に愛機の確認をし、それが万全と聞くと嬉しそうに整備兵に感謝する。
同じ小隊に所属する飛行兵同士が打ち合わせして互いに自分の命を仲間に預けている光景は、とても美しく見える。
『搭乗員搭乗開始! 搭乗員搭乗開始!』
スピーカーから命令が下り、飛行兵達は次々に愛機に乗り込む。
全機のエンジンが起動し、プロペラが高速回転を始める。辺りは勇ましいエンジン音とプロペラが風を切る音だけが響き渡る。
『攻撃隊発艦開始ッ!』
スピーカーの声と同時に、マストに出撃旗が上がる。その直後、前方の零戦隊が甲板を滑走し、その機体を天空に舞い上げた。それに続いて次の隊も発艦を開始する。
整備兵や空母兵が甲板を滑走する飛行機に乗る搭乗員達に自分達の想いを込めて軍帽を振って見送る。
次々に舞い上がる攻撃隊を見詰め、瑞鶴は敬礼する。
そして、数十機の攻撃隊全機が天空へと舞い上がった。
瑞鶴も軍帽を振って攻撃隊を見送る――真珠湾の時と同じように。
四隻の空母から発進した攻撃隊は上空で旋回して隊列を整えると、母艦群に別れを告げて艦隊から離れていく。目指すはラバウル。
やがて攻撃隊は大空に吸い寄せられるように、雲の向こうに消えて行った。
甲板から兵達が去る中、瑞鶴は軍帽を被り直し、天空を見上げる。青い大空が広がり、頬を撫でる風が気持ち良かった。
「荒鷲が、天舞い踊る、太平洋」
つい思いついた川柳をつぶやき、少し照れたように笑みを浮かべる。
波の音が全てを包み込み、安らかなひと時をかもし出す。
蒼い空はどこまでも澄んでいて、海と重なって美しい《蒼》の世界をつくり上げる。そんな蒼穹の空をそっと見上げる瑞鶴。
「今日は、星がきれいに見えるだろうな・・・」
瑞鶴は流れる髪を押さえて、蒼穹の空に優しく微笑んだ。
さざ波が揺れるどこまでも続く大海原で、一隻の空母が静かにその勇姿を輝かせていた。
南雲機動部隊の第一航空戦隊『赤城』『加賀』と第五航空戦隊『翔鶴』『瑞鶴』の空母計四隻から一〇九機の攻撃隊を発進した。
攻撃隊はラバウル島に対し猛烈な空襲を行った。米軍の反撃はほとんどなく、ラバウル島に対する初空襲は大成功に終わった。
その日の夜。ラバウル攻撃は大成功し、各艦では成功祝いをしていた。
兵達が楽しそうにバカ騒ぎし、主計科にコソ泥が大発生し、主計長が激怒の声を上げた。
そんな中、瑞鶴は一人甲板にいた。
「きれい・・・」
瑞鶴は天空の宝石を見上げてそうつぶやいた。
光り輝く星が、何万年もかけてこの地上に光をもたらす。その長い年月に比べれば、今自分達がやっている戦争は、宇宙から見れば微生物よりも小さく、視界に一瞬写っても気がつくか気がつかない分からないほど小さいものだ。それでも、今自分は戦争をしているのだ。大日本帝国というすばらしい国で、その主力として戦っているのだ。
その時、星空に一筋の光が走った。瑞鶴は急いでその流れ星にお願いをする。
(どうか、神国大日本帝国が邪道アメリカに勝てますように)
そう願った直後、再び流れ星が走った。
(そして、飛行兵が一人でも多く生き残れますように)
それは、空母『瑞鶴』の願いだった。
空母にとっては艦載機も、それに搭乗する飛行兵も大事な子供なのだ。
瑞鶴は自分の本体の子供達を、大切に想っている。
再び瑞鶴は星空を見上げる。
その時、誰かが甲板に現れた。瑞鶴がその方向を向くと、そこにはラムネを持った自分の姉である翔鶴がいた。
「お姉ちゃん?」
「よう」
翔鶴は軽く挨拶し、瑞鶴の横に腰掛ける。
「ほら、飲むか?」
そう言って差し出したのは彼女が手に持っていたラムネだ。
「え? いいの?」
「構わん。どうせ主計科から拝借してきたものだ」
「だ、ダメだよぉ。そんな事しちゃ・・・」
瑞鶴は怒り狂っていた主計長の顔を思い出した。そんな彼女の心境に気づいたのか、翔鶴は鼻で笑う。
「今は戦勝の無礼講だ。これくらい兵達は皆している。一本や二本消えた所でどうって事ない」
「そ、そりゃそうかもしれないけど・・・」
いまだに渋る瑞鶴に、翔鶴は向けていたラムネを引っ込める。
「まあ、無理にとは言わん。いらないのなら私が飲む」
その言葉に瑞鶴はハッとして慌ててラムネを受け取ろうとする。
「の、飲む飲むッ!」
必死になって自分の手からラムネを取る妹を見て、翔鶴は小さく笑みを浮かべた。
二人は栓を抜くと、グイッとラムネを飲む。シュワシュワとした炭酸がのどを潤す。
「ぷはッ。甘くておいしいなぁ」
「私は本当は酒がいいのだが、お前が飲めないからな」
「あははは、ごめん」
ぺロリと舌を出して謝る瑞鶴に、翔鶴はふんと鼻を鳴らしてラムネを飲む。
流れ星が流れ、二人はそれを見詰める。
「なぁ、瑞鶴。お前には怖いものはあるか?」
翔鶴の唐突の質問に驚き少し悩むが、瑞鶴は普通に答える。
「飛行兵がたくさん死ぬ事、かな」
「そうか」
「お姉ちゃんは?」
「私か? 私は特にないが、あるとすれば敵の機動部隊だな」
「機動部隊? どうして?」
不思議そうに首を傾げる瑞鶴に、翔鶴は少し考えて口を開く。
「いや、真珠湾で敵の空母を撃ち漏らしただろ? 山本長官は米太平洋艦隊の中でも空母を最も恐れている。私も同じさ。真珠湾攻撃で空母の優位性はお前もわかったと思うが、その優位性は敵も同じ。いつかその米機動部隊に私達日本機動部隊が恐ろしい目に遭いそうな、そんな気がするんだ」
いつも自信に満ちあふれている翔鶴にしては珍しく弱きな発言だ。それだけ見えない敵が恐ろしいのだろう。
瑞鶴はそんな姉の言葉に小さくうなずく。
「そっか、そう言われると怖いかもね」
姉妹はお互いに肩を寄せ合った。
星空の下、仲のいい姉妹はお互いに微笑み合いながら、まだ戦った事のない敵に対して、恐怖を感じていた。
機動部隊はその後も柱島で待機している主力部隊の代わりに世界の海を翔け抜けた。
ラバウル攻撃が成功した翌日は第一航空戦隊空母『赤城』『加賀』の五二機がカビエンを攻撃。第五航空戦隊空母『翔鶴』『瑞鶴』の七五機が東部ニューギニアのマダン、ラエ、サラモアを空襲、敵基地の飛行機を殲滅。続いて二二日にも『赤城』『加賀』の四六機が第二次ラバウル攻撃を行って重要施設を徹底的に破壊した。
その後この二度のラバウル空襲のおかげで日本軍はラバウルを被害極小で占領し、終戦まで南太平洋方面の日本軍重要拠点となった。
ある日、第一航空艦隊こと日本機動部隊旗艦・空母『赤城』で艦魂会議が開かれた。
「我々第一航空艦隊の連日の連勝の報を聞き、山本連合艦隊司令長官もお喜びだそうだ。もちろん長門司令も」
機動部隊旗艦こと赤城は艦魂達の前で熱弁をふるっていた。その瞳は光り輝き、生き生きとしている。
「だからこそ今後も気を引き締めて――って人の話を聞けえええええぇぇぇぇぇッ!」
無駄に元気な赤城一人を置いて、他の機動部隊艦魂は長テーブルにぐったりと突っ伏している。皆相当に疲れ切っていているのだ。
「赤城ちゃん、まぶしすぎるよ。南国の太陽よりもまぶしいよ」
柔らかい笑顔で手をひらひらとさせる比叡に赤城がビシッと指差す。
「比叡さん! 冗談はやめてください! それとちゃん付けするなぁッ!」
比叡の場を和ませようとしたのんびりした口調も、頭にクソが付くほどの真面目な赤城の前では無力だった。
「・・・やかましいな」翔鶴が眉をひそめる。
「お姉ちゃん、過激発言はやめようよ」瑞鶴が疲れた顔で言う。
「でもマジで疲れましたー」谷風がぐったりする。
「谷風にも一理あるよねー」浦風が何度もうなずく。
「お姉ちゃん、私もうへとへとー」浜風が眠そうに目を擦る。
「zzz・・・」約一名爆睡。
「ゴラアアアァァァッ! 加賀! 寝るなあああああぁぁぁぁぁッ!」
赤城の放った鉛筆が宙を翔け抜ける。そして・・・
ゴンッ!
「いったぁぁぁいッ!」
鉛筆の直撃した額を押さえて加賀が飛び起きた。
「加賀ッ! 今は会議中だ! 寝るなんて言語道断よッ!」
「だ、だって・・・ッ!」
「だっても伊達少佐もあるかあああぁぁぁッ!」
しーん・・・
「え、何?」
急激に変わった雰囲気に赤城は戸惑う。今完全に部屋の空気が変わった。なぜか甘い桃色の空気に。
「あー、いや赤城ちゃん。ちょっといいかな?」
「はい?」
比叡は深呼吸し、赤城を見詰める。そして一言、
「伊達少佐って、誰?」
しーん・・・
「え、いや、それはその・・・ッ!」
比叡の問いに顔を真っ赤にして赤城は焦り出す。先程まで機動部隊を見事率いていたリーダーとしての威厳は完全に失っていた。
『ほおぅ・・・』
陽炎姉妹がニヤニヤした笑顔で赤城を見る。
「な、何よ・・・ッ!?」
明らかに怪しい笑みをする駆逐艦達に頬を赤く染めた赤城はキッと睨みつける。それでも駆逐艦達は笑みをやめない。
すっかり部下にからかわれている幼なじみに、加賀はニヤニヤしながらさらに追い打ちを掛ける。
「そういえば赤城。あんたこの前自分が見える士官がいたって嬉しそうに話してたよね」
『えええぇぇぇッ!?』
「加賀! あんたッ! それは二人だけの秘密――」
「それって、赤城の恋人?」
罪のない優しい笑みで比叡が爆弾発言をした。
「ひ、比叡さん!」
これが、全ての引き金となった。
加賀の決定的な証言と艦隊最年長者である比叡の爆弾発言に一気に部屋の中の甘い空気は最高潮に達した。
「そっかぁ、やっぱり赤城長官も女なんですね」
「いやぁ、赤城さんかわいいですよ」
「ひゅー、ひゅー」
「あーん、超真面目の赤城さんももう恋人持ちかー。私の立場って何?」
「まだまだこれからよ」
駆逐艦達が頬を赤く染めて嬉しそうに声を上げる。そんな彼女達の発言に、ついに赤城がキレた。
「ゴラアアアァァァッ! 貴様らあああぁぁぁッ!」
赤城は鬼のように激怒する。が、顔をすさまじく真っ赤させているので、全く説得力がない。
そこに、加賀が悪気無く、
「結婚式には呼んでね」
ウインクして決定的な爆弾発言をぶちかました。その言葉に、赤城が完全にキレた。
「死ねえええぇぇぇッ!」
赤城の激しい怒号が、ゴングとなった。
完全にぶちギレた赤城がテーブルに乗り上げてまずは加賀に襲い掛かる。
明るい悲鳴が飛び交い、一対機動部隊全艦魂のすさまじい戦いは永遠に続くかと思われたが、
「やかましいわッ!」
「あぶッ!」
今まで騒音に耐えていた翔鶴が赤城の暴走についにキレ、上官であるはずの赤城に容赦なく回し蹴りを炸裂させた。この間わずか五秒。
「ちょ、ちょっと姉さんッ!?」
容赦なく上官を蹴り飛ばしてしまった姉に瑞鶴は顔を真っ青にさせて慌てて追撃しようとするのを止める。
「さっきから耳障りだッ!」
「だからって司令官を蹴っちゃだめだよッ!」
必死に姉を止める瑞鶴をよそに、加賀は床で気絶している赤城に近寄ると、
ぎゅっ・・・
「な、何してるんですか加賀?」
比叡が問うと、加賀は気絶している赤城の頬擦りする。
「こんな時ぐらいしかこんな事できないから」
「なるほど」
比叡は納得すると、気絶している事をいい事に加賀は赤城に抱擁を開始する。起きていたら絶対にできない事だ。
一方、翔鶴の一撃を目の当たりにした霧島は部屋の隅小さくなって怯えている。そんな妹を見て、比叡は小さくため息する。
「霧島。そんなに怖がらなくて大丈夫よ」
ガタガタと震えている霧島にそう声かけると、霧島は泣きながら比叡に抱きついて来た。
「ね、姉さんッ!」
「もう、怖がりなんだから」
えんえんと泣く霧島を抱き締め、よしよしとその頭を撫でてやる比叡。
駆逐艦達は司令官が倒れてしまった為、いつの間にか飲食物をテーブルに並べて宴会を始め、その後翔鶴達も加わってしまい、会議はお開きとなってしまった。
日本という資源のない小国がアメリカのような大国相手に長期戦をする為には資源の確保が絶対必須。その占領をする陸軍の支援をする為、海軍は真珠湾攻撃を見事成功させた機動部隊で足場を築いた。
真珠湾以来の連戦で連勝し続ける機動部隊は開戦後二ヵ月にも及んだ南方作戦の第一段階を終え、ようやく内地に帰還した。 |